第109話 prologue-02

 モニターだけが輝く薄暗い部屋に、一人の男が座っていた。豪奢な服に身を包んだ姿からは貴族であることが伝わってくるが、まだ若い男では、衣装に着られているように見えた。


「うむ、そろそろか……」


 男は、机の上に置かれたカップを持ち上げ、紅茶を啜った。

 重々しい口調も、優雅に見せようとする仕草のいずれも、若い男には似合っていなかった。どれも、子供が背伸びしているような、そんな印象を伝えてくる。


「そうだ、ここで成果を上げねば、閣下に見捨てられる。父上の汚名を雪がずして、どうして、閣下に顔向けできようか……」


 恐怖と焦燥に青ざめた若い男は、己に言い聞かせるように、


「戻れない。ぼくは戻れないんだ……」


 その時、部屋の戸をノックする音が響いた。


「入れ」


 部屋に入ってきたのは、侍女服に身を包んだ女だった。こちらも、主人に負けず劣らず青ざめた顔をしていた。


「……ご主人様、まもなく準備が完了するとのことです」

「分かった。公共通信の準備をしておけ。あちらの準備も抜かりないな?」

「もちろんでございます」


 はっきりと答えながらも、侍女は、心許なげに視線を彷徨わせた。そして、何かを決意したように、自らの主人を正面から見詰めると、


「ご主人様、本当に良いのですか?」

「馬鹿を言うな! 止まれるわけがないだろう!」


 突然取り乱した男は、座っていたソファの後ろに控えていた侍女に掴みかかった。


「たとえ何をしてでも、戦果を上げねば、ぼくに未来はない! 閣下が許してくれるとでも? そんなわけないだろう!」

「ご主人様、落ち着いてくださいませ!」

「これが落ち着いていられるか! そうだ、元はと言えば、あいつらが悪いんじゃないか! 自分のことは棚に上げて! いつもいつも、ぼくにせいにして!」

「ご主人様!」


 気が付けば、男は、腕を振りほどこうと暴れる侍女を、先ほどまで座っていたソファに押さえつけていた。


「いいか! ぼくは戻れないんだ! 何をしても!」

「ご主人様、お許しを……差し出がましい口を聞いて申し訳ありませんでした」

「はあ……はあ……」


 男は荒い息を吐きながら、涙を零して許しを乞う侍女を見た。冷静さを失った思考は、男の中に湧き出た嗜虐心を後押しした。


「時間はまだあったな……ぼくがおまえに、罰を与えてやる」

「──っ!? や、やめてください!」

「うるさい! 黙って言うことを聞け!」


 男は、抵抗する侍女を押さえつけ、しわくちゃになった服に手をかけた。


「いやっ! いやぁ!」

「うるさい!」


 それからしばらくして、部屋には、獣のように荒立った息と湿っぽい水音だけが残された。

 薄暗い部屋にぼんやりと浮かんだモニターには、十字架に縛り付けられた複数の男女が映っていた。

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