第134話 反動 -retributive justice- 25

「派手にやってくれるぜ、まったく。おれたちがいること忘れてんじゃねーか?」


 呆れたようにつぶやいたのは、ファレルだった。直後に、彼らの足元が揺れた。

 ちらりと窓の外を見やると、〈ファルシオン〉の機体が、半ばめり込むようにして、建物に突き刺さっていた。

 ファレルたちがいるのは、ドゥバンセ男爵の屋敷だった。MC部隊が目を引き付けている間に、下水道を伝って、密かに敷地内に侵入したのである。

 もちろん、MCを叩きつけた下手人は、槍を構えた黒いMC、〈アンビシャス〉の騎士──レナードである。

 ジンといい、レナードといい、もう少し周りの人間に気を遣うという習慣を身につけて欲しいものである。

 もっとも、そんな気の遣い方ができるような連中ならば、普段から、あんな好き勝手にやりたい放題したりはしないだろう。


「……ばか」

「あいつらがバカなのって今に始まったことじゃねーよな……」

「……あ」


 隣を歩いていたセレナが小さく零すと同時の、曲がり角から、侍女のお仕着せを着た女が現れる。


「……人来る」

「おせーよ!」


 セレナの遅過ぎる忠告に文句を口にしたファレルは素早く、女に近付くと、蛇のごとく首に腕を絡め、素早く意識を刈り取った。

 鮮やかな手並みだった。一瞬のことで、侍女と思われる女は、何が起きたかすら分からないままに気を失ったことだろう。ファレルたちの姿を認識できたかすら危うい。


「無駄に殺す趣味はねーし、今回の標的ターゲットは人じゃねーんだよ、気付いてたならさっさと言え」

「……鈍感」

「おれのせいみたいに言ってんじゃねーよ」

「……不感症」

「ちゃんと反応するわ、ボケ」

「……せくはら」

「うるせーよ!」

「隊長が真っ先に騒ぐたぁどういうことですかねぇ」

「ああ、おれが悪かったよ……」


 セレナにいわれのない嫌疑をかけられた挙句、部下に暗に黙れと言われたファレルの心中は推して知るべしであった。

 とはいえ、ドゥバンセ男爵の屋敷は不自然なほどに人の気配がなかった。確かに、男爵とはいえ、貴族の邸宅である。広いことは広い。しかし、貴族の屋敷には、屋敷を管理し、屋敷の主人たる貴族に仕える者たちが少なくない数いるはずである。

 にもかかわらず、ファレルたちが侵入してからというもの、警備の騎士もいなければ、その他の業務を担当していそうな者とも接触していない。

 今しがた、ファレルが意識を刈り取った侍女が、彼らが潜入して初めて会った、ドゥバンセ男爵家の関係者であった。


「つか、やっぱおかしくねーか? 人が少なすぎんよ」

「……さあ?」

「まあこっちとしては好都合なんだが……」


 そういうファレルの言葉はどこか歯切れが悪い。それは違和感からくるものだった。

 貴族に名を連ねるものにとって、自らの居城たる邸宅が閑散としているのは、自ら、家の懐具合が悪いと主張するようなものだ。

 貴族が巨大な屋敷を建てるというのは、そこに仕事を生み、雇用を拡大するという意味や、資産を積極的に使い、経済の循環に寄与する目的があるらしい。

 つまり、そういった部分に金をかけることは、貴族としての見栄でもあり、義務でもある。

 逆に、そこに金を出し渋るような貴族は侮られるし、何より、自ら、困窮していると名乗るようなものらしい。

 ちなみに、これは、この3ヶ月の間、毎日のようの会うはめになっている、貴族の御聡明な御令嬢の受け売りである。

 しかし、そういった貴族間の常識に照らし合わせてみると、今の状況はいたって異常なのである。

 ファレルが、事前に受け取った資料や、実際に聞いたあのふざけた演説から受けた印象は、己の地盤を揺るがされることを恐れ、己の地位に絶対的な自信と固執を抱く、典型的な貴族だった。

 まさに、革命団ネフ・ヴィジオンにとっての最優先撃破対象の貴族そのものである。

 ならば、そんな男が、いかに非常時とはいえ、否、反動勢力に攻撃を受ける非常時だからこそ、そういった分かりやすい部分で、拘りを捨てることができるだろうか?

 ファレルの考えでは否である。なればこそ、この現状に何か意味があると考えるのは当然の思考であった。


「なんかの罠か?」

「……不明」

「まあ、逃げたってんならそれはそれで構いやしねーんだが……」

「……警戒?」

「いや、今は目的の達成を優先だ。男爵様本人はどうでもいいわけだしな」


 衆人環視で反動勢力のメンバーを処刑し、死の恐怖を植え付け、人々を押さえつけるのがドゥバンセ男爵の意図するところなら、革命団ネフ・ヴィジオンの目的は、逆にそれを衆人環視の中、阻止することで、貴族の弱体化と、革命団ネフ・ヴィジオンの影響力を見せつけることにある。

 ドゥバンセ男爵の生死など、今回の作戦に関して言えば、どうでもいいのである。

 ついでに言えば、革命団ネフ・ヴィジオンの拠点は──隠れ家アジトである旧辺境伯領も、ヴィクトール伯爵領のどちらも──セレーネ公爵領にほど近い場所にある。

 ドゥバンセ男爵領は、帝都を挟んでほぼ真逆の位置にあり、革命団ネフ・ヴィジオンにとっても、バックアップが厳しい。できれば、長居したくないのが本音であった。


「……了解」

「っても、探すとこから始めないといけねーんだが……」

「散開しますか?」

「……しゃあねーか。各員散開して、目標を捜索。発見次第、報告しろ。目撃者は可能な限り殺すな。ただし、必要なら容赦の必要はない。いいな?」

「……任務了解」

「了解です」


 ファレル以外の二人が、それぞれの方向へと散っていく。広いとはいえ、男爵家の屋敷だ。3人で手分けして探せば、そう時間のかかるものでもあるまい。

 ファレルは、ちらりと時計を確認した。まもなく、11時。タイムリミットまで後、1時間。この後の作戦を考えれば、30分以内になんとかしたいところだ。


「まったく、うちは無茶ぶりが多すぎんよ」


 ファレルは文句を口にしつつも、意識を奪った女を、近くに部屋に押し込み、自分も、二人とは違う方向へと走り出した。

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