第135話 反動 -retributive justice- 26
〈アンビシャス〉が槍を振るう。〈ファルシオン〉はその半径から逃れるように飛び退いたが、直後に回転しながら飛んできた
立ち上がろうともがく〈ファルシオン〉のコックピットに、指をそろえた
〈ファルシオン〉にのしかかるような体勢になっていた〈アンビシャス〉の背後をついた〈エクエス〉が斬りかかる。しかし、〈アンビシャス〉は素早く、突き刺さったままの剣を抜き放ち、振り向きざまに剣を払うと、続けて繰り出した槍で、〈エクエス〉の腹を抉った。
「ははっ、さようなら」
獲物を喰いちぎる狼のごとく、口角を吊り上げ、コックピットに座るレナードは、嗤った。
そして、槍を振るい、眼前の屋敷に向けて、突き刺さったままの〈エクエス〉を投げた。途中、絢爛な装飾を施された石像をいくつか叩き割り、大理石の白い破片が飛び散った。
砕いたそれのどれかが噴水にでもなっていたのだろうか。空に向けて水が勢いよく噴き上がり、倒れたMCを洗う雨のように降り注ぎ、空に虹を作った。
『ちょっと、先輩! あそこ、味方いるんですよ!?』
「それくらいで死ぬような鈍間だとは思えないけどねぇ」
『邪魔になるって言ってるんです!』
「やれやれ」
『それ、あたしのセリフですからね!』
『だからいちいち絡むなって……』
『うるさい、分かってるわよ!』
「仲のいい兄妹で何より。だけど──」
レナードは、持っていた剣を投擲した。ちょうど、言い争いに気を取られた二人の間を通った剣は、対MCランチャーを構えていた兵士に直撃し、周りの何人かを巻き込んで、赤い花を咲かせた。
「隙を見せるのは良くないなぁ」
『殺し過ぎるなと忠告したはずだが?』
「仕方ないだろう? 可愛い後輩が、黒焼きになるのはボクだって見たくないさ」
『まあ、多少は構わんが……』
ディヴァインが溜息交じりに目をやったのは、血と脂肪、砕かれた骨の入り混じった極彩色の液体が汚す床だった。それを見た二人がまたしても吐き気をこらえるように息を詰めた。
『うぇっ……』
『おぷっ……』
「情けないなぁ、まったく」
ジンなら眉根の一つ動かさないだろうに。逆にティナは、激昂してレナードに銃を向けるかもしれない。彼女は妙なところで潔癖だ。
とはいえ、そもそも、万全の状態であれば、口喧嘩していようと、なんだろうと、さっきのような隙をあの二人が晒すわけもないが。
まあ確かに腕は上げただろうが、詰めの甘さは健在と言う他ない。いや、この程度を片手間でこなせないなら、まだまだ技量不足か。
そんなことを考えていたレナードは、思考を瞬時に切り替え、スラスターを噴射して、氷の上を滑るようにして、背後から叩きつけられた槍を避けた。
いや、叩きつけられたそれは、槍ではない。
「
そう、それは、
そして、そんな重量の武器をやすやすと振りまわせる機体など、
団長機──〈レギオニス〉。
「──そう思わないかい? 騎士団長様?」
『…………』
「あれ? 思ったより無口じゃないか。騎士団長は小うるさいと相場が決まってるのにね」
『…………』
やはり答えはない。レナードは不審に思った。
炎蛇騎士団のダニエル・クレセント・ド・コルベールも、天満騎士団のフェゴール・ド・エドワーズも、どちらかといえば饒舌だったように思うのだが。
むしろ、騎士団長にもなろうという人物が、反動勢力の一騎士ごときに一方的に馬鹿にされて、口が動かない方がおかしいのだ。
いや、何よりもおかしいのは、
騎士団長とはすなわち、騎士団を背負う者。その技量も騎士としての矜持も、騎士団を率いるに相応しい器だからこそ、団長機を、軍団の意を背負う〈レギオニス〉を与えられるのだ。
名乗りを上げず、背後から奇襲するなど、いや、奇襲はともかく、失敗したにもかかわらず名乗りを上げないのは、およそ、騎士たる矜持を持つ者の態度ではない。不自然だ。
「へぇ、答える気はない、ってことかい?」
そう言ってから、レナードは、騎士としての礼を逸した騎士団長に苛立ちを覚えたという事実に気付いて、己を嘲った。
何を馬鹿なことを。騎士は、
誰もが誇り高くはない。むしろ、誇り高くあるものの方が少ない。それが
『先輩!?』
『《マーナガルム》!』
「余計な手出しはなしでいい、こいつはボクの獲物だ……!」
レナードは、槍と盾を構え、〈レギオニス〉へとその穂先を向けた。
「さあ、狩らせてもらおうか? キミの腐れた魂ごと……!」
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