ep22.ワイルドキャット再び!? ドウォッフ族の宝を死守しろ! 中編

 ――以前、まだ丘村おかむら日色ひいろが、人間たちが住む大陸である人間界を旅していた時期のこと、ある街に立ち寄った際、妙な建物の話を耳にした。

 その建物の名を――【魔法仕掛けの塔】。

 ファンタジックな名前に少し興味をそそられたものの、仲間が行こうと言っても断っていた。

 しかしそこには稀少本きしようぼんがあるという話を聞いて日色は重い腰を上げることに。

 その塔は侵入者をこばむような造りになっており、腕のある冒険者も攻略できずにいたのだ。そんな中、日色は自身の魔法――《文字魔法ワード・マジック》を使し難なくクリアしていった。

 その最中で出会った一人の少女がいたのである。

 彼女は自分を――大怪盗ワイルドキャットと名乗り、日色をだまして塔を攻略していく。

 ワイルドキャットは、【魔法仕掛けの塔】を造り上げたリュンクスという冒険者でもあり建築家でもあった男の孫だった。

 またリュンクスは初代ワイルドキャットでもあり、その名に恥じない二代目になるために少女――ネネリスは彼が遺した一冊の本に書かれてある内容に従っていた。

 その内容とは、彼が生前に建てた建物に残されている試練をクリアすること。それが立派な怪盗になれる条件だったのだ。

【魔法仕掛けの塔】もその中の一つに過ぎず、日色はたまたまはちわせになってしまい、それから何の因果か旅先でリュンクスの試練をともに攻略するようになった。

 最後の試練の時に、白骨化しているのにしやべるし動くリュンクスと出会い、彼がネネリスに課した試練の本当の意味を知る。

 そしてネネリスとはそれ以来今まで連絡すら取っていなかったが……。

「ウニャニャ~! 久しぶりなんじゃよぉ、ヒイロ!」

 まさかこんな魔場所界で出会うとは夢にも思っていなかった。何故なら彼女はじんではなくじゆうじんなのだから。

 その証拠に、ピコピコと彼女の頭の上で動くのは間違いなく獣人だけが持つけものみみ。そしてでん近くからは、細長い尻尾がウネウネと誘うように動いている。

 闇に紛まぎれると姿をもくしにくい忍者のような黒トレードマーク装束は健在らしい。

 グレーの長髪を、後ろで三つに分けて、それぞれ三つ編みが施されている。日色と出会えたことがそんなに嬉しいのか、琥こ 珀はく色の瞳を喜びで満たし、その幼さが少し残る顔立ちがクシャッとなって綻ほころんでいた。

 日色は彼女を見て、相変わらずひとなつっこそうな顔だな、と思いながら半ばぜんとして見ていると、

「ウニャ? ……ヒイロ? ちょっと変わったのかのう? そ、それとも別人!? いやでもこのニオイはヒイロじゃし……?」

「……はぁ。本人で合ってる。魔法で姿を変えてるだけだ」

「おお~! そういえば、前にも確か獣人になっておったのう。やっぱりヒイロの魔法は不思議さ爆発じゃな!」

「そんなことより何故お前がここにいる?」

「ワシは説明してもよいが、怪我人を放っておいていいのかのう?」

 ネネリスがその場にいる傷ついた『ドウォッフ族』に視線を向けた。

 確かにここはまだ戦場からはさして離れていない。一応対処はしてきたといっても、再びギアキーパーが穴を掘って追ってくる可能性も高い。

「おいパイナップル娘、どこか安全な場所はあるか?」

 日色は今回の依頼者である『ドウォッフ族』のナウに顔を向けて尋ねた。

「そうだな……あそこでもダメだったってことは、一旦地上に出た方が良いかもしれない」

 彼女曰く、先程まで戦っていた場所は、初めて襲われた場所からそれなりに距離を取った場所だったとのこと。

 そこでもダメだったということは、地中ではいくら離れても追いかけてくるのではという考えが生まれても当然だ。

「……仕方ないか。おい全員が離れないようにそれぞれの身体に触れろ。一つなぎにな」

「は? なあ、それってどういう……」

「いいから早くしろ。時間をかけてるとそのうち追っかけてくるんだろうが」

「わ、分かったよ!」

 日色に強く言われたせいか、少しムッとしてはいるが言う通りに行動していく。

「ノフォフォフォフォ、他の怪我人の方たちはわたくしの魔法でつかんでおりますので問題ありませんぞ」

 自慢げに髭ひげを擦さすりながら言うのはシウバ・プルーティスだ。えんふくを着用しているので、彼もまたこの暗がりでは闇に溶け込んでしまう。

 彼の扱う闇魔法の自身の影から伸び出た黒い手が、傷ついた『ドウォッフ族』たちを優しく包んでいる。

「山猫、お前も」

「ヒイロに抱きつけばいいんじゃな! ウニャ~!」

「なっ、は、離れろバカ!」

「あ~っ、ずるいですぞ! 師匠に抱きつくのは師匠の愛弟子のボクだけですぞ!」

 さん色の髪からチョコンと出ている二本のアホ毛を揺らしながら抱きついてくるのは、日色がバカ弟子と称するニッキだ。

「ミカヅキも~!」

 さらに加えて白髪の幼女――ミカヅキ。元々はライドピークというモンスターであるが、日色の魔法でじんしている小さな女の子である。

「ウニャニャ!? ヒイロ、ワシというものがありながら他の女を!? し、しかも幼女じゃと! まさかヒイロ! そっちの道に走っておるのか!?」

「ええいっ、いろいろツッコむところがあってめんどくさいっ」

 誤解のないように言っておくが、日色は当然妻も恋人も許嫁いいなずけもいない。

 異世界から勇者召喚に巻き込まれてこの世界――【イデア】にやってきてまだ一年も経っていないし、そういう存在を作りたいとも思ってもいないのだ。今は旅をするのが何よりも楽しい。

「待てこらヒイロ! 今聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ! そもそもその女は一体何なのだ!?」

 こういうことになるといつも面倒くさい赤髪の少女――リリィン・リ・レイシス・レッドローズが必死な形相で説明を要求してきている。何故そんな必死なのかは日色には分からないが。

「ああもう、うるさい! とにかく話は地上に出てからだ!」

 日色は空中に『転移』の文字を刻み込むとすぐに発動。

 一瞬にしてその場にいた者たちの存在が消失した。


 地下階段を見つけた岩場へと瞬間移動してきた日色たち。

 当然日色の力を知らない者たちは、突然目の前の景色が変化したことであつに取られていた。

「おお~! さすがは師匠! これだけの人数を一瞬で地上へ来させるとは、お見事としか言いようがないですぞ!」

「ノフォフォフォフォ! やはりヒイロ様は別格でございます! さすがはお嬢様がそうされているお方ですなぁ!」

「ばっ、だ、誰が誰に懸想をしておるというのだっ! ふざけたことを言うと、その口を一生開かないようにしてやるぞっ!」

「ノフォフォフォフォ! そんな照れたお嬢様もやっぱり素敵でぶふおんっぷっ!?」

 最後まで言葉が言えなかったシウバ。何故なら顔を真っ赤にしたリリィンにあごを蹴り上げられて宙に浮いているのだから。

「ふぇぇぇぇっ!? シウバ様ぁぁぁぁっ!」

「クイクイクイ~! おじいちゃんそらとんでるぅ~!」

 シャモエはいつも通り慌てたようで、ミカヅキは放物線を描きながら飛んでいくシウバを指差して笑っている。

「ウニャ~、今度のヒイロの仲間は個性が豊か過ぎないかのう」

「……ところでお前はいつまでくっついてるんだ。さっさと離れろ、山猫!」

 背中におぶさるようにしていたネネリスを掴もうとすると、彼女はするりとかわして日色から距離を取った。

「ニャハ! でもヒイロが元気そうで何よりなんじゃよ。アノールドたちも近くにおるのかのう?」

 ネネリスと出会い、ともに試練を潜り抜けていた時は、傍にはアノールド・オーシャン、ミュア・カストレイア、ウィンカァ・ジオ、ハネマルがいたのだ。

「いない。そんなことよりも答えろ、何故お前があそこにいた?」

 その問いの答えはリリィンたちも気になるところのようで、騒ぎを一旦落ち着かせてネネリスに注目し始める。

 シャモエやシウバは、傷ついた『ドウォッフ族』の介抱に向かっていった。

 ナウも日色とはそう距離が離れていない場所で、仲間の傷を手当しながら、彼女にとって不審者でもあるネネリスを警戒している。

 その中で、ネネリスが不敵に笑みを浮かべた。

「実は――」

 一体どんな目的があるのか、ネネリスの口元に注視していると、

「――――ワシも突然のことでビックリしておるんじゃよ」

「……は?」

「ここに出てしまったことは不慮の事故のようなもの。ヒイロ、いつか最後の試練の時に使った転移魔法陣のこと、おぼえておるかのう?」

「……! そういやあったな、そんなものも」

 そう。それはある大地に隠されていた魔法陣のこと。その力によって、日色たちは一瞬にしてどこか別の場所へ転移したのである。

「最後の試練を経て、ワシも立派な二代目ワイルドキャットとして仕事をしておった」

 仕事って……怪盗なのだから、どこか金持ちの家に忍び込んで金目のものを盗んだりしていたのだろうか……。

「初代……おじいちゃんは、人間界にも獣人界にも行ったことがあって、そこに自分の建造物を残しておる。ある程度はワシもおじいちゃんが遺した資料で確認しておった。じゃがのう、魔界に関する資料だけは見つからんかったんじゃよ」

「ほう。あのがいこつジジイは魔界にも何か建造していたのか?」

「が、骸骨ジジイ……はぁ、一応おじいちゃんは誰もが羨むほどの大建築家でもあったんじゃがのう」

 仕方ないだろう。会った時はまさに骸骨ジジイだったのだから。

「おじいちゃんのことだから、魔界にも絶対に何か遺してるって思ったんじゃよ。それでいろいろ調べていたんじゃ。そこである時のことじゃ、もう一度最後の試練を行った【怪盗王の墓地】に行ってみたんじゃよ」

 例の転移魔法陣を使って足を運んだという。

「そこで調べておるとじゃ、墓地の地下に魔法陣を発見したんじゃよ」

「ほう。まさかその魔法陣も転移魔法陣だったのか?」

「うむ。どうやらそのようじゃった。いろいろいじって確認しておったら急に発動してのう。気づけば先程の地中だったというわけなんじゃて。そこでどこかで騒がしい音が聞こえて行ってみると、ヒイロのニオイがしたというわけじゃよ」

「なるほどな。それじゃますますあのロボットが骸骨ジジイの産物だったってのはしんぴようせいが増したな」

「ウニャ? もしかして知ってたのかのう?」

「ちょっ、ヒイロ! まさかあの怪物の正体分かってるのか!」

 当然のようにナウが問い質ただしてきた。

「分かってるなら教えてくれ!」

「分かったから、そう詰め寄って来るな」

 必死な形相で接近してくるナウから距離を取りつつ言ってから、顔をネネリスへと向ける。

「お前はあのロボットに関して何か聞いてないのか?」

「ろぼっとというのはよく分からんが、アレがおじいちゃんが造ったカラクリ人形なのは確かじゃよ」

「カ、カラクリ?」

 ナウは首を日色からネネリスへと向けて眉をひそめる。

「うむ。おじいちゃんが遺した資料で見たことがあるんじゃよ。名前は確か“機械仕掛けの番人”――ギアキーパーじゃ。ワシが小さかった頃にも、ギアキーパーの話はおじいちゃんから聞いておった。何でもどこかにある大事なほこらを守るために造ったらしいんじゃよ」

 彼女の説明を受けて、ギアキーパーに表示された《ステータス》が間違いではなかったことを知る日色。

 ただ《称号》の中の“勇気と知識の結晶体”というのが今いち理解できないが。

「おい山猫」

「むぅ、だからワイルドキャットって呼んでほしいんじゃよ。もしくはネネちゃんとか」

「絶対に呼ぶか。お前など山猫で十分だ。もしくは、賊」

「賊ではないんじゃよぉ! ぶぅ~、一度ワイルドキャットって呼んだくせに~」

 ぷく~と頬を膨らませるネネリスだが、いちいち相手してる時間も惜しいので、

「とにかく聞くが、あのロボットは初代が造ったのは間違いないんだな?」

「そうじゃよ」

「奴一人で造ったのか?」

「う~ん、確か昔聞いた話によると、仲の良かった者たちとともに造ったって言ってたんじゃよ」

 確かリュンクスは、自分を家族のように扱ってくれた者たちがいたと言っていた。その者たちにはチェスというボードゲームのことを教えてもらったり、仲間の素晴らしさを学ばせてくれたという。その者たちは、すでにリュンクスよりも先にってしまったらしいが。

(そいつらと一緒に造り上げたのがあのロボットかもな)

 だからといって“勇気と知識の結晶体”の謎が氷解したわけではない。知識というのはリュンクスだとしても、勇気というのはよく分からない。

(というよりあんなロボットを造るなんて、もう建築家っていうより発明家だな)

 何かを生み出すという意味では繋がっているのかもしれないが。彼は日色の想像以上に万能だったのかもしれない。

(まあ、今はそんなことどうでもいいか。どうやらそこにロボットを攻略するヒントがあるかもしれないと思ったが、そうでもなさそうだし)

 なら別方向から謎を解かないといけない。

「おい山猫、奴には魔法が通じないのか?」

「ウニャ? そうなのかのう?」

「知らないのか?」

「う~む、でもワシの技は効いたようじゃよ」

 確かにそうだ。『ドウォッフ族』の魔法も、日色の魔法も一瞬でギアキーパーは弾いたというのに、何故かネネリスが放った水弾は弾かれずに相手を吹き飛ばすことに成功していた。

(あれは何でだ? ……!)

 そこで違いに気づく。

「そうか。魔法は弾くが《化装術けそうじゆつ》は弾かないのかもしれない」

「ウニャ? お~なるほどのう」

「そっか。コイツは獣人だし」

 ナウもまたネネリスの姿を見て納得気に頷いた。ネネリスから一定の距離を保ってまだ警戒し続けているところを見ると、やはり獣人と魔人ということで距離を感じてしまう。

 今の世の中、何がきっかけで他種族間の戦争が勃発してもおかしくないので、それも仕方のないことなのだろう。つい最近も魔人の国――【こく・ハーオス】と獣人の国――【じゆうおうこく・パシオン】で戦争になりかけたばかりだ。

「魔法を無効化する力を持つ存在だが、《化装術》は通じる……か。奴の弱点とかは知らないのか?」

 と、ネネリスに聞いてみると、彼女は腕を組みながらウ~ンと唸る。

「あのギアキーパーの資料はほとんど遺されておらんかったしのう。ただ一目見て、アレがおじいちゃんの造ったカラクリだというのは分かった。遺されていた資料に、奴の絵が描かれておったし、それを覚えておったのでのう。ただ弱点と言われると…………! そうじゃ、その奴が守ってる祠に何かあるのではないかのう!」

「それはオレも気になっていたことだ。その祠に関して何か情報はないのか?」

「あいにくと、それについての資料は遺されてなかったんじゃよ。じゃがおじいちゃんが番人に使っておるということは、その祠には守らないといけない“何か”があるのは間違いないんじゃろうな」

 どうやらやはり祠とやらを調べてみなければ解決できなさそうだ。

 しばらく重苦しい雰囲気の静けさが支配する中、

「おいヒイロ、とりあえずそいつのことを説明しろ。一体全体そいつは何者なのだ?」

 確かにリリィンの言う通り、ネネリスのことを知っている日色は平然とできるが、突如として現れた彼女に関し不気味さを感じて警戒してしまうのも無理はない。

 ただ口で説明するのは面倒なので――。

「映せ――《文字魔法ワード・マジツク》」

 空中に『映像』の文字を書いて発動させる。直後、青白い文字が形を変えてスクリーンのように広がっていく。

 そこに映し出されるのは、日色が過去に経験した記憶。無論ネネリスとの出会いからである。大分とダイジェスト化はするが、口で説明するよりも、実際に見てもらった方が楽だ。

「な、何だこの映像は!?」

 当然リリィンだけでなく、日色以外の全員があんぐりと口を開けて、突然動き出す映像に目を奪われる。

「いいから黙って見ろ。オレの記憶を見せてるだけだしな」

「ウニャ!? ワシが出てきおった!? 面白いのう! 何じゃこの魔法は! ウニャニャ、あのゴーレムも懐かしいのう!」

 恐らくネネリスは黙ってテレビなどを観ることができないタイプだろう。ハッキリ言ってうるさい。コイツとは絶対映画を観に行けないと思わせる。

「ほほう、まさかこのようなこともできるとはな。益々貴様には興味が尽きぬわ」

 リリィンは上機嫌に口元をゆがめながらも映像を食い入るように注目している。

「は? え? ちょ……ヒイロって魔人? それとも人間?」

 見るからに混乱しているのが分かるナウ。確かに映像では日色の見た目が人間なので混乱してしまうのも無理はないだろう。

「おお~! 師匠師匠! この者たちは一体どのような方たちなのですかな!」

「その時の旅仲間だ。獣人界で別れたがな」

 興味津々といった様子で映像を見つめながら問うニッキに、日色はぜんとしたまま答えた。

 それから治療が終わったのか、戻って来たシウバたちも驚いた様子で上映会に参加して、静かに見守っていた。


「――なるほど。貴様とワイルドキャットとの繋がりは理解した。映像で見た骸骨が初代ワイルドキャットで、多くの建造物を手掛ける建築家だということもな。ただ一つ気になることがある。今の映像ではリュンクスとやらがギアキーパーを手掛けたという証はなかった。しかしヒイロ、貴様はギアキーパーがリュンクスの作品だと知っていた様子だったな。どういうことだ?」

 キラリと鋭い光を湛たたえたリリィンの瞳が日色を射抜く。

「それも魔法で調べただけだ。詳しいことは知らん」

「……ホントか?」

 ジッと探るような目つきで睨にらんでくる。しばらく睨み合いの沈黙が続くが、不意にリリィンが先に視線を切る。

「まあいい。貴様のことだから、また奇妙な魔法効果でも発現させたのだろう。以前話してもいないワタシの魔法も言い当てたくらいだしな」

 ニッと不敵に笑みを浮かべるリリィンは、さすがに長生きしているだけあってろうかいさが滲み出ていた。

「そ、そんなことよりヒイロ! ヒイロは人間なのか? それとも獣人? いやでも今は魔人で……」

 ナウが真剣な眼差しでそう尋ねてきた。映像では人間の時や獣人の時もあったので、不思議に思ったのだろう。

「それがそんなに重要か?」

「え?」

「人間だろうが獣人だろうが魔人だろうが、オレはオレだ。他の何者でもない。種族にこだわってる暇があるなら、どうしたらこの状況を覆すことができるか考えたらどうだ?」

「そ、それは……でも……獣人や人間はたくさんの魔人を過去に殺してきて」

「それは魔人も同じだろ」

「っ!」

「戦争をしてきたんだ。どちらが悪いといった話じゃない。戦争を起こす国そのものがそもそも悪い。種族の違いが何だ? 今ここにこうしてオレや山猫はお前と話してる。……何が違う?」

「…………」

「傷つけられれば痛いし血も出る。寿命の長さこそバラバラだが、首でも刈られれば誰もが死ぬだろ。笑って泣いて、苦しんで楽しむ。それができるのが“人”って存在だ。もう一度聞く――何が違う?」

 日色の質問には、ナウだけでなく他の『ドウォッフ族』たちも顔を俯うつむかせて答えあぐねている。

「そんなに種族の違いにこだわりを持つのなら、そもそも身内以外に頼るな。同じ魔人でも、種類は違うだろうが」

「そ、それは……そう、だけど」

「他人に頼らないといけないなら、他人の事情にとやかく言うべきじゃないと思うがな。お前はオレたちに助けを求めたんだ。依頼をしたんだ。オレはそれを受けた。受けた報酬としてオレは例の《エンシェントフラワー》を使った料理をもらう。それだけだ」

「…………」

「そこにオレたちには一切関係のない過去の因縁を持ってくるというなら、ここで依頼の話は打ち切りだ。……どうする?」

 本当は《エンシェントフラワー》を是非とも堪能したい。しかし元々彼女たちのものなのだから、無理矢理奪うということはできない。

 なので依頼をこなしてその報酬を受け取りたいと思う日色だが、彼女たちがどうしても嫌だというのであれば仕方のない話でもある。

 日色に問われ、ナウと彼女の仲間たちも互いに顔を見合わせて渋い表情を浮かべていた。実際この中に戦争の被害者がいるのかもしれないが、それは日色たちとの間に関係はない。

 しかしそれでも割り切れない者もいるだろう。答えは彼女たちに委ねるしかないのだ。

「…………ヒイロたちには、アタシが頼んだんだ。アタシが一方的に繋がりを断つようなことはしない」

「ほう」

「けど……そっちの獣人は……。そいつの祖父が造った人形のせいでアタシたちは住処を追われたんだ。信じることは……できそうにない」

 ナウのいうことももつともだろう。確かにあのギアキーパーは、リュンクスが手掛けたものであり、それによって仲間が傷ついたのも本当なのだから。

 ネネリスは肩をすくめて苦笑しているが。

「それについても気になっていた。あのロボットは祠を守る番人ってわけだ。つまり祠を荒らそうとしなければ、必要以上の破壊はしなかったと思うが……。そこはどうなんだ、山猫」

「むむぅ、見た感じ確かに錆びついてはいたけど、性能的には問題はないように思えたしのう。暴走しておるという感じではないのかもしれん」

「なら何故ああも『ドウォッフ族』を追うようにして、祠から距離が離れているにもかかわらずに襲って来たんだ?」

 その時――日色の視界に明らかに顔色を悪くして挙動不審な一人の『ドウォッフ族』がいるのを発見する。傍にはナウもいて、日色の視線を追いその人物のおかしな様子にも気づく。

「ど、どうしたんだ、リトン?」

 その男は、ここまでナウが身体を支え続けてきた人物であった。そして何故かずっと地中から様子がおかしかった者でもある。

 今も顔を真っ青にしながら別に寒くもないというのに身体をブルブルと震わせているのは異常だ。額に巻いている赤いバンダナは、大量の汗を吸っているのか少し濡れてしまっている。

「……下にいる時から気になっていたが、アンタ……何か知ってるな?」

 日色は彼が何かを知っていて黙っていることに確信を持つ。

「そうなの? なあリトン、何か知ってるんなら教えてくれよ!」

「俺の……俺たちのせいなんだよぉぉぉっ!」

 頭を抱えて声を張る彼に、皆が注目する。

 そこへ一人の男性が近づいて来た。

「……ウィット族長」

 ナウが口にした言葉で、その人物が『ドウォッフ族』のトップであり、ウィットという名前だということが分かった。

 やはり小柄ではあるが、伸ばしに伸ばした茶色い髭が髪の毛と繋がって、老いたを思わせるふうぼうだ。

 しかし顔には年輪を刻むかのように、ありありとしたしわが多く存在している。小柄ながらも佇まいから醸し出す威厳さに、さすがは族長だと感じさせた。

「リトンよ、何か知っておるなら吐け。族長命令ぞ」

 鋭い言葉がリトンを刺し、彼はビクンと身体を震わせた後、静かに口を開き出す。

「じ、実は……俺とバルトは……つい最近ある祠を見つけたんだ……」

「それってもしかして……!」

「そうだよナウ。あの怪物が守ってた……祠だ」

「そう、だったんだ。じゃあやっぱりアタシたちが祠に近づいたから襲ってきたってわけか」

 しかしナウのその言葉にリトンは首を左右に振った。

「違うんだよ……」

「へ? 何が違うってのさ?」

「……祠にはさ、綺麗な《鉱石》みたいなものがあって」

「ま、まさかお主……!」

 ウィットが何かに気づいたように表情を強張らせる。

「っ……そうだ……それを俺とバルトは……奪っちまったんだ」


「――――な、何だって!? それじゃリトンとバルトが、あの怪物を復活させたってわけなのか!」

 リトンの説明に、ナウがショックを受けたように怒鳴った。

 彼らは祠で見つけた綺麗な石を、そのまま逃げるようにして持ち帰って来てしまったという。

 何故そんなことをしたのか、素材としてその石が使えると思ったからだそうだ。見たこともない《鉱石》を使っての武器を造れば、一族の中でも誰もが認める最高の一品ができあがると思ったらしい。

「何ということを……」

 ウィットも彼らの所業に呆れたように溜め息混じりに首を左右に振った。

「ならそれを奴に返せば問題ないのではないか?」

 リリィンの言葉にリトンは力なく首を左右に振る。

「……あの後すぐに奴が暴れただろ」

「へ? うん。それでみんな傷ついたから、一旦逃げてさっきの場所で療養してたはずだし」

 意気消沈して口を開き続けるリトンに対し、ナウが思い出すように答えた。

「石はバルトが持ってたんだ。けど療養所に行った時には持ってなかった。アイツはどこか安全な場所に隠したって言ってた。見つからないって分かったら、どうせあの怪物も諦めるだろうって言ってさ。けど……結局奴は追ってきた。俺は言った。早くあの石を返そうって。さすがにアイツもそうだなって言って隠し場所へ向かおうとしたんだけど、その時に……」

 バルトはギアキーパーの攻撃をまともに受けてしまって死んだということだ。

「フン、ならばただの自業自得ではないか。貴様らの都合で一族を巻き込み、多くの者を傷つけただけに過ぎん」

「そ、そんな言い方ないだろっ!」

 突き離したようなリリィンの物言いに、ナウが対抗する。

「ワタシは事実を口にしただけだぞ。そいつらが奪った石とやらは、その祠にとってはとても大事なものだったのだろう。番人を立てるくらいだからな。あのギアキーパーもただ大事なものを取り返しにきただけ。それをいつまで経っても返さなかった結果、こうなったという事実確認をしただけではないか」

「それは……そう、だけど……」

「その通りだ、ナウよ」

「族長……」

「どのような理由があれ、我々の仲間が先にの者の領域に足を踏み入れ、あまつさえ守るべきものを奪ってしまったのは事実。まずはその事実をしかと受け止めることが我らの務めではないか?」

「……はい」

「すみませんでしたっ! 本当に俺は何てことをっ! 本当に……本当に……っ」

 額を地面に擦りつけて謝罪をするリトンを、他の『ドウォッフ族』たちも黙って見つめていた。

「もうよいリトン。今更お主を責めたところで返って来るものでもあるまい。お主は親友まで失っておるのだからな」

「うぅ……す……すびばせん……でしたぁ……っ」

 ウィットがリトンの肩に手を置き穏やかに言葉を発する。

「我らは数少なき一族――家族だ。今回のことは決して褒められたものではないし、取り返しがつかないが、それでもお主を見捨てたりはせぬよ。だがケジメはしかとつけんといかん」

 ウィットの言葉にリトンは頷くだけだ。嗚咽おえつしてしまっているせいで言葉を発せられないのだろう。

「とにかくその石を見つけてアイツに返したら怒りを鎮めてくれるんじゃないか?」

 しばらく黙っていた日色がそう口にすると、ナウも、

「そうだよ! 大事なものなんだから返してあげないと!」

「しかしリトンよ、本当にバルトが石を隠した場所のことを何も知らぬのか?」

 ウィットの問いにリトンも眉をひそめながら思案しているが……。

「…………分かりません。地下通路のどこかだってのは確かだと思うんですけど」

 彼らがありの巣のように広げた地下通路は巨大。その全部を細かく調べている時間があるだろうか。

 そうこうしているうちにギアキーパーが襲い掛かってくるのでは?

 そんな疑念が浮かんでしまう。

(一番楽なのはあのロボットを倒すことだが……)

 しかし少し引っ掛かりを覚える。ギアキーパーには何の落ち度もないはず。ただ奪われたものを取り返すために行動しているだけ。それなのに一方的な理由で破壊するのは、たとえ相手に命が宿っていないとしても理不尽極まりないのではと思ってしまう。

 ならやはり例の石を探し出した方が正当性はある。

「ウニャニャ~、困ってるようならワシも力を貸すぞ、ヒイロ」

「山猫……」

「そのお宝のような石を探せばよいのじゃろ? お宝といえば怪盗の出番なんじゃよ!」

「……探せるのか?」

「問題ないのう。ワシのお宝を嗅ぎつける鼻をめたらダメなんじゃよ」

 一度見たことのあるものであれば、日色も魔法で探せるが、いかんせん姿形も分からない代物とあってはどうにもできない。

「なら石の方はお前に任せる」

「ウニャ! 任されたんじゃよ!」

「オレは例の祠とやらが気になる。何か他にロボットを止める手立てがあるかもしれないからな。おいそこのアンタ、祠に案内しろ」

 日色はいまだに顔を青ざめさせているリトンに指を差す。

「う……俺が?」

 完全に怯えている。ギアキーパーの住処だとすれば恐ろしいと思うのも無理はない……が、

「アンタがいた種だろ。それくらいはしろ」

 ここで逃げることはさすがに許されない。

 リトンも意を決したように震える拳を強く握りしめる。

「………………そ、そうだよな。バルトの死をムダにしないためにも……これ以上仲間を傷つけないためにも、俺が頑張らないと。できることをしなきゃ、死んだバルトに顔向けできねえ」

 どうやら最後まで逃げ続けるクズに成り下がることは避けられたようだ。

「なら案内はリトンに任せて、アタシは《例の石》を探しに行くよ。まだコイツのことを信用したわけじゃないしな」

 ジロッとネネリスを見るナウの瞳にはさいしんが生まれている。ネネリスは肩をすくめたまま黙ったままだ。

「……うむ。ならば怪我で動けない者たちはここに置き、それ以外の者は探索に向かわせよう」

 するとシウバが一歩前に出て口を開く。

「ならわたくしとシャモエ殿、そしてミカヅキ殿は怪我人をていましょう」

「が、頑張りますですぅ!」

「ミカヅキも~!」

 シャモエとミカヅキからも反論は出ない。

「赤ロリ、お前はどうする?」

「どちらがより面白そうか……うむ、やはりヒイロだな。ワタシはヒイロについていくとしよう」

 やはりどこまで行っても彼女は彼女だ。行動原理がとても分かり易い。

「ボクも師匠とともに行くですぞぉ!」

 ニッキもまた日色についてくるようだ。

「よし、なら整理するぞ。例の石を探索するのは山猫と『ドウォッフ族』の連中。祠を調査に向かうのはオレ、赤ロリ、バカ弟子、ビビリバンダナの四人」

「ビ、ビビリ……」

 リトンは日色のあだ名にガックリと肩を落としているが、いちいち気にしてはいられない。

「ジイサンたちは、ここでオレたちを待つ。それでいいな?」

シウバが「よろしいですぞ」と大きく頷く。

 地中では何があるか分からない。連絡を取り合えないのは痛いが、どんなに時間がかかっても一時間後には再びここに集合することにした。

「それじゃさっそく行くぞ。気を引き締めろよ」

 日色たちは息を潜めながら、昏くらい穴の奥へと進んで行った。


 リトンの案内で、日色たちは祠へと向かう。

 すでにネネリスたちとは別れて行動中だ。

 美味い食事のためにも、日色的には早く解決してしまいたい。できればギアキーパーのような怪物とはやり会わずに終われば一番良いのだが。

「――む、待て」

 日色の制止の声に全員が足を止める。

「気づいたか、ヒイロ」

 リリィンの問いに短く「ああ」と答える日色。

 すると通路全体が揺れ始め、右側の壁に大きな亀裂が走る。

 日色たちは互いに手を繋ぎ始めた。

「来るぞ! はず通りに行くからな! ――《文字魔法ワード・マジツク》、発動!」

 突如、四人全員の身体に『透明』の文字が浮き上がった。直後、文字から放電現象が起きると同時に、スゥー……ッと日色たちの姿が消えていく。

 そして壁を突き破り、想定していた通りにギアキーパーが出てきた。しかしキョロキョロと頭であろう部分を動かすだけで攻撃はしてこない。

(よし、視認できていない)

 相手の様子から、完全にこちらを見失っていると判断する。

 リトンが地中に行けば、必ず彼を追って現れると踏んだ日色は、予め自分を含めた四人の身体に『透明』の文字を《設置文字》として刻みつけておいた。

 これは任意でいつでも発動できる利点を持っているので、姿を隠すためにこの文字を選んだのだ。

 しかし気配を完全に遮断できるわけではないので、ギアキーパーはその場を動かずに探し続けている。

(感知はできるが、あまり高性能ってわけじゃないみたいだな)

 もしかしたら透明になったとしても、感知できる類の能力があるかもしれないと不安だったが、その心配はなさそうだ。

 ただし、この状態を長時間維持し続けることはできない。自分だけならともかく、他人は数分で効力を失ってしまうのである。

 それに互いの姿も見えないので、そのままではバラバラになってしまう可能性があった。だからこそ魔法を発動させる前に、四人全員が手を繋ぐことにしたのだ。

 これならばたとえ姿が見えなくても、一番前にいるリトンが祠のある場所まで引っ張って行ってくれたら問題ない。

 そうして日色の狙い通りに、ギアキーパーから徐々に離れて行くことができた。しかしギアキーパーもまた、何かを確かめるようにゆっくりと日色たちを追ってきているようだ。

(ビビリバンダナの僅かな気配を感知して追ってきてるってわけか。なら次の作戦だ)

 日色は地面に『気配』と書いた。当然リトンの気配をイメージしてだ。

 これで発動すれば、しばらくこの文字に気を取られて時間稼ぎができるはず。

(《文字魔法ワード・マジツク》――発動!)

 文字からある程度の距離を取って発動した瞬間、その文字に急接近したギアキーパーが暴れ始めた。

「よし、今のうちだ、急げ!」

 一応小声でリトンに言うと、引っ張る力も強くなり足早になっていく。

 どこまであの文字で誤魔化せるか分からないが、それまでに祠を調査して何か情報が得られることを願う。

 本当は『気配』の文字をいろいろなところに設置しておきたいところだが、魔力も無限にあるわけではないし、ガッツリ戦うことになった時のことも想定しなければならない。

 温存できる魔力は温存しておく必要がある。

「こっちです!」

 リトンが迷わずに突き進んでいく。

 すると目の前に三つの分かれ道が現れ、左側の方へと進む。もし知らなければ確実に迷子になってしまうだろう。

 しかし突き当たりにぶつかると、そこは袋小路になっていたのだろうか、激しく壁が壊れた跡があった。

「この奥か、ビビリバンダナ?」

「そ、そうだよ。元々ここは行き止まりだったんだけど、バルトが奥が空洞になってることに感づいてさ。それで穴を掘ってみたら、例の祠に出たってわけだ」

 しかし大きく壊れた壁は、ギアキーパーが逃げるリトンたちを追って壊したのだという。

 四人が、一応他に敵がいないか警戒して進んで行き、奥に明かりを発見した。そこは開けた場所になっており、壁には幾つもの灯りが埋め込まれてあり、空間を明るく照らしている。

 広さ的には体育館ほどの大きさだろうか。来る前にリトンから説明を受けた通り、奥には赤い鳥居が設置されており、そのまた奥には大きめの祠がポツンと存在していた。

 何か神聖なものを感じて、思わず足が止まり拝まなければいけない衝動にかられるのは、日色が日本人だからだろうか。

 四人はゆっくりと鳥居を潜り、祠へと近づく。

(ほう、観音開きか)

 祠の戸が開いており、その奥には小さな座布団のようなものが置かれてあった。恐らくその上に例の石が置かれていたのだろう。

「――これは、何かしらの封印の力を感じるな」

 不意にそんなことをリリィンが口にした。

 日色が「封印だと?」と聞き返すと、

「ああ、恐らくかなり強い封印だったはずだ。いや待てよ、祠自体が封印の力を発しているわけではないな。これは封印力を持っていた何かのざん ……そうか、例の石自体が封印の力を持っていたというわけか。いや、だとしたら石が置かれていた意味は――」

 するとその時、地面が、いや、この空間全体が揺れ始めた。

 強烈に嫌な予感が日色の全身を襲う。

(何だ……何か下の方から――)

 足元。地面のその奥底から嫌なざわめきが聞こえてくるかのようだ。

 日色は咄とつ嗟さ に『透視』という文字を発動させて、地面の奥を確認してみた。

 そこで目にしたものは、予想だにしない光景。

「こ、これは……っ」

「どうした、ヒイロ? 先程魔法を発動していたようだが、何か発見でもしたのか?」

 と、リリィンがめざとく聞いてきた。

「あ、ああ……。この下に――――」



 一方日色たちが祠へ辿り着く少し前、大怪盗ワイルドキャットことネネリスと、ナウや他の『ドウォッフ族』たちは地中をくまなく探し、例の石を見つけることに勤しんでいた。

 しかしあまりに広く、ともすれば迷ってしまうほどの道のぶん点の多さに、これではいくら時間をかけても見つからないと思ったネネリスは、バルトがよく使う場所などがあるか族長のウィットに聞いてみた。

「ふむ。バルトは鉱石探しの名人でもあってな。どこからともなく武器に最適な鉱石を探してきては、仲間たちに提供していたのだ」

「ウニャ~、そんな人物がまさか石を独り占めしようとはのう」

「……推測でしかないが、バルトは手に入れた鉱石を分析して、もっと探し出し仲間たちに配ろうとしたのではないかとワシは考えておる。まあ尤も、それで一番先に武器を造りたかったという気持ちは本心だろうがな。しかし我らも気持ちは分かるのだ。我々『ドウォッフ族』の楽しみといったら、武器造りくらいだ。良い武器を造れば、一族でも次の族長になるのが一歩近づく」

「ほほう。ならバルトって人は族長になりたかったということなんじゃね」

「かもしれぬな。『ドウォッフ族』は族長命令がすべて。アイツは『ドウォッフ族』も地上に進出するべきだと言っておった。しかしワシやこれまでの族長はかたくなに外へ出ることを禁じたのだ。だからアイツは族長となって、皆を地上へ引っ張り出そうとしたのかもしれぬ」

 その時、初めてウィットが後悔らしき表情を浮かべる。今となっては、バルトの言う通り、地上に出ていた方が良かったと考えているのかもしれない。

「どうして外へ出るのは禁止なんじゃ?」

「そんなことも分からないのか、獣人」

 そこへ一緒に来たナウが不機嫌そうな声音で言ってきた。ウィットが「これ、ナウ」と注意をするが、無視して続ける。

「アタシたちは数も少ない。外は危険な敵がいっぱいいると、これまでの族長から聞かされてきたんだよ」

「敵って……モンスター?」

「他の種族もだ、決まってんだろ。特に今は戦争が起きるような時代だ。いつ巻き込まれないとも限らないし」

 なるほど。確かに数の少ない『ドウォッフ族』が、強敵に出会ったり戦争に巻き込まれたりして死ぬ者が増えれば、それは『ドウォッフ族』の壊滅を意味するだろう。

「ていうか、そんなことも分からないで、よくコソ泥やってて捕まってないよな」

「むっ、コソ泥じゃないんじゃよ! ワシは大怪盗じゃ!」

「同じだろうが。人様のものを盗むコソ泥だ! これだから獣人は」

「獣人ってのは関係ないんじゃよ! それにワシは義賊じゃ! 狙うのも金持ちが不当に手に入れた盗品とかだけなんじゃよ!」

「盗むのは同じだって言ってんだよ! バカ猫!」

「何じゃとぉぉぉっ!」

 さすがにここまで怪盗をバカにされると、大好きな祖父までバカにされているようで腹が立つ。

「ええい、やめんかっ! 今はそのような場合ではないであろうが!」

「け、けど族長!」

「いいからもうお前は黙っておれ!」

「うっ……くそぉ」

 渋々といった感じで押し黙るナウ。

「はあ……すまんな、こやつも悪気があるわけではないのだ」

 ウィットはそう言ってくれるが、ほとんどの魔人は恐らくナウのような対応をするだろう。それはもう世界の流れになってしまっている。

「しかし今思えば、ただ臆病だっただけなのかもしれぬのう。バルトや、そしてナウのように、地上に出る勇気のある者だっておるのだから」

 誰だって未知の世界に手を伸ばすのは恐怖を覚えるだろう。しかし未知を追究しなければ発展や成長も期待はできない。

 人というものはそうやって未知と戦い続けて現在まで繁栄してきたのだから。

「まあ今後どうするかなんて、後で決めたらいいんじゃよ。今はとにかく例の石を見つけることが先決なんじゃよ」

 喧嘩してしまっていた自分が言うのもおかしな話ではあるけれど。

「そうだな。しかしこう広くてはどこをどう探せばよいか」

「ウニャウニャ~。ワシは大怪盗ワイルドキャット! お宝探しにかけちゃ天与の才を与えられた存在じゃよ! 任せてほしいものじゃのう!」

「な、何か手があるのか?」

「見てるんじゃよ」

 スッと瞼を閉じて意識を集中させるネネリス。そのままゆっくりと膝を折って、両手を地面にそっとつけた。

 その手のひらから水が地面を伝って広がっていく。

「むっ、《化装術》か!?」

 ウィットやナウ、その他の『ドウォッフ族』もネネリスの邪魔にならないように距離を取り始めた。

 すると水溜まりの中から次々と何か小さな存在が生まれ始める。

「「「「――にゃ~」」」」

 生まれたのは、手に乗る程度の水で構成された猫だった。

「さあお前たち、お宝を探しに行くんじゃよ!」

「「「「にゃ~!」」」」

 ネネリスの命を受けて、その場から飛び出し散っていく猫たち。まだまだ数多くの猫が、水溜まりから生まれ続けており、数え切れないほどの数の猫が地下通路の奥へと消えて行く。

「うむ。細かな場所はワシの猫たちに任せて、ワシらも他を探してみるんじゃよ」

「ふん、当てになるのかよ」

「いい加減にしろ、ナウ。ほれ、探すぞ」

 ウィットに注意されたナウも、他の者たちと一緒に近くを探し始めた。

 そうして二十分ほど経った後のこと――。

「にゃ~!」

 と、一匹の水猫がネネリスのもとへ戻って来た。鳴き続ける水猫から情報を得たネネリスは、

「うむうむ! よくやったんじゃよ! 皆の者ぉ、見つけたんじゃよぉ!」

 ナウたちを先導し、水猫の案内のもと、その場へ急行する。

 しかし辿り着いた先は行き止まりになっていた。

「――ここはまだ開拓途中の場所だ。ちょうど例の祠がある場所とは真反対だな」

 ナウが説明する。『ドウォッフ族』は、こうやって穴を掘って住処を広げていくという。

「ん? でも何か良いニオイがするんじゃよ~」

 鼻をピクピクと動かして周りに漂う甘いニオイを嗅ぎ取ったネネリス。

「この隣の通路の先には、アタシたちが守り続けてきた《エンシェントフラワー》があるんだよ」

「フラワー? 花? 何なんじゃそれは?」

 答えてくれたのはウィットである。

「我らが主食としている花だ。もし良かったら、すべてが終わればご馳走しよう」

「おお! それは楽しみなんじゃよ! きっとヒイロも喜ぶのう!」

「しかし今は」

「うむ。石を探さねばのう」

 水猫が集まっている箇所があり、そこへ向かう。しかしそこは何もない壁のように見える。

「そっか。バルトの奴、魔法で穴を作って、その中に隠したのか」

「分かるのかのう?」

めんなよ。それくらい分かる。見てろよ」

 相変わらずの口調のナウだが、自身の腰に携えているトンカチを右手に取り、壁を一発叩いた。すると壁がウネウネと叩いた部分から波打ち、壁の表面がボロボロと崩れていく。

 そしてその奥から現れたのは――。

「お、おお~! あったんじゃよぉ~!」

 紫アメジスト水晶のような輝きを放つ、人の頭ほどの大きさを持った石。それは眩い光を湛たたえた宝石のようにも思えた。

「へぇ。バルトが目を奪われるのも分かるかも。これは良い石だよ。鍛冶素材としても一流だと思う」

 ナウが石を見て深く唸っている。

 ネネリスには鍛冶素材としての価値などは分からないが、これまで盗んできた宝石なんかよりも強い輝きを持ったものだということは一目見て分かった。

 もしただの金持ちが所持しているだけの代物ならば、今すぐにでも奪って逃亡したい衝動にかられるほどに。

 しかし日色と約束している以上は、きちんとそれを果たさなければならない。彼には世話になった恩返しもあるから。

 ネネリスは石を取り出し腕で抱えてみる。

「ぅ……む。なかなか重いもんじゃな」

 ずっしりと鉛のような重さを感じる。

「ふん、ひ弱な奴。貸せ、アタシが持つ」

 と、いきなりナウにぶん取られた。やれやれとウィットや、他の者たちまで首を振っている。ナウのネネリスへの極端な態度に呆れているのだろう。

 ネネリスは誰が持ってもいいと思っているので、

「よし、とりあえず地上に――」

 そう言いかけた直後――周囲が地震でも起こったかのように揺れ始めた。

「な、何じゃ何じゃ!?」

「こ、この揺れは!?」

 とても立っていられないほどの揺れ。しかしネネリス以外の『ドウォッフ族』たちはしっかりと大地を足で掴んで立ったまま。身長が低いから安定感があるのか、それとも……いや、恐らくは地中で暮らし続けてきた彼らの経験が物を言うのだろう。

 ――揺れはしばらくしたら鎮まった。

「ふぅ、焦ったんじゃよぉ」

「そうだな。あれほどの揺れは久しくなかった」

 ウィットが険しい顔つきで答えた。

「もしかして地震って結構あるのかのう?」

「うむ。地中にいるせいか、遠くで起こった揺れでも、この中は結構揺れたりするのだ」

「ワシは酔ってしまいそうじゃから、すぐに引っ越しするんじゃよ」

「ホントにひ弱だな。これくらい大したことないのに」

「さっきから本当に突っかかるのう」

「何だよ?」

「何じゃ?」

 二人の間で火花が散る。ウィットが「よすのだ二人とも」と注意して黙らせた。そして腕を組みながら思案顔をしつつ言う。

「しかしそれにしても先程の揺れは長かった上、かなり強いものだった。今までこんなことはなかったのだが……」

「とにかく今は地上へ戻ることを優先するんじゃよ。きっとヒイロたちも何かしらの情報を得ているはずじゃろうしな。まずは地上へ、じゃ!」

 そうしてネネリスたちは集合場所へと向かって行った。



「――おお、お帰りなさいませ、皆様!」

 シウバが日色たちの無事な帰還を喜び声を上げた。

 しかし彼は日色たちの深刻な表情を見て、すぐに笑みを凍結させて真面目な顔で「何かあったのでございますか?」と問う。

 それに日色はすぐに答えることはなかった。そんな中、リリィンがシウバやシャモエたちを見回してから、

「シウバ、先程地震があったか?」

「! やはりお嬢様方もご存知だったのでございますね」

 その言葉から、あの揺れが祠があった場所のみではないことを知る。

「一体祠で何を発見されたのでございますか?」

 しかしシウバの問いには答えず、まずは全員が集まってからということで、ネネリスたちの帰還を待つことに。

 しばらくすると、彼女たちも無事に戻ってくる。ナウの手には、例の石らしいものを発見できた。

「――ヒイロォ~!」

「山猫にパイナップル頭か、無事のようだな」

「もっちろんなんじゃよ~!」

「当然!」

「それが例の?」

 ナウの持つ石に視線を落とす。

「うん、間違いないぞ」

「なるほどな……」

「むむ? 何か雰囲気が悪いが、もしかしてさっきの揺れと何か関係があるのかのう?」

 ネネリスたちも揺れには気づいていたようだ。相当大きな揺れだったので、

同じ地中にいた彼女たちは気づいているとは思っていたが……。

 日色は一つ咳払いをしてから、皆の意識を自分に集める。

「まず任務をそれぞれ達成できたことはOKだ。ただこちらが得た情報では大変なことが分かった」

「大変な……こと?」

 と、ネネリスが眉をひそめて聞き返した。

「その前に族長に聞いておきたいことがある」

「む……何かな?」

「この地中に住み始めたのはいつくらいだ?」

「もうずっと前だ。五代ほど前の族長の時代に、我らが主食としている《エンシェントフラワー》を見つけたことをきっかけに、この下でずっと暮らしておるのだ」

「なるほどな。それから徐々に開拓を進めていったってことか?」

「正直に言うと、開拓もそれほど幅広くしていたわけではない。元々数も少ない我らだ。ただ《エンシェントフラワー》を第一として考え、そこから違う穴を掘って住処を造り変えてきた。今回の場合も、住処を新しく造り変えるといった意味で開拓した結果、例の祠にリトンたちが辿り着き、今こうなっておるというわけだ」

 リトンは申し訳ないといったように顔を俯かせている。

 彼らにも環境の変化というのが欲しかったのだろう。そのため、定期的に穴を掘って違う場所に移り住むことを繰り返してきたようだ。

 彼らに言わせれば同じ地中でも、環境がかなり異なっていたりするとのこと。地上で暮らしている日色たちにはその違いなど分からないが。

「――初めに言っておくぞ」

 そう、日色が切り出すと、皆が重苦しい雰囲気を日色から感じ取ったのか押し黙って耳を傾ける。

「この地の底には――――マグマがある。それもいつふんしてもおかしくないほど活発化している」

 日色の言葉は、『ドウォッフ族』たちにとっては死の宣告のように響いた。

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