ep5. 再来ワイルドキャット! 変則スポーツ対決で勝利を掴め!
目の前から迫りくる、人間の頭ほどの大きさの、火に包まれた球体。着用
している赤ローブを揺らして左へと身体を
けない。バシィッという音が背後から耳をつき、素早い反射運動を見せて即
座に振り向き音の正体を確認する。
そこに立っていたのは、右手に球体を持ち、
造りの人形だった。その人形から球体は投げ出され、またも日色へと球が吸
い込まれていく。
サイドステップで
手を地面へと伸ばし、青白い魔力を
向かい、床に小さな穴が開いて日色はその穴に足をとられた。
(マズイッ!?)
当たってしまう直前に、周囲から仲間たちの声が聞こえる。日色も体勢を
崩されたため対処ができずにいた。
だがその時――――バシャァァァッと、日色の前方に水でできた壁が横
切って球体を弾き飛ばした。弾かれて火も消えた球を何者かが跳び上がって
キャッチし、クルクルと身体を回転させて見事に着地をしてみせた。
「ウニャニャ~! 油断大敵じゃよヒイロ?」
その人物は、つい先日に魔法仕掛けの塔という、有名な建築家が建てた奇
妙な塔で出会った
る。日色が球に当たらなかったことで、周囲にいる仲間たちがホッと息を吐
いている。
足元を見ると、白線が長方形に引いてあり、その中心にも一本線が入って
いる。その線を挟んで右側の白線の中に日色とワイルドキャットが、左側の
白線の中には人形たちが立っている。
周囲には日色の仲間であるアノールド、ミュア、ウィンカァの姿も発見で
きる。
日色はニヤニヤと優越感が伝わってくるような笑みを浮かべているワイル
ドキャットを無視して人形たちを観察する。
(ったく、魔法ありのドッジボールなんて
そう、日色たちが行っているのはまさしくドッジボールだった。ここは大
きな
回仲間としてワイルドキャットと手を組んでいるという状況。
何故このような状況になっているのか、それは数時間前に突如として日色
たちの目の前に現れたワイルドキャットの言葉から始まった。
日本人である日色が、この異世界【イデア】に、勇者召喚に巻き込まれて
やって来てもうずいぶん経つ。
当初は魔法というファンタジーが普通に存在する世界に驚きを得ていた。
召喚した人間たちのために戦うと決めた四人の勇者たちとは違って、日色は
一人で旅立ち、様々な経験から異世界の楽しみを覚えていた。
旅というものに触れ、見たこともない食べ物や珍しい書物などから
いる。
筋肉質で
理の娘である
である。
この二人は『
その後に出会ったのが、黄色い長髪を三つ編みに流している巨乳美少女の
ウィンカァ・ジオだ。彼女は獣人と人間のハーフである。
ウィンカァの隣には子犬に翼を生やしたような生物がいる。スカイウルフ
というモンスターで、ひょんなことから日色とウィンカァに懐いて一緒に旅
をすることになった
(思えば最初は一人旅だったのに、多くなったよなぁ)
基本的に日本にいた頃も一人で常に行動していた日色にとっては、結構衝
撃的なことでもある。だが何となく居心地が良くてこうしてともに旅をして
いるのだ。
「なあヒイロ、国境までもう少しあって今日中には着けねえと思うんだけど
よぉ、街も近くにねえし、
アノールドがそのデカい
「仕方ないだろ。だが国境の街では必ず宿をとれよ?」
「あいっかわらず偉そうな奴だなオイ」
「あはは、落ち着いてねおじさん?」
日色の物言いにカチンときた様子のアノールドを
い小顔がクイッと彼に向けられている。
日はまだ高いが、地図上で確認してもこのペースで国境へと
不可能だ。
この旅の目的。それはここ人間が住む
渡るために国境の橋を渡ること。
今この世界では『人間族』、『獣人族』、『
況にある。争っているといっても、まだ戦争にまで発展はしていないが、何
かきっかけがあればそうなる可能性が非常に高い
い。
ことで、獣人界へと渡ることを決意。日色もまた世界を見て回り、大好きな
「あ、そういやよ、しばらく行ったところにでっけえ湖があるみてえだけど、
せっかくだからそこで野宿すっか?」
別段アノールドの提案に
すると突然、皆の前で歩いていたウィンカァが立ち止まった。同時にハネ
マルも止まり、低く
自然と日色たちも足を止める。ウィンカァの突発的な行動に誰もが
そめてしまうが、彼女が戦闘態勢を整えていることでモンスターでも現れた
のかと思い皆が身構える。
だが何も起きない。モンスターならそろそろ姿を現してもいい頃だが……。
そんなことを日色が思っていると、アノールドがウィンカァに対して口を開
く。
「な、なあウイ、あの岩の後ろに何かいるのか?」
「ん……いるよ。このニオイ……前に会ったことある」
彼女の頭の上にピョンと突き出ている
ようにフルフルと回っている。
「前に会ったことがある?」
当然アノールドが聞き返す。日色もその言動には注目した。
「ん……見てて。《
ウィンカァが素早く槍を縦に
岩を真っ二つにした。すると
の姿を発見する。
「ウニャニャ!? あ、危ないじゃろうがっ!」
「あ、お前っ!?」
「え? 誰だ?」
日色が突如として出現した人物を指差すが、アノールドはキョトン顔を浮
かべている。尻餅をついた人物は取り
もなかったかのように腕を組んで尊大な態度を見せつける。
ウィンカァの言った通り、確かに以前にも会ったことがある人物だった。
だがこの中でアノールドだけは会っていない。
それは少し前の話。ある街に立ち寄った時に、近くに有名建築家が建てた
魔法仕掛けの塔と呼ばれる建物があることを聞き、その中に珍しい書物があ
るということで日色たちは侵入したのだ。
中はその名の通り魔法の仕掛けが様々に施されてあって攻略は困難に見え
たが、日色の魔法を
そこで出会ったのが、今目の前にいる少女である。忍者のような
育ち切っていない未成熟な身体に
灰色の長い髪を持ち、後ろでそれを三つに分けて、それぞれに三つ編みが
施されている。
その少女を見て、手痛い経験をさせられた日色、ミュア、ウィンカァ、ハ
ネマルは警戒態勢を整えて
ないアノールドは「え?」という感じだ。
そんな状況に耐えられなかったのか、アノールドが日色のように少女を指
差して声を張り上げる。
「な、何かよく分かんねえけど、お前さんは何者だ!」
すると待ってましたと言わんばかりに少女は目を光らせ肩を揺らし笑い始
める。
「フッフッフ……よくぞ聞いたのじゃ。ワシの名はワイルドキャット! 泣
く子もさらに大泣きするほどの
決まったという感じで両手を広げて鳥がはばたいているようなポーズをと
る。
「だ、大怪盗ワイルドキャットだと……な、何てことだ……!?」
「お、ワシのことを知っておるのじゃな?」
アノールドが思わせぶりな態度をとったので、期待を膨らませてワイルド
キャットがアノールドを見つめる。
「……………………いや、知らんわ」
ズゴォーッと勢いよく前のめりにこけるワイルドキャット。
「な、何じゃよそれはぁ! せっかく期待したのにぃぃぃっ!」
「あ、あはは、すまんすまん、ついノリでな。許せ嬢ちゃん」
どうやらアノールドのおふざけだったようだ。名前だけなら教えておいた
はずなので、彼が知らないはずはない。ただ彼女をからかってみたかっただ
けなのだろう。
「それで? 覚悟はできてるんだな?」
日色が目を鋭くさせて《
慌てた様子でワイルドキャットが大きく両手を振る。
「ああ待つのじゃ待つのじゃ! 今日は別にお主らを
んのじゃよ!」
「信用できるか。ここで前の礼をきっちりと―――」
日色だけではなくウィンカァもやる気に満ちている。何故なら彼女もワイ
ルドキャットに
ジリッと二人してワイルドキャットへと距離を詰めると、
「こ、後悔するぞ!」
「……あ?」
「こ、ここでワシを倒してしまえば、せっかくの耳寄りな情報が
「……? 何を言ってる?」
「お主らは欠けたレシピと本を手に入れたはずじゃよ」
確かに彼女の言う通り、前回の魔法仕掛けの塔の中で日色はある物を手に
入れていた。それは彼女の言う通り、一冊の本と数枚の紙に書かれてあった
料理のレシピだった。
「だから何だ?」
「その新たな
試すような目つきで見つめてくる彼女に対して日色はポーカーフェイスを
崩しはしない。ただもし彼女が本当のことを言っているのであれば、この近
くには――――
「初代ワイルドキャットが建設した建物があるってことか?」
「ウニャニャ、やっぱりあの日記を読んだようじゃね~。そうじゃ、この先
にある湖―――【
「……おいオッサン、知ってるか?」
先程この先に湖があると言ったのはアノールドだったので、彼なら何か
知っているかもしれない。
「いいや、地図上でしか知らねえ」
「使えないオッサンだな」
「何だとこのガキャァッ!」
「おじさん落ち着いてぇっ!」
論アノールドが本気ならミュアを簡単に吹き飛ばせるだろうが、そんなこと
を彼女を
めた。
「おいドロボー猫、その話はホントだろうな?」
「ド、ドロボー猫ってのは
「黙れ。そこに行けばレシピが完成するんだな?」
「ワシだって全部知ってるわけじゃないんじゃよ。だがのう、確実にレシピ
があるのは間違いない」
「…………もう一つ、何故それをオレらに教える?」
そう、これが一番気になっていたことだ。前回で、ミュアたちはともかく
日色は
のにこうしてわざわざ声をかけること自体がすでにおかしい。だからこそ疑
いが晴れないのだ。
「ウニャニャ、それは簡単じゃよ。今度の試練は一人じゃ無理だからじゃ
よ」
「ん? どういうことだ?」
「ウニャニャ! それはすぐに分かるんじゃよ! それじゃ一足先にそこで
待っておるよ!」
ワイルドキャットは
「……どうすんだヒイロ? 行くのか?」
「ああ、嘘かどうかは実際に見てから判断すればいい」
「そっか。まあ俺もレシピには興味あるし、行ってみっか。二人もそれでい
いか?」
「うん、わたしは賛成だよ」
「ん……ウイもいいよ?」
「アオンッ!」
「ああ、悪い悪いハネマルもだよな。よっしゃ! んじゃ湖に向けて出発
だ!」
忘れられていたことで不満気に吠えたハネマルに、しっかりと謝罪したア
ノールドの先導のもと湖へと向かうことにした。
―――――――――【
一言でいえば奇妙な湖である。まるで大地をブロック状に切り取り、そこ
に水を注ぎこんだかのような真四角をした湖。辺の長さで捉えれば一辺二百
メートルほどはあるだろう。かなりの広さだと認識できる。
また周囲には草木が生え自然が豊かに広がっている。そんな湖のほとりに
獣耳をピコピコと動かしているワイルドキャットがいた。
「おお~待っていたのじゃよ~! ようこそ! 【
「おいドロボー猫、どこに建造物があるって言うんだ? やはりオレらを騙
して……」
見回しても草木と湖があるだけなので、彼女に担がれたと判断した日色は
殺気を
向けた。
「中を
そう言われて、一応ワイルドキャットを警戒しながらも湖の中を覗いてみ
た。素晴らしい透明度であり、水の底までくっきりと確認できる。
「あ、何かあります!?」
ミュアの指差す方向には、確かに大きな塊が湖底にデカデカと建っていた。
湖と同じく奇妙な巨大建造物のようだ。細長く、上からではハッキリとは分
からない。
「アレが【
「つまりアレが
「そういうことじゃ。んじゃ行くんじゃよ!」
「ちょっと待て、息はどうする?」
このまま潜るのは、濡れるし嫌ではあるが、これくらいの深さなら辿り着
くまでは息はもつはず。しかし中に入っても息ができるとは思えない。中に
閉じ込められて
しかしワイルドキャットはニコッと笑みを
自慢げな様子で発言する。
「大丈夫じゃよ。あの中は魔法の力で空気はしっかりあるみたいじゃから」
その言葉で日色は
(やはりコイツ……最初からあの建物がどういうものか知ってるな)
日色の考えでは恐らく初代ワイルドキャットから、何かしらヒントのよう
なものを聞いているのだと
回の詳し過ぎる状況にも説明がつかない。
ザブーンとワイルドキャットが飛び込むと、日色も嫌そうに
漏らすが、レシピのためだと思い我慢して飛び込んだ。
ハネマルはウィンカァが抱え、ミュアはアノールドが手を引っ張って【石
地蔵の砦】まで泳いでいく。
(これは……!?)
正面から見た砦はどこかで見たような形をしていた。
(チェスの駒……これはナイトだな)
魔法仕掛けの塔もルークを
りといったところか、ナイトの駒を
下の方には入口らしき門が見える。全員で門のところまで向かうと、ゴゴ
ゴゴゴゴゴと音を立てて門が開いていく。水が流れ込まないので、やはり中
もすでに
チャッと
水の中なら聞くことができない音だ。それに一番驚くのは身体の浮遊感が
ないこと。どうやら息もできるし、水がここには入ってきていないようだっ
た。
後ろを振り返れば、門のところで水が壁にでも
まっている。
「どういう原理だ……?」
どうせ何らかの魔法の仕掛けがあるのだろうが、息ができることは素直に
助かった。だが身体がビショビショに濡れているのは頂けない。
(仕方ないな)
日色は右手の指先に意識を集中させる。するとポワッと青白い光が灯る。
そのまま指を動かしていくと、青い
た。
『乾』
心の中で発動と念じると、文字が放電現象を引き起こし、パンと弾けて
これは日色の魔法――《
始まる。そしてその文字の持つ意味を実際に
例として先程日色が思った『乾』という文字を書いて発動させれば、どん
なに濡れていても太陽のもとで干されたようにしっかりと乾く。
また『渦』と書いて湖に向けて発動すると、日色がイメージした渦巻きが
湖に出現するというユニークなチート魔法である。
無論制限も存在し、例えば無から有を生み出すような効果は一分で消えて
しまう。直接形を変えたりするもの以外は、一分で効果が消える。
また魔法を使うには魔力を要する。魔力消費量は、《
魔法と違ってかなり多い。常に魔力残量と相談して使いどころを誤らないよ
うに心掛ける必要がある。
「ああっ! 何だよそれっ! 何でヒイロだけ濡れてねぇんだよ! あ、魔
法だな! お前魔法使っただろ!」
日色の服が、他の者たちと違って濡れていないので、日色の魔法がどんな
ものなのか、何となく知っているアノールドは、その魔法の効果によるもの
だと判断したようである。
「この砦の中、結構響くな」
「無視すんなよオイッ!」
アノールドが叫ぶと、声が反響しているので水の中だというのに不思議な
気分を感じる。しかしこのままアノールドを無視し続けたままではうるさい。
「無論魔法を使ったが何か問題があるか?」
いない。ただ自分の魔力を消費して魔法を使い服を乾かしただけなのだから。
「うぬぬ……んじゃ、せめてミュアとウイの身体を乾かしてやれよ!」
「ほう、オッサンはいいのか?」
「あ? まあ、こん中は暖けえ方だし、そのうち乾くからいいぜ」
確かに外が夏の季節ということもあってか、水温もそれほど冷たくなく、
どちらかというと気持ち良いほどだった。この中も暖かい。これならそのう
ち乾くことだろう。
「けどよ、二人は女の子だし、乾かしてやってくれよ。それに濡れたまま
じゃ動き
何ともアノールドには珍しい理にかなった説明だった。いつも力押しで、
トラブルも真っ直ぐ突き進んで解決するタイプの彼がこうも論理を組み立て
るとは正直感心する。
「さすがはロリコン、幼女のためなら頭も回るか……恐ろしいな」
「問答無用で張り倒すぞテメエッ!」
「ああ分かった分かった。確かにアンタの言うことも一理ある。だからそう
詰め寄ってくるな。暑苦しいのに冷たいものを感じるから気色悪い」
「ああもう冷たいのは濡れてるから仕方ねえ、って誰が暑苦しんだよっ!」
そんな二人のやり取りを面白そうに眺めていたワイルドキャットがミュア
にそっと近づき、「いつもアレな感じ?」と二人を指差して尋ねる。
「あ、はい……お恥ずかしい限りで……」
だが
ハネマルと同じように身体を動かして水けを飛ばしていた。
アノールドの
て発動させる。
「ウニャニャ、次はワシにもお願いするんじゃよ」
「誰がするかドロボー猫」
「ウニャ!? どうしてなんじゃよっ!?」
信頼できるからいいが、敵である彼女に魔力を使ってまで服を乾かしてやる
義理がない。
「ケチじゃ……ヒイロはケチンボ眼鏡じゃっ!」
「勝手に言ってろ。それよりもここに連れてきた理由をさっさと説明したら
どうだ?」
「むぅ~…………し、仕方ないのじゃ……」
ワイルドキャットは大きな溜め息とともに前へと歩き出す。天井は高いが
前回のような階段も見つからず、二階三階と部屋がある様子でもなさそうで
ある。
ただ気になるのは前方に見える大きな扉。
と扉全体に走ったと思ったら、ゴゴゴゴゴゴと音を立てて開いていく。
中は異様な光景が広がっていた。部屋の大きさは円状になっており、直径
で三十メートル以上はある。しかも異様なのはその壁際に、見張るようにし
て立つ地蔵の群れ。
「これは……地蔵か?」
日色の故郷に
ものだった。
の丈にあった
そして何よりも気になるのは部屋の中心に書かれてある白線の形。そして
見たことのある物体が床から伸び出ている。
「な、何でこんなところにバスケットゴールが……?」
「あ? 何だそのばすけっとごーるってのは?」
アノールドは知らないようで聞き返してきた。ミュアやウィンカァも同様
のよう。仕方なく説明しようとした時、どこからか
性の声が響いてきた。
『よくぞ来おったな、挑戦者たちよ』
ワイルドキャット以外の全員が何だ何だと声の正体を探る。
『ワシの試練を乗り越え、見事宝を手にしてみよ』
声がそう言った時、突き当たりに見える壁に立っている五つの地蔵が突然
動き出したと思ったら、壁に四角い亀裂が走り、壁の一部分が床へと沈んで
いった。
その先には大きな宝箱がその存在感を示していた。
『試練は三つの勝負のうち、先に二回勝つことじゃ。最初の勝負―――コー
トにある二つのゴールを見よ』
「あ? ゴールってあれのことか? あの輪っかに網がついた?」
アノールドが問うと、ワイルドキャットが代わりに「そうじゃよ」と答え
る。
『我が石地蔵たちと勝負をして、先に三回相手のゴールにボールを入れれば
勝利じゃ』
その言葉の終わりに、コートの真ん中から穴が開き、そこからバスケット
ボールが
や肩を回しているのが面白い。
(やはりただのバスケか……? しかも相手があんな重そうな奴らなら
……)
簡単に勝てるだろうと日色は直感的に思った。
『ちなみにコートは描かれてあるが、自由に動き回っても構わない。第一の
試練でのルールは至ってシンプル。先に三回ボールをゴールに入れればいい
だけじゃ。だが勝負に出られるのは一人だけじゃ。それとここで一度出た者
は以降の試練には参加できぬから選択は慎重にのう』
つまりここで日色が出て勝ったとしよう。しかし二回戦、三回戦の勝負に
は出られないということ。
(オレなら魔法で簡単にゴールを決めることだってできるが、残りの勝負が
何か分からない以上はここで冒険をする必要性が……ん?)
そこでこの試練に詳しいだろうという少女に視線を向ける日色。
「おい、お前なら他の勝負について知ってるだろ?」
「う~ん、それがじゃなぁ、ワシがあの時手に入れた箱には勝負内容につい
ては書かれていなかったんじゃよ」
「……あの時持ち帰っていった箱にはここに関することが書かれてる何かが
入ってたのか?」
「そうじゃよ。ワシはそうやって試練を乗り越えてきたんじゃしのう」
「……なら何故あの日記やレシピには手を出さない?」
「それが約束じゃから……かのう」
「約束? おい、それって――――」
気になるワードが出てきたので聞こうとしたが、突然馬鹿でかい石地蔵が、
コートに立ち、ゴリラがドラミングをしているかのように胸を叩いて
し始める。
そのせいで話が中断してしまい日色は地蔵を睨みつける。
「おいヒイロ、つまりこれって三回の勝負に二回勝てばいいってことだよ
な?」
「ん? ああそうだな」
「だったらよ、ここはウイに出てもらったらどうだ? 何てったってあの身
体能力だ。きっと勝ってくれるしな」
「なるほどな……それは
アノールドの言う通り、この中で抜きんでて身体能力の高い彼女ならば、
たとえ初めてやるスポーツでも勝利を得られるだろう。
『またこの一回戦では魔法・《
トに入れ。他の者は
魔法禁止はそれこそウィンカァ向きでもある。彼女は元々魔法も《化装
術》も使えない。相手も使えないのであれば、ここはウィンカァの
ある。
「アンテナ女、ルールは分かったか?」
もう一度、日色は彼女に近づき
聞いていた。
「ん……大丈夫。ヒイロはあの中身、欲しいんだよね?」
ウィンカァが宝箱の方を指差す。
「ああ、負けられん」
「ん……なら頑張る」
ウィンカァが《
からコートへと入った。対面する両者。どう考えても五メートル以上ある
ゴールと比べて、三メートル以上ある地蔵の方が有利に思える。
だがこの世界では鍛えれば普通に五メートルくらい跳び上がることなど
『両者、ボールを挟んで立つがよい』
声に従ってウィンカァと長身地蔵がボールを挟んで
『では、一回戦始めっ!』
床に置かれていたボールが突如として上空へと突き上げられた。地蔵がそ
のまま手を伸ばして取ろうとするが、ズバッと空気を切り裂くような動きで
ボールを先に取ったのはウィンカァだった。
ミュアたちがウィンカァに「頑張れ!」や「いっけぇーっ!」など応援し
ている。ウィンカァもそれに応えるように、真っ直ぐな瞳はゴールを
いている。
身体をクルリと回転させるとそのままボールを日色が教えたようにドリブ
ルをして進もうとするが、つま先にボールが当たり転がってしまう。
「あ……」
やはり初心者にいきなりドリブルは難しかったかと日色は
ボールを手に取った地蔵が驚くことにドリブルをせずにそのままゴールへと
向かいウィンカァから得点を奪った。ゴールに入った瞬間にボールが消えて、
再び中央に現れる。
(おいおい、まさかドリブルなし……か?)
どうやら日色が考えていたバスケットボールではなかったようで、ラグ
ビーのようにボールは持ち続けてもいいようだ。
「ちっ! おいアンテナ女! ドリブルはするな! 奴みたいに直接ボール
を持ってゴールに叩き込めっ!」
ウィンカァはそれに小さく
定位置に立つと、ボールが突き上げられる。今度もウィンカァが取ると、そ
の素早さを活かしてあっという間にゴールを奪った。
「ウニャニャ!? あの子速いんじゃよ!」
ワイルドキャットも驚きのウィンカァの電光石火な動き。あの巨体ではさ
すがに
続けて二点目を獲得して勝利が見えたが、再び中央から突き上げられた
ボールをウィンカァが取った瞬間、彼女の身体を地蔵の拳が襲った。
ドゴォッと成す
の手に大事に抱えていた。
「ウイさんっ!」
「ウイッ!」
ミュアとアノールドが彼女の名を叫び、ハネマルは地蔵に向かって吠えま
くっている。アノールドやミュアは卑怯だぞと叫んでいるが……。
(まさか相手に直接攻撃するのもありなのか? もうスポーツなんかじゃな
いぞこれは)
最初から日色の考えは甘かった。てっきり正々堂々とスポーツで競うのか
と思ったら、暴力ありの問答無用のデスマッチルールだ。確かに相手を攻撃
してはいけないというルールはなかった。
(地蔵は素早さでは敵わないから、相手を叩きのめしてボールを奪うことに
戦術を変えたってことか)
ミュアたちの声援により、壁に激突しながらもウィンカァはゆっくりと立
ち上がってみせる。
「ん……分かった。ならウイも本気でやるから」
ゴール下で待ち構えている地蔵を一睨みした後、ハネマルのもとへ行き、
《
コッと微笑みを返すと、左手でボールを抱える。
そして真っ直ぐ地蔵のもとへ向かうと大きく跳び上がり槍を振り下ろした
と思ったら、その勢いのままヨーヨーのように回転しだした。
「《三ノ段・
それはまるで投げられた
跳び上がりウィンカァに向かって、その堅固そうな拳を突き出す――――が、
スパッと拳は斬られて、そのまま身体も真っ二つにされてしまう。
地蔵を倒しながらも、ウィンカァは勢いのままガコォォォンッとボールを
文字通りゴールへ叩きつけることに成功。これで三点目。ウィンカァの勝利
だった。
「ん……やった」
「ウイ~ッ!」
「ウイさ~んっ!」
「アオォォォンッ!」
二人と一匹が彼女の手を取り喜ぶ。
『見事じゃ。じゃがまだ安心してはいかんぞ。続いて二回戦を始めよう』
バスケットゴールが床へと沈んでいき、代わりにテニスコートが現れる。
それぞれのコートにはラケットも出現した。
「今度はテニスか……」
アノールドがどんなものなのか聞いてきたので、ざっくりと説明する。日
色は基本的に日本にいた時に読んだ本の知識があるので、それを彼らに教え
る。
「つまりあのヘンテコなもので球を打ち返しゃいいんだろ? 余裕じゃねえ
か」
何だかアノールドの参加フラグと敗北フラグがビシィッと立ったような感
じがした。一応
かめるように皆で聞いた。
『さて、ルールは先に三点を先取したチームじゃ。この二回戦は二人で一組。
魔法・《
魔法が使えないのであれば、自分はまだ温存した方がいいと日色は判断す
る。何故ならテニスなどやったことがないからだ。あくまでも知識のみ。
「おっしゃ! んじゃミュア、二人で勝負を決めちまおうぜ!」
「う、うん……でもできるかなわたし……」
「大丈夫だっての! 全部俺一人でこなしてやるぜ!」
どこにそんな自信があるのかモリモリと筋肉を盛り上がらせて誰に向けて
か分からないアピールをしている。不安がかきたてられるのは何故だろうか。
「ウニャ~ホントーに大丈夫なんじゃろうか……」
ワイルドキャットの心配も理解できる。だがここは任せるしかない。二人
のチームワークを信じて。
向こうは小柄な地蔵が二体。これならパワーで押せばアノールドが勝てる
可能性が高い。まあ、ラケットにボールが当てられればの話だが。
『
床からボールが出てきてそれをアノールドが手に取る。そして日色から説
明を受けたように、サーブを打つ線まで下がる。
「ま、つまりは向こうのコートとやらに打ち返し続けたらいいんだろ?
いっくぜぇぇぇぇっ!」
スカッとラケットは空を切ボールは床へ。
「…………ナハハ! 失敗失敗。次はできるできる! よっ、おらぁぁぁぁ
ぁっ!」
素人なのにボールをわざわざ高く投げて当てようとするからまた空振りし
てしまう。
「お、おじさん……?」
「くっ! こ、こいつは思った以上にハードな試練だぜミュア」
そう思っているのは完全にアノールドだけである。ボールなど下からチョ
コンと打ってもいいのだから。あまりにも
キャットは面白いのか盛大に笑っている。
『サーブの二回失敗で、相手に得点が入るのじゃ』
「何ィィィィッ! あ、そういや日色がそんなこと言ってたっけ……?」
忘れるなよと本気で思う日色。そしてサーブは敵側へ。驚くほどスピー
ディなサーブであり、無論二人が取れるわけもなくあっさりと二点目を許し
てしまう。
「お、おじさん! わたしが今度サーブ打つよ!」
ミュアはアノールドと違って下からボールを打ち、ちゃんと相手コートに
ボールを出した。そのボールを敵が天高く返してくる。テニス用語でいうと
ロブである。
「よっしゃぁ! 今度こそこの俺の
「おじさん下がっててっ!」
「ええぇぇぇぇぇっ!?」
ボールの下に立っていたアノールドを押しのけて、ミュアがラケットを器
用に扱ってスマッシュではなくチョコンと当てるだけで返す。
スマッシュをすると思っていた地蔵たちは後ろへと下がっていたため、ド
ロップ状態になったボールを取れずに失点した。これで二対一になった。
「次だよおじさん! 頑張ろう!」
「お、おう……よ、よっしゃ! 次こそは豪快に俺のアタックを見せてやる
ぜっ!」
とは言ったものの、二人は分かっていなかった。次が相手のサーブだとい
うことを。
「がっかりだオッサン」
日色の
るように
「あぅ……ご、ごめんなさいヒイロさん……」
「いや、チビはよくやった。悪いのはできもしないのにカッコつけてサーブ
をして失点したオッサンだけだ」
「ふぐっ!?」
グサリと突き刺さる日色の言葉にアノールドは
ルが彼の背中をポンと手で叩いて
「ったく、これであとがなくなったな」
「ウニャニャ、必然的に次はワシとヒイロのチームじゃ。負けはないんじゃ
よ」
そういやそうだった。まだ得体の知れないワイルドキャットと手を組む必
要がある。彼女も勝ちたいだろうから、いきなり背中から撃つようなことは
しないと思うが……。
「何だかお前、楽しそうだな」
「ウニャ? そ、そうかのう? そんなことないんじゃよ。これは二代目ワ
イルドキャットとしてのお務めなんじゃから!」
そうは言うが、先程から楽しそうに応援したり笑顔を絶やさない彼女を見
ていると、本気でこの試練を楽しんでいると思えてきた。それは作り笑いな
どではなく、心からの笑いだと何となく感じたのだ。
(まあ、奴が何を思おうが、勝ってレシピは手に入れてやる!)
日色の頭の中にはそれしかなかった。
『最後の勝負。心して聞くがよい。最後はこれじゃ』
テニスコートが消え、長方形のコートが出現し、その中央には線が引かれ
てある。
(何のコートだ?)
道具も何も見当たらない。ただ中央には人の頭ほどの大きさのボールが置
かれてあるだけ。
『線を挟んで右コートに石地蔵、左コートに挑戦者が入るのじゃ。それぞれ
のコートが
日色とワイルドキャットは言われた通りにコートの中に入る。今度の相手
は同じ地蔵なのだが、見た目も日色たちのようにスマートで手足もスラッと
長い。
『自陣コートの中から出て、身体を他の部分に触れさせてしまえばアウトと
する』
説明が始まるが、まだこの状況ではどんな勝負なのか分からない。
『ボール―――互いに投げ合い、もし受け止めることなく身体に当たり、そ
のボールが味方以外のものに触れればアウト。味方がそのボールを受け止め
ることができればセーフじゃ』
そこで日色はピンときた。これは―――――――――ドッジボールだ。
『二対二の勝負。コート内を内野、そして外を外野と呼ぼう。決着は、相手
の内野にいる者を全てアウトにさせること。またこの勝負に当たっては、外
野に他の三名を設置することができる。ただし、外野は敵にボールを当てて
もアウトにさせることはできない。無論、勝負を続ける状態ではなくなった
場合もアウトじゃ』
やはりこれは、数は少ないがドッジボールだということを日色は理解する。
「おいドロボー猫、ルールは正確に把握できてるか?」
「ウニャ? つまり、相手からのボールを避けるか受け切るかすればいいん
じゃろ? それでそのボールで相手に当ててアウトにさせる」
「ああ、オッサンと違い理解力があって助かる」
どこかから「ほっとけっ!」という声が響くがきっと気のせいだろう。放
置しておこう。
(いや、放置はダメだな、一応外野としてルールは把握してもらう必要があ
る)
日色がミュアたちに、ドッジボールのルールと外野が行うべきことを説明
した後、気を取り直したようにアノールドがやる気を見せている。
「よっしゃあ! ここで
まあ、やる気があるのは良いのだが、正直ミュアやウィンカァ頼りのとこ
ろが大きい。彼女たちにアノールドが暴走しないように伝えて内野へと戻る。
『ではよいかのう? 最終勝負――――始めっ!』
床に置いてあるボールが飛び上がり、それを見事な
キャットがキャッチ。
「まずはお前からなんじゃよっ!」
地に降りた彼女は素晴らしい助走を見せてしっかり自陣コート内からボー
ルを地蔵に向けて投球する。
(なかなかのボールを投げるな!)
これならもしかしたらいきなり一人をアウトにさせることができるかもと
思ったが、それほど甘くはなく簡単に片手で捕球されてしまう。ワイルド
キャットもアウトにさせられると思っていたのか
今度は地蔵からの投球。石でできているはずなのに、まるで人間の筋肉の
ように右腕がボコッと膨らみ、勢いよくボールを投げつけてきた。その威力
は明らかにワイルドキャット以上だ。
だが上手く正面から受ければ捕球はできそうだ。日色は足を開いて真っ直
ぐ向かってくるボールを睨みつける。
ボールが火に包まれた。
「何っ!?」
「魔法じゃ! ヒイロ、避けるんじゃよっ!」
完全な
ていなかった。
「ちぃっ!」
日色は左足に全力を込めて右へと回避する。ボールは背後へと向かってい
き、バシィッと捕球した音が聞こえる。日色はすぐさま振り向く。十分な反
応。
すると外野にいる地蔵が日色に向けてとてつもない速度の投球を見せる。
まだ火に包まれているボールを受けることはできないと判断する。
サイドステップで避けようとした時、今度は左側にいる地蔵が、手を地面
へと伸ばし青白い魔力を注ぎ込む。するとその魔力が日色の足元へと向かい、
床にボコッと小さな穴が開いて日色はその穴に足をとられた。
(マズイッ!?)
当たってしまう直前に、周囲からミュアたちの叫び声が聞こえる。日色も
体勢を崩されたため対処ができずにいた。
このまま当たったとしても外野からなので失格にはならない。しかしこの
速度で火に包まれているボールが直撃すれば一瞬で続行不可能に陥るかもし
れない。最初から相手はまともに勝負をするのではなく、意識を奪い行動不
能にするつもりなのだろう。
だがその時――――バシャァァァッと、日色の前方に水でできた壁が横
切って球体を弾き飛ばした。弾かれて火も消えた球を何者かが飛び上がって
キャッチし、クルクルと身体を回転させて見事に着地をしてみせた。
「ウニャニャ~! 油断大敵じゃよヒイロ?」
ワイルドキャットだった。彼女に
(ったく、魔法ありのドッジボールなんて邪道だろ)
だが命拾いしたのは確かだ。
今度はコート内にいる地蔵から風属性の魔法がワイルドキャットに向かっ
て放たれる。渦を巻くような風が彼女を包みフワリと浮かせる。
「おい! そこから脱出しろ! 奴はお前を場外に飛ばす気だ!」
「それはまずいんじゃよっ!?」
しかしボールを持ったまま彼女はそのままコート外へと飛ばされてしまっ
た。このままでは彼女は床に激突してアウトになってしまう。
「やらせるかぁぁぁっ! 《
アノールドが彼女に向かって大剣を下から上へと振り上げると、暴風が吹
き荒れ、床に落ちそうになった彼女がまた上昇気流に乗って上空へと昇って
いく。アノールドは器用に風を操り彼女をコート内へと戻した。
「見たか石野郎どもぉ! これが俺の力だぁ!」
ここにきて活躍するとは日色にとっても嬉しい誤算ではあった。
「よし! ボールを貸せ!」
「ウ、ウニャ!」
床に座り込んでいるワイルドキャットから日色へとボールが投げ渡される。
日色はボールにササッと青白い文字を刻む。
「さっきのお返しだ!」
一体の地蔵目掛けてボールを投げつける。真っ直ぐ向かっていくボールだ
が、威力はワイルドキャットとそれほど
球されてしまう。
だが地蔵が片手を出してボールに触れた瞬間を見計らって魔法を発動。
(まず一体……)
日色の思惑通り、ワイルドキャットの時と同様に片手でキャッチしたと思
われた瞬間、地蔵はボールを手放してしまった。ボールは真っ直ぐ床へと落
ちていき、ドゴッと床を叩いた。
誰もが「へ?」という感じでボールを凝視。それもそのはずで、軽いはず
のボールが急に床へと落下して鈍い音を響かせたのだ。
日色が書いた文字は『重』。イメージは日色が一度だけ持ったことがある
16 ポンドのボーリングの球の重さだ。覚悟していれば地蔵なら片手でも持
ち上げることはできるだろう。
しかし急激に重さが変化して掴んでいるのは難しい。そのため、手に触れ
たボールを支えきれずに落としてしまったのだ。
「ヒイロすっごいんじゃよぉ!」
「ええい、抱きつくな気持ち悪い!」
突然抱きついてきたワイルドキャットをはねのけ、まだ一体残っている内
野を睨みつける。残りは一体。するとゾクッと背後から寒気が襲う。
外野にいる地蔵から日色の内野へと放たれる殺気。それぞれの手の先には
雷、氷、火でできた球体が出現している。
(コイツら、もうまともにドッジボールする気はないってことだな)
もう日色たちを魔法で吹き飛ばすか意識を奪うかしようと考えているよう
だ。相手
化していく。
「おいおい、こんな狭いところでそんなもん受け取れるわけが……」
避けなければ確実にアウトである。しかも地蔵も比例して巨大化していく。
ウィンカァが地蔵を倒そうと《
地蔵から火球が放たれる。同じようにアノールドに向けても放電が襲い掛か
る。
「っ!?」
「うわおぉぉっ!?」
どうやら外野にいる地蔵たちは、アノールドたちに何もさせないことを優
先させているようだ。外野から次々とアノールドたちに向けて放たれる。そ
のため日色たちの援護ができなくなっている。
ウィンカァはハネマル、アノールドはミュアを守るのに忙しい。
「ヒイロ、来るんじゃよっ!」
目の前から放たれる巨大なボール。明らかに捕球することはできない。
「仕方ない! ジャンプだ!」
「オッケーじゃよ!」
両者ともに大ジャンプ。しかし次の瞬間、外野にいる一際大きい地蔵が、
日色たちが避けたボールを全力で蹴り上げてきた。
「何ぃっ!?」
これで当たっても直接アウトにはならないが、吹き飛ばされて壁に激突は
(くっ! 時間がない!)
さすがにこの
ヤッと笑うと、
「ヒイロ、後は任せてもいいかのう?」
「はあ?」
彼女は腰に携帯しているナイフを手に取ると、
「《水の
瞬時に刀身が水で
いたそれが、力一杯日色を上空へと投げ上げた。
「お、おい!」
日色はボールの
キャットはボールに吹き飛ばされて壁に激突―――――――する瞬間に身体
をナイフの水で覆いクッション役にして床へと落下する。だが床に触れてし
まいアウト。
(くっ! 借りができたなドロボー猫!)
日色は
た。発動し、空を自由に飛び回り、ダムダムとバウンドするボールが次第に
小さくなっていくのを見て、それを見事にキャッチする。
「この何でもあり地蔵め……そっちがそうくるなら、さらに上を行くまで
だっ!」
ボールに文字を書く。ボールを巨大化した地蔵目掛けて全力で投げつけた。
「《
放たれたボールがドンドン巨大化していき、先程の比ではない大きさに
なっていく。その大きさは巨大化地蔵でも捕球できるほどのサイズではない。
「弾きとべぇっ!」
勢いのついた超巨大ボールは、軽く地蔵を圧倒してコート外へと吹き飛ば
すことに成功した。地蔵は壁へと吹き飛ばされ全身が砕かれる。
日色はそのまま自陣コート内に降り立ち拳を高く突き上げた。
「オレらの勝ちだっ!」
珍しく熱い姿を見せた日色に
がら日色のもとへ駆けつける。
『
応しい者たちよ! さあ、
だが誰よりも早く宝箱に辿り着いていたのはワイルドキャットだった。
「お、おいお前!」
壁に激突したというのにピンピンしている彼女。宝箱を
うに一つの箱を取り出して、日色たちにパッと振り向く。
「ウニャニャ~、さっすがはワシが認めたヒイロなんじゃよ。お主ならば、
必ず勝ってくれると信じておったよ」
「どうでもいいからオレの質問に答えろ」
「ふむ、何じゃ?」
「……お前の望みは一体何だ?」
そう、実はこれが一番ハッキリしない。彼女
る初代ワイルドキャットが建築した建造物の情報が入っているという。
しかし
判明しない。日色たちのように謎のレシピを狙っているわけでもないのだ。
「ワシの望みか……それはのう――――――――ワイルドキャットを本当の
意味で引き継ぐことじゃよ」
彼女はいつもみたいに笑っていない。真面目な表情で真っ直ぐ日色の目を
見つめている。
「そのためにもワシは最後の地へ行かねばならんのじゃよ」
「その最後の地ってのは何だ? さっきの謎の声も言ってたが」
「ウニャウニャ、それはいずれ分かるんじゃよ」
突如として彼女を中心に水柱が立ち、日色たちは距離をとって身構える。
徐々に水柱が治まると、すでに彼女の姿は消えていた。
『今回は楽しかったんじゃよ! 楽しませてくれた礼として、ワシが他で手
に入れたレシピを置いておくのじゃ!』
どこからかワイルドキャットの声が響く。
『ではのう! 最後の地で待ってるんじゃよ~!』
それっきり彼女の気配が消えてしまった。
宝箱の中には一冊の本と、レシピが置かれてあった。しかも結構な枚数の
レシピだった。恐らくこれは彼女が今までの試練で手に入れたレシピなのだ
ろう。
日色はレシピをアノールドに手渡す。
「あ、目次があるぞ。なになに……全部で十枚か。今あるのは九枚だし……
つまりあと一枚がどっかにあるってことだな」
そうなる。そして恐らくそれはワイルドキャットが言った最後の地にある
のだろう。
日色はもう一冊の本を読む。前回同様、やはり初代ワイルドキャットが
『我が名はリュンクス。偉大なる建築家であり、世界を股にかけた冒険者で
ある。しかし我が命の灯が消えるのも近いだろう。故にここに記す』
冒頭にまず書かれてある文。これは以前手に入れた本にも書かれてあった
もの。続きも前のとほぼ一緒だ。
違うのは日記の内容と、最後の一文。
『あの子に伝えたい。この世には決して盗むことなどできない
在することを。そしてその宝を手に入れた時、初めてワイルドキャットを継
ぐことができるのだということを……』
一体何が言いたいのかは分からない。ただリュンクスが、誰かを強く思い
やっていることは確かだ。その誰か――――それは間違いなくあの二代目ワ
イルドキャットだろう。
(至高の宝……アイツはそれを目指してるってのか……?)
ワイルドキャットを本当の意味で引き継ぎたいと言っていた彼女の瞳に嘘
は感じられなかった。
建築家であり冒険者であり、そして料理人でもあったリュンクスが見つけ
た究極の料理レシピ。それが今アノールドの手の中にある。
それを完成させることで、この訳の分からない謎が解けるのかもしれない。
いや、何よりも人生をかけてまで追求した、彼の料理を再現して口にしてみ
たい。
(こうなりゃ意地だな。必ずレシピを完成させてやる!)
日色は新たな決意を胸に、最後の地へと向かう意志を固めた。
「あ、でも最後の地ってどこにあるんだ?」
アノールドの言葉で一気に現実に引き戻された瞬間……だった。
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