第90話 連鎖 -butterfly effect- 21

「もう、ジンってばいきなり勝手なことしないでよね!」

「意味はある。邪魔されないための保険だ」

「やっ、そういう問題じゃないからっ!」

「うるさい」


 あくまで不満げなティナだが、ジンの態度には、そのことをまったく気に留めている様子はなかった。

 いつものことといえばそうなのだが、どうも釈然としない。ティナが問題視している行動は、偽物の《テルミドール》に対し、革命団ネフ・ヴィジオンの名で宣戦布告したことなのだが、ジンが革命団ネフ・ヴィジオンの、ひいては《テルミドール》の弁護をするような言い方をするのは珍しい。

 何か思うところがあるのだろうか。いつものジンならば、絶対にあの場面で《テルミドール》を見つけたからといって、あのようなことは言わなかっただろう。

 そんな疑念があるからだろうか。ジンのそっけない言い草も、何かを誤魔化しているように感じてしまうのだ。

 しかし、ティナが問い詰めるよりも早く、二人は向かっていた場所に着いてしまう。喋りながらも走る足は止めていなかったのである。

 もちろん、向かっている場所はただ一つだった。昨日、位置を把握したMC格納庫。彼らには剣が必要だった。

 昨日、それぞれの探索を終えたジンたちは、ファレルとカエデが長距離通信施設に侵入し、敵方の隠密と接触したこと、長距離通信施設が破壊されていたこと、そして、同時に、施設を使って誰かがどこかに通信を行っていたことを知った。

 どうやらその人物こそ、セレナをベッド送りにした隠密だったらしいのだが、ファレルも片腕を持っていかれ、昨日の時点で、実質的な戦力はジンとティナしかいなくなってしまっていた。

 結果、MCを奪って戦力を確保するというのが、現地のわずか5名の革命団ネフ・ヴィジオンにとって取れる最善の策ということになったのだが、まさにそのタイミングで、マレルシャン子爵家の宣戦布告を受け、泡を食って、MCの確保に乗り出したのである。

 残念ながら、バックに黒幕の雇い主がいるであろう革命団のMC部隊は信用に値しなかったし、何より、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズともやり合えるジンクラスの騎士がそうそういるとも思えない。

 一個大隊規模となれば、わずか数機のMCでは、食い止められるほど甘い戦力ではない。それこそ、『革命団ネフ・ヴィジオンの二刀使い』の異名を取るジン・ルクスハイトや、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ、革命団の騎士のような規格外な単騎戦力がいなければ。


「さてっと、作戦は?」

「シンプルにMCに乗り込んで奪う。途中、邪魔する者は殺してもいいが、不必要に殺す理由もない」

「おっけい。でも大丈夫かな? ファレルとか置きっぱなしにしてきたけど。革命団狩りに巻き込まれない?」


 ティナとジンは混乱の中を、大通りから、屋根の上や建物の隙間などのとうてい道とは言えないようなルートを通って、時に人混みに紛れ、時に人混みを避けながらノンストップでここまで来たのだが、負傷者を抱えるファレルたちはそうもいくまい。

 一時的に拠点としている廃屋に立て籠もっていたりはしないだろうが、片腕の動かないファレルと、ふらふらのセレナ、それを支える唯一の健常者が、身体能力の高さでは下から数えたほうが早いカエデという構成だ。不安にもなるというものである。


「さあな。だがあいつらは馬鹿じゃない。それに──」


 ジンは一度言葉を切ると、奪った銃を片手に、昨日聞き出した地下の格納庫へ繋がるドアに手をかけた。軽く動かして鍵がかかっていないことを確認する。


「俺たちが騎士団を潰せば、あいつらの生存率も高まる。作戦開始、行くぞ、《フェンリル》」


 こくりと無言でうなずいてティナが答えると同時に、ジンがドアを蹴破り、その向こう側へ飛び出す。ティナもライフルを片手にそれに続く。

 階段を足音を可能な限り潜めながら駆け下り、廊下の突き当たりのゲートまで一気に駆け抜ける。


「ここか」

「ゲート守るくらいしたらいいのに……」

「一応、生体認証があるがな。どこかの商会が貸し出していたらしい」


 ジンはゲートロックの制御装置を見ながら言った。どうやら、そこに、なにがし商会という記述を見つけたようだ。


「いけるか、《フェンリル》?」


 ティナはジンに代わって制御装置を覗き込み、タッチパネルを幾度か操作して、ゲートのシステムを、稼動状態から整備用のものに切り替える。業者側が不慮の事故を防ぐために作ったバックドアを利用したのだ。

 生体認証とはいえ、旧式のゲートである。そのシステムのセキュリティはいたって脆い。最新型ならこうはいかなかっただろうが──だからこそ、〈ガウェイン〉奪取の際は、隠密部が入念な調査を行ってカードキーを複製した──所詮は旧型。革命団ネフ・ヴィジオンでも、家でも、そういった技術を学んでいたティナとっては、児戯にも等しい。


「おっけい。いつでも開けれる」

「カウント開始。3、2、1」


 カウント終了と同時に、ティナがタッチパネルを叩き、ゲートが開き始めると同時に、まずジンがゲートぼ向こう側へ消える。ティナは、ゲートが開き切ってから突っ込む手はずだった。

 しかし、飛び出したジンを迎えたのは、銃口だった。ジンは反射のみでその銃口の先から身を逸らしながら蹴りを打ち込み、誰かの手に握られた銃を弾き飛ばす。

 そして、さらに、弾かれて無防備になった誰かの腕を掴みとり、捻り上げてから自分の盾になるような位置に持って行き、後ろに飛び退く。


「…………」


 無言で警戒を続けるジンに、腑抜けた声が聞こえた。


「あれ? アルカンシェルさん?」


 それはつい先日聞いたばかりの少年の声だった。ジンが腕を捻り上げているのは、三十路に見えるスキンヘッドの男で、銃を向けているのは、この男を含め、三人だったらしい。


「…………」


 お互いに睨み合う形になった男たちとジンは終始無言だった。といっても、ジンに腕を捻られているスキンヘッドは相当な痛みなのか、脂汗を流していたが。

 その時、後ろから部屋を覗き込むように、ちらりと顔を出したティナが、こてんと首をかしげながらつぶやいた。


「えーっと、どういう状況?」

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