ep4. チーム戦で勝利を勝ち取れ! 制限料理大会!

 小雨こさめが降り注ぐ悪天候あくてんこうの中、丘村日色おかむらひいろはどんよりとくもっている空を仰ぎな

がら、旅仲間であるアノールド・オーシャンたちとともに、木陰こかげで天候が回

復するのをジッと待っていた。

 遠目とおめに見えている次の目的地である街の上空は晴れているので、風の流れ

からも、あと少しでここも晴れると予想はしている。

「ヒイロさん、飲み物どうぞ」

 日色の目の前に、その小さな手で包み込むように持ったポットのふたを手渡

してくるのは、銀髪獣耳けものみみが特徴の可愛らしい少女――ミュア・カストレイア

である。

 日色は小さく「ああ」と言って受け取りのどうるおす。気分的には氷の入った

ジュースがいいのだが、ただの湧水わきみずんだものでも清涼感を感じて

心地好ここちよい。

「ウイさんもどうですか?」

 ミュアが同じ旅仲間であるウィンカァ・ジオにも飲み物を勧めている。だ

が彼女はフルフルと小首こくびを横に振ると、その黄色い頭に生えているアンテナ

のような髪束かみたばが左右に面白いように揺れる。

「水、こうやって飲める……よ?」

 ウィンカァは空に顔を向けて、あろうことか口を大きく開けた。まさかと

思ったが、彼女は雨をんでいるようだ。性格の大人しいミュアでも、毎度

毎度のウィンカァの予想外の行動には度肝どぎもを抜かれているようだ。

 ウィンカァのそばにいる子犬のような大きさである小動物――ハネマルが雨

の中を嬉しそうに駆け回っている。背中に生えているつばさをパタパタと動かし

てはいるが浮いてはいない。スカイウルフというモンスターで、日色とウィ

ンカァになついて一緒に旅をしている。

「ミュア、俺にもくれくれ」

「うん、待ってておじさん!」

「待つ待つ~、お前のためならいくらでも待つぜ~」

 その言葉と態度で分かると思うが、この短髪青髪が特徴のアノールド・

オーシャンは、ミュアを義理の娘として溺愛できあいしている。親バカを通り越して、

最近ではただのロリコンではないかと日色は疑い始めているほどだ。

 とろけきった表情でミュアからポットの水が入ったカップを受け取り、ゴク

ゴクと喉を鳴らすアノールドは、「はぁ~」とまるで熱い茶でも飲んだ後の

ように幸せそうに吐息といきを漏らす。

「それにしてもまだまねえなぁ……」

 彼の言う通りまだ雨が止みそうな気配はない。しばらくはここで足止めを

受けそうだ。日色は何気なく働き者のミュアを見つめる。普段彼女は帽子を

かぶっているのだが、今は外して皆に飲み物を手渡している。

 彼女の頭の上にピョコピョコと動いている獣耳けものみみは、まさにこの世界がファ

ンタジー世界だということを示している。

 日色は生粋きつすいの日本人。しかしここは【イデア】と呼ばれる異世界。この世

界に住む人間の国王が、他種族からの脅威きよういを何とかしようと勇者を召喚した。

 しかし日色は勇者ではなかった。簡単に言えば、勇者召喚に巻き込まれた

だけの存在だった。勝手に召喚した者たちの言うことを聞くのはしやくだという

ことで、日色は単独で自由に行動することを選んだのだ。

 この世界には、日色の好奇心をうずかせるものがたくさんある。特に稀少本きしようぼん

や食事関係には目がないので、この世界の珍しいものを体験するために旅を

してきた。

 その旅で出会ったのが、今ここにいる『獣人族じゆうじんぞく』のミュアとアノールド、

獣人と人間のハーフであるウィンカァと、モンスターであるスカイウルフの

ハネマルだ。

 日色たちは今、人間が住む大陸である人間界から、獣人が住む獣人界へと

向かうべく旅をしているのだが、互いに少しのきっかけで戦争にまで発展し

かねないという緊張の中、人間界でミュアたちが獣人だと知られるわけには

いかないので、ミュアは帽子で耳を隠している。

 アノールドの場合は過去に人間に耳を引き千切られたせいで頭の上には獣

耳はない。しかし臀部でんぶには隠してはいるが、しっかりと特徴である尻尾しつぽが生

えている。

 ちなみにウィンカァは人間の血の方が濃いようで、獣耳も尻尾もない。

 日色は空を見上げ大きく溜め息をく。

(オレの魔法がもう少し強力なら天候も操ることができたかもな……)

 この世界には魔法が実在する。火や水を自在に操ったり生み出したり、ま

さに漫画や小説の中のような力が普通に存在している世界だ。

(仮に『雨』って書いたら雨が降るんだろうが、制限時間の一分で終わるだ

ろうし……『晴』でも一緒だろうな)

 それは感覚で理解できているので、わざわざ魔力を消耗しようもうしてまでやろうと

は思わない。

 ただ、日色の魔法が万能なものだということは、他の魔法を遥かにしの

優位点ゆういてんだ。

 日色の魔法――《文字魔法ワード・マジツク》は、魔力を指先に宿し文字を書くことで始ま

る。そしてその文字の持つ意味を実際に現象化げんしようかさせることができる。

 例として先程日色が思った『雨』という文字を書いて発動させれば、ある

程度の空間にだけ雨を降らすことができる。

 また『縮』と書いて発動すると、その発動対象の大きさを縮小させること

ができる。まさに万能、ユニークなチート魔法である。

 無論制限も存在。例えば無から有を生み出すような効果は一分で消えてし

まう。直接形を変えたりするもの以外は、一分で効果が消える。また魔法を

使うには魔力を要する。

 その魔力消費量は、《文字魔法ワード・マジツク》はとても多い。常に魔力残量と相談して

使いどころを誤らないように心掛ける必要があるのだ。

 魔法を使わずに自然と晴れるまでジッと待っていると、遠くから何かが向

かってくる音がする。

(あれは……馬車か?)

 目をらして眺めていると、段々と近づいてくる。日色だけでなく他の者

も注目している中、すぐ目前を馬車が通過していく。

 しかしそのまま通り過ぎるのかと思ったら、突如馬車が停止。馬の手綱たづな

握っている中年の男性が、優しげな笑みを浮かべながら「良かったら乗って

いくかい?」と言ったので、好都合だと思い日色たちは世話になることに

なった。

 何でも男性はこの先、日色たちが向かう街に帰るとのこと。タイミングが

良くて本当に助かった。

 ただ気になるのは荷台に積まれている膨大な食糧しよくりよう

「もしかしておやっさんは商人? それとも料理人か?」

 アノールドが興味をかれたのか男性に尋ねる。男性は前を見据みすえたまま

楽しげに微笑みながら答えてくれた。

「おや? 知らないのかい? 明日あの街で開かれるだいイベントのこと。こ

の食糧は、そのイベントで使うためのものなんだよ」

 馬車で送ってくれた男性に感謝を述べて街の入口で別れた。

「ここが【グリラグラ】か……でもおやっさんの言ったことってホント

かぁ?」

 アノールドが街の中に入ると、歩きながら周囲を見回している。

 男性から聞いた話によると、この街で明日大きなイベントが開かれるとい

う。そのイベントは、多くの料理人たちが参加する料理大会とのこと。

 料理大会と聞いて黙っていられないのが、同じ料理人であるアノールドで

ある。しかも優勝賞品も豪華ごうかだということで、是非参加したいと言った。

 そして日色もまた、大会には強烈に興味を持った。何故なら大陸中から料

理人たちがつどうということは、その料理もきっと日色の舌を満足させるもの

が確実に出てくるだろうと推察すいさつしている。

 アノールドの料理の腕は、一流と呼ぶべき実力を持っている。それは普段

から彼の料理を食べている日色も認めている。

「オッサン、情報収集に動くぞ」

「お、おお、やる気に満ちてんなヒイロ」

「オレもそうだが、アイツもそうだぞ」

 日色が指を差したのはウィンカァだ。彼女は頭の上にハネマルを乗せて、

電光石火な動きで街人たちから料理大会の情報を収集することにいそしんでい

る。

 彼女もまた食べることが大好きなので、料理大会と聞いてジッとしていら

れなくなったに違いない。

「とりあえず三十分後に宿に集合ってことでいいだろ。そこで情報を整理す

るぞ」

 日色の提案に皆がうなずき、三十分後集結することを決定して解散した。

 いつも率先そつせんして動かないタイプの日色ではあるが、今回のように自分の興

味を惹くものが対象なら誰よりも早く動く。完璧に動くのだ。食べ物と書籍

が関わっている事柄に関しては一切の手を抜かない。

 そして三十分後、宿の前で集まった日色たちは、宿を取った後、室内で集

めた情報をそれぞれが提示した。

「何でも街にすっげえでけえ屋敷があって、そこで料理大会が行われるらし

いな」

「うん、わたしもそう聞いたよおじさん。あとは、普通の料理大会じゃな

いってうわさみたいだね」

 アノールドとミュアの聞いてきた通り、日色も街人から同じような説明を

受けた。

「ん……何か季節ごとにやってるって聞いた」

「アオッ!」

 ウィンカァの言葉にハネマルが同意するようにえる。

「だな、今は《ラエア》だけど、他の季節でも一回ずつ大会をやってるみた

いだぜ?」

 アノールドが言う《ラエア》というのは日本で言う夏のことだ。この大会

はシーズンイベントのようで、一年に四回もよおすみたいだ。

 そしてその季節に合う食材などを使用して料理を作り、審査員を一番うな

せた参加者が優勝するという単純な話。しかし単純ではないこともある。

「どうやらチーム戦みたいなんだよなぁ。なあヒイロ、お前はどんなこと聞

いた?」

「オッサンと一緒だ。大会はチーム戦。二人~四人一組の参加型らしいな」

 しかも気になったのは、料理大会は料理大会なのだが、毎回趣向しゆこうらし

てあって、変わった料理大会だということ。

「せっかくのイベントなんだしよぉ、何かチラシとかあったら分かり易いの

になぁ」

 アノールドの愚痴ぐち賛同さんどうだ。どうやら当日まで料理大会の内容は分からな

いようにするために内容を告知していないのだ。過去に参加したり、見物し

たことがある者たちは、今回の大会内容を推測できるらしいが、初めての日

色たちには圧倒的に情報が足りない。

「でも参加すんだろヒイロ?」

「当然だ。料理大会ならいろんなものを食べることもできるだろうしな」

「…………そんな大会ならいいんだけどな」

 半目で見つめてくるアノールド。何故そのような顔をするのか意味が分か

らない。料理を作る、つまりそれを食べられる。それは揺るぎない法則では

ないか。日色は自分の考えが当たっていると一切疑っていなかった。

「まあ、でも今回はチーム戦だし、このメンバーなんだ。サクッと優勝

ぎ取ってやろうぜ!」

「当然だ! この大会において負けることは絶対にダメだ! 負けるとして

も料理は食べさせてもらう!」

「……ブレねえなお前は……」

「あはは……そうだね」

「ヒイロは……真っ直ぐ」

「アオ~ンッ!」

 アノールド、ミュア、ウィンカァ、ハネマルが、日色のいつも通りの欲望

まっしぐらに、それぞれ感想を抱いていた。

 翌日、宿屋内はバタバタしていた。まだ朝食の時間帯ではあるが、大勢の

人が食堂に集まりにぎわっていた。大会の参加者も数多くいるのだと思われた。

アノールドはその中の一人を見てハッとなり、そして相手も同様に吃驚きつきようして

いた。

「お、お前……アノールドか?」

 ツンツン頭でオレンジ色の短髪だ。額には青いバンダナを巻いていて、頑健がんけんそうな体格をしている。歳はアノールドより若干じやつかん若いくらいだろうか。

「え? トルド? トルド・ノーネンスか?」

「おうよ! まさかこんなトコでお前と会うとはな! やっぱお前も大会目

当てか?」

 トルドと呼ばれた男は椅子いすから立ち上がりアノールドに近づいてくる。ニ

カッと笑い白い歯を見せる彼からは、どことなく人懐ひとなつっこそうな印象を感じ

た。

「お、おう……ん? つうことはトルドも大会にか?」

「当然だぜ! 何たって優勝賞品が、かのザフが打った一振ひとふりなんだぜ?」

「何だとっ!? そ、それホントかっ!?」

 突然アノールドがトルドの肩をつかんで詰め寄る。その驚きようから見て、

そのザフとやらはただならぬ人物のようだ。ミュアがザフについてたずねたと

ころ、アノールドがさも自分のことのように自慢気じまんげに語る。

「いいかミュア? ザフってのは鍛冶師かじしの名前だ。しかもとんでもなく腕が立つ。彼が打った包丁なんて、いくら使っても刃毀はこぼれ一つしねえって噂だしな」

「へぇ~そんなすごい人がいるんだね」

「ああ、俺も一度くれえは彼の包丁を持ちてえと思ってたけどなぁ…………

まあ、すっげえ高えんだわ」

 遠い目をするアノールドの様子を見て、きっと彼は手を出そうとしたこと

があるのだろう。しかしそのあまりの高価さに打ちのめされたといった感じ

だろうか。

「いやいや、つうかトルド! ホントにザフの一振りが優勝賞品なのか! 

ていうか何でお前は知ってんだよ!」

「はあ? 優勝賞品は屋敷の奴らに聞きゃ教えてくれたぜ?」

「……そ、そうなの?」

 日色も心の中でしまったと思った。そう言えばくだんの屋敷の中にはアプローチしていなかったのだ。

「それにもう一つ、何でも屋敷の主人が高値で購入したグルメ本もあるって

話だ」

「それは本当か?」

 二人の間に突如として入る日色。トルドも「え? 何コイツ?」的な感じ

で日色をポカンと見つめている。だが彼の困惑こんわくなど気にしているひまなどない。

聞き捨てならない言葉が聞こえたので追及しなければならないのだ。

「今グルメ本がどうのって聞いたが、それは優勝賞品にグルメ本が出され

るってことか?」

「……え? 何このいきなり少年……おいアノールド?」

「あ、ああ……すまねえトルド。まあ、こんな奴だけど悪気わるぎは……あるかもしんねえけど、とりあえず質問に答えてやってくれねえかな?」

「な、何だかよく分かんねえけど……そうだぜ、グルメ本も出る。うちの相

方もそれ目当てだしな」

 日色は知らず知らずにガッツポーズをしていた。俄然がぜんやる気が膨れ上がっ

てきた。これはでも優勝を手にしなければならなくなった。

「ん? 相方? 相方なんてできたのかトルド?」

「おう、今部屋に忘れ物を取りにいって……ああ来た来た」

 彼の目線の先には女性がいた。アノールドは言葉を失ったようで、その女

性を能面のうめんのような顔で見つめていた。そしてグワッと顔を勢いよくトルドの

方に向けて、

「お、おおおおおいトルドォッ! な、なななななっ!」

「ぐ、ぐるじぃ……っ!?」

 襟首えりくびを締め上げるようにしているので、トルドの顔色が徐々に真っ青になっていく。

「お、お前どこで捕まえたんだよあんな美人っ!」

 彼の言う通り、確かに美女だった。水色のボブカットでサバサバした感じ

ではあるが、スタイルが良くて透き通るような白い肌の持ち主。大きめのつき色の瞳が純真さをかもし出している。

「あれ? もしかして知り合い? ずいぶん仲が良いみたいだけど」

 その美女がクスッと笑みを浮かべてトルドに近づきながら尋ねてきた。

 トルドはアノールドから解放されるとぜ~ぜ~と肩を大きく上下させて落

ち着いた後、彼女に顔を向けて「あ、ああ……」としぼり出すように言う。

「それじゃ私も自己紹介するわね。私はコラン・ウィードよ」

 彼女から話を聞けば、旅先で知り合ってそれからトルドの料理の腕に惚れ

てずっと一緒にいるとのこと。彼女は冒険者をしていたらしく、トルドの専

属として食材集めなどを行っているらしい。

 二人は今回の料理大会に参加するためにやって来たのだそうだ。トルドは

何度もこの大会には参加しているらしく、優勝経験もある猛者もさだ。

「ならアノールド、どっちが勝つか勝負ってことだな!」

「ああトルド、負けねえぜ!」

 どうやら二人は料理人として好敵手こうてきしゆなようで、初めて会った時も、料理勝負をして互いに引き分けているらしい。つまりトルドの実力は決して甘く見てはいけないということだ。

 日色たちは二人とともに大会が行われる屋敷へと向かった。まず驚いたの

は屋敷の大きさもそうだが、敷地面積の広さだった。周りがさくに囲まれている全てが敷地だとすると、

「サッカーグラウンドかよ……」

 思わずそう呟かずにはいられなかった日色。まさにテレビで観たことのあ

る、あの大きなサッカーグラウンドのような大きさ――――しかも草木が生

え、池もあり、まさに成金なりきんが勢いで造りました感が抜群ばつぐんの広大な土地が広がっていた。

 屋敷の前では受付を行っていた。日色たちもアノールドが代表して受付を

して、四つのバッジを受け取った。その番号が書いてあるバッジを日色たち

は胸に付ける。番号は四人とも18 だ。トルドたちは14 と書かれてある。

 全ての受付が終わり、屋敷の主人から説明が始まる。いかにも成金で、派

手な衣装や宝石を身に付けた中年の女性。

「皆さぁ~ん! この夏もいよいよ始まりましたですよぉ~! 今回も多く

の参加者が集まって頂き光栄でございますですわぁ~! あ、申し遅れまし

たですわ。あたくしは大会主催者のナリー・キンデッスですわ!」

 ずいぶん高い声でしやべるおばさんだなと日色は思いつつも、周りを見て参加者にどのような者たちがいるのか観察している。コック帽を被っている者や

冒険者のような動きやすい格好をしている者など様々だ。

「今回も賞品は豪華ですわよぉ~!」

 そしてナリーから説明が始まる。優勝賞品はトルドが言ったように鍛冶師

ザフが打った包丁と、ナリーがオークションで高額購入したグルメ本だった。

 そして最も大切な大会説明が始まる。

「今回はチーム戦ですわ。勝負は全部で二つ! まず初戦、それは――――

――《食材カード探し》ですわよぉ~!」

 参加者たちは一様に首を傾げたり眉をひそめたりしている。ナリーはそん

な反応を楽しむかのようにニヤニヤと笑みを浮かべている。

「この屋敷の敷地内には数多くの食材の絵が描かれてあるカードが隠されて

ありますですわ。もうお分かりですわね? 二回戦の調理勝負で使える食材

は、そのカードに描かれてある食材のみですわ!」

 なるほどなと日色は情報を頭の中で整理していく。つまり、この屋敷内に

散らばっているカードをいかに取得するかが鍵となるということ。中には高

級食材もあるが、恐らくは扱いにくい食材だってあるだろう。

(なかなかゲームみたいで面白そうだなこれは)

 ただの料理大会ではなく、運や探索能力が問われる大会でもある。だから

こそ、参加者の中には冒険者風の者たちがいるのだろう。

「ちなみに二回戦の調理勝負では、始まる前にあるお題を決めさせて頂きた

いと思っておりますですわ!」

 お題? と日色は首を傾げた。他の参加者たちも同様のようだ。

「そのお題に沿って、入手した食材で料理を作って頂き、一番審査員の評価

が高かったチームが優勝しますですわ!」

 一体お題とやらが何なのか分からないが、とにかく日色は、自分に課せら

れているお題をきっちりこなそうと思った。そうすればあとはアノールドが

勝ってくれるだろうと信じている。

「ここから初戦についての注意事項をお教えしますですわ。まず一つ目、そ

れは初戦に出た者は、二回戦に出られませんの。仮に四名で参加した場合、

初戦に二人を当てたとすると、二回戦は残りの二人だけになりますですわ」

 となるとどうしても数が多い方が有利な気がする。だが中にはトルドたち

のように二人で参加している者もいる。

「二つ目、複数人参加する組は、仮に仲間が同じ食材を手に入れた場合、そ

の食材は使えませんの。あ、捨てようとしても無駄ですわよ。一度手にした

カードは自然にそのバッジに記録されますので、こちらがちゃ~んと確認し

ますですわ」

 またバッジも一度外すと失格になるという。複数人数もデメリットが増え

て考えものだ。多くのカードを手に入れても、仲間とカードが被っていたら、

その食材は使えない。

(よくできたシステムだな。だがやはりそれでも複数の方が有利には違いな

いな)

 やはり数を集めた方が有利に働くと日色は思った。

「三つ目は、他の者が取得したカードは奪ってはいけませんですわよぉ~!」

 まあ、こんなとこで戦闘なんかされたらたまったものではないだろう。

「最後に四つ目、時間制限がございますですわ! 三十分間! お忘れなき

よう願いますですわぁ~!」

 説明が終わったところで、日色たちは作戦を立てることにした。あと数分

で初戦が始まるのだ。

 まず日色とウィンカァが初戦にのぞむことになった。調理のできるアノール

ドとミュアには、二回戦を任せた。

 そして時間が来て、ナリーの号令とともにいよいよ大会が始まる。

「それではぁ~! 《制限料理大会リミツトグルメカーニバル》! 初戦 《食材カード探し》、開始です

わよぉ~っ!」

 参加者たちが一気に屋敷の敷地内へとなだれ込んだ。

「ん……ハネマルがダメなのは残念」

 ウィンカァはハネマルも参加できると思っていたようでショックを受けて

肩を落としていた。

「そんなことよりも、この中からさっさとカードを探すぞ」

「……ん」

「この人数だ。もしかしたらカードがなくなるかもしれないしな」

 参加者は実に25 組。ほとんどが四人組であり、初戦に三人を投入してい

る組もいるのでかなりの人数が敷地内で動き回っている。

「ヒイロ、どうやって探す?」

「とりあえず手分けして探す。屋敷の中も範囲内ってことだからな。オレは

そっちに行く」

「分かった。ウイは外……だね?」

「ああ、とにかく手当り次第かき集めろ」

「ウイ、頑張る」

 ウィンカァはやる気を見せつけるように、頭のアンテナがピンと張った。

 そして日色は屋敷へと直行。そこかしこで「よし!」や「うわ~!」など

様々な声が響いてくる。残念そうなのは悪い食材を手に入れたのだろう。

 日色は屋敷へ入ると、カードを隠しそうな絵画の後ろなどを探してみる。

しかし見つからない。すでに取られた後なのかもしれない。

「仕方ない。反則臭いが、勝つためにオレは全力を尽くす!」

 日色は指先に魔力を集束しゆうそくさせる。青白い光がポワッと灯り、その軌跡きせきが文

字を生み出していく。書いた文字は『探』。発動した瞬間、バチバチッと放

電現象が走り、文字が形を変えていく。それは矢印であり、どこかを指し示

している。

 この文字の効果は日色がイメージしたものの場所を指し示してくれるのだ。

その矢印を辿たどって一つの部屋へ入ると、まだ誰も来ていないのかその場には

誰もいなかった。

 矢印は真っ直ぐ室内にあるつぼを指し示していた。日色は壺を手に取り、中

を調べてみると、側面にテープで一枚のカードが貼られてあった。

「……《マッドスワンの卵》?」

 イラストが描かれ名前が記されてある。しかしながら、この食材が良いも

のかどうか日色には判断できない。だがとにかく《食材カード》の初GET

だ。

「この調子で集めていくか!」

 またまた日色のユニーク魔法が役に立った。



 一方、屋敷の前では調理器具などが置かれたテーブルが用意されていた。

その一つにアノールドとミュアは位置している。

「調理器具はここのものしか使っちゃなんねえのかぁ……」

「でもみんな平等だから仕方ないよおじさん」

「ああ、けどこうなると、やっぱ食材が勝負の分かれ目になるよな」

「う、うん……ヒイロさんとウイさん……大丈夫かな?」

「クゥン……」

 ミュアの心配が伝染うつったのか、足元にいるハネマルも不安そうにうなってい

る。

「よぉアノールド」

 そこへトルドがにこやかに微笑みやってきた。緊張しているミュアとは

違って、何度も参加しているトルドは、やはり慣れたものらしい。少しも動

揺や緊張が見当たらない。

「何だよトルド、二回戦の前にこっちの戦力を探りにでもきたのか?」

「ハハハ、そんなもんだ! まあ、そっちのミュアのことが気になってな。

ここに残ってるってことは、少しは調理経験があるってことだろ?」

「当ったり前だろ? ミュアは俺の娘だぜ?」

「でも血はつながってねえんだろ?」

「うえ? な、何でそのこと知ってんだ?」

「んなもんここに来る途中にミュアに聞いたからに決まってんだろうが」

 宿から屋敷に来るまでに、一通りの自己紹介はしたのだ。

「あ、そういやミュア、コランと仲良く話してたよな」

「うん、すっごい話しやすいよコランさん!」

「へへへ、だろ? アイツは結構口が回るからなぁ」

 決してめ言葉ではないのだが、トルドは自慢気だ。

「おい……お前まさか……その……で、できてるとかってわけじゃねえよ

な?」

「はあ? 俺とコランがか? まあ傍目はためにはそう見えるかもなぁ」

「じゃ、じゃあお前マジで!?」

「ハハハ、ど~だろうな? それは勝手に想像してろい」

 からかうような空気をかもし出しつつ、笑いながらきびすを返すトルド。そして

そのまま歩き出すかと思ったらピタリと足を止める。

「アノールド……この勝負、悪いけど俺が勝つぜ。こっちには何つってもコ

ランがいるしな。アイツはトレジャーハンターもしてた強者つわものだ」

「ふん! お前こそ俺のチームをめんなよ! こっちにはな、意外性を含

んだ不思議ちゃんもいるし、何よりも……」

「……?」

「何よりも常識じゃ計れねえ規格外野郎がいるんだよ!」

「……へぇ、そりゃ楽しみだ」

 不敵そうに笑みを浮かべたトルドは、真っ直ぐ自分の持ち場へと帰って

いった。

「……ミュア、絶対勝つぞ!」

「うん! 頑張ろう!」

 二人は日色たちを信じて祈り続けた。



 残り時間が約十分くらいになった時、日色の手には結構な数のカードが集

まっていた。一度ウィンカァと合流しようと外へ出た時、彼女が何故か家畜かちく

小屋の前で馬と対面していた。

「……何してるんだお前は?」

「あ、ヒイロ」

 日色の姿を見て嬉しそうに頭の上のアンテナをフルフルと回して駆けてく

る。

「お馬さんといっぱい話したよ」

「…………はぁ」

 正直彼女は当てにしてはいなかった。こういう感じの不思議っ子なので、

いちいち注意しても、日色が理解できない行動を必ずするので諦めていた。

「それで? 収穫はあったか?」

「ん……こんだけ」

 そう言って見せてきたのは五枚のカード。思ったより見つけていたことが

驚きだった。日色は十二枚手にしている。しかも嬉しいことに被っている

カードがなかった。

 これだけ食材が豊富なら優勝も目前に違いない。だがその時、ウィンカァ

から面白い話を聞いた。

「は? 馬がカードの隠し場所を教えてくれた?」

 普通なら正気かと疑ってしまうが、この少女、実は動物と会話できるとい

う特殊能力まで持ち合わせているのだ。もちろんハネマルとも会話ができる。

「んとね、屋敷の中の大時計がある部屋」

「ほう」

「しかもね、一番の高級食材だって」

「……マジか?」

「ん……あのおばさんが話してたのを聞いたんだって」

 日色はあごに手をやり、これは思いがけない幸運が舞い込んできたと思った。

恐らく昨日辺りにあのナリーが、ここでカードを隠していた時に口を滑らせ

ていたのだろう。それを聞いた馬から、ウィンカァは聞き出したということ。

「よくやった。オレは探してくるから、時間制限いっぱいまでお前はカード

を探せ!」

「ん……分かった」

 そうして日色は急いで屋敷へ舞い戻り、大時計のある部屋を探した。どう

やら二階にある部屋のようで、参加者たちも多くうろついている。

 日色は再び『探』の文字で高級食材カードの場所まで導いてもらった。部

屋に入って、矢印は大時計ではなく、壁を指し示していた。

 目を細め観察してみると、どことなくある部分が膨らんでいるように見え

る。ほんのかすかだが、恐らく壁紙の後ろに隠されているようだ。

 日色が近づこうとした瞬間、閉めていた扉がガバッと開くと、そこに立っ

ていた人物を見て、日色が思わず眉をひそめた。それはあのトルドの相棒で

あるコランだった。

 彼女は日色の存在に気づくが、すぐに視線を周囲へと向けると、さっと右

手を前方へと差し出す。

「……ウィンドワルツ」

 彼女の薄い唇が震えた瞬間、室内を暴風が襲った。まるで小さな台風がそ

の場に顕現けんげんしたかのようだ。思わず日色もひざを折って飛ばされないように身

構える。

 竜巻みたいに円を描き、周囲の壁や床などに細かい傷が生まれていく。そ

の中にいる日色もまた例外ではなく服がスパスパッと切れている。

「お、おいお前! 攻撃は禁止されているはずだろ!」

「違うわよ? 禁止されてるのは相手のカードを奪う行為よ。つまり相手の

妨害自体は……アリなのよ!」

 ビリビリビリビリィッと壁紙が無造作むぞうさに破れ、そこから三枚のカードが空

中へと浮かぶ。そして風が止み、コランがそのカードを取ろうとするが、こ

のまま好きにさせるつもりは日色にはない。

 素早く『速』という文字を書き発動させる。そして即座に床を蹴りコラン

も驚くスピードをもってカードに近づき手を伸ばす。しかしカードが風に

よって弾き飛ばされてしまう。

 コランが風を作りカードを飛ばしたのだ。

 日色は舌打ちをしながらも、即座に方向転換してカードを追おうとするが、

足元に違和感を覚える。

「――――何っ!?」

 地面から伸びた氷が右足を拘束こうそくしていた。その氷はよく見ると床に触れて

いるコランの右手から伸びている。

(コイツ、氷魔法も使えるのか!?)

 コランはクスッと笑みを浮かべると「残念、もらうわよ?」とからかうよ

うに言うとカードを回収していく。

 床に落ちている残り一枚のカードにコランが近づいた瞬間、日色は彼女に

近づき蹴りを放つ。彼女は気配に気づき左腕で見事にガードしてみせたが、

そのまま体勢を崩してしまう。

 その隙をついて日色は最後の一枚を手に入れた。

「ふぅ、やってくれたわね君。でも……どうやって私の氷から脱出できたの

かな?」

「ふん、答えると思うか?」

 日色は氷に『熱』と書いてかして拘束から抜け出たのだ。ただ文字を書

くのに手間取って、三枚のうち二枚を奪われてしまった。

「……どうやら君は只者ただものじゃなかったみたいね」

「アンタもな」

 正直、彼女の魔法の応用力には驚かされた。何とか一枚を手に入れること

ができたが、高級食材であろう二枚は奪われた。

 すると花火でも上げたような音がとどろく。これは初戦の終了の合図だった。

「君、ヒイロくんだったわね」

「……それがどうした?」

「ううん、覚えておこうと思ってね」

 先程の勝負、手に入れたカードの数でいえば負けてしまったが、初戦の合

計枚数では恐らく買っている。だから優越感に浸っている彼女の表情をゆが

せたくて、

「こっちは二十枚程度は見つけたぞ?」

「っ!?」

 明らかに驚愕きようがくしている彼女の顔を見て、少し気分が良くなった日色はそのまま彼女の横を通り過ぎて外へと向かった。

 外へ出るとウィンカァが見つけたカードを手渡してきた。彼女もあれから

少し増やしたようだが、さすがに被っていた食材もあり、使える食材は全部

でちょうど二十枚になった。

 アノールドたちにも戦果せんかを見せつけると、狂喜きようきせんばかりにアノールドは

ガッツポーズを作って声を上げていた。これだけの食材があれば、アノール

ドの腕ならいろいろな料理を構想でき選択できるはず。これなら勝てると

思った。

「よっしゃ! あとは俺たちの番だぜミュア!」

「う、うん! 頑張ろう!」

 二人の意気込みも抜群。だが、主催者のナリーから発せられた言葉にア

ノールドは言葉を失うことになる。

「お疲れ様でしたわ皆さぁ~ん! さっそく調理勝負を始めたいと思います

が、その前にするべきことがありますの! ここに数枚のカードがあるのが

分かりますですか?」

 ナリーが全員に見えるように手を高く伸ばして五枚のカードを見せた。

「ここには第二回戦の調理勝負の特別課題が書かれてありますですわ! こ

の中から一枚を選び、そこに書かれているお題に沿って勝負をして頂きます

ですわ!」

 そういえば一回戦が始まる前にそんなことを言っていたのを日色は思い出

した。

(面白い試みだな。確かにそういう方法は観客も盛り上がるだろう。どんな

課題になるか……)

 そしてナリーはテーブルにカードを置いてバラバラに混ぜ、その中から一

枚のカードを選びとった。そしてそのカードの内容を見てナリーは愉快そう

に微笑む。

 思わず日色も息を呑みながら彼女の口が動くのを見守る。

「では発表致しますですわ! お題の内容――――それは初戦で手に入れた

食材は必ず全部使用した料理を一品だけ作ることでございます! 時間制限

は三時間ですわ!」

 カードに書かれている内容が見えるように観客たちにナリーが見せている。

「な、何だってぇぇぇっ!?」

 アノールドの叫びが周囲にこだまする。慌てて日色たちが手に入れたカー

ドを確認し始め、顔を青ざめさせていく。

「お、おじさん?」

 ミュアが心配そうに声をかける。日色も一体何事かと思い顔をしかめる。

「……マズイマズイ……ホンットーにマッズイわっ!」

「な、何がまずいの?」

「こんだけの食材を使う料理自体は問題はねえ。フライでも煮つけでも蒸し

料理でも、好きなだけ作れる。けどな……一品だけってのは問題だ」

「あ……」

 ミュアも気づいたようで口をポカンと開けたまま固まっている。

「アハハハハ! ねえヒイロくん、残念だったわね。あなたの実力には正直

に負けたかもって思ったけど、どうやら欲張り過ぎたようね?」

 コランとトルドがニヤニヤと腹の立つ笑みを浮かべていた。膨大な食材が、

アノールドたちが使う調理台に運ばれてくる。その食材の多さに普段なら喜

ぶのだが、今回ばかりは、この多さが日色たちを苦しめてしまっている。

 先程は面白い試みだと思ったが、今はとんでもないことしやがってという

怒りに変わっていた。

 確かにこれらの食材を使うたった一品の料理を作るのは至難しなんわざだろう。

てっきり手に入れた食材から自由に選んで使えると思っていたので、これは

完全に想定外だった。

 三時間という限られた時間の中で、これだけの食材を使用した料理を作る

ことは、アノールドにも難しいものなのだ。

 日色もどうすればいいか分からずに思考をフル回転させるが、良いアイデ

アが浮かばない。沈黙が流れていると、口火くちびを最初に切ったのはアノールド

だった。

「……いや、せっかくヒイロとウイが頑張ってくれたんだ」

「……おじさん」

「……任せろヒイロ、ウイ!」

 アノールドが真っ直ぐにその瞳を向けてくる。そしてニカッと笑って、

「お前らのバトン、俺が絶対ゴールまで持ってってやる!」

「…………大丈夫なのか?」

「へへ、こんだけの頑張り見せられたんだぜ? あとは俺らが踏ん張るだけ

だ、そうだろミュア!」

「……うん! そうだよ、諦めなきゃ大丈夫だよ!」

 二人は互いが笑顔を見合わせるのを見て、ウィンカァも頬を緩めて日色に

「 信じよ?」と言ってきた。日色はジッと彼らを見た後、「任せたぞ」と言

葉を送ってその場から離れた。



 目の前に積み重ねられた食材を見つめながらアノールドは腕を組み思案す

る。ミュアは、その食材を見やすいように並べて確認している。

「どうするのおじさん? みんなもう始めてるよ?」

 ミュアの言う通りに、他の者たちは手に入れた食材を使い調理を始めてい

た。特にトルドは、微笑びしようを浮かべながら、流れるような動きで無駄なく調理

を進めている。

(アイツは何を作るんだ……? あの食材……《ゴールデンホーク》まであ

るじゃねえか!? 超高級食材だぞ! それに《スターレタス》まで……!)

 彼の手元にある食材は、どれも相性の良い使い勝手が抜群の食材ばかり

だった。きっとトルドなら、最高の一品を作ってくるだろう。

 今、アノールドは作る料理のビジョンすら見えてこない。このままでは舞

台に上がる前に負けてしまう。

(ヒイロたちが手に入れた食材の中で、メインとなる食材は……これか)

 それは日色が手に入れた高級食材の《プラチナ麦粉むぎこ》である。市場では滅多めつたにお目にかかれない食材。普段ならこれを引き立てるような料理を作るべきなのだが、この食材を全て使うとなれば、きっとインパクトが落ちてしまう。

 中にはメインを張れる食材だってあるのだ。互いが主張し合って、《プラ

チナ麦粉》の良さを活かし切れなくなってしまう。

(どうする……どうする…………どうすれば戦える……)

 そう思っている間にも時間は刻一刻こくいつこくと過ぎていく。ミュアも心配そうに食

材を見つめている。彼女はとりあえず野菜でも洗っておこうと思ったのか、

丁寧ていねいに水を使い綺麗きれいにしていく。

「う~ん……みんなぎゅ~って一つの食材になればいいのにね……」

「…………!?」

 アノールドはハッとなり、ミュアの横顔を凝視ぎようしする。その視線に気づいた

ミュアは「え?」となっているが、アノールドは再度食材に目を通し、ニヤ

リと口角こうかくを上げる。

「そっか……さっすが俺のミュアだぜ!」

「え? えっと……はい?」

「全部で一つの食材……ね。……よし! ミュア、俺の指示通りに動いてく

れ!」

「…… !? うん、分かったよ!」

 ミュアも悟ってくれたようで明朗めいろうに返事をしてくれた。



 ――――――――三時間後。

 ナリーが集めた四名の審査員の目の前に、料理が運ばれていく。合計五名

の審査員がそれぞれ持つ十点満点で評価し、最も合計得点の高いチームが優

勝するのだ。

 日色はナリーたちが食べている姿を見て、思わずよだれが口内にあふれている。

当然食べたいのだ。隣にいるウィンカァなどは例のごとく、滝のように涎を

垂らしながら「食べたい食べたい食べたい」とおきようのように呟いている。

 そして次はトルドたちの番だ。ナリーたちの目の前に置かれた器には、黄

色い葉に包まれた丸い物体がある。しかもその葉の中は黄金の光がれ出し

ている。

「《ゴールデンホークのスターレタスづつみ》だ!」

 黄金に輝く鶏肉を、星形のレタスが優しく包んでいる料理。ナリーがナイ

フを入れると、真っ二つになった鶏肉の中には様々な香味こうみ野菜が詰め込まれ

ていた。とても良い香りが周囲に漂う。まずナリーが一口食べる。

「むっほぉぉぉ~っ! これはすんばらしいですわよぉぉ~っ! このシャ

キシャキとしたレタスに包まれていると~っても柔らかいお肉! しかもお

肉の中に入っている野菜が、これまたと~っても相性が抜群で、美味しいで

すわよぉ!」

「香味野菜のお蔭で肉がすっげえ柔らかくなるんだよ。野菜の旨味うまみも肉に

しっかりと染み込むし、その香りを逃がさないように包んでる《スターレタス》も、歯応はごたえがあって美味うめえんだ!」

 自慢気に説明するトルド。もうその説明だけで日色の腹の虫は警戒注意報

を盛大に響かせている。

 そして得点が挙げられる。

 ――――――――――五十点っ!

 周囲がどよめく。初めて出た満点にき上がる観客。空気を割らんばかり

歓声かんせいとどろいている。トルドはコランとともに大喜びだ。だが日色は絶望を

感じていた。

 何故ならこれでもう単独優勝がなくなったからだ。これでグルメ本ももら

えないかもしれないと思って絶句ぜつくしてしまった。

 だがそこへただ一人だけ静かに感情を表に出さずに、自身の料理を差し出

す者がいた。アノールドである。ミュアは彼とは違って不安気だが、震える

手で同じように審査員の前に料理を出している。

 何故アノールドが先程の得点を見て、一切の動揺を見せていないのか気に

なる。まるで勝利を諦めていないかのような表情を観客に見せつけている。

 料理に被せてある蓋を取るようにとナリーがアノールドに言う。蓋に手を

かけたアノールドは不敵に笑みを浮かべると、大きく息を吸って、

「これが俺の全部を込めた魂の料理だぁぁぁぁっ!」

 叫びながら勢いよく蓋を開ける。そこから現れたのは一つの器。そしてそ

の器の異様な光景に皆が言葉を失った。

 器が何故か――――――――魚の形をしている。丸くて大きな魚であり、

腹の部分がくり抜かれて、そこから熱そうな湯気が立ち昇っている。

(な、何だあの料理は!?)

 日色だけでなく、審査員たちもギョッとなって黙ったまま凝視し続けてい

た。魚の腹部には赤い液体が注がれてあり、色とりどりの野菜がプカプカと

浮いている。

「ほほぉ~、これは《大王だいおうヒラメ》を器代わりにしたのですね?」

 審査員の一人が頷きながら質問をする。

「そうよ! 《大王ヒラメ》もしっかり調理してあっからちゃ~んと食べら

れるぜ!」

「この赤い液体は?」

「それは少しピリ辛だけど、ただのスープだ。浮いてる野菜も、別段凝った

仕掛けはねえ」

「ふむぅ……確かに見た目の斬新ざんしんさには驚かされましたが、味は平凡そうで

すなぁ」

 審査員がアノールドの説明を受けて少しガッカリしているようだ。だがア

ノールドは思わせぶりに含み笑いをする。

「そいつは違うぜ! 俺のメインは、そのスープの中にあるっ!」

 アノールドに言われて、不可思議ふかしぎそうにフォークをスープに沈めていく。

するとそこからまばゆ白光はつこうを放つ細長い物体が現れる。

「食べてみてくれ!」

 審査員がグツグツ煮込まれていたそれを、息を吹いて少し冷ましてから口

に運ぶ。そして審査員が喉を鳴らした瞬間、まるで信じられないものを見た

かのような表情をして、もう一度フォークを沈み込ませる。

 審査員一同は腹でも空いていたかのようにガツガツと口にしていく。

「な、何でだ!? 何で食べる度に味が違うんだっ!」

「そうですわぁ~っ! これは一体どういうことなのでございましょ

うっ!」

「面白い! 何だこの料理はっ!」

 口々にナリーを含めた審査員が驚きの声を上げながらも、はしが止まらない

ようだ。その光景を目の当たりにして、トルドとコランも目を見開いて硬直

している。

「題して、《一心同体麺いつしんどうたいめん》だっ! 覚えておいてくれぃっ!」

 審査員から説明を求める声が上がる。

「その麺は《プラチナ麦粉》を使って作った麺だ。けどただの麺じゃねえ。

その麺には今回手に入れた食材のうち、十六種類分の食材が入ってる」

「……? ど、どういうことなのです?」

 審査員がより詳しい説明を求める。

「その麺をよ~く見てくれれば分かるぜ!」

 そう言われて審査員たちは赤いスープが絡んだ麺から、スープを落として

凝視する。そしてよく見れば色が千差万別であることに気づいた。

 赤、緑、黄、白など様々であり、さらによく観察してみれば、小さなツブ

ツブが練り込まれてある麺や、そうでない麺など多種多様たしゆたようだった。

「全ての食材を十六種類の麺に練り分けて作った。だから《一心同体麺》

だ!」

「……何故この器に?」

「《大王ヒラメ》は良い出汁だしを出してくれるんだ。だからこうして使うと、

よりスープの味に旨味が増す」

「こんな麺、初めて食べましたですわ。よくぞこの土壇場どたんばで作り上げたものですわ」

 ナリーも感嘆かんたん吐息といきを漏らしている。

「それはここにいるミュアのお蔭だ。全部が一つの食材になればって言葉を

聞いて、これを思いついたんだ。あと、この《プラチナ麦粉》があったのが

助かった。こいつは万能な麦粉だ。どんな食材にも合うけど、麦粉だから使

用方法は限られてきちまう。膨大な食材の種類。どうすりゃこれを活かせる

かって考えた時、ミュアの言葉で、全部を主役にすることを思いついた」

《プラチナ麦粉》にそれぞれ食材を練り込んだ麺を作る。そうすれば、面白

いものができるのではとアノールドは考えたようだ。

 確かに一口食べるごとに味が変わる麺は是非食べてみたいと思う。しかも

トロトロのスープが絡み合っている麺は、非常に食欲をそそってくる。きっ

とあのスープも全ての食材の味が染み込んでいる最高のスープと化している

に違いない。

 アノールドの説明を受け、審査員は感無量かんむりようといった感じで満足そうに頷い

ていた。

 そして審査――――。

 皆が息を呑み見守る。どのような結果を、この奇抜きばつな料理は生み出してく

れるのかと、ハラハラドキドキと緊張が走る。そして審査員の得点が述べら

れる。

 ――――――――――――五十点っ!

 場が静まり返った。そして誰かの喉を鳴らした音をきっかけにして、凄ま

じい歓声が周囲からアノールドたちへ注がれる。

「や……やったぜミュアァッ!」

「う、うん! やったよおじさんっ!」

 二人は抱きしめ合って、最高の結果に手放しで大喜びをしている。しかし、

ここで問題が出てきた。何故なら二組が最高得点を出してしまったのだ。

 これはどうなるのか……。

 残りの組の審査も終わり、やはり二組だけが満点だった。優勝者チームは

二組になるのかと周りがざわつき始めた時、ナリーがある提案を出した。

 それはこの場にいる者たちが彼らの料理を食べ、より美味うまかったと思う方

にチーム番号を書いた紙を投票するというもの。

 観客たちは大いに盛り上がり、ナリーの提案にすぐさま呼応した。また日

色にとっても、二つの料理を食べられると思い、心の中でガッツポーズをし

ていた。

 そしてアノールドとトルドたちが再び料理を作り、皆に振る舞う。

「はむ……なるほどな、これは抜群の相性だ」

 日色が口にした《ゴールデンホークのスターレタス包み》は、レタスの

シャキシャキ感が失われておらず、その歯応えは素晴らしく良い。また肉の

柔らかさは類を見ないほどであり、初めてアノールドたちと出会った時に食

した《アクアドッグの肉》と遜色そんしよくない。

 それに香味野菜と一緒に肉を食べると、口一杯に旨味と香りが広がり、ま

さに最高級の鳥料理だった。

 次は《一心同体麺》である。

「ほう、こうして見てみるとホントに奇妙な麺料理だな」

 しかし器も含めて全てが食べられるこの料理は、まさに斬新といっても

過言かごんではない。一口食べてみると、その思いはさらに膨れ上がる。

 まず一口目に広がったのは魚の風味や野菜の苦みだった。恐らく麺に魚介

と野菜を練り込んだものがあるのだろう。そして二口目はほのかな甘みと肉の

味、そしてゴマの風味が口全体に広がった。

(なるほどな、これは確かに面白い)

 食べる度にそれぞれの組み合わせで感じる風味が変わってくる。しかもそ

れがこのピリ辛のスープと絶妙にマッチしている。つい手が止まらず、額か

らはうっすらと気持ちの良い汗が浮き出てくる。

 ウィンカァや、足元にいるハネマルも我を忘れたようにがっついている。

観客たちも笑顔を浮かべて楽しそうに汗をかいている。

 やはり美味いものは、それだけで正義であるということが改めて理解でき

た。こうして人は美味いものを食べると笑顔になるのだ。

 そしてアノールドとトルドも、互いの料理を食べている。口に運んだ瞬間

に衝撃を受けたような表情をするが、すぐに顔を引き締めて互いをジッとにら

んでいる。

 料理人としてのプライドが、二人の間で火花を散らしていることだろう。

 そして投票の紙が、ナリーが用意した箱へと収まっていく。無論日色たち

は投票できない。静かに投票結果が出るまで心臓を激しく脈動みやくどうさせて待つ。

 二十分が経った頃、ナリーが一つ咳払せきばらいをし、皆の目を引きつける。とう

とう結果が言い渡されるのだ。

 誰もが彼女の口元に注視している。張りつめた緊張の中、ナリーの分厚い

唇が開かれる。

「まずはお二組ともお疲れ様でしたわ。それではこれから投票結果の発表を

させて頂きますですわ。まずはトルドチームの得票数は―――――――――

148 票っ! 148 票ですわっ!」

 日色はその結果を聞いて周囲を見回す。観客は大体三百人前後ほど。つま

りトルドは過半数を越えた票を得たかもしれない。

 日色は無意識に額から汗を流す。ウィンカァもまばたきをせずにナリーを見つ

めている。ミュアは祈るように両手を組んで目を強く閉じている。

 アノールドは険しい表情のまま、ただジッと結果を待っている。

「それではアノールドチームの得票数を発表致しますわ。……アノールド

チームの得票数は――――――」

 面白いようにあちこちから息を呑む音がリズムを奏でているように聞こえ

てくる。観客たちも手に汗を握っている。

 そしてついに、ナリーの口が続きを言った。

「―――――151 票っ! アノールドチームは151 票ですわっ! よって、

今回の《制限料理大会リミツトグルメカーニバル》の優勝者は、アノールドチームに決まりましたです

わぁぁぁぁっ!」

 刹那せつな、耳をつんざくほどの歓声が大気を震わせる。トルドは膝を折り、コ

ランは肩を落とす。

 そしてアノールドは呆然ぼうぜんと立ち尽くしているだけだった。まるで夢の中に

漂っているかのように現実感を感じていないのかもしれない。

「……な、なあミュア……か、勝った……のか?」

「え……っと……そう……なのかな?」

 どうやらミュアもアノールドと同様のようだ。だがそこへトルドが近づい

てきて、アノールドの肩をポンと叩く。

「あ~あ、負けちまったぜ」

「……トルド?」

「おいおい、何アホづらしてんだよ? 俺に勝ったんだぜ? もっとほら、観

客に応えてやれよ!」

 アノールドは改めて観客を見回し、そこでようやく実感が湧いてきたのか、

拳を高く突き上げて、

「うぅおっしゃぁぁぁぁぁぁああああああああっ!」

 彼に応えるように、さらに大きくなる歓声に拍手。日色もまた、ドッと疲

れた感じで肩をすくめる。

「ヒイロ、良かったね?」

「ん? ああ、まあな」

 ウィンカァも嬉しそうに微笑んでいる。一時はどうなるかと思ったが、予

定通り優勝できて本当に安堵あんどした日色。

 そしてナリーから優勝者に賞品が贈られる。日色は真っ先にグルメ本を手

に取り頬を緩ませる。

(大事に読んでやるからな、覚悟しろよ)

 気分は上々だった。またアノールドも、鍛冶師ザフの打った包丁を手にで

き涙を流していた。余程手に入れたかったものなのだということが一目で分

かる図である。

「皆さ~ん! 今回も大大大だ~い盛り上がりましたですわぁ~っ! その

立役者たてやくしやとなって頂いた参加者たちに、今一度大きな拍手をお願い致しますで

すわよぉ~!」

 ナリーの要望に観客たちが是非もなく応えて拍手喝采かつさいを送る。

「では次回もまた是非とも参加なさって下さいませですわぁ~! これで

 《制限料理大会リミツトグルメカーニバル》終了を宣言致しますですわよぉ~っ!」

 再び拍手が大きくなり、盛り上がった大会はこれにて終了を迎えた。


 これから日色たちは国境へと向かうが、トルドたちは逆方向ということで、

街の入口で別れることになった。

「次はぜってー負けねえからなっ!」

「へへへ、いつでも来い! 返り討ちにしてやるわい! ワハハハハ!」

 完全に調子に乗っているアノールドに、悔しそうに歯を食い縛っているト

ルド。そんな子供のような二人を見て、コランは溜め息を漏らしている。

「本当に子供なんだから。でも楽しかったわ君たち」

 コランは日色たちに向かって清々しい笑顔を浮かべる。そしてジッと日色

に視線を向けてくる。

「ねえヒイロ、今度私と一緒に仕事してみない?」

「……いきなり何だ?」

「君なら良いトレジャーハンターになれると思うわよ」

「興味ないな」

「そうかな? 是非仕事のパートナーになってもらいたいわね」

「アンタのパートナーはそこにいるツンツン頭だろうが」

「ふふ、それもそうね。でも彼は仕事っていうよりは人生……かな?」

 その言葉にミュアが食いついて顔を赤く染め上げる。

「そそそそそうにゃんですかっ!?」

「アハハ! 冗談よ冗談! 赤くなっちゃって可愛いんだから!」

「あ、あぅ……」

 からかわれたと思ってミュアは恥ずかしそうに顔をうつむかせているが、コラ

ンの頬も若干紅潮こうちようしていた。もしかしたら先程の言葉は本当のことを言った

のかもしれない。

(まあ、どうでもいいがな)

 無論日色には全く興味のないことだった。

「お~い、そろそろ行くぞコラン!」

「あ、お呼びね。それじゃまたねみんな!」

 二人はにこやかな様子で去っていった。最後までアノールドとトルドは言

い合いをしていたようだが、二人はどことなくそれを楽しんでいた様子が感

じられた。

「さってと、そろそろ国境だ! 行くか!」

「うん!」

「お~」

「アオッ!」

 アノールドの勢いに、ミュア、ウィンカァ、ハネマルが乗る。日色はふところ

ら手に入れた本を取り出し、

(ああ、今日はホントに良い一日だったな)

 噛み締めるように今日を感謝したのだった。

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