第111話 反動 -retributive justice- 02
ジンは3ヶ月半ほど開けて、再び自分に所縁のある土地に足を踏み入れていた。
カルティエ士爵領。現領主、ジェラルド・カルティエが、士爵ながらセレーネ公爵家から、直々に割譲された、街一つ分ほどの小さな領地である。
3ヶ月経った今でも、
隣のセレーネ領から飛び火してこないものかとも思ったが、考えてみればあのセレーネ公爵家が、自領に反動勢力が蔓延るのを許すはずもない。たとえいたとしても、表立って活動することも許されずに、先んじて排除されているに違いない。
「…………」
こんなに短い間に二度もカルティエ家を訪れるのは初めてなのだが、前回は短い時間しか滞在しなかったせいか、ジンが働いていることになっている、
ご機嫌取りしないとまずい、とは思いながらも、この3ヶ月の混乱でそんな余裕はなく、レナードとディヴァインの復帰をもって、初めて休暇を取れ、ようやく、こちらに戻ってこれていた。
直前の手紙では、今日の午前11時にヘリポートで待っていろ、とのことだったのだが、買い物かなにかに付き合わされるに違いない。
面倒ではあるが、これ以上無視すると殴り込まれかねない。ほわんほわんしているが、さすがはジェラルドの娘と言うべきか、行動力はあるのだ。
上層部はともかく、実際に働いてる者が全員、
そうなると極めて不都合なのは言うまでもない。
「……はあ」
ジンはため息を吐いた。
理由はとても単純である。
ジンの視線の先に、とても見覚えのある白銀の髪が、ぴょこぴょこ跳ねているのが見えたからだ。
そして、ジンは、ちょうど前を通り縋った少女に声をかけた。
「こんなところで何をしている?」
「ふぇっ? やっ、セレーネ公が領地に帰ってきたらしいから調査しろって言われたんだけど、ガードが固くて、領地に入るのも難しいんだよねー。最近はすっかり厳しくなっちゃったし。だから、カルティエ領に足がかりが欲しくて」
「…………」
すごく何気ない雰囲気で、少女は質問に答えた。
ジンは頭痛を覚えつつも、質問を続けた。
「誰の命令だ?」
「そりゃ、始まりの十二人のメンバーだけど? まったく、〈プリュヴィオーズ〉も人使い荒いよねー。知ってるとはいえ、扱いが酷いと思うんだけど」
ジンは深刻化してきた頭痛に耐えつつ、
「最後に、おまえは自分の立場を密偵と理解しているか?」
「当たり前でしょ。だから、わざわざ似合わないカラコンなんて入れてるんだし」
「…………」
確かに、そう言う少女の瞳は、いつもの
それに、腰の辺りまで伸ばしていた銀髪も──これは、少し前からだが──肩口の辺りまでで切り揃えられ、短めになっている。
とはいえ、変装のつもりならば、少々弱いと言わざるを得ない。
そして何より──
「通り縋りに声をかけられて、自然に情報をすべて吐く奴のどこに、密偵の自覚があるんだ? ティナ」
ジンがそこで初めて、白銀の髪の少女──ティナの名を呼ぶと、
「ふぇっ?」
と間の抜けた返事をし、ジンの顔をまじまじと見つめ、
「えぇえええ!?」
「黙れ」
人の行き交う搭乗口のど真ん中で驚愕の叫び声をあげたティナを、ジンは口を物理的に塞いで黙らせる。
何事かとばかりに、人々の視線が集まるが、ジンは黙殺した。
「……っ! ……っっ!!」
じたばた暴れるティナから手を離すと、窒息しかかっていたのか、荒い息を吐くティナに、呆れを隠さぬ視線を向け、
「おまえは何を見ているんだ?」
「……うっさい、ジンのばか」
「…………」
頬を膨らませてそっぽを向いて拗ねるティナ。ジンは面倒くさそうにため息を吐いた。
「だいたい、ジンはなんでここにいるのよ!」
「休暇だが?」
「えっ? わたしそんなのもらってないんだけど!?」
「申請してないだろう?」
「……あっ……」
人手不足に革命団(ネフ・ヴィジオン)では、自分で要求しなければ、まず休みは貰えない。たとえ申請しても、MCパイロット──騎士のような替えの利かない人材は、調整しないと休暇など取れない。
また、暇にしていたら暇にしていたで、別の仕事を投げ付けられるのも良くある話である。
「うぅ……わたしだって休み欲しいんだけど! 欲しいんだけど!」
「俺に言うな」
「っていうか、わたし一人で、厳戒態勢のセレーネ領に侵入しろとか詰んでない?」
「文句は上に言え」
「むぅー、愚痴くらい聞いてもいいと思うんだけど」
「生憎だが、予定がある」
「え……? 冷淡冷徹冷血鈍感鬼畜無表情自己中のジンが、こんなところで、予定?」
ジンは無言のまま、ティナの頭を掴むと、そのまま片手で釣り上げた。
「痛い痛い痛い! ごめんって、ほんと悪かったから! ごめんなさい離してください! ほんと、ほんとに悪かったから!」
「うるさい」
「やっ、離して欲しいんだけど! 髪の毛千切れるから! ほんと痛いから!」
「…………」
ジンは、周囲からの注目が集まっているのを感じ、静まる様子のないティナの頭から手を離した。ティナは着地に失敗し、その場にへたり込んだ。
「いったぁ……うぅ……女の子に対して酷いと思わない?」
頭を押さえながら、涙目で抗議してくるティナに、ジンは一言、
「おまえに付ける薬は痛みでいい」
「むー、差別はんたーい」
「おまえは口で言って聞くほど聞き分けがいいか?」
「え? わたしはいいでしょ。ジンはともかく」
無言で伸びてきた手に、ティナは慌てて、へたり込んだまま後ろに下がった。
「暴力はんたーい」
「おまえな……」
ジンは赤みがかった黒髪をぐしゃぐしゃと掻き毟り、なにか言いかけたが、途中で何かに気付いたように、その動きを止め、
「ティナ、とりあえず隠れろ」
「ふぇっ? ん、まあ、りょーかい」
ティナは頭を押さえながらも立ち上がり、ジンから離れると、さりげなく人混みに紛れようとするが、それより早く、ティナの腕は何者かによってがっしり掴まれていた。
「ふぇっ? あれ?」
そのまま、ずりずり引きずられてジンの前に押し出されたティナは微妙に戸惑いを隠せぬまま、自分の手を取っている少女の顔を見た。
ふわふわとした金糸の髪に、綺麗な碧色の大きな目のかわいらしい女の子だ。しかし、そのくりくりとした瞳は、ティナではなく、ジンの方に向けられ、頬を膨らませて、むすっとした様子を見せていた。
「もう、お兄ちゃんも彼女さんが一緒ならそう言ってくれればいいのに……隠そうとするなんて、わたし悲しいよ?」
「…………」
状況を理解しかねたであろうティナがこてんと首を傾げた。
──勘弁してくれ
ジンは無言で天を仰いだ。
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