第92話 連鎖 -butterfly effect- 23

 それは唐突に現れた。

 街道を進み、陣の構築を終え、本格的に進行を開始する直前、それは姿を現した。

 その装甲を漆黒に染めた二機のMC。

 街道を疾走する二機を見下ろし、少女──ルイーズ・マルグリット・ラ・マレルシャンはさすがに驚きを隠せなかった。

 側面からの奇襲を警戒して、森を抜けた段階で陣を組んだのだが、まさか、真っ向から突っ込んでくるとは思わなかった。

 そう、一個大隊36機を前に、わずか二機で突っ込んでくるなど。正直、正気とは思えない。

 まして、走行による高速移動で、正面から距離を詰めてくるなど。それでは目立って仕方ないし、射撃の的だ。

 そしてなにより、走る、という動作によってかかるMCへの負荷は大きい。戦闘機動であるならともかく、移動のために走るというのは、非効率的だ。

 とはいえ、敵がどんなものであれ、撃破するのが彼女の仕事だ。

 ルイーズは一言、頭に被ったヘッドセットのマイクに向かって命じた。


「敵を確認したわ。相手は二機。正面よ、騎士弩ナイツバリスタ隊、迎撃開始。座標はこちらから送るわ」

『了解しました、お嬢様』


  答えが返ってくると同時に、騎士弩ナイツバリスタが火を吹き、ルイーズの乗るヘリから常に送信される座標データをもとに、次々と矢が打ち出される。

 騎士弩ナイツバリスタは、騎士散銃ナイツマスケット同様、MCの在り方を損ねないように開発されたMC用の射撃兵器だ。

 その形状はバリスタの名の通り、大型の弓であり、背中に背負うようにして保持されている。使用の際には、背中に背負った弓を頭越しに展開し、MCの両手で装填及び射撃を行うものだ。

 弾丸は、騎士槍ナイツランスの穂先とも言えるものを使用し、直撃した際の威力は、純粋な質量弾であることもあり、MCを一撃で撃破するには十分なものである。

 とはいえ、固定装備でありMCのペイロードの大半を使うことや、使用中の機動力が著しく損なわれること、単騎で運用しても効果が薄いことなどが原因で運用が難しく、多くの騎士団で採用が見送られているのが現状だった。

 しかし、一斉射撃の密度と火力は並のものではなく、そして何より、矢を放つ関係上、騎士散銃ナイツマスケットとは異なり、曲射が可能である点が大きい。位置座標だけ確保できれば、前方に部隊を展開しつつ、安全地帯から一方的な射撃を行える。それは他の射撃兵器にはない強みと言えた。

 つまり、距離さえあれば、一方的な殲滅すら可能な性能を持っているのである。

 しかし──

 二機のMCは速度を一切緩めることなく、矢の驟雨を全て回避し、そのまま展開して騎士団へとぐんぐんと距離を詰めてきている。


「あら、侮ってはいけない相手らしいわね」


 ルイーズはそう溢し、厳しい表情でカメラの映像を見つめ、


「ファランクス隊、警戒を厳になさい。騎士弩ナイツバリスタ隊は、抜剣の準備よ」


 そう、命じた。その瞳には揺るぎない知性を帯びた翡翠の輝きが宿っていた。

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