第124話 反動 -retributive justice- 15
「はあ……はあ……はあ……」
男の顔色はこれ以上なく悪かった。十数分前、突然、味方機の信号が消失し、悪夢はそこから始まった。
数分ごとに、味方機のシグナルがロストする。しかし、味方機以外のMCの姿はどこにもない。それが意味するところは一つ、生身の人間によって、MCは撃墜されているということだ。
その結論に辿り着いた男は、無意識に首に取り付けられた、首輪に手を伸ばした。
男たちを縛り付け、強行に走らせた元凶だ。この首輪に縛られている限り、男は引き金を引く手を止められず、返り血に染まり続けるしかない。
元々、男はMCの操縦に関しては素人も良いところだった。男がやっていることはただ、補助プログラムの言うがままに機体を操り、その間、手に持ったライフルの引き金を引き続けることだけだ。
止める方法も知らず、かといって味方の反応を知る術もない。味方機の位置はレーダーに表示されているものの、男たちは、通信を取り合うこともできなければ、設定された軌道プログラムに反して、合流することもできない。
そんな中で起きた、味方機の撃墜、すなわち、仲間の死は、男を恐慌状態に陥らせるには十分だった。
「嫌だ嫌だ嫌だ!」
また、自分の撃った弾丸が、どこかの誰かを赤い血溜まりに変えた。男はその事実から目を逸らせない。
男に取り付けられた首輪は、男が操縦を止めた時、現実から目を逸らそうとした時、MCに自爆を指示し、動力炉を暴走させ、男を機体ごと肉片すら残さず焼き尽くすのだから。
男の精神は引き金を引けば引くほどに、壊れていく。守りたいと願ったものを自ら壊す絶望が男を苛む。
死ねば楽になる。だが、そう思っても、自ら死を選ぶことに付きまとう恐怖は、男を絡め取って離さなかった。
そして何より、男の視界にはゴールが見え始めていた。セレーネ公爵領との境界線だ。そこまで辿り着けば、この地獄から男は解放されるのだ。
終わりにばかり気を取られている男の目には、すでに、セレーネ公爵領で待ち受けるMC──〈ファルシオン〉の姿は映っていなかった。
「後少し、後少しなんだ……」
絶望の闇の先に、光が見えてしまえば、もはや、立ち止まろうという気にはなれなかった。自分が何を踏み潰しているかさえ、男の意識には残らぬことであった。
その時、小さな衝撃と共に、
しかし、男の意識にそれが捉えられることはなかった。
そして、コックピットが開き、男の前に誰かが降り立つ。
「……正気を捨てたか」
「ははっ、やった……これで終われる」
その誰かは、男の顔を見て、そう呟くと、懐から取り出した拳銃を突き付けた。
「せめて楽に殺してやる。死んでろ」
銃声が響き、虚空を見つめていた男の瞳から、光が消える。そして、男を撃ち殺した誰かも、すぐに飛び降りてその場から姿を消した。
そして、男の肉体は、突如として内側から巻き起こった炎に焼き尽くされて、消えた。
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