第132話 反動 -retributive justice- 23

『貴様ら、まもなく、作戦開始だ』


 その言葉に、レナードは、一人、口角を吊り上げた。

 眼下に広がる街並みを見下ろす。すでに、そこには敵の騎士団が展開していた。MCが背にしているのは、ガラスで作られた箱だった。


「はっ……話には聞いてたけど、ずいぶんと悪趣味じゃないか」

『貴族など、そんなものだろう?』

「無意味な虚勢は好きじゃないのさ」

『それこそ、そんなものだ。貴族など、な』

「それにしたって、これ、趣味悪いよねぇ。ガラスの棺には、お姫様と相場は決まってるってのに」


 眼下に広がる街並みにあるのは、目立つガラスの箱や、MCだけではない。ガラスの箱を囲むように集まっている人々である。

 帯剣し、銃を構えた衛兵たちが作る輪の外側には、所狭しと、人々が押し合いへし合いしている。それは、ただの一般市民だった。


『それこそ幻想だろう。まあ、人は思いの外、鞭を打つのが好きなものだ。打たれるのが自分でない限りな』

「だろうねぇ。まあいいさ。せいぜい、派手に行こう」

『《スレイプニル》より各機へ。作戦開始、目標、敵MC部隊。民衆には危害を加えないように留意しろ』

『この状況で、ですか?』

『当然だ』

「はぁ……《ムニン》、それを為すのが、革命団ネフ・ヴィジオンの騎士なのさ。できないと思うなら、下がってていいよ?」

『はあ!? あたしをバカにしないでください!』


 《ムニン》──リンファが大袈裟に叫ぶのを聞いて、レナードは頬を緩めた。威勢のいい女の子で遊ぶのはなかなかに面白い。

 そんなレナードに対し、疲れたような声がぶつけられた。リンファの双子の兄──フェイのものである。


『あの《マーナガルム》さん? 面白がってないで、少し、抑え目にしてくれると助かるんですが……』

「やれやれ、キミは真面目だねぇ。今にもハゲそうじゃないか」

『……あなたも、その心労の原因ですよ』

「あれ? そうだったのかい?」

『自覚ありますよね?』

「ははっ、どうだろうね」


 笑って、フェイの追求を躱すレナードの耳に、呆れたような溜息が聞こえる。しかし、その後に聞こえた、小さな息遣いで、レナードは意識を切り替えた。

 前菜あそびはここまでだ。そろそろ、メインディッシュの時間と行こう。

 ここからは戦場。一瞬の気の緩みが命取りになる、最高に刺激的な舞台なのだ。みすみす見過ごすには惜しい。


『無駄口はそこまでだ。これより、オペレーション・デイブレイクを開始する』

「そうだねぇ、じゃ、お先に行かせてもらおうじゃないか。切り離しパージ!」

『あっ、ちょっと! 危ないですよ!』

「どうせもう気付かれてるさ。なら、正面から行くのが、礼儀ってものじゃないか」

『茶化さないでください!』


 空中のヘリから切り離されたレナードの〈アンビシャス〉は、スラスターを用いて機体を制御しながら降下する。

 剣を向けて、迎撃体勢を取っていた〈エクエス〉の頭部を掴み、そのまま引き摺り倒して、緩衝材代わりに踏み付けると、ガラスの牢獄のすぐ側に着地した。

 掴んでいた腕の狼爪刃ウルフネイルを折り畳むと、背部に懸架していた騎士槍ナイツランスと、騎士盾ナイツガードを構える。

 そして、オープン回線を開くと、


「我々は、革命団ネフ・ヴィジオン。ガラスの棺のお姫様は、我々が貰い受ける。ハリボテの雄牛には用はない。ここで素直に手を引くのならば、こちらも手を出しはしないけど、どうする?」


 レナードは、彼の芝居がかった口上を無視して、騎士剣ナイツソードを片手に切りかかってくる〈エクエス〉を視界に捉え、口角を吊り上げた。


「まあ、本当に逃げられたらつまらないよねぇ」


 振り下ろされた剣を、盾で弾くと、そのまま、槍を突き出して、〈エクエス〉の腹を貫く。


「ははっ、弱い!」


 そして、その機体を突き刺したまま、腕を振るい、薙ぎはらうようにして、左側から踏み込んできていたもう一機の〈エクエス〉に叩きつける。

 大質量同士の衝突によって、〈エクエス〉は四肢をひしゃげさせながら、吹き飛ばされた。

 ふらつきながら立ち上がろうとした〈エクエス〉を頭上から一本の剣が貫き、それを踏み潰すようにして、一機の黒いMC──〈ヴェンジェンス〉が着地する。


『ちゃんと止めさしてくださいよー、先輩』

「獲物を残してあげただけさ」

『いつもは、ボク一人で十分だ、とか言ってるくせに』

『はいはい、《ムニン》は落ち着けって』

『あんたは、あたしのせいみたいに言ってんじゃないわよ!』

『貴様ら、ピクニックじゃないんだぞ』


 続けて、フェイの〈ヴェンジェンス〉と、デジヴァインの〈アンビシャス〉が着地し、ガラスの牢獄を守るように、4機のMCが展開する。


『まずは敵MCを排除する。敵兵はある程度は踏み潰しても構わんが、民間人には被害を出すな。いいな?』

『了解! って、ひゃっ!?』


 元気よく返礼を返したリンファだったが、彼女の〈ヴェンジェンス〉を、地上から打ち上げられたロケット弾が襲い、慌てて盾で受け止める。


『対MCランチャー!?』

「ボクらも有名になったものだねぇ。こんな手厚い歓迎してくれるなんてさ」

『のんきに言ってないで、なんとかしてください!』

「自分でやりなよ」


 そう言いながら、レナードは、自らの機体に打ち込まれたロケット弾を、盾で払いのけ、ついで、切りかかってきた〈エクエス〉の剣を槍で受け流し、ロケットを構える兵士の方へと蹴倒す。

 兵士たちは慌てて逃げ出すが、MCの5メートルはある巨体が倒れこんでくるのだ。密集した状態では、当然、逃げ遅れるものも出てくる。

 地鳴りと共に、〈エクエス〉が倒れ、その影から、押し潰された肉の極彩色と、鮮血が染み出した。


『おえぇ……』

『うっ……』


 映像越しでも十分にグロテスクな光景に、リンファとフェイが、嘔吐き気味に、目を逸らす。しかし、その惨状を作り出した当の本人と言えば、


「ずいぶんと汚い花を咲かせてくれたものだね。戦場に添えるにしては、ずいぶんと無粋な花じゃないか」


 そう言って、愉快げに頬を歪ませた。


『レナード、観客の前だ。殺し過ぎるなよ?』

「はいはい、分かってるさ。白鳥なら無様は見えないところで晒せってね」


 そう言ったレナードは、倒れた〈エクエス〉のコックピットを槍の一撃を持って貫いた。そして、槍を起点にして棒高跳びの要領で飛び上がることで、左右二方向から撃たれたロケット弾を回避し、途中で槍を引き抜きながら、あえて、ガラスの牢獄を飛び越えるようにして、着地する。

 ガラスの牢獄に、複数発のロケット弾が直撃し、爆炎を吹き上げるが、強化ガラスなのだろう。閉じられたガラスの箱には傷一つなかった。


「ちっ……楽はさせてくれないみたいだねぇ」


 着地したレナードへの追撃はない。まあ、ガラスの箱を盾にした上に、背後は領主の館である。守りにつく兵士たちも、守るべき領主は撃てないだろう。もっとも、屋敷を倒壊させた結果、領主に罰を受けることを恐れてかもしれないが。

 とはいえ、領主の屋敷には別の守りがついている。兵士はいないが、展開していた〈ファルシオン〉はすでにレナードに剣を向けていた。


「まずは自分の命ってわけかい? チキン野郎は嫌いじゃないけどねぇ──」


 レナードは一度言葉を切り、軽く跳躍して、ガラスの箱を足場にして蹴った、十字架に貼り付けられ、中に閉じ込められた、誰かが身を竦めるのが見えたが、どうせ壊れはしないのだ。気にすることでもない。


「──引きこもる場所は考えたほうがいいんじゃないかなぁ?」


 一瞬で距離を詰めたレナードの〈アンビシャス〉が突きを放つ。機体自体の加速、その上に相乗して、腕の振りを乗せた突きの速度は、まさに一瞬の間に、彼我の距離をゼロにし、吸い込まれるようにして、コックピットに突き立った。


「そこは安全地帯じゃなく、ボクらの狩場なんだからさ」


 続けて、盾でもう一機の〈ファルシオン〉を殴り付け、槍を投げ捨てながら、右腕部にも増設された狼爪刃ウルフネイルを展開。抜手の形に爪を揃え、そのまま腕をコックピットに抉りこむ。


『突出しないでください!』

「笑わせないでほしいなぁ。ジンやティナなら余裕で着いてくるよ?」

『先輩たちと一緒にしないでください!』

『何を言っても無駄だって、おまえはいちいち絡まない』

『なによ! 喧嘩売ってんの!?』

『なんでそうなるんだよぉー! 《マーナガルム》さん? だから煽るのやめてください、っと!』


 レナードに再びの苦言を呈したフェイは、襲い来る砲弾を盾で受け、防御する。彼は己の成長を感じていた。以前の自分ならば、四方八方からくる砲弾の最中にいて、こうも冷静に対応することはできなかっただろう。

 まさしく、ジンとティナによってつけられた訓練の賜物であった。反応、状況把握、対応判断、その全てを、3ヶ月の間に行われた訓練は確かに伸ばしていた。

 と言っても、いくら騎士盾ナイツガードが丈夫とはいえ、ダメージを受け過ぎれば損壊する。その上、騎士盾ナイツガードのサイズは大きく、複数を運ぶことは難しい。

 つまり、一度盾を失えば、歩兵から放たれる砲弾を防ぐ術はないのである。正直、対MC戦の専門家スペシャリストである彼らにとって、断続的に斬り結ぶ敵MCよりも、足元に群がり、たとえMCであっても致命傷を免れない砲弾を飛ばす、歩兵の方が厄介であると言える。

 まあ、端的に言って、フェイもリンファも、レナードですら、MCによる対人戦闘に慣れてはいないのである。故に、レナードはMCの撃破を優先し、フェイとリンファは確実に消耗していく戦術しか取れなかった。

 しかし──


『貴様ら、作戦中だぞ』


 呆れたようにそう言いながらも、ディヴァインの〈アンビシャス〉は、素早く戦場を駆けた。

 すれ違いざまに〈エクエス〉を斬り伏せると、素早く反転し、崩れ落ちる〈エクエス〉を摑み、掴んだ機体を捻り、動力炉への誘爆を防ぐために腕を前にし、背後から飛んできていた砲弾の盾にする。

 爆炎が吹き上がり、盾にされた〈エクエス〉の腕が弾け飛ぶ。そして、爆炎を素早く潜り抜けた〈アンビシャス〉は、ランチャーを構える兵士たちから、数メートルも離れていない距離に、盾を叩きつけた。

 騎士盾ナイツガードは、サイズとその耐久力に見合った、重量を持つ。だからこそ、シールドバッシュが実戦でも多用されるのであるが、その質量を地面に叩きつければどうなるか。

 言うまでもなく、発生するのは衝撃と振動だ。無論、MCにとっては、その程度の振動や衝撃など、蚊に刺された程度だろう。

 しかし、人にとってはそうではない。そんな衝撃を至近距離で、直に浴びれば、脳震盪を起こし昏倒することは免れない。もし、意識を奪われなかったとしても、必然、対応は遅れる。

 その隙に、ディヴァインはすでにその場から去り、リンファの〈ヴェンジェンス〉のカバーに入っている。

 大胆な動きが増えてきているが、それはおそらく、MCの機動によって輪が広がり、場所が確保できたことと、多くの市民が、革命団ネフ・ヴィジオンに兵士たちが意識を向けている間に離れていったおかげだろう。

 もっとも、バカか物好きはいるもので、兵士の輪の外側には、相変わらず、少数ではあるが、人々が残っているのだが。それ以前に、離れた人々の大半は、未だ、この場で何が起きているのかを見れる距離にいる。

 まあ、街中で行われるMC戦など、目立って仕方がないのは当たり前の話であるが。


「やるねぇ」


 レナードは素直に感嘆の声を漏らした。確信した。ディヴァインは場慣れしている。歩兵と連携を取る戦い方を知り、その対策もまた、知っている。

 MC戦偏重の革命団ネフ・ヴィジオンの騎士では難しいその動きを、ディヴァインはやすやすとやってのけた。


「なるほど、ね……」


 レナードは、常の甘い笑みを張り付けた顔から表情を消し、ディヴァインの〈アンビシャス〉を見据える。

 ディヴァイン、あの男は──

 意識を逸らした隙に、斬り込んできた〈ファルシオン〉の腹をカウンター気味に抉る。意識を相対する敵に戻した彼の表情にはすでに笑みが戻っている。


「まあいいさ。とりあえず──」


 レナードは、すっと自然な動作で一歩踏み出すと、一動作の中で、槍を手放し、腰から抜き放った剣を振り抜いた。居合切りめいて繰り出された斬撃は、〈ファルシオン〉の上半身と下半身とを腰から切り離していた。


「──邪魔者は排除すればいいだけさ」


 誰ともなくつぶやいたその言葉は、戦場の喧騒の中に飲まれて消えた。

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