第116話 反動 -retributive justice- 07

「……おい」


ジンは、苛立った様子で、前を行く二人の少女に声をかけた。


「おまえたちは何がしたいんだ?」

「ふぇっ?」

「あう?」


二人揃ってこてんと首を傾げる。そんな二人を、ジンは若干、光の消えた目で見て、諦めたように左右に首を振った。

そんな彼の手は、すでに複数の袋によって埋まっていた。これでは、護衛ではなく荷物持ちである。もっとも、買い物に付き合わされる時点でこうなることは知っていたのだが。


「ふふっ、変なお兄ちゃん」

「買い物してるだけなのにねー」


ー──いつ、自分がここにいる理由を忘れてないか?

そうは思ったものの、言っても無駄であろうことはすでに理解していた。その上、クロエまでいるのだ。残念ながら、ジンには、その状態で勝機を見出すことはできなかった。

端的に言うと、諦めたのである。


「…………」


なんだかんだで人当たりの良い二人だからか、ティナとクロエはすぐに仲良くなっていた。歳が近いからなのか、それともどちらも元が天然だからなのか、つい先ほどまでは初対面だったとは思えない。

髪色が金と銀で正反対であることを除けば、少々幼さを残すティナの顔立ちも相まって、姉妹のように見えなくもない。

というか、はるかに付き合いの長いはずの、ジンとクロエよりも、よほど雰囲気があった。


「ねぇねぇー、ティナお姉ちゃん」

「ん? なに?」

「お姉ちゃんってどこに住んでるの?」

「ふぇっ? ど、どうして?」

「だって、たくさんあるから、運ぶの大変でしょー? だから、運んでもらおうと思って」

「え、えっと……」


ティナがちらりとジンに視線を送ってくる。助け舟を求めているらしい。

それはそうだろう。革命団ネフ・ヴィジオンの隠れ蓑になっている運び屋はあるが、現在拠点となっている二つの場所──元辺境伯の山奥の屋敷と旧ヴィクトール伯爵領の領都アガメムノン──には、普通に送っては荷物は届くまい。

まして、そんな場所を口にするのは、自ら革命団ネフ・ヴィジオンの関係者であると語るようなものである。

ティナは天然で間が抜けているところもあるが、基本的には機転が利くし、なにより愚かではない。ジンは幾度か任務を共にしてそういう評価をしていたので、その求めを無視した。


「ちっ……」


なにやら小さく舌打ちをした上に睨まれたような気がするが、気にしないでおこう。


「お姉ちゃん?」

「いや、えーっと、ほら、ジンと同じでそこら中うろちょろしてるから、送るとか難しいんだよねー。今はここにいるけど、近い内にまた移動しちゃうし」

「そうなんだー。じゃあ、お兄ちゃんに運んでもらえばいいんだね!」

「おい」


なぜ本人ではなく、ジンが運ぶことになっているのか。

まるで、良いこと思いついた、とでも言いたげなクロエの口調に、二人に少し遅れて歩いていたジンは思わず声を上げた。


「そうだねー、ジンがいるもんねー」


にこやかに笑み、ジンの方を見ながらティナはそう言った。どうやら、意趣返しのつもりらしい。クロエの前で不用意なことはできないと思っているのか、ティナは妙に強気だった。

ジンは一瞬、なにか言いかけたが、思い直したのか、


「そうだな」


と言ってうなずいた。しかし、そんなジンを見て戦慄したのはティナである。ティナは本気で心配そうに、ジンの顔を覗き込んだ。


「ふぇっ? ね、ねえ、ジン。熱でもあるの? 病院行こっか?」

「……おまえは俺をなんだと思ってるんだ?」

「冷血鬼畜自己中ロリコン野郎」

「…………」

「痛い痛い痛い! ごめんなさい! 調子に乗りました!」


ジンは無言のまま、ティナの足の指を踏み付けていた。まったく学習しない少女である。そもそも、近付くから踏まれるのだ。


「うぅ……」

「調子が良すぎる」

「……すいませんでした」

「おまえも持て」

「それはいや」


即答だった。行動に謝意がまったく感じられない。ジンはさすがに怒りを通り越して呆れた。ある意味、天晴れな態度である。天晴れなのは頭の中かもしれないが。


「…………」

「に、睨んでも何も出ないもん!」


無言のままのジンに、何を勘違いしたのか、ティナが頬を膨らませてそっぽを向く。しかし、ちらちらとジンをうかがっており、挙動不審であった。

ジンは無感動にそんなティナを見ていたが、突然、ティナがバランスを崩し、ジンの方に倒れこんでくる。


「ひゃっ!?」


それを予期していたジンは、荷物を無理やり片手に集め、片手で抱き込むようにして、二人分・・・の体重をしっかりと受け止めると、溜息を吐き出した。


「クロエ、こいつはそこまで丈夫じゃない」

「だって、お姉ちゃんがかわいかったんだもん」

「は……?」

「えぇー、お兄ちゃんはなんとも思わなかったの?」

「おまえは何を言ってるんだ?」


ぷくっと頬を膨らませて不満げにするクロエは、ティナの背中にぎゅっと抱き着いていた。突然、後ろから抱き付かれたせいで、ティナはバランスを崩したのである。

顔を上げたティナは状況を理解したのか、唐突に顔を朱に染め、


「あ……あう……」

「…………」

「う……えっ、あ……」

「…………」

「ジンのばか!」


ジンの腹に思いっきり拳を叩き付けて腕から逃れる。残念ながら、密着状態かつ、両腕が塞がったジンは防御する手段を持たなかった。実に理不尽である。

そして、背中にクロエを張り付かせたまま、飛び退いたティナは、少し慌てた調子で腹を抑えるジンの顔を覗き込む。


「あっ……だ、大丈夫?」

「…………」

「ひぅ……」


ジンの無言の怒りを感じとったティナが小さく悲鳴を上げる。しかし、少し身を引いただけで、逃げようとはしなかった。てっきり逃げると思っていたのだが拍子抜けした。

そんなジンの疑問に気が付いたのか、ティナは胸を張って言う。もっとも、声は若干震えていたが。


「い、一発は一発だから。い、いいよ?」

「……はあ」


ジンの溜息に、ティナがびくっと震える。

ジンは、そんなティナの額を指で軽く弾いた。


「ふぇっ?」

「気にするな。これくらいが妥当な線だ」

「な、なんで?」

「さあな」

「お兄ちゃん、成長したね!」


余計なことを言ったクロエの頭を、ジンは軽く叩いた。余計なお世話である。


「暴力反対だよ!」

「そうだそうだー」


ティナの背に抱き付いたまま、鼻を鳴らして抗議するクロエに、追従するように、ティナもぱたぱたと手を振った。

ジンは、そんなティナの額を、気持ち強めに指で弾き、一言、


「おまえは反省しろ」

「……ごめんなさい」


ティナは叩かれたところを抑えながら、ばつが悪そうに目を逸らした。


「ふふふ、ほんとに仲良いんだね。お兄ちゃんとお姉ちゃんって」

「違うからっ!」

「それはない」


二人揃って否定する。ただし、片方は頬を赤くして、慌てた様子で、もう一方は、能面の如き無表情のまま、冷たく一言で、という違いはあったが。どちらが誰かは言うまでもない。


「えぇー、みんなそう思うよー」


ティナがちらりとジンに視線を向けると、ジンは、肩越しに顔を出すクロエに疲れたような視線を送るだけで、一片の動揺すら見られなかった。知ってはいるが、やはり少しは腹立たしい。


「それで? まだ何か買うのか?」


──あっ、こいつ話逸らしたな……

そう思いながらも、ティナも乗っかることにした。ティナとて、なんでもかんでもクロエに掘り返されるのは疲れるのである。


「うーん、わたしはいいかな? みんなの分も買ったし」

「あれ? なのに、お姉ちゃんこれだけでいいの?」

「やっ、服とか買ってもあんまり使わないんだよねー」


革命団ネフ・ヴィジオンのメンバーとして活動しているティナは、基本的に必要な物しか買わない生活を送っているので、買物しようと言われても、あまりたくさん買う気にはなれないのだ。

ちなみに、クロエのこれだけ、という発言に、ジンが渋い表情をしていたのは言うまでもあるまい。


「こんなに買って何に使うんだ……」

「女の子は色々必要なんだよ!」

「……そう、なのか?」


ジンの女性のイメージは、もっと小さかったころのクロエや、革命団ネフ・ヴィジオンのメンバーに限られている。残念ながら、そこだけだと、あまりたくさん物が必要なようには思えなかった。

昔の話にはなるが、クロエには良く買物に付き合わされた。だが、大半が買い食いだった記憶がある。


「時々、ってか結構思うんだけど、ジンってわたしが一応、女の子ってこと忘れてない?」

「女にしか見えないが?」

「やっ、性別を認識してるってことと、女の子として扱うことは違うんだけど……ってこれ、前も言ったような……?」


ジンは、ティナとクロエを見比べて、心底不思議そうに、


「……ティナの方が細身だが、女であることには違いないだろう? 確認はしていないが」


そう言うジンに、ティナは目を逸らしていた現実を改めて突き付けられ、自分の胸元に手をやって、うなだれた。


「それ言わないで欲しかったんだけど……」

「……何の話だ?」

「うっさいだまればか」

「……?」


なぜいじけているのだろうか。

ティナは暗い声音で、背中のクロエに尋ねた。


「……クロエちゃん」

「なに? お姉ちゃん」

「……何歳だっけ?」

「14歳だよ!」

「……完全に負けてるんだけど! さっきまで気付かなかったけど、絶対ダブルスコア付いてるんだけど!」

「えぇー、なんの話?」

「元からなかった自信が砕け散ったんだけど……」

「あっ、お姉ちゃんはきれいだから、自信を持っていいと思うよ?」

「そこじゃないんだよね……」


なぜかうなだれるティナ。そんな彼女を、自信持って、などとクロエが慰めている。

いつの間にか背中から離れ、胸の前で拳をぎゅっと握って、妙に真剣な表情をしているが、ティナは、なおさらしょんぼりしていた。


「おまえら、何がしたいんだ?」

「うっさいばか」

「お兄ちゃん。空気読むって大切なんだよ?」

「…………」


──俺が悪いのか?

ジンはもはや何も言う気になれず、二人から視線を外した。もちろん、護衛も兼ねている以上、目は切らない。とはいえ、ティナがいる以上、並の相手ではクロエに手を出せないだろうが。なんでも器用にこなす彼女は、対人格闘戦でもそこそこの腕前を持っている。

周囲を見回す。戻ってきても好んで家から出ないし、出たとしてもクロエの世話ばかりで、あまり街並みに気を向けていなかったので、ジンとしては久しぶりに、まともに街を見たことになる。

いや、単純に落ち着いて街を見ようという気にはなれなかっただけだろう。革命団ネフ・ヴィジオンの活動が本格化するまでは、そんな余裕はなかったのだ。

おそらく、ジンは焦燥に囚われていたのだ。訓練や様々な技術を身につけることに終始し、一向に打って出ない当時の革命団ネフ・ヴィジオンに苛立ち、ここで過ごした日々から無意識に逃げていたのだろう。

街並みは記憶している昔とほとんど変わっていない。多くの商店が立ち並び、人々は活気を持って有る。革命の機運もここではまるで他人事だ。

しかし、そんな場所だからこそ、ジンもここを受け入れられるのかもしれない。囚われている彼であっても。

その時、ふと妙な気配を感じ、視線を向けた。ジンたちのいる商店街からほど近い位置を走る道路。そこにあるのは数台の大型トラックだった。


「…………」


ジンが足を踏み出し、そちらへ向かおうとした直後、ぐーっという間の抜けた音が響いた。

ジンの意識がトラックから離れ、ゆっくりと振り返った。


「…………」

「ええっと……てへっ?」

「き、気のせいなんだよ?」


ジンは二人揃って顔を赤くして目を逸らしているのを見て、一つのことを思い出した。もう昼食時を過ぎるというのに、なにも食べていない。


「……何か食いに行くか?」

「うん!」

「あっ、わたし、パスタで」

「おまえには聞いてない」

「理不尽だと思うんだけど! 思うんだけど!」


騒ぐティナをそのままに、ジンはもう一度背後に視線を向ける。当然、そこには何もない。すでに過ぎ去った後だった。


「ジン? どうかした?」

「行こっ!」

「ああ」

「わたしはスルーなんだ……」


ぶつくさ言うティナだが、しっかりと足はクロエの隣で動き、その手はクロエと繋がれている。どうやら、見失わないように気を遣っているらしい。なんだかんだ言っても、面倒見のいい少女である。

ジンは違和感を一旦、脇において、ぴょこぴょこ跳ねるクロエを追いかけた。

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