第二十一話 流星光底(前)

 長尾景虎改め関東管領・上杉謙信、越後春日山城へと帰還。

 休む暇もなく、ただちに川中島への四度目の出兵を宣言。《》

 甲斐の躑躅ヶ崎つじがさき館では、「もはや武田家内で割れている場合ではないわ。この戦、今までの川中島での馴れ合いのような合戦とは違う。武田家の命運と、そしてなによりも姉上ご自身のお命がかかっている」と察した副将・武田信繁が、駿河侵攻を巡って対立していた弟の武田義信と飯富兵部、そして山本勘助の三人を極秘に招集し、姉・信玄に内密のまま「軍議」を開いていた。

 政略結婚の犠牲となった義信と飯富兵部は、桶狭間おけはざまの合戦で当主・今川義元を失った駿河へ侵攻しようと動きはじめた信玄と感情的に対立している。駿河との絆を結ぶために二人は淡い初恋の思いを断ち切ったのだ。それなのに、今になってその駿河を奪うという。とりわけ、純粋で正義感の強い義信が「今川を攻めたら北条まで敵になっちまう。三国同盟はなんだったんだよ。もう姉上の横暴にはついていけねえ、納得できるか!」と憤慨するのも当然だった。

 それでも、信虎が今川家の人質として駿府に軟禁されたままであれば、さしもの信玄も駿河へ兵を向けることはできなかった。

 が、信虎は信玄に駿河攻めを強行させるべく駿府であれこれと画策し、今川家にその動きを察知されてついに駿府を脱出、伊勢へと出奔している。

 今や、武田家は信玄と勘助が唱える南進論を支持する駿河侵攻派と、義信の「義」を支持する三国同盟維持派とに分裂しようとしていた――。

「太郎。飯富兵部虎昌。勘助と高坂弾正が、ついに海津城を完成させたわ。次の川中島での合戦は、文字通り、武田家の命運を賭けた血戦となる。越後上杉家の強さはあくまでも謙信個人の強さ。この血戦で上杉謙信を討つことができれば、越後・直江津への道が開ける――直江津を盗ることができれば、駿河の海を望む必要もなくなるはず。武田家を守るために引き裂かれてしまった二人の気持ちはわかるわ。でもどうか、この来たるべき一戦では、姉上のために戦ってほしい……」

 義信は正義漢だが、人の心の機微に鈍いところがある。だが、次姉の信繁が、信玄が「川中島」という狭い空間に捕らわれて上杉謙信との戦いとも逢瀬おうせともつかない日々に心を奪われ、貴重な時間を消耗していることに誰よりも胸を痛めていることくらいは、義信にもわかっていた。

「……言われなくても。駿河を盗る盗らないの話以前に、上杉謙信との戦いにだけは決着をつけねばならねえ。次郎姉さんにとっちゃ、上杉謙信は姉上の心を奪い取って川中島に閉じ込めてしまった憎い相手だ。姉上はどんな神々も仏も信じようとはしなかった、人間の世を切り開くと豪語し、そのためならばてめえの親父どのを駿河へと追放することすらためらわなかった……」

「だが皮肉にも、太郎。よりによって『毘沙門天びしゃもんてん』という生きている神に、姫さまは……いや、信玄さまは取りつかれちまった。今川義元が倒れたことで、戦国の世は一気に動きはじめている。これ以上川中島に固執していたら、信玄さまがやってきたことはなにもかも無駄になっちまう。おめえの祝言もな。あたしたち家臣団が命を捨てて、あの無敵不敗の毘沙門天をぶち殺すしかねえだろうさ――あたしは、やってやるぜ」

 イナゴの佃煮つくだにをかじりながら、飯富兵部が義信の言葉を継いだ。飯富兵部は義信が今川家から妻をめとってからも、独身を通している。

「……海津城が完成した以上、犀川さいかわ以南の川中島はもちろん、犀川以北の善光寺平も、戸隠・飯綱の山々も、北信濃のことごとくはもはや武田家に降るしかござらぬ。すでに川中島での戦いは事実上、武田の勝ちにござります。上杉謙信が京の都に、そして関東にと義軍を派遣し天女のように日ノ本全土を奔走し続けている隙に、われら武田は地をうかの如き遅々とした歩みを重ねて猫の額の如き川中島をついに占拠いたしました。ですが、留守を突かれた上杉謙信は容易には認めますまい。われら武田をたたき潰さねば、関東管領として関東を治めるという謙信の志も頓挫いたします。こたびの決戦は、御屋形さまと上杉謙信、いずれが倒すか倒されるかまで続くという、これまでの日ノ本の戦史にもなかったような凄惨なものとなりましょう……上田原の合戦や砥石といし崩れ以上の、凄惨なものに……」

 武田家に不和を生じさせたそもそもの元凶は、御屋形さまのお心にくすぶっていた「野望」の炎をあおった自分である。山本勘助は、武田家の父子たち、そしてきょうだいたちの間にこれほどの亀裂を入れてしまったことを悔いていた。大殿さまと御屋形さまとが家督を巡って争っていたあの時に、もう少し穏便な方法を用いていれば……御屋形さまはたしかに甲斐一国を手に入れられ、信濃の大部分を奪い取った。しかし、御屋形さまが「守るべきもの」と思い定め、美しき理想としていた「武田家の和」は、崩壊の一途を辿っている。禰々ねねさまも亡くなり、義信さまはその恋を引き裂かれ、逍遙軒しょうようけん信廉さまはいつの間にか世を捨てた「影武者」となり、典厩てんきゅう信繁さまもまた御屋形さまの心を上杉謙信に奪い取られたと苦しんでおられる。

 生来お優しい御屋形さまのお心はいかばかりか、と勘助は苦渋に満ちた表情でつぶやいていた。

「皆々様。武田家の不和はすべてこの勘助の罪にござります。わが軍師生命を賭けて、必ずや上杉謙信を川中島で討ち取りまする。それで、目映まばゆい天を見上げて彷徨さまよっておられる御屋形さまのお心は、地に戻りましょう。武田家へと。甲斐信濃の土の上へと。不毛な関東遠征から戻って来たばかりの越軍は疲弊しきっております。川中島で謙信を討ち取り、犀川を越えて善光寺平と戸隠を落とし一気呵成いっきかせいに直江津を奪い取れば、敢えて駿河へ攻め入る必要もなくなります」

 義信は、勘助と和解するように、との信繁の勧告をこれまで素直に聞けずにきたが、

「駿河攻めを、取りやめてくれるのか? ほんとうか?」

 と思わず身を乗り出していた。

「はっ。謙信さえ討ち取れれば。斜陽の今川家を北条家の保護国と成し、その見返りとして今川家から続々と国人が離脱し大名なき状態になりつつある西三河を武田領とすることを北条氏康に認めさせれば、かろうじて東海道への道を確保できまする。北条氏康は上洛じょうらくの野望を持ちませぬゆえ、小田原城の背後に位置する駿河を押さえられるならばと乗ってきましょう。大きなみなとを持たぬ西三河程度の田舎を奪ったところで武田家の国力はさほど高まりませぬが、尾張・美濃へと進む道が開けます」

「姉上もその話、承知しているのか?」

「御屋形さまは、義信さまのお気持ちと武田家当主という立場との間で板挟みとなり、苦しんでおられます。すでに、内々に承知してくださっています」

「……そっか……姉上も……」

「ただし、そのためには越後の豊穣な海が……直江津が必要です。交易が生みだす巨万の富が、上洛を目論む武田家にはどうしても必要です」

 上杉謙信を討つ、それでいいんだろう、だったら戦うまでだ! と義信がえ、飯富兵部が「あたしと太郎に任せろ! 相手が毘沙門天だろうがなんだろうが、『飯富の赤備え』は負けねえ」と義信の手を取っていた。お二人に夫婦として結ばれていただきたかった、と勘助は胸を突かれた。

「信繁さま。これで、武田家の和はよみがえりましてござりまする。必ず、上杉謙信に勝てます」

「でも、勘助。わたしにはどうしても気がかりなことがあるの」

「と、申しますと?」

「……上杉謙信の戦は常に義戦。あの者は、合戦で敵の大将を討ち取る、ということを自らに禁じてきた。でも、今回だけは違うと思うの。姉上が川中島と西上野で蠢動しゅんどうする限り、関東管領家の復興は不可能。関東遠征が空振りに終わった今、謙信はそのことを痛感しているはず。そして、北条氏康は決して謙信と正面から決戦しようとはしない。今後も、絶対に――ならば」

「謙信もまた、御屋形さまを討ち取るべく、戦う、と?」

「ええ。本来、武士の合戦とはそのような性質のもの。そしてあの者が『本気』を出して戦ったところを、まだ、誰もその目で見たことがない。勘助。わたしは悪い予感がするの……姉上は……もしかしたら、謙信に敗れるのではないかと。姉上はほんとうは心のお優しいお方。勝利のため、武田家のためにその手を血で汚してきたけれど、決して心の奥底までは非情になりきれない。そして、姉上は、悔しいけれど義を貫く謙信の生き様にかれている」

「それ故に、御屋形さまは謙信に敗れるかもしれぬ、と……?」

「わたしと姉上とは、生まれた日こそ違えど、双子のようなものだった。幼い頃から……姉上が父上にいじめられ傷つけられた時には、わたしの心も姉上と同じだけ傷ついてきた。姉上のお心は、わたしには、自分のことのようにわかる。なんとなく、悪い予感がするの。姉上は……謙信に勝つために、ここまで武田軍を鍛え続け、天下最強の名にふさわしい精鋭部隊を築き上げてきた。けれども、最後の最後の段階で、謙信を討ち取れないのではないか、と……」

 今ここで姉上の宿星しゅくせいを占って、勘助、と信繁は命じていた。

「それだけはできませぬ! 自分の主の星を占い運命をのぞき見るなど、家臣として不忠不遜! 家中の乱れの原因ともなりまする! 御屋形さまの宿星を読み運命を覗くことは、この勘助、己に禁じております!」

「いいえ。武田家が振り絞ることのできるありとあらゆるものを『力』として結集しなければ、上杉謙信には勝てないわ。たとえどのような運命が予言されるのだとしても――勘助。わたしたちは、逃げてはならない」

「不吉な未来が見えれば、なんとします」

「その時はわたしが、姉上の運命を変えてみせるわ」

 義信が「おいおい。主君の星を読むのはまずいんじゃねえのか」と生唾を飲み、飯富兵部が「宿曜道すくようどうなんてあたしは信じねーが、大凶の未来が出ちまったらどうするんだ? へそ盗られるのか?」と震えたが、信繁の決意は固かった。信虎追放の時も、そうだった。敬愛する姉・晴信――信玄の運命の岐路にさしかかった時、日頃は柔和で自分の我を出そうとしない信繁は、別人のようになる。天下大乱を治めることのできる英傑の表情を、今の信繁に、勘助は見た。あるいは、はじめから武田信虎の人物鑑定眼が正しかったのかもしれない、と勘助は気づき、震えた。信繁が、父親に憎まれて泣き続けていた姉にこれほどに固執しなければ、あるいは武田家は――。

 武田信玄の宿星は、羅ゴウの星である。

 勘助は、その信玄の運命を、「読んだ」。

 観てはならぬものを、観た。

 震えながら、信繁と義信、そして飯富兵部に、告げていた。

 己の隻眼が読んだ、武田信玄の運命を。

 まさか。

 御屋形さまはご健康である。

 用心深く影武者を配し、身体をいたわるべく温泉での湯治を欠かさず、武田家を「天下最強」とするまでは生きねばならないと長寿を保つことを心がけておられる。

 お父上を駿河へ追放して以来、御屋形さまは、武田家当主としての責任を一身に背負われてきた。どれほどの重圧があろうとも、どれほどの苦難が降りかかろうとも、生きて武田家を守り抜き最強の国となすことこそが、己の使命でありお父上への罪滅ぼしであると信じて、国主として超人的な努力を重ねながらも同時にお身体の健康を保つことを心がけ続けてこられた。

 それなのに。

 これが――これが、御屋形さまの運命だというのか!? そんな馬鹿な! あんまりだ! それでは、それがしは御屋形さまをかかる結末へと導くための疫病神にすぎなかったのか? それがしなどが御屋形さまの前へ現れなければ、御屋形さまは駿河で静かに絵を描き心静かに暮らすことができたのではないのか? 甲斐武田家は信繁さまが継ぎ、御屋形さまと離れて一人立ちを果たした信繁さまは「天下人」として覚醒し、そして今頃は……!

 勘助は、「それがしこそが武田家に凶をもたらす悪星であったのか!? それがしが御屋形さまにお仕えしたことが間違いであったのか?」と叫びたかった。


「……お、御屋形さまのお命は……まもなく……尽きまする……! や、病ではなく……戦傷……! 御首を、落とされます……! このようなことのできる武将など、天下に一人しかおりませぬ! 御屋形さまは……川中島にて、上杉謙信にお敗れあそばされます……!」


 義信が「……嘘だろ、おい」と言葉を失い、その義信の震える手を握りしめながら飯富兵部が「占いだ、外れることもあらぁ」と必死で励ます。

 信繁は、しかし、冷静にして沈着。誰よりも敬愛してやまない長姉の運命を告げられながらも、泰然自若としていた。

 勘助には、にわかには信じられなかった。

 孫子曰く――はやきこと風の如く、しずかなること林の如く、侵掠しんりゃくすること火の如く、動かざること山の如し。

 御屋形さまは、その孫子が理想とした「最強の武将」へと成長するべく、何度も挫折し、たいせつな人を失い、それでもなお血反吐ちへどを吐くような努力を続けてきた。だが、まことに「天下人」の才覚を持って生まれてきたお方は、孫子が理想とする「最強の武将」の資質を備えてこの戦国乱世に生まれてきたお方は、御屋形さまではなく、次妹の武田信繁さまであったのだ、と勘助はようやく気づいた。

 父親に愛されなかった長姉への深すぎる愛ゆえに、このお方は、その途方もない器量も才覚もすべて押し隠して、自ら望んで御屋形さまの影となり、御屋形さまを背中から支える副将となって、これまで――。


「山本勘助、大義。もうひとつ。この武田信繁の宿星を、読みなさい」


 主家の人々の宿星を読んではならぬ、それは不遜であり、主家の人々の運命を狂わせる行為である。それが軍師山本勘助が己に課した「規律」だった。

 だが、姉の討ち死にを宣告されながら不動の姿勢を保ちりんとして勘助の隻眼を凝視している信繁を前に、「できませぬ」とは言えなかった。

 予感は、適中していた。

 直情型で先走る義信と飯富兵部の二人に聞かれれば、武田家の運命はもはやどれほど狂うかもわからぬ。またしても、武田家が割れてしまうかもしれぬ。

 だから。

 信繁の耳元に「おそれながら」とそっと唇を寄せ、

「……あなたさまは、武田家を率いて天下を盗られる運命のお方でございます。天下人となるために必要な天運も。才覚も。器量も。慈悲心も。義も。ご寿命も。なにもかもを、生まれながらにしてすべて備えておられます……それでもなお野戦決戦に及べば、戦の天才・上杉謙信にだけは勝てますまい。ただ、上杉謙信にはないものを。天下を盗るに十分な、長き命を。あなたさまはお持ちです……」

 と、勘助は消え入りそうな小声を発して、信繁ただ一人に耳打ちしていた。

 その勘助の言葉を聞いた信繁は表情を変えずに、

「勘助。今日のこと、他言無用よ。これより先は軍師として川中島で謙信に勝つ策だけを、考えなさい」

 と、返答していた。やはり、泰然自若としている。信繁がなにを思いなにを決断しているのか、勘助をもってしても、読み切れなかった。

 ただひとつ、わかることがある。

 信繁は、己の宿星を知ってもなお己自身で天下を盗るつもりなど毛頭なく、あくまでも姉・信玄の運命を変えるためにあらがおうとしている、ということだった。

 越軍が川中島を目指して春日山城から進撃を開始した、という情報を知らせる「烽火のろし」が海津城から天空へと昇り、甲斐信濃の山々に設けられたいくつもの烽火を経ておよそ二時間をかけて甲斐の躑躅ヶ崎館へと伝わってきたのは、この時である。



 関東管領に就任した上杉謙信は、越軍とともに三国峠を逆に越えて越後・春日山城へと帰還したが、古河城に近衛前久・上杉憲政を、京の二条御所に足利義輝を待たせている今の謙信に休む暇はなかった。

 実に二年越しとなった長期関東遠征で疲弊し、しかも所領を与えられることもなくただ消耗していた越後の将兵たちに向けて、謙信は、切々と訴えねばならなかった。

「川中島で武田信玄との長きにわたる因縁に終止符を打つ。今までわたしは敵を殺さずと定め、義戦を貫いてきた。しかし、武田信玄にこれ以上野望の戦を続けさせる限り、わたしには京の戦乱も関東の戦乱も止めることができない――わたしは、武田信玄を討つと決めた。これが、川中島での最後の戦いになる。信玄もまた、武田家のすべてを賭けてわたしを倒すつもりで攻めかかってくるだろう。わたし自身も。そして大勢の将兵も。川中島の地に倒れるかもしれない。だが、どうか――あと一戦。あと一戦だけ、義のために戦ってほしい」

 謙信は、関東で窮民のために兵糧を惜しみなく配り続けた。その結果、すでに春日山城の国庫は空になっている。「第二次川中島の合戦」の時のような長期戦は望めなかった。しかも、武田方は川中島の東に位置する松代に、一大拠点となる海津城を完成させている。天下の奇才とも言うべき山本勘助の縄張りによるこの城は、背後に山々を背負い、千曲川を天然の堀として用いた難攻不落の要塞で、容易に落とせる城ではない。つまり、速戦も難しかった。

 北条家こそ滅ぼせなかったが、謙信が上杉家を継いで関東管領に就任したことで「これで義は果たした」「われら越後衆も、しばし休める」と安堵していた越後諸将は、その謙信が武田信玄との「最終決戦」をはじめると宣言したことに激しく動揺した――。

「あの山本勘助が全知全能を賭けて築城した海津城は、力押しでは落ちぬ。川中島も善光寺平も、すでに武田から奪い返すことはできない。われら北信濃衆はもう、この越後でご主君の家臣として生涯を終え、越後に骨を埋める所存。そもそも小笠原長時はもはや信濃守護にあらず、将軍足利義輝の本意はご主君を関東から呼び戻すことにあった。ご主君、それでも川中島へ行くと申されるのか」

 北信濃衆を束ねる村上義清――謙信は、今や身も心も越後人になりきろうとしていた義清の嫡子に越後の名家「山浦家」を継がせるつもりになっていた――が、謙信にやんわりと諫言かんげんした。

 北条氏康が逃げ続けたため、関東で暴れ足りなかった柿崎景家は「私は謙信さまのご命令とあらば、修羅となり鬼となりて戦場の最前線で戦うのみ。関東遠征での鬱憤うっぷんを晴らしてくれるわあ! 南無阿弥陀仏!」と白い歯を輝かせながらうなずき、本庄繁長も「謙信さまが義を果たされるために行くのならば、ボクはともにどこまでも参ります!」と「第四次川中島出兵」を承諾したが、多くの国人衆は「わ、われらは人間にござる。しばし休ませていただきたい……!」「いくら謙信さまが毘沙門天の化身といえど、海津城を完成させてしまった武田信玄軍と正面から激突すれば、関東遠征で疲弊した越軍は全滅するやもしれませぬ」と矢継ぎ早の連戦となるこの出兵に容易に賛同しなかった。

「そなたたちが疲れ切っていることも、兵糧が少ないことも承知している。だが、今こうしている間も、京の将軍家と関東の近衛さま・憲政さまは、秩序を乱し下克上をなさんとする者たちに圧迫されて越軍の救援を待っているのだ。今までわたしが義をなそうと兵を興した時、常に、野望の武将・武田信玄がわたしを妨げてきた。この世に純粋な義などない、義も慈悲も乱世を平定する力など持たない観念にすぎない、人が救われるには『力』を持たねばならない、力なき武にはなにも成し遂げられない……そう信じる武田信玄は、どこまでもわたしの志を妨げ続けるだろう。その結果、幕府も、関東府も、滅びようとしている。いつか信玄にわたしの義が伝わると信じて川中島に時間を費やしてきたわたしが甘かったのだ。もはや、猶予はならない。わたしを頼ってくださった殿方たちのためにも――信玄との馴れ合いのような戦の繰り返しを、川中島での堂々巡りの輪廻りんねを、断ち切らねばならない」

 長尾家改め上杉家の関東における支配拠点となるべき厩橋うまやばし城城代の座に引き続きこだわり続けている北条高広は、

「武田信玄は、海へ出なければなりませぬ。捨て置けば、いずれは東海道へ向かうでしょう。すでに今川家は今川義元を失い、事実上滅びております。もはや上杉武田両家ともに、川中島などに固執する理由はございません。謙信さまは関東と都とに、そして武田信玄は東海道に向かう時が来たのです。愚行ですな」

 と反対したが、「信玄はわたしの関東遠征を妨害するために西上野をも奪うつもりだ。いずれは箕輪城も厩橋城も奪い取ろうとするだろう。二度と関東遠征を妨害させぬためにも、どうやっても倒さねばならない。海津城を完成させた信玄と山本勘助が『これで上杉謙信に勝てる』と確信している今が、その最初で最後の好機だ」と謙信は北条の忠告を退けていた。

 北条は、

「やれやれ。それもたしかに道理ですな。ただし、こたび信玄を討ち漏らした時には、関東遠征の継続は困難となります。その時は、他国の土地を奪わずという謙信さまの誓いに例外を認めていただきたい。それがしに、厩橋城城代の任務を賜りたい」

 と迫り、謙信から「……やむを得ないな」と内諾を得て、「でしたら、それがしはわが北条の兵どもとともに、命を賭けて川中島で戦いましょう」と苦笑しながら引き下がった――。

 計算高い北条ははじめから、「厩橋城城代就任」の内諾さえ取れればそれでいい、と割り切っていたのだろう。

 しかし、なおも納得できない国人たちは、数え切れないほどいた。北条どのはよいが、われらはどうなる、と彼らは憤慨していた。

「すでに謙信さまは関東管領。関東のほうが大事です」

「やるならば、西上野で信玄と激突し葬るべきでしょう。武田方が海津城を擁する今の川中島では不利です!」

「戦って得られる土地もないのに、川中島で武田家と越後の運命を賭けた決戦を行うなど……」

 彼らの多くが、いわゆる「関東遠征派」の国人たちだった。

 上杉憲政が古河城に留まっている今、関東遠征派の統領的な立場にいる長尾政景に対しても、男たちは言いつのった。

「政景どの、こたびの川中島出兵に反対していただきたい」

「川中島でわれらが武田信玄と戦えば、その隙に北条氏康が空き巣狙いをはじめて関東で一気に巻き返しましょう! 関東平定の大業は瓦解いたしますぞ!」

「上杉家がまことに関東の覇者となるためには、謙信さまは関東上野へと本城を移されたほうが合理的。越後は、長尾家ご一門の政景どのが守るべきでしょう!」

「このままでは……われらは、戦っても戦ってもあの広大な関東に一片の土地も得られぬのです! ましてや、川中島などという猫の額の如き狭い土地などのために死戦に挑むのは……!」

 今や、義将・謙信と関東の土地を望む関東遠征派諸将との間に、一触即発の緊張感がみなぎっている。

 長尾政景の発言次第では、この軍議の席で越後は二つに割れるかもしれなかった。

 しかし「野望の男」長尾政景もまた、謙信と信玄の「決着」は何人たりとも止められるものではないと熟知している。義を実現するために天に生きる謙信と、野望にかれて地に生きる信玄との激突は、逃れられない宿命なのだ。宇佐美定満であろうとも、直江大和であろうとも、そして政景自身であろうとも、二人の姫武将の激突を止めることは許されないのだ。

 が、長尾政景は、生来欲が薄く浮き世離れした「風流心」を持つ貴公子の上杉憲政とは違う。黙って「見事な覚悟だ、謙信。貴様に血の忠誠を捧げよう」と謙信にひれ伏すような男ではなかった。政景は、誰にも、ひれ伏さない。父親が長尾為景にひれ伏して生き恥をさらした時から、そう、決めたのだ。

「フン。景虎よ……いや、今は『上杉謙信』だったな。貴様がほんとうに信玄を討つというのならば、上田長尾家の一族郎党すべての命を捧げて貴様の義のためにとことん戦ってやろう。千曲川と川中島を血に染め、武田兵を皆殺しにしてやろう。ただし」

「……ただし?」

 謙信の表情が怒りと戸惑いとにゆがんでいた。

「関東遠征の失敗でまだ悟れぬか、謙信。人間にとってもっとも重要なものは、『結果』なのだ。『過程』などではない。ましてや、『志』などは、『欲望』を美しく言い換えたにすぎず、笑止。こたびの決戦で信玄を討てねば、お前は結局は人間の小娘にすぎず、毘沙門天の化身などではなかったということだ。貴様がどう言いつくろおうが、俺は、そう結論する。その時は、躊躇ちゅうちょなくこの俺が貴様から越後を奪い取る。俺の背後には今や関八州の広大な平野に魂を奪われ欲の炎に火を付けられた関東遠征派の諸将がついている。俺が主君になれば、越軍は関東の肥沃な土地を奪い放題だからな……謙信よ。お前が信玄を殺し損ねたら、春日山城は俺がいただく。もともと貴様は生涯不犯しょうがいふぼんの身、貴様の後継者は俺の娘・卯松なのだ。信玄に敗れ、転輪聖王てんりんじょうおうになり損なった暁には、叡山にでも高野山にでもね。出家でもして、仏陀にでもなんにでもなれ。衆生に、なんの力も持たぬ気休めの『言葉』でも唱えよ。それが、お前にふさわしい生き方だったということだ」

 北条高広の「催促」にはかろうじて耐えた柿崎景家がついに「貴様ああああ! この期に及んで謙信さまを脅すつもりかああ! まだ、謙信さまに帰順しておらなんだのかあああ! どこまで謙信さまのお志を冷笑するかあ、不遜者があああ!」と激高して政景の胸ぐらにつかみかかったが、謙信は「承知した政景」と政景の燃えるような瞳をにらみながらうなずいていた。

「諸将と兵たちにだけ『合戦に命を捧げよ』と訴え、わたし自身はなにも賭けないならば、そのような戦は不義だ。わたしは、わたしの志と命のすべてを、この一戦に賭ける。わたしが信玄を討てねば、その時は政景、お前の好きにするがいい」


 春日山城に帰還すると同時に、直江大和は胸の痛みを覚えて倒れていた。

 謙信が毘沙門堂前に諸将を集めて「出陣指令」を布告した軍議に出席することもできず、春日山城の中腹に建つ直江屋敷で床に伏していた。

 咳の中に、血が混じっている。

 雪の三国峠越えがたたったのかもしれませんね、と直江は思った。

 二度の上洛。関東遠征。そして川中島での度重なる武田信玄との戦い。さらには、越後の経済を動かし国と民を豊かにするための内政。それらすべての膨大な仕事を、直江大和は謙信の背後を支えながら黙々とこなし続けてきた。妻を娶ることもせず、まるで出家僧のように粗食と独身生活を貫き、与えられた時間のすべてを謙信の「夢」に捧げ尽くしてきた。謙信に尽くし続けているうちに、彼の傷ついていた心は、いつしか癒やされ、満たされていた。救われていた。しかしついに、身体に限界が来たのかもしれない、と気づいた。

「義父上。替えの寝間着です。川中島への参戦はあきらめられませ」

 樋口村出身の養女・直江与六が、「わが病を誰にも悟らせぬよう」と言いつけていた大和を一人で介抱し続けていた。

 与六は切れ者だが、気位が高いところがあり、宇佐美定満のもとから来た頃には「わたしはこんなところへ来とうはなかった!」と口癖のように騒いでいた。万事適当な宇佐美定満は自分の城へと集めた姫武将候補生たちを甘やかすが、直江大和は幼かった与六にも容赦なく、そして常に冷たかったからだ。

 しかし、その与六も、今は大和を父と慕い誠心誠意仕えている。

 ともに暮らすうちに、どこか、実の父子のように心が通っていた。お互いに、無愛想で口が悪いところは改まっていない。ついに生涯独身を貫いたが、この屋敷に与六がいてくれたからわたくしは今まで孤独を憂うことなく必死に生きてこられたのだ、と大和は思った。

「わたくしが参戦せねば、誰が輜重隊しちょうたいを率いるのですか。戦は、武人のみでやるものではないのですよ」

「私が! こたびの武田信玄との決戦を、与六の初陣とします!」

「馬鹿なことを。お前はまだ幼い。いくらわたくしでも、日ノ本史上に類例のない激戦に、素人の娘を放り込めません。謙信さまが認めませんよ」

「ですが……義父上のお身体は……」

「わたくしはあくまでも後方支援と輜重を担当しますから、問題ありません。あと一戦くらいでしたら、保ちます。与六。人は必ず死にます。重要なことは生きた日数ではなく、与えられた日々の中で、なにを成そうとしたか、です」

「……義父上はそこまで、謙信さまのために」

「いえ、人はそこまで美しくは生きられませんよ。わたくし自身が生きるため、だったのかもしれません。ですが、お嬢さまのお心はいまだ満たされていない……まだ、癒やされていない……これほどに乱世に翻弄される大勢の男たちの、多くの人々の祈りを聞き、願いを叶え、志を助けて戦い続けてこられたにもかかわらず……お嬢さまの心は、え乾いておられます。かつて、わたくしは慈悲を、宇佐美さまは義を、お嬢さまに説かせていただきました。ですが。義と慈悲だけでは、お嬢さまを癒やすことはできませんでした。むしろお嬢さまは自分を人間の眷属けんぞくとは考えず、毘沙門天の化身だと信じるようになってしまいました。なにかが、足りないのです。なにかが……」

 幼い与六には、その「なにか」の姿がまだ、見えてこなかった。

「与六。お嬢さまの片腕となる軍師候補として育てられたお前には、初陣で討ち死にしてもらっては困るのです。お嬢さまに足りぬなにかを、お前が探すのです」

「私ごときに、探せるのでしょうか」

「お前はまだ若く、そしてお嬢さまと同じ姫武将です。あのお方には、同性の友がいなかった。ただ一人、武田信玄を除いては……ですが、信玄とお嬢さまとは、敵味方として川中島で戦う運命……だからこそ、お嬢さまにはお前が必要なのです。お嬢さまの欠けてしまった魂を満たすことのできるなにかを、生涯を賭けてでも探すのです」

「私にとっては、謙信さまはまことの毘沙門天の化身に思えます。光り輝いて見えます。その謙信さまの魂を癒やすものを、どうやって見つければよいのでしょうか。自信が……ありません」

 お前は幼く、未熟です。しかし、あの宇佐美さまがお嬢さまの未来の片腕として選ばれた者です。いずれわかる時が来るでしょう、と直江大和は床の上で苦笑いを浮かべていた。

「おいおい、なんだ。どうしちまったんだ、直江の旦那? 遺言なんぞ、まだ早いぜ。ほら与六、関東土産、うさちゃんの新作縫いぐるみだ! 今回のはすげえぞ! 増殖するうさちゃんだ! 見ろ見ろ、口から『ちびうさ』の群れがドバー! 知ってるか、うさぎの繁殖力は異常! オレさまの生殖力はもう、しょんぼりだがな……」

 静かな直江屋敷に、不意の、来客があった。

 宇佐美定満だった。

「う、宇佐美さま!? どうしてここに?」

 だが、与六の記憶にあった、あのいつも若々しい宇佐美ではなかった。

 老いている……と与六は小さな胸を痛めた。

「……軍議に顔を出さなくてよいのですか? またしても長尾政景が言いたい放題に好き勝手を言っているのではないのですか?」

 直江大和が顔をしかめた。

「まあな。軒猿によれば、政景は川中島で謙信が信玄を討てねばこんどこそ越後を奪ってやると息巻いていて、謙信はかなり切羽詰まっているらしい。越後の諸将の半数は、土地の一片も奪わず空振りに終わった関東遠征に引き続いてまたしても不毛な川中島に駆り出されたことに不満を募らせている。そもそも、兵糧も尽きているしな」

 あの男は我欲塗がよくまみれですが、常に理屈は正しいのです。お優しすぎるお嬢さまはほんとうに信玄を討てるでしょうか、強敵ともを討てるのでしょうか、討てねば越後はお嬢さま派と政景派との二つに割れます、そうなれば越後は滅びましょう――と直江は淡々と告げながら、

(もしも政景が越後を割ろうとしたその時には、わたくしが政景を暗殺しましょう。政景はお嬢さまが「義」によって束ねている越後にとって、どこまでも獅子しし身中の虫なのです。彼自身が、その役目を己に背負わせて、そして死ぬまで降りるつもりがないのです。いえ、たとえ死んでも降りないかもしれません。上洛、関東遠征、川中島での決戦、そのすべてが中途半端で明確な「益」のない結末を迎えれば、政景の力はこれまでにないほどに増大いたしましょう。もしも政景自身が越後簒奪えちごさんだつの意志を曲げたとしても、事態は政景擁立へと転がっていきます。今回ばかりは止めても無駄ですよ)

 そう、宇佐美に視線で訴えていた。

 長年謙信のもとで共闘してきた宇佐美定満と直江大和は、今や視線だけで互いの意志を伝え合うことができる。

(旦那には無理だ。その時には、オレがる)

(宇佐美さまには、まだ生きていただかねばなりません。わたくしはもう、長くないようです。ですから、わたくしが)

(死に損ないの旦那じゃあ、いよいよ無理だ。オレは律儀に童貞を貫いた旦那と違って、釣りに酒に美人のお姉ちゃんにと遊び回ってさんざん「生」を満喫した。謙信を除けば、地上に未練はねえ。一足先に涅槃ねはんに行って、待っていてやるさ)

(ですが。政景を含めてわたくしたち三人がともにってしまえば、お嬢さまはどうなるのですか。あまりにも、おかわいそうです)

(だからよ、与六を育ててきたんだろうが)

 与六には、二人の父親がなにを語り合っているのか、わからない。

 宇佐美定満が、きょとんとしている与六の頭をぽんとでながら、告げた。

「なあ与六。少々早いが、お前、この場で元服しろ」

「元服ですかっ!? それはつまり、初陣が近づくということですね!?」

「まあな。謙信も、そろそろてめえの手許てもとでともに戦ってくれる姫武将が欲しいだろう。ただし、だ。今回の合戦はダメだ、お前の初陣は次の機会だ。お前は直江の旦那に似て戦下手そうだから、いきなりでかい戦を仕切ろうとしたりするなよ?」

「これはしたり。私は宇佐美さまの軍学と義父上の政の才覚をともに受け継ぎ、兼ね備えております! 私に大軍を授けていただければ、義風堂々と戦ってご覧に入れますよ! 毘沙門天を補佐する義将として!」

 宇佐美が、いったいどこからこんな自信がわいてくるんだ? と首を傾げ、いくら矯正してもこの尊大な性格は直らないのです、と直江大和が苦笑していた。

「まあ、いい。なあ、与六。お前は、オレが認めた越後随一の利口者だ。そして、謙信と相通じる爽やかな義の心を生まれ持っている。実戦で経験を積んでいない今は自信過剰でも、いずれ成長する。これからは『兼続かねつぐ』と名乗れ」

「『兼続』……ですか?」

「オレの義と、旦那の慈悲を、ともに兼ね備えているんだろう? 後を継げ。オレと旦那は、その生涯を、謙信を補佐するという夢に捧げてきた。オレたちの志を兼ね備えたお前に、その夢の続きを、託すぜ」

 まるで遺言のような……不吉な……と、与六は胸がうずいた。だが、宇佐美定満は変わらず、優しかった。こうして頭を撫でられていると、それだけで「私は戦国の世を生きていける」と勇気を与えられるようだった。

「与六、いえ兼続。人にはできることとできないことがあります。分をわきまえ、己の能力の限度を見定めることも、軍師たる者の務め。名前負けせぬよう、励みなさい。ですが……お前にはさほど戦の才はありません。そもそも宇佐美さまですら、謙信さまの軍才に比べればまるで大人と子供なのですから。お前はですから軍師というよりも、宰相になるのだと心がけたほうがよいでしょう」

 直江大和は相変わらず無愛想で口が悪い。だが、内心では与六を実の娘以上に愛してくれていたことが、今の与六にはわかる。この乱世を生き延びるために必要なことのすべてを、与六は二人から学んだ。

「宇佐美さま。義父上。私はこれより、直江兼続と名乗らせていただきます! そしていつの日か必ず、宰相として、越後第二の姫武将として、謙信さまにお仕えいたします。生涯に、わたって」

 いつかきっと、謙信さまのお心を癒やすことのできる「なにか」を、私は見つけだしてみせます、と与六改め直江兼続は誓っていた。



 上杉謙信率いる越後軍は、春日山城を出立し、決戦の地・川中島へと、進軍した。越軍のほぼ全兵力――総勢一万五千の大軍が、北国街道を進んで善光寺平へと入り、八月十五日に善光寺・横山城に着陣。川中島と千曲川を隔ててそびえ立つ海津城にもる武田方の守将・春日弾正改め高坂弾正へと迫った。

 高坂弾正はただちに武田軍が誇る「烽火」を掲げて、甲斐府中へと「越軍川中島へ出現」の急報を送る。

「第四次川中島の合戦」の、勃発である。

 善光寺の本堂に本営を置いた謙信は、この夜、久方ぶりにその男と会っていた――蜘蛛くものように手足が長く、幽鬼のような長い顔を持つ痩せた忍び。とび加藤こと、加藤段蔵だった。

 すでに善光寺の北部にそびえる霊山・戸隠山と飯綱山は、武田方の付け城によってその背後を脅かされている。信玄は、戸隠山のご神体である「石」の破壊を宣言していた。持ち運べぬのならば、いっそ壊してしまう、と戸隠忍群に通達してきたのである。川中島で武田と上杉の決戦がはじまれば、戸隠山にも武田兵の別働隊か、あるいは真田忍群が決死の覚悟で突入してくるだろう。

「……加藤段蔵? そなた、直江大和の監視の目をくぐって忍び入ってきたのか?」

「そうではない。むろん、勝手に入ろうと思えば入れたが……こたびは直江大和より、目通りを許されてな。奴は暗に、貴様をかどわかして山の彼方へと連れ去るなら今が最後の機会だ、と俺をそそのかしているのかもしれん」

「直江大和が……なぜだ? 川中島で信玄と雌雄を決しようとしているこの時に……?」

「あの男も老いた。決戦に及べば貴様が信玄に敗れるのではないか、と恐れているのだろう。もっとも、お前が俺などに拐かされることなどない、とも信じているようだがな」

「そうか? いちどそなたは、わたしを叡山えいざんへと連れ去ったのだぞ」

「しかし、俺は貴様を盗み出しこそすれ、豪盛のもとへと丁重に届け、貴様を奪わなかった。この言葉の意味がわかるか、景虎。いや、上杉謙信」

 わたしももう乙女だ。なんとなくわかるが、今はそのような話をしている場合ではない、と謙信は頬を赤らめていた。謙信は、肌が透き通るように白い。感情が乱れれば、すぐにわかる。

「……俺は、日ノ本という国を呪い武家を呪い、戸隠の『石』に魂を縛られて生きてきた亡霊のような男よ。男女の愛も恋も知らぬ。故に、これまで俺が貴様に対して抱いてきた感情は、人間の女に対するものではなかった。貴様への想いは、俺の執着は、とどのつまりは神を求め救いを求め魂の解放を求める感情だった。物言わぬ『石』の代わりに、生きている貴様を信仰していたにすぎん……越後でも関東でも、多くの男武者が同じような境地に陥ってきたのだろうが、俺はきゃつらほど愚かではなかった。故に、貴様を奪える好機をつかみながら、奪えなかったのだ。『石』を抱いたところで、俺の魂は救われん。貴様が毘沙門天の像を拝むのも、俺が戸隠の『石』を守るのも、ともに、人の世から己の脆弱ぜいじゃくな心を守るために偶像に魂を縛り付ける行為にすぎん」

 そなたはいつか必ずわたしを裏切る者だと信じていたが――しばらく会わぬうちに、忍びというよりも僧侶のようになったな、そなたは、と謙信は思わず漏らしていた。

「なぜ叡山へ連れ去る過程で貴様を奪わなかったのか、なぜ戸隠に引き返してしまったのか。戸隠に籠もりながら俺は悩み続け、考え続けてきた。俺の魂は常に戸隠の『石』に縛られている。だから、奪えなかったのだ。下界を捨て、戸隠の忍びとして生きている間も、俺の魂のなにかが欠けていたのだろう。毘沙門天の化身とやらになり果てた貴様の魂も、同じだ。俺が『石』代わりに貴様を抱いても、貴様の魂は毘沙門天に捕らわれたままだ。お互いに同じものを欠いたものがかたちばかり交わったところで――結局は幻滅と悲劇しか生まぬ。貴様を救うこともできず、俺もまた救われない。故に、俺は躊躇したのだ。思えば直江大和は、利口な男だった」

 そなたの言葉が難しくてわからぬ、と謙信は眉をひそめていた。わたしになにが欠けているというのだろう。加藤段蔵になにが欠けているというのだろう。直江大和が利口な男だとは、どういう意味なのだろう?

「謙信よ。俺はしょせん『石』に縛られて生涯のほとんどを浪費してしまった野良犬よ。俺は、父も知らぬ。母も知らぬ。己が何者なのかも知らぬ。主を持たず田畑を持たず住む家を持たない山の民の一員だった、ということしかわからぬ。幼き頃には、戦乱の中で餓えてただ一人、山中を逃げ惑っていた記憶しかない。まさに、人間以下の存在だった。人の世に生きる己の無力さを呪い、戸隠の山に逃げ込み、『石』の光を浴びて異形外道の術を操る『鳶加藤』となった時から、俺の身体は大地の力から自由になった。しかしその代償として、この魂を『石』に縛られたのだ――しかし、貴様は違う。たしかに貴様もまた毘沙門天とやらに魂を縛られているが、貴様には宇佐美定満も、直江大和もついている。人を殺す術しか知らぬ狷介けんかいなはぐれ忍びとは、違う。今はわからずとも、いずれ理解する時が来る。突然に、その時は訪れるだろう」

 月の光が、この外道の忍びの髪を照らしだしていた。白髪だった。ああ。加藤段蔵も、老いたのだ、と謙信は気づき、そして、泣きたくなった。

「上杉と武田の決戦がはじまると同時に、真田忍群は戸隠の結界へと突入してくるだろう。俺もまた、猿飛佐助との最後の決戦に及ばねばならぬ。このまま去れば、これが今生の別れになるかもしれんが、今宵の俺はまだ貴様を拐かさぬ。迷妄は、晴れた。そうだ。俺が、一歩先へと進むためには――『石』から己の魂を解放せねばならんのだ。武家の世を、人の世を呪いながら外道の術を操る魔人ではなく、人間として、生きるために。『石』を巡って続いてきた佐助との戦いに、決着をつける」

「……人間として……生きるために……わたしも、信玄との戦いに決着をつければ……人間に、なれるのだろうか」

「少なくとも、一歩、先へ踏み出すことはできる。俺の迷いも貴様の苦しみも、すべては心のうちに生まれいずる幻にすぎない。上杉謙信よ。貴様は、春日山城に生まれ落ちたその時から、人間なのだ。己の手で、掴み取れ。毘沙門天の呪いから、己の魂を解き放て。俺が貴様を拐かすことになるとしても、ならないとしても、貴様が己自身の意志で自らの生を選び取るとしても、すべては、その後だ」

 謙信が「加藤段蔵よ。それは愛の告白なのか、それとも」と問いかけようとした時には、もう。

 加藤段蔵の姿は、いつの間にか本堂内から忽然こつぜんと消えていた。

「――いずれ戸隠から川中島にかけて、真田忍群の夜襲を阻むために深い霧が出る。才蔵が『霧隠の術』を用いて、佐助どもの視界を塞ぐ。その時、武田信玄と貴様もまた、視界を塞がれることになるだろう。だが赤目の貴様は、視界が効かぬ戦いに、慣れているはずだ――」

 段蔵の残した言葉だけが、本堂の内側に鳴り響いていた。


 一刻ののち――同日深夜。

 謙信は、直江大和と宇佐美定満の両名を本堂へと呼び出していた。

「越軍の兵糧は、切り詰めても残り一ヶ月分しかない。このまま善光寺に座していれば、またしても犀川を挟んで睨み合いとなり、兵糧が尽きる。さりとて、勝負を急いで海津城を包囲すれば武田信玄の思うつぼとなる。信玄はゆるゆると川中島へ向かうそぶりをみせながら、山中を自在に駆ける神出鬼没の機動力を発揮して海津城を攻める越軍の背後へ回ろうとするだろう。そこでわたしは、越軍の主力一万三千を率いて犀川を渡り川中島へ入り、そのまま堂々と海津城の正面を行軍し、海津城のすぐ西隣にそびえる妻女山さいじょさんに本陣を移そうと思う」

 犀川を渡り、敵の懐に? 自ら退路を断つのですか、と直江大和は賛同しかねるように謙信を問いただしていた。謙信の「ひらめき」とも言える天才的な戦術眼そのものには、疑いを抱いてはいない。それにしても、武田方の最重要拠点・海津城を無視してさらに南下し自ら敵中に飛び込むなど、常識や理屈では割り切れない無謀さだ。あまりにも危険な賭けだった。

「海津城を守る高坂弾正がお嬢さまに釣られて飛びだしてくれば、信玄が川中島に着く前に海津城をやすやすと奪うことができましょう。しかし、高坂弾正は通称『逃げ弾正』と呼ばれる慎重な姫武将。釣られませんよ」

「はじめから高坂弾正を釣り出すことなど考えていない、直江。妻女山まで南下して、敢えて死地へと飛び込むことそのものが、わたしの目的なのだ。信玄は生来用心深い。わたしのほうから虎穴へと飛び込んでいかねば、決戦に持ち込めまい」

「そこまでして、乾坤一擲けんこんいってきの決戦を望みますか。加藤段蔵と会わせたこと、逆効果になったようですね」

「よいのだ、直江。善光寺と横山城に、お前と、二千の輜重隊を残しておく。たとえ信玄が川中島に着陣しても、北にお前が、南にわたしが布陣していると知れば、信玄は挟撃を恐れて犀川を容易に渡れぬ。越軍の将兵たちの退路を、確保してくれ」

「かしこまりました。命に替えても。しかしそのような大事な役目を仰せつかった以上、わたくしは犀川の渡河拠点を確保することで精一杯となりましょう。戸隠までは手が回らなくなりますが」

「戸隠については、加藤段蔵に賭ける。わたしと信玄とが戦っている間、きっと『石』を守ってくれるはずだ」

「鳶加藤は、この世の誰にもまつろわぬ男。お嬢さまをいずれ裏切る者ではなかったのですか?」

「……裏切りは必ずしも悪ではない、人の行動原理には必ずなんらかの理由があり、その理由の十割が悪とは言いきれぬ。善も悪もともに、人の心のうちで戦っている。その己の内面で生じている善と悪の戦いの原因を、外の世界へ求めた時、人は『悪』を誰かの内側に見出してしまうのではないだろうか。そして、憎しみが生じる。わたしはそんな気がしているのだ、直江」

「……武田信玄もまた、十割の悪に染まった純粋な悪人ではない、と」

「そんなことは、はじめからわかっている。彼女は、ほんとうは心の優しい人だ。お父上に愛されなかった心の傷を塞ぐために、天下最強の武将に、甲斐の虎に、ならねばならなかったのだ。あの勇壮な『風林火山』の旗を掲げて大地を駆ける武田騎馬隊の馬蹄ばていの音が、わたしには、信玄の泣き声に聞こえる……それでもなお……わたしは信玄を、信玄はわたしを、倒さねばならない……この川中島での輪廻を断ち切り、前へと進むために」

 宇佐美定満、長尾政景、柿崎景家、北条高広、村上義清、斎藤朝信、本庄繁長ら越軍の主力部隊はすべてわたしとともに妻女山へと入る。もとより海津城の攻略や善光寺平の奪回などはわたしの眼中にはない。わたしがなすべきことは武田信玄自身との「決戦」なのだ、と謙信は直江大和以外のほぼすべての武将に出立を命じていた。

「だが謙信、越軍の兵糧は一ヶ月もたない。自らおとりとなって妻女山に孤立してもなお、信玄が動かなければ?」

「宇佐美。信玄は必ず動く。信玄が海を求めて直江津を奪うとしても、今川家と手切れして駿河へ出るとしても、いずれにせよこたびの決戦でわたしを倒さねばならないのだ。だからこそ、信玄は改名した。このわたしを、川中島へと呼ぶために」


 八月十六日未明。

 上杉謙信は一万三千の越軍を率いて海津城の目前を悠然と行軍し、西に隣接する妻女山へ布陣。自ら、兵法の常識を無視して敵中深くまで乗り込んでいた。もしも武田信玄が犀川を渡る道を遮断すれば、謙信も越軍も再び越後の地を踏むことは不可能になる。それほどの無謀な戦術だった。



 ほぼ同時刻、海津城より伝わる「烽火」の伝言を躑躅ヶ崎館で見た武田信玄もまた、「やはり謙信は来た。川中島で二人の最後の決戦をはじめる時が来た」と緊張に震えながらうなずいていた。お互いに青ざめて脂汗を流しながら、軍師・山本勘助とともに軍議の準備を整えていた時。

「しろうかつよりも、あねうえとかんすけとともに、たたかいます。『たけだ』のいもうととして」

 諏訪家の忘れ形見――諏訪四郎勝頼が巫女姿で二人の前に現れ、「出陣」を乞うてきた。

 しかし信玄には、幼い勝頼を、武田家を待ち受けている運命の死地へと連れて行くことはできなかった。

「相手は毘沙門天を称する軍神・上杉謙信。この戦は、今まで武田家が経験したことのない激戦になる。勝頼の気持ちは嬉しいが、今回だけは耐えてくれ」

「……でも、あねうえ。きっと、このいくさ、あねうえとかんすけは……」

「心配するな。武田には大勢の勇将名将が勢揃いし、甲州兵たちは強い。たとえ謙信が相手でも敗れはせぬ。それに……万が一あたしたち武田のきょうだいが誰ひとり甲斐へ戻ってくることができなければ、残された武田の妹が、家を継がねばならない。勝頼、その任務をお前に託す」

「……あねうえ」

 勝頼さまは諏訪の巫女にして神人の末裔まつえい。武田家を覆っている不吉ななにかを感じておられるのだ……と勘助は涙ぐみそうになりながら、かろうじて感情を押し殺し、「軍師」の表情を保っていた。

「勘助。勝頼は幼い。戦に緊張し、おびえているのだ。当然のことだ……お前からも言葉をかけて安心させてやれ。天下一の軍師と天下一の家臣団、そして最強の武田騎馬隊をもってすれば、上杉謙信との決戦とて負けるはずはない、と」

「……ははっ。勝頼さま……この勘助、武田軍の勝利を、お約束いたします。御屋形さまもそれがしも勝頼さまを甲斐に残して二度と戻ってこないなどということは、決して!」

 勘助は、勝頼の目を覗き込むことをためらった。宿曜道によれば、御屋形さまの命はもはや尽きておられる。この川中島の決戦で、おそらくは上杉謙信に討たれるのだ。勝頼さまもきっと、諏訪の神人の血の力で、その運命を感じ取っておられるのだ。空約束などを交わしてはならない。だが、どうすれば……どうすれば、御屋形さまをお救いすることができるのだろう?

「かんすけ。てんとちとが、あばれようとしている。とがくしと、すわとがふうじてきた『ちりゅう』が、かりたてられようとしている。あねうえがあぶない。『みがわり』がひつようならば、このかつよりがつとめよう。すわのみこのちが、『ちりゅう』を、きっと、しずめてくれる」

「……地龍……!?」

 われらはこたび、越軍との決戦と同時並行で真田忍群を動員して戸隠の「石」を破壊しようとしている。「石」を壊せば、信濃に眠る地龍を駆り立てることになる、というのか?

「かんすけ。しんではならない。かつよりを、みがわりのいけにえにもちいてほしい」

「できませぬ。幼子が老人の身代わりになるなど、あってはならぬこと!」

 勘助は「御屋形さま。勝頼さまは日ノ本でもっとも古き神々の血を伝承されておられる巫女。不吉です。今の越軍には兵糧がありますまい。今年は出陣を見送ることにいたしましょうか。捨て置けば、越軍は一ヶ月のうちに撤退いたしましょう」と信玄に切りだしたが、信玄は「謙信を裏切ることは、ならぬ。それではあたしは、なんのために謙信の関東遠征を妨害し、小田原からはるばる川中島まで謙信を呼んだのだ。必ず戦い、必ず勝つ。四郎の血を生けにえになどせずとも、あたしとお前の力で――人間の力で、毘沙門天を地に落とすのだ」と承知しなかった。承知しないことは、勘助も知っていた。勘助は日頃は「畏れ多い」と触れることもできなかった勝頼の頭をそっと撫でながら、「御屋形さまは勝頼さまを、生け贄の巫女とは思っておりませぬ。あなたさまは、御屋形さまの、武田の妹なのです」と微笑み、「必ずこの山本勘助が、御屋形さまに勝利を。そして、生きて勝頼さまのもとへ帰って参ります。お約束いたします」と破顔していた。いつもの、けがれなき童女に怯える偏屈男の表情ではなかった。

「……やくそくをまもれ、かんすけ。かつよりはそなたを、ちちと、おもうておる」

 御意、と勘助は頭を垂れていた。

(勝頼さまもまた、御屋形さまの命運が川中島で尽きると予感しておられる。この勘助が、いかなる手を使ってでも御屋形さまの運命を変えねばならぬ。この一戦に勝つために、それがしは、生まれてきたのだ――御屋形さまと勝頼さまを再び生きてこの世で引き合わせるために、それがしは諸国を放浪し、軍師となったのだ)



 八月二十四日。

 信玄率いる武田軍二万が、上田を経て千曲川沿いに北国街道を北上し、川中島に到着した。

 武田典厩てんきゅう信繁。武田義信。武田逍遙軒たけだしょうようけん信廉。飯富兵部虎昌。山本勘助。真田幸隆。真田の「双子」。馬場信房。飯富三郎兵衛。そして工藤なにがし。

 武田軍の主力すべてが、よたび川中島へと集結したのである。

 だがこの合戦は、今までの川中島での戦いとは根本的に異なる。長らく越軍と奪い合ってきた川中島・善光寺平・戸隠山のことごとくを武田方のものとし、永久に越軍を北信濃から締め出すための文字通りの「決戦」となる。今川家が事実上崩壊し、尾張の織田信奈の勢力が急激に台頭してきた今、もはや謙信と終わらない鬼ごっこを続けている猶予はない。この決戦に勝たねば武田家に未来はない、と諸将すべてが決死の覚悟を固めていた。

「御屋形さま。海津城を『餌』に用いて越軍をおびき寄せ、その背後を奪うという第一の策は、敗れました。海津城を攻めるどころか、上杉謙信はその海津城を素通りして川中島の南側――妻女山に布陣しております。十日近くにわたって、動くそぶりも見せずわれら武田軍を待ち受けていたようです」

 謙信は気が短い。しかも越軍には兵糧がない。一時は妻女山に籠もったとしても、三日も我慢できまい、ゆっくりと行軍すればいずれ海津城という餌に釣られるはず――勘助と信玄はそう考えて、敢えて出立を遅らせてきたのだった。だが、謙信は動じなかった。「川中島の南端の塩崎城に入り、海津城と塩崎城とで妻女山の越軍を挟撃いたしますか?」と馬上で揺られながら焦りを隠せない勘助が信玄にささやいたが、信玄は、うなずかなかった。

「いや。このまま塩崎城に入ってしまっては、謙信に武田軍二万の軍勢を見せつけて挑発することはできぬ。川中島を南北に横断し、犀川南岸の茶臼山まで悠然と行軍しよう」

 犀川南岸の茶臼山へ? 善光寺に待機している直江大和隊を押さえることはできるが、そこまで北上してしまっては妻女山の謙信に退路を塞がれる恐れが。危険すぎる、と勘助はいよいよ焦った。

 御屋形さまは、謙信が自ら妻女山という死地へ飛び込んださまを見て、謙信に完全に同調しておられる。ご自分もまた、茶臼山という死地へと飛び込もうとしている。謙信の捨て身の戦術に付き合おうとしている。

 たしかに、こたびの戦に必ず勝つと決めたからには、大胆な賭けも必要である。しかし、今まであれほどに慎重に合戦を進めてきた御屋形さまが……やはり、運命は宿曜道が知らしめたとおりの結末へと進んでいるのではないか……と勘助は気が気でなかった。だが、「御屋形さまは謙信に敗れて命を落とされる運命です」などとは、言えるはずもない。その運命を回避してこその軍師なのだ。

(なんと言われようとも、宿曜道などを用いて主家を占うべきではなかった。まことに天下を統べる才の持ち主は、お優しすぎる信玄さまではなく、典厩信繁さまであったのだ。が、しかし、信繁さまがその才を発揮するためには、御屋形さまという存在が必要なのだ……)

 乱世を治める天下人たる器を持って生まれてきた、武田典厩信繁。だが、信玄がここで夢破れて死ねば、信繁は生きながらにしかばねのようになってしまうだろう。信繁は、父・信虎によって姉の信玄と引き離され、姉妹同士でいがみ合い対立させられる運命に、必死で逆らってきた。二人は、分かつことのできぬ存在なのだ。

 だが、信繁がそれほどにかばい続け守り続け慕い続けてきた信玄は――信玄の魂は、「天」を生きる少女・上杉謙信に惹かれている。信繁の心情はいかばかりか。

 しかしそれでもなお信繁には、信玄しかいないのだ。

 信玄が死ねば、その瞬間に、信繁の魂も死ぬのだろう。

(御屋形さまが倒れられれば、信繁さまのお心も壊れる。武田は滅ぶ……だがこの勘助が、そうはさせぬ。御屋形さまも信繁さまもともに、それがしが、山本勘助がお守りする! 勝頼さまとの約束、必ず果たさねばならぬ……!)

 武田軍二万は、この日、犀川南岸の茶臼山に布陣。

 川中島を挟んで、上杉謙信と武田信玄とが、互いの主力軍を率いたままよたび睨み合うこととなった。


 敢えて川中島を北上して善光寺に近い茶臼山に入った信玄に対し、妻女山の謙信は、なおも動かない。

 越軍の兵糧が一日また一日と減っていく中、謙信は上杉憲政から琵琶の手ほどきを受ける際に愛用していた「朝嵐あさあらし」を手に、「平家物語」の曲を弾き続けていた。春日山城と違い、この妻女山には謙信が毘沙門天の声を聞くためにもるべき毘沙門堂はない。しかし、外界から完全に己の肉体を隠してしまわずとも、琵琶の音が五感を鋭敏にしてくれる。謙信は琵琶の音の中に、閃きを求めていた。

(下野の古河城では、憲政さまが近衛さまとともにわたしを待っておられる。だが、焦るな。焦ってはならない。相手は、度重なる死闘の果てに最強の武田軍を構築した武田信玄。信玄は今や、人間の武将が到達できる最高の高みに立とうとしている。わたしを戦場で破る力を持つ、ただ一人の者だ……わたしを、天から引き下ろすことのできる、ただ一人の強敵ともだ……この勝負、先に浮き足立ったほうが、敗れる)

 武田軍が茶臼山まで北上して越軍の退路となる犀川への道を塞いだことと、兵糧が底を突きつつあることに動揺した越後諸将は、謙信と宇佐美定満に「まさか信玄がわれらを置いてかほどに北上するとは。このままではわれらは川中島に孤立し、兵どもは餓えて四散してしまいます。来春、十分な兵糧を調達してから再戦すべきです」と進言した。が、謙信は「直江は善光寺を守りきる。退路を失うことなど心配する必要はない。茶臼山への布陣は、そのように諸将を動揺させようという信玄の手だ」と首を縦に振らなかった。

「この合戦は、乾坤一擲。いずれかが動けば、相手も動き、半日で勝敗が決する――」

 謙信は一度目の上洛以来、幼女の頃は退屈だとしか思えなかった「源氏物語」の虜となっていた。生涯不犯の姫武将は、自分自身が決して生きることのできない目眩めくるめく恋物語の世界を、想像の中だけでも生きてみたいと密かに願っていた。その願いを、「源氏物語」が叶えてくれたと言っていい。しかしいざ戦場で琵琶を取れば、謙信は軍記物語を――とりわけ「平家物語」を好んだ。この妻女山では、「実盛さねもり最期」を、弾き続けた。

 平氏と源氏とが相争っていた動乱の時代。関東武士の斎藤実盛は、とある合戦で討ち取った源氏の大将の幼い息子――木曾義仲を討ち取ることしのびなく、信濃へと送りとどけた。

 月日は流れ、年老いた斎藤実盛は平氏に仕える武士として源氏と戦い、加賀でかつて自分が命を救った木曾義仲と戦うという運命に至った。死を覚悟した老境の実盛は、白髪頭を黒く染めて戦場に立ち、義仲の家臣・手塚太郎光盛によって討たれ、首を落とされた。しかし木曾義仲は、実盛がその頭を黒く染めていたために、その首が自らの恩人・実盛その人のものだとは信じられなかった。年老いた実盛ならば白髪頭のはずだ、とこの過酷な現実を認められなかった。そこで、実盛と親しかった樋口次郎兼光を呼んで、その首が実盛のものか否かを確かめさせた――。


 手塚太郎馳せ来たる郎等に首取らせ木曾殿の御前に参つて、「光盛こそ奇異の曲者組んで討つて参つて候へ、大将かと見候へば続く勢も候はず、侍かと見候へば錦の直垂を着て候ひつるが、名乗れ名乗れと責め候ひつれどもつひに名乗り候はず、声は坂東声にて候ひつる」と申しければ、木曾殿、「あつぱれこれは斎藤別当にてあるごさんなれ、それならば義仲が上野へ越えたりし時幼目に見しかば白髪の霞苧なつしぞ、今は定めて白髪にこそなりぬらんに鬢鬚の黒いこそ怪しけれ、樋口次郎年比馴れ遊んで見知りたるらんぞ、樋口呼べ」とて召されけり。

 樋口次郎ただ一目見て、「あな無慙長井斎藤別当にて候ひけり」とて涙をはらはらと流す。

 木曾殿、「それならば今は七十にも余り白髪にもならんずるに鬢鬚の黒いはいかに」と宣へば、樋口次郎涙を押さへて、「さ候へばこそそのやうを申し上げんと仕り候ふがあまりにあまりに哀れに覚えて不覚の涙のまづこぼれ候ひけるぞや、されば弓矢取る身は予てより思ひ出の詞をば聊かの所にても遣ひ置くべき事にて候ふなり、実盛常は兼光に逢うて物語りにし候ひしは、六十に余つて軍の陣へ赴かば鬢鬚を黒う染めて若やがうと思ふなり、その故は若殿原に争ひて先を駆けんも大人げなし、また老武者とて人の侮らんも口惜しかるべしと申候ひしか、まことに染めて候ひけるぞや、洗はせて御覧候へ」と申しければ、木曾殿さもあるらんとて洗はせて見給へば白髪にこそなりにけれ――


 水で洗われた実盛の黒髪がみるみる白くなっていくさまを見た木曾義仲は、ついにその首が実盛の首だと認めた。そして、「私はわが恩人を、実盛を、殺してしまったのか」と泣いたのだという。

(宇佐美定満も、直江大和も、あの加藤段蔵ですら、いつの間にか老いて髪に白いものが混じるようになった。段蔵などは、急激に老け込んで、完全な白髪となってしまった……)

 わたしはもう子供ではない。「実盛」に歌われる木曾義仲の悲しみがわかる年齢になってしまったのだ。しかも、姫武将として命を奪い合う戦場に立っている――そう思うと涙がこぼれた。わたしを慈しみ守り育ててきてくれた宇佐美たちを決して合戦で死なせてはならない、死なせたくはない、だからこそわたしは常に自ら先頭に立って戦い続けてきたのだ。だが、わたしは、武田信玄を討つことができるのだろうか? わたしのただ一人の友を、殺すことができるのだろうか? 信玄の首を落とすことが、できるのだろうか?

 戦いたくない、と謙信は思った。また、涙がこぼれた。

 宇佐美定満ただ一人が、無言のまま、そんな謙信の背後にそっと寄り添っていた。この決戦でもしも信玄を倒せねば、宇佐美定満は越後を割ろうとしている長尾政景を道連れに逝くことになるという定めを、謙信は知らない。知らせては、ならなかった。


 妻女山に籠もる謙信。

 茶臼山に籠もる信玄。

 両軍、川中島を挟んで数日間、まったく動かず。

 ついに、八月二十九日。

 憔悴しょうすいした信玄は勘助に「もはや時間がない。この勝負、今さら水入りにはできぬ。謙信もあたしも、今ここで決着をつけねばともに天の時を永遠に失う」と告げ、「無敵無敗の越軍を破るための策を出せ」と命じていた。

「両軍が正面より激突すれば、互いに無傷ではおられませぬ。武田軍、越軍、揃って壊滅する恐れがございます。決着を望む謙信とて、両軍の将兵の命の値打ちを思えば、そのような無謀な真似はできますまい。われらから、妻女山の謙信へとさらに接近する他はございませぬ」

「さらに接近する、だと?」

「左様。高坂弾正が守っている海津城へと、全軍で入りまする」

「……海津城!」

 死地どころではなかった。武田軍の退路を自ら完全に断ち、謙信の目前に全軍で飛び込む、と勘助は言っているのだ。同時に、謙信の退路も、断たれることになる。

「海津城と妻女山とは、文字通り、目と鼻の先。互いに必殺の間合いへと踏み込んで、対峙たいじいたします。そこまで接近すれば、両軍はもはや、決して退くこと叶いませぬ。ただいま、日ノ本すべての者どもが、この竜虎相打つ戦国史上最大の決戦に注目しておりまする。先に兵を退いた者の負けとなります。ならば不敗の神将を自認する謙信は、必ず動きまする。動かねばならぬのです。そこに、勝機を見出しまする」

「そこまでせねば、ならぬのか」

「この勘助も、かかる事態はできうる限り避けたかったところです。しかしながら、相手は上杉謙信にござります。犠牲を払わずに倒すことは、不可能です」

 ついに武田信玄と上杉謙信の長年の戦いに決着がつく。天下最強、日ノ本最強は武田か、上杉か。西条山、東条山、あるいは川中島の河川敷に、合戦とは無関係な見物人たちが「どうしてもこの日ノ本の歴史に語り継がれる決戦を見たい」と命がけで続々と詰めかけている。むろん、両軍が放った間者も大勢紛れ込んでいるが、その大多数は北信濃の領民であり、全国から押し寄せて来た旅行者であり、まつろわぬ山の民であり、各大名が「これほどの決戦となれば、なんとしても見聞して記憶し、これからの戦の参考にせねばなるまい」と放った「見聞者」たちである。

 勘助は、信玄に敗北と死の運命が迫っていることを知っている。知っているが、乗り越えねばならないのだ、ここで謙信を前にしながら退けば御屋形さまは生涯を「敗北者」として生きねばならなくなる、それでは信虎さまを追放したことも武田の家督を継いだこともすべてが過ちだったことになってしまう――山本勘助は、たとえ信玄と自らがここで倒れようとも、信玄を人生の敗北者だけにはしたくなかった。いや、なにがあろうとも信玄の命は守り抜いてみせる、「天」より上杉謙信を必ず引きずり下ろして御屋形さまと対等の「地」へと立たせてみせる、さすれば必ずや御屋形さまは自ら運命を覆し勝利を掴み取れるお方である――そう信じ、最後の最後まで運命に抗って戦い続けると決めていた。

 この数年、勘助は寝食を忘れて謙信を戦場で倒す方法を考えに考え続けた。

 妻女山に登った越軍をその隻眼で凝視し続けるうちに、九分九厘までできあがっていた必勝の「策」はついに、完成していた。

 いかに軍神であろうとも、見破れるはずがない。

「わかった、勘助。海津城に向かおう。越軍の兵糧、あと二週間が限度だろう。二週間で決着をつけられるか。あたしたちは謙信に、勝てるか」

「勝たねば、なりませぬ。生きるとは、戦うということにございます。御屋形さま」

 なにごとかを覚悟したのだろうか。信玄が謙信と出会って以来、常に鬱々とした表情が嘘のように晴れて、幼き頃の笑顔を取り戻していた副将・信繁が、「行きましょう、姉上」と信玄の手を握りしめていた。

 武田軍、茶臼山を放棄して、妻女山の目前にそびえる海津城へ全軍で入城。

 武田信玄率いる武田軍と、上杉謙信率いる越軍。

 両雄の激突は、もう、目の前だった。


 お互いに、手を伸ばせば届く至近距離で睨み合いながら――。

 正面から激突すれば、勝敗を問わず甚大な被害が出るほどに近づいてしまったがために、信玄もそして謙信も、容易には「攻撃」の下知を下せないでいた。なんらかの事態の異変を――掴むべき「勝機」を待ち続けていた。

 勝利を収めるものは、「天」か、それとも「地」か。

 上杉・武田両軍ともに、身動きが取れぬまま、十日が過ぎた。

 そして九月九日、夕刻。

 戸隠・飯縄の山々から南方の善光寺平・川中島へと向けて、湿った強風が吹き下ろしはじめていた。この風は川中島一帯を覆い尽くし、かつ、濃厚な夜霧になるだろう。

 武田方にくみする真田忍群との長年にわたる暗闘の果てに、今や残り少なくなった戸隠忍群は、戸隠山に結界を張っていた。南蛮渡りの少女忍び・霧隠才蔵が、動いた。

 戸隠の一本杉の天辺に屹立きつりつして、佐助たち真田忍群の「気」を探っていた加藤段蔵のもとに、才蔵が現れた時には、すでに妙高の山々の彼方へと日が沈みはじめていた。

「カトー。真田忍群は必ずやこの霧に乗じて夜襲か、あるいは朝駆けを敢行するはず。戸隠の麓に武田方が付け城を構築して以来、われらは弱体化し、数に劣る。佐助たちにとってはこの霧は好機だ。だから私は、むしろ『霧隠の術』を用いてこの夜霧を増幅する。全山を霧で覆い尽くして、いっそこの戸隠の山を真っ白にしてしまおう」

「危険だな霧隠。われらの視界も、利かなくなるぞ」

「私たちは戸隠山の地形や気流を熟知している。音と気配とを頼りに、動ける。対する佐助たちは真田の庄での暮らしが長い。視界を塞がれた戸隠山では十全の動きができまい」

 才蔵の鼻からは、血が流れていた。すでに、霧を増幅するために「霧隠の術」の力を解き放っているらしい。南蛮人であろうとも血は赤いのか、と加藤段蔵は思った。上杉謙信の血も、赤いのだろうか。

「命を削ってでも、力を使い尽くす覚悟か。なぜ佐助のもとへ行かなかった、霧隠才蔵。あの娘は、お前を慕っているのだぞ。南蛮から来たお前には、戸隠への義理も信仰もあるまい。俺はもともと一匹狼。来るものは拒まぬが、去るものは追わぬ。下山しても止めぬぞ」

「……私は仏蘭西フランスからただ一人で信濃に来た。佐助にも真田にも、まして武田信玄にも憎しみはない。ただ、『石』を守りたいだけだ。いずれ、この信濃の国にもカトリックの宣教師どもが来るだろう。奴らは、ただ一人、キリストの神のみを奉じて、土地の氏神を始末して回っている独善者たちだ。私が異端でも邪教徒の子孫でもなかったことを、奴らに知らしめるためには、奴らが奉じる神とは異なるこの信濃の古き神を――戸隠の地龍を封じる『石』を、武田信玄から守り抜かねばならない。なぜ武田信玄は、『石』などにこだわる? 上杉謙信は、『石』を利用して異形の忍びを量産しようなどとはしない。それなのに、『石』を戸隠から持ち去れぬならば破壊するとは、いったいどういうつもりなのだ?」

 武田信玄は諏訪に続いて戸隠の「石」を破壊することで、信濃の古き神々を根絶やしにしようとしているのだ。それで毘沙門天に憑かれている上杉謙信を神々のくびきから解放できると信じているのだ、と加藤段蔵は才蔵に答えていた。

「あの女は、上杉謙信を、天の世界から大地の上へと引き下ろそうとしているのだ」

「……戸隠の『石』を、そのような私情で破壊しようなど、武田信玄は傲慢にすぎる」

「そうだね。ならば、武田信玄の執着のもとを断ってしまえばいい。上杉謙信を、倒してしまえばいいんだ。ボクに任せておきなよ」

 加藤段蔵と霧隠才蔵は、うっすらと霧が覆いはじめていた一本杉の彼方に、飯綱忍び・由利鎌之助の声を聞いた。本体がどこにいるか、由利鎌之助は悟らせない。

「由利鎌之助よ。うぬが、謙信を倒すだと? われらは今、上杉軍と手を結び、武田方と戦っているのだぞ?」

「ふふ。信玄と謙信の鬼ごっこが、この長きにわたる北信濃動乱のそもそもの原因なのだろう? 信玄は謙信を地に戻すことに固執し、謙信は信玄に己の義を理解してもらおうとこだわっている。戸隠が滅びてもボクには関係ないけれど、とばっちりを受けて、隣接する飯綱の山も神社もみな焼かれてしまうだろうしね。信玄は用心深く、忍びを容易には寄せ付けない。でも、謙信は戦がはじまれば必ず一騎がけを敢行する。その時を狙って、正々堂々、一対一で勝負しようと思う。武の頂点が勝つか、最強の忍びの術が勝つか。見物だろう?」

 由利鎌之助は、信濃に根を下ろす「異能」の忍びの中でも、異形の中の異形。男装しているから、ではない。呪われた「飯綱使い」なのだ。管狐くだぎつねと山々の飯綱たちを使役して、狙った獲物を襲わせ、必ず仕留める。古来、忍術は呪術と一体だった。忍術の発祥の地とも言われる飯縄には、その古式ゆかしい呪術的忍術が伝承されているのだ。由利鎌之助は、「飯綱使い」の術を伝承した最後の飯綱忍びだ。

「ま、そんな理由は後付けでね。ボクはただ、戦国最強の武将・上杉謙信と戦ってみたいのさ。飯綱使いの術が勝つか。毘沙門天の化身が勝つか。負けたほうは、自分を呪い続ける『神』から、解放される」

 謙信と信玄の運命をかけた戦いに水を差すことになるぞ、と才蔵が止めたが、鎌之助は「きみだって、川中島へ霧を吹き込もうとしているじゃあないか」と苦笑して取り合わなかった。

「加藤段蔵。きみも、ボクを止めるかい? でもダメだよ。だって、ボクを打ち負かすことができる者がいるとすれば、上杉謙信だけなんだ」

 段蔵は、「去るものは追わぬ。謙信が貴様の飯綱の術に倒されるのならば、そこまでだったということ。それに――貴様が言うとおり、この勝負、敗れた側は己に憑いた『神』から解放される――」と呟き、鎌之助を止めようとはしなかった。

「この白い霧が、ボクと謙信の一騎打ちを実現してくれるだろう。行ってくるよ――さあ、行くよ。飯縄権現。毘沙門天を倒しに行こう。オン、チラチラヤ、ソワカ。オン、チラチラヤ、ソワカ――」

 鎌之助は今、解き放たれていた。戸隠の山々に潜み暮らす飯綱たちが、鎌之助の唱える真言マントラに呼び寄せられるように、いっせいに動きはじめていた。


 同日、同時刻。

 川中島。

 海津城の物見櫓ものみやぐら結跏趺坐けっかふざしながら、戸隠の麓から吹き込んでくる湿った「気」の流れを読み取った山本勘助は、

「御屋形さまの運命を変える時が訪れた。天の時が来た!」

 と狂喜すると、つえを突きながら立ち上がっていた。勘助はかつて真田幸隆たちとともに忍び働きをしていた頃に膝を壊した。以来、片足が不自由である。が、その膝の「痛み」が、川中島を包む「気」が湿気しけてきたこと、まもなく深い霧が川中島一帯を覆い尽くすことを、察知させていた。

 愛弟子の馬場信房を呼び、

「ただちに軍議を。今宵こよい、作戦を決行し、上杉謙信率いる越軍を撃ち破る!」

 と告げていた。

「……越軍を……それでは」

「十日間、耐えに耐え、待ちに待った甲斐かいがあったというものじゃ。わが一世一代の奇策を敢行する時が来たぞ!」

 ただちに、海津城本丸の「評定ひょうじょうの間」に武田信玄、武田信繁、武田義信ら武田家のきょうだいたち、「赤備え」を率いる武田最強の姫武将・飯富兵部、馬場信房や高坂弾正ら勘助の教え子たち、さらには真田幸隆と「双子」ら真田衆らが続々と詰め寄せた。みな、十日にわたる越軍との睨み合いの中で緊張感を維持し続けてきた。誰もが、目を血走らせている。しかし、疲れている者はいなかった。

 この時信玄は、目の前にそびえる妻女山より謙信が奏でる琵琶の音に言葉を失い、(まるで天界に鳴り響く音楽のような……)と陶然と聞き入っていたが、山本勘助の前に姿を現した時にはすでに武田家を率いる武将の表情になっている。

「御屋形さま。謙信との鬼ごっこは、こたびで終わりといたしまする。この山本勘助、乾坤一擲の必勝の策――『啄木鳥きつつき』の策を編み出してございます。し損じれば、敵味方ともに甚大な死傷者が出るでしょう。川中島は血に染まりましょう。その時は、この首を落としていただきとうございます」

「わかった」

 ついにこの時が来てしまったのだ、と信玄は武者震いを押さえることができなかった。

「御屋形さま。典厩信繁さま。たとえ戸隠を守護する倒れずの一本杉であろうとも、決して折ることのできそうにない巨木であろうとも、こつこつと木の幹を削る『啄木鳥』のくちばしによって折ることは可能です。われら武田兵の強さの神髄は、『徐なること林の如く』という孫子の言葉を体現した山中での隠密行軍を得意とすること、そして御屋形さまがおらずとも優れた部将たちの統率力による同時複数部隊展開が可能なことにあります。今、両軍の本陣はあまりにも近い。近すぎる。この近さを利用いたします。今宵『啄木鳥』の如く、妻女山に籠もる上杉謙信をその嘴で倒すべく、武田軍二万の部隊を、二手に割ります」

 勘助の策は、妻女山と海津城の距離がほとんど離れていないこと、これから早朝にかけていよいよ深まるであろう夜霧による視界の遮断、そして勘助自身が海津城近辺の山中に密かに張り巡らせた秘密の「間道」、それらのすべてを利用した「奇襲作戦」だった。しかも、ただの奇襲ではない。奇襲部隊を妻女山の後方に放ちつつ、妻女山から川中島へと下山してくる越軍をあらかじめ本隊によって「待ち伏せ」し、挟撃。その退路を断つという大胆なものだった。

「ただいま海津城に籠もるわれら武田軍は二万。妻女山の越軍は一万三千。さらに、越軍兵士と武田軍兵士の強さはほぼ互角。兵力差があるわれらが有利です。この千載一遇の夜霧に乗じて、一万二千の別働隊――奇襲部隊を妻女山の背後へと密かに動かします」

 かつて塩尻峠の合戦では、山中の間道を用いて小笠原長時に圧勝した。とはいえ、通常ならば、上杉謙信ほどの者を相手に、これほどの大がかりな奇襲はうまくいかない。が、霧が味方をしてくれる。しかも上杉方にはうかがい知れぬ「間道」を、勘助は海津城の周辺にすでに張り巡らせている。海津城だけが「餌」ではなかったのだ。真の「餌」は、海津城から蜘蛛の巣のように山々に張り巡らせた山道にあった。

「御屋形さま。信繁さま。移動距離が長ければ、謙信に気取られましょう。ですが、海津城と妻女山とは、互いの息が触れ合うほどの至近距離です。奇襲は必ず成功いたします。不意を打たれた越軍は妻女山より下山し、千曲川を渡河して川中島の八幡原はちまんばらへと行軍することになりましょう。越軍が善光寺への退路を確保するためには、川中島を横断せねばなりませんゆえに」

「しかしその八幡原には、あたし自身が率いる八千の武田軍本隊が待ち伏せしている――越軍は妻女山から逆落さかおとしをかけて追撃してくる別働隊と、八幡原に盤石の陣を敷いて堅く守る武田軍本隊とに挟撃され、犀川から善光寺へと敗走する道を断たれるということだな、勘助」

「ははっ。御意にござります。むろん、謙信は恐れを知らぬ神将。そうやすやすとあきらめることはございません。力ずくで武田の挟撃を破って突破し、善光寺へと抜けようとするでしょう。この戦の規模は、上田原の合戦を越えましょう。想像を絶する激しい戦いになりましょう。しかしながら、越軍の八幡原での死にもの狂いの攻撃を支えきることができれば、妻女山を攻める別働隊が八幡原へと合流したその時点で、武田の勝ちでございます」

 信玄は、(謙信はどうなってしまうのだろう。彼女は常に、自ら先頭を駆けて戦う。謙信は、助からぬのか……)と胸を詰まらせながら、「甲斐守護職・武田信玄」として、勘助に笑顔を見せねばならなかった。

「よくぞここまで策を練りに練った。これで、勝てるな、勘助。長かったな。お前とあたしとが積翠寺せきすいじの温泉で出会って天下盗りを語り合ってから、何年の歳月が流れたのだろうな。父上も。板垣も。甘利も。横田も。きっと、あたしたちを支え、助けてくれるだろう。いつまでも続くと思われていた川中島での輪廻も、これで……」

 そこで、声が途切れた。嗚咽おえつをこらえていた。勘助への感謝に感極まったのか、勝利の喜びなのか、それとも友を失う悲しみなのか、あるいはそれらのすべてなのか。

 腹ごなしにイナゴの佃煮をかじっていた飯富兵部が「行けるぜ、おい! この霧がなけりゃ土台、妻女山への奇襲なんぞ無理だったが、とうとう信玄さまは運を掴んだぜ!」と義信の肩を叩き、義信も「これで武田は直江津の海へ出られるんだな。直江津へ……必ず俺が謙信を仕留めてやる。絶対に善光寺へは逃がさねえ」と目を輝かせていた。

「そしてもうひとつ。真田幸隆どの、この機会を逃してはなりませぬ。越軍と武田軍とが八幡原で激突しているその時に戸隠へ真田忍群を投入し、真田忍群の切り札『地雷也』をなんとしても奥の院まで辿り着かせ、『石』を破壊いたします。『人間』が『神』に勝利したことを、越軍の将兵たちに知らしめねばなりません。きゃつらは、上杉謙信をまことの神の化身と信じているがゆえに、死を恐れず、むしろ謙信のために死ぬことをこそ待ち望み、無類の強さを発揮できるのです。戸隠に地雷火の烽火があがれば、越軍は少なからず動揺いたします」

 慎重な信玄が、

「待て。あたしは、『石』が九頭竜だの地龍だのを封じているという話を信じているわけではないが、『石』を破壊したことで万が一にでも川中島一帯に大地震が起きれば、いかがする。合戦どころではなくなるぞ」

 と勘助に尋ねたが、勘助は、

「あいや。残念ながらわれらが持つ地雷火の威力では、巨大な戸隠の『石』を完全に粉砕することは叶いませぬ。『石』の一部を破壊した程度では、封印そのものは完全には破れませぬ。地龍は多少暴れましょうが、砥石城攻略の折に起きた地震程度か、せいぜい少々強めの揺れで収まりましょう。『石』をまつる洞窟内で爆発を起こして落盤を誘発させ、『石』ともども洞窟を永遠に埋めてしまうことこそが地雷火を用いる真の目的です――戸隠の連中にとっては、『石』の全損も落盤による消失も、同じことです。しかしながら、『石』が完全には消失していないと知れば何十年かけてでも洞窟を掘り返そうとするやからが現れぬとも限りませんゆえ、『破壊した』と称したほうがより効果的なのです」

 と答えていた。なるほど、と信玄はうなずいていた。

「……さすがですわね、勘助どの。でも……この霧の中で、真田忍群は……生還できるかしら」

「厳しい戦いとなりましょう、幸隆どの。ですがそれは、われら将兵たちも同じです。佐助たちを危地へ送り込むこと、それがしも心が痛みます。しかし、御屋形さまの運命を切り開くために、なにとぞ……」

 拙者は承知したでござるよ。御屋形さまに生きる場所を与えられたことを感謝している地雷也どのも同じでござるよ、お任せあれ、と天井裏から佐助の陽気な声が聞こえてきた。

 しかし。

 ただ一人、副将の信繁が、勘助の「啄木鳥」の策に、異を唱えた。

「地形的に、越軍が善光寺へ撤退するためには八幡原へ出るしかないことは間違いない。でも勘助。別働隊が一万二千で、姉上が率いる本隊が八千という割り振りは、どうなの? 姉上をお守りする兵の数が少なすぎる。もしも別働隊が間に合わなかったら?」

「信繁さま。謙信率いる越軍はまことに強い。御屋形さまのもとに『人の和』を結集させたわれら武田軍の強さとはまた別種の強さを誇ります。佐助たちを危地に投入せねばならぬほどに……別働隊を八千に絞れば、妻女山奇襲に成功しても、越軍を下山させて八幡原に追い落とせない可能性があります。それでは、ただ武田の兵を分散させ、兵数の利を捨ててしまう結果に。奇襲部隊には、越軍とほぼ同数の兵力が必要です。それと」

「それと?」

「別働隊を率いる総大将は、武田の副将たる信繁さまに務めていただきまする。これは、武田家の運命を賭けた戦い。信繁さまを置いて、これほどの大任を遂行できるお方はおりませぬ」

「……勘助。別働隊は、あなたが率いるべきよ」

「あいや。それがしは御屋形さまの軍師。この大勝負で、御屋形さまのおそばを離れるわけにはいきませぬ。最後まで御屋形さまの壁となり、盾となり、守護いたしまする」

 信繁は、「信玄はこの合戦で謙信に倒されて死ぬ」という勘助の宿曜道の予言を知っている。

 勘助は、信玄を生き延びさせるために、信玄の運命を覆すために、これほどの策を練り上げてきた。しかし、天運は人間には動かしがたい。万が一信玄の運命を覆すことができなかった場合、信玄と信繁の姉妹のうち、いずれかだけでも生き延びさせねば武田家は滅ぶ。

 だから勘助は、別働隊の指揮を信繁に委ねようとしているのだ。

 策破れ、八幡原で信玄の「運命」が成就する事態になれば、勘助は敗軍の責任を負って信玄を守るために槍を取り、討ち死にする。

(その時は、信繁さまには決して後追いなど考えず、耐えしのいで別働隊の将兵たちを率いてどうか松代まつしろから上田を通り甲斐へと撤退していただきたい。御屋形さまが築き上げてきた武田家を継いで守っていただきたい)

 そのために勘助は、信繁に一万二千の将兵の命を託さねばならないのだ。

 勘助は、放浪していた自分を拾い上げ、それ以来ずっと互いに支え合ってきた主君の信玄の「死」をも想定せねばならなかった。苦渋の策だった。非情の策だった。

 姉の運命を知っている信繁は、勘助の苦渋の決断をおもんぱかり、「わかったわ」と承知しようとした。だが、口から出てくる言葉は、まるで逆のものだった。

「勘助。たとえ姉上が私に別働隊の指揮を委ねると命じても、決して承諾できないわ。私は、姉上とともに八幡原で越軍を待ち受ける! この決戦で妹の私が姉上を守らずして、なんのための姉妹なの! なんのために私たちは、父上を駿河へと追放したの!? 他の機会ならば、いくらでも別働隊を率いても構わない。でも、上杉謙信と姉上とが雌雄を決する今回だけは、絶対に承諾できない! 姉上には、私が必要なの……!」

 姉上の「運命」を覆すためには、私が必要なのだ、と信繁は心の中で叫んでいた。最後の最後まで、信繁さまは御屋形さまのために生き、そして死のうとしておられる。姉妹の仲を引き裂く資格は、それがしにはない……勘助は、隻眼を閉じながら、「了解いたしました」とうなずいていた。

 己の運命を知らない信玄には、この勘助と信繁のいさかいの原因はよくわからない。が、両者がともにただならぬ「気」を発していることだけは感じ取れた。

「……そうか。あまりにも見事な策だったために、あたしはこんどこそ越軍に勝てると信じてしまったが……これで越軍に勝てる、と楽観していてはならないのだな……すまない。次郎信繁も勘助も、ともに八幡原本隊に加わり、あたしを守ってくれ」

「そうだ、それがいい! 別働隊の指揮は、俺に任せろ! この太郎義信さまによ! 西上野では不覚を取ったが、絶対に謙信を倒してやる!」

 義信が名乗りをあげたが、信玄と、そして飯富兵部が止めた。

「お前が別働隊を仕切ったら、勘助の作戦を忘れて暴れまわりそうだ」

「太郎は西上野でやらかして、功を焦っている。太郎、おめーは信玄さまを守れ。あたしが別働隊の先鋒せんぽうに加わる。海津城の普請に加わった逃げ弾正こと高坂弾正と、『林』の如き目立たない工藤なんとかは、別働隊に欲しいところだな。道案内役と、奇襲の成功確率をあげるお守りみてえなもんだ。あと……必要な武将は、山の道を熟知する軍師どのか真田どののどちらかだな」

「なんでえ。兵部がそう言うんならよ……俺と兵部が離れ離れになって戦うってのはどうも縁起が悪いが、しょうがねえな」


 軍師どのは信玄さまをお守りする役なれば、わたくしが別働隊に加わりましょう、と真田幸隆が微笑んでいた。

「もっとも、真田忍群を戸隠へ送ることで情報伝達の速度が低下いたしますが、『双子』のうち一人を別働隊に、もう一人を本隊に配置いたしますれば、二手に分かれた互いの部隊の間での情報伝達はどうにかなりましょう。妻女山と八幡原とでは、少々遠いですが……」

 そういえば小姓の源五郎は? と信玄が思わず尋ね、幸隆は、

「源五郎は、真田の庄で幼い二人の妹……源三郎と源二郎のお守りをしておりますわ。これほどの決戦ともなれば、わたくしも『双子』も生きて戻れるかどうか。せっかく真田の庄の町造りが軌道に乗った今、真田一族を滅ぼすのも惜しいですので」

 と苦笑していた。

「源三郎に、源二郎? まだ子供がおったのか? いつ産んだのじゃ、真田どの? そもそも、そなたははじめて会った時からまるで歳を取っておらぬ。ほんとうの歳はいくつなのじゃ?」

 山本勘助が「よくよく考えればそなたはまるで不老。それがしをはじめ、みな相応に歳を重ねておるのに、そなた一人だけ若いままじゃ。今まで深く考えたことがなかったが、いったい何者なのじゃ」と首を傾げ、幸隆は「さて。女が美を保つこともまた忍びの術、でしょうか」と煙に巻くのだった。

 山本勘助は「ようも、若さを保ちながら子をぽんぽん産めるものじゃ……まるで大地の神じゃ……おなごは恐ろしいのう……」と震えながら、二部隊に分かれる武将の割り振りを信玄たち全員に伝えていた。

「妻女山を夜襲する別働隊は、飯富兵部どの、高坂弾正、馬場信房、真田幸隆どのらが率いる一万二千といたし、先鋒には武田家最強を誇る飯富兵部どの。中軍を率いる総大将は、冷静沈着な馬場信房に任せるといたします。海津城周辺の地理に詳しい高坂弾正と、山中行軍に長けた真田幸隆どのは、二人を補佐していただきたい。いざという時には各自がさらに分散して臨機応変に対処していただく。御屋形さま率いる八千の武田本隊には、武田信繁さま、それがし山本勘助、武田義信さま、飯富三郎兵衛、工藤なんとか、御屋形さまの影武者・武田信廉さま、さらには穴山どのをはじめとする武田のご一門衆を配し、霧の千曲川を渡り八幡原へと向かいまする。第三の部隊とも言うべき佐助たち真田忍群は戸隠へ。本戦の開始と同時に霧の戸隠へ突入し、『石』を破壊。『双子』は別働隊と本隊とに分れ、万一の時には以心伝心の術を用いていただきまする。それぞれが文字通り命を賭した厳しい戦いとなりますが、御屋形さまのご運命を開くために、みな、己の持てる力をすべて振り絞って戦っていただきたい……! どうか、よろしくお願い申す……! お願い申す……!」

 勘助はいつも大げさだが、今宵はさすがに感極まって涙ぐみすぎる、あれほど傲岸不遜だった男がいったいどうしたのだろう? と信玄が勘助の緊張ぶりを案じていると。

 その信玄の腕の中に、見知らぬ幼女がぽん、と投げ入れられていた。

「だ、誰の子? 真田幸隆のさらなる子供?」

「お、おおお。危ないではないか! 童女を放り投げるとは、なんたる不調法かーっ! 怪我でもしたらどうするのじゃ、誰じゃーっ!」

 天井裏から、佐助の陽気な声が聞こえてきた。

「その子は、拙者の妹の小猿でござるよ。もしも拙者が戻ってこなかったら、御屋形さまにお預けするでござる。軍師どのに幼女を与えると、鼻血ばかり流して子育てにならぬでござるからなあ。うきゅきゅ。それじゃあ、ね」

「……佐助。死んではダメよ。必ず、戻ってきて……」

 心配ご無用。拙者は「石」を壊すついでに才蔵どのを連れ帰ってくるでござる、あれは「石」がある限り戸隠から出てこられないお方でござる、あれほどめんこいのに、もったいないでござるよ、と佐助は言い残して、そして気配を消していた。

 城も領地もそして勝利も、すべてはたいせつな家族の「命」との等価交換。信玄は父を駿河に追って以来、ずっとその思いに捕らわれ、苦しんできた。佐助が今まで連れてきたことのない妹を自分のもとに……それも、これから決戦がはじまるという戦場のまっただ中で……奇妙な佐助の行動になにか不吉なものを感じながら、信玄はそっと「小猿」を抱きしめていた。

「みなの者、ただちに行軍を開始する。しかし、絶対に飯を炊くな。夜の霧の中とはいえ、炊飯の煙を発見されれば謙信に奇襲作戦を悟られてしまう。戦場用の非常食で――イナゴの佃煮と信玄みそで腹を満たせ! 米どころか塩にも事欠くわれらは、常に餓えてきた。餓えを満たすために、戦い続け他国を切り取ってきた。米を食わずとも死力を尽くして戦うことができる、それが武田兵の強さだ」

 信繁、勘助たち武田家臣団が「御意」と唱え、いっせいに立ち上がった。

 九月九日、卯の刻。

 武田軍が、動きはじめた。

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