ep23. ワイルドキャット再び !? ドウォッフ族の宝を死守しろ! 後編

 じんが住む大陸であるかいで、仲間たちと旅をしている時に出会った『ドウォッフ族』の少女――ナウの依頼で、彼女が住む地中に向かうことになった。

 そこでは謎の生物が暴れており、一族を救ってほしいという依頼である。

 おかむらいろは、彼女たち『ドウォッフ族』が主食としている《エンシェントフラワー》を使った料理を報酬として動いていた。

 謎の生物――ギアキーパーと呼ばれるロボットとたいし、魔法を無効化する能力にはつしていた最中、かつて人間界で出会った大怪盗ワイルドキャットを名乗る少女のネネリスが助けにきた。

 そして彼女からギアキーパーがどういう存在なのか聞かされることに。

 それは彼女の祖父であった初代ワイルドキャット――リュンクスが、仲間とともに造り上げた“機械仕掛けの番人”だということが分かった。

 地中にはほこらがあり、そこを守る存在らしい。

 その祠にまつられてあった紫水晶のような石を、二人の『ドウォッフ族』が盗んでしまったことで、ギアキーパーが取り返すために動き出したのである。

 しかし石を隠したバルトという男は、ギアキーパーの追撃によって命を落としてしまう。

 そこで残りの一人――リトンの案内で祠に向かい、日色たちはどうすればギアキーパーが止まるか調べることに。またネネリスは、隠された石を探しに向かった。

 そうして日色は情報を、ネネリスは石を手に入れて地上へと戻ってきたのだが、日色が皆の前で発表した事実に、『ドウォッフ族』たちは言葉を失って固まってしまったのだ。

「――――マグマ? ヒイロ、地下にマグマがあるというのかのう?」

 尋ねたのは比較的冷静なネネリスだ。

「ああ、“破局噴火はきよくふんか ”って知ってるか?」

「は、破局? 何なんじゃよ、それ」

「“破局噴火”ってのは、地下でうごめくマグマが一気に地上にふんしゆつする噴火形式だ。これは最悪の形式でな、世界規模の環境変化とか、生物の大量絶滅のきっかけになったりすることもある。その噴火が今にも起こりそうだってことだ」

「そ、それは大変なんじゃよぉ!?」

 大規模なカルデラの形成を伴うことから“カルデラ破局噴火”と呼ぶこともあり、またそのような噴火をする巨大火山を“スーパーボルケーノ”と称することもあるらしい。

 ちなみにカルデラとは、火山活動によってできたくぼのことである。侵食や埋没によって地表にハッキリとした凹地が形成されていない場合もそう呼ぶのだ。

 ここは特に凹地には見えないので、恐らく後者のタイプだったのかもしれない。

「この近くに街とか集落はないし、噴火したとしてもここにいる連中は今逃げれば問題ないからいいが、間違いなく地中の『ドウォッフ族』の住処すみかは潰れる上……」

「《エンシェントフラワー》も呑み込まれてしまう……っ」

 青ざめた表情のナウのつぶやきに対して、日色がうなずきで答えた。

「そ、そんな……それは本当のことなのかね? 今までマグマの存在などまったく……」

「それはその石を調査すれば分かるだろうな」

 族長であるウィットの言葉に対し、日色はネネリスの持っている石をジッと見つめながら右手の人差し指に魔力を集束させる。

 青白い光が指先を照らし、そのまま指を動かしていくと、空中にせきが作られ、それがある文字を形成していく。

『鑑定』

 これが日色の扱う《文字魔法ワード・マジツク》の力。書き上げた文字の意味を現象化することができるのだ。

 この文字により、誰もその存在の意味を知らなかった石を鑑定することができる。

 文字を発動した瞬間――日色だけにしか見えないが、目の前にステータス画面のようなものが映し出される。


《シールストーン》

 初代魔王の血液と、様々な鉱石を混ぜ合わせて生み出された封印の力を持つ石。それがリュンクスの手によって改良され、地底に存在するマグマ溜まりの動きを封印することに成功していた。ただし、封印座標から取り除くと封印力は弱まり、再びマグマが活性化する恐れがある。


(……初代魔王? そんな者の手が加えられてるってのか)

 日色の旅の目的地の一つに、魔界に唯一存在する国――【こく・ハーオス】へ向かうというものがあるのだが、そこを統治しているのが魔王という存在だ。その魔王が今は何代目になるかは分からないが、初代というのであればかなり昔の話ではあるのだろう。

「ヒ、ヒイロ? 何か黙ってるとすっごく怖いんじゃよ……」

 日色が《シールストーン》を見つめて何も言わなかったので、ネネリスだけでなく他の者たちも恐怖感を増大させたような表情を浮かべている。

 しかし旅仲間である赤髪の少女――リリィン・リ・レイシス・レッドローズだけは、日色が何をしているのかあくしているかのように、いつもと変わらずぜんとした様子で、

「――何か分かったのか?」

 と尋ねてきた。 

 日色はふぅっと小さく溜め息をくと、鑑定した《シールストーン》についての情報を全員に行き渡らせる。初代魔王の名を出した時、リリィンが不愉快気に眉をピクリと動かしていたが、日色は気が付かなかった。

「―――ちょ、ちょっと待ってヒイロ。それじゃ何か? そこの獣人の祖父が造ったロボットや石は、この地を災害から守るためのものだったっての?」

 信じられないといった面持ちで聞いてきたナウに対し、軽い頷きで日色は答えた。

 ナウはいまだネネリスのことを信じていなかったようなので、その内容を聞いて愕然とした様子を見せる。いや、彼女だけでなく他の『ドウォッフ族』たちも同様のようだ。

 魔人と獣人……というより対種族同士の仲が悪いのは、この時代で当然になってはいるが、他種族が魔界を守ろうとしていた事実にショックを受けているのだろう。

 特にナウなんかは、ネネリスと険悪な感じだったため、バツが悪そうな感じではある。

「そういうことだな。昔はこの近くにも集落があって、ここで“破局噴火”が起こればそこが壊滅する。そうでなくともここら一帯がマグマに包まれて住める土地じゃなくなってしまう。そう考えた山猫の祖父は仲間たちとともにマグマの動きを封印することに決めたんだろう」

「確かにヒイロの言う通り、昔はこの周囲に幾つか魔人たちの集落があったと聞く。今でこそ地中の『ドウォッフ族』のみになってしまったがな」

 数百年以上生きているリリィンの言うことならその通りなのだろう。

「ウニャニャ~、やっぱりおじいちゃんは正義の大怪盗だったんじゃな!」

「怪盗に正義もクソもないだろ、アホ」

「アホとは何事なんじゃよ、ヒイロ!」

 怪盗をけなされるより自分を貶される方に怒りを覚えるとは、やはりまだまだ子供だなと日色は思った。

「とにかく、その《シールストーン》を元の場所に設置して、再び封印し直さなければ、そのうちここはマグマの海と化すぞ」

 日色の言葉にナウたち『ドウォッフ族』たちは表情を強張らせる。

「……て、手伝ってくれるのか、ヒイロ?」

 震えた声でナウがすがるように聞いてきた。

「当然だ。マグマが噴火すれば《エンシェントフラワー》が食べられなくなるだろうが」

「ノフォフォフォフォ! やはりヒイロ様はご自分の欲求に真っ直ぐでございますなぁ!」

 リリィンに仕えている執事であるシウバ・プルーティスがカラカラと笑いながらひげを擦っている。

「さすがは師匠ですぞ! ボクもお手伝い致しますぞ!」

 何がさすがなのかは分からないが、日色を究極にした珊瑚さんご色の髪の少女――ニッキもまたやる気十分のようだ。

「フン、しかし貴様の魔法でマグマそのものを何とかすればよいのではないのか?」

「あ、確かにお嬢様の仰る通り、ヒイロ様ならそれができそうです!」

 リリィンの意見に賛同するのは、これまたリリィンに仕えているドジメイドこと――シャモエ・アーニールである。

 しかし日色は彼女たちの期待には応えられなかった。

「残念だが、災害級の事象を永遠に何とかするのはオレの力だけじゃムリだろうな」

「ほう。ずいぶんと弱気なことを言うではないか」

 挑発めいたことを言ってくるリリィン。

「一応この下を確認してみたが、マグマの量も膨大だ。敵は大地そのものっていっても過言ではないほど強大な存在だろ? 一時的ならオレの魔法でも何とかなるだろうが、それを永久的に持続させるには今のオレの力じゃ足りない」

 日色の扱う魔法――《文字魔法ワード・マジツク》には、《一文字魔法》、《二文字魔法》、《三文字魔法》とあるが、数が増える度に効力も範囲も大幅に増す。

 しかし直感的に、世界の環境を変化させるような大災害レベルの事象を何とかするには、力不足だと感じている。

(もしこの先にある《四文字魔法》が扱えるようになれば話は別になるかもしれないが)

 少なくとも今の日色ではマグマを完全に鎮めることはできない。

「では《シールストーン》を元に戻すという方法しか、この地を救う方法はないということだな?」

 リリィンの問いに、日色は頷きで答えた。

 すると再びゴゴゴゴゴゴと音を立てて大地が揺れ始める。皆が一斉に警戒態勢を整え、転倒しないように足を踏ん張ったり何かにつかまったりしていた。

 十秒ほどの大きな揺れが終わった後、

「……むむむ、どうやら残された時間はあまりないようでございますな」

 シウバが深刻そうな表情で口を開いた。

(そうか。初めて地中に足を踏み入れた時にも揺れがあったが、あれはロボットの仕業じゃなくて、噴火の前兆だった可能性が高いな)

 そう考えたら、揺れの間隔が段々短くなってきているように思える。シウバの言う通り、残された時間は少ないかもしれない。

「おい赤ロリ」

 赤ロリとはリリィンのことである。彼女は「何だ?」と日色の方に顔を向けた。

「これからオレは、その《シールストーン》を持って祠へと戻る」

「ふむ。ならばワタシも行こう。貴様も大分と魔力を消耗しているようだしな。ギアキーパーに襲われたらたまったものではあるまい」

 彼女の言う通り魔力残量は気にしなければならない。それにギアキーパーには直接魔法が通じないので倒そうにも威力不足になりそうだ。

「ウニャ! ならワシも行こう!」

 そう、魔法は通じないが、ネネリス――獣人が扱う《化装術けそうじゆつ》が通じるのはすでに確認済み。ギアキーパーを足止めしたりするには彼女の力は頼りがいがあるだろう。

「師匠! ボクも!」

「いや、ここからは少人数で行く。お前はジイサンたちと一緒にここからできるだけ離れろ」

 万に一つ、噴火が起きてもそれに巻き込まれないようにするために。

「そんな!? ボクはいつでも師匠のおそばに!」

「今のお前じゃ、まだあしまといだ。これは師匠命令だ、いいな」

 それだけを言うと、ニッキに背中を見せた。

 ニッキは冷たく突き放されたと感じたのか、「うぅ……」と意気消沈している。彼女の肩にそっと大きめの手が置かれる。それは――シウバだった。

「シウバ殿……ボクは、師匠のお役に立てないのですかな……?」

「ニッキ殿、ヒイロ様のお言葉をしかと思い出すのですぞ」

「へ?」

「ヒイロ様は、“まだ”足手纏いだ、と仰ったのでございます」

「……あ」

「あなたの“今後”の可能性を信じてのお言葉です。ですから今は、ご自分ができることをわたくしと一緒にこなしましょう」

「シウバ殿…………はいですぞ!」

 日色の真意を悟ってくれたのか、ニッキもまた納得気にニカッと白い歯を見せた。

 ニッキに背を向けながら、日色はこれからの動きについて説明する。

「誰か一人、『ドウォッフ族』もついてきてくれ。地中内部をよく知ってる奴がいた方が助かるしな」

「ならアタシが行くよ!」

 と、ナウが何か思うところがあるのか、ネネリスをチラリと見てから意思表明をした。

「お、俺も……」

「ううん、リトンはみんなと一緒にこっから離れてよ」

「で、でも俺のせいで!」

「だからこそ、みんなを守って!」

「ナウ……」

「大丈夫だって。アタシは強いし。それにヒイロに頼んだのもアタシなんだ。依頼者のアタシが逃げるだけってのはちょっとさ」

「いいんだな、パイナップル娘」

「だからナウだってば……ま、いっか。うん、行くよ」

 パイナップルのような髪型をしているので日色はそう呼んでいるだけ。相変わらずのネーミングセンスではあるが、日色はその呼び名がピッタリだと気に入っている。

 これで再度祠へと向かうメンバーが決定した。

 日色、リリィン、ネネリス、ナウの四人だ。これから先、何が起こるか分からない。噴火もいつ起きるか知れない。だからこそ素早い対応が必要になってくる。

「――よし、準備ができ次第向かうぞ」


 日色は再び『転移』の文字を使用して、リリィンたちと一緒に祠へと瞬間移動した。

「ほほう、アレがおじいちゃんが造った祠というわけじゃな」

 こんな状況ではあるが、やはり尊敬する祖父が造ったものを見て、ネネリスは興味深そうにのどを鳴らしていた。

「時間がない。さっさとその《シールストーン》を祠へ戻すぞ」

 日色が《シールストーン》を持っているナウを促し、彼女も「うん」と頷くと祠の前にある鳥居に近づいて行く。――がその時、またも大きく揺れ始め、今までよりも明らかに大きなものだった。

 とても立っていられないほどの揺れであり、思わずひざをついて右手を地面に触れたが、

「――熱っ」

 つい手をすぐに地面から離してしまう。地熱が明らかに増していた。

 反射的に『透視』の文字を使って足元を確認してみる。すると先程見たマグマよりも激しい流動を見せ、今にも爆発しそうなほど活発化していた。

(マグマも明らかに盛り上がり始めてる。これは早く決着をつけないとマズイかもな)

 そう判断して、ナウに向かって叫ぶ。

「おいパイナップル頭、急いで石を元に戻せ!」

「わ、分かった!」

 まだ揺れている中でナウがゆっくりと祠へ近づき、《シールストーン》を供えようとしたその時、天井を突き破って巨大な何かが落下してきた。

 全身を鋼鉄で構成されたその巨体の正体は――ギアキーパーである。

「そこから逃げろっ、パイナップル頭っ!」

「きゃあぁぁぁっ!?」

 間一髪、ナウは後方へ跳んで踏み潰されることはなかった――が、

「ああもう! もう少しでコレを置けたのにぃ~!」

 ナウの手には、まだ《シールストーン》が抱えられていた。

(ちっ、間の悪い時に出てきやがって!)

 日色は腰元から愛刀――《絶刀ぜつとう・ザンゲキ》を抜く。

「魔法は効かないかもしれないが、こいつなら効くだろ。赤ロリ、お前はパイナップル頭をサポートして石を!」

「フン、命令するでないわ! しかしまあ、もたもたしていると噴火に巻き込まれるらしいからな」

 鼻を鳴らしながらも、素早い動きでナウへと詰め寄るリリィン。

「――待ってくれっ、ギアキーパー!」

 叫んだのはナウだった。ギアキーパーも音は拾えるようで、彼女の方に身体の正面を向ける。

「この《シールストーン》は返すから! だから襲って来ないでくれっ!」

 頼み込むが、頭頂部分がパカッと開いたと思ったら、そこから機械でできている腕が出現し、ナウへと迫っていく。ナウはとつに石を持っている両手を上げる。

 しかし腕は彼女の身体を掴むとそのまま持ち上げていく。さらに握る力を込めているのか、

「あっが……っ!?」

 明らかにもんの声を出すナウ。石を奪った者を敵として排除しようとしているのかもしれない。どうやら音は聞き取れるが、言葉を理解することはできないようだ。こちらの意志は無視している。

(石を放置して逃げた方がいいか? いや、一度こっちを敵として認識すると、殺すまで襲ってくる可能性もある。どうにか敵でないって伝えられればいいと思うが言葉が通じないのなら……やはり行動で示すしかないか)

 仮にここで石を放置して、ここら一帯の崩壊を防げたとしても、ここに住む者たちを襲うのを止めないのであれば意味がない。敵をせんめつしろとでもインプットされているのだとしたら、日色たちが敵ではないと証明するには、自らの意志をもって《シールストーン》を元の場所へ安置させることで示すしかないかもしれない。

(それでも認めてくれるとは限らないが、やるしかない、か。けどまずは……)

 捕らわれているナウと、その石を手元に戻す必要がある。

「――《水の牙》っ!」

 ネネリスが腰から抜いたナイフを振ると同時に、刀身を覆った水がむちのように伸びて、機械の腕を叩き、その衝撃で手が開きナウが落ちてくる。そのまま地面に落下する前に、ナウの身体に鞭を素早く巻き付けた。

「ウニャニャニャ~!」

 力一杯引っ張って、その場からナウを強制的に退出させて、ギアキーパーからの追撃を回避する。その際に、ナウが《シールストーン》を落としてしまい、ネネリスの足元に転がってきた。

「大丈夫かのう!」

「え……あ、う……うん」

 助けられたナウは、何故か戸惑ったような表情を見せている。ネネリスは気にしていない様子で、日色に顔を向ける。

「ヒイロ、アイツはワシが何とか足止めするんじゃよ! ヒイロにはそのサポートをお願いしてもよいかのう!」

「分かった。なら赤ロリに、その石を渡しておけ!」

「うむ! コレを頼むんじゃよ」

「面倒だが、仕方あるまい」

 ネネリスが《シールストーン》拾い上げてリリィンへ手渡す。

 リリィンはそのまま真っ直ぐ祠へと直行する――が、

「くっ、邪魔だ!」

 明らかに祠のすぐ前方に立っており、《シールストーン》を供えることができない。何とかしてギアキーパーをその場から移動させる必要がある。

 するとまたも地震が起こり始めた。今度もまた長く強大な揺れ。

(くっ……このままじゃ間に合わない!)

 そう判断した日色は抜いた刀をさやに戻して、

「山猫! ロボットを破壊してでもそこからどかせろっ! サポートはくれてやるっ!」

 半ば怒鳴りに近い声を上げながら、膝をつきながら魔力を込めた指を動かしていく。

『強化』

 文字通り、対象を強化する効果を持つ文字だ。

 当然強化するのは、ネネリスが扱う《化装術》の威力。

 文字を彼女の背中に向けて放つと、彼女もまた避けることもせずに背中で受け止めてくれた。以前にも日色の魔法の恩恵を受けているからだ。

 文字を発動すると放電現象とともに、淡く青白い光がネネリスの身体を覆う。

「ウッニャ~ッ! 何だか力が湧いてくるんじゃよぉ!」

 むふっと鼻から息を吐き出すと同時に、ネネリスはナイフを再び振るう。刀身から伸びた鞭のような水が、一本ではなくタコ足のように幾本にも伸びて、ギアキーパーの複数の足に絡みつく。

「そこから引っ張り出すんじゃよぉっ! ウゥゥゥニャァァァッ!」

 まるで綱引きの要領で、祠から離れさせようとするネネリス。しかしいかんせん、相手の身体は巨大で力も強く、相手も踏ん張っているのでなかなか動かない。

「おいパイナップル娘、お前も手伝え!」

「あ、わ、分かった!」

 日色に言われて、ナウがネネリスに近づいて彼女の持つナイフの柄に手を添えて一緒に引っ張る。

(よし、今度は二人の力を増幅させるような文字を――)

 と思ったが、いつの間にか収まっていた揺れが、またも再開した。

 すると今度は、足元に亀裂が走り始め、徐々に赤味が増して湯気が立ち上り始める。このままではここが崩れるのも時間の問題だと思った日色は、

「くっ、こうなったら!」

 大地に『耐久力』という文字を書いて即座に発動。一瞬の放電現象ののち、この空間に日色の魔力が行き渡り揺れはあるものの崩壊はストップした。

(何とかこれで時間稼ぎはできる! だがオレの魔力ももう……っ)

 さすがにここへ来てから魔法を使い過ぎた。最終的にここから脱出することになった時に使用する分は残しておかなければならない。

 なんとか二人の強化をしたかったが、もう魔法によるサポートはできないので、日色もまたネネリスの傍に行き、ともにナイフを引っ張ることにした。

 ただ相手の力の方が強いせいか、少しずつ動く感覚は得られるが、これでは時間がかかり過ぎるし――。

 ギアキーパーの大砲の照準が日色たちへと向く。

(これがあるんだっ。どうする……どうする!)

 魔法が効かない相手なので、厄介だとは思っていたが、想像以上にこのせつまった状況ではしんどいものがある。

 リリィンも祠に近づこうとしているが、まだそのスペースがない。下手をすれば、彼女に意識が向かってしまう。もし《シールストーン》を壊してしまえばすべてが水の泡と化してしまうので、彼女も大っぴらに攻撃ができないのだろう。

 そしてとうとう、ギアキーパーの大砲から弾が発射される。

「――避けろっ、ヒイロッ!」

 リリィンの叫びが届く。

(――ここまでか!)

 そう思い、最後の『転移』の文字を発動させようとしたその時――小さな人影が日色の目の前をぎった。


「――――《爆拳ばくけん》っ!」



 その小さな人影は、突き出した拳で放たれた弾を殴りつけたのだ。瞬間に爆発を生み、弾はさんし、同時に小さな人影もまた壁へと吹き飛んでいく。

 その小さな人影の吹き飛ぶ先では、黒い影のようなものが待ち構えており、優しくクッションのように受け止めることに成功した。

 日色は小さな人影を見て目を丸くして思わずつぶやく。

「―――バ、バカ弟子……っ」

 そう、そこにいたのは――ニッキだった。

「ノフォフォフォフォ! わたくしたちもおりますぞ!」

 後ろから次々とやってくるシウバや『ドウォッフ族』の者たち。

「皆の者ぉ! ナウたちを引っ張るのだぁぁぁっ!」

 族長――ウィットの姿も見え、彼の言葉で『ドウォッフ族』たちが日色たちの身体を掴んで引っ張り始める。

「師匠ぉぉっ!」

 ニッキもまたあわてて駆けつけてくる。彼女の右拳を見ると、が破れ血がしたたり落ちていた。彼女の扱う《爆拳》は日色が教えた技であり、魔力を拳に宿して爆発させるのだが、魔力コントロールが非常に難しい。

 今の攻撃で、かなりの魔力を爆発させたものの、それでもギアキーパーの攻撃力の方が大きかったのだろう。弾は何とか弾くことができたが、反動で拳が負傷してしまっている。

「お前ら……何で」

「嫌な予感がしたのですぞ! だから……だから……っ」

 恐らく叱られることを覚悟したのだろう。それでもニッキは、日色を助けようと駆けつけてくれたらしい。

 日色は不安気に見上げてくるニッキを見て、

「ったく、無茶をするな。その怪我はあとで治してやるから、お前も引っ張れ」

「――っ! は、はいですぞ!」

 そこへシウバも近づいてきて、

「あの者の攻撃はわたくしが防ぎましょう。どうやらあの弾自体は魔法でも防げる模様でございますから」

 危険だからと離れるように言ったのに、こうして誰かを心配して集まって来ている。

 そこには種族の違いなども関係ない。誰もが一つの目的のために協力している姿を見て、リリィンもまた知らず知らずに頬を緩ませていた。

 しかしすぐに表情を引き締め、

「クハハハハハハ! ワタシを動きやすくするために存分に働くがよい! 者ども!」

 まるで自分の気持ちを誤魔化すかのように大きな声を張り上げていた。

 ギアキーパーから再び大砲が放たれる。

「ノフォフォ、させませぬぞ! ――プールボール!」

 シウバの闇魔法だ。右手から生み出された黒い球体が、一気に巨大化して形を変えていき壁のような長方形になる。そこに弾がぶつかるのだが、同時につい消滅しようめつするかのように消えた。

「さあ、このシウバ・プルーティスの壁――突き破ること叶いますかな?」

 不敵に笑みを浮かべるシウバを少しカッコ良いと思ってしまったが、普段の彼を思い浮かべて日色はつい頭を左右に振ってしまった。

 そしてついに大人数の引力により、ギアキーパーが前方へと動き出す。

 全員が顔を真っ赤にしながら全身全霊で引っ張る力が、ギアキーパーの踏ん張る力を超えたのだ。

「よ、よーしぃっ! もう少しだぁっ! みんな踏ん張ってくれぇぇぇっ!」

 ナウの願いを込めた叫びが響き、さらに皆の士気が上がった。

 ギアキーパーが祠から離れつつあり、日色も心の中で「よし!」と勝利を確信する。

 ――その時。

 今まで少しの間、おとがなかった地震が、まるで力を溜め込んでいたかのように激しく活動し始めた。その衝撃により、しっかり大地を掴んでいた足場が急に不安定になり、転倒する者も出る。

(うっぐ! 文字効果が切れたのか――っ!?)

 いや、もしかしたら災害の力が魔法の力を上回ったのかもしれない。その可能性の方が高いと日色も思った。

 激しく亀裂が地面や壁、そして天井に入っていく。さらに割れた亀裂の中からドロドロに溶けた真っ赤なマグマが顔を出し始めた。

 同時にバランスを崩したネネリスの《化装術》の力が弱まったのか、水の鞭が引き千切られてしまう。完全に綱引き勝負に敗北した瞬間だった。

 再びギアキーパーが好き勝手暴れ始める。

(くそ! 祠を守る存在が暴れてどうするんだよ!)

 と、こぼしても現状が何か変わるわけではない。それは分かっているがどうしてもそう思ってしまうのも仕方ないだろう。

 それでも祠だけは決して傷つけていないので、やはり門番だということだ。

 しかし最大の揺れは、ギアキーパーの足場をも破壊することになり、地面が割れて足を取られて動きを止めてしまう。その瞬間――ナウが叫んだ。

「まだだぁぁっ!」

 ナウが壁をトンカチで叩きつけ、そこから《鍛冶戦法》――アースクリエイトにて、巨大なゴーレムを作り出す。

ぉぉっ! 頼むぅぅぅっ!」

 ナウの叫びにネネリスはハッとなって、

「《水の牙》ぁぁぁっ!」

 再び生み出した水の鞭で、ギアキーパーの頭から出現している腕へと巻き付ける。その鞭をゴーレムが掴み、全力で引っ張った。

 亀裂に足を取られて前傾姿勢になって不安定になっているギアキーパーが、ゴーレムの力でさらに傾いていく。

 そして――日色は見た。ギアキーパーが傾いたおかげで、視線の先には祠への道に障害が何もない。せんざいいちぐうの好機。

「今だぁぁぁっ、行けぇっ、赤ロリィッ!」

「お嬢様ぁぁぁっ!」

「行くですぞぉぉ、リリィン殿ぉぉぉっ!」

 日色、シウバ、ニッキとそれぞれ言葉でもって彼女の背中を押す。しかしすでに彼女は動いていた。

 ただすぐ前方からマグマが噴き出る。

「――ちっ」

 並みの者ならば、勢いのついた身体を止められずにマグマへと突っ込んで

いただろう。しかしさすがはリリィン。その小さな身体を、右足を支点にして器用に身体を回転させて軽やかに回避した。

 そのまま彼女は祠へと辿たどり着き、開いているかんのん開きの戸の中へ《シールストーン》を置く。

 皆が息をむ。リリィンでさえも初めて見せるような焦りの表情を浮かべている。

 暑さからか、額に浮かんだ汗があごしたまで流れ落ち地面に落ちてシュウゥゥッと音を立てた。

 まだ揺れも、マグマの活性も収まらない。

(もしかして遅かったのか――っ!?)

 日色がのうに過ぎる不安を浮かべて数秒後――。

 徐々に揺れは鎮まっていき、マグマもまるで生き物のようにひとりでに動いて、地の底へと戻っていく。同時に、地面、壁、天井に走った亀裂もまた粘土のようにくっついて元に戻った。

 水の鞭に引っ張られ、傾いていたギアキーパーもまた、それ以上暴れることもなく動きを止めたままだ。まるでもう戦う必要がないと言わんばかりに。

「………………ふぅぅぅ」

 日色がしりもちをついて大きく溜め息を吐き出すと、それがきっかけになったのか、他の者も心底疲れたようにぐったりとして大地に横になり始めた。

 するとそこかしこから「やった……」や「助かったのか」などと呟きが聞こえ、全員が命があることを実感したのか、


「「「「――――よっしゃあぁぁぁぁぁぁぁああああああああっ!」」」」


 と、喜びの声を上げた。



 ――本当に危機一髪だった。

 あと少しリリィンが、祠に《シールストーン》を戻すのが遅れていたならば、きっとここにいるほとんどの者がマグマに呑み込まれていただろう。

 実はこの場に最初にやってきた日色たち四人については、日色が予め四人に《設置文字》の『転送』を施していたので、最悪いつでも地上へ帰ることはできた。

 しかしシウバたちが来たことにより、もう逃げるわけにはいかなくなったのだ。

(何とか上手くいって良かったが……)

 もしリリィンが失敗していたらと思うとゾッとする。恐らくあと数秒くらいだっただろう。その数秒の戦いに勝利できたことに本当にあんした。

 だがその時、ギアキーパーが僅かに動き始める。

(おいおい、まさかまだ戦うつもりか!?)

 やはり敵と一度認識したら殲滅するまで戦うのかと思いゾッとした。

 この状態で再び戦闘するのはハッキリ言って無謀だ。もう退却一択しかない。

 警戒度をMAXにしつつも、顔を真っ青にしている者たちがほとんど。それでも死にたくないのだろう、必死に立ち上がり身構えている。

 しかしギアキーパーからは敵意のようなものを感じない。先程までは大津波が襲ってきているような感覚に陥っていたが、今はそんな感じもしないのだ。

 ギアキーパーが、ガシンガシンッとマシン音を立てながら動き、祠のすぐ横にある壊れた壁へと近づいていく。穴が開いた壁に触れるか触れないかというくらいそばによると、身体が粒子状に変化し、壊れた壁を修復していく。

 巨体すべてが壁へと変換されると、壁にギアキーパーの彫刻を彫ったような絵ができあがった。

「あ、ああ……これ、最初に見た壁だぁ……ふぅぅ」

 表情を強張らせていたリトンが、フッと頬を緩めて情報を伝えてくる。彼とその友であるバルトが《シールストーン》を奪った後、あの壁からギアキーパーが出てきたという。

 またこうやって祠を守り続けるのだろう。もうそっとしておくのに限る。

 これで本当に大災害レベルの事件が終結を迎えたようだった――。

(何とか……終わらせることができたようだな)

 日色も気づけば全身が汗まみれだった。久しく感じなかった死の予感でもあったが、どうにか皆が無事で本当に良かったと思う。

 幸運と不運が幾つか重なったが、すべては結果オーライ。こうして生きていることが勝利の証である。

「――師匠、ご無事でしたかな?」

 そこへ、ニッキが近寄って来た。

「……ここへ座れ」

 と、座っているすぐ前を指差すと、ニッキは「はいですぞ」と言って正座をする。

 そんな彼女の頭を軽く小突く。

「にょわっ!? い、痛いですぞぉ!」

「オレの言いつけを破った罰だ。結果的に上手くいったが、下手すりゃ死んでたぞ」

「うぅ……で、ですが師匠が心配で……」

「助けにきたタイミングはナイスだった。よくやった」

「師匠!」

「しかし、言いつけを破ったのは変わらん」

「あぅ……」

 完全に意気消沈して顔をうつむかせるニッキ。いつも元気一杯にピョコンと跳ねている二本のアホ毛も垂れてしまっている。

「…………手を見せろ」

「へ?」

「右手だ。さっさとしろ」

「は、はい!」

 サッと右手を差し出すニッキ。彼女の傷ついた右拳に日色は視線を落とし、人差し指で『治』の文字を書いて発動した。

「わぁ……治っていくですぞぉ」

 これくらいの傷ならば一瞬だ。光に包まれた右拳は、瞬く間に治癒した。

「ありがとうございますですぞ、師匠!」

 屈託のない笑顔を浮かべる彼女を見ると、もう怒る気も失せた。

 ――トン。

 ニッキの額を人差し指で軽く押し、

「どうせならオレがもっと頼れるくらい強くなってみせろ」

「師匠…………はいですぞっ!」

 本当に返事だけは一人前だなと思いつつ肩をすくめた日色だった。



 それから皆で一緒に《エンシェントフラワー》が存在する場所へと赴くことになった。

 正直なところ、先の噴火騒ぎで被害を被っているのではと懸念されてはいたが、祠があった場所とは正反対の場所に位置していることもあってか、辿り着いてみるとその無事な様子を確認することができた。

「――ほう、これが“永久花えいきゆうか”――《エンシェントフラワー》か!」

 思わず日色がうなるほどの美しさをたたえる花々が、およそ地中とは思えないほど一面に咲き乱れていた。

 まるでどのような状況に陥ったとしても、決して散らすことはないという意志さえ感じるくらいの生命力を誇っている。

 一つ一つが向日葵ひまわりのように大きく天に向かって伸び、オレンジ色の花びら一枚一枚は百合のように大きく外側に開いていた。それが数え切れないほどに視界を埋め尽くしている。

「ふむ、この甘いニオイはみつの香りか?」

「うん、リリィンの言う通りさ。この《エンシェントフラワー》からは大量の蜜も取れるから菓子作りもできるんだ」

 ナウが前に言っていたが、本当に何にでも調理できるような万能の食材でもあるらしい。

「しかし本当にコレが無事で良かった。もしマグマに呑み込まれていたらと思うとやり切れなかったところだ」

「ノフォフォフォフォ! ヒイロ様らしい発言にございますなぁ!」

「クイクイ~! ミカヅキもごしゅじんといっしょにい~っぱいたべたぁい!」

 シウバが高らかに笑い上げ、それに次いで白髪幼女――ミカヅキが日色の服のそでをキュッと掴んで笑顔を浮かべる。それを見たニッキが、

「ああーっ! ミカヅキ、師匠から離れるですぞ!」

「ぶぅ~! なんでよぉ!」

「師匠と一緒に食事をするのは、師匠が愛してやまないボクだけですぞ!」

「ちがうもんっ! ニッキはひとりでむしゃむしゃしてたらいいんだもん!」

「それはこっちのセリフなのですぞぉ!」

「クイクイクイ~!」

「むむむむむぅ~!」

 また始まったと、ついガックリと脱力する思いだが、とりあえず二人のやり取りは無視して、

「おいパイナップル娘、さっそくこいつを食わせてほしいんだがな」

「よっし! ヒイロたちのお蔭でこの地は助かったしね! 腹いっぱい食わせてやるよ!」

「ナウ殿、わたくしもお手伝い致しますぞ」

「あ、シャ、シャモエも手伝わせて頂きますですぅ!」

 そうしてナウとともにシウバとシャモエが、《エンシェントフラワー》を摘みに行った。

 そこへ族長であるウィットが傍にやってきて頭を下げてくるので、日色は思わず目を見張ってしまう。

「この度は、本当に感謝する。よくぞこの地を守って頂けた」

「気にするな。オレはただ、依頼のためにやっただけだ。ちゃんと報酬ももらうし、何の問題もない」

「それでも。それでもあなた方のお蔭で我々が救われたのは事実です」

「俺のせいで招いたことなのに、力を貸してくれて本当にありがとう!」

 ウィットとともに近寄ってきたリトンが同時に頭を下げた。

「別にオレだけが動いたわけじゃないんだがな」

「それは分かっておる。そこにおられる方たちにも深く感謝を申し上げる」

 リリィンやニッキ、そして――ネネリスにも感謝の意を示したウィット。他の『ドウォッフ族』たちも一同が礼を尽くしている。

「ふぅん。いいのか、オレらはともかく、アンタたちが頭を下げてる中には獣人もいるんだがな」

 もちろんネネリスのことだ。彼らの他種族間の因縁から考えたら、一方的に頭を下げる行為に苦痛を覚える者だっているはずである。

 しかしウィットたちは首を左右に振った。

「この地を元々守ってくれていたのは、彼女の祖父と聞く。それにあのギアキーパーにしても、ただこの地のために働いていただけ。ましてや助けてもらった恩を忘れるようなことはあってはならぬ。それがたとえ、いにしえから憎しみ合っている間柄であっても」

「……ならこの機に、外に出て他種族と交流してみたらどうだ?」

 そう提案したのは、黙って腕を組みながら聞いていたリリィンだ。

「いいや。まだそこまでの勇気はどうやらないようだ。それに魔人はともかく、他の種族は、な。いまだに戦争を起こしていることもまた事実のようだし」

 彼の言う通りだ。そんな状況下で、人間や獣人に接触するのは危険だろう。

「魔人にしても、昔からの風習で交流を放棄している者たちがほとんど。我らと一緒でな」

「……そうか」

 少し残念そうにリリィンが目を伏せる……が、

「しかしながら、今回のことで我らの意識も変わることだと思う」

「……?」

「少なくとも他種族すべての者が敵視する対象ではないということだ。そちらの獣人や、あちらの者たちが手を貸してくれたようにな」

 あちらの者と言うと同時に、シウバやシャモエの二人に視線を送るウィット。

「……! 族長よ、気づいていたのか?」

「何となく……だがな」

 シウバたちは魔人ではない。シウバは精霊で、シャモエは獣人と魔人のハーフだ。特にシャモエはこの世界では《禁忌きんき 》と呼ばれされている存在。

 リトンや他の者たちはウィットの言葉の真意に気づいていないようだが、ウィットは二人が魔人ではないことを感じ取っていたようだ。

「もしかしたら、近い将来――遥か昔のようにすべての種族が手を取り合うような時代が来るやもしれぬな」

「フン、だといいがな」

 と、興味無さ気に言うリリィンだが、明らかに頬が緩んでいるのを日色は見逃さなかった。何だか喜んでいるようだ。きっと差別や区別のない世界を夢見ているのは、彼女もまた同じなのだろう。

 そして日色もまた、その方が面倒事が増えなくて良いと思っている。互いに力を合わせるととてつもない力を生む。それは今回、ギアキーパーを退けようと一致団結した状況からも理解できる。

 人は人。そこに命のせんなし。

 少なくとも日色はそう思っているのだ――。



 巨大な円卓にところせましと並べられた食器の数々。そしてその上には、様々な料理が載っており、日色はその光景にこうこつさを感じて目を奪われていた。

 石でできたに座り、どれから手を付ければいいか迷ってしまっていると、日色の前に一つの皿が置かれる。

「さあヒイロ、まずはコレを食べてみなよ!」

 ナウが差し出してきた皿に視線を落とすと、そこには細長い緑の物体と葉っぱをえたものが載っていた。

「それは《エンシェントナムル》さ! まずはそれと一緒に、アタシたち特製の、この《ドウォッフざけ》で楽しむんだ!」

「なるほどな。しかし酒……か」

「フン、止めておけヒイロ。この酒はかなりキツイ。酒に慣れていない貴様のようなガキが呑めば、料理の味なんてぼやけてしまうぞ」

 と言いつつ、すでにカップに入った《ドウォッフ酒》をグビグビと喉へ流しながら顔色を赤く染める小さな赤髪幼女がそこにいた。その言い方にムッとするものを感じるが……。

(しかし赤ロリの言うように、せっかくの料理の味が分からないのでは本末転倒か)

 対抗してあまりたしなまない酒を呑むよりは、純粋に料理を堪能したい。

「悪いな、パイナップル娘、酒はまた今度だ」

「そっか。それは残念だけど、この《ナムル》は完璧だから食ってみなよ!」

「分かった。……あむ。んぐんぐ…………ん、なるほどな。このピリッと辛いのは《唐辛子》か。それにゴマ油の風味が抜群だ」

「その油はゴマじゃなくて、《エンシェントフラワー》から採れたものなんだ。言ったろ、万能だって」

 それは驚きだ。本物のゴマ風味を感じるのだから。

 それにこの細長い物体。ポキポキと食感が楽しめてきゅうりのようなみずみずしさもある。

「それは《エンシェントフラワー》の茎と葉の部分だ。こうやって和えるとすっげえ美味うまいだろ!」

 ニカッと誘うように白い歯を見せてくる。しかしナウの気持ちも分かるほど、この《ナムル》は最初に食べる料理としても良いかもしれない。

 優しい味だし野菜でもあるので健康食だと思う。

「お次はこれ、《エンシェントスープ》だ。これはシウバたちが作ったんだよ」

 目の前に出される次なる料理は金色の《スープ》だ。

「ノフォフォフォフォ! シャモエ殿と一緒に精一杯腕を振るわせて頂きました!」

「きょ、恐縮ですぅぅ!」

 シウバとシャモエが作ったという《スープ》は、かなり評判が良く、『ドウォッフ族』たちも次々と「美味い!」や「こいつは次から作ろう!」などと言いおかわりもしている。

 日色も一口呑んでみる――。

「――おお、これはまた甘味が利いていて美味いな」

 その《スープ》は、《オニオンスープ》のような甘味とトロミを持つ、呑み応え抜群の一品。身体のしんから温まり、後を引く味についおかわりをしたくなる気持ちが理解できる。

「ふむ、やるじゃないか、ジイサンにドジメイド」

「ふぇぇぇぇっ!? ほ、褒められちゃいましたですぅ!」

「ノフォフォフォフォ! 腕を振るわせて頂いたがあったというものです! どれ、お嬢様にはこのわたくしが是非とも口移しで呑ませていたぶふんちょっ!?」

 気づけばシウバの頭は地面に埋まっていた。傍にはかかと落としをしたリリィンが、

「ひっく……ったく……あいかわらじゅの変態めぇ……ひっく」

 あまりこういう風に酔った姿を見たことはなかったが、《ドウォッフ酒》――恐るべし。

 それからリリィンは覚醒したかのように、シウバをせつかんし始めシャモエがオロオロするというシーンが続くが日色は無視をし続けることに決めた。

「さあ! それじゃ、メインはアタシも大好きなこの《エンシェント天ぷら》を食べてみてくれ!」

 ナウが大好物だと言う逸品。それが今、日色の目の前に出される。

「この岩塩を削って作った塩につけて食べるのが通だぞ!」

「なるほどな。ならそれで食べてみるか」

 花を丸ごと《天ぷら》にしてあるのは一目で分かる。《山菜の天ぷら》なら今までいくらでも食べてきたが、花をまるごとというのは考えてみれば初体験かもしれない。

 どんな味がするのか……。

「あむ。んぐんぐんぐんぐ…………んんおっ!?」

 周りがサクッとした乾いた音とともに香ばしい衣の香りが鼻をくすぐったと思ったら、中にある花が揚げることで小さく凝縮されて歯応えが増し、まるで《エビの天ぷら》を噛んだような感じだ。

 中からほんのり甘い香りとともに、少しの苦みと何故か鶏肉のような旨味が伝わってくる。

「な、何故鶏肉の味が……?」

「へへ~ん、前に言ったろ? 食べる部位や時間帯で食感も味も変わるって。今の時間帯は《エンシェントフラワー》は鶏肉っぽい味がする時間帯なんだよ」

 驚くべき食材である。これはもし料理人がその存在を知ったら是が非でも手に入れようとするくらいの代物だろう。何といっても調理の仕方で千差万別の味を表現できるのだから。

 傍に座っているニッキも《天ぷら》にかじりついて、

「これは――はぐ! おいしいですぞぉ! はぐはぐ!」

「クイ~! ミカヅキはね~、このおかしみたいなのスキ~!」

「確かそれは《エンシェントフラワー》の蜜で作った《蜜飴みつあめ》らしいですぞ」

「んん~あまぁい~!」

 ミカヅキは甘い系の食べ物が好きなので、お菓子を堪能しているようだ。

 先程まで喧嘩けんかをしていたが、すぐにこうして姉妹のように仲良くなるので、子供というのは単純だと日色は毎度毎度思っている。

 しかしこのような美味い食事の前ではどんな暗さだって明るく照らされる。いや、楽しんで食べなければ美味い食事に対して失礼だ。

 だから日色は全力でナウたちが作ってくれた料理を楽しむ。



「ウンニャァ~、この《天ぷら》は美味いんじゃよぉ~!」

 当然同じ卓についているネネリスもまた食事をしていた。そんなネネリスの隣にスッと近づき、

「――これも美味いぞ」

 と《エンシェントフラワー》で作った《エンシェントサラダ》を差し出した。

「おお! これは感謝するんじゃよ! やっぱり乙女には野菜が必要不可欠じゃしな!」

 そう言って忌避することなく皿を受け取ったネネリスは、そのまま《サラダ》を口にしていく。

「うむ! シャキシャキとしていて、これなら毎日でも食べたいんじゃよぉ! ほれ、お主も一緒にどうじゃ?」

「…………」

「……? どうかしたのかのう?」

 何だか言いたいことがありそうだが、なかなか口に出せずにいるような雰囲気を醸し出すナウがそこにいた。

 するとナウはバッと頭を下げるので驚く。

「――ごめんっ!」

「へあ?」

 突然の謝罪に思わぬ間の抜けた声を出してしまった。

「えと……ど、どうしたんじゃよ?」

「……アタシってば、アンタのおじいさんのことをいろいろ言ったり、獣人だからって偏見してた」

「……そうじゃな」

「態度もすっごく悪くて……。だからその……謝りたくて」

「まあ、こんな世の中じゃそれはしょうがないんじゃよ。ワシだってムキになって反論したしのう」

「それだけじゃないんだ!」

「へ?」

「あの時――ギアキーパーの攻撃から助けてくれた」

 そういえばそんなこともあったと、ネネリスは思い出した。

「ありがとう。ううん、今回のこと、力を貸してくれて本当にありがとう!」

「ウニャウニャ、別に気にせんでいいんじゃよ。おじいちゃんが関わっていた事件だったのは確かじゃし。ワシが手伝いたいって思ったんじゃしな」

「……怒って……ないのか?」

「怒ることなど何もないんじゃよ。お主はワシをワシと見て、そうやって態度を改めてくれるようになった。それだけで嬉しいんじゃよ。それにのう……最後の最後でお主、ワシをって呼んでくれたからのう」

 それにナウと力を合わせて危機を乗り越えることができたという事実に、ネネリスは嬉しさを感じていたのだ。日色のように、種族関係なく頼ってもらえたことが何よりも……。

 にんまりと笑顔を浮かべるネネリスに、恥ずかしげにナウが頬をかく。

「そ、そっか……あ、あのさ、もう一度名前を教えてくれないか?」

「おお! よくぞ聞いてくれたんじゃよ!」

 ここはあの決めポーズをする絶好のチャンスだと思い、椅子から立ち上がって、後ろ回りに一回転をしてから、鳥がはばたいているポーズを取る。

「――ワシはワイルドキャット! 泣く子もさらに大泣きするほどの大怪盗なのじゃ!」

 決まった――と思い、ほくそ笑む。――が、

「いや、本名を教えてほしいんだけど」

 どてーっとそのまま前のめりにこけてしまった。

「あいたた……へ?」

「アンタの本名をもう一度教えてほしいなって……さ」

 少し申し訳なさそうに目を泳がせながら言うナウ。

(そんなに申し訳なさそうにするのなら、このノリに少しでもいいから付き合ってほしかったんじゃよ……)

 と心の中で愚痴を溢した後、

「ワシは――ネネリスじゃ。見ての通り獣人の血を引いておる」

「アタシはナウ。改めてよろしくな」

「うむ! よろしくなのじゃ!」

 そう言って二人は互いに握手をする。

 そんな二人を横目に見ていたリリィンが、少しだけ嬉しそうに笑みを浮かべていたことは、誰も気づかなかった。



「――なあ、本当にいいのか、ヒイロ?」

 地上に出てきた日色たち。《エンシェントフラワー》も堪能したので、また旅に戻るのである。

 しかし見送りに出てきた『ドウォッフ族』の中で、ナウだけが不満気な表情を浮かべていた。

「本当に、その刀を鍛え直さなくてもいいのか?」

 これである。報酬に、料理の他に、鍛冶の得意なナウが、日色の武器をメンテナンスすると言っていたのだ。

「別にいい。この刀はそんなにヤワじゃないしな。それに最近手に入れたばかりで鍛え直す必要もない」

「う~ん、でも料理だけじゃ何か申し訳なくてさ……」

「それじゃまたここに来た時は料理を所望する。その時に作ってくれればいい」

「ヒイロ……」

「他の連中も、別にもう満足してるみたいだしな」

 そう言って日色がリリィンたちを見ると、

「フフン、この《ドウォッフ酒》があれば、ツマミがまた美味いだろうなぁ」

 ナウたちに分けてもらったようで、手に持った小さなたるいとおしそうに抱いているリリィン。

「ノフォフォフォフォ! わたくしも《エンシェントフラワー》を頂きましたし!」

「シャ、シャモエもい~っぱいレシピを教わったので!」

 シウバもシャモエも不満はないようだ。

「ボクは修行ができたので満足ですぞ!」

「クイ~、おなかいっぱいなのぉ~」

 ニッキもミカヅキも、彼女たちに何かを要求することなどないようだ。

「…………分かったよ。それじゃ、今度もちゃんと料理が作れるように、《エンシェントフラワー》はしっかり守り抜くよ! もちろん、例の祠もな!」

「ウニャ! よろしく頼むんじゃよ、ナウ!」

 何だかいつの間にか仲良くなっている二人に少し驚いた。親密度を深めるような何かが二人の間にあったのだろう。

 日色たちはナウたちの見送りを背に受けて離れて行った。

 するとピタリと足を止めたネネリスが、

「それじゃヒイロ、ワシのことも頼むんじゃよ」

「……送り返すのは例の【怪盗王かいとうおうの墓地】でいいのか?」

「うむ! まだまだ調査するべきところがあるからのう」

 日色は分かったと言って、『転送』の文字を彼女の右腕の甲に書いた。

「ではヒイロ、久しぶりに会えて楽しかったんじゃよ!」

「お前も相変わらずだったみたいだしな」

「ウニャニャ~! あ、それとヒイロ! あんまりよそに女を作ることは許容できないんじゃよ」

「は?」

「ミュアやウイだって怒ると思うぞ?」

「ちょ、何を」

「それにヒイロにはワシというものがおるのだから、少しは自重というものを――」

「いいから消えろ!」

 魔法を発動させて、彼女を目的地へと転送した。

 とんでもないことを言い始める前にさっさと転送したかったが――。

「――ほほう。ヒイロ、一体あのガキと何があったのだ? それにミュア? ウイ? 誰だそれは? まさか前に見せてもらった映像に映っていたあのガキどもか?」

 ゴゴゴゴゴゴと背後から般若はんにやが見えるほどのオーラを放ちながら問いただしてくるリリィン。

 その圧倒的な威圧感に、シャモエは「ふぇぇぇぇっ!?」とあわあわとなり、ニッキとミカヅキは互いに抱きしめ合って怯えている。

 そしてシウバは、

「ノフォフォフォフォ! さすがはヒイロ様! 英雄、色を好むというやつですなぁ!」

 アホなことを言って笑っているだけ。というより完全に火に油を注いでいる。

「さあヒイロ、説明を求めようか?」

「…………よし」

 この場は逃げるが勝ちと思って、『速』の文字を発動して退却した。

「あっ、こら待てぇっ! ええい、貴様らぁ、何としてでも奴を捕らえろぉ!」

 そうして一時間ほど鬼ごっこが続くのだが……。

(あの山猫ぉ、絶対次会ったら泣かしてやる!)

 それだけは心にきつく誓ったのだった。

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