ep2. 小さな食宝!? 手に入れろ、海のルビー!
照りつける太陽が、ギラギラと大地にその存在感を強烈に放っている。季
節は夏。
【イデア】にも、日色が住んでいた日本と同じく春夏秋冬がある。
日色は
パタンと閉じた。
いつも歩きながらでも本を読むことができる日色も、さすがにこの暑さの
中では集中力が途切れてしまう。昨日はそうでもなかったのに、今日は完全
なる
着用している赤ローブは
入した時に教えられたが、それでもこの陽射しの中ではさすがに
まう。
前を歩く旅仲間である、青髪を逆立てている筋肉質の男の名はアノール
ド・オーシャン。彼も額から
で
また同じ旅仲間で、アノールドの自称娘である銀髪少女ミュア・カストレ
イアも、キョロキョロと周りを
タパタと
その頭の上には
いる。彼女はこの【イデア】に存在する『
ドもまた、ミュアと同じ獣人だ。
日色たちは今、その獣人が住む大陸である獣人界を目指して人間界を旅し
ている
こかで
なることになった。
「あぁ~しっかし、今日はあっついよなぁ~」
アノールドが樹を背にして腰かけながらだらしない表情をする。
「そうだね。あの、ウイさんは大丈夫ですか?」
可愛らしくクリッと大きい空色の瞳を宿したミュアが尋ねたのは、最近旅
仲間に加わったウィンカァ・ジオという少女だ。黄色い髪とアンテナのよう
に立った
わらない十四歳の女の子だ。
そしてその
がいる。スカイウルフというモンスターであり、ウィンカァと日色によく
いている生まれたばかりの
「ん……問題ない」
「アオッ!」
いつも無表情なウィンカァはともかく、ハネマルもあまり猛暑に
ないのか息も乱していない。
しかしよく見ればウィンカァの特徴であるアンテナが、しおしおとへたれ
ているのをミュアが発見する。すると突然パタリとウィンカァが
た。
「ウ、ウイさんっ!?」
慌ててミュアだけでなくアノールドも駆け寄る。
「…………やっぱ暑い……」
どうやらやせ我慢をしていたようで、ウィンカァは陽射しに弱いというこ
とが判明した瞬間だった。
「こりゃしばらくはここで体力を回復させるか。それでいいよな、ヒイロ
……ってお前もダウンッ!?」
アノールドの視界に映ったのは、
日色だった。
「うるさいぞオッサン。暑さがさらに増す」
「どういう意味だコラァッ!」
その暑苦しさだろうがと日色は言いたいが、口を動かすのも面倒なので無
視した。
(いっそのこと『冷』の文字使うか? いや、一分間だけだし、魔力使うか
ら結局疲れるしな……)
この【イデア】には普通に魔法という力が
色もまた《
のだ。
これは魔力を指先に宿し文字を書く。するとその文字の持つ意味が実際に
日色が呟いた『冷』という文字を身体に書いて発動させれば、熱くなった
身体を冷やすことができる。また『氷』と書いて発動すると何も無いところ
に氷が生まれる。まさに何でもできるユニークなチート魔法である。
だがいろいろ制限も存在する。例えば無から有を生み出すような効果は一
分で消えてしまうのだ。いろいろ試したが、直接形を変えたりするもの以外
は、大体が一分で効果が消える。そして魔法を使うには無論魔力を要する。
しかもその魔力消費量が、《
からたとえ一時の快感を得られたとしても、魔力と精神は
使うと身体に脱力感と
は変わらないのだ。
一回使ってしまえば、もう一回、もう一回と、結果的に何度も魔法を使用
することになるのは目に見えているので、こうして木陰で横になり我慢する
方が
日色が暑さに
さに参っている皆を見回して手をポンと叩く。
「おお、そうだ! んじゃ海行こうぜ海!」
皆が
「おおぉぉぉぉぉ~っ! 海だぁぁぁぁぁ~っ!」
アノールドが
いる。ミュアやウィンカァも叫びはしていないが、その表情には感動を浮か
べていた。
白い砂浜、青い海、照りつける太陽。よく耳にする言葉だが、まさにそん
な光景が日色の視界にも飛び込んできている。
だが砂浜には日本に居た時によくテレビで観た海水浴場のように、人の群
れで埋め尽くされてはいなかった。それどころかハッキリ言って
が広がっている。
(……テント?)
日色は砂浜の上にテントが一つあるのを確認する。だが周囲を観察してみ
て発見できたのはそのテントのみだった。
だがこの状況にも理解できる理由がしっかりとある。そもそもこの【イデ
ア】の海は日本の海と違って決定的に違うところがある。
それは海に生息する危険度の高いモンスターがいるせいで、泳ぐには
い環境であるということだ。
だからこそ、モンスター
はない。いつモンスターに襲われるか分かったものではないからだ。
この【イデア】にも海水浴という娯楽は確かに存在するが、腕に覚えがあ
る者たちしか楽しめない危険度の高い遊びなのだ。
(まあ、海で自由に動けない人間にとってはリスクが高いな)
日色は広大な海を細い目で眺めながら大きく溜め息を
「おいヒイロ! 早速泳ごうぜ!」
暑苦しい男が、いつの間に着替えたのか分からないがトランクス姿で立っ
ていた。どうやらミュアたちがいないところをみると、彼女たちもどこかに
着替えに行ったようだ。
「勝手に泳げばいいだろ? オレはこの暑さではしゃぐ奴らの気が知れん」
日色はとりあえずトレードマークの赤ローブを脱ぎ、学ランも脱いで涼し
げな格好をして木陰に腰を下ろす。
「あのなぁ、せっかく海に来たんだぜ? それに海は冷たくて気持ち
きっと!」
「気持ち良い……ねぇ」
日色は
今まで日色が経験した海水浴では、ゴミゴミした場所であり、人で埋め尽く
された圧倒される場所だった。
海で浮かんでいても人がぶつかってきたり、
と、人との距離感が近過ぎて
局ゆっくり楽しむことなどできなかった。
そのため、人ごみが嫌いな日色にとっては
気分が悪くなって倒れてしまった経験しかなかった。つまり良い思い出がな
いのだ。
しかし今、ここの海はテントがあるだけで、まさにプライベートビーチと
化している。確かにここならば人波に
かんでいることもできるかもしれない。
「……水着持ってないぞ?」
まあ、日色の場合、今着用しているトランクス姿で泳いでも、すぐに魔法
で乾かすこともできるので問題ないといえば問題はないのだが……。
「おう、それならほらよ」
アノールドが持っていた袋の中を漁り、彼が
を手渡してきた。
「なるほどな。海に来る前に街に行きたいって言ってたのは、やっぱりコレ
を買うためだったか」
実はアノールドが海水浴をしようと言った後、ミュアとアノールドの分の
水着はあるのだが、日色とウィンカァの分は無かった。
ウィンカァは「裸でも大丈夫……だよ?」とか驚くべきことを平気で言っ
たが無論全員が
めていたのは突っ込まないでおいた。
アノールドが近くの街にミュアたちと向かい水着を買ってきたのだ。ちな
みに日色は面倒という理由で待機していた。
「ほれほれ、ミュアたちが来る前にさっさと着替えちまえよ」
「はぁ、仕方ないな」
渋々日色は着ていた服を脱いでいった。
「ブラボォォォォォォォッ! おおミュア! お前は何て愛らしいんだっ!」
親バカ丸出しの発言が海に響く。もちろんアノールドである。着替え終
わったミュアたちが日色たちのところへ戻って来て、ミュアの姿を見たア
ノールドがプチ
「う、うぅ……は、恥ずかしいよぉ……」
何故か日色の方をチラチラと見るミュアだが、日色は「はて?」と首を
げる。以前温泉を発見した時、その時にもミュアは一緒に入るために水着を
着ていた。それはこっちの世界では
しかも何故か、スクール水着。最初見た時は驚いたが、過去にこの世界に
やって来た勇者が考案したものだとアノールドから聞いて
しかしミュアのスタイルと掛け合わせると、恐ろしく似合っていたことも
思い出す。だが今、彼女の姿はスクール水着ではない。
形状はワンピースだが、薄い桃色をしている。胸と腰にはフリフリが付い
ていて、とても可愛らしい格好だった。スクール水着も似合っていたが、こ
ういう水着も似合っていた。
(というかこんな水着も考案してたんだな。……マジで過去の勇者は何して
るんだ……?)
夏に海水浴というのが一般的ではないこの世界で、何を求めて水着を考案
したのか意味が分からなかった。アノールドに聞くと、この水着も普段は女
性が湯浴み着として使っているとのこと。
どうやらコッチの世界で湯浴み着として広めるために作っていたようだ。
「あ、あのヒイロ……さん?」
「……?」
突然ミュアに声をかけられ日色は彼女を見つめる。相変わらず
チラチラと恥ずかしそうに見上げている。
「ど、ど、どうでしょうか? こ、この水着は?」
「そうだな。そういうのも似合ってると思うぞ」
「ほ、ほんとですかっ!」
パアッと明るい表情で、嬉しそうに目を見開くミュア。
「ああ、だが……」
日色はミュアの近くで立っているもう一人の女の子であるウィンカァを見
る。ウィンカァの髪色に合わせたのか、黄色い水着を着用している。しかも
――――ビキニだ。
それも身長はミュアと同格なのに、ある部分だけはまるで対極を成してい
た。それはウィンカァの
に思えるスタイルの良さだった。
歳もそう変わらないのに、ほぼ平坦なミュアと、大きな
るウィンカァ。悲しいかな、ミュアも日色の言いたいことを察したのか、自
分の胸とウィンカァのそれとを比べて、
「あぅ……わ、わたしだって将来性がきっと…………あるもん」
アの手を握る。
「え? ウ、ウイさん!?」
「泳ぐ、ミュア」
「あ、ちょっと!?」
強制的に海へと連行されていくミュア。ウィンカァも普段は大人しい無表
情が特徴の少女だが、どうやら彼女は海で泳ぐのが初めてらしく興奮してい
るのだ。彼女の傍にいるハネマルも楽しそうに吠えながら駆け回っている。
「よっしゃあ! 俺らも行こうぜヒイロ!」
「ったく、仕方ないな」
「おいミュア! あんまり俺らから離れるなよ!」
アノールドはそう叫びながらミュアたちのもとへと走った。そう、ここは
あくまでも危険度の高い海なのだ。戦力の
モンスターと
だからこそアノールドは彼女と離れずに行動することを決めているようだ。
(ま、何事もなく終わればいいんだがな)
日色は肩を
りつけられた砂浜は、思った以上に熱く思わず足を引っ込める。そして上空
からはこれでもかと言わんばかりに降り注ぐ陽射し。
日色はフッと鼻息で笑うと、静かに木陰に横になった。
「ぬおぉぉぉぉぉいっ! なに寝ちゃってんだよぉぉぉっ!」
見ていたのかアノールドが叫んできた。
「うるさい! そもそも何だこの暑さは! オレを
お前らはお前らで楽しめばいい! オレはここで寝る!」
「はあぁぁぁぁっ!?」
日色の態度にアノールドだけでなく、ミュアたちも顔を見合わせ、残念そ
うに肩を落としている。
相変わらず我が道を行くタイプのヒイロ。暑さに
を見出せない枯れた若者だった。しかしその時――――海から一人の男が姿
を現した。
真っ黒に日焼けした肌。アノールドのように短髪で逆立った白髪の髪。か
なりの筋肉質でガタイが良い海の男のような外見をしていた。
「ああ?」
男も日色たちに気づいたようで
にミュアは
だけ言う。ミュアはホッとしたようで「ありがとうございます」と
る。
「お前ら誰だっての?」
男が不機嫌そうに視線を動かし、その視線がミュアに向く。
「しかも獣人? 人間と一緒?」
その言葉に日色以外の全員が警戒度を高める。この世界には『
『獣人族』、『
今、この世界では種族同士の
争にまで発展してしまうほどだ。
そんな中、やはり人間は、獣人は敵だという認識が強く、過去に
いたはずの獣人が刃を向けている事実にも納得がいっていないようだ。
だからこそ、人間が住む大陸である人間界では獣人の存在を良く思わない
者が多い。問答無用に力で獣人を
間が呟いた言葉にミュアたちが
しかし男はビシッとアノールドに指を差す。
「ああっ! も、もしかして俺の獲物を横取りしようと思ってきたのか!
ぜ、絶対先に
その告白に全員がキョトンだった。アノールドが固まった空気を
ように頭を振って叫ぶように言う。
「て、てめえこそ、まさか獣人排斥派じゃねえだろうな!」
「はあ? 俺をあんなケチな連中と一緒にすんなっての! 俺はドッズ・
マーキン! 誇り高き海のトレジャーハンターだぜ!」
キメ顔でグーサインを見せつけながら白い歯を光らせている。
「ト、トレジャーハンター? じゃ、じゃあ獣人を見ても何とも思わないの
か?」
「はあ? 金でもくれるっての?」
「い、いや……」
「んじゃ興味一切無しっ!」
「……あ、そう」
が、どうやらドッズと名乗った男は、獣人排斥派ではないらしい。アノール
ドとミュアはホッとしているようだ。
「と、ところでドッズだっけ? お前さん、さっき赤フグって言ってたけど、
まさかこの近辺にアレが生息してるってのか?」
アノールドは先程ドッズが言った言葉が気になっていたようだ。だがア
ノールドだけでなく日色もまた気にはなっていたのだ。ジッとドッズを見つ
めていると、ドッズはやれやれといった感じで肩を竦める。
「お前ら、俺がそんな貴重な情報を教えると本気で思ってるっての?」
そう簡単には話してくれないようだ。だがその時、ウィンカァが彼に近づ
き、顔を見上げて口を開いた。
「ウイも知りたい。教えて?」
「いや、いくら可愛い嬢ちゃんの頼みでも……え?」
ドッズの視線の先には、ウィンカァの谷間があった。そして日色は見た。
彼の鼻の穴が膨らんで、目が明らかに
「……ダメ?」
ドッズの目線は可愛らしいウィンカァの顔ではなく、間違いなく胸の方に
いっていた。そしてゴクリと
「えっと……ま、まあ少しだけならいいっての」
ここにもロリコンがいたかと、日色はこの世界のオヤジはどうなっている
と、三十代くらいのドッズを半目で見つめていた。
ドッズから聞いた話によると、この海には《海のルビー》と呼ばれる存在
がいるとのこと。それは赤い
(確か日本にいた時、《海のルビー》って呼ばれてたのは桜エビだったなぁ)
かきあげにして食べるのが絶品だったことを思い出し、思わず
る。
そのフグの正式名称はプチフグと呼ばれており、身体が赤いことから通称
赤フグと名が通っているようだ。
何でも普通のフグより数段小さくて、ミュアの小さな手でもチョコンと
載ってしまうようなサイズらしい。
「だから見つけるのは困難だっての。それに! 赤フグからは、たまに身体
の中で血液が
「聞いたことがあるな。確かそれって物凄く
「そうそう、売ればかなりの額になるんだっての! まさに宝石! 赤フグ
が《海のルビー》と呼ばれる
嬉しそうにドッズが語っている。確かに見つけるのも困難な赤フグから、
たまにしか発見できない結晶を入手できれば、まさにそれは宝石のように高
く売れるだろう。
「それに赤フグは、貴重な食材でもあるんだよな。市場でも
ないし」
アノールドの言葉に日色の耳がピクリと動いた。
「オッサン、今貴重な食材って言ったな? 美味いのか?」
「あ? まあな、特に刺身は絶品だぜ? レモン汁でといた
て食べれば、それはもう……って
見ればウィンカァの口から大量の涎が滝のように流れていた。
「じゅる……ウイも赤フグ、聞いたことある。一度食べてみたかった」
なるほど、だから珍しくドッズに詰め寄って聞いたようだ。
「そ、そっか? どうするヒイロ……って、あれ? アイツはどこに
……?」
すると日色はすでに木陰から出て、海に膝を
「よし! 目指すは赤フグだ!」
「相変わらずだよお前はっ!?」
海を指差す日色に対してアノールドが突っ込む。やはり食べ物のことにな
ると暑さも平気になるのだ。
「ちょ、ちょっと待て! 赤フグは俺の獲物だっての!」
無論ドッズだって黙っていないだろう。それは日色によく分かっている。
だが日色にも引けない理由がある。だが聞き捨てならない言葉をドッズが口
にする。
「そ、それに赤フグの調理法は知ってんのか? ありゃ毒抜きがちょ~難し
い
彼の言葉を聞いて、日色はアノールドに顔を向ける。彼は腕も確かな料理
人なのでそれくらい知っているかと思ったのだ。しかし彼は頭を横に振る。
「悪いなヒイロ。今まで赤フグは
「……毒抜きはできないのか?」
「ああ、でもドッズは知ってんだろ? 教えてくれよ」
「断るっ! 俺の獲物を横取りするような奴らに教えるつもりはねえ!」
するとまたウィンカァが近づいていく。しかし今度は二番
ようにドッズはウィンカァから距離をとった。理性の方がまだ強いようだ。
「いいか! 最近赤フグも数が少なくなってきてる! だからこそ赤フグは
絶対渡さねえっての!」
「金なら払うぞ?」
日色が言うと、
「……なら一千万リギンだ」
「い、一千万っ!?」
アノールドがあんぐりと口を開けている。
さすがにその額は払えない。しかしそれだけ赤フグが貴重だということら
しい。
「オレが欲しいのは赤フグの身だ。もし宝石が出てきたら
「違うっての。確かに一番欲しいのはそれだが、赤フグ自体も高く売れるん
だっての。それに毒抜きの情報だってかなりの金がかかってんだ。そう簡単
に教えられるかっての」
日色はジッと彼の顔を見つめて考える。毒抜き、もしかしたら魔法で何と
かなるかもしれない。だがその保証はない。
(やはり一番良いのは奴に毒抜きの方法を教えてもらうことなんだが……)
だが一千万という大金は持ち合わせていない。かといって毒抜きがもしで
きなかったら宝の持ち腐れというか、働き損になる。それは勘弁だった。
「おい
「海男? 俺のこと?」
「そうだ。ならこうしないか。オレたちと赤フグをかけて勝負だ」
「……意味が分からねえっての」
「どっちがより多くの赤フグを手にできるか。そして負けた方は勝った方の
望みを叶える」
「俺のメリットは?」
「今オレらが持ち合わせている金を好きにしてもいいぞ? アンタが自分で
獲った分も好きにしていい。とりあえずオレらの望みは毒抜きの方法だ」
「……へぇ」
ドッズの目が怪しく光る。まるで獲物を見つけたように鋭い。
「ならもし俺が勝ったら、お前ら全員の金とお前らが獲った赤フグ、そして
……」
チラリと視線を日色が先程まで寝ていた木陰に向ける。
「あの刀を貰おうか?」
「っ!?」
「あれも相当の
刀というのは《
は、《ツラヌキ》がかなりの貴重品だということを聞いていた。
(目ざとい奴め)
日色はドッズの目利きに半ば感心していた。だが刀を奪われるわけにはい
かない。この勝負、必ず勝たなければならないようになった。
「……いいだろう」
「あと条件もある」
「……条件?」
「そうだ。さすがにお前ら四人でってのは卑怯過ぎねえか?」
ドッズの言い分も理解はできた。確かに四対一は
合が悪いだろう。
「だから参加するのはそうだな……」
観察するように四人を見るドッズ。
「そっちの獣人の子はさすがに選ぶのは
だ」
日色とウィンカァを指差すドッズ。恐らくアノールドが自分と同じガタイ
をしているから、海でも活躍できると踏んでの排除だろう。
(だが失敗したな。オッサンよりもアンテナ女の方が動ける……はずだ)
実力的にはこの中でダントツにトップなのだ。ウィンカァなら初めての海
でも苦戦しないだろうと日色は推測して、相手の選択ミスをほくそ笑んだ。
日色とウィンカァ相手なら、海を知り尽くしている自分が勝つとドッズは
本気で思っているに違いない。
「いいだろう。オッサンとチビは食事の準備をしていてくれ」
「お、おい大丈夫なのか? つうか俺らの金まで勝手に賭けやがって……」
「負けるつもりはない」
「…………はぁ、お前はホントまったくよぉ……」
「おじさん! ヒイロさんとウイさんを信じよう!」
「ミュア…………分かったよ。おいヒイロ、大量に獲ってこいよ!」
「当然だ!」
「ウイさんも頑張って下さい!」
「アオッ!」
ミュアとハネマルはウィンカァに激励の声をかける。
「ん……いっぱい獲る」
Vサインをするウィンカァ。彼女もやる気満々なようだ。
そしてドッズがニヤッと口角を上げて、
「よっしゃ、なら始めるぞ!」
まるで出来レースのように感じているのかもしれない。いや、それだけ自
分が勝つことを疑っていないのだろう。その表情には確信が込められていた。
日色は《刺刀・ツラヌキ》を手に取り準備万端だ。ウィンカァも
《
「時間制限は三十分でいいだろ? 俺も忙しいんでな」
ドッズの言葉に日色は頷きを返す。
「おっと、それとだ」
ドッズがテントへ行き、魚を入れる網を三つ持ってきた。その網に捕まえ
た赤フグを入れればいいということで手渡された。
「んじゃ、よ~い、ドンだってのっ!」
赤フグを美味しく食べるための戦いが今始まった。
ミュアとアノールドの声援のもと海へと入る日色とウィンカァ。海の冷た
さが思った以上に気持ち良く、このままプカプカと浮いていたい
れる。
(む? 奴がいない?)
ドッズがどこに行ったか見失ってしまった。
(ちっ、奴をつけようと思ってたんだが……すばしっこい奴め)
そもそも赤フグの情報が少ない日色たちでは、まず探し出すことが困難で
ある。
だからこそドッズは二対一という対決を許可したのだろうが。日色は彼の
後をつけて赤フグがいる場所まで案内してもらおうと思っていたが、やはり
ドッズもそれを
(さて、どうするか……)
日色はウィンカァがどのように考えているか彼女を見つめると、彼女の泳
ぐ姿を見てギョッとなる。
それはさながら人魚のように下半身を動かしてスイスイッと自由に動いて
いた。思わず日色がチョイチョイと
意味だ。ウィンカァもそれに気づいてコクンと頭を動かす。
「ぷはぁっ! おいアンテナ女、お前泳ぐのは初めてだろ? 何故そんなに
泳げる?」
「……? マネしてるだけだよ?」
「真似? 何の?」
「お魚……スイスイッて泳いでる。ウイ、一緒」
どうやら彼女は魚の動きを見て、その動きをトレースしているようだ。
(……とんだ天才もいたもんだな)
まさか初泳ぎで、魚と同じ泳ぎ方をマスターするなど誰もできないだろう。
やはりウィンカァ、こと運動に関しては天才的なようだ。
「ところでだ、お前の
「……会ったことないから。それに水の中は無理」
「まあ、それはそうか」
さすがに水の中まで嗅覚が通じるとは日色も考えてはいない。念のために
聞いただけだ。
「あの人……追う?」
「ああ、その方が手っ取り早いな」
「どこに行ったか分かる?」
「こうやって探せばいい」
日色は指先に青白い魔力をポワッと
を書いていく。魔力はその
文字が矢印に変化して方向を指し示してくれた。
「よし、行くぞ」
「ん……」
二人はドッズが向かった場所へと泳いでいった。
しばらく泳いでいると、岩の密集地帯に人影を発見する。ドッズだ。日色
とウィンカァは互いに顔を見合わせて頷くと段々と彼に近づいていく。
すると向こうも気づいたようで、何やらニヤッとしたと思ったら右手を日
色たちに向けてきた。すると彼の右手から気流が生み出されて
うに日色たちに向かってきた。しかも何故かその気流が黒い。
(何だ?)
気流自体はそれほど強力なものではない。軽く後ろへ押し返される程度の
ものだった。しかし日色たちの周囲には黒い粒状のものが漂っていた。そし
て近くには
(これは……もしかして!?)
日色がドッズの顔を見ると、してやったりといった感じの表情を彼が浮か
べていた。
て日色たちの身体を全方向からつついてくる。
(ちっ、やはりこの黒いのは
恐らく日色たちを足止めするために、ここらの魚の好みを熟知している
ドッズが巾着袋に餌を入れたやつを、先程の気流で日色たちの周囲へと散布
したのだ。
(恐らく風魔法の使い手だな……水の中で風は厄介だな)
その気になればジェット噴射のように風を使って素早く移動することもで
きるし、気流を生んで相手を
(ったく、面倒だ!)
日色は刀を抜いて振り回す。しかし水の中ということで、思うように動か
せない。それでも上空へ逃げる
る。ウィンカァもついてきた。
「ぷはぁっ! ふぅ、やりやがったなアイツ。なら遠慮はしないぞ。アンテ
ナ女、奴を叩け」
「え? いいの?」
「この勝負じゃ相手を攻撃したらダメだって言われてない。だから奴は攻撃
してきた。ならコッチもそれ相応に対処するだけだ。お前が相手している間
にオレが赤フグを獲る」
「ん……分かった」
大きく息を吸って潜る。ドッズを追っていると、ふとドッズが泳ぎを止め
た。
(なるほどな、やはりドッズを追って正解だった)
ドッズの目の先に赤い霧のようなものを、海の中だというのに発見した。
いや、霧ではない。よく見ると赤フグの群れだった。
(まずい! 先を越される!)
ウィンカァに行けと目で指図をする。ウィンカァが物凄い勢いで向かって
行き、ドッズに体当たりを食らわせた。彼も驚いたようで仰天している。
(この隙に、赤フグは頂くぞ!)
赤フグの群れに急いで泳ぎ、日色は事前に考えていた文字を網に書く。そ
れは『吸』。イメージは掃除機と同じだ。この網の口へと赤フグを吸い込ん
で捕獲するのだ。
その思惑は見事に
と吸い込まれていく。
(この勝負もらったぞ!)
しかし次の瞬間、何かの
痛みはない。恐らくドッズの生み出した気流だろう。だが吹き飛ばされた先
には岩があり衝突してしまう。その時に網を持っていた右手を強打してしま
い網を手放す。
するとそこへ凄まじい勢いで向かってきたドッズに網ごと赤フグを奪われ
た。そして網についている紐を、腰に巻いているベルトに巻き付けていた。
見れば彼は足からも風を生み出し、日色の
で素早く動いていた。
(器用な奴だ!)
さすがのウィンカァも、その動きには追いつけないようで
るようだ。
(くっ、しまった……)
強打した右手の
字を書く。それは『速』。しかし日色はその文字を使っても、ようやくウィ
ンカァ並みに動けるだけであり、ドッズを捉えることはできなかった。
ドッズはその間にも自分の網を赤フグで満たしていく。このままでは負け
てしまう。それに赤フグもドンドン数が減っていく。
それは捕らえているという理由もあるが、バラバラになって逃げているか
らだ。三十分という短い時間では、バラバラに逃げられたらもう取り返しが
つかないかもしれない。
だが突然、赤フグだけでなくその場にいた他の魚たちも一斉に
散らしたように逃げていく。ドッズも一瞬
瞬間ハッとなって顔を青ざめさせた。
まだ距離があるが日色の前方。そこに見えるのは黒い大きな塊。それが
徐々に近づいて来ている。
(な、何だ?)
ドッズが
何かが伸び出てきて彼の足を
く。
日色とウィンカァも、ちょうど息継ぎもしたいところだったので、警戒し
ながら水面に顔を出した。
「――――なっ!?」
日色の目の前に現れたのは巨大なタコだった。二階建ての
ありそうだ。
「く、くそぉぉぉっ! この時間帯にブルーオクトパスが出没するってこと
忘れてたってのぉぉぉっ!」
触手に絡め取られて
の触手を上下に何度も動かされ、ドッズは上昇降下を凄まじい勢いで繰り返
し、
「うぷっ! は、吐くからそれ以上やめてぇぇぇぇぇっ!」
海の男が吐きそうになってしまっていた。しかしその時、彼の腰のベルト
に巻き付けてあった日色から奪った網がするりと海へと落下してきた。彼は
吐き気に意識をとられて気づいていないようだ。それでも自分の網はしっか
り手で握りしめている根性は凄い。
日色はあとで回収しなければと思いつつも、
「ブルーオクトパスか、確かギルドの図鑑で見たな」
「どんなモンスター?」
「見た目通りの青い巨大ダコだ。毒は持ってないが、その体格故に触手の力
は強力だ」
ウィンカァの質問に答えると、ブルーオクトパスがギロリと日色に視線を
向け、触手を伸ばしてくる。
「危ないヒイロ!」
ウィンカァが槍を伸ばしてズシュズシュッと触手を切断した。しかしやは
り海の中なので、陸ほどはキレがないように感じる。しかもそれが相手の怒
りを買ったようで、またも触手を伸ばしてくる。
「ちぃっ! 痛っ!?」
刀を振ろうと思ったが右手に激痛が走る。先程岩にぶつけたせいだ。左手
に刀を持ちながら触手に絡め取られる日色。
「ヒイロ!」
「ぬるぬるしてて気持ちが悪いなコイツ」
「ヒイロ、今助ける」
しかしウィンカァも調子が出ないようで、触手の動きに翻弄されてしまっ
ている。
戦
(……ふぅ、痛いが文字はまだ書ける……か?)
指は動く。なら何とかなる。そう思った時、
「お、おい小僧! うっぷ! な、何か方法ねえのか!」
ドッズが不安気に叫ぶ。そこで日色は面白いことが浮かんだ。
「ああ、何とかできるぞ」
「ほ、ホントか!? な、なら!」
「けど、オレがアンタを助ける義理はないだろ?」
「え……? う、嘘だろ?」
「オレだって命は惜しい。何とかできるが、オレは別に一人で抜け出して逃
げた方が楽だし安全だ」
「ふ、ふざけんなよ! た、頼むっての! 何とかできんならお願いだって
の!」
「なら助ける対価としてその手に持っている赤フグ全部と毒抜きの方法を教
えてもらおうか?」
「う……そ、それは……」
「嫌なら別にいい。オレは一人で逃げるだけだ。アンタはせいぜいこのタコ
に美味しく頂いてもらえ」
日色が大げさにもぞもぞと身体を動かすと、
「ああ分かった! 分かったっての! 何でもするから頼むっての!」
日色は計画通りという感じで頬を緩めた。
「交渉成立だ」
「もう何でもいいから早くって触手を上下に動かすなってのぉぉぉぉぉ
っ!」
ブルーオクトパスが何故かドッズだけを玩具のように扱っている。しかも
今度は海の中に落としまた上げ、そして落としと繰り返すものだから、
「ぷはっ! い、いやちょ、ちょっと待って! こ、これ本気でなっ……泣
きそうなんだけどぉぉぉっ! ああぁぁ、顔から落とさないで! ぶぼはぁ
っ!? い、いだいいだぁぁ~いぃっ! つうか何で俺ばっかりぃぃぃっ!」
ドッズの顔が真っ赤に痛々しく腫れ上がり、見ている分には物凄く面白い
のだが、このままだといずれ自分もあんな哀れな姿を
ないので日色は即座に行動を起こすことに決めた。
泳ぎながら逃げ回っているウィンカァを視界に捉える。
「アンテナ女ぁっ!」
ウィンカァもその声に気づき反応を返す。そして指先が自分に向けられて
いることをウィンカァは確認する。
「オレを信じるか!」
「…………うん」
その瞳には揺らぎはなかった。だから日色も彼女を信じて、
「受け取れ! そして触手を全部ぶった切れ!」
彼女に文字を放った。ウィンカァも
撃した瞬間、青い光が彼女を包む。そしてウィンカァに向かっていた触手が、
驚くことに瞬時にして
ドッズは何が起こっているのか
を感じているようで、ますます怒りのボルテージを上げ始め、触手で彼女を
捉えようとするが、
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンとまるで本物の人魚のごとく凄ま
じい速さで海を斬り裂くように泳ぐウィンカァ。
「す、すげえ……」
ドッズもその動きには完全に目を奪われている。彼女に施したのは『軽』。
『速』でも良かったかもしれないが、彼女の場合は元々速かったので、それ
ならば軽くすればそれ以上に速く泳げると思って施した。狙いは成功だった。
ドンドンスピードが上がって、最早ウィンカァの姿を目で追うのがやっと
だ。ブルーオクトパスは明らかにターゲットを見失っている。しかも次々と
触手が斬り刻まれていく。
一本、二本、三本と、根元から切断される様に、痛みよりも困惑の方が大
きいようでブルーオクトパスが恐怖で身体を硬直させている。そしてついに
日色を拘束している触手にもウィンカァの刃は入り、
「よし! これで自由だ!」
日色は身体を回転させて、海に浮かんでいる斬られた触手の上に乗ると左
手に刀を持って跳び上がる。
「これで終わりだぁぁぁっ!」
ブシュゥゥゥゥッとブルーオクトパスの
「ふぅ、ほら、何とかできたろ?」
「と、とりあえず触手を斬ってぇぇぇっ!」
いまだに触手に身体を絡め取られているドッズに向かって日色は言うが、
ドッズは「沈む! 沈むぅぅぅ~!」と言いながら足を動かしてバシャバ
シャと水面を叩いていた。
陸に戻った日色たちは、アノールドたちから心配されていた。遠目に日色
たちが襲われていることは確認していたようだが、アノールドもミュア一人
を放置することができずに見守ることにしていたのだ。
日色とウィンカァに怪我が無いことが分かってホッとしてミュアは「良
かったですぅ~」とウィンカァに抱きついていた。ハネマルも「クゥ~ン」
と甘えていた。
「さてと、約束は守ってもらうぞ海男」
「……な、何のことだっての?」
「……ほほう、約束を
「と、とにかく勝負は勝負だ! 三十分以内により多くの赤フグを獲れたの
は俺だっての! つまり勝負は俺の勝ちだ!」
どうやら口約束というのは最初から守るつもりなどなかったようだ。しか
し日色もこういう事態は想定済みだった。
「なら、オレらの勝ちだな」
「はあ? 何を言ってんだっての! 見ろ! これが証拠だ!」
そう言いながらドッズは網を見せつけてくる。確かに網は膨らんでいて何
か大きなものが入っているようだ。彼はそれが赤フグだと思っているようだ
が、
「な、何じゃこりゃぁぁぁっ!?」
中から出てきたのは先程仕留めたブルーオクトパスの触手の一部だった。
「おお、大漁だな海男。そんなにタコが食べたかったのか?」
「ば、馬鹿な! だって俺は……あれ? そもそももう一つの網はどこだっ
ての?」
そう、彼は日色から網を奪っているので本来なら二つあるはずだ。
「そんなもの、当然返してもらったに決まってるだろうが」
彼が触手に
スを倒した時にしっかり回収しておいた。
「い、いや、でも俺はちゃんと赤フグ獲ったぞ……?」
確かに彼は自分の網に赤フグを捕獲していた。
「そうなのか? アンテナ女はどうだ?」
「ん……いっぱい」
ウィンカァの持っている網の中には、これまた大漁の赤フグが詰まってい
た。
「う、嘘だ!? だってそいつは一匹も捕まえていなかったはずだ!?」
「さあな、見間違いだろ?」
「そ、そんなわけ……」
「ほら見ろよ。証拠はアンタの目の前にあるだろ? まだ何かあるか?」
確かに最初に手渡された日色たちの網の中には大量の赤フグが詰め込まれ
ている。
「いや、だって俺は確かに赤フグを入れてしっかり持ってたし……それに中
身を入れ替える時間なんて無かったはずで……」
「とにかく勝負はオレらの勝ちだ。
ジャーハンターさんよ」
「うぐ……」
がっくしと砂に膝をついたドッズだった。
日色はフフンといった感じに優越感に浸っていた。実は彼の網は、元々
ウィンカァの持っていた網だった。これも日色の魔法によってすり替えられ
たものだった。
彼を助けた時に、『換』の文字でウィンカァの網と交換しておいたのだ。
ウィンカァの網には触手を入れてのオマケ付きでだ。無論ドッズが何をされ
たかなど気づけるわけがなかったのだ。やはり万能過ぎる《
る。
「くっそぉ……こんなガキどもに俺が……海のトレジャーハンターが……」
相当悔しかったのかいい歳をして頭を抱えながらドッズは唸っていた。
「さあ、約束は守れよ? もし守らないと言うんなら」
日色はドッズの足元に『沈』という文字を放つ。すると彼の下半身がズブ
ズブと砂に埋もれていく。
「な、何だコレはぁっ!?」
そして見事に頭だけポッコリと砂の上に出た状態のドッズ。
「こ、小僧何をしやがったっての! 出せぇぇぇっ!」
「出してやってもいいが、アンタが約束を守ったらだ。どうする? このま
ま放置されて干物にでもなるか?」
冷ややかにドッズを見下ろす日色。その態度にドッズはガチガチと歯を鳴
らして恐怖を覚えている。
「お、お、お前本気か?」
「さあ……どうかな?」
………………………………ゴクリ。
そんな音がドッズの喉元から発した。そして――――――――
「バーカバーカ! いつかてめえらをケッチョンケッチョンにしてやるって
の! 覚えてろよ! このボケナスゥゥゥゥゥゥッ!」
ドッズは三流の敵役が去っていく時に言うようなセリフを吐いて砂浜から
去っていった。もちろん彼からはしっかりと毒抜きの情報は得た。日色が何
度も何度も確かめたので嘘は無いはずだ。
「何か
「ま、まあヒイロを敵に回したのが
ミュアとアノールドがドッズに少なからず同情していた。
「オッサン、料理の準備は整ってるんだろうな?」
「はいよ、ちょっと待ってろって。ミュア、やるぜ」
「うん、おじさん!」
料理ができるまで日色は木陰で本を読むことにした。ふと見ると、ウィン
カァはハネマルと一緒に
に入っているようだ。
真上にあった太陽が水平線に近づいてきた頃、ようやく待ちに待った声が
日色の耳をつく。
「ほ~い! お待たせぃ!」
木陰に敷いた大きな葉っぱの上に日色たちが座っている。そして同じよう
に数々の料理が並んでいた。
「いや~赤フグって面白いよな~。まさか毒抜きの方法が身体に小さな穴を
開けて
それがドッズから聞いた毒抜きの方法だった。確かにそうすることで、赤
フグに開けた小さな穴からどす黒い液体が
「まあ、けど茹で過ぎると身が硬くなっちまうし、茹でる時間が短かったら
毒が残ったりするけどな。しかも開ける穴の場所も尾ひれの付け根しかダメ
らしいし、難しい調理法ではあったな」
ウンウンと「さすがは俺!」的な感じで、見事に調理をした自分を
日色の目の前には綺麗なルビー色をした身が一口大に切られて盛り付けら
れている。
「これが《赤フグの刺身》か……」
「おうよ、それに《赤フグのから揚げ》と《赤フグの煮つけだ》! どれも
アノールドが自慢したがるのも分かる。何故なら先程から強烈に食欲を刺
激するほど、美味そうな香りが漂ってくるのだ。
「オレはもう我慢できんぞ。……じゅる」
「ウイも、お腹の音、うるさい。……じゅる」
「アオッ! ……じゅる」
日色、ウィンカァ、ハネマルは限界だった。さっそく皆で「いただきま
す」をして食べることにした。
まずは絶賛と称される《赤フグの刺身》である。本当に身が綺麗で、テカ
テカと輝いて脂ものっているようだ。アノールドの作った特製醤油につけて
一口。
「あむ……んぬっ!?」
まず海の強烈な香りが飛び込んできた。そう、それは先程まで生きていた
という証拠。大海を
コリコリした食感は癖になり、噛めば噛むほど味が染み渡ってくる。脂も
しつこくなく程よいバランスを保っている。一言、美味い。絶賛される理由
がよく分かる。
そして次は《赤フグのから揚げ》だ。サクッとした衣の中には、
フグの身が入っている。鶏肉などとはまた違って、さっぱり感を感じさせる
から揚げで、何個も食べられそうだ。
「赤フグは毒抜きすれば、内臓全部を美味しく食べられる魚だからな。その
まま油に落とすだけで最高のから揚げの出来上がりだ!」
本来なら内臓を取り出し体内を洗う手間が必要だったりするのだが、赤フ
グにはそれが必要なく、体全部を余すところなく食すことができる
と呼ばれるものだとアノールドは言った。
最後に《赤フグの煮つけ》だ。アノールドの味付けは絶品であり、上品さ
の中にもパンチの効いた辛みがあった。唐辛子をふんだん使用したらしいが、
それほど辛くはない。むしろさらに食欲をそそる。とにかく白飯に絶対に合
う一品だった。
ウィンカァもハネマルも一心不乱というか、息もつかせぬというか、次々
と目の前の料理が彼女たちの胃に消えていく。日色も負けじと口へと運んで
いると、
「あ、あのヒイロさん?」
「む?」
隣にミュアが来ていた。その手には
「よ、良かったらこれもどうぞ! あ、《赤フグの塩焼き》ですぅ!」
どうやら彼女も料理を作っていたようだ。赤フグは小さいので、こうして
焼き鳥のように串に刺して簡単に焼き上げることができるのだ。
見ればところどころは焦げているが、香ばしいニオイが
くる。間違いなく美味そうである。
「ああ、是非もら――」
串を手に取ろうとした時、スッと目の前から串が消失する。何事だと思っ
ていたら、
「ぬはははは! いつもいつもお前の好きにはさせんぞヒイロ! 今日こそ
は先にミュアの料理を味わうのは俺だぁっ!」
親バカアノールドだった。
「お、おじさん!」
ミュアも急に取り上げたアノールドに
「許せミュア……俺はいつもいつも
だ! ミュアは初めて赤フグを調理したんだ。毒見役が必要だろ? そんな
大切な役目を、偉い偉いヒイロ様にさせるなどできるわけがないじゃない
か」
「お、おじさん……?」
奴の
にするのが日色であることが気に食わないのだ。つまりはただの
日色は呆れながらジト目で見つめている。日色にとって別に一番二番は関
係ない。食べられるなら何番でもいい。幸いまだミュアが作った塩焼きはあ
るようだし黙って見守っていた。
「ふっふっふ、羨ましがるがいいヒイロ! 最初の一口はもらったぁぁぁ
っ! あむっ!」
何故だか口を動かしながら涙を流すアノールド。その姿に完全にドン引き
の日色だが、しばらくするとアノールドの顔が青ざめていく。すると彼はパ
タリと倒れてしまった。
「……え? ええぇぇっ!? お、おじさんっ!?」
助けを求めるようにプルプル震える手を上げながらアノールドは紫になっ
ている唇を動かす。
「ミュ……ミュア……毒抜き……やった?」
「あ、あそこに置いてあった赤フグ使ったんだよ?」
そうして指を差す方向には、重ねて置かれてある赤フグがある。
「あ、あれは毒抜きが……不十分……だった……から……売却する分……っ
て言ったよ……な?」
「…………あ」
どうやら毒抜きが完全にできていない赤フグを塩焼きに使ったようだ。ま
あ初めて調理したのだから失敗したものもあるだろう。それをミュアは忘れ
てしまっていたようだ。
「ご苦労オッサン。素晴らしい毒見役だった」
皮肉にも本当に毒見役になったアノールドだった。しかしアノールドは親
指を立てて言う。
「う、美味かったぜ……ご、ごっそさん……」
「おじさぁぁぁぁぁぁぁんっ!」
さすがはアノールド。見事な親バカを貫いていた。
毒にやられたアノールドは、日色の魔法で治した。日色もアノールドが先
に食べていなければああなっていたことを考えて、アノールドの先走りに助
けられたので仕方なく治してやったのだ。
それからミュアは必死に謝りながら、今度はちゃんと味見しますと皆に宣
言していた。彼女の挑戦もまだまだ終わらないようだ。
「ん? ヒイロ、それ何?」
旅に出る準備をしていたのだが、日色は赤い石を片手で弄んでいたので、
気になったウィンカァが尋ねてきた。
「気になるならやるよ」
パチンと指で弾いてウィンカァに手渡す。それはドッズが欲しがっていた
赤フグを《海のルビー》と呼ばせた物体である血の結晶だった。売れば多額
の金になる。
「え? いい……の?」
「ああ、別に金には困ってないからな」
実は食べたから揚げの中に、この結晶が入っていたのだ。完全食体で、そ
のままから揚げにしたので、結晶の存在にアノールドも気が付かなかったの
だろう。ウィンカァはジッと結晶を見つめている。
「いらないか?」
「ううん……いる。ありがと、ヒイロ」
嬉しそうに頬を緩めるウィンカァ。そして彼女の傍にいるハネマルもまる
で
日色の久しぶりの海水浴は、やはり普通では終わらなかったが、それでも
日色は静かに波の音を伝える海を見て思う。
(まあ、悪くなかったな)
また来るのも良いと、少しだけ海水浴が好きになった日色だった。
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