第91話 連鎖 -butterfly effect- 22

 あれからわずか数分の間に、昨日会った少年によって、ジンたちがヴィクトール領の革命団を探っていたということと、自分が場所を教えたという事実が暴露され──この時点で、短く切り揃えた白髪に厳しい顔つきをした件の『親父さん』であろう人物よって少年はゲンコツをもらっていた──その一方で、地下に全員がいたため、マレルシャン子爵令嬢による宣戦布告を聞いていなかったらしく、ジンが事情を説明すると、皆一様に驚いた顔をした。

 どうやら、連絡役は騒ぎに巻き込まれ、地下施設はMCの運用を考慮して防音性を高めていたのが仇になったらしい。

 ちなみに、ここまでの話し合いは、銃口を突きつけあったまま、ジンはスキンヘッドの腕を捻りあげたまま、ティナはゲートの陰からちょこんと顔を出したまま、で行われている。

 スキンヘッドの顔色がどんどん悪くなっているのだが、ジンは興味無さげであり、仲間であるはずの男たちも気にしている様子はなかった。全体的に他人に冷たい男たちである。

 黙って話を聞いていた男の一人が、ふとジンに尋ねる。血気盛んな雰囲気のある男たちと違い、ずいぶんと落ち着いた所作。地毛から白いのであろう髪はその態度と相まって、凪いだ雪面を思わせる。おそらくは男たちのリーダーだろう。

 しかし、口調は職業柄だろうか、いたって荒っぽいものだった。


「それで、アルカンシェルとか言ったな。テメェ、何が目的だ?」

「目的だと? 決まっている。マレルシャンの騎士団を潰す。ただそれだけだ」

「一個大隊規模の騎士団を相手にして勝てるつもりってか? 英雄気取りは感心しねェな、小僧」


 その言葉をジンは鼻で笑った。〈ガウェイン〉の性能もあったとはいえ、実際に一個大隊規模の騎士団を遁走させているジンに言う言葉ではない。

 それに、『太陽の騎士』を駆るジン・ルクスハイトは、掛け値なしにティナたち革命団ネフ・ヴィジオンにとっては英雄で希望なのだ。本人に言う気はないが。


「なるほど、あんたは、騎士団相手に突っ込む気はないわけだ。ならばMCを寄越せ。誰に雇われたかは知らないが──邪魔だ」


 ジンの気配が明確に切り替わる。対話路線をかなぐり捨て、相手を撃破してでも奪うという殺気を纏う。

 しかし──


「ははん……蛮勇ってわけじゃねェか……悪ィ悪ィ。この業界だと口先だけのバカなんてのはどこでもいるもんでよ」


 男の方はそんなジンの態度に、納得したようにうなずき、すぐに謝罪を口にした。あの殺気を受けてもクレバーでいられるというのは、まさしく厳しい戦場を渡り歩いてきた証だろう。


「改めて名乗るぜ。オレたちゃ傭兵団チェルノボグ。テメェの言う通り、雇われだ。先に言っとくが。雇い主は知らねェ。代理人エージェント越しの依頼だったもんでな。ついでに言うと、このMCも借り物だ。足りないもんはこっちで準備したがな」


 耳慣れない言語だが、ティナはその言葉を聞いたことがあった。そう、誰かが言っていた。確か、その意味は──


「死神……」

「おっと、お嬢ちゃんは知ってんのか。白銀の髪っつーことは、北方混じりだろ。誰かに聞いたか?」

「…………」


 ティナは答えなかった。黙り込んでしまったティナを見ても、白髪の男は、嫌われちまったもんだ、などと小さくつぶやき、


「チェルノボグ。北方じゃ、死神っつー意味だ。ってわけで、オレたちのことは北方出身の傭兵団だと理解してくれていいぜ」

「それで、お前が受けた依頼はなんだ?」

顧客クライアントの情報を話すのは流儀に反するんだがよ、今回は特別だ。オレたちの受けた依頼は、このMCを使って、ここにいる連中を含む革命団ネフ・ヴィジオンとやらを守り、その指示通りに動くことだ」

「……把握した」


 どうやら、黒幕の貴族は、この傭兵団すら使い捨てにするつもりだったらしい。いや、本来は、革命団のリーダーたる《テルミドール》の死によってその任務は幕を閉じる手はずだったのだろう。

 ジンたちによって狙撃が防がれなければ、それは必然的に訪れたであろう未来だ。


「ただし、楽園エデンの貴族との戦闘は可能な限り避けろ、とは言われたんだがよ」

「あれ? それはほとんどお飾りなんじゃないですか……?」


 今まで黙り込んでいた少年が思わずといった調子で口を挟んだ。貴族に敵対する組織が、貴族と戦わないことを前提としたらそれはお飾りだろう。なんの役にも立たない。


「死神が聞いて笑わせる」

「悪ィが、こいつはビジネスでね。オレたちの仕事は戦闘だが、戦争をしているつもりはねェんだ。主義主張なんざ必要ねェし、それに見合った見返りがあれば、オレたちは動く」


 しかし、ジンはその言い草を失笑をもって迎えた。傭兵団のスタンスがビジネスであるかどうかは大した問題ではない。依頼主クライアントである貴族が、邪魔と判断するかしないかが問題なのだ。

 現状、ヴィクトール領の革命団ネフ・ヴィジオンを完璧にすり潰すつもりであろう黒幕に、あえて傭兵団を見逃す理由があるだろうか。もちろん反語だ。


「くだらないな。すでに状況は手遅れだ。そんなこともわからないか? おまえたちに与えられた選択肢は二つだけだ。行儀よく依頼主クライアントに尻尾を振って、ご主人様に屠殺されるのを待つだけの駄犬になるか──」


 ジンは一度言葉を切り、その真紅の瞳に苛烈な激情を宿して言った。


「──俺たち革命団ネフ・ヴィジオンに協力し、その牙できぞくを食い殺すか、だ」

「くっくっくっ……テメェには鬼か龍か何かが似合いそうだ」

「やっ、むしろ狂犬だと思んだけど。名前は鷹だけど……」


 黙っていたティナが堪りかねたかのように、小さく突っ込んだが、黙殺した。


「どちらを選ぶ?」

「オレたちゃ、同じ獣でも、理性を保った獣でありたいって思ってんだよ。じゃねェと人間じゃねェ。それに、逃げるだけなら楽勝だぜ? これでも逃げ足に自信はある」

「……駄犬になる気はないらしいな」

「座して死を待つ気はねェよ。テメェもそうだろ。まあ、ビジネスとしては、信頼を損ねるっつーのは失敗だがよ」


 ジンは、我が意を得たりとばかりに口角を歪め、


「なら、おまえたちの好きなビジネスの話にしてやろう」

「なに?」

「俺とこいつにMCを寄越せ。見返りはおまえたちの生存と任務の完遂。どうだ?」

「なるほど……死神に取引を持ちかけるたぁな。魂は安売りするもんじゃねェよ」

「くだらない冗談はそこまでにしておけ」

「はっ、いいぜ、気に入った。テメェの提案、いや、依頼、受けてやる。オレたち二機のMCと6機の部隊を貸与する。見返りは、オレたちの生存と任務の完遂だ」


 聞いていたティナは、いつの間にか一つ条件が足されていることに気付き、首を傾げた。あえて自分に不利な条件を足した理由があるとは思えないのだが。


「いいだろう。妥当な線だ」

「え? いいの?」

「…………」


 ティナが思わず口を挟んだが、ジンは自然に黙殺した。聞く気がない時はとかく話を聞かない奴である。


「お嬢ちゃんよぉ。ビジネスっつっても、いや、ビジネスだからこそ舐められちゃいけねェ。やる時はやらねェとな。それに、可能な限り避けろ、としか言われてねェ」

「…………」


 後ろ暗い業界に住んでる人たちの思考はよく分からない。まあどちらにせよ、参戦する気概があるなら大歓迎だ。

 ジンが〈ガウェイン〉に乗っているならともかく、普通の機体では二人で、一個大隊の騎士団を撃破するのは不可能に近い。

 実際、コルベール男爵家の炎蛇騎士団に挑んだ革命団の勝利は非常に綱渡り的なものであったのだ。


「え、いや、ちょっと待ってくださいよ。アルカンシェルさんたちは納得いったのかもしれませんけど、こっちは全然ついていけません」

革命団おまえたちの出番は終わりだ。ここからは俺たちがカタをつける」

「いや、分かりませんって」

「いずれ分かる。おそらくな」


 少年に対しておざなりに答えたジンは、捻り上げていた腕をそこで初めて離した。

 スキンヘッドはゼエゼエ言いながらジンを睨みつけるが、当の本人はどこ吹く風だった。


「おう、お疲れさん」


 ──うわぁ……

 リーダーからの扱いも適当だった

 ティナはひっそりとスキンヘッドに同情しつつ、ゲートの陰から出た。


「テメェらは自分で調整できんのか? ちっといじっちまってるんだが」

「問題ない」

「大丈夫ですよ。いつも自分でやってますから」

「んじゃ、あそこの二機使え。装備はあっちの好きなもん持ってけ。アリョーシャ、ジャック、テメェらは留守番だ」


 ジンたちに短く指示を出した男は、声を張り上げ、仲間たちにそう命じた。待機を命じられた二人はただ肯定を返したいだけだった。上下関係ははっきりしているらしい。


「おっと、名乗り忘れてたな。オレは、シェパード。そう呼んでくれ」

「《フリズスヴェルク》だ」

「《フェンリル》です。よろしくお願いしますねー」

「おいおい、そこでコードネーム名乗るったぁいい度胸じゃねェか」

「お前もそうだろう?」

「ははっ、違ェねェ」

「依頼は果たす。それで納得しろ」


 そう言って、状況を掴めていないのであろう革命団のメンバーたちを無視して、ジンとティナは整備用のタラップを駆け上がり、コックピットを開いて、機体へ飛び乗る。


「搭乗者設定解除、新規搭乗者を設定──認識。レバーフィードバックをプラス3度で調整──正常動作を確認。CPG制御パターンを更新──完了。脳波パターンから、先行擬似思考を新規構築──完了」


 ジンはシステムを自分用に調整し終えると、次に機体をチェックし始める。


「搭乗者認識──クリア。コックピット環境及び機体ステータス正常。レバーフィードバックは正常動作、バッテリー残量安全域、ジェネレーター出力安定を確認。戦術データリンク、網膜投影アクティベート。システムオールグリーン。通常モードで起動」

『そっちは終わった?』


 ジンが設定と確認を終え、機体を立ち上げ、リンクを確保すると同時に、聴き慣れた少女の声が響いた。

 ジンより早く終わったらしい。無駄にいい手際だ。


「ああ」

『おっけい。ってか、この機体なんなのかな? 〈エクエス〉にはちょっと見えないけど』


 確かに、現行の量産機である〈エクエス〉や〈ファルシオン〉とは少々似つかぬ外見をしている。強いて言えば、革命団ネフ・ヴィジオンの〈ヴェンジェンス〉に近いかもしれない。


「さあな」

『むうー、ちょっとは考えたらいいのに……』

「興味もない」

『えー、命預けてるんだし、機体名くらい覚えててもいいじゃない』

『お嬢ちゃんの言う通りだぜ? パイロットはゲンを担ぐもんだ』


 いつの間にかMCに乗り込んでいたらしいシェパードが口を挟んだ。


『ちなみに、オレたちは〈ティエーニ〉って呼んでるぜ』

『じゃあ、わたしもそう呼びます』

『おう、そうしてくれ。わかりやすくていいからよぉ。で、指揮はどうする?』


 そこで、シェパードはふと固い口調になってジンに尋ねた。もっとも、そんな質問答えるまでもないのだが。


「指揮はお前が取れ。ただし、俺たちは先行して好きにやらせてもらう」


 もとより指揮系統の違う騎士が臨時で共闘しているのだ。そこを入り混ぜて指揮を混乱させるのは得策ではない。

 そして何より、ジンとティナは単騎戦力特化型の人間だ。部隊に組み込まれてもろくなことにはならない。


『了解だ』

「出撃する。ゲートを開け」

『おっしゃあ、お前ら、出るぞ!』


 おう、という叫びが傭兵たちから返る。

 ジンは、送信をティナの機体だけに限定すると、


「先手を打つ、いいな?」

『おっけい』


 ティナが肯定を返したのを聞き、タラップが引き上げられたのを確認すると、ジンは二本の騎士剣ナイツソードを手に取る。同様に、ティナも騎士散銃ナイツマスケット騎士剣ナイツソードを装備した。

 同時に、格納庫の天井の一部が、屋内に倒れるようにして開き、地上への道が開かれる。


「作戦開始、マレルシャンの天馬騎士団を排除する」

『りょーかい!』


 戦力比は8対36。

 そんな戦場へと自ら飛び込んだ二機のMC。

 それが絶望的な防衛戦の始まりを告げる鐘の音だった。

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