金色の文字使い ─勇者四人に巻き込まれたユニークチートー 外伝/十本スイ

ファンタジア文庫

金色の文字使い ―ユニークチートの異世界探訪記―

ep1. 最高で最硬の食材!? 絶品トロロミート争奪祭!

 澄み渡った青空の下、強い日差しに照らされながらも、その暑さを感じさ

せない様子で本を片手に歩を進めていたおかむらいろは、目の前で歩いている二

人の内の一人、青髪を逆立てている筋肉質の男が叫ぶのを耳にする。

「おお! ようやく街発見だぜっ!」

 彼はアノールド・オーシャンといい、ひょんなことから一緒に旅をするこ

とになった獣人じゆうじんである。また知識豊かな料理人として、日々の食事を潤いの

あるものにしてくれている。

 モンスターを狩ったりして、そのモンスターから手に入れた素材などをギ

ルドで売り、生活する冒険者の一人でもある。

「良かったぁ~、これでしばらくは野宿とお別れだねおじさん!」

 そしてこの子はミュア・カストレイア。十二歳らしいが、明らかに幼女に

しか見えないたいをしている可愛かわいらしい女の子だ。大きな帽子の間から顔を

のぞかせている銀髪が、日光に反射してキラキラと輝いている。

 彼女はアノールドが旅先で拾ったという少女であり、アノールドは実の娘

のように可愛がっている。

 今その二人は、三日連続の野宿から解放されたことがうれしいようで、がんぜん

に広がる街を眺めて頬を緩めている。

 日色も本をパタンと閉じると、少し伸びをしながら街を眺めた。街の名前

は地図を頼りにすれば【ウリーハ】と呼ぶそうだ。なかなかに大きな街であ

り、ここでなら宿も幾つかあって、満杯で泊まれないということはないだろ

うと希望を持てた。

 丘村日色は日本人であり、ここは日本ではない。それどころか地球でもな

い。名前は【イデア】という日色にとっては異世界なのだ。

 日色は少し前、【にんげんこく・ヴィクトリアス】という国の王族によって召喚

されたのである。また召喚されたのは日色だけでなく他に四人の少年少女が

いた。

 召喚した者が言うには、召喚したのは四人の勇者であり、五人はおかしい

ということ。この世界ではゲームのように《ステータス》を確認することが

できるのだが、そこに記載されている称号を見れば、誰が勇者なのかハッキ

リする。

 しかし日色の称号には勇者はなく、代わりに《巻き込まれた者》という頭

を抱えそうな文字が存在した。どうやら日色は四人の勇者に巻き込まれただ

けのようだった。

 そこで日色は、どうせならこの異世界を楽しもうと思い、一人で旅するこ

とを決めたのだ。勇者たちとは仲も良くないし、勝手に召喚した者たちのた

めに戦うような殊勝な心も日色は持ってはいない。

 日色は自分が面白いと思えるような日々を過ごすため、一人で自由に動く

ことを決めたのだ。

 三人が街に入ると、さっそくアノールドが宿を探しに行くことになった。

街には広場があるので、そこで日色とミュアに待っていてほしいとのこと

だった。

 彼の言う通り、日色はミュアと一緒に街の中心にある広場へと向かった。

するとそこには多くの人が集まっており、その数に思わず足を止めた日色は、

「……何かあるのか?」

「さ、さあ……どうでしょうか……?」

 ミュアも当然、その集まりの理由は分からない。しかしただの集まりでは

ないことは明らかだった。なら集まっている者たちは、くつきような男たちや、

武器を装備した者たちばかりだったのだから。

 そんな物々しい雰囲気なので、ミュアはじやつかん腰が引けているようでおびえて

いる。これだけのいかつい男たちが武器をたずさえて集まっていればそれも仕方が

ないだろう。

 ちょうど広場の真ん中には踏み台のようなものがせつえいされてあり、遠目か

らそのそばには看板が立てかけられてあるのが分かった。

「どうやら何かのもよおし物が行われるようだな」

「な、何のでしょうか……?」

「……行けば分かるだろ」

 二人は、何が行われようとしているのか確かめるために近くまで足を延ば

した。

「ふわ~、お、おっきい人ばかりです……」

 ミュアの言う通り、遠目からでも群がる人物たちの屈強さは確認できたが、

近づいてみると、それがよりけんちよに伝わってくる。

 剣を背負っている者、腰に小刀を何本も備え付けている者、ハンマーのよ

うな大型の武器まで装備している者など様々だ。

 一瞬、これから武闘大会でも開かれるのかと日色が思ったのも無理はない

だろう。このさつばつとした空気を感じると誰もがそう思うはずだ。

 何を待っているのか、いらちを顔に表し、険しくゆがめているその表情を見

ると、つい日色もけいかいしよくが濃くなっていく。

 余程これから起こる何かは、この者たちにとって重大なことなのだろうこ

とを予想する。

 すると突然「おお~っ!」という歓声が響き、その声量の大きさにとつ

日色とミュアは耳を押さえてしまう。

「おいチビ、少し離れるぞ」

「え? あ、何ですか?」

「いいから来い!」

 そう言って彼女の手を取って男たちから少し距離を取る。正直、男たちの

群れで広場の中心が見えにくかったのだ。少し距離を取れば、広場の中心が視

界に入る。もしかしたら突然戦いが始まるのではないかと危機を察したとい

う理由もあるが。

「あ、あのぅ……ヒ、ヒイロ……さん?」

「ん? どうかしたか?」

「えと……その……ですね……あぅ……」

 ミュアが驚くほど顔を真っ赤にしていたので、この強い日差しのせいで日

射病にでもかかったのかと思い、

「体調でも崩したか?」

 そう日色が尋ねたところ、

「い、いえ……あの……手……を……」

「手? 手がどうか……」

 そう言えばここにミュアを連れてくるのに手を握ったままだったのを忘れ

ていた。日色はもう用事は済んだとばかりにあっさり手を放す。

「……うぅ~、いきなりは反則だよぉ……」

 ミュアが小声で何かをつぶやいているが、く聞き取れない。どうやら体調

を崩したわけではなさそうなので、視線を広場の中心へと戻した。

 男たちは急に強張こわばっていた表情を緩めて盛大に声を上げている。

「よっしゃあっ!」

「今年も始まるぜっ!」

「俺は絶対手に入れてやるぞぉっ!」

 男たちの見事なまでのやる気を込めた叫びに、日色とミュアは圧倒されて

ぜんとしていた。

「な、何だこの盛り上がりは……?」

「ほ、ほんとに急にどうしたんでしょうか……?」

 先程は間違いなく殺伐としていた空気が、切り替わった別の場所のように

雰囲気の質が変化した。

 簡単に言えば、何だか感覚的に楽しそうなイベントでも始まろうとしてい

るような空気だったのだ。

 耳を澄ませば他の者たちも「いや~今年も来ましたな~!」や「今年こそ

は逃がさん!」など、待ち遠しかった何かの訪れを祝っているような感じだ。

「何を逃がさないのでしょうか?」

「さあな、それをあそこにいる奴が説明してくれそうだが」

 日色が視線を動かしたそこには、先程確認した踏み台があり、その上に

コック帽をかぶったかつぷくのいい男性がいた。人の良さそうな優しげな雰囲気を

かもし出している。

 その男性がパンパンと手をたたくと、水を打ったように、うるさかった広場

が一瞬にしてせいじやくに包まれた。

 そして誰もがその視線をコック帽の男性へと集中させている。その男性が

一つせきばらいをすると、

「今年もついに! そう! ついにやって来ましたよぉ! 皆さん! 明日

の準備はバッチリですかな!」

 コック帽の男の言葉に周りの男たちも応えるように「おお~っ!」と拳を

突き上げている。それを見て満足気にコック帽の男がうなずいている。

「良いでありますね~、今年は去年と違い、腕に覚えのあるつわものがわんさか

集まったようで、ワタクシもまっことに嬉しいです! あ、申し遅れました。

ワタクシは毎年恒例、【トロロミート争奪祭】の総責任者であり、《トロロ

ミート》料理の第一人者のハッグと申します! 今年もど~ぞよろしくお願

いします!」

 またも歓声が飛び交う。看板にも【トロロミート争奪祭】とデカデカと書

かれてある。

(【トロロミート争奪祭】? いやそれよりも《トロロミート》料理だと

……?)

 日色にとっては後者の言葉の方がきんせんに触れた。料理と名のつくものには

日色の食指しよくしが敏感に動くのだ。何と言っても日色の趣味は大きく分けて二つ。

 それは読書と食べること。この二つは日色にとって全てだと言っても過言

ではないほど生きていく上での重要なウェイトを占めている。

「さて、良いですかな? 待ちに待ったこのイベント! 毎年恒例でありま

すが、まずは静かにワタクシのイベント説明をはいちようしてほしいと思います」

 どうやらこれからこの集まりの本質を詳しく説明してくれるようだ。

「ごほん! え~明日、ここから西にある【サブル高原】にて、あるモンス

ターが姿を現します。そのモンスターとは、この時期にだけ現れる稀少きしような生

物であり、そのモンスターから取れる《トロロミート》を 、皆さんの手

で獲得してほしいのです!」

 コック帽の男の一言一句を逃さぬように、日色はまばたきすらせずに凝視ぎようしして

耳を傾けている。

「ヒ、ヒイロさん……?」

 あまりにも真剣な日色の態度にミュアは戸惑いがちに声をかけているが、

日色には届かない。

「そのモンスターの名前はトロロダック! しか~しこのトロロダック、毎

年このイベントを催すものの、なかなか討伐できる者たちがいないのです! 

その理由と致しまして、電光石火の素早い動き、そしてダイアモンドのよう

に硬い皮膚を持っていることから、武器で攻撃しても当たらず、当たったと

ころで傷一つ付けられず、毎年多くの参加者が涙をむ結果になっているの

ですよ~」

 素早い動きというものが、どれほどの速さかは実感していないから分から

ないが、彼の言う通りダイアモンドのような硬度を持つ皮膚だとしたら厄介

だ。

 生半可な武器や腕では、確かに傷一つ付けられはしないだろう。それどこ

ろか、そんな身体で体当たりでもされたら大を負う可能性が高い。

「去年も不作で、結局成功者はゼロ。ですが! 今年は違うはず! 他の街

にも触れを出し、これだけ多くの冒険者や腕に覚えがあるが集まってく

れました! 今年こそは、ワタクシのこの腕を存分にふるわせてほしいので

す! 誓いましょう! 獲得できたあかつきには、ワタクシが最高の《トロロミー

ト》料理をごそうすると! もっちろん味は保証します!」

 集まった者たちも、ハッグの言葉でテンションが上がったようで意気込み

を言葉にして叫んでいる。

「ではでは、詳しいことはこの紙に書かれてあります! 初めての方は是非

目を通しておいて下さ~い! そして参加される方は、トロロダックが現れ

る明日、決して寝坊などしないよ~にっ!」

 ハッグの言葉を受け、男たちの中に苦笑を浮かべる者がいる。ハッグが

「決して」の部分を強調したところを見ると、もしかしたら過去に寝坊をし

た者がいたのかもしれない。

「それじゃ皆さん、今日はしっかりえいを養って下さい! あ、ホントに寝

坊は勘弁して下さいね~」

 ハッグは踏み台から下りると、そのままどこかへ行ってしまった。そこへ、

タイミング良くアノールドがやって来た。

「おお、盛り上がってんなぁ」

 アノールドが活気づいている広場を見ながらミュアの隣に位置した。

「おじさん、何かね、すごいイベントを明日やるんだって」

「みてえだな。そのせいで宿も結構余ってる部屋が少なくてよ。ギリギリな

んとか三人部屋を確保できたぜ」

「知ってたの?」

「いや、宿で聞いた。ほれ、紙ももらったぜ」

 そう言ってアノールドが手に持っていた紙をミュアの目の前に出す。その

紙は、先程ハッグが見せていた紙と同じものだ。しかしその紙が一瞬にして

アノールドの手から消失する。

「……は?」

 アノールドが紙を探し視線を向けると、日色が真剣にその紙に目を通して

いた。

「あっちゃあ~、やっぱこうなったか」

「あはは、ヒイロさんだもんね」

 三人はアノールドが確保したという宿へと向かった。日色はその間ずっと

紙を見つめながらブツブツと口を動かしていた。

 途中アノールドの注意も受けるが、完全に無視した。今は何よりも紙に目

を通すことが大事だったのだ。

 アノールドがとってくれた宿の中に入り、三人部屋だという部屋へと向

かった。そこは少しぜまな感じだが、確かにかんなベッドが三つあった。

ベッドにそれぞれ腰かけた三人の話題は、やはり先程のイベントのことであ

る。

 ここから西にある【サブル高原】。そこにはトロロダックというモンス

ターが好んで食す草が生えているらしい。しかしその草はこの時期にしか生

えない。

 本来トロロダックはもっと北の方にいるモンスターなのだが、決まってこ

の時期になるとその草を求めてやって来るという。

 あまり知能は高くないモンスターらしいが、驚くほどの足の速さと防御力

を備えており、敵が現れても、その持ち前の能力のお蔭で逃亡率がすさまじく

高いとのこと。

 だからこそ、トロロダックもどうせ自分たちを捕まえられる者などいない

と判断し、毎年こういうイベントがあることをにもかけていないのかも

しれない。

 実際ここ数年は、成功者はいないらしい。ハッグは、何でも一番初めにト

ロロダックをさばいた料理人で、《トロロミート》料理の第一人者として活躍

しているということだ。

 しかもトロロダックを捌くのはかなり難しいようで、上手く調理できる者

が少ないのだ。だがその料理のしにハッグはとりこになったという。

 だから腕を落とさないためにも、北の街から捌かれた《トロロミート》を

わざわざ買い寄せて調理するのだが、やはりハッグもできるなら新鮮なもの

を調理したいらしい。

 だからこそ、こういうイベントに力を入れて新鮮なトロロダックを手に入

れようとかくさくしているのだろう。

「そんじゃ参加すんのか、そのイベント」

「当然だ。むしろ参加しない理由が見つからない」

 わざわざそんなこと聞くなといった感じで少々言葉が強くなる日色。ア

ノールドが日色から説明が書かれた紙を受け取り、

「え~っと何々……なるほど~、別にとうを組んで参加してもいいってこと

か」

「そ、それじゃわたしたちも出るの?」

「あれ? ミュアは嫌か? 面白そうだぞ」

「えっと……面白そうだけど、わたし……あしまといになりそうで……」

 確かに純粋な戦闘なら、戦いを知らないミュアがいては邪魔になりかねな

い。しかしこれは捕獲だ。戦闘が得意でなくとも、良い結果を得ることだっ

てできる。

「考え過ぎだってのミュア。これはゲームみたいなもんだぜ? それにヒイ

ロや俺だっているしな」

「……ヒイロさん?」

 ミュアは不安気に日色を見つめる。

「そうだな。オレ一人でも捕獲できるとは思うが、三人で協力した方がより

短時間で捕獲できるかもしれない。ならその方が効率が良い」

「……できるかな、わたし……」

「アッハッハ! そんなのやってみなきゃ分かんねえって! 別に失敗して

も死ぬわけでもねえんだし、気楽に行こうぜ気楽に」

「捕獲できなかったら、奴らが生息する北まで、一人で捕獲しに行ってもら

うからな。オッサンだけ」

「何で俺だけっ!?」

「チビには無理だろうが。常識で考えろ常識で」

「だったら常識で考えて、食材のためだけに俺を一人で北になんか行かせよ

うとするなよな!」

「食材のためだけ……だと? オッサン、それは聞き捨てならないな。

いものは正義なんだぞ」

「分かんねえよお前の価値観っ!」

 そんな二人のやり取りを見て、ミュアも少し安心したようにフッと頬を緩

めている。

「ったくお前はホントまったくよぉ……ところで、そのトロロダックはどう

やって捕まえるつもりなんだ?」

「む……そうだな。だが実際にモンスターを目で見なければ、どれだけ速い

のか見当がつかんしな」

「なら硬い皮膚はどうすんよ?」

 そう、その素早さをクリアできたとしても、問題はもう一つあるのだ。そ

れはトロロダックのダイアモンドに匹敵するほどの皮膚の硬度。

「オッサン、剣でダイアモンドを斬れるか?」

「いやいや、無理だから」

「……使えないな」

「ちょまっ! お前今何て言った! しょうがねえだろうが! 大体あんな

もん斬れる武器も腕も持ってる奴なんてそうそういねえよ!」

「……なら鉄は斬れるのか?」

 日色の質問に押し黙るアノールド。そして静かに口を開く。

「……たまに?」

「どういう回答だそれは……」

 彼の理解できない回答に思わずいきが口から押し出された。

「い、いや、こうばつぐんに調子が良い時は、こうスパッと――――」

「斬れるのか?」

「…………ちょっとだけ斬れることもあるな!」

「胸を張って言えるセリフか……」

 開き直ったようにアノールドが言うが、あきれて頭を抱えてしまう日色。

「鉄もそんな感じじゃ、ダイアモンドなんて夢のまた夢だろうな」

「おいおい、俺のことばっか言ってっけど、お前はどうなんだよ?」

「斬れるぞ」

「マジかよっ!?」

 ミュアも、レベルが三十台のアノールドが斬れないものを、二十台の日色

が斬れることに驚いているようだ。しかしこれにはちゃんとカラクリがある。

「単純に力で斬るんじゃない。魔法で斬るんだ」

「……ああ、そういうことかよ。つうか、お前の魔法ってそんなこともでき

んの?」

「できないことは、ほぼない」

「……やっぱ反則だわそれっ!」

「黙れ。生まれ持った才能だ」

 日色の使う《文字魔法ワード・マジック》は万能な魔法である。これは魔力を指先に宿し文

字を書く。するとその文字の持つ意味が実際に現象化げんしようかするという優れものな

のだ。

 例を挙げると、『火』と書いて発動させれば、何もないところに火が発生

する。さらに『飛』と書いて発動すれば空を飛べる。まさに何でもできるユ

ニークなチート魔法である。

 だがいろいろ制限も存在するので、確かに使い勝手は良いが、しっかり自

分の魔法を把握していないと魔法が失敗し《反動リバウンド》という手痛いしっぺ返し

が起こる。

 その《反動リバウンド》は効果の大きさによって比例するが、これだけの魔法ならば、

失敗しただけで相応のものが返ってくる。だから使う時は慎重を心がける必

要がある。

「仮に、オレが魔法を使ってトロロダックに攻撃を加えられたとしても、そ

の前に奴を捕まえられるかが問題になってくる」

 日色の魔法は、文字を書いてそれを放つことができるのだが、その文字を

対象に当てて初めて効果を発揮できる。しかし今回、文字を当てようにも相

手が動き回っていると、当てられない可能性があるのだ。

 そんな感じで失敗ばかり繰り返していると、魔力残量がなくなり動けなく

なるといったことも起こり得る。ただでさえ日色の魔法は魔力消費がダント

ツに高いのだ。

「そんじゃ、まずは相手の動きを奪ってから、ヒイロの魔法で何とかして斬

る?」

「まあ、斬らなくても動きさえ封じればいい。捕らえてしまえば、あとは

コックの男が調理してくれるだろうしな」

「そうだな。けど、あんだけ人がいるんじゃ、もしかしたらすぐに全部のト

ロロダックが捕まったりするんじゃねえのか? 今回は優秀な奴らが集まっ

たとか言ってたらしいしよ。それに数が少なかったらターゲットが被ったり

するだろうし、そうなりゃ、もしかしたら他の参加者の奴から妨害とか受け

るかもしんねえぞ?」

 アノールドの疑問は当然思い浮かべても不思議ではないことだ。しかし日

色は紙を指差す。

「よく見てみろ。ここに過去のトロロダック出現数が書かれてある。平均し

てざっと五十匹以上はいる。それに地図で見ると【サブル高原】は広大だ。

今回参加する奴らもちょうど五十人ほどだし、ターゲットが被ることは少な

いだろうな。それに他の奴らもチームを組んでいるかもしれん」

 広場に集まった者たちが全ての参加者ではないかもしれないが、それでも

過去のデータから見れば、一人でイベントに臨むより日色たちのようにチー

ムを組んだ方が捕獲の可能性はグンと上がると誰もが考えるに違いない。

「何だよ、ここに【トロロミート争奪祭】って書いてあっから、他の奴らと

奪い合いするのかと思っちまったよ」

「間違ってはいないだろう。トロロダックは餌である草を食べたら、それぞ

れ単独で北へと帰っていくらしい。つまり時間制限がある以上、早いもの勝

ちなんだ。数が少なくなれば、取り合いだって生まれてくる。そういう意味

での争奪なんだろうな」

「そういうことか……ミュア、何かトロロダックを捕まえる妙案みようあんとかある

か?」

「え? わ、わたし?」

 突然話を振られて戸惑いを見せるミュア。そんな彼女は、「えとえと

……」と呟きながら必死に考えた結果、

「や、やっぱり罠を張る……かなぁ」

「なるほどな。その線は有りだ。確かに罠を張れば、そこにトロロダックを

追いこんでしまえば事が成せる」

「やるじゃねえかミュア!」

「え、えへへ」

 はにかみながらミュアの尻尾がブンブンと盛大に揺れている。褒められて

かなり嬉しかったようだ。

「よし! とりあえず、明日に備えてしっかり準備はやっとこうぜ!」

 アノールドの言葉に日色とミュアは賛同した。

 翌日、空は雲一つない快晴だった。気持ちの良い風も吹き、絶好の狩り

日和びより――――なのかもしれない。

 今一度、広場へと参加者たちは集結させられていた。そこでハッグの開催

の宣言を聞き、解散と同時にイベントがスタートするのだ。

「よく眠れましたか皆さん!」

 踏み台の上でぷっくりとした顔を皆に見せているハッグ。彼の目もキラキ

ラとしていて、これから起こるイベントに期待を宿しているような瞳だ。

「長々とここで話していると貴重な時間が失われてしまいます! ですから

さっそく宣言したいと思います!」

 皆が突然シーンとなり、時には喉が鳴る音がどこかから聞こえてくる。

「それでは! 【第十七回・トロロミート争奪祭】開始ィィィッ!」

 いつのまにか用意したのであろう、をハッグがその手で鳴らした。す

るとの子を散らしたように、一斉に動き出す参加者たち。

「よし! 俺らも行くぜ!」

 アノールドの先導のもと、日色たちも【サブル高原】へと向かった。

 高原は地図で確認した通り、広大な規模だった。緑豊かな自然が大地に

えており、岩場や小高い丘なども発見できた。

 だがそれよりも注目すべきなのは――――――――

 見れば、確かに紙に書かれていたモンスターと一致する生物がポツポツと

てんざいしていた。

 ダックの名の通り、黒い毛を宿したアヒルを大きくしたようなモンスター

だ。しかしアヒルと決定的に違っているのは、その足の長さである。

 まるでダチョウを思わせるその脚線きやくせんは、なかなかに美しさを備えている。

大きさはマチマチだが、それでも大人と同じくらいはある。

 それに黒い毛だが、本当に羽毛で構成されているのかと思うほど、鋼のよ

うに硬そうなつやびかりを放っている。まるでよろいでも着ているような錯覚を覚え

る。

「まずは狙いを定めるぞ」

 日色はまずターゲットを絞ることに決める。を追う者は一兎いつとをも得ず

の言葉通り、手当り次第には臨まない。

「ヒイロさん、あのトロロダックはどうでしょうか?」

 ミュアが指を差した先には、まだこちらに気づかずに草をボリボリ食べて

いるトロロダックがいた。他のと比べても大きい方であり、誰もまだ目をつ

けていないようだ。

「でかしたぞチビ。アレならちょうどいい」

 大きい方が文字を当てやすいし、動きも小さいよりは遅いと判断した。そ

して何より大きい方がいっぱい食べられる。

「作戦通りにやるぞ! いいか二人とも!」

「おうよ!」

「は、はい!」

 日色の掛け声にアノールドとミュアが応える。

 三人はバラバラに動き、トロロダックを中心にして囲うような位置をとる。

ここで三人の内、誰に反応するかで次の行動が決まってくる。

(オレのところに向かって来い。そうすればすぐに終わらせてやる)

 今、日色の指先には『止』という文字が存在している。この文字さえ当て

ることができれば動きはそこで止まる。それに一番書きやすい字でもあるから

選んだのだ。

(無駄だまは使えない。さあ…………誰に向かう?)

 ジリジリと三人が近づくと、さすがに気づいたようでトロロダックは頭を

上げて、まずアノールドを視界に捉える。

(よし! これでオッサンに向かう可能性は低くなった。あとはチビだが

……作戦通りだぞチビ!)

 心の中で日色は言う。作戦とは、まずアノールドとミュアがほぼ同時にト

ロロダックに近づき、日色がやや遅れて近づく。そうすれば先にアノールド

たちに気づいたトロロダックは、彼らがいない方向へと逃げると推察。

 そこへ日色がすかさず近寄って文字を放つ。あまりトロロダックから離れ

てはいけないので、距離感が重要だったが、どうやら作戦は上手くいきそう

だ。

 あとはミュアがトロロダックに存在を知らせれば日色の方へ逃げてくる可

能性が高い。そしてついにトロロダックはミュアに視線を向ける。だが――

――――

 何を思ったのか、突然トロロダックはミュアに突進しだした。

「何っ!?」

「ミュアッ!?」

 日色とアノールドが同時に叫ぶ。ミュアも作戦になかった行動をトロロ

ダックが起こしたので身体を硬直させている。このままだとダイアモンドの

硬度と匹敵する身体で体当たりを受けてしまう。

「させるかよぉっ!」

 咄嗟にアノールドが大剣をトロロダックに向かって投げると、トロロダッ

クは避けるように大きく跳び上がり、ミュアの頭を飛び越えて去って行った。

「ミュア、大丈夫か!」

「う、うん……び、びっくりしたよ……」

 二人はホッと胸をで下ろす。そこへ日色が近づいて来て、

「まさかあんな行動に出られるとはな」

「まあ、だからハントは難しいんだけどな。それがだいでもあるけど」

 アノールドの言う通り、しょせんは頭だけで考えた計画。事実は小説より

なりというが、いざ現場では予想外がとてもよく起こるのだ。

 それがハントの醍醐味でもあり、それを踏まえて成功した時は、得も言わ

れぬ達成感と充実感を手にできるのだ。

「けど、どうするよヒイロ」

「…………」

「見たところ、他の参加者も手こずってるようだぜ」

 彼の言う通り、周りを見れば多くの参加者が日色たちのようにチームを組

んでハントに赴いているが、トロロダックの素早さの前に肩を落としている。

 ただその中で一人だけ、たった一人でトロロダックと相対している人物が

いた。遠目で後ろ姿しか映っていないから顔は分からないが、黄色い髪をし

ている人物だった。

(ずいぶん小さい奴だな……)

 その人物はトロロダックと比べても小さかった。まさか子供かと思ってい

る時、

「おいヒイロ!」

「……あ? 何だ?」

「何だじゃねえよ。これからどうするんだよ」

 そうだ。今はとにかくトロロダックを捕まえなければならないのだ。どう

やら先程逃げた奴は、すぐそこで草を食べているようだ。

「そうだな……今アイツは元気そのものだ。少し弱らせてから、捕縛する」

「……つまりは?」

「追いかけ回すぞ」

「こら待てぇっ!」

 アノールドが大剣を振り回しながらトロロダックに先程から何度も挑んで

いるが、見事に攻撃をかわされてしまっている。

 日色はその隙をつこうと探っているが、

「ここだっ!」

 トロロダックに向けて『止』を放つが、それも寸前のところで避けられて

しまう。驚くことに、日色の動きに気づいてから避ける速さが尋常じゃない。

魔力消費は、魔力回復薬を服用すればいいが、そう何度も馬鹿みたいに数を

撃っているだけでは仕方がない。

 実際に以前使用したことのある『隠』で、存在感を限りなく薄くしても、

人とは違って野生の生物は勘が鋭いらしく、近づこうとしたらすぐに反応を

返してくる。

 また刀に『伸』の文字を使用して一気に串刺しにしてやろうとも考えたが、

これも簡単に避けられてしまう。何と言っても反応速度と、野生の勘は恐る

べきタッグである。

 どうすれば捕らえられるか思案していると、ミュアが日色に提案してきた。

「ヒイロさん、やっぱり罠を仕掛けましょう!」

「……どんな罠だ?」

「昨日考えた中では、やっぱり落とし穴の作戦が良いと思います」

「オレが魔法で穴を作るから、その上に奴を誘導するってやつか?」

「はい!」

 だが一度文字を書いた以上、日色はそれを発動しなければ新しい文字は書

けない。無論失敗すれば魔力の無駄になる。それに時間をかければかけるだ

け、草を食べ終わったトロロダックがここから去る可能性が高くなる。

 ここはミュアの提案に一度乗ってみるのも良いと日色は思った。

「なら、あそこの岩場に追い詰めるぞ。オレは先に行って罠を仕掛けてお

く」

「はい!」

 汗まみれになりながらもアノールドはミュアから話を聞いて、トロロダッ

クを誘導していく。しかしなかなか上手く言うことを聞いてくれない。

 そんな彼を見たミュアは、覚悟をしたような瞳を浮かべると、

「コッチだよ!」

 手に餌である草を持って走り出した。

「ミュア、何を……?」

 当然アノールドは疑問に顔を歪めたが、トロロダックはそんなミュアを追

いかけ始めた。だがミュアの走りではすぐに追いつかれてしまう。

「ミュア! 危ねえからさっさとそれを捨てろぉ!」

 アノールドの忠告が耳に届いていてもミュアはそのまま走り続ける。目の

前には岩場がある。そして、地面には青白い文字が光っている。

「チビ! そのまま突っ切れっ!」

 日色の叫びがミュアに対して放たれる。

 もう少しで追いつかれるという時、ミュアが文字の上を通り過ぎ、そして

すぐにトロロダックがその上に足を踏み入れたせつ――――――

「落ちろ! 《文字魔法ワード・マジック》っ!」

 トロロダックの足元に突如として出現した穴。吸い込まれるようにしてト

ロロダックは穴へと落下していった。

「「「やったぁっ!」」」

 三人はいちように作戦が成功したことに喜んでいた。ミュアは盛大に息切れし

ながらも、自分が役に立ったことが嬉しいのか頬が緩んで上気していた。

「ったく、無茶するぜミュア~」

「ごめんねおじさん。でも上手くいったよ!」

「……ああ、さすがは俺の娘だぜ!」

 そう言いながら彼女の頭を撫でるアノールド。そしてアノールドもまた大

きく深呼吸して穴を覗き込む。

「ま~ったく、苦労させやがって、けどこれでよう……やく……?」

「……どうしたのおじさん?」

「……いねえ」

「へ?」

「だ、だからいねえんだよ! 奴がっ!?」

「何言ってる?」

 日色もそんなわけがないと思い穴を覗き込むが、そこには確かに何もいな

かった。

「どういうことだ? 確かに奴は落ちた……何故…………ん?」

 穴の底をよく見ると、作った覚えのない横穴が開いていた。

「ま、まさか……」

 日色が呟いた瞬間、ドガガガガァッと近くの地面から何かがい出て来た。

それは間違いなく先程落としたはずのトロロダックだった。

「おいおい、穴掘りまでできるのかよ!」

「なるほどな。これは骨が折れる」

 さすがの日色も苦笑が漏れる。だがこれだからこそ、ここ数年誰もが捕獲

できなかったのだろう。何とも全てにおいて回避、逃亡能力が特化した生物

である。

 しかも何事もなかったかのように、草を食べ始めている。何だかお前らが

何をしたところで無意味だと言われているようで日色はムカついてきた。

 日色はすかさず自分に『速』の文字を書いて、速度を急激に上げた。そし

ぐ突っ込んでいく。

 突然れつな動きを見せた日色にアノールドたちだけでなくトロロダックも

驚いたようだ。

(そのまま驚いて固まってろっ!)

 日色は腰から《とう・ツラヌキ》を抜き、そのまま振り下ろす――――

 キィィィィンッ!

 まるで刃物同士が合わさったような音が響くだけ。相手の身体を斬り裂く

ことはできなかった。だがこれは想定内。

 日色はそのまま刀を捨てると、トロロダックの身体にしがみついた。無論

大人しくしているトロロダックではないので必死に振り落とそうと暴れてい

る。

(くっ……ここであと数十秒、文字効果が切れるのを待てば、新しい文字で

トドメをさせる!)

 そう、日色の考えはそれだった。だが効率が良いとは言えない、出たとこ

勝負である。一度発動した『速』の文字効果は一分続く。その間、新しい文

字が書けないので、先に書いていた『止』を書くためには、効果が切れるま

でしがみついている必要があるのだ。

 しかしこれは良い作戦ではないだろう。力技も力技。日色のしがみつく力

と、トロロダックの振り払う力との衝突。ハッキリ言って、身体能力を考慮

すると、日色にとって分が悪いとしか言いようがない。

 半ば自棄やけになった感じの日色だが、必死に歯を食い縛って耐えている。し

かし突然トロロダックはその自慢の脚力を利用して高く跳び上がり、そして

地面へとものすごい勢いで落下した。しかも日色がしがみついている背中からだ。

(くそっ! 知能はそんなに高くなかったんじゃないのかよ!)

 こぼすも、このままだと地面とダイアモンド並みの硬度を持つ物体と

の挟み撃ちになるので、仕方なく日色はその手を離すことになった。

 そのまま受け身を取りながら地面に着地したが、それでも強く地面に身体

を衝突させたため痛みに顔を歪ませる日色。そして地面に落下しても無傷な

トロロダック。本当に厄介なモンスターだった。

 だがその時、空に飛び上がった日色たちを見て、ミュアがある作戦を思い

ついた。その作戦を日色たちに言うと、

「なるほどな。それなら奴も自由に動けない……か」

「けど、俺の役目ってしんどいのばっかだな……」

「ご、ごめんおじさん……」

「アハハ! せっかくミュアが立ててくれた作戦だ! 必ず成功させてや

らぁ!」

 そうして日色とアノールドは再び相手と対面した。

 日色は岩場から自分の二倍ほどの大きな岩石にある文字を書く。そしてア

ノールドに目配せした。彼もまた額から汗を流しながらも頷く。

 そして大剣のつかを握りしめる手に力を込め、

「はあぁぁぁぁぁぁ……!」

 風がアノールドの持つ大剣に集束していく。

「お前ら! 離れてろよぉ!」

 アノールドにそう言われ、日色はミュアとともにその場から大きく離れた。

そしてアノールドは岩場を使って大きくジャンプすると、眼下にいるトロロ

ダック目掛けて、

「《風陣爆爪ふうじんばくそう》ぉぉぉっ!」

 本来は地上から上空へ向けて放つ獣人特有のわざである《化装術けそうじゆつ》なのだが、

それとは逆に竜巻のような風を上空からトロロダックに向けて放った。

 そのせいでトロロダックは風に押されて動きが若干遅くなる。そしてア

ノールドはすぐさま動きに制限がかかったトロロダック目掛けて、今度は地

上から同様の《風陣爆爪》を放つ。

 避ける間もなかったトロロダックは、そのまま上空へと押しやられる。し

かしまだ攻撃は終わっていなかった。

 アノールドはもう限界ギリギリといった表情で、今度は岩場に向かい、

「《風陣爆爪》ぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 すると徐々に大小様々な岩が浮き始め、竜巻に乗って空に舞い上がってい

るトロロダックに向かって飛ばされていく。

 トロロダックは恐らくこう思っているだろう。岩をぶつけてダメージを与

えるつもりだと。だからさほど慌てておらずジッと岩を見つめている。

 大岩でも自分の防御力の方が上だと信じているのかもしれない。だが、ト

ロロダックは決定的に間違っている。何故ならば、ミュアが立案した作戦は、

岩をぶつけてダメージを与えることが目的なのではなく、岩を当てること自

体が目的なのだから。

「これで終わりだ! 《文字魔法ワード・マジツク》発動っ!」

 日色の言葉が終わると、空に浮かんだ岩の一つから放電現象が起き、ゴツ

ゴツした岩がグニャリと歪んだ。そしてその岩がトロロダックに当たる。

 だが奇妙なことにトロロダックは、岩にはじかれることなくそのまま何故か

岩にくっついたままである。さらにそのまま地上へと落下してくる。

 ドスゥゥゥゥンッ!

 盛大に地響きを上げながら落下してきた岩の雨に、日色とミュアは近づく。

そして目の前の光景を見てホッとあんの息を吐いた。

 トロロダックは、必死に身体を動かしているが、一つの岩に張りついたま

ま身動きを取れずにいた。岩がまるでモチのように伸びて、トロロダックの

行動を制限している。

 そして軽く溜め息を吐き、日色は呟く。

「ふぅ、まさに鳥モチ……だな」

 作戦としてはこうだった。まず日色が、トロロダックがかついでも動けな

いほど大きい岩に『粘』の文字を書く。これは以前、日色が戦った相手に

使ったことのある文字である。

 モチのように形態をグニャリと変化させて、凄まじい粘着力を現象化する

この文字は、一度張りつけば一人ではどうにもできないのだ。

 そしてそれをミュアは覚えていたのだ。その文字を利用すれば、トロロ

ダックを捕縛できると考えたのだ。

 だがそのままではどうしようもない。この岩にトロロダックをおびき寄せ

るのはどうすればいいか。いや、おびき寄せるのではなく、この岩自体をト

ロロダックにぶつけて、その際に発動すればいいのだと。

 そこでアノールドには大変だが、トロロダックが自由の利かない空へ押し

上げる役目を任せたのだ。結果的に、大技を三発連続という無茶な注文に

なったが、それが確実であることは日色とアノールドにも理解できた。

 無論どの岩に文字を書くかは事前にアノールドには教えておいた。そして

アノールドはその岩を上手く飛ばしてトロロダックに当てたのだ。

 他にも大小様々な岩も幾つか飛ばしたので、トロロダックも下手に動かず

に防御に集中すると踏んだのだ。

 自身の防御力に絶対の自信を持つ相手の思惑を利用した作戦。それが見事

にハマり、見事捕獲に成功したのだ。

「はあはあはあはあ……あ~しんどぉ~っ! も~ダメだ! 動けねえぇ

……」

 アノールドは地面に寝転び、激しく息を乱していたが、作戦が成功したこ

とでその顔は満足気だった。

 日色はトロロダックに近づいて、『軟』の文字を相手の身体に書く。する

とカチカチだったトロロダックの皮膚が見事にフニャフニャに変化した。

 ちなみに普通なら『粘』の効果が切れてからしか新しい文字は使えないは

ずだが、こんなふうにを変化させる文字は一分が過ぎようが効果

は持続するのだ。

 だからそのまま新たな文字も普通に書けるのだ。だから『軟』も一度書け

ば放置しておいてもそのまま効果は続く。

「手間をかけさせやがって、気絶してろ」

 防御力が激減したトロロダックの頭を攻撃し意識を奪った後、岩に『元』

の文字を書いてトロロダックを岩からがした。そして持ってきたヒモでき

つく縛り拘束し、これで討伐完了を迎えた。

 結構疲労は溜まっていたが、高原で少し休んだ後、街の広場へと戻って来

た。ちなみにトロロダックを運ぶのはそのままだと重いので『軽』の文字を

使い運んだ。

 広場に着くが、そこには誰もいなかった。街人にハッグの居場所を聞くと、

彼は自分の店にいるとのこと。何でも目を輝かせながら店へと向かったらし

い。結構前のことだという。

 店の場所を聞いて日色たちは向かうと、看板に【ハッグハッグ】と書かれ

た店を遠目にだが発見した。するとその入口から、誰かが出て来た。何気な

くすれ違うと、日色はしばらくしてから「ん?」となって振り向く。

 しかしもうそこには誰もいなかった。何となく気になったが、軽く頭を振

り店の中へと入った。

 そして手に入れたトロロダックを見せると、ハッグはまるで自分の手柄の

ように喜んだ。余程トロロダックを調理できることが嬉しいのだろう。

 そして調理には料理人であるアノールドも興味を示した。身体はかなり疲

弊しているが、調理の難しいトロロダックの捌き方を教わる良い機会だとい

うことでともに調理することにしたようだ。

「なあ大将、そういや俺らだけか、コイツ持ってきた奴」

 アノールドがハッグに聞くと、彼はニカッと白い歯を見せると、

「いやいや、今日はすっごい! 君たちで二組目だよ!」

「そうなのか?」

「まあ、二組目って言ったけど、一組目はたった一人だったんだけどね」

「嘘だろ? おいおいコイツを一人でって……余程すげえ奴なんだろうなぁ

~」

「見た目は黄色い髪した普通の子供だったよ?」

「アハハハハ! 大将も冗談がうめえや!」

「い、いや、冗談じゃないんだけど……あ、でもも~っとすっごいのは、一

人でトロロダックを全部平らげたことかなぁ」

「おお~、そりゃどんなきよかん野郎なんだよ!」

「いや、だからね、その子は小さな子供でさ、何でもずっと旅してるらしく

て、西へ行くとか言ってたなぁ」

「へぇ、西には俺たちがこれから向かう【ロギさんがく】があるけど、あそこは

モンスターも多いし、一人で行くなんてやっぱすっげえつええ野郎なんだろう

なぁ」

「いやね、だから野郎じゃ……って、まあいっか。ワタクシはコレが捌ける

だけで満足だし~」

「おう、見せてもらうぜ、大将の腕前!」

 アノールドとハッグが調理話に花を咲かせているが、日色は先程ハッグが

言った言葉を気にしていた。

(黄色い髪の子供……か、それに西へ向かってる。もしかしたらはちわせし

たりするかもしれないな。いや、そんな偶然はないか……とにかく今はそん

なことよりもこの空腹を何とかしたい)

 あの【サブル高原】で見た奴だろうと思ったが、腹が物凄い警告音を鳴ら

すので、どうでもいい考えをするのはめて、とりあえずお茶で空腹を紛ら

わせた。しばらくすると、グツグツとキッチンの方から何かを煮ている音が

聞こえてくる。

(あ~早く食べたい。今直ぐ食べたい)

 キッチンから香るニオイは良いものなのだが、空腹の日色にはかなりこた

る。さっきから腹の中が祭りでもしているのではないかというくらい騒いで

いる。

 日色はあふれ出てくるよだれとともにお茶を腹に流し込む。ふと隣で座っている

ミュアに視線がいくと、彼女の小さな鼻をひくつかせて目を輝かせている。

 彼女もまた料理が出来上がるのが楽しみなのだろう。

「お待ちどおさまだよ~!」

 待ちに待ったハッグの声が聞こえた。ニオイのせいでもう少しでキッチン

へと潜り込むところだった。

 テーブルに所狭しと並べられた料理の前に日色とミュアは同時に喉を鳴ら

す。

「トロロダックはね、皮膚は物凄く硬いけど、肉は信じられないくらい柔ら

かくて、かつジューシーなんだよ! まずはその《トロロミートの刺身》を

食べてごらん。トロロダックの肉は、青魚みたいに独特のニオイなんてなく、

また生でも食べられるんだよ」

 ハッグの説明を聞き、皿の上に乗っている刺身を見る。見た目はピンク

サーモン的な色をしている。だが見ただけで極上の霜降りだと分かるように

テカテカと輝いている。

「それをこの小皿に入っている《梅汁うめじる》につけてどうぞ」

 小皿には赤色のタレが入っていた。言われた通りそれにつけて口にする。

「はむ……んんっ!?」

 これは驚いた。口に入れた瞬間、まるでアイスのようにけてなくなって

しまった。濃厚な脂ではあるが、臭みも全くなく、とてつもなく美味い。

 それにこの《梅汁》との相性が抜群で、梅の酸味が食欲をそそり、脂のし

つこさを消してしまっているようだ。

「お次はこれね! 《トロロミートのからあげ》!」

 これはもう見ただけで分かった。パリパリとした黄金色の衣を身に纏った

塊。フライの王道。これが美味くないわけがないのだ。

「もぐもぐ……おおっ!?」

 これまたジューシー。むと中からにくじるが溢れ出てきた。これはご飯が止

まらないおかずの王様だと日色は格付けをした。

「そこにあるのは《トロロミートどん》だよ! 軽くあぶった《トロロミートの

切り身》と、卵を絡めてささっと火を通した丼!」

 ゴクリと喉から音が鳴る。ハッキリ言って丼から物凄い良い香りが漂って

くるのだ。よく見ると、卵とともに、肉がトロリと溶けている。それがご飯

に絡んで、見た目だけですでにテンションが上がる。

 一口食べてみると、これまた口の中ですぐに融けてなくなる。卵とトロロ

ミートの風味が口の中いっぱいに広がり日色の顔もこうこつに緩んでいく。

 ミュアもまた「ふわ~おいしいよぉ~」と言いながら頬を上気させている。

(イベントに参加して良かったな)

 日色も苦労はしたけど、それに見合う分はこうしてたんのうできていると思い

満足気だった。そこへアノールドがキッチンから皿を持って出て来た。

 そう言えば先程から姿が見えなかった。

「ほれお前ら、コレも食ってみろ! 自慢の一作だ!」

 そうして出されたのは、《トロロミートのステーキ》だった。

「……確かに美味そうだが、自慢の一作と言えるのか? ただ焼いただけに

見えるが?」

 見た目は見事に食欲をそそるステーキだが、それほど難しい調理法なのか

と思い首を傾ける日色。

「バッカお前! この《トロロミート》はな、焼く前に、その身を一定の温

度を保った湯ででる必要があるんだよ! 少しでも茹で上げる時間間違っ

たら……ああなる」

 そうしてアノールドが指差した方向を見ると、そこには真っ黒に変色した

塊が結構な量あった。

 実際、《トロロミート》を調理する際に、まず初めに行わなければならな

いのは85℃の湯で十分間茹でること。

 しかもただの湯ではなく、塩と少量の油、そして酒を絶妙な配分で茹でな

いと、肉は真っ黒に変色して身が硬くなりとてもではないが食べられなくな

るのだ。

 日色が聞いた鍋の音は、肉を茹でている音だったらしい。

「それで? オッサンの失敗のせいでああなったと?」

「……ま、まあ失敗は成功のもとって言うじゃねえか! なあ、ミュアもそ

う思うだろ?」

「え、あ、うん、そうだね」

 それにしてもあの量は失敗し過ぎではと思う日色。……もったいない。

「いや~でもアノールドちゃんは筋が良いよ~。さすがは世界を渡り歩いて

きた料理人だね!」

「おいおい大将、そんなに褒めんなよぉ~!」

「そうだぞ、そいつはすぐに調子に乗る幼女好きだ」

「誰が幼女好きだっ! ちょ、おい大将、真に受けて一歩引かないでくれ

よ!」

「あ、あはは! ウンウン、大丈夫! ワタクシは理解ある方だよ?」

「その視線が痛ぇぇぇぇぇっ!」

 ハッグの店がアノールドが騒いでにぎやかになっている中、日色もせっかく

だからとステーキを口へと運んだ。

 なるほど、これは確かにステーキとしても超一流の味だった。絶妙な塩加

減と焼き加減。そのお蔭か、何度口へ入れても飽きがこない。

 中からはトロロ~とした融けた部分が外へと流れ出てくる。もったいない

と思い、すぐに口内へ放り込んでいく。あっという間に平らげてしまった。

 アノールドも同じように料理に舌鼓を打ち、うるさく騒いでいた。美味い

のは分かるがもう少し静かに食べてほしいものだが、日色もまたその気持ち

は分かるのであえて責めることはしなかった。

 最後に熱いお茶で喉を潤し、皆で「ごちそうさま」をして、《トロロミー

ト》料理の実食は終わった。

 店の前で日色たちは再度、美味い料理を作ってくれたハッグに礼を言った。

「いやいや、ワタクシも久しぶりに腕を揮えて嬉しかったよ! 来年もまた

是非君たちには参加してもらいたいよ!」

「ああ、必ず来ると約束しよう」

 そう答えたのは日色だ。何故ならトロロミートの魅力にすっかり日色はや

られてしまったからだ。是非また食べに来ることを心に誓う。

 今回の出会いで、日色は異世界での楽しみがまた一つ増えたと喜びを得た。

 そして日色たちはハッグの店を後にした。三人の顔は、その日ずっと、日

が沈んでも緩み続けていたままだった。

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