第126話 反動 -retributive justice- 17

「目標捕捉、残り6機だ」

「ふっ……征くぞ!」

「さっきも言ったが、パイロットの生体反応の消失を確認するか、パイロットが操縦を止めれば、あれは自爆する。いいな?」

「分かっているとも!」

「ならいい、境界にはすでにセレーネの騎士団が展開している。辿り着いたらどの道、全員死ぬことになる」

「そうさせないための、私たちだろう?」

「ああ」


ダルタニアンとジンは、不敵に笑みを交わし合う。


「まずは、出口を塞ぐ。遅れるな」


ジンの〈エクエス〉の速度が上がる。すでに速度は遅くないというのに、まだ上がるらしい。


「ふっ……今の私ならば、君についていけるとも!」


ダルタニアンも速度をさらに上げる。ジンの速度には及ばないが、引き離されるほどではない。

時速にして百キロ以上、一瞬で変わる街並みの中、馳せる二機のMC。

そして、境界まで、ほんの数キロというところで、ジンは地面を蹴って跳躍、さらに、建物の一つを蹴り、飛翔する。反作用の加速にブーストを重ねることで加速度を増しているのだ。


「ぬっ……!」


ダルタニアンも追従するが、ブーストのタイミングがわずかにずれた。ほんのゼロコンマ一秒に満たぬずれであっても、そこには、絶対の差が生まれてしまう。だが、目的を達するには十分な飛距離だ。

銃弾をばら撒くMCの頭上を飛び越えたジンの〈エクエス〉は、空中で身を捻って向きを反転させながら、二本の足で着地し、そのまま、片手の剣を地面に引きずりながら、滑るようにして着地した。

静止したのは、領の境界すれすれであり、境界の向こう側に展開した〈ファルシオン〉が、警戒したように剣を向けた。

遅れて、ダルタニアンも着地し、両足を引きずって速度を殺し、途中で剣を地面に突き立て、それを軸に反転する。

そして、二人はほぼ同時に、通信のスイッチを入れ、


「悪いが、ゴールはない。おまえたちは、ここでゲームオーバーだ」

「ふっ……我が名は、ダルタニアン・ルヴル・レーヴェル! 我が名と我が騎士道に懸けて! 君たちの愚行! 阻止させてもらう!」


それぞれに好き勝手なことを叫び、それぞれに構えをとった。もっとも、目的が同じだけで、根本的には行動原理がことなる二人である。むしろ自然なことと言えよう。

二人とも背後には目もくれない。見据えるのは、迎え撃つべき敵のみである。


「交戦開始……!」

「さあ、覚悟したまえ!」


ジンが神速の踏み込みをもって、その場から消える。ダルタニアンの〈エクエス〉を追い越し、最接近していた〈エクエス〉まで瞬時に距離を詰めると、剣を振るった。

〈エクエス〉が握っていた銃が半ばから断ち切られ、宙を舞う。

同時に、高速で切り込んできたダルタニアンが剣を一閃し、〈エクエス〉の胸部を切断する。

そこは、前に突き出たコックピット。ダルタニアンの剣は、シートのすぐ後ろを切り抜け、コックピットを機体から切り離していた。

そして、それを確認すると同時に、ダルタニアンは、自らの座るシートから身を投げ、ジンに叫ぶ。


「ジン!」

「うるさい」


そう答えたジンが、コックピットを切り離した〈エクエス〉に双剣をもって、突きを叩き込み、動力炉を叩き潰す。

ダルタニアンは、落下したコックピットブロックに飛び乗ると、腰に佩いていたレイピアを振るう。

キィーンと甲高い音が響き、パイロットをコックピットに縛り付けていた首輪を切断する。さらに、ダルタニアンは、切断した首輪を剣に引っ掛け、宙に投げた。

首輪は、そのまま地上へと落下した。


「ふっ……こんなものか」

「結論は出たな」

「そのようだ。だが、その前に──」


ダルタニアンは、首輪を切断したことにより、自由になったパイロットの男に目をやる。首輪を付けられていたはずの首には傷一つない。それが示すのはダルタニアンの剣の冴えそのもの。実にエレガントである。

それを確認したダルタニアンは、少々汚れた純白の手袋を外すと、


「鉄拳制裁だ!」


何やらうわ言のようにつぶやいている男の顔面に思いっきり拳を叩き込んだ。

そのまま意識を失い、シートに沈んだ男に目もくれず、ダルタニアンは、己の〈エクエス〉に舞い戻る。

コックピットに座ると同時に、忌々しげな声音でジンが言った。


「俺にやらせろ」

「ふっ……君に任せては、生命がないさ」

「当然だ」

「それでは困るだろう?」

「まあな」

「ともあれ、結論は出た。首輪は生体信号の検査、送信を行うデバイスに過ぎないようだ」

「ああ、おそらく、首輪がシステムに信号送り、信号が途絶えた時点で、自爆するように出きているんだろう」


わざわざ、ダルタニアンが己の身を危険に晒してまで調べたのはそういうことだった。ジンから聞いた話だけでは、首輪の役割が他にもある可能性があった。

そう、例えば、首輪自体が爆弾であるというような。あのデバイスが、パイロットを縛り付けるための目的であれば良いが、それ以外ならば、かなり手間がかかる。

それ故に、調べたのだが、結果は爆弾でもなんでもない、というのが結論だった。つまり、自爆は首輪から伝わる信号の消失を根拠に、機体のみで行う動作であるということだ。

これならば、救うのは容易い。コックピットを切り離し、動力炉を暴走前に破壊すれば良い。

その程度ならば、ジンとダルタニアンならば目を瞑っていてもできる。


「ふむ、では、決着を付けるとしようではないか」

「ああ」


ジンが疾る。ダルタニアンが馳せる。それはまさに疾風怒濤。一瞬の出来事だった。

ジンがすれ違いざまに〈エクエス〉の腕を斬り飛ばし、ダルタニアンの研ぎ澄まされた正確な一刀がコックピットを切り離し、振り返りざまに振るわれた双剣が、〈エクエス〉を動力炉ごと四分割する。


「残り、4機」

「ふっ……私とジンのコンビネーションに隙はない!」

「おまえ自体が隙だがな」

「まったく……相変わらずつれないな、君は」

「くだらないことを言っている場合か?」


そう言いながら、ジンが次の獲物に襲いかかる。一瞬の間に戦闘力を奪い、ダルタニアンがコックピットを切り離したのを確認してから、動力炉を叩き潰す。

一連の流れには、一切の遅滞はない。口ではどう言っていても、その連携は完璧だった。

そして、荒ぶる津波の如く、二機のMCは、市街地を駆け、すれ違いざまに、二機の〈エクエス〉を撃破する。


「ラスト」

「おや?」


ジンがつぶやくと同時に、ダルタニアンは違和感に気付く。機体が〈エクエス〉ではない。〈ファルシオン〉だ。

そして、その手に握られたライフルの銃口が、明確な意思をもって、ジンとダルタニアンに向けられた。

それを見たジンが口角を吊り上げる。


「なるほど、本物・・か」

「ジン!」

「それでも、だろ?」

「無論だ!」

「ダルタニアン、後ろに付け」


直後、射撃が開始されるが、ジンの双剣が舞うように奔り、銃弾を全て叩き落とす。


「なんとっ!?」

「シャルロット・フランソワにできて、俺にできないと思うか?」


弾丸の雨を弾きながらも、ジンはその速度を緩めることはない。さすがにトップスピードではないようだが、それでもなお、疾い。

そして、銃弾が尽き、〈ファルシオン〉が引いた引き金が虚しく空を打つ。

次の瞬間、ジンとダルタニアンは同時に踏み込んでいた。双剣使いの神速の踏み込み。

ほんの一瞬の間だけ限界を超えた速度で移動するそれによって、銃弾の尽きた〈ファルシオン〉との距離を、天から降り落ちる雷の如く、瞬時にゼロにする。


「さて、どこの誰だか知らないが、狩らせてもらおうか」

「ふっ……決着だ」


ジンは、滑り込むようにして、リロードを終えたライフルを向けた腕を斬り飛ばし、ついでとばかりに脚を刈り取る。

そこに飛び込んだダルタニアンが、


「一刀!」


渾身の力を込めた一撃を振り下ろす。


「両断!」


切り離されたコックピットが宙を舞い、切り返したジンの〈エクエス〉がそれをキャッチし、ハッチの隙間に指をかけ、〈エクエス〉の膂力をもって、強制的に解放する。

そして、中身に目を向けたジンは、聞こえよがしの舌打ちを零した。


「ちっ……やられた」

「ジン?」

「先手を打たれた」


ダルタニアンもコックピットの中を覗き込み、ジンの舌打ちの理由を理解した。コックピットに座る誰かはすでに、泡を吹いて息絶えていた。そして、その首に、自爆装置の証たる首輪はない。


「ふむ……先ほどまでの抵抗は時間稼ぎだったわけか……」

「おそらくな」


この男が、銃火器装備のMCを統括する役を担っていたのはほぼ間違いないだろう。ならば、ジンたちがMCを掃除していることには気付いていたはずだ。

捕まる前に自ら命を絶つことで情報を死守したということか。

ダルタニアンは、コックピットの中で悔しげに拳を叩きつけた。


「誰も死なせないと誓ったというのに……!」

「割り切れ。こいつは、端から死ぬつもりだった」

「くっ……」


あくまでも悔恨を隠さないダルタニアンに対し、ジンは淡白に返した。とはいえ、情報を引き出せないのは面倒だった。おそらく、他のMCに乗っていた連中はろくな情報も持たされていないだろうことは想像に難くない。


「こいつに見覚えはあるか?」

「いや、すまない」

「そうか」


社交界に出入りしているダルタニアンではあるが、全員の顔を覚えているわけではないだろうし、そもそもこの男が貴族かも分からない。ならば、どの道、この場でできることはなにもない。


「置いてきた連中を回収して撤収する。いいな?」

「了解だ」


ダルタニアンが答えると、ジンの先導で、二人は、元来た道を戻り始めた。

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