第83話 連鎖 -butterfly effect- 14

「いよいよ本格的にきな臭くなってきやがった……」

「いや、最初からきな臭かった、というか現在進行形で血生臭いよね? むしろ、危険な雰囲気しかなかったよね?」

「うるせーよ」

「いいや、言わせてもらうね! 人を死地に投げ捨てておいて、その態度は許せないんだよ、さすがに!」


 カエデは憤懣やるかたない様子で言うが、その怒りの矛先にあるファレルと言えば、煩わしそうに顔をしかめただけであった。

 とはいえ、施設への侵入に際して、カエデを屋根の上から投擲し、自分は後から普通に飛び越えた、というのは紛れもない事実である。


「だいたい、なんで投げたんだよ! 僕が普通に飛び越えればいいだけの話じゃないか」

「うるせーな、単純に、戦友が電気ショックで爆散するのが忍びなかっただけだっつーの」

「僕の運動神経の見積もりが低すぎやしないかな?」

「後は……日頃の恨みだな」


 ぼそりと付け加えたファレルの言葉を、耳ざといカエデは聞き逃さなかった。


「うわっ、そんなに悪いことしてるイメージなんだ、僕って」

「昨日のこと忘れたとは言わせねーぞ」

「……ははっ、嫌だなぁ、ウェットなジョークじゃないか」

「緊張感ねーな、おまえ……」


 白々しい笑みを浮かべるカエデに、ファレルはため息と共に呆れを吐き出した。

 外見だけ見れば、破壊された様子はなかったものの、ファレルは施設内に侵入する際、入り口の電子ロックが破壊され、施設の電源が落とされていたのを見て、考え方を即座に改めた。

 おそらくだが、この施設はすでに破壊されている。そして、その予想を裏付けるように、廊下や各部屋には、ここの職員と思われる人間の死体がいくつも転がっていた。

 どの死体も喉笛を一撃で切り裂かれて死んでいる。そのやり方から見るに、侵入者は、偽物の革命団ネフ・ヴィジオンではない。ほぼ確実に、もう一方のクチだ。

 セレナを一方的に撃破したことといい、相手の隠密部隊は相当な腕前を持っている。不用意に接近するのは得策ではない。

 だからこそ、ファレルは声を潜め、警戒を絶やしていないのだが、カエデにはそういった緊張感や恐怖とは無縁であるらしい。

 羨ましい限りだが、確実に対人部隊や隠密部隊にはなれないだろう。ファレルは早くも連れてきたことを後悔し始めていた。

 警戒しながらドアを開け、切られていた電気に代わって、ハンドライトで照らす。部屋の隅々まで確認してから、部屋に入ると、そこは複数のモニターがある場所だった。

 本来はカメラの情報を元に、監視を行うモニター室なのだろうが、モニターは容赦なく破壊され、当時監視を担当していたであろう者達の物言わぬ遺骸だけが残されている。


「ここも完全に破壊されてるね。しかも全員殺すって言うんだから徹底してる」

「まったく、どうなってやがる。ここまできたらほとんど殺戮だ。何の意味があるっていうんだ?」


 そういうファレルの言葉の端々からは、口には出さないが、怒りが感じられた。たとえ、反体制組織の所属であろうと、殺しが好きなわけではない。

 無意味で無作為な殺戮は、メンバーの一個人の感情としてみても、革命団ネフ・ヴィジオンの後々を考えても避けるべきことである。


「さあね? まあ、証拠を残したくはないんだろうね」

「何の証拠がここにあるっていうんだ?」

「知らないよ。でも、通信施設を潰したいだけにしてはやり過ぎだよね」

「まあな。ここまでの部屋が全部似たようなもんだったっつーことは、他も同じだろうな。下手人は逃げたと思うか?」

「僕なら迷わず逃げるね。なんたって、高圧電流を張り巡らせて、職員全員を虐殺してでも隠したい証拠だよ? だらだら残ってたら意味がない」

「だよな……」


 実際、残された亡骸も、一日二日は経っている様子である。なにか目的があったにせよ、それは達せられたと考えるべきだろう。

 しかし、ファレルはそう頭では理解していても、本能的、直感的な部分でそれを否定したがっていた。首筋をチリチリと焼くような感覚。明確に標的ターゲットされたわけでもないのに感じるそれは、間違いなく殺気だ。


「どうする? このまま部屋を見て回ったところで、気分が悪化するだけなような気がするけど」

「そうだな……施設の機能も停止してるようだし、死体を見て喜ぶ趣味もねーしな。最後に、通信室だけ見に行って終わりにすっか」

「結局、見に行くんだね……」


 腐臭と血臭の混じり合った臭気と、赤黒い血溜まりに沈む死体という光景を、ドアを開けるたびに見せられていては、カエデでなくても辟易するだろうが、この施設は主要目的は長距離通信であり、そこが生きているか死んでいるかくらいは、絶対に確認すべきことである。

 そこを妥協して後で面倒なことになっては目も当てられない。もっとも、すでに目も当てられないような事態になっている可能性はゼロではないのだが。


「仕方ねーだろ。あそこ見に行かずに帰ったら来た意味がねーだろうが」

「でもさー」


 不満そうに食い下がるカエデの気持ちは良く分かるが、仕事は仕事である。


「うるせー、文句は後で聞いてやる」

「それ、実質聞かないのと同義だよね?」

「当たり前だろ」

「うわぁ……開き直っちゃったよ……」


 若干引き気味のカエデを無視し、ファレルはさっさと部屋を出て行く。この張り詰めた雰囲気を感じ取れない能天気野郎には何を言っても無駄だろう。


「おやおや、貴族サマの私有地には勝手に入るもんじゃないよ」


 そんな声が、闇の中から、どこからともなく聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る