第5章 反動 -retributive justice-

第108話 prologue-01

 帝都の一画にある邸宅の地下。そこには、豪奢な服に身を包んだ男たちが集まっていた。

 おそらく、この光景を客観的に見るものがいたら、皆、奇異の年を覚えたであろう。集まった男たちは、みな、彼岸花の意匠が施されたマスクで顔をすっぽりと覆っていた。

 マスクにはいくつかの異なる絵柄が描かれ、その違いによって、互いの地位を判別し、この場での立ち位置を決めているようだった。

 人相を隠して集まった男たちは、思い思いにマスクの意匠に従った席に着き、上座の一つの席を空けて、無言のままに座していた。

 全員が着席し終えてから数分して、部屋のドアが開き、一人の男が入ってくる。年を食っているのか、その髪からは色が抜けていたが、吊り上がった眉と、その下の、黄玉トパーズの瞳に宿る鋭い眼光は、男が未だ、衰えていないことを示していた。

 男は唯一、マスクを付けていなかったが、そのことを責めるものはいない。当然だ。彼こそが、この場に集まった男たちの長であるのだから。

 男は、マスクの向こう側を見透かすような鋭い視線を、一人一人の参加者に向け、やがて一つうなずくと、自らも懐から取り出したマスクを付けた。一際、複雑に描かれた彼岸花の意匠もまた、彼の地位の高さを示すものであった。


「同志諸君、これより会議を始める」


 男が口火を切る。マスクの男たちは、無言でうなずいて答えた。


「知っての通り、3ヶ月前の事件以降、各地で反動勢力がその動きを強めている」


 男が重々しい口調で言った事件とは、3ヶ月前、ヴィクトール伯爵が、コロッセウムで闘技大会を開催していたオルレアン伯爵領を襲撃し、多数の貴族子弟が死亡。さらに、直後に革命団ネフ・ヴィジオンの襲撃を受けたヴィクトール伯爵領領都アガメムノンが陥落し、貴族領が革命団ネフ・ヴィジオンの勢力下に入った件のことである。

 3ヶ月の間に、貴族院の命を受けた数多くの貴族が騎士団を派遣したが、その全てが、双剣の円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ、〈ガウェイン〉と、双銃を操る黒いMCによって、壊滅に追い込まれ、結果としては多くの貴族が貴重な戦力を失った。

 功名心に逸った結果、ほとんどの貴族が単独で行動したのも、被害を大きくする原因であったが、革命団ネフ・ヴィジオンに人質を取られた南側のマレルシャン子爵と、復興と他貴族への補償に追われる北側のオルレアン伯爵の消極的な態度もあって、貴族側の足並みはまるで揃っていなかった。

 東西に隣接する貴族家の騎士団も壊滅し、貴族院内部ですらも、革命団ネフ・ヴィジオンの支配下に入ったヴィクトール領への侵攻には消極的なのが現状だ。

 その上、革命団ネフ・ヴィジオンの勝利に乗せられた反貴族団体の台頭を許し、多くの貴族が、自領に戻り統治体制の見直しを余儀なくされている。

 楽園エデンはまさに、未曾有の危機に晒されていると言えた。


「その規模は小さいが、革命という病は、徐々に感染し、その版図を広めている。この機に乗じて、己が権益の拡大を図ろうとする者もいるのは間違いないだろう」


 事実、革命団ネフ・ヴィジオンとの戦いは多くの貴族の戦力を減じさせた。団長を討たれた騎士団も少なくない。ヴィクトール伯爵の蛮行の後であるからか、表立って貴族同士が闘争するようなことはないが、騎士団の損失という隙に食らいつかんとする者たちは、確実に機を図っている。

 団員を集め、屈強かつ高潔な騎士団の一員にまで成長させるのは、に一年や二年では足りない。革命団ネフ・ヴィジオンと戦った多くの貴族は、数年間に渡って、その喉元を牙の前に晒すことになる。


「セレーネ公、エスメラルド公、フロイス伯、彼らも何か企んでいるとの情報もある。同志諸君も十分に注意を払ってもらいたい」


 男が言葉を切ると、下座の仮面の男たちが口々に意見を出し始めた。


「なればこそ、我々も動くべきではないのですか?」

「同志子爵の言う通りでは? セレーネ公やエスメラルド公の、まして、新参のフロイスなどの思い通りになるなど、屈辱の極みですぞ」

「幸い、血気に逸った愚か者ども者はともかく、同志の騎士団の多くは無傷。さらには、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズも複数機ある。打って出て勝てぬ相手ではあるまい」

「まして、我が同志、『焔槍』の〈パーシヴァル〉はまさに剛勇無双の騎士よ。『双剣』だの『竜の片翼』などと持ち上げられているだけの〈ガウェイン〉では対抗できますまい」

「叛逆者どもの首魁はあの忌々しいレジスタンスだ。あれさえ潰してしまえば、今の機運も収まるだろう」

「そうなれば、我ら、彼岸花の会の権勢も高まるというものですな」


 どれも、革命団ネフ・ヴィジオンを侮り、容易く御せる相手だと思っている。まったく、見識不足も甚だしい。

 ヴィクトール領に駐留しているのは、革命団ネフ・ヴィジオンの本隊で間違いないが、相変わらず、本拠地の位置については掴めていない。領都を奪い返したところで、革命団ネフ・ヴィジオンを潰せるわけではないのだ。

 そうやって侮っているからこそ、騎士団を次々と壊滅させられ、敵に塩を送るような結果に終わるのである。


「静粛に」


 男の静かな一言だけで、部屋が静まり返った。それは男がこの場の支配者であることをはっきりと示すものだった。


「同志諸君、君たちはこの場をなんと心得る?」


 その言葉に、下座の男たちはみな、背筋を正して押し黙った。


「同志諸君、敵はただのレジスタンスではない。我らに対抗する牙を備えた龍虎よ。獅子搏兎。獅子は兎の一匹を狩るにも全力を尽くすと聞く。龍虎を狩らんとするものが、その心構えを持たずしてなんとするか」


 男は、呆れたようにため息を吐いた。


「エスメラルドの小僧も、手を出して手痛い敗北を喫していると聞く。迂闊に手を出せば、食い千切られよう」

「しかし、あのような若造に──」

「同志伯爵。では君はその若造より上手くやれると言うのかね?」


 数年前、父から公爵の地位を受け継いだ若きエスメラルド公爵は切れ者だ。その手腕は父の辣腕には劣るだろうが、本物には違いない。

 それを知っているからだろう。口を挟んだ男も押し黙るしかできなかった。


「なぜ、小生がわざわざ同志諸君を集めたのか考えはしなかったのかね? 同志諸君。勘違いしているものもいるようだが、これは好機ではない。好機はこれから来るものよ。よろしいか? 動く時は小生自ら動く。同志諸君は、領地を鎮めることに注力するのだ。手を出そうなどと欲をかくでないぞ」


 仮面の男たちは、多少の疑問や不満はあるのだろう。曖昧にうなずいた。


「これは小生からの忠告だ。よいな?」


 それを閉会の合図と受け取ったのだろう。仮面の男たちは、足早に部屋を出て行く。


「まったく……」


 誰もいなくなった部屋で、ため息を吐く男に、闇の中から唐突に現れた影が答えた。


「御館様、黒子を放っておきましたゆえ、ご安心を」

「その程度で止まるなら、これほど愚かではなかろう」

「……やはり、それがしが出るべきと存じまする」

「ならぬ。今は機ではない。時に、同志円卓。君は〈ガウェイン〉をどう見る?」

「まだまだ未熟、と。されど、その技量、侮れぬものかと」

「ふむ……急いてはことを仕損じるという。静観すべきであろう。先鋒は若者に任せようではないか。だが、動きは見逃さぬようにな」

「御意」


 影から出てきた男が平伏して答え、闇の中へ消えると、男も仮面を外し、部屋から出て行った。

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