第10話 ネクラ勇者、パーティチケットを争奪する

ネクラ勇者、パーティチケットを争奪する

「はぁ……。今日もダメだったぜ……」

 一軒目の酒場で仲間づくりに大失敗した俺は、傷だらけになった心を引っさげ、今日も《旅の道連れ》亭へと向かう。

 ここに集まる飲み友達は厄介な連中だけれど……、最近は安らぎの場になりつつあった。少なくともみんな、俺の話を聞いてくれるし、主人のオヤっさんがつくる飯はどれも旨いし。

 なんだかんだ、ここにいるときが一番落ち着くんだよな。

「オヤっさーん、ちわー」

「ぶぅーんぶぅーん!」

 酒場の扉を開けると――幼子が遊んでいるような声が聞こえてきた。

 誰かが自分の子どもを連れ込んだのか? と思ったけど、《旅の道連れ》亭にいるのは俺のよく知っているメンバーだけだ。

「ぶんぶんぶぅーん!」

 店内を飛んでいるのは、旧文明で実在した乗り物を模した木製の模型。

「ミーちゃん、すごいですー!」

 ダウリナがパチパチと拍手を送るなか、ワンドを振るうミーチカがふふんと自慢げに鼻を鳴らす。

「クラムも見て見て! 伝説の飛空艇《マークカノン》のとことん尊い復活を! ぶぶんぶんぶぶ!」

「…………」

 前言撤回。ここ、全然落ち着いて飲める酒場じゃないわ。

 どうやら模型はミーチカお得意の《念動力サイコキノ》で飛んでいるらしい。

 両翼がパタパタと精巧に動く模型。これを作ったのは一緒になって喜んでいるダウリナだろうな。相変わらず器用さを無駄遣いしている。

「あ、クラム、ちょっとそこに突っ立っといてくれる?」

「?」

 ワンドを振り回しながらミーチカが言うので、怪訝けげんに思いながらも立ち止まると、模型の飛空艇が近づいてきて、俺の頭上にガチャンと落ちた。

「いたっ!」

「はい、ネクラ空港、ネクラ空港~」

「……おい」

 勝手に頭の上に着陸させるな。しかもネクラ空港ってなんだ。旧文明では飛空艇を停める平地をそう呼んでたらしいけど、平地扱いされるほど髪の毛が薄いつもりはないぞ。

「はい、また離陸しまーす」

「痛い痛い!」

 今度は模型の隙間に髪の毛挟まってるから!

 髪を何本か奪い去って飛び立った飛空艇を見て、うひゃひゃと笑うミーチカ。ダウリナもとめやしないし、相当酔っぱらってるな。

 店内にはルージェとセラもいたが、今日の後衛コンビのノリにはついていけなかったらしく、奥のテーブルでしっぽり飲んでいる。

 普段はセラと離れて飲みたい俺だけど、今夜ばかりはあっちに混ざるか。

「はぁ……」

 ふいに聞こえたため息に振り返ると、俺の親族が戸口で頭を抱えていた。

「なにやってるのかしらね……。あなたの飲み友達は」

「おばちゃん」

 あ、しまった。いきなり後ろから現れたから思わず禁句が出ちゃった。

 また暴力の嵐が吹き荒れる! と、警戒心を強めた俺の頬に、おばちゃん

が優しく手を差し伸べてくる。

 あれ、怒らないのかな――と思っていたら。

 スパパパパパン!

 気がつくと俺は、高速の往復ビンタを食らい、床に尻餅をついていた。

「誰がおばちゃんか、コラ♪」

 そう静かに言うと、倒れ込んだ俺を放置し、酒場に入るおばちゃん。

 新しいパターンだったせいで、回避も強化魔法も間に合わなかった……。

 通じなかった技は何度も使わない。さすが元ベテラン冒険者は違うぜ!

 飛空艇に夢中になっていたミーチカは、近づいてきたおばちゃんに気づくと「あーっ」と無遠慮に指差した。

「ネクラさんのおばちゃん! ネクラおばちゃんだ!」

「……ネクラおばちゃん?」

 ネクラ空港の延長みたいなその呼びかたが、逆鱗げきりんに触れないわけがない。おばちゃんは手甲を着けていない左手を素早く伸ばすと、不用意なエルフの両頬をつかむ。

「ふ、ふぐぐ」

 口を満足に動かせなくなったミーチカに、おばちゃんが顔を近づける。

「はい、ミーチカちゃん。復唱しましょ。オ・ル・ヴァ・ちゃ・ん♪」

「お、おぶばはん」

 おばちゃんの眼光が、みるみるうちに鋭くなる。

「違うでしょ、オルヴァちゃん!」

「お、おぶぶあん」

「言ってもわからないなら、甥っ子と同じように指導しないとね♪」

「ふ、ふええ」

「オルヴァちゃん……、手を離さないと上手くしやべれないんじゃないかな」

「あら……、ごめんごめん。頭に血がのぼっちゃった♪」

 俺の指摘によって、ようやく冷静さを取り戻したおばちゃん。万力のように締め付けていた手から解放されたミーチカは、涙目で俺の後ろに隠れる。

「クラムー、あの人怖い……」

 俺のズボンの生地をぎゅっと掴む。完全にいじめられた子どもの行動だ。しかし、こういうところなんだかんだ言ってもかわいくてほっとけないんだよな。俺はよしよしと頭をでてやる。ま、相手は百五十歳なわけだが。

「ちょっと、とことん尊いあたしをお子様扱いするなんて……」

 文句言いながらも、まんざらでもない態度をとってんじゃねーよ。

「久しぶりね、オルヴァ。今日はお酒飲んでいくの?」

 気さくに笑いかけるオヤっさんに肩をすくめてみせるおばちゃん。

「仕事が終わったらね」

「仕事?」

 いつもは相談所からほとんど出ないのに、珍しいこともあるもんだ。

 怪訝そうな俺への説明を兼ね、おばちゃんは胸元から丸めた一枚の羊皮紙を取り出す。

「クエスト・ボードに貼り紙をね。クラムちゃんは興味湧くんじゃない?」

 貼り付けに行くおばちゃんについていき、後ろから書かれた内容を読む。

「『冒険者対抗・チキチキ! 宝さがしゲーム!』だと……?」

 開催は一週間後。三人チームで挑む、早いもの勝ちのお宝争奪戦とある。

「どう、面白そうでしょ? 冒険局の職員が総出で企画したのよ」

「まあ、そうだなー」

 興味がないわけじゃないけど……。

 俺が欲しいのはお宝よりも仲間なんだよな。

 さらに言うと、仲間という名のかけがえのない宝っていうか……。

「くさっ! そういう恥ずかしいことよく言えるわね」

「……俺、口に出してた?」

「思いっきり」

 くおおお、死ぬほど恥ずかしい!

「相変わらず冒険局はくだらない仕事してるわね……。魔族はまだ滅んでないのに、平和ボケが過ぎるんじゃないの?」

 俺が身もだえしている隙に、オヤっさんがあきれた声で言う。

「そう言わないで。これは冒険者の息抜きと育成を兼ねたイベントなの」

 おばちゃんは苦笑する。こんな歯に衣着せぬ物言いをして怒られないの、オヤっさんくらいだよな。《旅の道連れ》亭を紹介してくれたのも元々おばちゃんだし、このふたりの付き合いは結構長いみたいだ。

「最近は無法冒険者アウトサイダーも増えてるし、そういう非行に走る子が少しでも減ればと思ってね」

 無法冒険者アウトサイダー――冒険で磨いた腕っぷしを、魔物や魔族を倒すことにではなく、悪事に使っている連中。俺も何度か相対したことがあるけど、あんまり気分の良いやつらじゃなかった。

 この種のイベントは、冒険局と冒険者のコミュニケーションにもつながる。確かにルーキーのうちから目をかけていれば、悪の道に進む前にとめられるのかもしれないな。

「なになに、なんの話してるのー?」

 俺たちの会話が耳に入ったのか、ルージェとセラが寄ってきた。つられるようにして、ミーチカとダウリナも近づいてきて、各々貼り紙を確認する。

「宝さがしゲーム! へえー、どこに行けばお宝がもらえるの?」

 ミーチカ、ちゃんと内容読んだ? お宝は奪い合うんだぞ。

「攻略済みダンジョンに新しく宝箱を設置してるの。豪華景品もあるわよ」

「豪華景品! へぇー、アタシのためにあるようなゲームね☆」

 盗賊のルージェが目を光らせる。金貨とか、宝石とか想像してそうだな。

「伝説の武器も手に入ンのか? それなら面白味もあるってモンだけどよ」

 一方、戦士のセラは武器にしか興味がなさそうだ。ていうかお前はすでに伝説の武器を持ってるだろ。背中の魔剣《ガランシェラッド》を超えるものはいくらなんでも出ないと思うぞ。

「みんな興味津々ね。ちなみに仲間づくり相談所からは、これを出すわ!」

 まわりの反応を楽しむように微笑むと、おばちゃんは自らの手を掲げる。

 その指先に挟まっているのは、青く細長い紙。

 形状は前にダウリナと行った演劇のチケットに似ている。その表面に書かれた文言を読み取り、俺は驚愕きようがくに目を見開いた。

「《パーティコーディネイトチケット》だと……?」

「そう、略してパーチケ! これを使えば、冒険局があなたに代わり、理想のパーティを結成させていただきます!」

 なん……だと……?

 冒険局は、冒険者必携の冒険者証明書を発行する機関だ。各冒険者の特徴はもちろん、今誰がフリーなのかも当然、把握している。

 そんな冒険局が全面的にバックアップしてくれる……、だって?

 仲間のいない俺たちが、そんなおいしい話に食いつかないわけなかった。

「ネクラな俺が話しやすい、気さくな野郎どもとパーティを組むことは?」

「できるわ」

「アタシがドMで従順な美男美女をはべらせることは?」

「……できるわね」

「本気で打倒魔王を目指してるやつらと仲間になることは……」

「もちろんできるわ、セラちゃん♪」

「幅広くCPカツプリングできる殿方たちとパーティを組んだりは……?」

「……ヘナンチャラーカ教に渡すつもりはないけど、できるんじゃない?」

 人によっておばちゃんの態度が違うのは気になったけど……、要はなんでもあり……?

 なんだそれ! パーチケさえあれば、勝ち組の仲間入りじゃないかよ!

 い、いや、興奮するのはまだ早い。おいしい話には落とし穴がつきもの。

「チェンジ、チェンジ権はあるんだろうな……」

 心配性だと思わないでくれ。これ、意外と重要である。

 例えば男パーティを要望した場合、なにかの手違いで俺の大嫌いなセラが選ばれたりしたら目も当てられない。無駄遣いにならないためにも、チェンジの権利は絶対に必要だ。

 おばちゃんは、自信たっぷりにピースサインを作る。なにそれ、OKって

ことかと思っていると、おばちゃんから驚愕の言葉が発せられた。

「二回まで可よ」

 二回……だと?

 じゃあ、よっぽど残酷な偶然が続かない限り、好みのパーティを作れちゃうじゃん。待ってくれよ、てことは、俺が求め続けた理想の男パーティが、ついに現実のものとなるのかよ!

「やーん、ついにアタシを称えるハーレムが誕生しちゃうのね」

「魔王を倒すまでの道のり……、本当に長かった……」

「ハァハァ……。まだ見ぬCPカツプリングに夢が膨らみますー!」

 すでにパーチケを取ったつもりになっているのは、俺だけじゃなかった!

「ばかみたい」

 しかしそんななか、ただひとり冷静だったのは――意外にもミーチカ。

「そんなチケット欲しがるなんて、いやしんぼにもほどがあるね! これだから、かとーなにんげんは!」

「なんだ、ノリ悪いな」

 普段ならちょっとしたことで喜怒哀楽を表に出すくせに。

「ふん、どうせ《影の剣王》さまとはパーティ組めないんでしょ?」

 あ、そういうことか。そういやこいつの理想が一番、厄介なんだった。

 ミーチカが憧れている勇者、《影の剣王》。その正体は未だに謎のまま。

 全冒険者をリスト化している冒険局でも、彼が誰かまでは把握していないはずだ。剣王は記録所に冒険の報告をしていないって言うし……。

「《影の剣王》さまと組めないんじゃ、そのチケットも紙くず同然だね!」

 ビシッとおばちゃんの持ったチケットを指差すミーチカ。

 よくぞ言った! それならお前が手に入れた暁には、俺にくれるよな!

「《影の剣王》ねぇ……」

 ニヤリとするおばちゃん。なんだろ、勝ち誇ったような表情に見えるが。

「できないんでしょ? なら、どうせ他の景品も大したことは――」

「できるわ」

「そうそう、素直に認めれば――――ええ!?」

 ミーチカは驚きのあまり、目を見開いて硬直する。

「冒険局が本気を出せば、《影の剣王》なんていつでも捜し出せるわよ」

 ん、なんでおばちゃん、俺のほうを見たんだ?

「剣王さまを、捜し出してくれるの……?」

 チケットへと送る眼差しは、羨望の入り混じったそれへと急変し――

 ミーチカはバッと勢いよくその手を挙げた!

「あたし、宝さがしゲームに参加します!」

 んんー、いやしんぼ!

 パーチケで盛り上がっていた俺たちをあんなに馬鹿にしていたくせに!

「ミーちゃん……。なんて残念な……」

 普段はミーチカ擁護派のダウリナも、今回ばかりは可哀想な目をする。

「か、勘違いしないでよ。あたしはあくまで、他の宝に興味があるの。もしかしたらそう、歴史的に価値のあるものが出るかもしれないし。そういうものは、とことん美のわかる文化人、つまりあたしの手にあったほうがいいに決まってるんだから!」

 冒険者対象の宝さがしに、そんなものが出るわけないと思うけどな。

「えへ、《影の剣王》さまとパーティに、えへへ……」

 取り繕ったそばから、よだれを垂らしてるぞ。

「でもさ。この企画、ひとつ問題があるよね」

 貼り紙を眺めながら呟いたのはルージェだ。

「問題?」

「そう。三人チームってとこ」

「……三人?」

 俺は告知の内容を見直す。確かに、三人で一チームと書いてある。

 そして、この場にいる冒険者は五人。

「パーチケを一枚手に入れれば、チームの三人それぞれにパーティを組んであげるわよ! 大盤振る舞いでしょ?」

 それはありがたいけど、今はもっと大きな問題が横たわってるんだよ。

「オ、オルヴァちゃんは、この企画に出ないの?」

「参加者として? それは無理よ。私たちが宝を設置してるのに」

 まあ当然だよな……。てことは、五人のうち二人は、パーチケを手に入れるどころか、参加すらできないわけだ。

 俺たちのにらみ合いが始まった。

 ど、どうする? いち早く三人組を作ってしまえば勝ちなのはわかっている。しかし、先に動いたことで、逆にハブられる危険性もなくはない。

 まず誰をチームに組み込むべきか、それだけはハッキリしている。

 今回に限っては、絶対にルージェだ。盗賊としてのスキルを持ち、機転も利く。《多重高速化マルチアクセラ》状態の俺を除けば、このなかで足が一番速い。宝さがしにはもってこいの人材。

 しかし、それは誰もが考えているはず。あ、ルージェと仲が悪い上に、頭の悪いミーチカは違うかもしれないけど――

「ここは、恨みっこなしのコイントスで決めようゼ」

 必勝法を考えようとしていたら、セラがそんな提案を持ちかけてきた。

 運に委ねる気かよ。そういうところがリア充の思考だよな。

 運命は自分を裏切らないとか思ってるやつ、俺は大嫌い!

 くじ的なもので当たりを引いたこと、子どもの頃から一回もないからね!

「コイントスね。アタシは構わないけど?」

「私もいいと思いますー。誰とCPカツプリングになっても文句なしで」

 ところが、俺の想いに反してその案には次々と同意の声があがる。

 嘘だろ、どうしてみんな、簡単に自分の運を信じられるんだよ……。

 こうなったら俺も同意するしかないのか……。そう諦めた瞬間、俺の脳裏に悪魔がささやきかけてきた。つまり――悪知恵を思いついたのである。

「わかった。そうしよう」

 俺は短く同意すると、続けて隣にいたミーチカに、他の人には聞こえない声量でささやく。

「なあ、コインの裏表って、コントロールできるか?」

 ミーチカは《念動力サイコキノ》が使える。さっき飛空艇を操っていたように、空中にあるコインの回転を操ることができれば――絶対に負けない。

 ミーチカはゲーム本番で役に立ちそうにないが、この際仕方ない。ルージェも合わせて三人組を作り、参加さえできればそれでいい。

「ネクラさん、お主もワルよの……」

 どこで覚えてきたんだ、その言葉。

「……でも、無理なんだなあ」

「え、なんでだ」

 もしかして、イカサマをするのが嫌だとか?

 そんなに正義感の強いやつだったっけ――と思ったが、違った。

「あたしの《念動力サイコキノ》、ワンドを持ってないと精密な操作ができないんだよね。手ぶらで操ろうとしたら、ワケわかんない方向に吹っ飛んじゃうよ」

「え」

 言われてみれば――《念動力サイコキノ》を使うとき、ミーチカはいつもワンドを手にしていた。ワンドなしのときは俺を吹っ飛ばしたりとか、暴走に近い魔法になってたし。

 コイントスのとき、ワンドを持たせとく?

 ダメだ。不自然だし、絶対にバレる……。

 みんなすでに懐から各々の銀貨を取り出している。表には王冠、裏にはかつてのリオレス王、アルゼロス九世が描かれている硬貨だ。

「くそ、結局は運に頼るしかないのか……」

 大丈夫、五人中三人が選ばれるのなら、確率的にはそう悪くないはず。財布から銀貨を出しながら、俺は自分自身に言い聞かせる。

「いっくよー。それっ☆」

 ルージェの掛け声で一斉にコインは宙を舞い、手の甲でキャッチされる。

「さあ、どっち?」

 コインを確認してみると、俺の銀貨は王冠の描かれている表だった。

「あたしは表! とことん尊い王冠マーク!」

 ミーチカが張り切って、俺と同じマークをかざす。

 よしよし、あとひとりでも表なら、少なくとも負けはしない!

 表が四人以上ならやり直しになるけど、これはいけるかもしれない!

「オレ様はアルゼロス九世――裏だゼ」

「あら、私もです」

 くっ、ダウリナとセラは裏か……。

 二対二になったから、やり直しはなくなった。

 てことは、あとはルージェがどっちかにかかっている。

 頼む、表であってくれ! ルージェが一緒なら、イカサマで組もうと思っていたとおりのメンバーになるんだ!

「あはっ☆ なんだかみんなの視線がいたーい☆」

 手の甲に落としたコインを覆い隠したまま、もったいをつけるルージェ。

「いいから、はやく開けよ」

 俺はいてもたってもいられず、彼女の腕を掴んだ。

「あん、ヤダ。クラムンったら強引なんだから……」

「あのな」

 睨みつけると、しょうがないなあという表情で、ルージェはようやく覆っていた手をどかす。

 そこに描かれていたのは、王冠――をかぶったアルゼロス九世。

「う、裏、だと……」

「ごめんね、クラムン☆」

「そ、そんな……」

 その結果に愕然がくぜんとしたのは俺だけではなかった。ミーチカもまた、放心した様子で尻餅をつく。イカサマなんてせこいことをしなくても、きっと自分があぶれることはない――そう思っていたんだろう。

「ってことはオレ様、ダウリナ嬢、ルージェ嬢で参加か」

「楽しみですね。よろしくお願いしますー」

「あはっ☆ なかなか心強いメンバーだねっ☆」

 和気あいあい、盛り上がる三人を、俺は呆然と見つめていた。

 わかってた……。本当は心のどこかでわかってたんだよ。

 こういうとき、俺はどうやったってあぶれる運命だってさ……。

「はいはい、やり直しを希望します!」

 しかし、俺と同じくダメだったエルフは、とことん諦めが悪かった。

「とことん尊いあたしが参加できないゲームに、価値はないと思うので!」

 ゴネて状況を打開しようとする浅ましいミーチカ。しかし理屈がひどい。

「まあまあ、チカちゃん、そんなに心配しなくても大丈夫だって」

 幼エルフの両肩を後ろから抱くように掴み、ルージェが妖艶に笑う。

「パーチケ使って、チカちゃんをアタシのハーレムに入れてあげるから☆」

「ハ、ハーレム!?」

 褐色の手を振り払い、後ずさるミーチカ。その頬は微かに紅潮している。

「そのときには絶対服従を示す首輪をつけてもらうけどっ☆ ふふっ、楽しみだなぁ、チカちゃんをいぢめるの」

「や、やだー! 絶対やだ!」

 床に仰向けで倒れ込み、じたばたと暴れる百五十歳。

 親に玩具をねだる駄々っ子か……。

「クラムはこれでいいの!? ネクラさんがパーティを組めるチャンスなんて、これを逃したら二度とないかもしれないのに!」

 半泣きでそんなこと言われてもなぁ。

「俺だって嫌だよ。でも、大人には諦めが必要なときだってあるし……」

「そうやっていっつも諦めてるから仲間ができないんじゃないの!?」

 ぐっ、きつい。そりゃ、自分が頑張ってどうにかなることなら、俺だって諦めないさ。でも、今回は誰かが諦めなきゃどうしようもないだろ――

 あとひとり、誰か冒険者がいてくれたら、ふたつ目のチームを組めるかもしれないけど……。

「――――お困りのようですね」

 そのとき、カウンター席でひとりの女性が颯爽さつそうと立ち上がった。

「あんたは……」

 眼鏡に、綺麗に水平に切りそろえられた前髪。その奥には、美しくもまるで感情を読み取ることのできない無表情。

「ダンジョンコンパ以来ですね、みなさま」

 リオン・ルーフレット。

 生真面目にも思える外見とは裏腹に、彼女はルージェの姉なのである。

「お姉ちゃん、こんなところになにしに来たの?」

 突然現れた姉に、似ても似つかない顔の妹は剣呑けんのんな眼差しを向ける。

「しかも、ゲームに参加するなんてさ」

「どうでもいいでしょう? 私も宝さがしをしてみたくなった。それだけですよ」

「ふぅーん?」

 ルージェが疑り深くなるのもよくわかる。ゲームに興味ありそうな雰囲気なんて、無表情のリオンからは全く感じられないからな。

「ね、ねえ、ネクラさん。これってさ……」

 ぐいと俺の服を引っ張ったのはミーチカだ。

「ああ。なんか知らないけど、俺たちもゲームに出られるっぽいな……」

 リオンがなにを考えているのかは知らないが、ぶっちゃけありがたい。

 一度は諦めたパーチケ入手のチャンスが、降ってわいたようなもんだぜ!

「よろしくお願いしますね」

 差し出されたリオンの手を、ミーチカが強く握りしめる。

「大歓迎だよ! ルージェとは違って、本当に空気読めるね!」

 それには同意するけど……。さっきまでまわりの迷惑考えず駄々こねてたお前に、空気読めるとか言われたくないだろうな。


「今日は『冒険者対抗・チキチキ! 宝さがしゲーム』に集まってくれて、ありがとう。僕、みんなの兄さんことウェズブック・ドットウィンプスからゲームの説明をさせてもらうね」

 俺たちが集められたのは、冒険局がイベントに使う攻略済みのダンジョン《憩いの洞窟》。ネオンブリッジから徒歩三十分のところ、切り立った崖にぽかんと開いた穴が入り口。周囲は灌木かんぼくがてんてんと生えているくらいで、大勢が集まりやすい地形になっている。

 青空の下、集まったチームは全部で二十組といったところだろうか。酒場以外で冒険者が六十人揃うってなかなかないよな。多分それぞれ求めている景品は違うんだろうけど。

「攻略済みダンジョンだから魔族はいないけど、魔物は出没するから油断はしないでくれよ!」

 壇上で説明を続けるのはウェズさん。冒険記録所に勤める、俺たち冒険者の兄貴的存在だ。とはいえ、自称するのはどうかと思うけど。

「ちなみにリタイアを宣言したら、冒険局職員がすぐさま助けに入るから安心して。ここに待機している鬼女もそのうちのひとりだよ!」

「誰が鬼女かコラァー!」

 ウェズさんが飛び蹴りによって彼方に吹っ飛ばされた。代わりに壇上に立ったのは……、恥ずかしながらうちの叔母である。

「うふっ。みんなのお姉さん、オルヴァちゃんだぞ? 私に助けられたら失格だから、できる限り自力で頑張ってみてね♪」

 本当に恥ずかしい。やめようそのブリっ子。若作りしてるけど、冒険者は大体知ってるからね、おばちゃんの年齢。

 まあ、でも《煉獄拳闘術デツドリイ・アーツ》の使い手であるおばちゃんが同行するなら、どんな魔物がいたとしても死人が出ることはなさそうだな。

「じゃあ、さっそくゲームスタートです! みんな、頑張ってねー!」

 始まりの合図で、俺たちは一斉に洞窟の入り口へ駆け出す。人ごみではぐれないよう、俺はミーチカの手を引いて進もうとしたのだが、急に動き出した人の流れについていけず慌てたのか、小さなエルフはいきなりこけた。

「い、いたいー! クラムが速く走るからこけたー!」

「わ、悪い」

 膝小僧をすりむき、瞳に涙を溜めるミーチカ。

 ヤバい、のっけから文字どおりつまずくなんて!

「大した怪我じゃなさそうだけど……。ダウリナに手当てしてもらうか」

 慌てて《コインの裏》チームを探したが、すでにその姿はない。

「ふええ……。もう歩けない……」

「そ、なんなこと言うなよ……。痛いの痛いの、とんでけ!」

 ミーチカがぐずぐずと泣き出した! 冒険者なのに痛みに弱すぎ!

「頑張れ。お前も《影の剣王》とパーティ組みたいんだろ?」

「そうだけどぉ……。歩けないものは歩けないんだもん……」

「ほら、飴やるから」

 飴を口に含ませてやると、ようやく泣き止むミーチカ。

 よし、これでいけるか……?

「甘いけど、痛い! もうヤダー!」

 ダメか! もー、こんなのただのかすり傷じゃん! とはいえこの怪我をどうにかしなきゃ、早くもリタイア。

 対抗戦だけに主催者側のおばちゃんは頼れないし……。

 ミーチカの頭を撫でながら、追い詰められた俺は――ふと思い出す。

「そうだ、前にウェズさんからもらったポーションがあった……」

 魔力まで回復してくれる高めのポーション。もったいない気もするけど、ここで使わずしていつ使う。

「ほら、これ飲め。痛くなくなるから」

 倒れ込んだミーチカの口に、赤色のポーションが入った瓶をあてがう。

「なにこれ、おいしい。ジュース?」

 うん。絵面は完全に、甘いもので子どもに言うこと聞かせる親だな。

「ん……、あれ?」

 痛みが消えたのか、飛び上がるように立つミーチカ。

「なおったー!」

 血は膝についたままだけど、その奥にあった傷は跡形もない。

 さすがウェズさんのポーション、すごい効き目だ!

「しかし、完っ全に取り残されたな……」

 俺たちのまわりにはもはや、冒険局の職員しか残っていない。

「ゲームは始まったばかりですよ。ゆっくりいきましょう」

 再び走りだそうとした俺を、リオンが厳しくたしなめる。今日の彼女は武器として、腰にショート・ソードを提げていた。

「ああ、す、すまない。でも、お宝は早いもの勝ちだろ? 最後尾にいたんじゃ、パーチケだって先に奪われちゃうじゃないか……」

「問題ありません。私には、彼らを出し抜く秘策がありますから」

「お、おう」

 ……なんだかすごく頼もしい! このチームのリーダーは任せた!

 先頭集団に差をつけられながらも、ようやく崖に開いた穴へと足を踏み入れる俺たち。来たのは初めてだけど、壁のいたるところにたいまつが設置され、なかは結構明るい。《憩いの洞窟》って言われるのも納得だ。

 そういや、ここって、攻略される前は《大食らいの洞窟》なんて呼ばれてたんだよな。支配していたのはデカいミミズみたいな魔族で、やつが土を食らった跡がそのまま洞窟になったんだとか。なんでもその食い跡は一説によると冥府に繋がるほど深くまであるとかなんとか。

 ミミズが食い進んだあとを歩くっていうのは、いい気持ちはしないな。

「――ふふふ。奇遇だな」

 警戒しながら歩を進めていると、ようやく他のチームに追いついた。

「あ、誰かと思えば」

 そのチーム、三人全員が知り合いだった。確か、先日のダンジョンコンパで一緒だった勇者たち。

「確か名前は――えーっと……」

「我が名はルートヴィッヒ・フォン・ホッフェンドルフ!」

「アリアハンです」

「俺は勇者ライディーンだ!」

 あ、そうそう。俺と同じあぶれ勇者の。

 完全にモブ扱いしてたけど、今回は外見も説明しておくか。

 ルートヴィッヒ・フォン・ホニャララは片目を髪で隠してて気障きざっぽい。

 アリアハンは短髪黒髪、背が低くて童顔な、素直そうな少年。

 ライディーンは赤いよろいを身につけ、頬に十字傷がある。

 うん……、ぶっちゃけ覚えなくても全然差し支えないと思う。

 そもそも勇者って時点で俺の仲間候補からは除外されるし。

「勇者ーズも参加してたんだな」

「勇者ーズ? なるほど、それは我らにふさわしい呼び名だな」

 えーっと、ルートヴィッヒ・フォ……?

 ダメだ、長い。略そう。『ヴィッヒ』が、にやりと不敵に笑った。

 そういやあのときは、こいつら同士も初対面だったはずだよな。俺は勝手に勇者ーズって脳内で呼んでたけど。

「もしかして三人はパーティを組んだの?」

 ミーチカが訊ねると、幼いアリアハンが嬉しそうに答える。

「そうなんだ。リオンさんがあのイベントを開いてくれたおかげだよ!」

「いえ、私は特になにもしていませんので」

 さらりと返すリオン。やっぱ超クール。嬉しささえ表情に出さないのね。

「でも、勇者ばかりでは冒険局から補助金が出ないのでは?」

 そうそう。俺もそれが聞きたかった。だからこそ俺も、勇者以外のクラスで仲間を探してるわけだし。

「うちには金持ちがいるからな」

 ライディーンが親指を立て、後ろのヴィッヒを指し示す。ああ、貴族っぽい名前だったもんな。ルートヴィッヒ・フォ……、ダメだ、思い出せない。

「補助金など不要。ゆくゆくは勇者だけの五人パーティを作るつもりよ」

 堂々と宣言するヴィッヒ。なるほど……、その発想はなかった。勇者だけのパーティかあ――戦闘力的には申し分なさそうだな。

「俺たちもルートヴィッヒの考えに感銘を受けてな、ダンジョンコンパに来てた勇者でまずはパーティを組もうということになったんだ!」

 ……待て。あのコンパにはもうひとり勇者が参加してたんですけど!?

 いや……、そこ突っ込むのやめよう。自分で自分を傷つけることになる。

「ちょっと勇者ーズ。あのコンパにはネクラさんもいたのにヒドくない?」

「こ、こらー!」

 ミーチカ、なんで俺があえて避けたところに光を当てちゃうの!?

「いやあ、だってクラムさんは……ねえ?」

 アリアハンが頬をき、苦笑いする。うわ、勇者ーズのなかで一番性格良さそうなやつからディスられたの、俺!?

「このなかに入れるのははばかられるな。俺たちとはレベルが違うし」

 ライディーンまで! へ、へこむ……。

「我にはわかる。クラム殿には他にふさわしいパーティがあるはず!」

 そんな適当なフォローいらねえよ!

 くそ、今に見てろよ。お前らがびっくりするような素敵パーティを作ってやるんだからな!

 そんなことを話していると、通路を抜けた俺たちの眼前に、円形に広がった空間が現れた。その先の通路は、右、左と二つに分かれている。

 そして広間の真ん中には――蓋の閉じた宝箱がある。

「ねえ、開いてない宝箱があるよ!」

 アリアハンがさっそく俺と同じ宝箱を発見し、喜びの声をあげる。

「本当であるな! 我ら勇者ーズ、最初の収穫であるぞ!」

 あ、勇者ーズって、正式にパーティ名に採用されたのね。

 嬉しいような、本当にそれでいいのと思うような――

 でも――、あれ?

 駆けだすヴィッヒたちを見ながら、俺は奇妙な想いにとらわれていた。

 俺たちは参加者のなかでは最後尾。そして、ここまでは一本道だった。

 つまり、二十組近い冒険者が、すでにここを通ったはずなんだ。

 それなのに、どうしてみんな、宝箱を開かずに先に進んだんだ……?

「ネクラさん、なにぼーっとしてるの!? 走ってよ!」

 ミーチカの声に、ハッとする。

 しまった、ぼーっとしてる場合じゃなかった! 宝箱は早い者勝ち!

 あのなかに、もしかしたらパーチケが入っているかもしれないのに!

「コンパで助けられた恩義はあるが、ゲームは真剣にやらなきゃな!」

 背の高いライディーンが走り出し、宝箱を開く。

 ど、どうかパーチケじゃありませんように!

「どれどれ、中身は……。ん?」

 ライディーンが宝箱から取り出したのは、一枚の紙。

 パーチケか!? と思ったけど――それは本のページを破いたようなもので、表面には赤い色で植物のような絵が描かれている。《旅の道連れ》亭で見せてもらった青色のチケットとは、明らかに違うものだった。

「……なんだ、これ?」

「バッカ、それは!」

 その正体に気づいた俺は警告しようとしたが、遅かった。

 絵の描かれた紙が、瞬時にして立体的に膨れ上がり――

「うわぁああああ!」

 そこに現れたのは――巨大な緑色の化け物だった。

 ギシャァァァアアアアー!

 魔界の植物《人喰い花フラワーイート》。広間の天井あたりまである巨体は絡み合った太いつたで形作られ、てっぺんには真っ赤な唇のような花が咲いている。

 俺も何度か戦ったことがあるけど、縦横無尽に蔦を繰り出し、捕えた人間をデカい口で丸のみにする難敵!

「や、やめろー!」

 いきなり現れた巨大植物、そして襲ってくる蔦に対し、慌てた勇者ーズは剣を振り回すことしかできない。その結果、全員あっという間に、なすすべもなく捕まってしまう。

 いや、洞窟に魔物が出るとは聞いていたけどさぁ――

「あーあ、さっそく引っかかっちゃったんだね。鍛錬不足だなあ」

 後ろから現れたのは――分厚い本を脇に抱えたウェズさんだ。

「……やっぱりこれ、ウェズさんの召喚術か」

 ウェズブック・ドットウィンプス。冒険者ランク、元A。

 その二つ名は《血界師ブラツドゲート》。

 自らの血で描いた絵を書にまとめ持ち歩き、そのページをちぎることで魔界から自在に魔物を呼び出す召喚魔法士サモナー

「僕にかかれば、この程度の魔物を召喚することくらい、わけないからね」

 魔法書を脇に挟み、キリッとポーズを決めるウェズさん。

 本当はすごい人のはずなんだけど、おばちゃんの蹴りを食らった頭に包帯が巻かれていて、全く締まらない。

「わああああ! 食べられるー!」

人喰い花フラワーイート》は三人捕まえて満足したのか、離れた俺たちまで攻撃してはこない。そして、今まさに食べられようとしているのはアリアハンだった。

「ミーチカ、炎の魔法で撃退するぞ!」

 ひとときとはいえ、一緒に冒険したこともある仲だし、見捨てていくわけにもいかない。魔物は植物型。きっと炎には弱いはずだ。

「……なにを言ってるの? ネクラさん」

 しかし、ミーチカは全く動こうとせず、悠然と腕を組んでいる。

「え? ……ま、まさかお前……」

「これはねぇ、ライバルを減らすチャンスだよ?」

「わ、悪い顔してるー!」

 お菓子を独り占めしようとする子どもくらい、悪い顔してるー!

 エルフのみなさーん!

 こいつを野放しにしてると、種族の評判がどんどん悪くなりますよー!

「リ、リタイアしますー!」

 どうしようもなくなったアリアハンが、ついに大声でその言葉を発した。

 すると――俺たちがやってきた通路から凄まじい足音が近づいてくる!

 飛び出したのは、我らがおばちゃんだ!

 公式戦十年無敗を誇る格闘司祭は跳躍し、その巨大な鉄拳を振り上げる!

煉獄拳闘術デツドリイ・アーツ、《荒ぶる強欲フエルス・アワリテイア》!」

 燦然さんぜんと輝く手甲《勝利者の進軍フーデイール・ラチエツト》が《人喰い花フラワーイート》の分厚い唇に食い込み、力任せの破裂をもたらす!

 急所を突かれた魔物の姿は、悲鳴を上げて消滅し――代わりにヒラヒラと舞い降りてくるのは、魔物召喚の触媒となった召喚紙。絵は完全に消え去って白紙だ。そしてついさっきまで凶暴な植物が暴れていたとは思えない静寂が、広間に戻ってくる。

「はい、君たちは失格ね」

 蔦から解放され、バタバタと地面に落ちてきた勇者ーズの頭に、ウェズさんが無情にも『失格』と書かれた札を貼っていく。

「ううう……」

 さっきまでの血気はどこへやら、泣き出しそうな勇者ーズ……。もはや、やられるために出てきたとしか思えない。

 そして俺は、この宝箱が開かれなかった理由にようやく思い当たる。

 ……そうか。他のチームには盗賊が混じっていたんだ。

 このゲーム、おそらく一番役立つのは盗賊。五人パーティを組んでるやつらなら、きっと選抜した三人のなかに盗賊を含めている。

 なるほどな。パーティが全員勇者って、発想は面白いと思うけど、こういうところでバランスの悪さというか、ボロが出るんだ。冒険局がバラバラのクラスでチームを組めって奨める理由、実感できた。

「ウェズ。入り口付近で《人喰い花フラワーイート》なんて強いのを出すことないでしょ」

 綺麗に着地を決めたおばちゃんが、ウェズさんに批判の声をあげる。

「いや、むしろ出すならここだって。始まったばかりなら、オルヴァの救助が遅れることもないしさ」

 怒られても、ウェズさんはあくまで爽やか。反省してないとも言う。

「それに、このゲームはあくまで後輩の育成のためにあるんだからね。冒険とは残酷なもの。一瞬の油断が命取りだってことを教えてあげないと」

「兄さんとか慕われてるくせに、本当にゲスい性格してるわ、ウェズ……」

「なんだよオルヴァ。なにか僕、間違ったこと言ってる?」

 いや、ウェズさんの言ってることは正論なんだけど、一瞬でゲームから脱落した勇者ーズのうなだれた姿を見るとね。……さすがに気の毒としか思えないよ。


「あはっ☆ 攻略済みダンジョンだから大した魔物はいないだろうと思ってたけど、気を引き締めなきゃダメそうぢゃん?」

 広間からの二つの分かれ道、右の通路に進んだルージェは、次々と脱落していくパーティを横目に、ぺろりと唇をめた。参加者がリタイアを宣言すると、冒険局の職員がどこからともなく現れ、魔物を倒す。どうやら危険がないよう、このイベントには相当数の職員が駆り出されているようだ。

 ……冒険局は暇なのだろうか。

 敵対する魔族であるルージェとしては、少々複雑である。

 自分を含めた三人が魔物に苦戦することはありえないと思うが、出てくる数次第では、足止めを食らう可能性は捨てきれない。右に進んだチームは八組ほどあったはずだが、そのほとんどが脱落してしまい、いつのまにか先頭は自分たちになっていた。

「それにしても、書の切れ端で魔物を召喚するなんてねっ。魔族でもこんなことできるの、数えるほどしかいないと思うけど」

 右の通路を進んだ冒険者に、召喚紙が入った宝箱を開けてしまう馬鹿はいなかった。しかし、宝箱以外にも紙はいたるところに設置され、進む者を苦しめる。

 他の参加者に聞いた話だと、これはウェズブックという男の魔法らしい。ルージェの持つ危険人物リストにも登録されている元冒険者。今は引退し冒険記録所に勤めているらしいが、油断ならない相手だ。

「ウェズさんはきっとクラムさんを贔屓ひいきすると思います。ですから先を急がないといけません」

 神妙な面持ちでつぶやいたダウリナの言葉を、セラが聞きとがめる。

「ん? ウェズって野郎は、クラ虫と仲がいいのか?」

「ええ。ウェズクラです。あ、ごめんなさい。セラさんの前でこんな話をするべきじゃありませんでした……! 私、もちろんセラクラも支持してますから!」

「ウェズクラ……? セラクラ……?」

 なんのことかわかっていないセラに、ルージェは苦笑する。

「ところでさ、ふたりには聞いておきたいことがあるんだよね」

 洞窟の深部へと歩を進めながら、ルージェは問いかける。実は、クラムとミーチカのいないこのタイミングに、話しておきたいことがあったのだ。

「改まってお話なんて、なんでしょう?」

「ふたりは、クラムンの正体をわかってるんだよね?」

 クラムが《影の剣王》であることについて。

「あたりめェだろ。オレ様も、クラ虫には一目置いてるんだからな!」

 なにを当然のことを、とばかりに鼻を鳴らすセラ。

「私も今は確信してます。ルージェちゃんも信じる気になりました?」

 初めて《旅の道連れ》亭を訪れた夜、ダウリナは「《影の剣王》はクラムかもしれない」ことをこっそりと教えてくれていた。

 そのあとすぐ、ルージェは魔族にとっての危険人物リストにより、クラム=影の剣王だと確認することができた。あのときは自信なさげだったダウリナもまた、この数週間のうちに間違いないと思うようになったらしい。

 セラがクラムの正体に気づいているのかどうか、ルージェは正直確信を持てていなかった。だから話を振ったときに怪訝な顔をされた場合は、この先はやめにしようと思っていたのだが――やはり《光の剣帝》と呼ばれているだけあって、自分と対比して語られることの多い相手のことは直感でわかるものなのか。

「……てことは、わかってないのは鈍感なチカちゃんくらいぢゃん」

「あとはクラムさん自身も、です」

 頬に手を当て、ため息をつくダウリナ。

「自信がないせいなのか、自分が《影の剣王》だってこと、全然気づいてないんですよねー」

「えッ!」

 ダウリナの言葉を聞き、セラが立ち止まる。

「セラ君……。その反応、まさか気づいてなかったとか言わないよね?」

 ルージェがじとりと睨むと、セラは慌てて取りつくろう。

「な、なに言ってんだ? オ、オレ様も気づいてたって。う、うん。そ、そうかー、《影の剣王》……。なるほど、強いとは思ってたけど……」

「はぁ……」

 見え透いた嘘に、ルージェは頭を抱えた。しかし、彼女の後悔など露知らず、セラはうっとりと手を組んで、ぽけーっと頬を赤らめる。

「《影の剣王》……。やだぁ、超カッコいい……。ますます理想の勇者さま……。私と合わせて光と影なんて、運命的すぎる……」

「なんか言った?」

「な、なんでもねェよ。へへ」

「なに嬉しそうにしてるんだか……」

「それで、そのクラムさんがどうかしたんです?」

 ダウリナに催促されて、ルージェは当初の目的を思い出す。

「そうそう。クラムンとチカちゃんにはさあ、今後もそのことを秘密にしておかない?」

「そのことって、クラムさんが《影の剣王》だってことをですか?」

「構わねェけど……、なんでだ?」

 意図が掴めない表情のふたりに、ルージェは上から目線で説明する。

「わっかんないかなぁ。考えてみてよ。クラムンは自分が《影の剣王》だって知ったら、絶対空回りするぢゃん。それを黙っておけるとも思えないし、

知名度目当てに近づくやつらの善悪を見抜けるとも思えない」

「あー、それはそうかもですね……」

 人差し指で唇に触れ、んーと想像するダウリナ。

「だから、クラムンはちゃんとした仲間ができるまで、自分の正体に気づかないほうがいいと思うんだよね」

「ミーチカ嬢のほうは? あれだけいつも剣王さま、剣王さまって言ってるくらいだし、伝えてやんねェのは心が痛むゼ……」

「チカちゃんには、クラムンを《影の剣王》として見てほしくないぢゃん? リナっちもそう思ってるから、黙ってるんでしょ?」

「そう……ですね」

 問われたダウリナは、言葉に窮した様子だった。

「言われてみると、そうなのかもしれません。私からミーちゃんに伝えるのは、なにか変だなって、漠然と思っていただけなんですけど……」

「……? 全然わかんねェ……」

 ちんぷんかんぷんな顔をしているセラに、ルージェはずいっと迫る。

「いい? チカちゃんが自分自身で言ってるぢゃん。『自分をエルフだからという理由で仲間に選んでほしくない』って。だったら、《影の剣王》だからって理由でクラムを仲間に選ぶのも、おかしいんぢゃないの?」

「そ、そう言われりゃ確かに……。本当にクラ虫とパーティを組みたいんなら、名声や評判なんて抜きにしてほしいよな。オレ様だって、別にアイツが剣王じゃなくても仲間に……ごにょごにょ」

「つまりチカちゃんが《影の剣王》ぢゃなく、ありのままのクラム・ツリーネイルを選んだとき。それが全てを伝えるタイミングだと思わない?」

 説明し終わると、セラもダウリナも、感動したとばかりに、きらきらした瞳で見つめてきた。

「なるほど……、一理あるゼ。オレ様はルージェ嬢の考えを支持する!」

「ルージェちゃん、すごいです。そんな深いことを考えていたなんて……。私、心のなかにあったもやもやがようやく晴れた気がします!」

「そうでしょそうでしょ☆ アタシ、ふたりのことをちゃーんと考えてるんだから☆」

 そう言って胸を張るルージェだったが――

(あはっ☆ ふたりともホンットーに純粋なんだから!)

 無論、そんな深いことをルージェが考えているはずはない。

 彼女はただ、クラムとミーチカが《影の剣王》の正体を知らないほうが、のちのちまで面白いことが起こりそうだと思っただけ。

 あのふたりの空回りほど、観賞していて楽しい娯楽はない。その愉悦を、他の人に潰されてはかなわない。知らなかったセラにクラムの正体を教える格好になってしまったのは失態だったが、ここまで同意してもらえるのなら怪我の功名だった。

 ほぼ毎晩一緒に飲んでいる以上、どこでバレていても不思議はなかったのだから、先手を打てたとも言える。

(セラ君、口が軽そうなのが心配だけどなー)

 と言っても、自分の性別をここまで隠し通せているくらいだ。自分が思っているよりは役者と考えてもいいのかもしれない。

「あはっ☆ じゃあ張り切って、パーチケを探すとしよっか☆」

「だな! クラ虫のチームには負けらんねェ! ……チームといやぁ、あっちに加わってるルージェ嬢の姉貴は、強ェのか?」

 セラの疑問も当然である。前回のダンジョンコンパでは主催者という立場にあり、決して戦おうとはしなかったのだから。

「うーん、どのタイプが来たかにもよるかなあ……」

「タイプ?」

「あー、こっちの話☆」

 姉妹だと偽っているリオンは、本当はルージェとは主従関係にあたる魔法生物である。

 リオン・シリーズ。人間の社会に紛れ込ませた魔族側のスパイ。全部で十二体存在し、それぞれ別々のパラメーターが割り振られている。

 戦士リオンは怪力、魔法士リオンは氷魔法に長け、詩人リオンは楽器が巧みで、メイドリオンは家事が万能、といったように。

 十二の脳みそで意識を共有しているだけあって、リオンはかなり頭が切れる。本気で宝さがしに参加するつもりなら、チームを共にするふたりにないものを補おうとするはずだ。

 クラムには《多重高速化マルチアクセラ》が、ミーチカには《収束せし紅の終焉ジ・エンド・オブ・アンスプレツド》をはじめとする強烈な火炎魔法がある。敵を一瞬で葬り去るには十分な必殺技を有する一方で、彼らに足りないものは……。

 リオンの装備はショート・ソードだった。そして、ルージェに対するあてつけも考えると――

「うーん。これは急がないとマズいかもねっ☆」


「私が得意とするのは、罠の解除です」

 俺たちはリオンの先導に従って、左の通路を進む。《憩いの洞窟》でもダンジョンコンパを開いたことがあるリオンは、地形にやたら詳しかった。

「それにしても、すごいね。僕の仕掛けをここまで的確に解除するなんて」

 後ろからついてきているウェズさんが感嘆する。先を行っていた冒険者が次々と引き返すなか、俺たちは一度も戦闘を経験することなく進むことができた。リオンが召喚紙を発見すると、瞬時に小瓶のなかへ封じこめてしまうのである。

「この召喚紙は、近づいた人間の魔力に反応して発動しているようです。そして、魔物が召喚されるまでには数秒の猶予がある。その隙に魔力を通さない特殊加工の瓶に入れてしまえば、ただの無害な紙でしかありません」

 リオンのベルトには、すでに十本以上の小瓶が吊り下げられていて、その全てに召喚紙が封じられていた。

「ご名答。とはいえ、わかっていても、そんなに冷静に対処できる人を僕は知らないよ」

 ウェズが大げさに降参のポーズをとる。確かになー。俺だったら絶対に手元が狂うだろうな。《多重高速化マルチアクセラ》も、細かい作業には全く向かないし。

 魔物と戦わないということは、タイムロスがないということでもある。俺たちはいつのまにか先頭になったらしく、いくつかの宝を入手することもできた。切れ味のいい短剣に、魔力を引き上げる首飾り。全身鎧は、重いから置いてくるしかなかったけど。

 ここまで出会わなかったってことは、ルージェたちはどうやら右の通路を進んだみたいだな。この洞窟、真下に掘られた穴もいたるところに開いているから、そこに落ちてなければだけど。

「着きました。ここがダンジョンの最奥です」

 行き止まりは広がった空間になっていて、俺たちがやってきたルート以外にもいくつかの通路と繋がっているようだ。

「パーチケ、別のルートで発見されてたりしないだろうな……」

 もし、ここにたどり着くまでにパーチケ入りの宝箱があったとしたら――そしてそれは右の通路を進まないと見つけられなかったのだとしたら、最奥まで一番乗りしてもなんの意味もないんだけど。

「大丈夫でしょう。これまでの宝の質を見る限りでは、パーチケはおそらく目玉のはずですから」

「あ、もしかしてあれじゃない?」

 ミーチカが歓喜の声とともに指差す。その先、広間の中央には小さな宝箱が置かれていた。いいものが入ってますと言わんばかりの位置だ。

「やったやった、ルージェたちを出し抜けたね!」

「待ってください」

 急いで宝箱に近づこうとしたミーチカを、リオンが手を挙げて制止する。

「なんで? 早くしないと、ルージェたちに追いつかれちゃう!」

「これまでの道のりでわかったでしょう? 開ける前に、まずは罠がないかを調べなくては」

「それはそうだな」

 これまでだって大量の罠が仕掛けられていたんだ。俺はちらりと後ろに控えているウェズさんを見る。この人、結構えげつないことするからな。最後に油断したところでブスリ、なんて展開、大いにありそうだ。

「任せるよ。ちゃちゃっと罠を解除してくれ」

「わかりました。少し、下がっていて頂けますか?」

 俺は後退し、彼女に宝箱を委ねることにする。

 …………あれ、どうしたんだ? 

 こっちに背を向けたまま、なかなか宝箱を調べようとしないリオン。

 ん、どうしてウェズさんの召喚紙を封印した小瓶を取り出すんだ?

 しかも、え? こっちに投げて――

だましてすみません」

 ガシャシャシャン――!

 地面に落ちた十の小瓶はすべて割れ、そのなかから魔物があふれ出した!

 ゴブリン、オーク、オーガ。人型の醜い妖魔たちが群れをなし、俺たちへ向かって来る。

 群れのなかで一番デカいオーガでも、問題にならない相手だけれど――

「なにするんだ、リオン!」

 リオンが俺たちに魔物を差し向けたこと、それが問題だ!

 ゴブリンが俺を貫こうと剣を突いてきたので、俺は応対せざるを得ない。 攻撃を避けつつ一体を切り裂くと、次の一体がすぐさま向かってくる。

 魔物で作られた壁の奥で、リオンは眼鏡の位置を正す。

「私の目的は最初から、パーチケを破壊することだったのです」

「な、なんだって!? どうしてそんな……」

「ルージェに仲間を作られては困るからです。ただでさえ最近ダンジョ……実家に戻ってこないのに、パーティなんて組まれたらますます足が遠のくではありませんか」

 な、なんだよその自己中な理由。俺たち関係ないじゃん。

「それなら俺たち三人でパーチケを手に入れればいいじゃないか。それで万事解決。そうだろ?」

 オークのおのを受け止めながら、俺は訊ねる。パーチケは手に入ったも同然で、もうルージェの手に渡ることもなかったのに。

「それではダメです」

 しかしリオンは、宝箱を調べながら冷淡に言う。

「貴方たちがパーチケを使ってルージェを仲間にする可能性を消せません」

「しねーよ! 俺は男パーティが組みたいの!」

 なんだかんだこの人、妹のこと大好きだな! 過大評価しすぎ! 俺からすれば、パーティを潰しかねない厄介な女でしかないから!

 そ、そりゃちょっとはかわいいと思わなくもないけどな……!

「あたしだって、ルージェなんか絶対仲間にしないのに!」

 襲ってきたオーガの顔面に、火炎魔法を浴びせるミーチカ。その一撃で、巨体を誇るオーガは消滅し、召喚紙へと還っていく。

「口でそう言っていても、人の心とはわからないものですから」

 そして宝箱は開け放たれ――リオンはなかのパーチケを掴み取った。

「罠はなし――ですか。あとはこれを切り刻めば終わりですね」

 パーチケを切り裂くべく、すらりと剣を抜くリオン。

「くそっ!」

多重高速化マルチアクセラ》で阻止しようにも、魔物が壁になっているせいですり抜けられそうにない。リオンには《多重高速化マルチアクセラ》を一度も見せたことないのに、魔物を展開したことが偶然にも俺への完璧な対策になってる。

「やめろー!」

 俺は悲痛な叫び声をあげるしかなかった。夢に描く理想のパーティが、今無残にも切り刻まれようとしている!

 振りぬかれんとするリオンの刃。

 だが――そのとき、だった。

 パーチケがまばゆい輝きを放ち、膨れ上がるようにリオンの手を放れたのは!

「な……!」

 これには無表情のリオンも驚愕を隠せなかった。

 召喚されたのは――人と蜘蛛くもとを合わせたような魔物だった。それも――広間の半分を埋めるほどの巨体。上半身は裸の男のようだが、口は耳まで裂け、その上には六つの単眼が赤く光っている。

 人に似た、しかし毛むくじゃらで異様に長い腕は、あっけにとられていたリオンを掴むと逆さまに吊り上げた!

「リオン!」

 助けに入ろうにも、なおも残っているゴブリンたちや、城の柱より太く硬質な八つ足が立ち塞がる。

「ふふふ。僕がラスボスを用意しないとでも思ったかい?」

 してやったりという顔でウェズさんが言う。

「最後は間違っても解除されないよう、パーチケに直接絵を描かせてもらったのさ!」

 召喚紙として使われたパーチケは、魔物を倒さない限り再出現しない。

 要はこのデカブツとの戦いは避けられないってことか! やってくれる!

「大妖ゲルトゥム……」

 宙ぶらりんのままで魔物を見て、リオンが呟く。

「よく知ってるね。魔界に棲む強力な魔物たちのなかでも、ヒエラルキーの上位に位置するゲルトゥム。その手に捕まればもう逃れる術はないよ!」

 ウェズさん、なんか楽しそうだな。これまでの道中、仕掛けた罠をことごとく解除されて鬱憤うつぷんがたまってたのか……。

「リオンちゃーん! リタイアって言ったら助けるけど、どうするー?」

 おばちゃんが大声で呼びかける。絶体絶命に見えるだけに当然の提案だ。

「参りましたね。これは予想外の展開でした」

 しかしリオン、魔物に捕まっているってのに、やっぱり超クール!

 言葉とは裏腹に、全然参ってる気配がない! 俺あんま蜘蛛得意じゃないから、逆の立場だったらトラウマになると思うんだけど……。

「待ってろ、今助けるから!」

 俺は目の前のゴブリンを両断すると、叫んだ。ここでリタイアされたら、

俺たちもパーチケの権利を失うことになる。裏切りは許せないけど、助けないわけにはいかない。

「《炎の一閃フレイムレイザー》!」

 ミーチカの魔法によって、最後のオークが倒された。これでリオンが放った魔物は全滅。残るはゲルトゥムただ一体だ。

「あ! いつの間にか先を越されてますー!」

 と、そこへやってきたのは《コインの裏》チーム。

 やべ、わちゃわちゃしてるあいだに追いつかれちまった!

「参りましたねー。本当に」

 リオンの参りましたは棒読みにしか聞こえない! 言っとくけど、追いつかれたのはほとんどお前のせいだからね!

 裏チームの登場はラスボス退治には頼もしい。でもパーチケだけは絶対に奪われるわけにはいかない。

 ならば……。大妖ゲルトゥムがパーチケから召喚されたことは伝えずに、倒した瞬間に回収する――この作戦しかないな!

 俺が黙っておくよう目配せすると、ミーチカは神妙に頷く。

「リオンが捕まっちゃってるけど……、チカちゃん、これどういう状況?」

「ふん、知ーらない」

 ルージェに訊ねられ、ミーチカはそっぽを向く。

 いいぞ、なにも言わなくても目配せの意図を理解してくれたみたいだな!

「あの魔物を倒さないとパーチケが手に入らないなんて、絶対に教えてあげないんだから!」

「とことん馬鹿かー!」

 全てだだもれになってるじゃないか!

 今さらハッとして口塞いでも遅いわ!

「なるほどね。つまりあの魔物を倒してからが、本当の勝負っと☆」

 ニヤ、と笑うルージェ。ああ、一を聞いて十を知る憎らしさよ。

「じゃ、パーチケを手に入れるついでに、リオンも助けてあげよっかな」

 それ……、逆じゃない? 自分の姉よりパーチケのほうが重要なの?

「ふふ。そう簡単に行くかな?」

 しかし、召喚主であるウェズさんは不敵さを崩さない。そしてその言葉に応えるかのように、ゲルトゥムは大きく口を開き――喉の奥から大量の粘液を勢いよく吐き出した!

 それを頭から思いっきり被ったのは《コインの裏》チームの三人だ。

「うわ、ばっちィ!」

 セラが叫んだのも無理はない。どろどろの液体で全身ずぶ濡れ。気持ち悪そう……。悪いけど、攻撃が俺に向かなくて良かった……。

「ひっ、このねばねばしてるの、生きてますー!」

 そう悲鳴をあげたのはダウリナだ。

「えっ」

 よく見ると、彼女たちにかかった粘液はうねうねとうごめいている。そして床や壁、天井へと蜘蛛の巣状に広がり、三人の手足を瞬く間に拘束した!

「な、なにこれ! スライムぢゃん!」

「くくくく……。まんまとかかったね! ゲルトゥムは蜘蛛の糸ではなく、胃のなかに飼っているスライムで獲物を捕えるのさ!」

 悪い顔になるウェズさん。強さだけなら相当ハイレベルな三人も、この不意打ちにはなんの対処もできず、がんじがらめにされてしまう!

 ピンと張り詰め、身動きがとれなくなる三人。

 チャンス。

 今のうちにゲルトゥムを倒せば、パーチケを奪われることはないぞ!

「わわ、なんか……すごいことになってない?」

 しかし、動き出そうとした俺を止めたのは、恥ずかしそうに顔を覆うミーチカの一言。そして、ダウリナの悲鳴だった。

「いやー! 誰か助けてくださーい!」

「な――、なん……だと?」

 ただでさえ肌色成分の多い司祭服が、少しずつ溶けてる!

 いや、ダウリナだけじゃない。ルージェの紫色の服も、あと俺にとっては全く嬉しくないことにセラの服も、スライムに触れた部分から溶けていってるのだった!

「ウ、ウェズさん、なんでラスボスにゲルトゥムを選んだんだ?」

 俺が問いかけると、ウェズさんは美しい銀髪を華麗にかきあげた。

「ふっふっふ、気づいたようだね。もちろんエロいシチュエーションに繋げるためだよ!」

「う、うおおおおおおお! ウェズ兄さん!」

 こんな素敵なサプライズを用意してくれるなんて、さすがみんなに兄さんと慕われるだけのことはある!

 あ、もしかしてさっき勇者ーズを襲った《人喰い花フラワーイート》もそういう意図だったのか! 触手的な! 引っかかったのが男だったのは残念だったけど!

「やーん☆ 入ってきちゃう!」

 ルージェがあげたのは、悲鳴というよりもはや嬌声きようせいだ。

 ど、どこに入るの!?

「ダ、ダメですー。放してくださいー!」

 スライムはダウリナの胸にまで侵食し、その薄っぺらい布を溶かし出す。

「ふははははは! もだえ苦しむがいい! ここには助けなど来ないぞ!」

 ウェズさんがノリノリで悪者口調になったー! しかし、その気持ちはわかる。俺だってムッツリじゃなかったらそういうこと言いたい!

「…………煉獄拳闘術デツドリイ・アーツ、《色欲の根絶ルクスリア・ネツクス》!」

 おばちゃんの手甲を再び食らい、ウェズさんが吹っ飛ぶ!

「ぐはっ!」

「に、兄さーん!」

 壁に激突し、吐血しながら気絶するウェズさん!

「ウェズったら、本当にゲスいんだから……」

 パンパンと手甲を払いながら、おばちゃんがため息をつく。

「この性格がなきゃ私の旦那候補になれたのに……」

 それはウェズさんのほうが願い下げだと思うよ……、おばちゃん。

「セラちゃーん! リタイアするならお姉さんが助けてあげるわよ!」

「だ、誰がリタイアなんかするかってんだ!」

 おばちゃんに対し強気にわめくセラだったが、スライム製の糸に吊るされて逆さま、三人のなかで一番カッコ悪い格好になっている。

「強情ねー。そういうところも好きだけど♪」

 頬に手を当て、にっこり笑うおばちゃん。セラはスライムを振りほどくのに必死で全然聞いてないけどな。

「よ、ようし、今がチャンスだよ! 三人が捕まっているうちにキモい蜘蛛を倒しちゃえば、パーチケはあたしたちのもの!」

 ミーチカは気を取り直したように、極大の火の玉を空中に生み出す。

「――いや、待ってくれ」

 しかし、俺は強い口調でその攻撃をとめた。

「それは……、卑怯なんじゃないかな。ライバルが動けないのをいいことに出し抜こうなんてさ」

「クラム? なに言ってるの?」

 ミーチカは信じられないものを見るような目つきになる。

「今は手段を選んでる場合じゃないでしょ!」

「俺もさっきまではそう思ってた。でも、ここはもう少しじっくり、注意深く動くべきなんじゃないかと」

 俺は言いながら、目の前で溶けていく衣服、そしてダウリナの肢体をじっくり、注意深く凝視する。うーん、やっぱり身体だけで言ったらダウリナに勝てる逸材はそういないな。穴の開いたオーバーニータイツ、エッロ!

 これは最後まで目に焼き付けないと絶対に後悔するぜ!

「かとーにんげんがあー! パーティとオッパイ、どっちが大事なの!?」

 と、ミーチカが俺の背中に抱きつき、腕でけい動脈を絞めてきた!

「ぐ、ぐるじい……!」

 たくらみに気づかれたか……! しかし、ここまで来ればこっちのもの!

「見、見えちゃいますー!」

 ほんのり紅に染まるダウリナの頬! そして露わになっていく肌色!

 念のため言っておくが、俺は一時の快楽に目移りしてるわけじゃない。ここでおっぱいを見ておくことは、妄想力の劇的な進化に繋がり、未来永劫えいごう、俺が俺らしく、男が男らしくあるための礎となってくれることだろう。

 って、そんな言い訳を考えてる場合じゃない!

「いやああああ、クラムさん見ないでー!」

 うわああああああ、あと少しで桃色の頂きが見えるぞー!

 だが――――次の瞬間である。

 ダウリナたちを縛りあげていたスライムが、凄まじい勢いで炎に包まれたのは!

「え」

 その炎はダウリナたちを傷つけることなく、スライムだけを瞬く間に燃えあがらせ、張りを失った粘液はついに蒸発してしまう。

 ダウリナは尻餅をつき、ルージェは両足で着地し、逆さまに吊られていたセラは背中を地面にぶつける。

「あ、あぶなかったですー……」

 すんでのところで解放され、ダウリナは腕で胸を隠しながら息をつく。

「え……?」

 俺は振り上げたガッツポーズを、下ろすことさえできない。

「……ミーチカ、お前の魔法か?」

 俺は背中にしがみついたままの魔法士に訊ねる。それなら絶対に許さん。

「なわけないでしょ。あたしはネクラさんを絞め殺そうとしてたんだから」

 今はもう力が緩んでるからいいけど、殺すまではやりすぎだろ。

 でも……、じゃあ、誰が?

「このアタシに、孤高ソリ――本気を出させるなんてね……」

 自由となったルージェが、ボロボロになった服をおさえながら呟く。

 口ぶりからするとどうやら彼女の仕業らしいけど……、どうやってスライ

ムを燃やしたんだ?

 盗賊のルージェには魔法なんて使えないはずなのに――

「人前でアレを使ってはいけないと言いましたのに……」

 ゲルトゥムに捕まったままのリオンが、呆れたように言う。

 アレって? よく見ると、ルージェの髪の毛が――いや、お団子のなかにある尖った髪飾りが光っている。

 ははーん。あの角みたいな髪飾りが魔法のアイテムで、炎を出したんだ!

 ギキィ、ギキキキキ!

 胃のなかに飼っていたスライムが炎上したことに、ゲルトゥムは大層ご立腹の様子だ。

「うるさいなあ。《グリージアの紫鞭しべん》!」

 それに負けず劣らず不愉快そうなルージェは、むちの柄に小さくキスをすると、ブンッと縦に振り下ろす。

 すると鞭の先端はぐぐんと伸び――

 ベシャッッッ!

 ゲルトゥムの上半身――つまり人間の男に似た頭と胴が腐りかけのトマトみたいに潰れた!

「ふん」

 ルージェは血まみれになった鞭を引き戻し、ゲルトゥムの八つ足は重みのある巨体を支える力を失う。

 その重量で、ズズズン……と大きく揺れる地面。

 捕まっていたリオンは、自らを拘束していた細長い手を空中で器用にほどくと、盗賊らしく軽やかに地面へ着地する。

「……さすがは、といったところでしょうか」

 眼鏡は前が見えているのかわからないほど、血飛沫ちしぶきで真っ赤だ。

 いやいや、今のは「さすが」なんて一言で片づけちゃダメだろ!

 バシンッじゃなくて、グシャッですよ? 鞭としての限界を超えてるし! こいつ、マジでどんだけ実力隠してるんだよ!

「さーて……、他にも鞭で叩かれたい人がいそうだよね?」

 俺に視線を移し、にこっと笑うルージェ。やべえ、今まで見たことないけど、本気で怒ってる?

「だ、誰だろう……?」

「あはっ☆ アタシたちが苦しんでるっていうのに、喜んで見てた人がいたよね?」

「い、いやー、今はパーチケを奪い合う敵同士なわけですし? 助けなくてもしょうがないっていうか……」

「うん。それは一理あるねっ☆」

「だよな。よ、よかった。ルージェならわかってくれると思ってた」

 ほっと胸を撫で下ろした俺だったが――言葉とは裏腹に、ルージェは鞭を振りかぶる!

「でも許さないよ? アタシが一番ムカついたのは、クラムンがアタシよりもダウリナに気を取られてたことだからねっ☆」

「そ、それは!」

 しょうがないじゃん! だって、ダウリナのほうが露出度高かったんだもん! あとおっぱい!

「そ、それよりもパーチケ! パーチケ!」

 俺は倒されたゲルトゥムを指差す。その死体は半透明となり、召喚紙に戻りつつあった。

「おっと。そうだった。まずはパーチケだね」

 よし、うまく注意を逸らせたぞ。相変わらず移り気なヤツだぜ。

「待っててね。クラムンへのおしおきはあとでじっくりするから」

「くっ」

 どうやらおしおきから逃れるのはどうしたって不可能のようだ。ならば、パーチケだけは譲るわけにはいかない!

 ゲルトゥムが消滅し、青いパーチケがひらりひらりとゆっくり舞い降りてくる。今はまだ誰の手も届かない高さにあって、《多重高速化》をかけても掴みとることはできない。

 それなら――

「ミ、ミーチカ頼む!」

「任せてネクラさん! あたしの《念動力サイコキノ》で、こっちに引き寄せればいいんでしょ?」

 落下をコントロールすべく、ミーチカはくるんとワンドを回す。

「…………あれ?」

「ど、どうした?」

 どれだけワンドを動かしても、漂うチケットにはなんの変化もない。

「……あのチケット、あたしの魔法が効かないみたい!」

 ふふんとおばちゃんが腰に手を当てる。

「ミーチカちゃんが《念動力サイコキノ》を使うことは知ってたからね。ちょっと細工をさせてもらったのよ」

「えーっ! もう、どうしてそんな面倒なことするかなあ……」

 魔法の行使を諦めたミーチカは、落下地点をなんとなく推測し走り出そうとしたが――

「わわっ!」

 すぐにすてんと転んでしまう。彼女の足首には、絡みついた紫の鞭。

「簡単に渡すと思う?」

 転ばせたミーチカを跳び越えて、落下してくるチケットを掴もうとするルージェ。

「ふぬー! それはあたしのものなんだからー! 《爆炎噴出エクス・エルプト》!」

 魔法を唱えると、チケットの落下地点が爆発した! 地中から噴き上がった炎は、勢いよく砂塵をまき散らす。まるで小さな火山だ。

「わぁっ! なにすんの!」

 ルージェが非難するのも当然だった。今の魔法は危なすぎる!

「この程度で終わると思った!? 《爆炎噴出エクス・エルプト無限陣インフイニツト》!」

 ボボボボボボボッ! 閉鎖空間に、どんどん噴き上がる炎!

「アホかー! やめろー!」

 さっきゲルトゥムが地面に崩れ落ちたときのような振動が小刻みに洞窟を揺らす。

 いくらパーチケのためとはいえ、ここで爆発なんてさせんじゃねえ!

 生き埋めにでもなったらどうするつもりだ!?

「パ、パーチケはどこだ?」

 しかし、ここまでメチャクチャな状況においても、パーチケだけは諦められない! あたりを見回すと、爆風によってチケットは再び高く舞い上がっていた。よし、手の届きそうな位置に落ちてきたら、《多重高速化マルチアクセラ》を使って手に入れてやる!

 そう思った瞬間、一筋の光が視線の隅に入る。

 危険を感じた俺はとっさに、さやから半分だけ剣を抜く。

 ギィィン!

 その刃が受け止めたのは、セラの魔剣・ガランシェラッドだ。

「行かせねェゼ、クラ虫」

「セラ、てめえ……!」

 俺たちはお互い距離をとり、向かい合って構えを正す。

「ヘッ。オマエとは、本気でやりあってみたかったんだよな。ここを通りたいなら、オレ様を倒してからにするんだな」

「くそっ」

 セラは金属鎧を着ていたから、ふたりほど露出が増えているわけじゃないし、なにより男だから別にどうということはないんだが――なんかじっくり見ていると妙になまめかしいというか……。

「じ、じろじろ見てんじゃねェよ」

 俺の視線に気づいて、セラが身をよじる。

「誰がお前の身体なんか見るかっての! 自意識過剰な!」

「いや、見てただろ今!」

「見てませんー。俺は女にしか興味ないから……ってどうした、ダウリナ」

 ダウリナが天を仰いで立ち止まった。

「いえ、ふたりのイチャイチャしているところを見て、は、鼻血が……」

「イチャイチャなんてしてないから……」

 全く、自分の服がすごいことになってるのに、元気ですね!?

「うりゃあー! あたしは《影の剣王》さまとパーティを組むんだー!」

 そんななか、ミーチカが足にまとわりついた鞭を解き、起き上がった。

「チカちゃん! この――」

 ルージェもその後を追おうとするが、リオンが立ち塞がり行く手を阻む。

「リオン! どいて!」

 先ほどあれだけの威力を見せた鞭を振りかぶられても、リオンに動じる様子はない。

「こうなれば、ルーさまの手にだけは渡すわけにはいきません」

 ん、今、お互いの呼び方が変わったような気がしたけど――

「やぁぁあっっっったあ!」

 しかし俺の疑問は、その歓声によってどうでもいいものに変わった。

 広間の最奥まで舞っていったパーチケを、ミーチカがジャンプで掴みとったのだ!

「で、でかしたぞミーチカ!」

 俺は喜びのあまり、握りしめた拳を高々と突き上げる!

「ああー」

 逆に、がくっと膝を折る《コインの裏》チーム。

「えへへー、勝負を決めるのは、やっぱりあたし! とことん尊い!」

 爆発で飛び散った土を全身に浴びながらも、小躍りしてチケットにキスするミーチカ。

 本当によくやった! 普段のダメさを帳消しにしてあまりある活躍だ!

「じゃあ、さっそく使っちゃお! オルヴァちゃーん! 《影の剣王》さまとパーティを組ませてー!」

「あ、おい。抜け駆けは――」

 そのとき、ズンッとこれまでで一番の振動が俺たちを襲った。

 ピシピシピシ――

 洞窟の地面に大きな亀裂が入ったかと思うと、奥のほうから勢いよく崩れだす!

「わわわ」

 慌てて通路側へと後退してくる《コインの裏》チームとリオン。

 倒れたゲルトゥムやミーチカが引き起こした魔法のせいで、足元がもろくなったらしい。

 それにしてもこの洞窟、まだ底があったのか! ここにんでたっていうミミズ魔族、マジで大食らいだったんだな!

「ミーチカ、お前も早くこっちに――」

 一番奥側にいたミーチカも俺たちのほうへ駆け戻ろうとするが――

「あ」

 隆起した亀裂に足をとられ、つまずいてしまう。

 すぐ後ろまで迫っている崩壊。

 このままだと――

「マズい!」

 俺は《多重高速化マルチアクセラ》をかけて走り出すと、崩れる足場を蹴りながら、闇の底へとまさに落ちんとしているミーチカに手を伸ばす。

 ――と、視界の隅に、ひらひらと漂う青いものが。

 パーチケ!

 地面が崩れたとき、ミーチカが手を離してしまったのか!

 パーチケには《念動力サイコキノ》が効かない。ここで掴まえないと、行きつく先は深い深い地下空洞。もう回収なんてできっこないぞ!

 掴まなきゃ。二度とこんなチャンスはないんだ。

 ネクラな俺が、理想の仲間を手に入れるチャンスは――!

 俺の指は、パーチケのほうへと伸びようとした。

 ――しかし。

 次の瞬間、俺は指をぎゅっと握りこみ、そんな思いを全て一蹴した。

 気をとられるな! パーチケにこだわってミーチカが死んだり、大怪我したら、それこそ一生後悔することになる!

 理想の野郎パーティを組んだところで、冒険の達成感や喜びを本当の意味で分かち合うことなんて、絶対にできなくなるんだ!

 そして俺の腕は、落下するミーチカの身体をがっしりと捉える。

 引き返す先に、もはや足場はほとんどない。それでも、《多重高速化マルチアクセラ》を使った俺に、不可能なんてないんだよ!

「ううおおおおおおおおおおおおおっ!」

 砕け、飛び飛びになった岩を蹴る、蹴る、蹴り進む。

 そのスピードは落下速度を超え、俺はついに崩壊のとまった安全な地面へと辿たどりつく。

「わわっ!」

多重高速化マルチアクセラ》を解いた途端、ミーチカは腕のなかで驚いた声を出す。こいつにとっては一瞬にして視界にあるものが変化したように感じただろうな。

「クラムン、チカちゃん、大丈夫!?」

 駆け寄ってくるルージェたち。俺は息をつくと、崖のように切り立った地形に変化した後方を見やる。

「……」

 あんなに欲しかったパーチケは、もうどこにも見えなくなってしまっていた。だが、後悔はない。いや、全くないって言ったら嘘になるけど、選択は間違ってなかったと信じたい。こうして、ミーチカを助けることもできたんだからな。

「……ネクラさん、なにやってんの?」

 しかし、助けてやったダメエルフはありがたみをまるで感じていない口調で言う。これには俺もムッとせざるを得ない。

「なにって、それが命の恩人に対して言うことか? 俺が助けなきゃ、奈落の底まで真っ逆さまだったのに」

「いやいや……」

 俺に抱えられたまま、ミーチカがワンドを振る。すると、腕にかかっていたミーチカの体重が消え去った。

「あ……」

 俺が手を放しても――ミーチカの身体はふわりと浮いたままだ。

「あたしが空飛べるの、知ってるよね?」

「…………知ってた」

 そうだ、そうだよ。このあいだ、《はぐれ魔族》を倒しにいったときだって、お前フライングゲッロしてたもんな。

 …………俺は馬鹿か、馬鹿なのか?

 迷わずチケットを選んでいれば、理想のパーティが手に入っていたのに!

「クラムちゃん、危ないところだったわねー」

 危なかったと言うわりに、おっとりと近づいてくるおばちゃん。

 こ、こうなったらあとは親族の人情に訴えかけるしかない!

「お、おばちゃん。もう俺たち、チケットを手に入れたようなもんだったよな。仲間づくり相談所は、理想のパーティを作ってくれるよな?」

 それは必死の懇願だったんだが、おばちゃんはにべもなく首を横に振る。

「残念。それは私だけの一存じゃ無理ね。相談所はお役所なのよ。権利を行使するなら、チケットを使って正式に依頼してもらわないと」

「そ、そんな……」

「あと、おばちゃんって言うなコラ」

 おばちゃんの鉄拳が、うなだれた俺の頬へ痛烈に突き刺さった。

 泣きっ面に蜂とはこのことだよ。


「あーあ。あと少しで《影の剣王》さまとパーティ組めたのに」

「し、仕方がないだろ。とっさの行動だったんだから」

《旅の道連れ》亭に戻っても、ミーチカはなおも俺を責め立てていた。

 今夜のエール酒は、いつにもまして苦いぜ……。

「とっさに、ねー。まあ、とことん尊いあたしのことを考えたら、仕方のない行動なのかもね!」

 しかし、長々と責めてくるクセに、妙にミーチカの機嫌はよさそうなんだよな。せっかく念願の仲間が手に入るところだったのになに考えているんだか。まあ、ショックが大きくなかったんならいいんだけどな。

「それにしてもリオンお姉ちゃんってば、パーチケを破壊しようなんて考えるほどアタシに戻ってほしかったわけ? それならそうと言ってくれればいいのに☆」

 一方ルージェは、同じテーブルで飲むリオンにすり寄るような近さで絡んでいる。

「別に戻ってほしいだなんて思っていませんが」

「またまたぁー。しょうがないなあ、意地っ張りさん☆」

 つんつんと頬をつつかれても、表情を崩さないリオン。けど、格好はつかないよな。さっき俺やミーチカが、彼女がなにを画策していたのか全部バラしちゃったし。

 まあとりあえず姉妹で仲睦まじくなって、よかったよかった。

「しかし、もったいなかったよな。パーチケ……」

 頬杖をつきながら、残念そうにするセラ。お前、以前は仲間なんて不要とか言ってなかったっけ……。意外と真剣に欲しがってたんだな、パーチケ。

「しょうがないわねー」

 子どもの我がままを聞く母親のように、肩をすくめるおばちゃん。

「セラちゃんには特別に、私からパーチケをプレゼントしましょう」

「え、マジかよ?」

「マジマジ。私とセラちゃんの仲だもんね♪」

 そう言って、ごそごそと荷物を探るおばちゃん。

「なんだよそれ。ひいきすぎるだろ!」

 俺は立ち上がって抗議する。セラに渡せるパーチケがあるんなら、まず恵まれない甥っ子に渡すべきだろ! いくらセラがイケメンだからってよ!

「へへ、悪ィな。やっぱこういうときは日頃の功績がものを言うんだゼ」

 そりゃ、セラはランクAの超有望冒険者かもしれないけど、俺だって記録所に報告してないだけで、功績には自信があるんだからね!?

「はい、これ」

 おばちゃんがセラにチケットを渡す。くそおお、なんでセラばっかり!

「へへ。……ん、さっき逃したパーチケと色が違くね?」

 あれ、本当だ。

 こないだ《旅の道連れ亭》で見たときも、今日洞窟で見たときもチケットの色は青だったのに、おばちゃんが取り出したチケットはピンク。

 違和感を覚えたセラが、パーチケに書かれた文字をじっくり確認する。

「なんだこれ………………仲間づくり相談所の女神、オルヴァちゃんと結婚パーティを開ける券……?」

 ――――――は?

「そう、それこそ真のパーティチケットよ♪」

 ぞくっとするような声で、おばちゃんが言った。

 俺が連想したのは、獲物であるカエルを間近に捉えた大蛇である。

「さあ、セラくん。そのチケットはいつでも使うことができるわよ。今? 今使っちゃう? うふ、うふふ」

 音もなくセラの横にすり寄ると、その腕をがっちりホールドしようとするおばちゃん。

「ひ、ひィィ!」

 恐怖に顔を歪め、脱兎だつとのごとく《旅の道連れ》亭を駆け出していくセラ!

「あ、待ちなさーい! チッ、せっかくこの機会に、未来の旦那さまといい感じになろうと思ったのに……」

「…………」

 俺は絶句せざるを得ない。

 おばちゃんといい、ウェズさんといい、私欲にまみれすぎだろ……。

 魔族との戦いを支援する真面目な組織のはずなのに――本当にこんなんで

いいのか王立冒険局!?

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