第136話 反動 -retributive justice- 27
レナードは素早く
コックピットに座るレナードにまで、その風圧が伝わってきそうなほどの剛撃。
一撃の重さも、その速さも、レナードの扱う槍以上。まあ、当然といえば当然のことなのだが。
レナードは、予想以上に厄介な相手に、表情を歪め、歯噛みした。
「一筋縄じゃいかない、か。わかってはいたんだけどねぇ」
とはいえ、いずれにせよ、突くことを目的とした武器であることには変わりない。
一方、
故に、その威力は高く、その剣速は速い。その一方で、使いこなせなければ、その力と速度に引っ張られ、機体の制御を失ってしまう。
そして、今、〈レギオニス〉を駆る何者かは、その制御を恐ろしいほど完璧にこなしていた。的確な体重移動と、腕の動きが、自由自在な
空を斬る
レンガで舗装されていたはずの地面は大きく抉れ、土砂と砕けたレンガを中空に巻き上げた。
レナードは、返す刀で踏み込み、砂煙の向こうへ、槍を突き入れる。〈レギオニス〉の装甲は分厚い。生半可な剣の一閃や、槍の突きでは貫くことができないその硬さは、レナード自身、身をもって経験している。
それを抜けるのは、
しかし、レナードは、今回、人質を巻き込む危険性を案じた〈ヴァントーズ〉の指示で、
よって、槍でそれを貫こうと思えば、必要になるのは速度である。
故に全力。踏み込みを全て力に変えて、その厚い装甲を貫くつもりで突きを打つ。
「喰らえよ」
しかし、必中を期して放った槍は、突然、下から跳ねあげられて、〈アンビシャス〉の手を離れ、宙を舞った。くるくると回転した槍は、真上に近づいた太陽の白い輝きに一瞬だけ飲まれ、地面に吸い込まれるようにして突き立った。
晴れた砂煙の中から、
直後、
体勢を崩された〈アンビシャス〉では回避が間に合わない──
そう判断したレナードは、左腕の盾を前に出して、
しかし、それすらも読み切っていたのだろう。微妙に角度がずらし、刃を寝かせた斧が盾に突き刺さり、すぐさま手放した〈アンビシャス〉のマニュピレーターごと、盾を真っ二つに叩き割った。
左腕マニュピレーター損傷。視界の隅に表示されていた機体ステータスが拡大表示。損傷箇所が赤く染まる。
外部カメラの視界が狭まる。反応が遅れる。
「邪魔! くっ……!?」
『先輩!? 援護します!』
「来るな!」
そう叫びながら、視線入力で、拡大表示を解除、跳ね上がるように突き出された
「キミ如きが嘴を突っ込んでいい戦場じゃないよ、渡鴉」
『でも、このままじゃ……!』
「いいから、本来の任務を果たすことに集中して欲しいなぁ、後ろががら空きなんだよねぇ」
『えっ? きゃっ!?』
レナードに気を取られていたリンファの背後から、〈エクエス〉が剣を繰り出すが、素早くフォローに入ったフェイの〈ヴェンジェンス〉が剣を跳ね除ける。
『気を取られてる場合か! 俺たちは俺たちの仕事をするんだ!』
『分かってるわよ!』
『タイムリミットまで、45分だ。気を抜くな!』
『了解!』
『了解です!』
『《マーナガルム》』
「なんだい? 改まって」
レナードは油断なく、警戒をしながらも、地面に突き立った槍を引き抜き、〈レギオニス〉に向け、努めて軽い口調で、ディヴァインの言葉に応えた。
『任せたぞ』
「くはっ……ははっ……」
一言。そのたった一言にレナードは、愉快げに笑った。そうとも、そうこなくては、面白くない。
確かに相手の技量は凄まじい。今まで相対して来た騎士団長をはるかに凌駕している。下手をすればジン・ルクスハイトと同等かそれ以上。
しかし、だからこそ、そこに戦う意義がある。そうでなければ、
『貴様自身の言葉だ。成し遂げてみせろ』
「はははっ! 誰に言ってるのかな?」
レナードは、槍を持ったまま、一気に踏み込んだ。前傾し重心を移動、初めの一歩に加速を乗せる。ジンが得意とする神速の踏み込み。それの見様見真似だ。
「さあ、食い千切ってやろうじゃないか!」
一瞬で
ほんの一瞬。しかし、それだけあれば十分だ。レナードは、素早く側面に回り込み、捻りを加えた全力の突きを放つ。
金属が削れる耳障りな音が響いた。しかし、レナードの口から漏れらたのは舌打ちだった。
〈レギオニス〉は自らの腕を盾に、槍の一撃を受け止めていたのだ。腕を半ばまで貫いた程度で、致命打ではない。
だが、片腕だけでも潰せば、重い
ぎりぎりと槍を押し込み、腕を破壊していく。対する〈レギオニス〉は、腕を起点に、〈アンビシャス〉を押し返そうとする。
腕と槍。変則的な鍔迫り合い。しかし、最初から勝負は見えているといってよかった。
なぜなら、〈レギオニス〉は、距離が近過ぎるが故に、その主兵装たる槍斧(ハルバード)を思うように扱えない。そして、〈アンビシャス〉は、マニュピレーターを破壊された左腕を使うことはできない。
となれば、勝負を決めるのは純粋な機体出力。膂力の差だ。騎士団長という責務を負う者のために作られた〈レギオニス〉と、すでに時代遅れになりつつある量産機でしかない〈エクエス〉を修復し、さらに性能が低下している〈アンビシャス〉。どちらが機体性能に優れるかなど、語るべくもなかった。
機体を庇うようにして腕で受けたために体勢が悪いとはいえ、その桁違いの膂力はレナード自身、騎士団長と交戦してきた経験から知っている。
徐々に、だが確かに押し戻されているという現実にレナードは歯噛みしつつも、獰猛な笑みを崩さなかった。
機体出力? 機体の状態? 騎士としての技量? たとえ、どれが劣っていようとも、勝つ。それが、レナードの意義であり、
「だからさ……脳筋は嫌いなんだよねぇ」
レナードのした行動は端的だった。マニュピレーターが損傷し、使えなくなった腕を、〈レギオニス〉の頭部に向けて叩きつけたのだ。
予想していなかったのか、反応が遅れた〈レギオニス〉のカメラとセンサーを、ひしゃげた腕がめり込み、破壊していく。
一歩遅れて、
油断? 慢心? いずれにせよ、もう遅い。カメラとセンサーは潰した。〈レギオニス〉はその巨体故に視覚も少なくない。
〈レギオニス〉は、一時的に視覚を失っているが故に、掴んだ腕を頼りにした。確かに、腕が繋がっている以上、〈アンビシャス〉はその先にいるのだから。
レナードはそれを予想していた。その上で、逆手に取った。
「左腕制御接続解除、機体接続強制排除!」
事前に展開していたホログラムキーボードに信号入力。左腕を丸ごと切り離して破棄。ついで、槍も投棄。
『先輩! これ返しときますから!』
直後、そんな言葉と共に、レナードの〈アンビシャス〉の元に、
リンファだ。レナードが戦闘中に投げつけた剣を投げ返してきたのだ。
「助かるよ、後輩ちゃん!」
適当に返しつつ、剣を空中でキャッチし、〈レギオニス〉の頭部と胴部を繋ぐ装甲の隙間、すなわち頸部に突き立てる。
MCの頭部は、メインカメラやセンサーが集中する目としての役割だけでなく、集積した情報を処理する役割も持っている。
別々の目的のCPUを分割して搭載することで、処理の負荷や、サイズを小さくすることを目的とする機構だが、その分、搭載したCPUを完全に破壊されれば、性能が落ちるという弱点を抱えているのだ。
レナードが突いたのはそこだ。頸部に剣を深々と突き刺された〈レギオニス〉は、目をほぼ奪われたと言ってもいい。
そのダメージから、腕を切り離したことに気付いたのだろうが、視覚のほとんどを失った〈レギオニス〉の足取りは覚束ないものだった。
「さようなら、名も知れぬ騎士団長様」
レナードはその間に、〈レギオニス〉が捨てた
速度を付けた斧が、〈レギオニス〉に正面から激突し、その巨体を、屋敷の壁に叩きつけた。
ハルバードを受けた〈レギオニス〉を挟む形になった壁が、あまりの衝撃に、白い漆喰の砂煙を撒き散らしながら崩れ落ち、〈レギオニス〉の機体を埋める。
だが、レナードはそこで安心しなかった。直撃を確認と同時に、
さらに、抜け落ちた
半ばまで壁にめり込んだ〈レギオニス〉に槍を打ち込む。
十分に速度を乗せた一撃が、コックピットの装甲を抉り、〈レギオニス〉の機体自体を貫いた。
動力炉を破壊された〈レギオニス〉は完全にその機能を停止し、白煙と瓦礫の中に沈んだ。
「やっぱりねぇ」
レナードは崩れ落ちた〈レギオニス〉を見て、小さく零した。〈レギオニス〉は
しかし、〈レギオニス〉の右腕は、ズタズタに引き裂かれながらも、
視覚を奪われていながら、あの一撃に反応したのである。確実に殺すために槍を打ち込んだレナードの判断は正しかったと言えた。
いずれにせよ、これで団長機は沈めた。残るは動揺した雑兵のみ。大した敵ではない。
そう思って、〈レギオニス〉に背を向けようとしたレナードは、
『存外やるものよな。
「──っ!?」
突然聞こえた声に凍りついた。
通信。そして、驚くべきことに、その通信は、目の前の破壊したはずの〈レギオニス〉から発されていた。わずかに電力が残っていたのだろうか?
「キミ、誰だい?」
『
「……答えろよ」
『…………』
もはや、通信に答えはなかった。〈レギオニス〉も、完全に沈黙していた。
「…………」
しばらく、険しい顔で、〈レギオニス〉を睨んでいたレナードだったが、ふっと肩の力を抜くと、
「やれやれ、人気者は辛いねぇ」
そう言って、その顔に、甘ったるい笑みを戻した。
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