第4話 ネクラ勇者、出会い系にドハマりする 後編
「ミーチカ、ダウリナ。お願いだから今日は邪魔しないでくれ」
約束の時間を目前にした俺は、両肘をテーブルに置き、神妙に頼んだ。
「あらあ。邪魔なんてするはずないじゃないですかぁ。私はヘウレーカさまの御使いなんですよ」
憤慨するダウリナだが……、そのヘウレーカの教えが問題なんだよ。
「ああ、ルージェントさんってどんな殿方なんでしょう」
すでに妄想の世界に入ってるし。
ミーチカはミーチカで、なぜかやる気満々だ。
「安心して。あたしが後ろからこっそりサポートするから! 主に念動力で」
「それが一番いらない! お願いだからじっとしてて!」
「えー。一緒の席に座ればいいのに」
なんでだよ。俺たちパーティ組んでないんだから、一緒にいたら違和感ありすぎだろ。
ミーチカとダウリナをテーブル席に残し、俺はカウンター席へと向かう。
やっぱ男ふたりで渋く飲むならカウンターだよな。
エール酒より度数の高い酒をちびちび飲んでさ。やっべ、これまた俺の憧れが今日
酒を頼まずにうずうずしながら待っていると、
「あなたがクラム・ツリーネイル?」
「はっ、はひ!」
後ろから声をかけられ、緊張のあまり素っ頓狂な返事をしてしまう。
くそっ、なんで俺はいつもこうなんだ!
ルージェントの隣に並ぶにふさわしい、渋い男を演じないと。
そう思い、きりっとした表情を作って振り返ったのだが――そこにいたのは想像していたようなダンディな男の盗賊ではなく、褐色の肌と紫の髪を持ったスレンダーな少女だった。
「やっぱりそうなんだぁー。雰囲気でわかっちゃった。アタシがおまちかねの、ルージェント・ルーフレット。十六歳だよっ☆」
……どういうことだ、おい。《仲間さがし》のサイトには男で登録されてたはずだぞ。
俺の見間違いか? いや、そんなはずはない。
「お、女の子だったんですね……」
「そだよー。メールでは男のフリしてたから、びっくりしちゃった? でも、オジサン臭い人より、かわいい女の子が来た方がクラムンも嬉しいよねっ」
「クラムン!?」
「いいでしょ? 愛称があった方が親しみやすいし。あっ、アタシのことはルージェか、ルールーで呼んでね☆」
「……じゃあルージェで」
「あはっ。仲間ってカンジがしていいかも。敬語も堅苦しいからナシでいこうよ」
ルージェは言いながら、隣の席に腰掛ける。
「そ、そうだな」
俺は完璧に混乱していて、動揺を表に出さないだけで精一杯だった。
渋めの男盗賊を想像してたのに、会ってみればきゃぴきゃぴしたチャラい感じの女の子だっただと?
俺はハッとして、後ろのミーチカたちのいる席を振り返った。
ああ、ダウリナが白目を
俺のせいじゃないけどなんかごめん!
でも、ショックを受けてるのは俺も同じだから!
「ここ、クラムンの
そう言って、隣に座ったルージェは身体を預けるようにして俺の腕に手を回してくる。
「うわ」
ミーチカと違って、胸の感触がある! ふよふよしてるぞ!
いくらなんでもスキンシップ激しすぎないかと思わなくもないけど――
しかし、全然悪い気はしない!
むしろ超気持ちいい!
なんせ相手はびっくりするほどの美少女。
渋い男を想像していたからギャップに戸惑っただけで、本来なら
気のせいか、まわりから羨望の眼差しを向けられている気がするぜ。
「一番いいワインを頼む」
思わずその勢いのまま、俺はオヤっさんに注文してしまった。
案の定、オヤっさんから「こいつ調子に乗ってるわね……殺してやろうかしら」という殺気が返ってきたが、それすらも気にならないぞ!
そうか。これが優越感ってやつなのか。
いい……優越感は覚えるのじゃなく、浸るものなんだな……。
今、実感としてわかったッ!
「クラムンはさ、まだ誰ともパーティ組んでないの?」
「く、組んでないよ?」
俺が答えると、ルージェは
「ふーん。アタシもひとりなんだよ。同じだねっ☆」
うわ、これ「仲間にならないか?」って誘っていいタイミング!?
嘘、早くね!?
そもそも俺、男パーティ組みたいと思ってるのに彼女でいいのか?
って、いいに決まってるだろ。なにふざけたこと考えてんだ。人間性に難
さえなければ、性別なんてどうだっていいんだよぉおおおー!
――いや落ち着け。
今のは多分、探りを入れられただけだ。
仲間づくり相談窓口のおばちゃんからも散々「がっつくな」って教わっただろうが。
押されたら引く、これが鉄則。ここは違う話題を振るのが最善の選択。
ありがとうおばちゃん。あなたのお陰で道を踏み外さずにすみました。
「俺はこのあたりに住んでるんだけど、ル、ルージェはどこに住んでるの? もしかして、遠かった?」
よし、当たり障りのない質問だぜ。
そして、わざわざ近場までやってきてくれた彼女への
これ、昨晩考えて用意してきたからね。初対面とは思えないスムーズさ。
「アタシの家? ここより百キルメルト(約百キロメートル)くらい北にあるよっ☆」
「け、結構遠いんだね……」
馬じゃ間に合わないから、瞬間転移装置でも使ったんだろう。リオレスには旧魔法文明が遺した転移装置が各地にあり、ネオンブリッジにも通じている。転移装置こそ、この街が酒場ばっかりでも機能する理由でもある。
「空を飛べば大してかからなかったよ」
ところが、彼女がなにげなく放った言葉は俺の度肝を抜いた。
「え、ルージェって空飛べるの!?」
空中飛行なんて魔法、相当上位の魔法士でもなきゃ使えないはずだけど。
「ん? 当たり前……あっ、ごめんごめん。言い間違えちゃった。クラムンに会えると思ったらあ、空を飛んでるような気持ちになってぇ、時間なんて気にならなかったんだよね」
「あ、な、なるほど」
なんかすごい嬉しいこと言われた気がする。
どうしよう。俺がルージェを仲間に口説くつもりだったのに、もしかして
今、俺が口説かれてる?
参ったな……心の準備ができてなかった。
そこで赤ワインが運ばれてきたので、俺たちは軽く杯をぶつけ合う。
ルージェはワインに口をつけると小声で「おいし……。やっぱり人間の街で飲むお酒は違うね」と言った。
なんだか変な言い回しだったから、俺はもうひとつ気になっていたことを
「でも――ここから百キルメルト北に、街なんてあったっけ?」
あのあたりはダンジョンばかりで魔族の勢力も依然として強いから、とても住めたもんじゃないはずなんだけど。
「あー、えーっとねえ……。アタシぃ、ちっちゃいころからダンジョンに潜ってるから、そこがもう故郷、みたいな?」
「なん……だと……」
まじかよ……。ルージェ、もしかして天涯孤独なのかよ。
聞いたことあるよ。育てるお金がないからと、自分の子供をダンジョンに捨てちゃう冒険者の話。
ダンジョンで死んだ奴の冒険証を赤ん坊にくくりつけて、深いところに置き去りにするんだって、社会問題にもなったやつだ。
俺は自分の甘さを思い知らされた。ぼっちだぼっちだといいながら、俺にはそれでも親がいた。
ときどき『実家いつ帰ってくるの』としかメールしてこない親ではあるが、そんな些細なやりとりにも救われていたんだ。
なのにルージェには家族がいないんだぜ? 俺なんかよりずっと孤独じゃないか。
だから彼女は《仲間さがし》に登録したんだな……。家族みたいに温かいパーティを築くために。
「ダンジョンが家代わりなんて、変かな?」
「いいや……、苦労してきたんだな……」
瞳から、すぅーっと涙が流れた。
これで彼女をひとりぼっちのまま放っておくようなやつは、男じゃない。
俺、この子のこと、一生仲間にします。
「くすっ。優しいんだね、クラムンは」
俺の涙を見て、ルージェは薄く笑った。
と、次の瞬間、彼女の顔が近づいて、頬を柔らかい感触が滑った。
「な、ななな、なにを」
「なにって、濡れてたから
「ぬ、濡れてたからって」
猫じゃないんだから、スキンシップにしても度が過ぎてやしないか!?
ダンジョンでルージェを育てたのは猫のモンスターだとかいうオチ!?
そんな疑問をもったそのとき、俺の目の前にぼうっと炎が燃え盛った!
「ネクラさんから離れなさい! この痴女!」
「あっつ!」
勢い余った炎が、俺の前髪を焦がす!
「誰?」
慌てて火のついた髪をはたき終わったときには、後ろのテーブル席にいたミーチカとルージェが目を合わせ、火花を散らしていた。
「そこにいるネクラ勇者の同居人よ!」
「……同居人? クラムン、さっき仲間はいないって言ってなかったっけ?」
ルージェが俺に疑いの眼差しを向けてくる。
「仲間じゃない。ただ世話してるだけだよ」
「じゃあそっちの司祭さんは?」
「私は飲み友達ですー。今はまだ」
今は、ってなんだ。俺、ダウリナとはパーティ組まないですからね?
「なんだぁ。仲間ぢゃないなら、他人の仲間あつめを邪魔するのはどうかと思うよ?」
「仲間は普通、相手の顔を舐めたりしないから!」
「へぇ。なら、顔以外だったらいいの?」
「このビッチ! ビッチビチのビッチ!」
ミーチカが顔を真っ赤にして叫ぶ。どうでもいいが、ビッチの意味わかってるか?
「あなたみたいな人とふたりで飲ませたら、ネクラさんの人格がもっとおかしくなる! そうなったら同居してるあたしが迷惑するんだよ!」
いや、余計な心配だよ。大体お前、いつまで同居するつもりだよ。
怒り心頭なミーチカとは対照的に、ルージェは落ち着き払った大人の対応をする。
「ふたりっきりにするのが嫌ならさ、そんな後ろから監視なんかしてないで、一緒に飲もっ? その方があたしも楽しいし」
「やだ!」
「まあまあ、ミーチカちゃん。ふたりっきりにしておくよりも、一緒に飲んだ方がいいんじゃないですか?」
ダウリナがだだをこねるミーチカをたしなめる。対応が完全に母親だよね。年齢的には役割は逆にならなきゃおかしいんだけど。
「えー、でもお……」
「ミーチカちゃんの飲み代、今日も私が払いますから」
「そんなにこの席に来たいなら、ふたりそろって来たらいいんじゃない?」
変わり身はやっ! どんだけ
ダウリナもこれ以上この子を甘やかさないで!
「うん、イクイクっ。人数は多い方が楽しいもんね☆」
こんなに邪険にされているのに、ルージェは意に介さずにテーブル席へと移った。
心が広いなー。しょうがないから俺もテーブル席に移ろうとすると、途中で立ち上がっていたミーチカに腕を掴まれた。
「どうした」
「……あたし、なんだか酔っ払っちゃいました」
「あ?」
なに言ってんだこいつ。本気で酔っ払ったときはもっと滑舌悪いだろ。
「というわけでネクラさん、介抱してください」
ミーチカはふてくされたように言う。
「やだよ。お前ひとりで歩けるだろ。酔ったなら水飲むか、そこらへん散歩でもして覚ましてこい」
冷たくあしらおうとすると、
「あー、吐きそう。今にも吐きそう!」
今度はわざとらしく口をおさえる。なにがしたいんだ一体……。
でもここまでされたら放っておくこともできない。ルージェには女の子に冷たい態度をとってるところ見られたくないし。
「大丈夫だよ、あたしはリナっちと飲んでるから。チカちゃんだっけ? その子を介抱してあげて」
ちらりと目線を送ると、ルージェはそう言ってウインクする。
すでにふたりを愛称で呼んでるよ……。
「じゃあ、悪いけどふたりで楽しんでてくれ」
俺はやむなく、ミーチカを連れて店を出る。
「お前、あんだけ邪魔すんなって言っといたのに」
外に出た途端、背中を曲げうっぷうっぷ言っていたミーチカはすっかり普通に戻った。
やはり俺を連れ出すのが目的か。
ミーチカは店内のルージェをちらっと盗み見ながら言う。
「……ちょっと、あのルージェとかいう女、サクラなんじゃない?」
「サクラ?」
サクラって、出会い系の運営に雇われて、他の客に嘘のメールを送ったりしてお金を儲ける、あのサクラ?
「だっておかしいよ。わざわざあっちから連絡してくるあたりからもう怪しい。ネクラさんは、自分に話しかけてくれる人は誰でもいい人に思えるかもしれないけど」
なんてことをいうんだ。当たり前じゃないか!
この世界に、俺に声かけてくれる人がどれだけいると思ってるんだ! 下手すりゃ両手の指で数えられるんだぞ!
「後ろで話聞いてたけど、ダンジョンに潜っててあんなに日焼けするはずないし」
「いやあの肌は、生まれつきなんじゃね?」
日焼け跡が生みだす黒と白のコントラストは大変素晴らしいものですがね、だからって褐色っ娘が全て日焼けだと思ったら大間違いだぞ。
「やけにあの子の肩を持つんだね。なに? 仲間がほしいとかいって、本当はあの子をエロい目で見てるんでしょ!」
「な、なわけないだろ。あのな、そもそもサクラだったら俺と会ったりしないんじゃないか?」
「甘い! 百五十年生きてきたあたしにはわかるよ。あの子は一度会っておいて、いい想いをさせてから、二度目は会わないビッチ的サクラ! 一度会っているだけに、えんえんと金をむしりとられてしまうんだよ……。おそろしい。もはや悪魔の所業だとしか思えないよ」
「なんでそんなに目の敵にするんだ……」
天涯孤独の、かわいそうな子なんだよルージェは。
ダンジョンに捨てられて、猫のモンスターに拾われて育ったんだぞ。
改めて考えてみても、信じられないくらいの薄幸少女。
そんな彼女を疑うとか、マジありえない。
「よし決めた。あたしがあの子の化けの皮をはいでやる」
ふんす、とミーチカは鼻息を荒くして店内へと戻っていく。
「お、おい。ちょっと待てよ」
これ、どう考えてもルージェに失礼なことする流れだろ。俺は慌てて追いかけたが、この暴走エルフを止められる気がしなかった。
「ぢゃあ、ふたりの偶然の出会いを祝して、カンパーイっ☆」
「どうもー。乾杯です」
一方のルージェは、揚揚とした気分でダウリナと飲んでいた。
(やーん。ウブなクラムンも悪くないけどぉ、もっといじめ甲斐のある子を見つけちゃった☆)
ルージェは舌なめずりしながら、隣に座っているダウリナをじろじろと眺めた。おっとりとした瞳といい、柔らかそうな唇といい、豊満な胸といい、ドンピシャでルージェの好みだ。
クラムとの関係性はいまいちハッキリしないが、あの突っかかってきたイヤーマフの少女も含めて、友達以上仲間未満といったところだろうか。
(こういうところに割って入って、人間関係ぐちゃぐちゃにしてやるのが一番楽しいんだよね)
ミーチカとか言ったか、あの少女も悪くない。ああいう初対面の印象が最悪な相手ほど、屈服させ、調教し尽くしたときに達成感がある。
(アタシって、クジ運サイッコーぢゃないっ☆)
勇者ひとりを釣るつもりが、おいしそうな魚が一緒にたくさんついてきた。もう彼女たちはまな板の上に載せられている。あとはどう料理しようがルージェの自由だ。
「ルージェさん、クラムさんの仲間になるおつもりなんですか?」
相手が物騒なことを考えているとは露知らず、ダウリナがおっとりとした声で訊ねてくる。
「ん、あー、まだ考え中かなっ。悪い人ぢゃないと思うんだけど」
「クラムさんはいい人ですよー。それにああ見えて、すごいところもあるんです」
「へえ、すごいって、どんなところが?」
本人が不在のあいだに長所を伝えようだなんて、
かわいいっ。ルージェはますますダウリナが気に入った。
「影の剣王って知ってますか?」
「んーん、知らないけど」
「今、ネオンブリッジで話題になってる謎の剣士なんですけど、もしかしたらクラムさんがそうかもしれないんです」
「へぇー、影の剣王。カッコいいぢゃん」
とりあえず感心してみせたものの、そんな立派な異名がつきそうな人物には見えなかった。ダウリナの思い違いではないだろうか。
(あ、それならリオンの作ったリストを見てみればいいか)
ルージェの生み出したホムンクルス、リオンの仕事は、リオレスで
ダウリナが語るように影の剣王がすごい剣士なら、きっと危険人物リストに載っているはずである。
紫煙の迷宮から出かける前に、念のためとリオンはデータ版をスマホンに入れてくれていた。
『危険人物には全員、危険指数を設定してますが、ルーさまを危険指数で表すとすればおおよそ90くらいです。なのでそれ以上の相手とは、絶対に事を構えないでくださいね』
そんなことを言いながら。
全く、心配性なものだ。自分以上に強い人間に、早々出会ってたまるものか。
(まあ人間だし、アタシの三分の二、60くらいあれば認めてあげよっかな)
影の剣王を検索すると、画面にはクラムとそっくりな似顔絵が表示される。
(へえー。本当だ)
確かに、影の剣王の正体はクラムで間違いないらしい。
(どれどれ、肝心の内容は、と)
**********************************
○影の剣王
戦闘能力……A
特殊能力……B
異常性……A
将来性……B
総合危険指数……95
自分のダンジョンに影の剣王が現れたら、まずは逃げましょう。パーティは組んでいませんが、瞬間的な戦闘力に限れば魔族公爵にも匹敵しかねません。また、スマホンに録音された声と会話するなど異常な行動をとることが多く、遭遇時には異様な恐怖をかきたてられることでしょう。
光の剣帝やリオレス巡回騎士団長などと並び、剣の腕は人間種で五本の指に入る危険人物です。
それほど積極的にダンジョンに侵入してくることはありませんが、もしそのようなことになれば――悪いことはいいません。地震や竜巻のような天災だと思って諦め、ダンジョンを手放しましょう(涙)
**********************************
「あばばばばばばば」
「? どうかされたんですか?」
スマホンを見ていきなり動揺したルージェを不審に思い、ダウリナが画面をのぞき込んでくる。
「う、ううん。なんでもないっ」
慌ててスマホンの画面を隠すルージェ。背中にどっと汗がふきだす。
(危険指数95って……、冗談でしょ? ただの人間が……、あんなのが、アタシよりも強いっていうの?)
ありえない。
それにこんな相手に、いきなり偶然出会うものだろうか。
ルージェは気を落ち着かせるため、赤ワインを口に含んだ。
まさか――他のふたりについても名前を入力してみる。
**********************************
○ミーチカ・オルレイン
戦闘能力……B
特殊能力……B
異常性……C
将来性……A
総合危険指数……88
新米冒険者ながら、敵に回したくない相手のひとりです。次期エルフの巫女最有力と目されていたことからも、彼女のずば抜けた魔力をうかがい知ることができるでしょう。ちなみに百年前、リオレス南東に広がるシャリオールの森が半分焼失したのは彼女の魔力が暴走したためです。
無尽蔵ともいえる魔力に比べ、心は幼いので、戦うとしたらそこをつくべきでしょう。ただ、下手に怒らせると眠っている本来の力を目覚めさせてしまうかもしれません。
もしダンジョンに来るようなことがあれば、お菓子やミルクを出して懐柔するのが吉だと思います。ダンジョンを火の海にされたら、逃げ場がないですからね。
**********************************
「ぶぶっ!」
「だ、大丈夫ですか?」
「へ、平気平気」
飲んでいた赤ワインを吹き出してしまったせいで、ダウリナからさらに変な目で見られてしまった。
それにしても――わけがわからない。他にリストアップされている人物を見ても、危険指数の平均は30から40といったところだ。
80以上の相手がふたりもいるなんて――ますます偶然とは思えない。
(じゃ、じゃあ今隣にいるリナっちは……?)
**********************************
〇ダウリナ・プランジット
戦闘能力……D
特殊能力……A
異常性……B
将来性……A
総合危険指数……86
ヘウレーカ教団の秘蔵っ子で、呪いのアイテムを作ることに関しては右に出るものがいないとされている要注意人物です。腐った道に確かな自論を持ち、信者からの信頼も厚いようです。今はヘウレーカ教の一司祭に過ぎませんが、冒険者としての功績
仲間が死んでも復活させる、あるいはゾンビとして蘇らせるなどの戦略を使ってくることが予想され、状況次第では極めて厄介と言わざるを得ません。彼女が加入しているパーティと遭遇したら、薄い本をばらまいて逃げましょう。なお、
**********************************
「薄い本ってなに!?」
大声で叫んでしまったあと、ルージェは口をおさえた。
「薄い本、ですか……」
自分に向けられた問いと勘違いしたのか、ダウリナは思慮深く
さっきまでのおっとりとした雰囲気が――かき消えている。
「薄い本とは、私たちヘウレーカ信者にとって聖書のようなものです」
「へ、へぇー、聖書なんだぁ……」
聖書とは分厚いものかと思っていたが、ヘウレーカ教では違うらしい。
その分、内容が濃いのだろうか。
「じゃあ、CPってのは?」
「CP……、それは神話の時代から我々人間に課せられた、いえ、掛け合わされた原罪」
「原罪」
なんだかわからないが、重い。
「そう、我々は生まれながらにして裁かれるべき宿命なんです。私も、そしてあなたも」
「さ、裁く……」
遠まわしに全てを見抜かれているような気分になってきた。
どうしよう。もしかして――罠にはめられた?
曲がりなりにもルージェは魔王の娘だ。もし倒れれば魔族軍の士気は低下し、捕らえられれば交渉の材料に使われる。いずれにせよ魔族全体の不利益となる。
マズい。立場的にそれはマズすぎる。
「あ! アタシぃ、ちょっと急ぎの用事思いだしたんだけど、帰っちゃってもいいかな?」
逃げるなら、ダウリナしかいない今をおいて他にない。
そう思って慌ててルージェは立ち上がる。
「ええ? ダメですよ」
「ひっ」
だが、ダウリナはそんなルージェの肩をがっしりと
「クラムさんが帰ってきたときに、ルージェさんがいらっしゃらなかったらショックを受けると思います。すぐに帰ってこられますから、ね、少し待ってましょう?」
「そ、そだよね……」
ルージェは確信した。
スマホンを拾ったのも、出会い系サイトに登録したのも、そのなかでクラムに行き着いたのも、全て自らの行動の結果だと思っていた。
けれど、違ったのだ。
自分は、人間たちの手のひらの上で踊らされていた!
「茶番は終わりよ、この悪魔!」
バン、と盛大な音を立てて酒場の扉が開く。
ミーチカとクラムが戻ってきたのだ。
いや、彼らは席を外してなどいなかった。ずっとルージェのことを監視していたに違いない。
「あたしはあなたの正体なんて、お見通しなんだからね!」
ルージェは、ずかずかと歩いてくるミーチカに訊ねる。
「……いつから気づいていたの?」
するとミーチカは意外とばかりに目を見開いた。
「や、やけに認めるのが早いじゃない……。いさぎよさだけはほめてあげるけど」
クラムもまた驚いた表情になる。
「い、いや、俺は気づいていなかったんだけど。え、本当に?」
演技にしてはやけに自然だ。
さすが、今の今まで魔族である自分を騙し通しただけのことはある。
「白々しっ。最初からアタシを罠にはめるつもりだったくせに。今思えばお
かしいぢゃんね。ダンジョンにスマホンが落ちてるなんて」
「……なんの話か分からないけど」
「なによぉ、まだしらばっくれるの?」
ルージェが
とてもじゃないが危険指数95の男とは思えない素振りだ。
「とにかく、こんなことはやめた方がいい。君のせいで傷つく人はたくさんいる」
その言い分に、ルージェは笑ってしまう。
人を傷つける? 当たり前だ、自分は魔族なのだから。
「そうね、私はたくさんの人を傷つけてきた。それで、どうするの? アタシを捕えるの? それとも殺す気?」
ルージェは気づかれぬよう、そっと腰の
「こ、殺す? まさか。俺は君が改心してくれるならそれでいい」
「改心? あははっ、無理無理☆ アタシぃ、そういう風に生まれついてるんだよね」
なにをこの男は甘っちょろいことを言っているのだ。この期に及んで。
「いいや、元から悪に生まれつく者なんていない」
だが、クラムは椅子に座ると、テーブルの上に残したままのルージェの手を両手で包む。
「なにを……」
「そ、そうだよな。暗いダンジョンのなかで親の温もりも知らず、孤独だったんだろ。人のことなんて信じられなくもなるし、冒険者を憎んだりもしただろう。……でも、俺は君のなかにも善い心があるって信じてる。俺たちはきっとわかりあえるよ」
「…………クラムン」
ああ、そうか。言われて初めてわかった。
――自分は退屈ではなく、孤独を感じていたのだ。
父とは生まれてから数度しか会ったことはなく、兄や姉とも疎遠。他に親しい魔族もいない。
いつも会話をするリオンも、結局は自分の作り出した生命体であり、己の分身のような存在に過ぎない。
なんだか、涙が出た。
人間と魔族は、相容れない存在だ。
何百年と敵対し、憎み、いがみ合ってきた。
自分だって、人間をどれだけ不幸にしてきたかわからない。
それなのに、クラムはそんな種族の垣根を越え、わかりあえると言う。
――自分が本当に欲しかったもの。
それは、スマホンでも、もてあそぶための愛玩物でもない。
自分を本当に理解してくれる、仲間――
そうか。クラムが自分をここに招いたのは、人間と魔族が共に暮らせる未来をつくるため。
魔王の娘である自分が橋渡しの役目を担えば、人間と魔族とのあいだに新たな関係を築くことができるかもしれないと――
鞭から手を離し、ルージェは溢れそうになった涙を拭った。
「わかった。あたし、あなたの気高き理想のために、この命を――」
「だからサクラなんて辞めて、俺の仲間になってくれ!」
「捧げたってかまわ………………は? ……サクラ?」
思わぬクラムの言葉にきょとんとしたルージェは――
ようやく勘違いに気づいた。
ズパパパパパン!
「ぎぃやあ―――――――――ッ!!」
ルージェの鞭が、容赦なくクラムの全身を打ち付ける!
「あああああああ、もう、もうっ!」
無駄に感動してしまった自分が情けないやら恥ずかしいやらで、ルージェは顔を真っ赤にして走り去る。
「あ、ま、待ちなさいー! サクラー!」
「あたしはサクラぢゃないわボケェー!」
ミーチカは逃げるルージェを追いかけようとしたが、すぐに転んでしまったのだった。
「……ミーチカのせいだぞ」
ルージェが酒場を出ていってからというもの、俺はむちゃくちゃ機嫌が悪かった。
いくら酒を飲んでも、まずくてまずくて仕方ない。
「ぐすっ。クラムだって途中から本気でサクラだと思ってたくせに」
ミーチカは転んでぶつけた膝小僧が痛いらしく、ずっと涙目だ。
くそっ。泣きたいのはこっちだよ。あとちょっとで仲間ができるところだったのに、実際にできたのは鞭によるミミズ腫れだ。
……わかってるよ。ミーチカの妄言を真に受けた俺も馬鹿だったんだよな。
でも、あんなに会話が成立するんだもんよ。誰だってサクラだったんだと思うだろ?
ルージェは冒険者の親によってダンジョンに捨てられた。その恨みはやがて冒険者全体に向けられるようになり、ついにはサクラになって仲間を探す冒険者を
なんて妄想が頭のなかに浮かんだって、仕方ないじゃないか。
「それにしても、サクラじゃなかったのなら、ルージェさんはなにを責められていると思ったんでしょうね?」
「それは……また会ったときにでも訊いてみなきゃわからないなぁ」
そう言ってはみたものの、果たして、再び会うことはあるんだろうか。
うーん……、ありそうな気がする。最近、めんどくさい人間関係ばかり長
続きするし。
彼女がいなくなってから冷静になったけど、やっぱ、あの子を仲間にするのはヤバいよな……。
なんかいちいち言動がエロくて理性が飛びかけるもん。ダンジョン内であれをされたら、気を取られて命がいくつあっても足りないって。
「そもそも、ネクラさんが出会い系なんかで仲間を探そうとするのがよくないんだよ!」
涙目のまま、ぷんすかするミーチカ。
「仕方ないだろ。まわりにろくなのいないんだから」
「ろくなのがいない……? あら、クラムさん、鞭のあざが痛むでしょう? 今、回復魔法をかけてあげますねー」
「やめて! それたまに即死する方に賭けてるでしょ!」
目が笑っていないダウリナから逃げようとしたが、俺の足はなにもないところでつまずき、酒場の床に倒れ込んでしまう。
「罰だよ罰!」
どうやらミーチカの念動力で転ばされたらしいんだが、そんなことできるならさっきルージェにも使えよな!
「さあさあ、クラムさんから、痛いの痛いのとんでけー」
「やめろー!」
結果からいえば、俺は即死することなく、傷は跡形もなく消え去ったんだが……。でもさ、俺のふられ続けてできた心の傷は、一体いつになったら癒されるんだろうな。
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