第125話 反動 -retributive justice- 16

『ようやく追いついたぞ! ジン!』

「……遅かったな」


 ジンは頭上から響いた声に、小さくつぶやくように独りごつと、声の方に視線を向けた。

 そこにあったのは、ヘリに懸架された二機のMC──〈エクエス〉だ。


『ふんっ!』


 気合いの一声と共に、一機の〈エクエス〉がもう一機を抱えるようにして、二機が同時に落下し、ジンから数メートル離れた場所に着地した。

 それはジンの進行方向に当たる方角であり、無視して進もうとしたジンは、機先を制された形になる。


「ちっ……」

『ふっ……待たせてしまったようだな』

「特に待ってはいない」

『ジン、君の機体だ、受け取りたまえ』


 そう言って、ダルタニアンの〈エクエス〉が、抱え降りてきたもう一機を指差した。

 ジンはしばらく考え込んだが、無言のまま、ダルタニアンが支える〈エクエス〉のコックピットを開き、機体を立ち上げる。


「網膜投影、戦術データリンク、アクティベート。出力戦闘モードで固定。で、何のつもりだ? ダルタニアン」

『ふっ……なに、君を止めに来ただけさ』

「なに?」


 ダルタニアンの言葉に、ジンは腰から抜き放った双剣を、ダルタニアンの〈エクエス〉にむけた。

 対するダルタニアンは、向けられた剣に動じず、むしろ愉快気に笑んだ。


『斬りたければ斬りたまえ。無論、私も君を斬るつもりで征かせてもらうが』

「そうか」


 前傾したジンの〈エクエス〉が重力に引かれるままに倒れ、次の瞬間には地面を蹴り、切り返すことで、瞬時にダルタニアンの背後に回り込む。

 しかし、ダルタニアンは、それを予期していた。否、捉えていた。瞬時に半回転しながら、振り降りされた剣を盾で弾き、追撃の剣を、ダルタニアンも剣で受ける。


『ジン! ここ最近の私が誰の教えを受けていたか忘れたか!』

「はっ、この程度で、か?」


 失笑を返したジンは、すでに、弾かれた剣を、肩越しに引き絞るようにして構えている。

 剛の一撃。高速で剣が解き放たれる。ダルタニアンは、素早く盾を斜めに構え、それを受け流し、逆に滑らせた盾を叩きつける。

 しかし、ジンはそれの上を行った。


『なっ!?』

「言ったはずだ。この程度、と」


 ジンの〈エクエス〉は、突き出した盾を蹴り、打ち合わせた剣を軸にして空中で回転。ダルタニアンの〈エクエス〉を、蹴りの一撃が強かに叩いた。


『ぐうっ……』


 強い。以前よりさらに。どの一撃も研ぎ澄まされながら、次の一撃の布石となっている。これこそが、双剣使いの連撃の真髄。反撃すら利用し、己の剣の間合いから敵を逃さない怒涛の如き攻め。しかし──


「ちっ……」


 着地と同時に、ジンは舌打ちをこぼした。予想以上に腕を上げている。以前なら反応すらできなかったであろう剣撃にも、ダルタニアンは的確に反応し、捌いてみせる。

 今の蹴りも、咄嗟に受身を取られた。首を狩るぐらいはするつもりだったのだが。

 とはいえ、この程度なら、ジンの勝利は揺るぎない。だが、それでも多少、時間がかかる。


『ふっふっふっ!』

「……邪魔だ」


 突然、笑い出したダルタニアンに、ジンは再び斬りこむが、ダルタニアンの〈エクエス〉が消えた。

 瞬時に、ジンは機体を踏み止まらせながら、手首を返し、背後から振り下ろされた剣を受け、さらに、それをバネにしてその場で回転、もう一方の剣を強く叩きつける。


『はっはっはっ! ジン! どうした! 普段の君ならば、反応が遅れることはなかったはずだ! そんな動きでは、動揺が透けて見えるというもの!』

「ちっ……」


 ダルタニアンが見せたのは、ジンがやったのと全く同じことだった。体重移動とブースターをフルに使った神速の踏み込み。それを至近で行い、相手の側面で切り返し、背後に回り込む機動。

 もちろん、ジンのそれに比べれば荒削りで、完成度は高くない。にも関わらず、ジンは遅れた。

 そのことに、ダルタニアンは推測を確信に変えた。


『そうとも! 君は怒りに目を曇らせている! ティナ嬢も気付いていたぞ! 普段の君ならば、あんなことはしなかったはずだ! ここに来るまでに私は見た。君だろう? あのMCを撃墜したのは』

「だったらなんだ?」

『では、問おう! なぜ、君は誰一人として生かしていないのだ! 全員を殺すことに意味などなかったというのに!』


 ジンは、冷たく吐き捨てた。


「俺が、を殺すのに躊躇するとでも?」


 そう言いながら、剣を振り抜く。押し飛ばされたダルタニアンの〈エクエス〉がたたらを踏んだ。


『そうだ、君は躊躇しない、私はそれを知っている! しかし! だからこそ、今、この瞬間! 君は躊躇せねばならなかったのだ!』

「パイロットが死ねば、自爆するようにできている。それを利用して何の問題がある?」

『たとえそうだとしても! 君は救えたはずだ! 君ならば、その程度の障壁、打ち破ってみせる、違うかね?』

「それがどうした?」

『だから君の目は曇っていると言ったのだ! ジン! 君は剣を振る理由を見失っている! そんなものが君の騎士道か!』


 そこでジンは気付いた。違う。あれはたたらを踏んだのではない、あれは踏み込みのための予備動作だ。

 弾き飛ばされた機体を無理やり着地させ、強く踏ん張り、機体を前に押し出したのだ。

 ダルタニアンは、盾を投げ捨て、両手で剣を握る。繰り出すは大上段からの一撃。

 ダルタニアンの強き信念を宿した太刀筋。そこに一切の迷いはない。


『君は私よりはっきりと理解しているはずだ! 君が剣を捧ぐクロエ嬢は! 自分が傷付いたからといって、君が誰かを殺すのことを望みはしない!』

「──っ!?」


 ジンの反応が明確にワンテンポ遅れた。それほど、ダルタニアンの言葉は、ジンに痛烈に突き刺さっていた。

 ジンは咄嗟にクロスさせた双剣で、ダルタニアンの一刀両断の一撃を受ける。

 飛び退きながら受けることで直撃は避けるが、押し切られた騎士剣ナイツソードの片方が切断され宙を舞った。


「…………」

『…………』


 しばし無言で、剣を振り抜いたまま静止した二人は、


「はっ……」

『くっくっくっ、ふははは!』


 堰を切ったように笑い出した。ひとしきり笑った後、ダルタニアンは振り抜いた剣をジンに向かって投げる。


「お前の勝ちだ。いいだろう、今回はおまえに従ってやる」


 そう言って、ジンは折られた剣を投げ捨てて、キャッチした剣をくるりと手の中で回転させると、逆手に握った。


『ふっ……これは勝利ではないさ』


 盾を拾ったダルタニアンが腰から予備の剣を抜き放つ。

 互いに剣を向け合う必要はもうない。

 目指すべきは、領の境界線。

 討つべきは、敵。

 救うべきは、乙女の心。


「遅れるなよ?」

『無論だとも! ジンこそ、分かっているのかね? 私たちは、戦いに行くのではない。救い・・に行くのだということを!』

「誰に言っている?」


 ダルタニアンの言葉に、ジンは不敵な笑みを返し、


「……潰す」

「ふっ……共闘といこうじゃないか、ジン」


 双剣の騎士と純白の騎士。

 本来なら立場も考え方も違う二人。

 しかし、二人の思いは、今この瞬間だけは全く同じだった。

 ただ、たった一人の少女のために──

 ──この混乱を制する。

 二人の騎士が戦場へと駆けた。

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