第98話 連鎖 -butterfly effect- 29

「あら、さすがに気付かれたようね」


 囲みを無理矢理突破した黒いMCのセンサーアイとカメラ越しに目が合ったルイーズはそうつぶやいた。

 指揮官機不在の部隊構成と、上空からの監視及び指揮による部隊運用という、騎士団の常識から外れた指揮系統は、確かに、敵の予測を超えていたのだろうが、団長機なり隊長機の存在を確認できなければ、少し頭が回れば推測できるだろう。

 しかし、もはや配置は終わっている。


「でも、一足遅かったわね。堕ちなさい、『双剣使い』」


 直後、黒いMCは前後双方に向けて思いっきり剣を振った。

 そして、戦場全体にけたたましい音が響いた。


「……いよいよ本格的に化け物じみて見えるのだけれど」


 ルイーズは、双剣のMCを確実に落とすために、秘密裏に先行していた団長機を含む精鋭部隊の一部を呼び戻し、二方向からの騎士弩ナイツバリスタによる狙撃させた。

 しかし、あの双剣使いは、高速で飛ぶ鋼鉄の矢を、二本の剣で防ぎきって見せた。完全に不意を突いたにも関わらず、だ。

 画面に映る黒い機体は、衝撃で二本の剣を砕かれ、後ろ手に回した腕の関節がへし折れているものの、健在だった。


「直接潰すしかないようね。エドワーズ、『双剣』を仕留めなさい。指揮は任せるわ」

『お嬢様の御心のままに』


 騎士団長であるエドワーズがそう答えると、眼下に展開していた〈ファルシオン〉が一気呵成に、丘から駆け下り、黒いMCへと襲いかかる。

 狙撃を凌いだのには驚かされたが、満身創痍のあの機体では、騎士団長を相手に生き残れまい。


「お嬢様」

「トウカ、どうしたの?」

「市街に展開中の〈ファルシオン〉との通信が途絶えました」


 〈ファルシオン〉は、4機残して来たはずだ。全員が小隊長クラスの腕を持っているそう簡単にやられはしないはずだ。事実、敵方の2機と遭遇したという報告を受けはしたが、対応できない範囲ではなかったはずだ。

 それはつまり、よほどの凄腕あいるか、さらなるMC戦力が存在するということ。敵は見えている8機だけではない可能性が高い。

 大隊に攻め込まれている状況でありながら、下策と言える戦力の逐次投入してくるとは、正直、予想外である。


「結局、あの二機にしてやられたというわけね」


 たった二機で、大隊規模の騎士団に大打撃を与えるだけの技量を持った騎士。その存在に対応すべく、戦力配置の予定を大きく変更せざるを得なくなったのは紛れもない事実であった。

 円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズと同様の単騎戦力。戦況を一変させるだけの力の持ち主。結果として、敵わなかったと思うと腹立たしい。

 円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズを持たない貴族家であるマレルシャン子爵家にとって、否、ルイーズ・マルグリット・ラ・マレルシャンにとって、部隊規模で円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズを確実に凌駕する騎士団を編成するのはある意味悲願であるのだから。

 本来あるはずのなかった敗北の可能性さえ、脳裏にちらついた。死神の鎌はいつだって、振り下ろされる寸前まで、その刃を見せないものだ。

 ルイーズはゆっくりと閉じていた目を開き、一言、


「トウカ、覚悟だけはしておきなさい」

「私の仕事はお嬢様に付いていくことですので。助けていただいたあの日より、私の覚悟は決まっております」

「ふふっ、うれしいこと言ってくれるじゃない。まあ、諦めたわけじゃないのだけれど」

「期待しております、お嬢様」

「任せなさい」


 いずれにせよ、まだ戦いは終わっていない。

 敗北が確定するその瞬間まで、諦める気は毛頭なかった。

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