第49話 騎士 -oath of sword- 10

「で? どうするんだい? アタイはいつでも動けるんだよ」

「今はまだ時じゃない。言ったはずだ」


 森の一角に紛れるように彼らはいた。一人は女。フード付きのマントを目深に被り、人相を隠している。だが、フードの影から覗く、赤い唇は妖艶に、あるいは蠱惑的に、フードの人物が女であることを主張していた。

 もう一人は、年若い青年。身に纏うのは簡素な騎士服であるが、その身体からは高貴な者だけが持つ、一種の覇気が滲み出ていた。非常に整った、彫刻のような顔立ちで、何よりも特徴的なのはその瞳だった。その輝きは、まさに翠玉エメラルドの如く透き通った翠。鋭い眼光には理知的な光を宿している。


「面倒臭いねえ。さっさと片付けちまえばいいだろうに」

「重要なのはタイミングだ。奴の首を確実に落とすために慎重を期している。それを理解できない君ではないはずだ」

「へっ……つっても、配置はすでに終わってんだろ。ちょっとは腹心の部下って奴を信用したらどうだい」


 青年はやれやれという風に、ため息を吐いて両手を広げて肩をすくめた。男の所作は仰々しいものではない。だが、その様子はまるで舞台俳優のようにさえ見えた。


「信用の問題じゃない。今必要なのは確実な結果だ。でなければ意味がない」

「また対抗心燃やしてんのかい? アンタ、あの男に敵うような器かねえ」

「……ただ従うだけというのも気に食わないだけだ」

「おーおー、相変わらずだねえ、アタイのご主人様は」

「うるさいぞ」

「へっ」


 わずかに声のトーンを上げた青年に対し、フードの女は、バカにしたように笑って、それを受け流した。


「まあいい。それで、奴らの情報はどうだ?」

「探らせてはいるけどねえ、結果は芳しくないさね」

「ヴィクトールと連中の繋がりがイマイチ見えてこないんだねえ、これが」

「なるほど。トカゲの尻尾切りは同じというわけか?」


 苦笑を浮かべる青年。押し隠してはいるが、その声音には少々の失望が込められていた。

 結局は、彼らも同じ穴のムジナ。掲げる理想の崇高さと反して、そこにはやはり、後ろ暗い企みが存在する。もっとも、組織的腐敗がない分、彼らの方が幾分かましかもしれないが。だが、それも組織が小さいが故のこと。肥大化すれば、相応の膿が表出することだろう。


理想家ロマンチストなんてろくなもんじゃないよ」

「…………」


 青年は答えなかった。しかし、その顔はわずかにしかめられている。見透かされたことが不快だったのだろうか。


「まあいいさ。アタイはアンタの下僕さね。アンタが、愚者ロマンチストでも付き合うだけだからね」

「……さて、どうだろうな」


 青年はフードの女から顔を背けると、遠い空を眺めるようにして、小さく呟いた。

 しかしその直後、すうっと目を細め、真剣な表情を浮かべる。冷徹な支配者の目。翠玉(エメラルド)の瞳が凍えた輝きを放つ。


「予定航路外のヘリ……?」

「なんだい?」

「この時間にここを通る予定の輸送機はなかった。これは間違いない。ヴィクトールの動きに呼応した連中か?」


 そう言う間に、ヘリは空中で静止し、そこから一つの影が飛び降りる。


「あれは……ふふっ、面白くなってきたじゃないかい!」

「どこへ行くつもりだ?」

「今の奴はアタイに任せときな! 連中の狙いもヴィクトールの屋敷さね。アンタは後から来るんだよ!」

「おい、待て!」


 青年の静止も聞かず、フードの女は、森の暗闇に溶けて消えた。

 そして、止まっていたヘリも、森の上から飛び去っていく。おそらく、行き先はオルレアン領。

 ここはヴィクトール伯爵本家の屋敷に近い森の中だ。彼らは、そこに誰かを降下させた。

 今のタイミングでヴィクトール伯爵に対して動きを見せる必要がある者は、独断で動いた青年達を除けばいないはずである。

 しかし、彼らは動いた。つまり、動くだけの理由があるということ。このタイミングで動く意味がある者は──


「なるほど」


 青年の口から、納得したという風なつぶやきが漏れた。

 動いたのは奴ら・・だ。まず間違いないだろう。それはつまり、奴らは、ヴィクトール伯爵に干渉する必要があると同時に、オルレアン領にも用があることを示している。


「くっくっくっ……」


 喉を鳴らした青年は、通信機を手に取ると、どこかに連絡を取り始めた。いくつかの指示を出すと、通信を切り、黒い笑みを浮かべた。


「さあ、ネズミに極上の首輪のプレゼントを送るとしよう」


 嗤う青年の、翠玉エメラルドの瞳が妖しく揺らめいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る