ep3. 聳え立つ魔法仕掛けの塔! ヒイロVS怪盗ワイルドキャット!

「やあやあやあ、ちょいと話でもどうだい!」

 西日を受けながら長時間歩き続けようやく辿たどり着いた街で、旅人である丘村日色おかむらひいろたちは、早速疲れを癒すために宿屋へと向かった。そして宿屋の一階で食事をしていると、陽気な中年男性が嬉しそうに声をかけてきた。

 何でもこの街は有名な建築家が設計した建物が多く、わざわざその建物を

一見いつけんするために訪れる観光客もいるらしい。

 陽気な男は、よく観光客を相手に街中を案内しているみたいで、日色たち

を見て旅人ではなく観光客と勘違かんちがいして近づいてきたようだ。

 そして男の勢いに、普段は暑苦しく口喧くちやかましい筋肉質の男――アノールド・

オーシャンも、

「え? あ、おお……は、話って?」

 と押され気味につい承諾してしまっている。男が次々と街の名物である建

物の名前を連ねていき、最後に思わせぶりな感じで日色たちを見つめてきた。

「いいかい、実はね、この近くにはある有名な建物があるんだよ!」

「た、建物ですか……?」

 男の言葉に、アノールドが目に入れても痛くないほど可愛がっている、自

称娘の銀髪少女――ミュア・カストレイアが聞き返している。

 黄色い髪束かみたばが頭の上でアンテナのように揺れているウィンカァ・ジオとい

う少女はあまり興味がないのか、ひざに乗っている子犬のような生物に食事を

分け与えていた。

 この生物は、背中に小さな翼が生えているスカイウルフという青毛あおげで包ま

れたモンスターである。ハネマルと名付けられており、最近ウィンカァと一

緒に仲間になり、こうして一緒に旅をしているのだ。

 日色たちの反応を気にするでもなく、その建物の名前を口にした。

「魔法仕掛けの塔って聞いたことないかい?」

「魔法仕掛けの塔?」

 男が口にした――魔法仕掛けの塔という名にアノールドが聞き返した。日

色もまたファンタジックなネーミングに少し興味をかれた。

 塔は街の東にあるらしく、有名な建築家が建てたのだという。しかも街中

にある家や教会などといった普通の建物ではなく、侵入者をこばむような設計

をされている謎の塔。

 謎と聞いてさらに日色の興味もふくらむが、このままだと延々えんえんしやべり続けそ

うな男に日色が口を挟み、続きは明日にしてくれと言う。男は残念そうに肩

を落としかけるが、すぐにパッと笑顔を作って日色たちの背後を見る。

 そこには日色たちと同じように、宿屋へ入ってきた者がいた。まるで獲物

を見つけたと言わんばかり、男はその者を歓迎し、また長い話が始まった。

 ご愁傷様しゆうしようさまと思いつつも、日色たちは男から解放されてホッとして部屋へと

向かった。

(有名建築家が建てた謎の塔か……)

 確かに興味はあったが、実際にそこへ向かうほど心は震えなかった。

 日色たちは与えられた四人部屋でそれぞれくつろいでいた。無類むるいの本好きであ

る日色は片手に本を持ってペラペラとページをめくるのにいそしんでいる。

「なあヒイロ」

 突然アノールドが声をかけてきたが、自分は本を読んでいるのだと本を見

せつけアピールして無言をつらぬく。

「いや、ちょっといいか?」

 空気を読めと言うようにもう一度本を見せつける。

「だからちょっとくれえいいだろ?」

「…………はぁ、しつこいぞオッサン」

 このままではうるさくて集中できないと思い仕方無く彼に応じた。彼はわる

びれもせず、普段通りに話しかけてくる。

「あのよぉ、さっき一階で男から聞いたことだけどよ」

「ああ、魔法仕掛けの塔とやらか?」

「そうそうそれそれ。実はちょいと気になったから、さっき宿屋の主からど

ういう塔なのか聞いたんだよ」

「ほう」

 一応返事はするが日色の目線は本へと向かっている。

「何でもよ、あの塔を建築した奴ってのはいろいろ変わっててな」

「クリエイターなんて、どいつもこいつも常人とズレてるのは当然だろ?」

 無から有を生み出すような創造的な仕事をする者たちなど、常人とは考え

方が違い、特異とくいなものだと日色は考えている。特に有名な人物なら、その感

性を理解できる者は少ないと思う。

「ヒイロさん、それは偏見へんけんだと思いますよ?」

 ベッドの上に腰かけて、足をユラユラと動かしているミュアが注意するよ

うに言ってきた。彼女の腕の中にはいつも被っている帽子が収められている。

頭の上には可愛い獣耳けものみみがピコピコッと動いて、まるで手招きをしているよう

だ。

 この【イデア】という世界に存在する『獣人じゆうじん族』という種族である彼女は、

立派な獣耳とフサフサな尻尾を持っている。

 アノールドも同じ獣人なのだが、昔人間に耳を引き千切られた経験があり、

生えているのは尻尾だけだ。

 ウィンカァも獣人の血を引いてはいるが、彼女は人間と獣人との間に生ま

れたハーフであり、人間の血の方が濃いらしく、日色と同様に、獣耳も尻尾

も生えてはいない。

 この世界は日色が元々住んでいた世界ではなく、『人間族』の国王が、人

間を救うために行った――勇者を召喚する魔法――に巻き込まれてやって来

た異世界なのだ。

 日色たちは今いる人間が住む大陸である人間界から、獣人が住む獣人界へ

と向かうべく旅をしているのだが、互いに少しのきっかけで戦争にまで発展

する緊張の中、人間界でミュアたちが獣人だと知られるわけにはいかないの

で、普段は帽子で隠している。

「まあ、偏見かどうかはともかくとしてだ、そいつがどう変わってるかとい

うと……」

「興味ない」

「へ?」

 日色は人差し指を立てて興味をこうという口ぶりで語り出そうとしたア

ノールドの言葉を一刀両断した。

「お、おいヒイロ、ホントに変わってんだぜ?」

「だから興味ないって言ってる。他人がどう変わってようがオレには関係な

い」

「…………あの塔の最上階には財宝が眠ってるって話でもか?」

「ああ、あいにく金銀財宝には無頓着むとんちやくでな」

 日色は、「話はそれだけか」と言うとベッドに横になり再び本に集中し始

める。相変わらずドライな日色の態度に、ミュアはやれやれといった感じで

苦笑くしようを浮かべながらアノールドを見つめる。

 だがアノールドは「フッフッフッフ」と思わせぶりな感じで笑い声を出す。

何となく苛立いらだちを覚えた日色が「何なんだ?」と尋ねると、

「……その財宝に稀少本きしようぼんがあると言ってもか?」

「!? ……何だと?」

 思わず本をパタリと閉じて上半身を起こして食い入るようにアノールドの

してやったりといった表情を見つめる日色。凄くその顔がムカつくが、今は

事の真相を確かめる方が先決せんけつだ。

「稀少本があるというのはホントか?」

「ま、まあ聞いた話によるとだな……」

 アノールド曰く、あの塔を建築したリュンクスという男は元冒険者でもあ

り、大陸を巡った際に手に入れた財宝などを、自らが建てた建築物に隠す習

性があったという。

 彼はすでに他界たかいしているようで、管理者を失った建築物に、多くの冒険者

たちがハイエナのごとく集まった。無論目当ては――――財宝。

 しかし彼が財宝を隠したであろう建築物は、どれもが特異過ぎる構造に

なっており、生半可な実力では決して財宝がある場所へと辿り着けないのだ。

あまりの過酷かこくな迷宮に命を落とした者までいる始末。

 中には攻略した者がいるのだが、その財宝が偽物だったということも数多

くあり、今ではもう挑戦する者も少なくなってきているらしい。

「なるほどな。命を懸けたところで、偽物をつかまされてはやり切れないだろ

うな。それは挑戦者が減っても仕方無い」

 聞いた話によると、挑戦者が四苦八苦しくはつくするのを楽しむかのような建物ばか

りに財宝を隠したと言いのこしているそうだ。

「それで? 東の塔もか?」

「ああ、あそこは誰も攻略してねえらしくてよ、噂じゃ本物が隠されてるっ

てことだ」

「…………あの塔が建てられてどれくらい経ってるか知ってるか?」

「聞いた話だと三十年くらいらしいぜ」

 三十年……その間に数多くの腕に覚えのある冒険者たちが挑戦したはず。

しかし攻略できた者はいない。それほど攻略難度の高い場所なら――――――

有り得るかもしれない。

「……どんな本が眠ってるか聞いたか?」

「実はよ、リュンクスって奴は大の古書こしよ好きだったらしくて――」

「明日さっそく向かうぞ!」

 日色は拳を握りながら立ち上がりやる気を見せると、ウィンカァとハネマ

ルだけが日色の言葉に応えるように「お~!」に「アンッ!」と意志を表し

ていた。

 ミュアは燃え上がっている日色を横目にアノールドに近づき、

「ね、ねえおじさん。もしかしてわざとヒイロさんをきつけた?」

「フッフッフ、な~にを言っておるのかね愛しのキューティフラワーちゃん。

ただ……たださ、ヒイロには世話になってっからよ、たまには役に立ってや

ろうと思ってな」

「そ、そうなの?」

 ミュアはアノールドのことを信じているようだが、明らかに言動に不自然

さを感じているようでいぶかしんでいる。

「あったりまえさ! ヒイロは仲間だろ? アハハハハハハ!」

「う、うん……」

 しかしミュアは気づいていなかった。アノールドの瞳がまさしく金貨のよ

うにキラキラと輝いていたことを。

 翌日早朝、日色は誰よりも早く起きて塔に向かう準備を整えていた。もう

心は早鐘はやがねを鳴らしている。稀少本……古書。とても良い響きである。

 特に有名建築家であり、世界を巡った冒険者でもあるリュンクスが残すほ

どのもの。きっと垂涎すいぜんものの書籍しよせきに違いないと勝手に推測してワクワクして

いた。

 日色たちは早々に食事をると、そのまま街の東にあるという塔へと向か

う。それほど遠距離ではなく、距離にして一キロほどしか離れてはいなかっ

た。

 遠目とおめからはハッキリと認識できなかったが、こうして近くへやって来てみ

ると、その大きさが存在感を表している。

 形状は言ってみれば円柱ではあるが、窓などは一切見当たらない。高さは

大体二十メートルほどだろうか。シンプルな石造りに思えるが、大理石のよ

うな光沢こうたくを放っている。

(この形……どこかで見たような…………あっ!?)

 日色は塔の形を見て電気が走ったようにひらめくものがあった。

「これは……そうか! ルーク……チェスのルークか!」

 そう、日色が思い描いたのはチェスというボードゲームに使用される駒の

一つ――ルークだった。日色は塔の周りを一周しながらどこからどう見ても

ルークと同じ形だと確信した。

「おいヒイロ、いきなりどうしたんだ?」

 日色が突然叫んで奇妙な行動をとり始めたのでアノールドたちは心配に

なって声をかけてきた。

「いや、この造形ぞうけいに見覚えがあってな。なあオッサン、チェスって知ってる

か?」

「知らねえけど? 食べ物か何かか?」

「いや、知らないならいい」

 ということは何故チェスのルークとしか思えない造形物があるのかという

疑問が湧いてくる。単なる偶然か……それともリュンクスが知っていて建造

したのか……それが分からない。

「あ、わたし聞いたことあります」

 すると意外にもミュアが答えを出してくれた。

「知ってるのかチビ?」

「あ、はい。まだヒイロさんと出会う前に立ち寄った町の本屋さんで見かけ

ました」

「……本屋でか?」

「はい。確か『チェスの上手くなる秘訣ひけつ』ってタイトルだったと思います。

表紙にもこんな感じの建物がいっぱい描かれてました」

「よく覚えてたなミュア」

「おじさんも一緒にいたよ? これ何って聞いたのわたしだもん」

「へ? そ、そうだっけか? あ、あはは……」

壊滅かいめつ的記憶力のオッサンのことはどうでもいい」

「うぉいっ!」

 アノールドが突っ込んでくるが無視する。

「他にはこんな形のものがあったか?」

 そう言いながら日色は地面にナイトやポーンなどの駒を描く。そしてミュ

アはジックリ見た後で大きく頷く。

「はい! こんな感じの建物ばっかりでした!」

「そうか……つまりこの世界にもチェスはあるってことか」

「は? この世界にも?」

「気にするなド忘れ症候群しようこうぐん末期患者まつきかんじや

「誰がド忘れ症候群末期患者だっ!」

 まずに早口で言えたことに感心を覚えた。だがミュアの優秀な記憶力の

かげでルークをして造られた塔だということはハッキリした。

「ちなみにチビ、お前が見たのは建物じゃなくて駒だ」

「こ、こまですか?」

「ああ」

 日色はチェスについてざっくりと皆に教える。

「ほほう、つまりは頭を使ったボードゲームってわけだな」

「ああ、オッサンには決して向かない遊びだ」

「何だとコノヤロウッ!」

「お、おじさん落ち着いてっ!」

「は、放せミュア! コイツはさっきから罵声ばせいばかり浴びせやがって! 何

うらみでもあんのかっ!」

 ミュアは興奮しているアノールドの前に立ち必死に押さえている。日色は

やれやれと肩をすくめると半目はんめでアノールドを睨みつける。

「オッサン、オレが何も気づいてないとでも思うか?」

「はあ? な、何をだよ!」

「……オッサンがオレをここに来させたかった理由。いや、この塔を攻略さ

せたかった理由…………財宝だろ?」

 すると今まで沸騰ふつとうしていたアノールドの熱が急に冷めたように、日色から

青ざめた顔を背ける。そして下手な口笛を吹きながら、

「ひゅ~ぴ~ふ~、な、ななななんのことですかいな?」

「それだけ動揺どうようして隠し通せるとでも思ったかバカ」

 日色の言葉にガックリと肩を落とすアノールド。そして「ああ、やっぱり

そうなんだぁ」と悲しげに言葉をらすミュア。そしてアノールドの肩に手

を置いて無表情で「ドンマイ、これあげる」と言いながら、道端で拾った毛

虫みたいな虫を差し出すウィンカァ。

「え、あ、ありがとう?」

 さすがのアノールドも、よく分からないウィンカァのなぐさめ方に戸惑いなが

らも一応受け取っていた。「これどうすればいいの?」とアノールドが尋ね

てくるが完全に無視して、日色は塔の入口を探す。

 すると突然塔の側面の一部の壁が動き穴が開いた。そしてそこから何か黒

い影がポンポンポンと撃ち出されてきた。

 一瞬のことで何が起こったのか日色たちは呆然ぼうぜん。そしてその影が次々と地

面へと落下してくる。ドガドガドガッと地面に突き刺さる――三つの影。よ

く見るとそれは三人の人物だった。

「ぶは~っ! くそぉっ! こんな塔! 攻略できるわけねえだろぉっ!」

 一人が身体を起こすと、他の二人も同様にボロボロの身体を起こして塔に

対する暴言ぼうげんを吐いて塔から去っていった。

 察するに彼らは塔に挑戦した者たちのようだ。それで見事打ちのめされた

のだろう。

「なるほどな。なかなかに厳しそうなダンジョンってとこか」

 日色は難易度の高そうな塔を指差すと高らかに宣言する。

「必ずクリアして稀少本を手に入れてやる!」

 一行は塔の入口を見つけて中へと侵入していった。

 外は蒸し暑いというのに塔の中はヒンヤリとしていた。まず入って驚いた

のは、塔内の構造だった。一言で言えば迷宮だろう。日本のテーマパークに

あるような鏡の迷路と化している。

 しかし天井がとても低い。恐らくここは一階の部分であり、上へと向かう

階段を見つけるのが第一の試練ということかもしれない。

 幾つの試練があるのか分からないが、とりあえず一つ一つクリアしていく

しかなさそうであり面倒さを感じて自然と肩が落ちる。

「とはいうもののだ」

 日色は人差し指の先に意識を集中させる。するとポワッと青白い光がともる。

これから日色が使おうとしているのは魔法。

 この【イデア】には普通に魔法という力が存在する。召喚されてきた日色

もまた《文字魔法ワード・マジツク》という極めてユニークな魔法を行使こうしすることができるの

だ。

 これは魔力を指先に宿し文字を書く。するとその文字の持つ意味が実際に

現象化げんしようかする。

 例として『光』という文字を書いて発動させれば、たとえ真っ暗な闇の中

でも周囲を明るく照らしてくれる光を生み出すことができる。また『盾』と

書いて発動すると日色の魔力が盾状に変化して身を守ってくれる。まさに万

能、ユニークなチート魔法である。

 だが制限も存在する。例えば無から有を生み出すような効果は一分で消え

てしまうのだ。直接形を変えたりするもの以外は、大体が一分で効果が消え

る。そして魔法を使うには無論魔力を要する。

 そしてその魔力消費量が、《文字魔法ワード・マジツク》は多い。つまり魔力残量と常に相

談して使いどころを誤らないように心掛ける必要があるのだ。

「いちいちゴールを探して迷ってるつもりなどない」

 そうして日色は『探』の文字を書き発動させると、一瞬の放電現象が文字

から起こり、その文字が次第に形を変え矢印へと変化していった。この道

みちしるべ辿たどると階段が見つかるはずだ。

「よし、ゴールは向こうだ。行くぞ」

「お~ヒイロ、すごい」

「アンッ!」

 ウィンカァとハネマルは何も気にせずただただ感動して日色の後について

いくだけだが、ミュアとアノールドは互いに溜め息を漏らしている。

「相変わらず便利な奴……」

「はは……ヒイロさんだし」

 あまりにも万能過ぎる日色の魔法に呆れながらも、その恩恵おんけいあずかり二人は

日色の後をついていく。

 しかしふと、ハネマルが前方を向いたまま吠え出した。日色も足を止めて

ハネマルの様子に眉をひそめる。

「……そこの壁に何かあるって」

 ウィンカァはハネマルと言葉を交わすことができるという不思議能力を

持っている。日色は「そうか」と一言呟き、ふところにあった干し肉を引き千切っ

欠片かけらを前方へと投げる。

 すると突然左右の壁が光り輝くとバチバチィッと電撃がほとばしった。その電撃

を受けた干し肉は見事にすみと化した。

「……命を落とす奴がいるってのはホントのようだな」

 今の電撃でも十分に殺傷能力はあると断定。これでこの塔は本当に危険だ

ということはハッキリした。

 だが一度発動した罠はもう発動しないようで、もう一度投げ入れた干し肉

には反応しなかった。だが日色はそのまましばらく待ってもう一度干し肉を

投げる。

 すると今度は先程の電撃が再び干し肉を襲った。さらに何度か試してみる。

「なるほどな。どうやら罠は一度発動されれば十秒ほどセーフティタイムが

あるみたいだな」

 日色は罠の効果時間と持続時間を調べていた。ちなみに電撃の効果時間は

五秒。しかし電撃を五秒も耐えることがたとえできたとしても絶対嫌なので、

きっちりセーフティタイムを見計らって通過していく。

 通路には次々と多くの罠があるが、どれもやはり電撃の時と同じシステム

だった。

「いや~ヒイロとハネマルがいれば楽勝だな~!」

 まさに肩で風を切る感じでアノールドが進んでいるが、

「あ、オッサン、そこ危ないぞ」

「へ? ……あれ?」

 アノールドは額から大量の汗を流しながら下を見る。すると突然下から地

面が針のごとく盛り上がりアノールドを串刺くしざしにしようと迫る。

「ンぼわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「お、おじさんっ!?」

 すると一陣いちじんの風が吹き、はがね剣線けんせんが放たれる。下から突き上げてくる針が

その一閃いつせん細切こまぎれにされた。

「ウ、ウイ……」

 アノールドの目の前には、いつの間にか彼を追い越したウィンカァがいた。

彼女は、その手に持った長槍ちようそう万勝骨姫ばんしようこつき》で素早く針を斬ってアノールドを

救ったのだ。

(さすがアンテナ女だな。まさに電光石火だ)

 彼女の強さはこの中で一番。レベルも桁違けたちがいに高い。彼女ならではこその

動きだ。

 地面に腰を落として、はあはあはあはあと息を乱す情けないアノールドを

見て日色は言う。

「だから言ったろ? 危ないって」

「もっと早く言えよなぁっ!」

 涙目で叫ぶ三十代オッサンの図。相当怖かったらしい。

 とにかく注意しながら先へと進むと二階へと上がる階段を発見。周囲には

罠などは見当たらなく、そのまま上に向かう。

 すると今度はいきなり六つの扉が現れた。

(まあ、こういう場合はどれかが本物で、偽物は罠にかかるってところか)

 それぞれの壁に問答のような言葉が書かれてある。そしてヒントとなる文

章も地面に刻まれてある。

(恐らくこの問題を解けば正解が分かるんだろうが……)

 だが日色には見分ける必要などない。日色は『真』の文字を発動させると、

文字に呼応こおうするかのように左から二つ目の扉が青白く光った。

「行くぞ」

「もうアレだな……これを作ったリュンクスも開いた口がふさがらないだろう

なぁ」

 アノールドの言い分は正しい。まさかリュンクスだって、日色のような方

法であっさりクリアされるとは思ってもいなかったに違いない。

 扉を開けて入ると、すぐに上へと繋がる階段があった。三階へと昇ると、

思わず身を縮めるほどの寒さが肌に突き刺さる。

 それもそのはずであり、三階は全面が氷に覆われていた。普通の氷なら溶

けるはずなのだが、さすがは魔法仕掛けの塔である。外が夏でもここは真冬

以上に冷気を生んでいる。

 しかし見たところ変わったところは見当たらない。ただ室内全てに氷が

張っているだけだ。少し先には上へと向かう階段も見える。

「ここは何もねえってことじゃねえのか?」

「そんなわけないだろ?」

 日色は地面に小石が落ちていたので、それを拾い投げ込んでみた。コンコ

ロコロと真っ直ぐ転がっただけだ。次に干し肉を投げ入れてみる。やはりそ

のまま地面へと落下しただけ。

 思わずうなってしまう。このまま進んでいいものかどうか迷う。するとア

ノールドが、

「ここでウダウダやってても仕方ねえだろ! ほら行くぞ!」

 先陣切って歩き出し、地面に張った氷を踏んだ瞬間、ピカッと彼の足元が

光り、まるで滑るようにしてアノールドが動き出した。

「のわっ!? な、何だ!?」

「お、おじさん!?」

「オッサン、さっさと戻って来い!」

 だがアノールドの身体は、上半身は動けるみたいだが、下半身がまるで硬

直したように地面から離れないようだ。

「う、動けねえぇぇっ!?」

 ミュアが助けに行こうとするが、慌ててウィンカァが止める。今のままで

はアノールドの二の舞になる。そしてアノールドは部屋の中心へと移動させ

られると、そのまま物凄い勢いで壁へと突っ込んでいき、

「のわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 突然壁に開いた穴から外へと放り出されてしまった。

「なるほどな。外で見た連中はここで失敗したってわけか」

「ヒ、ヒイロさん! おじさんが!?」

「心配するな。オッサンならさっきの連中と同じように地面に頭から突き刺

さってるだけだ。命に別状はないだろう」

「あ、頭からって……」

「とにかく、奴の死を無駄にしないためにも急ぐぞ」

「お、おじさんは死んでませんよぉ!」

 そんなこと日色も分かっている。ただアノールドが一人でここへ辿り着く

にはかなり時間がかかるだろう。いや、それよりももし本当にここが魔法仕

掛けだとしたら、入る度にダンジョンが変化しても不思議ではない。

 つまり二度目は必ずしも同じ道が正解だとは限らないのだ。だからこそ、

このまま攻略した方が効率が良いと判断した。

 しかしここをどうクリアしたものか……。恐らく一定以上の重さを持つ者

が氷に触れると、さっきのような仕掛けが発動すると推測できた。

(氷に触れると身体の自由が奪われ外に放り投げ出される……。重さ……重

さか……なら)

 日色は何も言わずにミュアとウィンカァを両脇に抱える。

「ふぇっ!? ええぇぇぇぇぇっ!?」

 ミュアの叫び声が室内にこだまする。

「う、うるさいぞチビ、静かにしろ」

「えっとえとえとでもでもぉ……」

 ミュアは氷を溶かす勢いで真っ赤に顔を染め上げていく。

「ハネッコ、お前は肩に跳び乗れ」

「アンッ!」

 ハネマルは日色に言われた通りに肩へと跳び乗った。

「ヒイロ……飛ぶ?」

「よく分かったなアンテナ女」

「ん……何となく」

 アンテナ女とはウィンカァのことだ。日色は『飛』の文字を発動し、ふわ

りと身体を浮かせた。一人では小走り程度のスピードは出せるが、二人を抱

えているせいか若干じやつかん遅い。

 それでも一分以内には階段へと到着した。二人をそっと下ろすと、ミュア

はいまだに恥ずかし気に顔をうつむかせている。

「よし行くぞ」

「お~、あ、ねえヒイロ、また一緒に飛んでくれる?」

「はあ? まあ、そういう場所があったらな」

 どうやらウィンカァは、余程飛ぶことが気に入ったらしいと日色は判断し

た。

 先へ進むと四階もまた奇妙な部屋が広がっていた。下は水が張ってありそ

の上にはすの葉のようなものが幾つも浮いている。先には階段が見えるが、今

回は下手に空中を飛んでいくことはできなさそうだ。

 何故なら宙には所狭ところせましとテニスボールほどの大きさをした黒い球体が浮い

ているからだ。恐らくどれかに触れると何かが作動する仕掛けのように見え

た。

「ウニャ~ッ!」

 突然部屋の左側から泣き声に近い叫びが聞こえる。見ると蓮の上でペタリ

と座り込んでいる一人の人物を発見した。

「……誰だ?」

 日色の存在に気づいたのか、その人物は視線を向けてきてパアッと顔を明

るくさせる。

「ウニャニャ!? 挑戦者!?」

 ピコピコと彼女の頭の上で動くのは間違いなく獣耳だ。そして尻尾からは

細長い尻尾がウネウネと動いている。

 闇にまぎれると姿を目視もくししにくい黒装束くろしようぞくを着込んでいる。どことなく忍者の

ような姿だと日色は感じた。歳は日色とそう変わらないように思える。

 髪はグレー色で、髪束を三等分に分けて三つ編みにしたものを後ろに流し

ている。琥珀こはく色の瞳を嬉しさで揺らしながら日色たちに、その幼さが少し残

る顔立ちを向けてくる。

 立ち上がったその姿でスタイルも判明するが、あまり女性らしさという部

分では強調するところは見当たらないように思えた。胸も尻も可もなく不可

もなくという普通の体型を持つ。

 ただそれでも人懐ひとなつっこそうなその表情は、人の心の中にすんなりと入り込

むような愛嬌あいきようを感じさせてはいる。

「さあ、ワシを助けるのじゃ!」

 この言葉遣いがなければ、好感度はなかなか高いのかもしれない。

「ほれほれ、ワシのような美少女のお願いじゃよ? お主も嬉しかろう! 

ウニャニャニャニャ!」

 何故にこれほど高圧的な態度を取れるのか不思議に思う。仮に本当に助け

てもらいたいのであれば下手したてに出るのが当然ではないか?

 日色はふぅっと溜め息を一つ吐くと、彼女を無視して部屋を観察し始めた。

「ええっ!? 何で無視なんじゃっ!?」

「うるさいぞ。というかいきなり何だお前は?」

 するとキラーンと彼女の双眸そうぼうが光り輝き、足元も危ういというのにその場

で一回転して鳥がはばたいているようなポーズをとる。

「フッフッフ……それほどまでにワシのことを聞きたければ――――」

「ああ、めんどくさそうだから別にいい」

「ウニャァッ!? ここはワシがカッコ良く決めるとこじゃぞ! 聞くんじゃ

聞くんじゃ聞くんじゃよぉぉ~!」

 さながら子供のようにイヤイヤと首を振る彼女を見て、思わず脱力感を覚

えてしまう。

「……はぁ、だったら見得切みえきりはいいからさっさと名前を言え」

「フッフッフ……よくぞ聞いたのじゃ。ワシの名はワイルドキャット! 泣

く子もさらに大泣きするほどの大怪盗だいかいとうなのじゃ!」

 ビシッと先程のポーズを決めて高らかに宣言するが、

「…………知ってるか?」

 日色は二人に尋ねてみる。

「えと……知りませんごめんなさい!」

「ん……ウイも知らない」

「アンッ!」

「ということだ」

「バカなっ!? ワイルドキャットって名乗ってもうずいぶん経つのにっ!?」

「ほう、ちなみにどれくらいだ」

「三か月じゃ! どうじゃおそれいったじゃろう!」

 ………………………………。

「さて、この球体は何だ?」

「ウニャァァァッ! 無視は心が痛いのじゃぁっ!」

 本当にやかましい奴だった。

(何となくオッサンとタイプが似てるな。確かワイルドキャットというのは

山猫やまねこのことだったよな)

 直訳すると確かにそうなる。

「おい山猫、さっき助けてと言ってたが、何故先に進まない?」

「ウニャ、ようやく話が進むようなので安心したんじゃよ。では答えてやろ

う! この部屋に浮いているこの球! これが何か分かるかのう?」

「知らん」

「ふむふむ、そうじゃろうそうじゃろう。何かお主の態度がすっごく偉そう

なのは気にはなるが、説明を続けるんじゃよ」

 偉そうなのはワイルドキャットも同じだと日色は思った。

「この球に触れるとじゃ……」

 ワイルドキャットが球に触れると、ピシュンと彼女の姿が消えて別の蓮の

葉の上に出現した。

「瞬間移動……?」

「なのじゃ……」

 日色のつぶやきに溜め息混じりにワイルドキャットが答える。つまりこの球体

に触れると、下の水の上に浮いている蓮のどれかに移動させられるというわ

けだ。

「なら階段前にある蓮の葉に出るまで触りまくればいいんじゃないのか?」

「無理じゃ。どうやら法則があるらしくてのう、あまり法則を無視してると、

この中にあるジョーカーを引き当ててしまい塔の外に飛ばされるんじゃ」

 何とも魔法仕掛けっぽい難題なんだいが転がり込んできた。

「つまり無闇矢鱈むやみやたらに触るわけにはいかないし、どう考えても前に進むには球

体に触れてしまう……か」

「そうなんじゃ。じゃから助けてほしかったんじゃよ」

 彼女のお蔭で情報は手に入れることができた。ただし問題はどうやってこ

こをクリアするかだ。その法則とやらを見つけるのが一番だが――――ここ

はノーヒント。何て不親切なダンジョンなんだろうか。

「む? 水の中を泳いで渡るのはダメなのか?」

「それもやったんじゃが、水の中にも球があるんじゃ」

「……みたいだな」

 見ればそこかしこに球がプカプカと浮いている。とてもではないが、かわ

して進むことはできなさそうだ。

「もっと小さかったら渡れそうですけど……」

 ミュアの言葉に日色はハッとなって彼女を見て、彼女の両肩に手をやり、

「でかしたぞチビ!」

「へっ!? ええ!?」

 日色は驚いている彼女に背を向けると、ある文字を書き始める。それは

『小』。その文字を発動させると、日色の姿が段々と小さくなっていく。ハネ

マルよりもさらに小さい小人こびとに早変わりした。

「ヒ、ヒイロさんっ!?」

「すごい……ヒイロ」

「ウニャ~……」

 ミュア、ウィンカァ、ワイルドキャットがそれぞれ日色の起こした現象に

目をいている。身長は大体十五センチほどだろう。ミニサイズの日色の出

来上がりだ。

「おいハネッコ、オレを背中に乗せて蓮の葉を走って渡れるか?」

「アンアンッ!」

 ハネマルが「任せて!」と言わんばかりに吠えた。そう、ハネマルのよう

な小さな身体だったら、球体に触れずとも蓮の葉を器用に飛び移ることがで

きる。そしてミュアたちも日色がやりたいことを察したようでポンと手を叩

いていた。

「さすがはヒイロさんです!」

「ん……頭いい」

 二人は手をパチパチと叩いて感心しているが、日色は二人を見上げながら、

「お前らも小さくするからさっさとハネッコの背中に乗れよ」

 魔法を使う準備を始めた。

「す、すごいんじゃよぉ……」

 ミニサイズになった日色たち三人を、ハネマルは背中に乗せて蓮の葉に呆

然と立ち尽くしているワイルドキャットのもとへ向かった。

 驚くべき光景に彼女は言葉を失っているが、実際に日色の魔法で自分の身

体が縮んだのを経験して実感を持てたようでハネマルの背中の上で目をキラ

キラと輝かせていた。

「な、名前は何と言うんじゃ? お主、ワシと一緒に仕事しないかのう! 

これは魔法じゃな? どういう魔法なんじゃ? のうのう、教えてくれんか

のう!」

 ババア言葉で迫ってくる彼女が鬱陶うつとうしく、相手にせずに前だけを向いてい

た。

 ハネマルは見事に五階へ向かう階段の前に無傷で辿り着くことができた。

「いや~貴重な体験だったんじゃよ~」

 日色はまず『元』の文字で自分の身体を元の大きさに戻した。そしてミュ

アに向けて同じ文字を放った瞬間、そのミュアの前に何故かワイルドキャッ

トが立ちはだかる。

「え?」

 ミュアの小さな声が飛んだが、文字に当たったワイルドキャットが先に元

の大きさに戻ってしまった。

 日色は眉をひそめて彼女に視線を置く。

「おい、別に慌てなくても元に戻してやったんだぞ?」

「ウニャニャ~、いやいや、元に戻られるのは困るんじゃよ」

「……は?」

 目を疑う光景が日色の視界に映る。突然彼女の尻尾がハネマルの身体に素

早く巻きつき、いまだ背中に乗っているミュアとウィンカァと一緒に、球体

が浮かんでいる場所へと放り投げた。

「なっ!?」

 日色は彼女の行動をとがめる前に手を伸ばしてハネマルをつかもうとするが、

チッとかすっただけで掴むことができず、そのまま二人と一匹は一つの球体に

触れてしまう。

「ウニャニャ~さよならじゃよぉ~」

 少しも悪びれた様子もなくニッコリと笑いながら手を振っている。すると

刹那せつな ――ミュアたちはその場から消失した。

 日色は眼鏡をクイッと上げると、ギロリと笑みを浮かべているワイルド

キャットを睨みつける。

「何のつもりだ山猫?」

「ウニャニャ~、邪魔者を排除しただけじゃよ。心配せずともあの者たちは

塔の外じゃ」



 その頃、いち早く塔から弾き出されたアノールド・オーシャンは、外でど

うしたらいいか迷っていた。一人で塔へ突っ込んでも恐らく一階も攻略でき

る自信がない。何故なら道をすっかりと忘れたからだ。

「ん~どうすっかなぁ~。このまま待つしかねえのか? ああ~でもミュア

が心配だしなぁ~」

 頭を抱えて先程から一人で何回も同じことを考えては葛藤かつとうしていた。する

とその時、目の前に光が生まれて、思わず顔をしかめながらも光の中心に視

線を向ける。

 光が徐々に弱まると、そこからハネマルが姿を現した。

「へ? ハネマル? おいおい、もしかしてお前も飛ばされてきた……の

……か?」

 近づいてハネマルを見下ろしたその時、ハネマルの背中に見たことのある

者たちが視界に映る。いや、正確に言えば見たことのある者たちのミニチュ

アがだ。

 瞬間、アノールドの中で火山が噴火ふんかしたような熱情ねつじようが溢れ出した。

「ふおぉぉぉぉぉぉっ!? こ、ここここれはまさか神が日頃ヒイロに罵詈雑言ばりぞうごんを吐かれている俺への慰めとして用意してくれたプレゼントかっ!?」

 アノールドは小さくなったミュアを手に取ると、目をウルウルさせてほお

りしようと近づけるが、

「お、おじさん! ダメだよっ!」

「…………え?」

 アノールドは聞き間違いをするわけがない愛しい娘の声を聞いて固まる。

そしてゆっくりとミュアを見つめると、彼女は頬を膨らませて睨んでいた。

「えっと……今……喋った?」

「当たり前だよ! わたしとウイさんは本物なの!」

「え……は? ええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 幽霊でも見たかのような驚きようを見せるアノールドに、ミュアはどうし

てこうなったのかを説明する。

「な、なるほど……例のごとくヒイロのとんでも魔法の仕業だったか」

「それよりヒイロさんを追わなきゃ!」

「ちょい待ち」

 アノールドが塔へ向かおうとするミュアを止める。

「何で止めるの?」

「俺らだけで塔を攻略できると思うか?」

「そ、それは……」

「ヒイロなら……きっと無事」

「ウイさん……でもあの女の人もいますし」

「ん……大丈夫。ヒイロは……強い」

 ウィンカァは日色の強さを疑っていないようだ。ミュアはそれでも心配げ

に塔を見上げる。そんな彼女にアノールドが肩をすくめて、

「ま、アイツなら平気なつらして帰ってくるだろうよ。ああ、腹減ったぁとか

言いながらな」

「おじさん…………うん、そうだね。ふふ、それにそんなこと言って帰って

くるのはおじさんの方でしょ」

「あはは! こりゃ一本とられたな!」

 ミュアが納得してくれたようで、アノールドもウィンカァも頬を緩める。

アノールドたちも心配じゃないわけではないのだ。だが日色なら一人でも何

とかすると信じている。

「ヒイロ、何でもいいから無事に戻って来いよな」

 アノールドの言葉に乗せるように、ミュアは両手を組んで祈りをささげてい

た。日色の無事を祈っているのだろう。



 日色はある程度ワイルドキャットと距離を取って警戒度を高めている。何

をしてくるか分からないからだ。まさかいきなり裏切ってミュアたちを退場

させるとは思わなかった。

 だがそのお蔭で、先程から抱いていた違和感に答えを見出すことができた。

「お前……ホントは一人でクリアできたんじゃないのか?」

「ん~何のことじゃ?」

 変わらず日色を試すようにニヤついているワイルドキャット。

「まず一つ、気になったのはお前がいとも簡単にあの球体に触れてオレらに

その効果を示したこと」

「…………」

「もしアレが外へと飛ばされる球体だったら、お前は今頃ここにはいない。

だがお前はそのリスクがまるでないような感じで球体に触れた」

「前にもあの球体には触ったことがあるんじゃよ」

「そう、オレもそう思ったからさほど疑問は感じなかった。そして次、お前

の服装」

「ん?」

「……綺麗きれい過ぎる」

「ウニャ~ホメても何も出ないんじゃよぉ~」

 わざとらしく頬に手を当てて照れる仕草を見せる。しかし日色は無表情。

「ここまでそれなりに過酷なフロアばかりだった。明らかに無傷なのは変

だ」

「そんなこと言ってものう、お主だって無傷じゃよ?」

「ああ、オレは言ってみれば反則みたいな方法でクリアしてきたからな」

文字魔法ワード・マジツク》を使えばクリアも楽勝だった。

「つまりお前はその反則に近い何かを持ってるってことだ。そんな奴が、わ

ざわざ他人に助けを求めるか?」

「…………」

「そして最後に、アイツらを一発で塔の外に放り出せたこと」

「まぐれじゃのう」

「冗談を言え。お前は狙ってあそこの球にアイツらを放り投げた。まるでア

レがジョーカーだって知ってるみたいにな」

 すると初めて彼女の笑みが崩される。

「お前、何者だ? この塔の攻略法……知ってるだろ?」

 そう、そうでなければ彼女の行動に説明がつかない。あらかじめ何もかも把握はあく

ていれば、納得がいくことばかりである。

 突然、彼女の口角こうかく三日月形みかづきがたに歪み、笑い始めた。

「何がおかしい?」

「ウニャニャニャニャニャ! うんうん、今回の挑戦者は骨があるみたい

じゃのう! じゃがアレは渡さないんじゃよ!」

 その声音こわねには歓喜かんきが含まれていることは伝わってきた。

「面白くなってきたみたいじゃのう!」

 クイッときびすを返した彼女が階段を駆け上がる。日色も逃がすかと言わんば

かりに追いかける。

 すると五階には歩くスペースを確保するだけでも困難なほど、ぎっしりと

宝箱が並んでいた。

「何だこの量は!?」

 思わず面食めんくらった日色だが、一つの宝箱の上にワイルドキャットが立って

いるのを発見した。

「お前! 一体何者だ! この中にホントに稀少本とやらはあるんだろう

な!」

「ウニャ? 稀少本? ……探してみるんじゃよ」

「言われなくても!」

 近くにある宝箱を無造作に開けてみる。しかし中身は――――空っぽ。

「あ、気をつけるんじゃよ。間違った宝箱を開けると……」

 突然ゴゴゴゴゴゴゴゴと部屋が、いや、塔全体が揺れ始めバキバキバ

キィッと天井に大きな亀裂が走った。咄嗟とつさに天井を見上げる日色の目に映っ

たのは、驚愕すべき光景だった。

 盛大な音とともに天井が割れて、石でできたゴーレムのような巨大生物が

勢いよく落下してきた。その重さが伝わるように、いとも簡単に宝箱を次々

と踏み潰していき、床にもヒビが入ってしまっている。

 そして眠りから覚まされて怒り狂っているかのように、大きな腕を動かし

眼前の宝箱を無造作に払いのけながら日色に敵意を向けてくる。

「……マジかよ」

 ここで戦闘かとうんざりする思いだが、ここまで来て逃げるわけにはいか

ない。日色は《刺刀しとう・ツラヌキ》を抜いてそのままゴーレムが振り下ろして

くる腕をくぐって斬撃を与える。

 しかし残念ながら傷一つつけることもできなかった。

「……固いな」

 堅固けんごな守りを刀では切り崩すことはできないようだ。一端距離を取ろうと

するが、ゴーレムが宝箱を持ち上げて投げつけてくる。

「うおっ!?」

 上手く回避したが、壁を破壊し、宝箱がめり込んでいる。当たったら痛い

では済まない。

 それにこのまま暴れられたら塔自体が崩壊して巻き込まれる恐れがある。

早々に決着をつける必要があった。

 日色は左手で刀のつかを握り、右手で文字を空中に書いていく。しかし足場

も悪くすぐに体勢が崩されて、文字を書くどころではない。ジッとしていた

ら宝箱砲弾に当たるので、何とか隙を見つけようと孤軍奮闘こぐんふんとうする。

 そして日色の視界には我先われさきにと宝箱をあさるワイルドキャットの姿が映った。

こっちは必死に戦っているというのに、割に合わない気持ちがしてつい叫ん

でしまう。

「おいこら! ちょっとは手を貸すとかしたらどうなんだ!」

「ウニャ? あ、もしかしてピンチ?」

 暢気のんきな態度にさらに苛立ちが増すが、それを追及しているひまなどなく、日

色はゴーレムを警戒しながら声を張り上げる。

「お前だって襲われるのはゴメンだろ! だったら何とかしろ!」

「う~ん、何とかって何をじゃ?」

「ちょっと時間を稼げ!」

「めんどくさいんじゃよぉ……」

 久しぶりに腹の立つ相手に出会ったと日色は頬を引きらせる。ワイルド

キャットは口をとがらせてしばらく思案した結果、

「ま、本命を狙ってたわけでもなさそうじゃし、ちょ~っとだけ手を貸して

やるんじゃよ!」

 そう言うと、彼女は素晴らしい跳躍力を見せてゴーレムの肩の上に降りた。

そしてそのまま腰に携帯している小刀こがたなを取り出すと、

「ウニャニャ……」

 彼女の小刀の刃の部分がドンドンと膨らんでいく。しかもそれは刃自体が

膨らんでいるというわけではなさそうで、刃を青いものがおおって巨大化させ

ている。

(アレは……水か!?)

 よく見るとそれは水だった。その時、アノールドもよく大剣を風で覆って

攻撃力を増していたことを思い出した。アノールドは、風の《化装術けそうじゆつ》の使

い手なのだ。

《化装術》とは魔法を使えない獣人が編み出した、魔法に対抗するための技

術であり、その攻撃力は魔法にも劣らない。

「いっくぞぉ! 《水のきば》ぁぁぁっ!」

 刀身が水で覆われ巨大化されたものがゴーレムの左肩を斬り裂いた。《水

の牙》は見事に大打撃を与えた。ゴーレムの左腕がドゴッと音を立てて下に

落ちた。

「これでいいかのう!」

 肩から跳び下りたワイルドキャットの言葉に対して日色もまた文字を書き

終わっていた。

『崩』

 放たれた文字はゴーレムの胸にピタリと貼りつき、

「崩れろ! 《文字魔法ワード・マジツク》!」

 発動した瞬間、放電現象が文字から放たれ、石でできたゴーレムの身体が、

頭の先から粉々に崩れていく。そのまま胸へと崩壊が移行し――すると胸の

中心に水色の丸い物体が出現する。

「それはかく! 壊すんじゃよ!」

 日色は彼女の言う通りに素早く間を詰めて刀で一閃いつせんする。核はもろくほとん

ど抵抗力を感じさせないほどあっさりと真っ二つになり、地面へと転がった。

 日色はゴーレムがよみがえってこないか一応警戒はしていたが、どうやら完全に

沈黙したようだった。

「ふぅ……めんどくさい相手だったな」

 刀をさやへと収め首をコキコキッと鳴らす。

「ウニャニャ~、お主強いんじゃよ」

 上空から聞こえる声に日色は顔を向けると、先程ゴーレムが落ちてきたと

ころから陽射しが突き刺さってきていた。そこに立って見下ろしているワイ

ルドキャットを睨みつける。

 何故なら彼女の脇には小さな宝石箱のようなものが抱えられていたのだ。

「お前っ!?」

「ウニャニャ! ワシの思惑通りじゃったのう!」

「ふざけるな! 下りてこい山猫っ!」

「山猫じゃないんじゃよ~、大怪盗ワイルドキャットじゃ!」

 宝箱を抱えていない方の右手を広げてポーズをとる。

「そんなことどうでもいい! それを寄越よこせ! 本だろそれ!」

「本? あ~さっきもそんなこと言ってたのう。でも残念ながら本は別の箱

の中じゃよ」

「……何?」

「ウニャニャ、久しぶりに骨のある相手と会えて楽しかったんじゃよ。今度

は本格的に競争できたらいいのう」

 太陽の光の中でニコニコと無邪気に笑う姿はまるで子供のようだ。

「確か……ヒイロじゃったのう。またのう! ウニャニャ!」

「あ、待てっ!?」

 だが制止する声もむなしくワイルドキャットはそこから上空へと跳び上がり

去っていった。日色はどっと疲れを感じて肩を落とす。

 いや、まだやるべきことがあった。確か奴は、本は別の箱に入っていると

言っていた。

 日色は再びキョロキョロと視線を動かす。すると部屋の突き当たりには祭

さいだんのようなものがあり、その上に黒い箱のようなものが置かれてあった。

(奴は宝箱じゃなく……箱って言ってた)

 もしかするとと思い日色は祭壇に近づきその黒い箱を手に取る。鍵も何も

なく、まるで子供の道具箱のような稚拙ちせつな作りだった。

 どこか年季ねんきを感じさせるその箱のふたを開けると、そこには確かに一冊の本

が置かれてあった。


「おおヒイロ! 無事だったか!?」

「ヒイロさんっ!」

「ヒイロ~」

「アンアンッ!」

 塔から出た日色をアノールドたちが出迎えてくれた。どうやら塔はクリア

されたことで仕掛けが全て不能になってしまっていたようで、帰りは極めて

楽勝だった。

 とりあえずミュアたちに『元』の文字を使って元の身体に戻した。

 アノールドが、日色が持っている本に注目して大きな溜め息を吐いた。

「おいおい、財宝は?」

「そんなもん無かったぞ?」

 特別調べたわけではないが、見たところあそこにあったほとんどの宝箱は

ダミーだったような気がする。ワイルドキャットが持っていた箱も気にはな

るが、本が入っていないなら別に問題はない。

 しかし財宝目当てだったアノールドの落ち込みようは本物だった。という

か早々に退場した奴が贅沢ぜいたくなことを言うなよなと日色は思う。

「ところでヒイロさん、その本が稀少本なんですか?」

「ウイも知りたい」

 ミュアとウィンカァが興味を示す。だが日色は、

「さあな」

 と言ったので、二人は「え?」とキョトンとする。すると日色は落ち込ん

でいるアノールドにその本を差し出す。

「あ? 何だ?」

「いいから読んでみろ」

 手渡されたアノールドは、乗り気ではないのか仕方無くといった感じで目

を通していく。本は結構薄くて、五ページほどしかない。

「…………おいヒイロ、これがマジに塔の中にあったってのか?」

 パラパラと何度もページをめくって確認するアノールド。

「お、おじさん、それは何の本なの?」

 ミュアの問いにアノールドは一呼吸置いて答える。

「……レシピ本だ」

「……へ? ……レシピ本? レシピって……お料理の?」

「ああ、ここには間違いなくある料理を完成させるためのレシピが書かれて

ある」

「えと……何で有名な建築家さんがレシピ本なんかを?」

「さあ……なあヒイロ、お前が手に入れたんだろ? どう思う?」

「どう思うって、読んだオッサンなら分かってるだろ? それは……ただの

レシピ本じゃない」

「え? どういうことですかヒイロさん?」

 ミュアだけでなく、ウィンカァも小首を傾げてハテナマークを頭の上で踊

らせている。しかし答えたのはアノールドだ。

「ああミュア、これはだな……どうやら未完成なんだ」

「え? 未完成?」

「そ、このレシピ本の最後にはこう書かれてある。『レシピ2』ってな。つ

まりはどこかに『1』や『3』なんてのもあるかもしれねえ」

「そ、そうなんだぁ」

「けど料理人としては、この料理、作ってみてえ気がする」

「そうなの?」

「ああ、こうまでしてリュンクスが隠していたレシピだぜ? きっとものす

げえ料理に違えねえぞ!」

「それはウイも……食べたい」

「はは、相変わらずすげえぞよだれ

 ウィンカァの口からは大量の涎が流れ落ちている。だがいつも料理には食

いつくはずの日色が大人しいので気になったのだろう、ミュアが日色に話し

かける。

「あの、ヒイロさん、どうかしたんですか?」

「……いや」

「……あ、ところであの怪盗さんはどこに行ったんですか?」

「さあな」

 日色は不思議そうに眉を寄せているミュアから少し離れて、ふところから一冊の

本を取り出す。それは黒い箱の中にあった本。レシピはその本の下に置かれ

てあったのだ。

 日色はその本にさらっと目を通した。そこにはこう書かれてある。

『我が名はリュンクス。偉大なる建築家であり、世界を股にかけた冒険者で

ある。しかし我が命の灯が消えるのも近いだろう。故にここに記す』

 冒頭はそう書かれてある。

『世界に散らばった我が欠片を追い求めし者よ。この本を手に取り、さぞ度

どぎもを抜かれたことだろう。だがワシが愛したのは一つの料理。料理人でも

あったワシが人生をかけて編み出した究極の料理。もしワシの想いを繋げた

いと願う者は探すがいい。全てをそろえた時、そなたはきっと真実に気づく。

いや、気づいてほしい。そう願いここに記した。我が名はリュンクス。偉大

なる建築家であり、世界を股にかけた冒険者。そして究極を追い求めた料理

人である』

 そして本の中身は日記調になっており、リュンクスがその料理を作るため

にどれほどの困難を乗り越えてきたかが書かれてある。

 そして――――――最後の一文。

『最後に、我が愛する孫にこの名を捧げよう。二代目ワイルドキャットを』

 パタンと本を閉じて日色は懐へとしまう。そして澄み渡った空を眺めてワ

イルドキャットのことを思い出す。

 何故塔を無傷でクリアでき、ゴーレムの出現、レシピ本の存在を知ってい

たのか、これで謎が解けた。恐らく初代ワイルドキャットだったのはリュン

クスなのだろう。

 そしてその孫のあの少女に二代目を託した。孫ならば塔の攻略法を知って

いても不思議ではない。

 だが一つ解せないこともある。

(何で奴はオレをあそこへ導いたんだ?)

 日色は塔の最上階を見つめる。彼女が本気なら、日色に四階での情報など

渡さなくても構わないし、五階においてもさっさと宝箱を開けて脱出すれば

いい。

 わざわざ日色を使ってゴーレムまで呼び起こさなくてもよかったはずだ。

それなのに何故……?

(考えても分からんな……)

 今回は何もかも奴のてのひらの上で転がされていた気分だった。日色は頭をボリ

ボリとかきながら心の中で宣言する。

(次に会った時は必ず化けの皮をがしてやる!)

 負けっ放しというのは我慢ならない。

「ヒイロさん! 行きましょう!」

「……ああ、分かった」

 この本を持っていると、奴とはまたどこかで会えるような気がした。日色

は微かに楽しみを覚えて魔法仕掛けの塔を後にした。

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