第133話 反動 -retributive justice- 24

 少年は、街の中を駆けていた。彼が背にしているのはガラス張りの牢獄。その周囲では、複数の巨人──MCが刃を交わし、時折、地上から打ち上げられる砲弾が、空に爆炎の花火を咲かせる。

 有り体に言えば、そこは戦場だった。MCとMCが高速で機動しぶつかり合う戦闘において、地上を歩く人など、象からみた蟻にも等しい。

 実測のサイズ差はそこまで大きなものではないが──MCの平均サイズは5m程度であるので、おおよそ一般的、成人男性の身長の3倍程度である──実際に足元に立てば、MCと人では質量と速度が桁違いなのだ。触れるだけで紙切れのごとく吹き飛ばされかねない。

 故に、少年は戦場に背背けて走っていた。赤みがかった髪を振り乱しつつ、少年は焦りも露わに叫ぶ。


「逃げろ! 逃げるんだ! 巻き込まれるぞ!」


 しかし、外見や言葉尻から伝わってくる焦燥に反し、少年のグレーの瞳はあくまで静かな色を宿していた。

 それもそのはず、少年──ウェルソン、そう呼ばれている彼は、革命団ネフ・ヴィジオンのメンバーであるのだから。

 彼を含む十数名は、昨日中に、ドゥバンセ男爵領内に侵入し、領民を狩り出して処刑鑑賞会を開こうとしたドゥバンセ男爵の悪趣味に合わせて、民衆に紛れ込んでいたのだ。

 彼らの役割は、作戦開始と同時に、いわゆるサクラとして、人々を安全な場所に退避させることであり、同時に民衆を扇動し、ドゥバンセ男爵に叛逆の矛先を向けさせることだった。

 オペレーション・デイブレイクの目的はその名の通り、『夜明け』。

 革命団ネフ・ヴィジオンを含む、反動勢力が革命を志し、貴族に立ち向かうのはある意味必然。しかし、革命の夜明けはその先にある。民が立ち上がることこそ、支配を打ち破るための絶対条件であるからだ。


「そちらはどうでしょう?」

『さながら、民族大移動ってか? 今の所、順調だ』


 冗談めかして通信相手の男が言う。確かに、現状はその言葉に相応しい。しかし、そんな言い草に、ウェルソンは皮肉めいて返した。


「なら、僕らは牧羊犬といったところでしょうかね?」

『悪くないたとえだ」


 快活に笑ってみせる男の笑い声に、ウェルソンも頬を緩めた。


「《グルファクシ》さんたちは?」

『侵入済みだ。そっちは引かせすぎるなよ?』

「分かってますよ。仕込みはしていますから」

『《グラニ》、了解。任務続行』

「《ドラウプニル》、了解。作戦を続行します」


 《ドラウプニル》ことウェルソンは通信を切ると、人込みの中から自然に抜け出し、脇道に入ると、器用に窓枠をつたって屋根の上にまで上がり、視線をドゥバンセ男爵の屋敷へと向けた。

 そこは、MCと人とが混じり合って戦う戦場。その中を駆ける4機黒いMC──革命団ネフ・ヴィジオンの〈アンビシャス〉と〈ヴェンジェンス〉。

 予定では、MC部隊の制圧はもっと短時間で行われるはずだったのだが、対MC兵器を装備した歩兵の存在は想定外だった。

 歩兵への対応を速やかに投げ捨てたレナードと、慣れた動きで捌いてみせるディヴァインはともかく、リンファとフェイの二人は、対応しあぐねている様子だ。

 ジンの言ではないが、おそらく未熟、ということなのだろう。とはいえ、さすがによく反応している。さすがは革命団ネフ・ヴィジオンの騎士と言ったところか。

 しかし、作戦に遅れが出ているのは事実である。ウェルソンは思案顔になると、通信機を先ほどとは違うメンバーに繋げた。


「こちら、《ドラウプニル》。《ナグルファル》さん、聞こえますか?」

『こちら、《ナグルファル》、用件をどうぞ、なのです』


 返ってきたのは甘ったるく幼い少女の声。頼りなくは感じる声音だが、さっきまでの野太い声よりも耳に心地良く感じる。

 ついでに言えば、そんな少女でも、後方担当として、革命団ネフ・ヴィジオンを支えるメンバーの一人でもある。

 革命団ネフ・ヴィジオンのメンバーの幅の広さ──すなわち、貴族を打倒しようとするものたちの幅広さがうかがえるというものだ。

 ごく最近、革命団ネフ・ヴィジオンに加入したウェルソンから見れば、彼女も古株である。ウェルソンよりずっと若いにも関わらず、である。

 想像していたよりはるかに広い年齢層のメンバーは存在したことは、素直に貴族の圧政を示す根拠だとウェルソンは感じていた。



「少々、MC部隊が手こずっているみたいですから。仕掛けるのを早めたほうがいいと思うんですが、どうです?」

『むむぅー、でも、まだ早いのですよ。あちらもまだ終わってないのです』

「でも、予定より遅れが出てますし……」


 しかし、ウェルソンの示したそんな懸念は、《ナグルファル》と名乗る少女の一言で振り払われる。


革命団ネフ・ヴィジオンの騎士は強いのです。《ドラウプニル》さんは知らないかもなのですけど』

「そう、ですよね……」


 そう、ウェルソンは知っている。彼らの技量も、彼らの努力も。訓練や実戦から事細かにデータを集め続けてきたのだから。


『だから、黙って見ていやがれなのです』

「……口、悪いですよ?」

『気のせいなのです。わたしは、淑女レディなのですよ?』

「気のせいじゃないと思うんですけどね……」

淑女レディが気のせいと言ったら気のせいなのです』

淑女レディを名乗るような年頃ではないですよね?」


 ウェルソンが記憶している《ナグルファル》の姿は、まだ子どもといっていいような年齢に見えた。ついでに言えば、立ち振る舞いもお世辞にもレディとは言えない。


『デリカシーない男は黙ってろなのです』

「了解しました、レディ」

『ふんっ、それでいいのです』


 満足げに鼻を鳴らした《ナグルファル》に対し、ウェルソンは見えないのをいいことに、やれやれと肩を竦めた。

 そして、通信を切断すると、屋根から飛び降り、再び、喧騒の中へと溶け込んだ。

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