第99話 連鎖 -butterfly effect- 30

「左腕部関節損傷、右腕部、脚部アクチュエータに異常……」


 赤か黄色に染まった機体ステータスを見て、ジンは舌打ちをこぼした。脆い。〈ガウェイン〉なら、などという贅沢は言わないが、〈ヴェンジェンス〉でももう少し耐えるはずだ。

 それはつまり、整備がなっていないか、用意された機体が粗悪品かのどちらか、あるいはその両方だ。

 そこそこ腕の立つ傭兵団であるらしいチェルノボグが最低限認める程度の整備はなされていたことを考えると、黒幕の用意したこの機体が粗悪品だった可能性は否定できない。むしろ高い。

 もっとも、部隊レベルでの戦闘を旨とする傭兵団に要求される整備のレベルと、全くの個人で乱戦を行う単騎戦力であるところのジンが求める機体の整備レベルは全く異なるのだが。

 まあ、それ以前に無茶な戦い方をしたのはジンである。機体のせいにはできない。おそらく、彼が目標とするシェリンドン・ローゼンクロイツやジェラルド・カルティエならば、この機体であっても、あえて無茶な戦い方をすることもなく──そもそも、ジンの思う無茶程度ならば、あの二人は無茶でもなんでもなく、普通にやってのけるに違いない──この騎士団を撃破するであろうから。

 鳴り響く警告音(アラート)。左右から新手のMC。拡大表示された機体は〈ファルシオン〉、そして、団長機である〈レギオニス〉。ただし、報告にあったコルベール男爵家のそれとは違い、メイスではなく、両刃の大剣のみを装備している。


「来たか」


 機体の状態は悪いが、そんなものは関係なかった。そう、すべて叩き斬るだけだ。

 ジンは自ら地面を蹴って団長機へと突っ込む。数的に不利な以上、囲まれるより先に頭を潰すしかないという判断である。

 そもそも、背後には落としていない〈エクエス〉が複数存在する。結局、敵の渦中で孤立しているという点には変わりないのだ。ならば少しでも同時に相手をする敵を減らした方が良い。

 今出せる最高速で突っ込み、そのまま弓なりに引き絞った腕から突きを放つ。

 しかし、さすがは騎士団長と言うべきか、大剣を横に倒し、突きを真っ向から受けて防いだ。


「ちっ……」


 舌打ちが溢れるが、当然、この程度で仕留められるとは思っていない。弾かれた剣を引き戻して斜めに斬り上げ、さらに、その勢いで半回転しながら剣を振るい、ついでとばかりに、盾になっている大剣に蹴りを入れて、跳躍、ブースターを蒸し、位置を調整しつつ、勢いを乗せて、剣を振り下ろす。

 対抗するように振り上げられた大剣と、ジンが振り下ろした剣がぶつかり、火花を散らした。

 重い。押し切れない。一瞬の停滞の後、反動を利用して空を蹴った〈ティエーニ〉が少し後退して着地し、〈レギオニス〉は、軽く剣を斬り払い、構え直す。


『本来なら叛逆者如きに名乗る名ではないが、その腕に免じて名乗ってやろう。我が名は、フェゴール・ド・エドワーズ。マレルシャン子爵家に仕える天馬騎士団の団長だ』

「…………」


 しばし無言で考え込むようにしていたジンは、視線入力で通信を全周波に切り替え、静かに問いかけた。


「……それだけか?」

『若いな。その若さでそれだけの力……惜しいな。実に惜しい』

「…………」

『まあいい。一騎討ちと洒落込ませてもらおう!』

「……無意味だな」


 ぼそっとジンはつぶやいた。ただし、それは、向かい合っている騎士団長、フェゴール・ド・エドワーズに対して告げた言葉ではなかった。

 自分自身に向けた言葉だった。なぜ、通信に応えるような真似をしたのだろうか。そこに何の益もないはずなのに。接触回線を用いた会話ではない。ジンは自ら、通信回線を開き、フェゴールの言葉に応えた。

 全くもって無意味で、不合理。いつもならば、そんな言葉に聞く耳を持たず、剣を振ったはずだ。

 何かを期待したのだろうか?

 では何を?


「……笑わせる」


 やるべきことは単純なのに、どうやらそれを見失っていたようだ。あの馬鹿みたいに真っ直ぐな男のせいだろう。誰もがそうあるわけもないのに、何を考えているのか。

 そう、やるべきことは一つ。

 ただ──

 ──殺せばいい


「──っ!」


 そんな思考が、ジンの脳裏で弾けた直後、〈ティエーニ〉の機体はその場から消えていた。幾度となく繰り返してきた神速の踏み込み。並の騎士ならば反応すらできぬほどの疾(はや)さ。

 しかし、〈レギオニス〉は容易く反応し、大剣の一振りでそれを払ってみせた。

 だがこれは初撃。ここから続く連撃への布石。

 剣が弾かれたベクトルに、機体各部のスラスターを瞬時に噴射して回転。勢いを乗せた回し蹴りを放つ。

 轟音が響き、当てた手応えを感じる。しかし、蹴りの威力は腕を使って器用に速度を殺されたことで、ほぼ打ち消されていた。

 振り切った足を振って慣性を乗せ、右手の剣を思いっきり叩きつける。ぎりぎりと鍔迫り合い、たび重なる負荷に耐えかねた騎士剣ナイツソードが半ばから砕ける。


『叶うなら万全の状態で戦いたかったぞ、若き反逆者よ』

「甘いな」


 ほとんど横倒しのような不自然な状態で空中に浮かぶ〈ティエーニ〉のコックピットでジンは失笑した。どうして、剣が砕けた程度で勝負が付いたと思うのか。どうにも騎士団員というのはお行儀が良すぎる。


「肩から先が動けば、それで十分だ」


 関節が砕け、実質的に機能を停止していた左腕を二本目の剣に代わって、〈レギオニス〉の頭部に叩き付ける。

 しかし──


「なっ……!?」


 機体の制御が乱れた。原因は右脚。

 振り切った脚部が、何らかの原因で引き千切れ、バランスを崩したのだ。

 衝撃で壊れるのは想定済みだったが、ここまで壊れるのは想定外だった。

 一瞬、用意された機体と、整備不足を罵りたくなったが、ジンはすぐに別の原因に気が付いた。

 目の前の騎士団長は、蹴りを剣で受けた際に、関節部に強い衝撃を加えることで、脚部にダメージを与えていたのだ。続く連撃に対応できるだけの余裕を残すために、最小限の動作で、相手を乱す種を仕込んでいたのだ。

 驚くべき技量だが、大半の円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズならば似たようなことをやってのけるだろうし、なにせ、酷使された機体だ。ただでさえ軋みを上げていたフレームを壊すのは容易だろう。

 千載一遇の機会を無意にしたことに舌打ちをこぼしながらも、制御を誤った機体を空中で立て直し、半ばから失われた脚を庇いながら着地する。


『さらばだ、若き騎士よ』


 そこに、大上段から大剣が振り下ろされる。その太刀筋にジンは見覚えがあった。

 一刀両断、紫電一閃、快刀乱麻の、まさに一撃必殺を期した一撃。そしてその太刀筋は、ジンの知るそれよりもさらに鋭い。

 先日のコロッセウムの試合で、あの貴族の男──ダルタニアン・ルヴル・レーヴェルが見せたあの一刀よりもさらに。

 おそらくは、ダルタニアンと同種の剣技の使い手。剣と盾の双方を装備していながら決め技を諸手に構えた一撃としている剣術は、やはり、多少は特殊であろう。

 しかし、逆にそれは、ジンにとっては一度受けた攻撃であり、幾度かその目で見た剣技である。たとえ、多少なりとも剣筋の質が勝っていようとも、そこに隔絶した差がないのならば、一度見た技はジン・ルクスハイトには通用しない。

 ジンは素早くへし折れた剣の柄で、大剣を横から叩き、剣の軌道を変える。裂帛の気合いを込めて繰り出された斬撃は、ジンの〈ティエーニ〉をわずかにそれて、舗装された街道の地面を深く抉った。


「散れ」


 大剣はその重さと大きさ故に取り回しが悪い。それだけ隙ができれば、十分だった。〈レギオニス〉が動くより先に、砕けた剣を突き出してコックピットを狙う──


『ふんっ!』


 しかし、ジンの剣が届くより早く、〈レギオニス〉はその膂力をもって、地面を抉った大剣をそのまま真横に振り回した。


「ちっ……」


 機体の現状を鑑みて、回避は不可能と判断したジンは、剣の向ける先を大剣へと変え、腕をクッション代わりに勢いを殺す。

 壁にぶつけた泥団子のように〈ティエーニ〉の腕がひしゃげ、凄まじい衝撃と共に、身体が浮く感触があった。

 振り抜かれた大剣によって、〈ティエーニ〉が宙へ打ち出されたのだ。

 一瞬の間の後、再び衝撃。

 額を切ったのか、流れた血が、目に入って視界を塞いだ。


「ぐっ……」

『いったぁー! って、ジン!? 大丈夫!?』


 接触回線から聞き覚えのある声が入ってくる。どうやら、大剣の一撃で吹き飛ばされた〈ティエーニ〉は、ティナの機体に直撃したらしい。

 心配そうなティナに、真っ赤になった機体ステータスを見て舌打ちを漏らしたジンは、いつもどおりの冷たい声音で返した。


「……俺は問題ない。機体は大破したが」


 実際、網膜投影システムは機能しているものの、カメラやセンサーは機能しておらず、まともに外の様子も把握できない。

 その上、強制解放のレバーも正しく動作しない。どうやら、コックピットハッチが歪んだらしい。

 閉鎖空間のコックピットに閉じ込められれば、それは高価な棺桶とさしたる差はない。


『〈レギオニス〉!? ってことは騎士団長!?』


 そんな中、ティナの慌てた声が聞こえる。視覚を奪われたジンにとっては、現状唯一外の状況を知り得る情報源であるが、そこから推測できる現状は最悪だった。

 まあ、吹き飛ばした敵のMCをそのままにしておくほど、甘い男が騎士団長などになれるわけもない。追撃があるのは当然であろう。


「おまえは退がれ」

『やっ、置いてったら死ぬからっ!』

「まとめて死ぬよりはマシだ」

『わたしは見捨てないもん!』


 拗ねたような言い草をするティナに、ジンは状況を忘れて呆れた。


「冗談を言っている場合か?」

『うっさいうっさいうっさい! 絶対助けるから! そんな似合わない気遣いすんな、バカ!』

「ちっ……」


 あくまで聞く気がないらしいティナをなんとかすべく機体を動かそうとするが、反応はない。操縦系はすでにイカれているようだ。

 その時、異音と共に、塞がれていたハッチが歪み、その衝撃で正常な機能を取り戻したのか、ハッチが強制解放される。


『ジン!』

「後ろだ、避けろ」


 開いたコックピットに手を差し出してくる〈ティエーニ〉が見える。しかし、同時に、ジンの真紅の瞳は、その背後に迫る〈レギオニス〉の姿も捉えていた。

 二機纏めて両断せんとする大上段の構え。斬撃が唐竹割りに繰り出される。

 慌てて反応したティナが機体を反転させようとするが、損傷しているせいか、いかにもその反応は鈍い。

 間に合わない──

 ジンは冷静にそう判断した。そして同時に、今コックピットから飛び降りても、結果は変わらないことも理解した。


「…………」


 時間がゆっくりと流れる感覚。目前に迫った死を凝視する。

 その時──


『主役に登場を待たずにパーティーを終わらせようなんて、無粋だろう?』


 耳慣れた声がふと、聞こえた。

 直後、はるか後方から飛んできた、騎士剣ナイツソードが、〈レギオニス〉を強襲し、〈レギオニス〉は、大剣を捻ってそれを受け止めた。

 そこに、一機のMCが駆け込んでくる。

 見覚えのある漆黒に染め上げられた装甲。

 それは、叛逆の意志を宿す革命の刃。

 〈アンビシャス〉。

 それは、革命団かれらがそう呼ぶ機体だった。


『是非、最後まで付き合って欲しいねぇ、騎士団長様。餓狼ボク円舞ワルツにさ』


 コックピットに座る少年──レナード、〈マーナガルム〉は、騎士団長にも怯まず、そう言ってのけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る