第48話 騎士 -oath of sword- 09

 作戦開始から数時間。ティナを含む、革命団ネフ・ヴィジオンのメンバーはようやく、所属を偽装したヘリに乗り換え、空路でオルレアン伯爵領に向かっていた。

 メンバーは、騎士パイロット狙撃手スナイパーのティナ、ヘリパイロット担当のカエデ、直接戦闘部隊所属のファレル、そして、《メスィドール》直轄の隠密部隊所属のセレナの四人。

 正直、いつも通りのメンバーである。拠点にいつでもいる作戦メンバーがティナを含め少数しかいないのが原因なのだが。特にティナのように、マルチな能力を持つ人材や、カエデのような運び屋は数が少ない。そして、ファレルのような対人制圧部隊は元から数が少ない。

 結果として、拠点にいるメンバーを集めても大した人数にならないのである。


「ってか、また四人って相変わらず《メスィドール》は無茶振りだよねー」

「……少数任務」

「いや、バレても困るっていうのはわかるんだけど。それにしたってわたしたちを酷使し過ぎじゃない? って話」

「……暇人」

「ひ、暇じゃないもん……!」


 拗ねたように頬を膨らませ、そっぽを向くティナ。その様子を、セレナは無表情の見守っている。この二人は、拠点にいることが比較的多い女性同士であるためか、仲が良いのだ。もっとも、互いの領分の関係上、多くの場合入れ違いになっているが。

 そんな女子二人がはしゃぐのを見ていたファレルは、背を預けたシートに座る少年に、ふと湧いた疑問を投げかけた。


「なあ、カエデ」

「何かな?」

「なんであれで会話成立してるかわかるか?」

「僕に聞かないで欲しいよ」

「だよな」


 まあ、本人同士が納得しているのなら、互いのコミュニケーションはとれているのだろうが。

 しかし、作戦中でありながら、まったく緊張感がなかった。まあ、いつものことなのだが。


「で、どうする?」

「どうするって何を?」

「おれたちのミッションはジンの回収だが、どう動くか決めてないだろう」

「ああ、それね」


 カエデは得心したという風に、パイロットシートに座ったままうなずいてみせるが、その返事は気のないものだった。


「良いんじゃない? いつも通り、ぶっつけ本番で」

「まあ、おれたちが集まって作戦通りに行った試しはないが……」


 前回の〈ガウェイン〉奪取作戦といい、彼らの作戦は、大概不確定要素がはしゃぎ回ってまともに作戦通りに進行することはない。とはいえ、堂々と動き出した以上、貴族側に対処されるのは想定済みではある。


「まあ、気楽に行けばいいよ。ヴィクトール伯爵がどういう動きをしてくるかもわからないからね」

「気楽か……」


 ファレルの視線の先には、無表情でザクザクと言葉の槍でティナを串刺しにするセレナと、うーっと唸りながらも、満更でもなさげなティナの姿だった。仲が良いのは別にいいのだが、少々気が抜けすぎやしないだろうか。

 とはいえ、今朝の苔でも生やしてそうなティナの様子に比べると、元気そうである、セレナのおかげなのかは知らないが、ファレルとしては、面倒が少なくて助かる。


「……言い忘れてたけど」

「うう……う?」

「……わたしはヴィクトール伯爵領で降りる」

「そうなの?」

「……ん」

「別任務?」

「……ん」

「へー、なになにー?」

「……機密厳守」

「えー、ちょとくらいいいでしょー」


 ティナがゆさゆさと、黒づくめのセレナの肩を揺らす。しかし、言う気は無いらしく、無言のまま、されるがままになっていた。


「だ、そうだが?」

「問題ないよ。最初から通るルートだし、到着予定時刻もそう変わらないね」

「じゃあ、大丈夫か」

「僕としては、それよりもジンが気になるんだけどね」

「ジンがどうかしたのか?」

「まあね……」


 カエデは思わせぶりなことを言っただけで、そのまま口を閉ざした。ファレルはやれやれと肩をすくめると、助手席に座り目を閉じる。


「悪いが少し眠らせてもらうぜ。あまり寝ていなくてな」

「了解。目的地に着いたら起こすよ。不測の事態の時は置いて逃げるけど」

「……おまえも大概情がないよな」


 ファレルが呆れたという思いを込めて見やると、カエデは引きつった笑みを浮かべる。


「嫌だなぁ、冗談に決まってるじゃないか」

「だといいがな」

「うわっ、信頼ないね、僕」

「おまえはまずやることが保身に見えるからな」

「あえて、否定しないよ」

「……やれやれ」


 ファレルはそう言って今度こそ寝ることに意識を向けるが、次の瞬間には、カエデに叩き起こされる。


「なんだよ?」

「不測の事態ってやつだね」


 カエデが指差したのはレーダーだった。そこには集まって移動する光点フリップが映っていた。


「何がおかしい?」

「あのね、空輸は本来は厳密なタイムスケジュールで動いてるんだよ? 僕らは多用してるけど、偽装に偽装を重ねて、正規のタイムスケジュールの裏に僕らの航路を隠してるからなんだ」


 ヘリで行われる空輸は、境界線を容易く超える。これは、空からであれば、検問なしに、領を超えて、あらゆるものを運び込めるということだ。事実、革命団ネフ・ヴィジオンはそれを利用して、幾度となくMCを輸送している。

 しかし、その隠密性と機動性故に、本来は貴族の厳密な管理のもとに運用されている。そして、そのスケジュール外にある輸送機は多くの場合、違法性のある飛行である。


「つまり、そのスケジュールにはこんな大規模な飛行はなかったってことか?」

「そういうことだね。どうする? このままだとかち合うけど」

「避けるべきだろうな。だが、どこへ向かっているんだ?」

「方向的には僕らと被ってるけど、オルレアン領かな?」

「となると、ヴィクトールの不審な動きとやらの一環か?」

「もしその話が本当なら、可能性は高いね」

「ちっ……作戦通りって言葉、一度言ってみたいぜ」

「同意するよ」


 ファレルは予定を変更することを決定する。相手と直接接触してしまうことはもちろんだが、スケジュールを隠れ蓑に、本来ない輸送予定をでっち上げ、割り込んでいるのはこちらも同じだ。不用意な報告をしてバレるのもまずい。


「迂回ルートを通って、オルレアン領に入る方法はあるか?」

「あるけど、これだと、ヴィクトール領を掠めるだけになる」


 カエデは備え付けのモニターに地図と航路を表示する。確かに、言葉通り、この航路だと目の前の集団は避けられるが、目的地であるヴィクトール領の中心地を通らないことになる。

 しかし、決して中心地から遠いわけではない。徒歩でも数時間以内に到達できる距離だ。

 話を聞き付けたティナ達もそれを覗き込み思案している様子だったが、セレナがぼそりと零した。


「……問題ない」

「本当か?」

「……ここで降ろして」


 指差したのは思いっきり森の只中である。隠密だとは聞いているが、これはちょっと……まあ、なんというか問題だと思うのだが。


「いや、これは……」

「……都合がいい」


 どうやら本気らしい。本人がその方がいいと言っているなら、あえて止める理由はないのだが、ファレルは表情を歪めた。

 相変わらず、現場の判断で一発勝負。本当にろくな作戦がない。


「わかった。だが、どうやって降りる? 着陸はできないぞ?」

「……そこは任せて」


 いや、なぜそこで胸を張るのかがわからない。


「一応、パラシュートなかったっけ?」

「……ん、大丈夫」


 ティナがパラシュートを提案するが、森に降りるなら逆に危険だろう。とはいえ、時間もない。無駄に航路を伸ばせば、燃料切れで落下コースだし、このまま待っていても、面倒が大きくなるだけだ。

 あの集団がヴィクトールの手の者なら先手を打たなければ、巻き込まれるのは必至だ。


「仕方ない。迂回ルートを使ってオルレアンに入る。ヴィクトール領上空でセレナは降下。これでいいな?」

「了解だよ」

「……任務了解」

「うん、了解」


 ぐんと身体が押さえつけられる感触と共に、ヘリが旋回し、向かう方角を変える。レーダーに映る点は着実に離れていく。


「そういえば、なんで気付かれなかったの?」

「気付かれてるだろうけど、民間機の識別信号出してるからね。撃つわけにもいかないんだよ」

「ふーん、追ってきたら叩き落としてあげようと思ってたんだけど」

「バカか、余計なこと考えるな。やぶへびになるだろうが」

「……考えが浅い」

「冗談なんだけど! あくまで冗談なんだけど!」


 ティナが抗議すると、三人は吹き出して笑う。まったく心外である。さすがに、そこまでなにも考えていないわけではないのだ。

 ひとしきり笑った後、ファレルは不意に真面目な表情になって、他の三人も見回した。


「さて、そろそろ気を入れ直せよ。こっからはスピード勝負だ。面倒に巻き込まれる前にジンを拾って撤収するぞ」

「オーケー!」

「りょーかい!」

「……任務遂行」


 決意を固めた四人を他所に、空はゆっくりと雲に覆われ暗み始める。

 それは、これから起こることを暗示する暗雲のようにも見えた。

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