ep21.ワイルドキャット再び!? ドウォッフ族の宝を死守しろ! 前編

 ここは深くくらい大地の中――。

 まるでありの巣のように広がった通路の奥には、赤い鳥居とりいが存在し、さらにその先にはかなり大きめのほこらがぽつんとたたずんでいた。

 今そこに、二人の人影が近づいていく。

「お、おい、何だよアレ……祠?」

「し、知らねえけどよ。何だかお宝っぽくないか?」

「こんな地中にか? 一体誰がお供えしてるってんだ?」

 二人の男たちは互いに顔を見合わせて首をかしげている。しかしほぼ同時に

ほほを緩めた。

「まあいいじゃねえか。地中は俺たちのテリトリーなんだしよ」

「だよな。どうせ俺ら以外がこんなとこに来るわけねえもんな」

 カラカラと笑いならが二人は鳥居をくぐった。そのまま無造作に祠に手をか

けて、観音かんのん開きになっている戸を開くと……。

「お、おお! 何だこの石!」

 紫水晶アメジストのような怪しい光を放つ塊が中央に置かれてあった。かなり大きめ

で、人の頭ほどはある。

「すっげえ! これを使ったら新しい武器とか造れるんじゃね?」

「だよな! 何かの《鉱石》なのかね~」

「よっ……結構重いな」

「へへ、それ使ったらさ、世界で一つの武器とか造れたりしてな。一族の中

でも俺たち一番になれるかもな!」

「よっしゃ! んじゃさっさとこれをもらって――」

 と、石を携帯している大袋おおぶくろに投げ入れた瞬間――ゴゴゴゴゴゴゴとその場全体が揺れ始めた。

「な、何だっ!?」

「お、おい! アレ見てみろっ!」

 一人の男が指を差した先には壁がある。その壁はよく見ると彫刻されたような造形が施されており、そこに激しく亀裂が走り始めていた。

「な、何だ!?」

 一気に壁が割れたと思ったら、そこから巨大な“ナニカ”が出現した。

「な、な、なっ……!?」

 現れた“ナニカ”はギギギギギィと、つい顔をしかめてしまうような音を響かせ、頭らしき部分を二人の男へと向けた。それは目なのか、赤い光がキラリと走る。

「お、お、おい、まさかそれを返せって言ってんじゃ……!」

「は? 嘘だろ! 何でモンスターがこんなもんを欲しがるんだよ!」

「知らねえよ! 早く返しちまえよ!」

「だ、だってよ! これがあったらすっげえ武器が造れるんだぞ! そうすりゃ、一族の中で認められて、次の族長になることだって夢じゃねえ!」

「だ、だからってよぉ!」

 ドスンッと“ナニカ”が地面を一歩踏みしめた衝撃を受け、二人の男たちは「「ヒィィィッ!?」」と反射的にその場から逃げ帰ってしまった。

 奪った石を持ったまま――。



 ――空気を切り裂くような勢いで青い光が飛ぶ。

 向かう先は縦に木が連立している場所だ。当然このままだと、光は一番前

にある木にぶつかってしまう。

 しかし突如として、光が自ら障害物を避けるように右側に避け、そのまま楕円だえんを描きながら後ろの木に当たった。

 その光をよく見ると、『斬』という文字が発光しているのだ。すると文字自体が放電現象を起こし、直後――木が真横にスパッと切れて真っ二つになってしまった。

「――――なるほど、便利な力だ」

 クイッと左手で眼鏡を上げた少年――丘村日色おかむらひいろは、ただ今の現象に対しほどほどに満足していた。

「ふむ。それが貴様が新たに手にした力というわけだな」

 そんな日色の隣で、偉そうに腕を組みながらヤジ馬よろしく観察していたのは、赤髪の少女――リリィン・リ・レイシス・レッドローズだ。

 感心するように若干じやつかん唇を尖とがらせて「ほう~」と声を漏らしている。

 彼女の言うように、今の現象を起こしたのは日色であり、最近手にした《文字魔法ワード・マジツク》の新たな能力の一つであった。

 この魔法は、文字の持つ意味を現象化することができる特異な効果を持っており、様々な使い方も存在する。

 例えば『亀裂』と地面に文字を書いて発動させれば、イメージした通りに大地に亀裂が生まれるし、『酸性雨』とでも書いて発動すれば、空から酸性雨が降り注ぐといった、理を自在にゆがめることが可能なのだ。

 この世界――【イデア】では、まるでゲーム世界のように各々に《ステータス》がありレベルというものが存在する。

 レベルが上がれば、《文字魔法ワード・マジツク》の新たな使い方を会得することができるのだが、最近90レベルになって手に入れたのは――《遠隔操作解放》という能力。

 これは単純にいえば、空中に文字を書いてそれを対象物へと向けて放った後、今までは真っ直ぐしか飛ばせなかったが、指を曲げると同時に、その方向に文字が曲がってくれるのである。

 これでたとえ目の前に障害物が現れても咄嗟とつさに回避させて、その後ろの標的に文字を当てることも容易になった。今のように、だ。

 こういう便利な使い方はもっと増えてほしいと思う。そうなれば、今いる魔界でも生存率がグンッと上がるはずだから。

 この【イデア】には三つの大陸が存在しており、人間界、獣人界、魔界、とある。日色も順番に上から回ってきたのだ。

 この魔界は環境が厳しく、適応能力がなければ並みの者ならすぐに死んでしまうほどの苛烈さを極めている。

 生息するモンスターのレベルも、他の大陸と比べても圧倒的に高く数も多い。そんな中、やはり頼れるのは自分の力だ。今までもこの《文字魔法ワード・マジック》があったからこそ生き抜けてきたという場面は少なくない。

 人間たちが自分たちを救ってもらいたいがために勇者召喚という魔法を使って、四人の勇者を呼んだ。しかしそこには一人イレギュラーが混ざっていた。それが日色である。

 日色は勇者召喚に巻き込まれた存在だったのだ。それから人間の国に残った勇者たちと違って、日色は一人で旅をして、いろんな仲間たちと出会い、別れ、そして今に至る。

「しかしようやく貴様の魔法の仕組みが理解できてきたぞ」

 楽しげに笑みを浮かべるリリィンは、日色と一緒に旅をしている仲間ではあるが、彼女は日色の謎めいた部分に引かれてついてきている。その謎を自身の目で見てひも解いていくつもりなのだ。特に日色の扱う魔法には興味津々。

 こう見えても彼女は、日色が瞬殺されるであろうくらいの実力を持っている。見た目は完全な幼女ではあるが……。

「そういや、アイツらはどこまで行ったんだ? 確か近くの川まで野菜を洗いに行ったんじゃなかったか?」

 尋ねる日色。

 アイツらとは、他の旅仲間たちのことである。人間単位で数えると、あと四人いるのだ。

 もうすぐ昼食を迎える時分じぶんなので、いつも料理を作ってくれているシウバ・プルーティスと、シャモエ・アーニールというリリィンに仕えている執事しつじとメイドが野菜を洗いに、近くの川へ出掛けたのだ。

 そこに自分たちも手伝うということで、残り二人も付き添っているというわけである。

「さあな。そのうち……ん? 噂をすれば帰って来たようだぞ」

 彼女が向ける視線の先には、確かに見覚えのある四人の姿がある――が、

「……一人多くないか?」

 黒い燕尾服えんびふくを着用しているシウバが、誰かを背負っているように見えた。その背後には、心配そうに三人の少女たちが、背負われている人物を見つめながら歩いている。

(おいおい、また何か厄介事でも引っ張り込んできたんじゃないだろうな)

 このメンバーで旅をしていると、なかなかにトラブルにう確率が高い。リリィンはともかく、他の者たちは上にバカがつくほど優しくお人好しなので、困っている者を放置できないのだ。

 リリィンもそんなシウバたちに呆れることもあるが、結果的には口の上手いシウバに乗せられて手を貸すというパターンばかり。

 今回もそうなのかと思いながらジッと彼らが到着するのを待っていると、

「――あっ、師匠ぉぉぉっ!」

 真っ先に日色と目が合った一人の幼女が元気よく駆けつけてくる。珊瑚色さんごいろの髪を揺らしながら、およそ子供とは思えない速度で。

 そのまま日色の数メートル先まで来たら、大地を蹴り出して飛び込んできた。

 ――ヒョイッと日色がかわすと。

「にょわぁぁぁぁぁぁっ!?」

 抱きつきが空振りに終わり、幼女はそのまま顔面から地面にダイブしてしまった。

「うっぐぅぅぅぅっ、激しく顔をったですぞぉぉ!? 痛いぃぃぃぃっ!?」

 小さな両手で顔を覆いながらゴロゴロと地面を転がる。

 この活発でやかましい子はニッキといい、モンスターに育てられていた経験を持つ日色の弟子だ。

「クイクイ~! ニッキのおバカ~!」

「う、うるさいですぞっ、ミカヅキ!」

「へ~んだ! ごしゅじんにだきついていいのはミカヅキだけだも~ん!」

「違うですぞ! 抱きつくのを許されているのは、師匠が愛してやまないボクだけですぞ!」

 このニッキと言い争っているもう一人の白髪幼女の名は――ミカヅキ。元は獣人界から一緒に旅をし続けている、ライドピークというモンスターだ。今は日色の『擬人化』という魔法で幼女と化しているが、れっきとした人ではないものである。

 二人はとても日色に懐いており、一日に何度もこうして必ず日色のことで口喧嘩げんかをしているのだ。

 こんな意味のない争いをしている二人よりも、やはり気になるのはシウバが背負っている人物のこと。

 シウバが木陰こかげにシャモエの力も借りて、そっとその人物を寝かせる。

 着用している服は濡れており、右腰にはトンカチのような工具らしきものがぶら下がっている。左腰には小さなバッグもあるが、そんなことよりも気になったのは、この人物の身長である。

(――小さいな)

 寝顔から推測するに女の子……だろうが、子供とあまり変わらない身長である。しかし胸はそれなりに膨らんでおり、顔立ちもどことなく大人びている印象を受けた。

 こちらの世界の住人は見た目=年齢とは限らず、幼女な見た目なのに数百年生きているリリィンみたいな存在もいるので、彼女もまたそうなのかもしれない。

「説明しろ、シウバ。そいつは何だ?」

 リリィンもまた面倒事だと感づいているのか、少し物言いがきつい。

「はい、お嬢様。実はでございますね――」

 何でもシウバたちが川で野菜を洗っていたところ、この少女が大木に捕まりながら流れてきたという。

 その時点ではまだ意識があったらしく、シウバたちの姿を見て助けを申し出て、シウバが彼女を助けた時に意識を失ったらしい。

「なるほど。見た目から判断するに……『ドウォッフ族』だな」

「『ドウォッフ族』?」

 リリィンがらした種族名は、日色も聞いたことがない。

「別名――“地底人ちていじん”。その名の通り、コイツらは地中に住処すみかを作って住んでいる連中だ」

「ほう。そんな種族もいるのか」

 地中に住んでいるのは虫とかモンスターだけかと思っていたが、まさか人もいるとは想像すらしていなかった。

「『魔人族』は他とあまり関わりを持たない種族だが、コイツらはさらにそれが顕著けんちよだ。土の中で一生を過ごし、そのまま外に出ない者も少なくないと聞く」

「わたくしも初めてお会いしました」

 シウバも遥か昔から生きている精霊らしく、それでも会っていないということは、この出会いは相当に稀少きしようなのかもしれない。

「しかしそんな奴が何で外に? しかも川から流れてきたんだ?」

「さあな。気になるのならそいつに聞けば良かろう。幸い目を覚ましそうだしな」 

 リリィンの言葉通り、意識を少女に向けるとまぶたを震わせながら眉をひそめていた。覚醒かくせい兆候ちようこうだろう。

 しばらくするとスッと瞼が開いた。

「……あ」

「おや、目を覚まされましたかな」

「……アンタは……あ、そっか。助けてくれたんだ。ありがとね」

「お礼など構いません」

 シウバに助けられたことをハッキリと覚えているようだ。

「えと……ここは……っ!?」

 急に上半身を起こしたからか、目眩めまいがしたかのようにこめかみを押さえて顔をしかめる少女。

「まだ横になっておられた方がよろしいかと。ここは先程の川から少し離れた、わたくしどものキャンプ場とでも申しましょうか」

「キャンプ……場?」

 少女が顔を動かして周りを確認して、日色たちを視界に捉えていく。

「…………アンタたち誰?」

「それはこちらのセリフだ。貴様は『ドウォッフ族』のようだが、何の用で地上に出てきて、かつ川に流されてたのだ?」

 リリィンの問いに対し、少女は何かを思い出したかのようにひざを抱えて震え出した。

「あ、あの、大丈夫ですか?」

 シャモエが心配そうに背中を擦り出す。

「あ、ありがと……大丈夫さ。けど……アタシたちのホームが……!」

 リリィンが「ホーム?」と問い返すと、

「アタシたちは自分たちの集落をそう呼んでるんだよ。そのホームが――――壊滅させられちまったんだ」


 少女から穏やかでない言葉が放たれた。もうそれだけで厄介事決定である。

 思わず日色は肩をすくめて瞼を閉じてしまった。

「アタシの名前は――ナウ。そこの赤髪が言ったように、誇り高き“地底人”の戦士――『ドウォッフ族』さ」

 まるで脱色されたような真っ白の毛がパイナップルの葉のようにゆわえてあ

るのが特徴的だ。また額にはゴーグルらしきものが備え付けられている。

 ナウの土色の瞳が次第に悲しみに揺らいでいく。

「けど、アタシたちは突然現れたバケモノにホームを無茶苦茶にされちまったんだ」

「それは地中に棲んでいるモンスターにやられたということでございますか?」

 シウバが尋ねるが、ナウは小さな頭を左右に振る。

「違う。あんなモンスター、地中にはいなかったはずだ。それが住処を開拓していた矢先に突然現れて、アタシたちを襲って来たんだ」

「住処を開拓? それは貴様らがそいつの領域に無断で足を踏み入れたからではないのか?」

「そんな時はまず決まって交渉する。相手がモンスターでも、アタシたちはモンスターと話すことができるんだ。特に地中に棲んでるモンスターならな。けど奴はアタシたちの話には一切耳を貸さないでいきなり攻撃してきたんだ」

 何だか本当にきな臭くなってきた。

(だがモンスターと話ができる……か)

 それを聞いて思い起こすのは、かつてともに旅をしたウィンカァ・ジオだろう。彼女もまたモンスターの声を理解できる稀有けうな能力の持ち主だった。魔人ではなく、獣人と人間のハーフだったが。

「話が通じる相手というか、あれはモンスターじゃないような感じがした。全身が鉄みたいで、鳴き声なんかも鉄同士を擦り合わせたかのような音で、全然生きてるって感じもしなかったし」

「ほう。だが動いて攻めてきたというわけだな」

「うん。そのせいでたくさんの仲間が傷ついちまったよ。殺された奴らもいたし」

「それでどうしてナウさんは地上へ?」

 シウバが尋ねると、今度はその質問にようやく答えを出してくれるのか、彼女はすがるような目で見上げてきた。

「助けを呼びにきたんだ。アタシたちの“宝”を守るために!」

 またも気になるワードが出てきた。

「助け? 宝とは何だ?」

 リリィンの質問に、ナウは地面に優しく触れる。

「――大地が生み出し、決して枯れることなく古代から咲き続ける花――《エンシェントフラワー》のことさ」

「赤ロリ、知ってるか?」

 赤ロリというのは日色が名付けたリリィンのあだ名である。

「いいや、このワタシでも初めて聞く」

 彼女の知識は膨大であり、ほぼ何でも質問をすると答えを返してくれていた。その彼女でも知らないとは、余程稀少な花なのだろうか……。

「シウバは知ってるか?」

「いいえ、お嬢様。わたくしも初めて耳にしました。ナウさん、その花はもしかして地中に咲いているのですか?」

「そうだ。ずっとアタシたち『ドウォッフ族』が守り続けてきた“宝”なのさ」

「おお、お花! 一体それはどのようなお花なのですかな?」

 そう尋ねたのは、今まで後ろで口喧嘩をしていたはずのニッキである。どうやら喧嘩はもう終わっていたようだ。

「とてもキレイさ。アタシたちはその花を食べて生活してるんだ」

「た、食べるのですかな!?」

 声を出したニッキだけではなく、日色もその発言には驚いた。

「元々アタシたちの主食がその《エンシェントフラワー》なのさ。根こそぎ食べない限り、次の日には元の大きさに戻ってる変わった花。別名――“永久花えいきゆうか”って呼んでるよ」

 今まで大して彼女の話に興味がなかった日色だったが、食べる――と聞いては黙っていられない。

「おいパイナップル娘」

「は? パ、パイナップル?」

 相変わらず見た目から名付けた単純なあだ名である。ナウもキョトンとして日色を見つめていた。

「その《エンシェントフラワー》は美味いのか?」

「へ? あ、ああ、もちろんだ! 《エンシェントフラワー》はさ、食べる部位や時間帯によっても味とか食感が変わるし、いろんな料理が作れるんだよ!」

 ……何だと? とすでに日色は食いつき気味である。

「それに《エンシェントフラワー》は、地中の栄養を存分に吸収してるから、食べるとモリモリ力が湧いてくるし、特にアタシはその花から取れる油で揚げたエンシェントフラワーが好きだな」

「天ぷらか!? 他にはどんな食べ方があるんだ!」

「お、おいヒイロ……」

「ちょっと黙ってろ、赤ロリ!」

「あ、ああ……」

「教えてくれ! どんな食べ方があるんだ?」

 明らかに周りと比べて異常ともいえる情熱を見せる日色を見て、ナウも目を点にしている。

「…………まさか食べたいのか?」

「美味いんだろ? 当然だ!」

 するとナウはしばらく考え込むような仕草をして――。

「――分かった。もし手を貸してくれるなら、《エンシェントフラワー》をふんだんに使った料理を堪能たんのうさせてやる」

「マジか!」

「マジさ!」

 また厄介なことに巻き込まれそうだと思ったが、これは思わぬ僥倖ぎようこうである。グルメなリリィンですらその存在を知らない食材。

 その魅力に日色はノックダウン寸前だった。いや、すでにもう魅力には取りかれてしまっているのでダウンしているのかもしれない。

「それに、アタシたちは武器作りも得意なんだ。その刀のメンテナンスもしてやるよ、どうだ?」

「よし! ということだ、お前ら!」

 バッとリリィンたちに顔を向けた日色。

「……いや、何がということなのだ?」

「む? 察しが悪いな赤ロリ。今からコイツの住処へと向かうぞと言っている」

「相変わらず貴様の行動原理は分かり易いな。まあ、ワタシはその鉄のモンスターとやらの生態に興味があるからいいがな」

 リリィンは断る気はないようだ。ということは、彼女の従者である――

「ノフォフォフォフォ! お嬢様がそう仰るのであれば、否応もございません!」

「シャ、シャモエもですぅ!」

 当然のごとく、彼らは賛同した。

「ボクは師匠についていくですぞぉ!」

「ミカヅキも~!」

 チビ二人は、日色に反論するわけがない。

 これで一切の障害はなくなった。日色も満足を得て一つうなずく。

「まあ、お前らが行かないと言ってもオレだけでも行ったが。しかしこれでとどこおりなく話を進めることができる。おいパイナップル娘、お前の依頼――受けてやる!」

 パアッと明るい笑顔を浮かべたナウの瞳からは、確かに光るものがこぼれ落ちた。


 ナウたち『ドウォッフ族』が住む場所まで向かうことになった日色たちだが、彼女の案内のもと歩き出すと、不意にシウバがまだ自分たちの自己紹介

をしていなかったことを思い出し、日色たちは彼女にそれぞれ名乗った。

 そしてあと一つ、何故ナウが川に流れていたのかをシウバが尋ねると、

「い、いや……水を飲もうとしたんだけどさ、岩にこびりついてたこけに滑って……はは」

 予想以上に情けない理由だった。

「アタシは泳げなくてさ。地中には川なんてないし」

 それじゃ飲み水はどうしているのかと聞くと、定期的に地上に出て水汲みをするのだという。ただナウはその水汲みすらしたことがなかったらしい。

 初めて見た川に珍しさを感じて、警戒心を緩めていたのが足を滑らせてしまった原因にもなったという。

「ねえねえ、ナウはいくつぅ?」

「は? いくつ?」

 ミカヅキに問われた内容が分からないようで小首を傾げている。

「ミカヅキはねぇ、うまれてさんさいになったよぉ!」

「あ、そういうことか。アタシは二十五だ」

「は……?」

「な、何だよヒイロ。その冗談だろ的な顔は」

 彼女の年齢を聞いてつい声を発してしまった。まさかこの見た目で二十五歳だとは思わなかったからだ。

(いいとこ十二歳くらいだと思ってたんだが……)

 すると日色の考えを察したように、ナウが口を尖らせながら言う。

「あのな! 何を考えてんのかよく分かるけど、別にアタシだけが特別見た目がこんなんじゃないんだぞ!」

「……そうなのか?」

「元々『ドウォッフ族』ってのは低身長で、成長速度も遅いんだ。その分、長命だけどな」

「なるほどな」

「大体四十年くらい生きて、成人するってところかな」

「それじゃ今のお前はまだガキだってことだな」

「こ、これでも立派に鍛冶かじができるんだぞ!」

「家事? 炊事洗濯に掃除が上手いのか?」

「そっちじゃなくて、鍛冶師の鍛冶だよ!」

 ああ、そっちねと納得する。

「そういえば、今回の依頼の報酬にコイツのメンテナンスもしてくれるって言ってたが?」

 日色は腰に携えている愛刀――《絶刀ぜつとう・ザンゲキ》に視線を落とす。

「おう! 刃毀はこぼれしててもちゃ~んと鍛え直して万全にしてやるぞ!」

 ニカッと白い歯を見せて笑う彼女は、ここにいるニッキやミカヅキのように屈託くつたく》のない無邪気さを持っていた。

 しかし鍛冶師と聞いて、彼女の腰にトンカチがぶら下がっていることに納得する。バッグにも工具がいろいろ入っているのだろう。

「しかし鍛冶師ってことは、自分たちが鍛えた武器があるはずでございます。それでもその鉄のモンスターは倒せなかったのでしょうか?」

 シウバの問いに対し、陰りを帯びた表情をするナウ。

「う、うん。そいつってばものすっごく固くてさ。それに魔法だって弾くんだ」

「魔法も、でございますか?」

「それは魔法を無効化しているということか?」

 そう尋ねたのはリリィンだ。

「無効化ってのとは違う。防御力が高くて弾かれてるって感じかな。……まあ、実際に戦ってみないとよく分からないと思うけど」

「あ、あの、他のお仲間さんたちはどうされているのですか?」

 今度はシャモエだが、不安気な様子で聞いた。

「ほとんど療養りようよう中、かな。元々数は多くないしね、アタシたちは。ほとんど無傷だったアタシだけが助けを呼んでくるって地上に出てきたんだ」

 まだ死者は出ていないらしいが、それは数が少ない彼女たちにとっては死

活問題に直結するのだろう。元々『魔人族』は他の種族と交配しない種が多いらしいし、彼女たちもそうだ。

 だから数が減れば必然的に絶滅の危機を迎えてしまう。

(そんなこだわりなんか捨てて、他の魔人とも関係を持てばいいと思うがな)

 ドライな日色はそう思うが、世の中そう簡単に割り切れるものではないということも、この旅を通じて理解している。

 そうしてナウと会話を続けながら歩いていると、不意に彼女が足を止め、

「――この先を行ったところさ」

 指を差す先にあるのは――大きな岩がゴロゴロしている岩場だった。

「気をつけろよ、ここは結構モンスターの数も多いしな」

 そんなナウの忠告に、一気に緊張感が高まる一同。 

 そして警戒しながら岩場に入った直後、岩の上からうなり声とともに殺気が降ってきた。

 反射的に全員が頭上を確認。

 そこには、二つ首を持つダチョウのような鳥形生物が日色たちを見下ろしていた。

「お~ミカヅキ、お友達ですかな?」

「あんなこわそうなモンスターなんてしらなぁい!」

 一応ミカヅキも鳥形のモンスターなのでニッキは尋ねたようだが、確かに可愛らしい見た目のミカヅキ(ライドピーク)とは違って、目の前にいるモンスターは形相がいかつい。フォルムもどちらかというとカッコ良い……かも。

「ほう、ツインヘッドグースか。ここらが奴らの縄張り……か?」

 そう言いながらリリィンが周りを確認し始める。何故なら次々とツインヘッドグースが岩の上から現れ出したのだから。

「これはこれは、さっそく戦闘のようですぞ、皆様方!」

 シウバの言葉を受けて、日色も刀を静かに抜いていく。

「おいナウ、貴様……モンスターと話せるんだったな。説得はできないの

か?」

 と、リリィンが問うが、ナウは頭を左右に振る。

「地上のモンスターとは相性が悪いんだ。それに話せたとしても、向こうはこっちをえさとしか見てないようだし……ムリっぽいね」

 どうやら戦わずに済む、ということはなさそうだ。

「シャモエ、ミカヅキ、貴様らはワタシのそばから離れるなよ?」

「は、はいです、お嬢様!」

「ク、クイィ~!」

 非戦闘員である二人の防護はリリィンが引き受けてくれる。これはいつものスタイルだ。

 リリィンたちを中心に置いて、前後を日色とシウバが立つ。また日色の隣にはニッキが控えている。

「ジイサン、後ろは任せるからな」

「ノフォフォ、かしこまりましたですぞ」

「あと……バカ弟子。いきなり暴走は――」

「うおぉぉぉぉっ! 師匠の敵はボクの敵! この熱き拳ですべてをぎ払ってにょわっ!? あぁぁうぅぅ……痛いですぞぉ」

 いきなり話も聞かずに飛び掛かっていきそうな勢いだったので、とりあえずニッキの頭を小突いて止めておいた。

 ニッキは涙目で頭を擦りながら見上げてくる。

「いいか、何度も教えてるが戦闘中は何が起こるか分からん。勝つことも大事だが、まずは生き残る術を考え続けろ。バカみたいに突っ込んで良い結果は出ないぞ」

「は、はいですぞ!」

 まだ一人で魔界のモンスターを相手にさせるのには不安がある。加速度的に成長しているニッキではあるが、恐らく相手はSランク以上のモンスター。今のニッキでは一体でも荷が重いかもしれない。

「お前はオレの傍にいて指示通りに動け、いいな?」

「任せるですぞ!」

 面倒な戦い方にはなるが、彼女を死なせるよりはずっといいだろう。

「おい、パイナップル娘。お前はそこでジッと――」

「何言ってるのさ、ヒイロ。アタシだって一人でここを通過してるんだよ?」

 ……そういえばそうだった。彼女は一人で魔界を歩いてきたのだ。川でおぼれかけるという情けなさでそれが霞んでしまっていたが。

「……なら一人で対処できるんだな?」

「当然! ヒイロたちに見せてやるよ! 『ドウォッフ族』の戦い方をね!」

 そう言うと、彼女は腰に携えているトンカチを手に取った。まさかアレで戦おうというのか……。

「――行くぞ。《鍛冶戦法》――アースクリエイトッ!」

 突然トンカチが元の十倍ほどの大きさになったかと思ったら、それを両手で地面に叩きつけた。 

 直後――トンカチから地面を伝って魔力が流れ、地面がボコボコボコッと盛り上がり、次々とその中からゴーレムのような土人形が姿を現す。

 そのゴーレムたちが、ツインヘッドグースに向かってつかみかかっていく。

(へぇ、土魔法の使い手、か。しかも一体一体にかなりの魔力量が込められてる。さすがは魔人、てとこか)

 元々『魔人族』というのは戦闘力が他の種族と比べて高い。特に魔法を使っての戦闘はお手のものであり、このゴーレムにしたってしっかりした統制がとれているし、強度も申し分なさそうだから感心してしまう。

 どうやら彼女の言う通り、放置していても自分の身は自分で守れるようだ。

「なら今度はオレらだ。いいな、バカ弟子!」

「はいですぞ!」

「まずは目の前の一体を仕留める。オレの後に続け」

 日色は刀を左手に持って、岩の上までジャンプし、その後をニッキがついてくる。

(ツインヘッドグース……か)

 銀の羽毛に覆われていて見えにくいが、足の付け根の膨らみが尋常ではない。相当な筋肉量の成せるわざだろう。

 恐らく無防備に蹴りを食らうと、相当のダメージが予想される。

「さて、何に気を付ければいい?」

「むむむ……そうですなぁ。後ろへ回るのは危険かもですぞ」

「ほう。その心は?」

「あの足回りの筋肉を見ると、かなり強いキックができるはずですぞ。それにリーチも長い。距離を取って戦うか、一気に懐へ迫って強烈な一撃を与えるかが有効だと思うですぞ!」

 思った以上に成長している。日色はそう感じて僅かに頬を緩めた。

 戦い方を教えていて分かったことだが、ニッキは戦闘センスが高い。教えたことをスポンジが水を吸収するがごとく物凄い速度で学んでいく。

 確かに抜けたところもあるおバカでもあるが、それでも打てば響くような彼女の才能は、教える側としては楽しいものだ。

「よし。まずオレが敵の注意を引きつける。お前は隙を見て攻撃をしてみろ」

「了解ですぞ!」

 別に一人でも倒せる。しかしせっかくだったら彼女の経験にしたい。そんないっぱしの教師の気持ちが湧くのだから、最近戸惑うこともある。ただそれが面白いと感じる自分がいることにも気づいているが。

 日色はニッキが返事をした直後に、ツインヘッドグースに接近。そのまま刀を振るうが、相手は素早い動きで後方へ身体をずらして回避した。

(ほう、なかなか速いな)

 しかも避けて間もなく、今度はその長い脚が飛んでくる。明らかに日色のリーチよりも長い。

 咄嗟とつさに身をかがめてかわし、逆に残っている足を斬ってやろうと刀を振るった――が、片足で跳び上がりなおも日色の攻撃を避けた。

(反応速度も良い……か)

 さすがに魔界のモンスターだ。並みの奴らなら、今のでダメージを与えら

れていたはず。

 しかし空中にいる間は身動きをとれないだろう。そう考え、上空にいる敵に突きを繰り出そうと試みるが、今度はツインヘッドグースが二つの口から炎を噴き出してきた。

「――ちっ!」

 さすがにまともに受けることはできないと思い、大きく左側へ跳んで回避した。

 そのままツインヘッドグースは追い打ちをかけるような勢いで身を屈めながら着地するが、そこへ――。

「――ここですぞっ!」

 ツインヘッドグースの側面から真っ直ぐ突っ込んで来たのはニッキだ。完全に虚を突いており、相手もニッキには気づいているようだが身を固めてしまっている。

「うおぉぉぉっ! ――《爆拳ばくけん》っ!」

 青白い魔力を拳に集束させ相手に向けて突き出すニッキ。ツインヘッドグースの脇に右拳が触れた瞬間――小規模爆発を引き起こし、

「ギュイィィィィィィッ!?」

 爆煙ばくえんまといながら苦痛の叫びをとどろかせるツインヘッドグースは、殴打と爆発の衝撃でその場から五メートルほど離れた場所まで吹き飛ぶ。

「やったですぞっ!」

 見事な会心の一撃を与えられたことで、ニッキは拳を高く突き上げて大喜びだ。

 しかし――。

「まだだっ、油断するな!」

「にょわっ!?」

 爆煙の中から凄まじい突進力でニッキへの接近を開始するツインヘッドグースに対し、今度は逆に虚を突かれてニッキが身体を硬直させてしまっている。

 しかしすでに日色は文字を放っていた。

 文字はニッキの脇を通過して向かってくるツインヘッドグースへと迫る。しかしツインヘッドグースは文字に気づいていて、ジャンプしてあっさりとかわす。

 だが――日色は笑う。

「――ムダだ」

 指をクイッと上へ曲げる。すると文字もその動きに呼応して進路を上空へと変えて、

「ギュイッ!?」

 文字はピタッとツインヘッドグースの身体に張りついた。

「凍れ――《文字魔法ワード・マジツク》」

 刹那、『凍結』と書かれた文字から放電現象が起きると同時に、ツインヘッドグースの身体が一瞬で凍結し固まってしまった。

(……よし。やはり思った以上に文字を遠隔操作できるってのは使い勝手がいいな)

 新たに手に入れた《遠隔操作解放》の効果は絶大である。今までは先程のように避けられたらどうしようもなかったが、文字の進路方向を変えられるようになったのは大きい。

 これで益々ますます万能さが増していく。

「ふぃぃぃ~、た、助かったですぞぉ……って、痛い!? どうして頭をぶつんですかな、師匠!」

「当然だ。戦闘中は最後まで油断するなといつも教えてるだろうが」

「……あ」

「あ、じゃない。たかが一撃を与えたとしても、お前のレベルじゃまだまだあの程度だ」

「むぅ……ごめんなさいですぞ」

 明らかに意気消沈するニッキ。

「はぁ。まあ隙を見て一撃を与えたことは見事だったが」

「おお! ほんとですかな!」

「調子に乗るな」

「にょわ!? ま、またぶったぁ!」

 とはいっても軽く小突いた程度ではあるが。

「さて、他の奴らは」

 周りを見渡すと、ほとんどのツインヘッドグースが逃げ帰っている。ナウのゴーレムには敵わないと判断したようだ。それにシウバの守りも堅く、これまた返り討ちにあっている者が地面に倒れている。

 そうしてすべてのツインヘッドグースを退けたあとは、再びナウの案内で岩場を進んでいくことになった。


「――――ここさ」

 ナウが大きな岩を指差しながら言った。岩は確実に日色の身長以上はあるほどの大きさだ。ただしそこにあるのはただの岩としか認識できない。

「むむむ、ここがナウ殿のお家なのですかな?」

「そうさ、ニッキ。ま、見てなって」

 そう言ってから、ナウが再び手に持ったトンカチで岩を勢いよく叩くと、大きな岩がひとりでにグニョグニョと緩慢な動きを見せ、形態が徐々に変化していく。

 先程のゴーレムのような姿になったところで、その場からのっそりと動いた。するとその下には周りの土を少しだけ掘り返したような跡があり、土の色が変わっている。

 そこをさらにナウがトンカチで叩くと、土色が変わっている部分だけがボロボロと崩れて下に消えていく。どうやら下に空洞があるようだ。

 数秒後――地面が消失した場所には、地下に通じる階段が出現した。

「なるほどな。地下への入口をこうやってカモフラージュしてたってわけだ」

「まあね。アタシたち以外の奴らが入って来られないように、一応気を付け

てるってわけさ」

 確かにわざわざあんな重そうな岩の下に地下への通路が隠されているとは思わない。

「んじゃついてきな。けど地中にもモンスターは普通に棲息してるから、気を付けてくれよ。一応アタシの言葉が通じる相手なら説得はできると思うけど、それでも腹を空かせてたりすると結局は話とか聞いてもらえないし」

 ナウの言葉に日色たちはうなずくが、シャモエやミカヅキは顔が青ざめている。地中に行くのは初めてのようだし、モンスターも出るとなれば戦闘力の低い彼女たちが怯えるのも無理はないが。

(そういや、地中に穴掘って住んでた幼女がいたな)

 思い出すのは【獣王国じゆうおうこく・パシオン】を訪ねた時。かつての旅仲間であったアノールド・オーシャンの師匠と名乗る人物に会いに行ったのだ。

 その師匠――ララシーク・ファンナルというのが、木の家の地下にありの巣のように研究施設やら寝所などをいろいろ造っていた。

 だから地中は初めてというわけではない。ただモンスターは出なかったが。

(パイナップル娘の言うように楽観的に構えてるだけじゃダメそうだな。話が通じるモンスターなんて極めて少ないんだから)

 確かにミカヅキやニッキを育てたバンブーベアなどのように、人と協調できる存在もいるにはいるが、やはり稀ではある。

 ほとんどが人を敵としか見ておらず、捕食したり殺傷しようと狙ってくるのだ。だからこそ警戒だけは緩めない方が良い。

 地下へ通じる階段を下りていくのだが、思った以上に中はひんやりとしていた。しかし人の手で造り上げられた通路なので、壁には明かりが一定間隔で設置されてあり、薄暗い中にも周りを確認できる程度の明るさはある。

 階段を下りると、その先は細長い一本の通路が延びていた。まるで肝試しでもしているかのような雰囲気に、シャモエとミカヅキは互いに強く手を握り合ってキョロキョロと周囲を確認しつつ歩を進めている。

 逆にニッキは見る物に新鮮さを感じているのか楽しそうに見回しており、

リリィンは憮然ぶぜんとしたまま歩みを進め、シウバはリリィンを守るような感じで警戒しながら彼女の前を歩いていた。

 すると開けた場所に出たので、ここが目的地かと思ったが、そこには幾つにも分かれた道がある。

 ララシークの地下施設もそうだったが、もし迷ったら出られなくなるかもしれない。

「右側の通路を行くよ。その先に仲間たちがいるはずだから」

 ナウの言葉に従って、右側の通路を歩いていく。

(……なるほどな。このいろいろな生き物の気配。多分モンスターなんだろうけど、襲って来ないところをみると、『ドウォッフ族』と戦闘するリスクをしっかり把握してる連中なのかもな)

 モンスターにも高い思考能力と適応能力を持つものだっている。ナウのように戦闘力の高い相手と戦うデメリットを認識できるモンスターだっているのだろう。

 だから姿を見せて『ドウォッフ族』を襲って返り討ちにされないように努めているのかもしれない。

(こういうところもさすがは魔界だな。レベルの低いモンスターなら、相手の実力なんて分からず突っ込んで終わりだし)

 だからこそ魔界のモンスターは質が高いと言われる所以ゆえんなのだろうが。

 ――その時。突然グラグラグラグラと地面が、地中全体が揺らぎ始めた。

「にょわ!? じ、地震ですかな!?」

 ニッキが傍にいる日色の腰に掴まりながら足を踏ん張っている。

「こ、この揺れは!?」

「あ、おい待てっ、パイナップル娘!」

 ナウが何かを悟ったかのように揺れの中を真っ直ぐ突っ切っていく。倒れもせずに見事なバランス感覚だ。

 彼女が走り始めて数秒ほど経った後、揺れが収まったので、すぐにナウの背中を追いかけることにした。

 すると前方から何かを破壊するような音が響いてくる。何度も。何度も。

 一体前方で何が起こっているのか――。

 日色がナウの背中に追いつき、隣に並び立ちながら、

「おい! この揺れは何だ!」

「多分だけど――奴が出たんだ!」

「奴? 奴ってまさか例の鉄のモンスターって奴か!」

 深刻そうに顔を強張らせているナウが静かに頷いた。

 ということはかなりの戦闘力を持つナウたちでさえ勝てない相手がこの先にいるということだ。これはいきなり気を引き締めなければならないようである。

 後ろからはリリィンたちも追ってきているので、傍で走っているニッキにこのことを伝えに行かせた。

 そして日色とナウは二人並んで走り、その先にあった開けた場所へ到着する。

 そこには地面に直径十メートルほどの穴が空いており、その外周には恐らく『ドウォッフ族』であろう者たちが倒れており、まだ立っている者は銀箔ぎんぱくを身体に張りつけたような物体と戦っていた。

(っ!? アレが鉄のモンスターか!)

 確かに今まで出会ってきたモンスターとは一線を画しているような風貌をしている。

 明らかに鉄でできているであろう外見は、決してかにではないが、どこか似た姿をしており、角ばった本体から突き出ている足が八本。それで本体を浮かせて行動しているようだ。

 また顔らしき部分には大砲のような筒が備え付けられており、そこから次々と土を圧縮して作ったような弾を砲撃していた。

(おいおい、アレはモンスターっていうより機械――ロボットって感じそのものじゃないか)

 動く度に油の切れたロボットが動くようなギギギギギといった不気味な音

を鳴らしながら、『ドウォッフ族』たちを蹴散らしまくっている。身体もびついている部分が多いので、音はそのせいかもしれない。

「――みんなぁっ!?」

 日色が止める間もなく傷つく皆のところへ必死な形相をしながら向かって行くナウ。一番近くに倒れていた仲間に駆け寄る。

「大丈夫か、リトン!」

「ナ、ナウか!? お、俺……っ」

 リトンと呼ばれた男の右足から血が出ていた。この足では歩けそうもない。

「バルトが……バルトが……っ」

「どこにいるんだ、バルトは!?」

 ナウはそう言いながら顔を動かして探すが、ある一点を見て言葉を失う。そこには一人の男性が地に伏せており、胸から大量の血を流して、明らかに死亡していると思われた。

「そ、そんな……っ」

「俺のせいだ……俺がぁ……」

「違う! 全部あの訳の分からない怪物のせいだ!」

「違う……そうじゃねえ……そうじゃねえんだよぉ……。俺がバルトをもっと強く止めてたらぁ……っ」

「リトン……? お前何言って……?」

 頭を抱えて異常なほど身体を震わせるリトンの様子に異変を見る。それは遠くで見ていた日色もまたそうだった。

 そこへリリィンたちも追いついてきて、それぞれが機械モンスターを見てギョッとなっている。

「赤ロリ、ホントに見たことも聞いたこともないモンスターなのか?」

「……知らんな。少なくともワタシの知識にはない。しかしまったく生物の気配がしないのはおかしいな」

 彼女の言う通り、あのモンスターからは他のモンスターたちから感じる生気というものを感じない。それにどんなモンスターでも、戦う時は闘気や殺

気といったものが出る。

 しかしアレからはそれすらも感じない。まるで本当に機械が作業を淡々とこなしているかのように。

「おや、ナウ殿はどこへ?」

 シウバが不審に感じたように声を発した。

「あのパイナップル娘なら突撃していったぞ」

「何ですと!? あのような訳の分からぬ相手にお一人でですかな!」

 仲間を傷つけられて激昂げつこうした彼女を日色が止められるべくもなかった。

「見るに、あの穴から出てきたようだが、奴はさらに地下にいたということか」

 リリィンの見解は正しいと思う。しかし今は冷静に分析をしている暇はない。そう思ったのか、シウバが。

「お嬢様、どうかあのやからに魔法をかけて即座に終わらせて頂くというのはできませんでしょうか?」

「…………恐らくムリだな」

「ノフォ!?」

「ワタシの《幻夢魔法フアンタジア・マジツク》は生物に対して限定使用できるもの。アレはどうもそのカテゴリーからは逸脱した存在のようだしな」

 相手に現実と錯覚させるほどの幻を見せつける彼女の魔法だが、確かに対象が物ならばそれは有効ではないだろう。

(ならホントに生物じゃないか調べてやる)

 日色は空中に『覗』の文字を使って相手の《ステータス》を調べてみた。

 ――その結果、驚くべき事実が明らかになる。

 名前は――ギアキーパー。

 レベルやHPなどは特段驚くようなところはなかった。ただし、防御力に関しては、この中で最強の存在であるリリィンの防御力の三倍以上あるのだ。

 さらにいえば、称号のらんにはその者を示す言葉が刻まれているが――。

《称号》 リュンクスに造られしもの・祠を守る存在・機械仕掛けの番人・勇気と知識の結晶体


 と少ないが、確かにあの存在の謎を紐解く情報を得ることができた。

 しかし日色を一番驚愕させたのは……。

(リュン……クスだと? 何故奴の名前が……?)

 その名は懐かしい響きを呼び覚ましていた。リュンクス――その名前が示す人物を、日色は一人しか知らない。

「むむむ、どうかしたのですかな師匠?」

「いや、何でもない。それよりも奴はやはり生物じゃないようだ」

「ほほう、何故そのようなことが分かったのだ?」

 探るような目つきでリリィンが見つめてくるが、いちいちそれに反応するのも邪魔くさい。

「そんなことどうでもいいだろ。今はアイツを仕留める方が先だ」

「そうでございますな、お嬢様の魔法に期待できないというのはいささか残念ではありますが、何とかナウ殿たちを救いだしましょう。シャモエ殿とミカヅキ殿は、傷ついている方たちの介抱を」

「わ、分かりましたですぅ!」

「まかせてよぉ」

「バカ弟子。お前もそいつらと同じだ」

「ええっ、ボクは戦いたいですぞ!」

「ダメだ。どうやらアイツは別格のようだしな。お前じゃ足手まといだ」

「うぅ……っ」

 明らかに先程のツインヘッドグースなんかよりも格上の存在。ニッキがどうにかできる相手ではないし、日色も彼女をかばいながら動くのは厳しい。

 ニッキもそれが分かったのか釈然としない様子を見せているが、シャモエたちと一緒にその場から去っていく。

 ナウは傷ついた仲間たちの前に立って、ギアキーパーの攻撃から守ってい

る。しかし相手の攻撃力が強いのか、何度も吹き飛ばされてしまっているが。

 それでも立ち上がり仲間たちを守る彼女の姿は勇ましくてカッコ良いとさえ思った。

「ジイサン、さっさと奴を仕留めるぞ!」

「畏まりました。わたくしはヒイロ様のサポートと、皆様の防御支援を!」

 シウバの影がズズズズズズと伸び広がり、そこから手のようなものが出現し、倒れている『ドウォッフ族』を掴んではその場から距離を取らせていく。

 日色は空中に『停止』という文字を書いて放つ準備をする。

 しかしそこへ日色の魔力を感じたのか、ギアキーパーの意識が日色へと向く。

「フン、ちょうどいい。こっちへ来い!」

 幾つもの足を素早く動かして日色へと突っ込んでくる。その姿はまさしく甲殻類のようで、少し動きに気持ち悪さを感じさせた。

「ロボットならそのまま停止してろっ、《文字魔法ワード・マジツク》!」

 文字を放つ日色。ただ魔法自体を脅威きよういに思っていないのか、避けることもなくそのまま向かってくる。

 日色は内心で終わりだと思っていると――――バチィィンッと、文字がギアキーパーの身体に触れた瞬間に霧散した。

「――っ!?」

 そういや魔法を弾くようなことをナウが言っていた。それを忘れてしまっていた自分に腹が立つ。

 そんな驚きと怒りに満ちている日色をよそに、ギアキーパーは接近してきて巨大な腕を振り下ろしてくる。

「ちぃっ!」

 咄嗟に刀を抜いてガードをするが、相手の力の方が上で踏ん張りが利かずに吹き飛ばされてしまった。

「師匠ぉぉっ!?」

 ニッキの叫びが響く中、壁へ激突するまでコンマ数秒――。

 その時、壁の前に水の塊みたいな物体が突如として出現し、そこへ日色が突っ込んだ。まるでクッションのように日色を受け止め、壁への激突を防いでくれた。

(な、何だこれは!? いや、これは――水!?)

 薄い膜の中に水を大量に詰め込んだクッションのようなものだった。

 誰かの魔法かと思って見回してみたが、全員がこの現象について説明できない様子で唖然としている。

 そこへ先程日色たちが来た道から大量の水で凝縮された塊がやってきて、ギアキーパーにぶつかり、その衝撃によりギアキーパーは吹き飛ばされて地面に空いた大穴へと落下してしまった。


 ――――――今の内じゃっ、早くそっから離れるんじゃよっ!


 そんな言葉が水の塊が放たれた場所から届く。

(……! 今の声、まさか――)

 日色は声の主に心当たりがあったが、地面が再び揺れ始め、大穴から機械音が聞こえてくる。

「ヒイロ様、ナウ殿! 今はこの場から一旦離れましょう!」

 シウバの提案に、ナウは即座に頷いた後、傍に倒れている仲間リトンを抱えて来た道を引き返していく。

 日色はあのロボットにしてやられた感があり、このまま逃げるだけではしやくだったので、とりあえず大穴に向けて『還元』という文字を放ち、元の状態に戻しておいた。

 さらに『頑強』を重ねて発動させ地面の硬度を上げておく。これでしばらくは時間が稼げるといった寸法だ。

 そしてシウバたちとともに来た道を引き返していく。

 その先では、ナウたちが一人の人物の前で立ち止まっていた。

 その人物が、先程の水の塊を放った張本人だということは分かっている。

 暗闇の中から、壁にかけられている灯りを受けてあらわになる謎の人物の顔。

 知らない者はゴクリと喉を鳴らしてジッと佇んでいるが、日色は明らかになったその者の顔を見て納得する。

「やはりお前だったのか……」

 そして続けて日色が口を開く。


「何故こんなとこにいる――――――ワイルドキャット」

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