第110話 反動 -retributive justice- 01
『はぁあああ!』
裂帛の気合いと共に振り下ろされた
『まだぁあああ!』
剣を弾き返された黒い
しかし、片手で剣を受け、今まさに切り上げた先にいる黒いMC──〈ヴェンジェンス〉は、鍔迫り合っている剣を軸にその場で回転し、切り上げた剣を弾きながら、背後のもう一機を弾き返す。
『そこっ!』
〈ヴェンジェンス〉が回転したおかげで、背後に回り込んだ〈アンビシャス〉が、再び剣を振り下ろす。
前へ前へ。防御など考えない攻め方だ。立て直しが早いのはいいが、猪突猛進に過ぎる。その立て直しが早いのも、〈ヴェンジェンス〉と〈アンビシャス〉の膂力の差があってこそであり、同格か格上の性能を持つ敵には通用しないだろう。
そんなことを考えながら、〈ヴェンジェンス〉のコックピットに座る赤みがかった黒髪に、真紅に燃える瞳の少年──ジン・ルクスハイトはため息を吐いた。
「単調だな」
〈ヴェンジェンス〉は滑るようにサイドにステップしながら、振り下ろされた剣を受け、そのまま前方に受け流す。
『ひゃぁ!?』
『うわぁ!?』
結果、前後から挟み討ちにしようとしていた二機の〈アンビシャス〉は対応が遅れ、危うく正面から激突しかけ、互いの剣を打ち合わせることで静止した。
『フェイは左、行くわよ!』
『回線は開いてるんだぞ!』
『そんなこと分かってるわよ!』
左右に展開し、突っ込んでくる二機の〈アンビシャス〉。さすがは双子というべきか、相変わらず息の合った連係である。
左右から同時に斬りかかってきた〈アンビシャス〉の剣を両手の剣で受け止める。出力の差にじりじりと押され、〈ヴェンジェンス〉は踏ん張って動きを止めた。
『喰らえぇえ!』
動きを止めたタイミングで繰り出されたシールドバッシュ。しかし、ジンは、突然、受け止めていた剣を引くことで、重心を乱しつつ剣を滑らせ、柄の部分を叩きつけて盾の進行を防いだ。
前のめりになる〈アンビシャス〉を捨て置き、受け止めたままになっていた〈アンビシャス〉を横薙ぎに払いつける。
〈アンビシャス〉は冷静に飛びのいて回避したが、その時、ジンのコックピットに電子音が鳴った。
「10分だ」
そう告げると同時に、〈ヴェンジェンス〉の動きが変わった。神速の踏み込み。バランスを崩したことで、すれ違うようになっていた〈アンビシャス〉をその場に残し、飛びのいたもう一機へと瞬時に距離を詰める。
『ぐっ……』
ぎりぎりのところで叩きつけられた剣を防いだ〈アンビシャス〉だが、そこには2本目の剣が迫っている。
咄嗟に剣で防ごうとするが、狙っていたのは、機体そのものではなく盾だった。MC用の盾である
「甘い」
着地と同時に、片脚を軸に回転。背後から追い付いてきた〈アンビシャス〉の剣の根元を強く叩いて、手から弾き飛ばした。
さらに、もう一本に剣の腹で、胸部を軽く叩いた。
『くぅ……』
「一撃に拘りすぎだ。性能に劣る機体に剛剣は向いていない」
重い一撃は、機体の膂力を活かして放つもの。自らの機体が性能で劣っている場合において、一撃に込めた全力が必ずしも、相手のパワーを上回るとは限らない。
そういった状況で有効なのは、やはり息を吐かせぬような連撃であり、相手の力を利用したカウンターである。
ついでに言えば、握りも甘い。一刀両断の一撃を切り札とする剣術の使い手はみな──ダルタニアン・ルヴル・レーヴェルにせよ、フェゴール・ド・エドワーズにせよ──その一撃を使う時は両手で剣を保持していた。
「それと、センサーの情報は常にある。視覚外からの強襲がいつでも成立するわけじゃない。とはいえ──」
その場で跳躍した〈ヴェンジェンス〉が、バク転気味に、後方の〈アンビシャス〉を飛び越え、その背後に着地する。
さらに、その剣の柄で軽く〈アンビシャス〉の頭部を叩いた。
「背後からの攻撃に対応し難いのも事実だ。今のようにな」
そう言いながら、ジンは、両手に握った剣を腰に戻した。
「撃墜判定。今日の訓練は終了だ。相変わらず突っ込み過ぎる傾向が強い。もう少し頭を使え。特にリンファ、おまえだ」
『うぐぅ……』
無論、以前の
MC部隊はその最たるもので、アガメムノン制圧以降、度重なる貴族の騎士団の襲撃を受け、常に防衛のために領内を駆け回っていた。
レナードやディヴァインは最初の一週間ほどで、
その中で二人の力不足を感じたジンとティナによって、実戦形式の訓練が二人に課せられたのは、実はかなり早い段階だったりする。
現状、明確に
とはいえ、騎士団を幾つか叩き潰したせいか、ここ一月ほどは、貴族の動きも随分となりを潜めている。
「逆にフェイ、おまえは人任せに過ぎる。バカのフォローを意識し過ぎだ」
『誰がバカですか!』
ジンは、〈アンビシャス〉の双子の片割れ──リンファの抗議の叫びを完全に黙殺した。いちいち付き合っていては面倒なのだ。
なにやらぶつぶつ文句を言ってくるリンファの回線を切断すると、ジンは多少の同情を込めて、もう一人に声をかけた。
「大変だな」
『ええ、まあ……でも、兄妹ですからね』
「冷静であることと、臆病であることを履き違えるな」
『え……?』
「おまえに言えることはそれだけだ」
自分で言っておいてジンは苦笑した。その言葉をジンに言ったのは、かつて、ジンに『双剣』を教えた男だった。
3ヶ月前、同門の姉弟子が、言葉を引用していたが、ジンも存外覚えているものである。ただ、自分が、教師面して教授できるような人間かは知らないが。
格納庫にMCを戻し、整備士に後を任せたジンは、MCを前に語り合う二人の人物を見て、わずかに顔をしかめた。
対して、後ろを付いてきていた双子は、喜色に顔を綻ばせた。
「おまえらか」
「やあ、ジン。やっぱり、先生は似合ってるんじゃない?」
冗談めかしてそう言うのはカエデだった。本来はヘリのパイロット、すなわち運び屋なのだが、最近はMC好きが高じてきたのか、整備や訓練にも首を突っ込んでくる。
「そうですよ。戦闘データを見ても、二人ともちゃんと伸びてるんですから」
しかも、二人で。
ジンは、無言のままカエデと談義していた青年──ウェルソンに視線を向けた。心底そう思っていると言わんばかりな素直かつ純朴なグレーの瞳に、ジンは、不機嫌そうに息を吐いた。
ウェルソン。そう呼ばれている彼は、一月半ほど前に
赤みがかった茶色の髪を中分けにし、誰でも分け隔てなく接する好青年で、飲み込みも早く、様々な技能を身につけていくために、皆から重宝されていた。
「ほらやっぱり、成長してるんですよ、あたしたちだって」
得意げなリンファ。確かに多少は成長している。しかし、実戦で騎士団の相手をできるかと言えば少々疑問が残る。一対一ならなんとかなるだろうが、最低でも数機以上同時に相手をできなければ、
「多少はしてないと恥ずかしいだろ、さすがに」
「あんたまで捻くれてなくてもいいじゃない」
「でも、ジンさんやティナさんには一方的にボコられるし。しかも剣しか使わないっていうルールで」
「それはそうだけどさー」
そう、ただ二人に訓練を課すだけでは、ジンたちの実りがないので、ジンとティナは、〈ヴェンジェンス〉に乗って、両手の剣のみで戦い、10分間は攻撃禁止、というルールを作っていた。
蹴り技や武器のスイッチなどが使えず、膂力に劣るために、ごり押しが利かず、いつも通りに戦うというわけにはいかない。結果は見ての通りではあるが、多少の訓練にはなっていた。
「それでも、ちゃんと機動の質は上がっていますよ。データが証明してくれてます」
「まあ、戦場で役に立つかは別なんだろうけどね。多少はマシになるんじゃない?」
「…………」
ジンは無言で答えた。否定はしないが、素直に肯定するには、まだまだ技量が足りていない。
「いずれにせよ、未熟だ」
「たまには先輩も褒めてくださいよー。ティナ先輩は褒めてくれますよ?」
不満げなリンファに、ジンは呆れとともに、
「あれはあいつが甘いだけだ。それに、心配せずとも今日の昼からの担当は、レナードとディヴァインさんだ」
「うわあ……絶対、ややこしいことに……」
フェイが頭を抱えているが、ジンは見なかったことにした。確かに、レナードとリンファの組み合わせは面倒である。
「あれ? 先輩もどっか行っちゃうんですか?」
「え? 僕も聞いてないよ?」
「ええー、シュミレーション用のデータ集めてる途中だったんですよ?」
「俺も俺の用事がある」
ジンはそう言って、不満げな三人と遠い目をしている一人を置いて、自室へと足を向ける。
直後──
「──っ!?」
ジンは素早く振り返り、周囲を見回す。
「先輩? どうかしたんですか?」
「いや……」
首を傾げるリンファに、ジンは微妙に歯切れ悪く返した。
今、一瞬何かの気配を感じたのだが、それは正体を見極めるより早く消えてしまっていた。
「……(気のせいか?)」
釈然としないながらも、ジンは四人に背を向けてその場を後にした。
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