第47話 騎士 -oath of sword- 08

「ふむ……」


 二回戦を終えたダルタニアンは、対戦表を眺めていた。数多くいた騎士達も、すでに16人まで絞られ、残るはコロッセウム常連となっている騎士ばかりである。

 初出場で残っているのは、アルカンシェルとダルタニアンのみ。特に、アルカンシェルは、優勝候補が集うAブロックで優勝経験のある騎士を二人薙ぎ倒してのベスト16入りであり、注目を集めていた。

 これはカルロスに聞いた話だが、アルカンシェルのいるブロックは、トーナメント表を見た騎士達からは、魔のAブロックと言われていたらしい。あちら側だと、決勝まで優勝候補と当たり続けることになるからだそうだ。

 しかし、アルカンシェルはその優勝候補を全て試合開始直後に撃破してきた。注目を集めるのも当然と言える。

 だが、ダルタニアンも負けてはいない。二回戦も堂々たる立会いで相手の騎士を降し、また一人、新たな騎士と友誼を結ぶことができた。

 とはいえ、注目度はアルカンシェルの方がはるかに上だ。もちろん、ダルタニアンとしては、人気や注目度で負けているのは気になるところではある。しかし、それもまた、彼にとってはアルカンシェルを追いかける格好の材料だった。


「僕も負けてはいられないな」


 そうつぶやいたところで、ふと、周囲が騒がしいことに気が付いた。騎士が騒がしいのではない。どちらかといえば、コロッセウムの運営側である係員の方が焦っているように見えた。

 幸い、ダルタニアン自身の試合までは時間がある。アルカンシェルの試合も気になるところだが、ダルタニアンの騎士道は、個人的な望みよりもそちらを優先することに疑問を挟まぬようにできていた。

 ダルタニアンは、咄嗟に通りすがった係員の一人を呼び止めていた。係員の青年は声をかけたのがダルタニアンとは気付かなかったらしく、すげなく無視しようとしたところで、ダルタニアンに気付き、臣下の礼をとった。


「君! どうかしたのかね?」

「申し訳ありませんが、今急いでる……これは、失礼いたしました。レーヴェル侯爵子息様」

「ふっ……堅苦しい礼儀は、私は必要としていないさ。ところで、騒がしいようだが、何かあったのかね?」

「いえ、御子息様がお気になさるようなことはなにも」

「私も大会の参加者、関係ないということはないだろう? 何より、私は騎士だ。民の前に立たずしては、私の誓いに反する!」

「……ザビーナ様より、他言無用の令を受けております。たとえ、御子息様であっても話すわけには参りません」


 ダルタニアンの耳に想定外の名前が入ってきた。ザビーナ。それは即ち、かの円卓の騎士、ザビーナ・オルレアンのことだろう。

 円卓の騎士の命で動いている者達がいる。それはつまり、ダルタニアンの知らないコロッセウムの裏側で何かが起きているということだ。

 コロッセウムの観客は高位貴族から平民まで6万人程度。その全てを危機に晒す可能性があるのならば、ダルタニアンは、レーヴェル侯爵家を負う者として、また一人の騎士として見逃すわけにはいかない。


「すまないが、そこをなんとか話してはもらえないだろうか? 私も協力しよう」

「失礼を承知で申し上げますが、ここはオルレアン伯爵領にございます。レーヴェル侯爵家の手を借りては、我が家の名折れ。手を借りるわけにはいきません」


 青年の言うことは、実に正しい。自領内で起こっていることに、他家の人間が干渉すれば、それは内政干渉である。まして、名誉を重んずる貴族において、他家の人間の手を借りるなど、恥辱に等しい。

 しかし、ダルタニアンは、そこで折れるほどにできた人間ではなかった。彼の騎士道に基づく正義は、名を誇りとしながらも、名を捨てることに迷いはないのである。


「ならば、私はレーヴェルの人間としてではなく、僕個人・・・として協力を申し入れよう。今の僕はただの騎士、ダルタニアン・ルヴル・レーヴェルだ」

「……その必要はありません」

「しかし!」


 なおも食い下がるダルタニアンに対し、青年は一言、


「これは我々の仕事。主君から任せられた仕事を客人に任せるほど、我々は落ちぶれたつもりはありません」

「……すまなかった」


 ダルタニアンは、青年に確かに仕事人としての誇りを見た。それは、騎士であっても、部外者であるダルタニアンが穢して良いものではない。そう気付いたのだ。


「いえ、急いでいますので私はこれで」


 そう言って、背を向けた青年は、ふと思い出したように、ダルタニアンの方を向くと、小さく付け加えた。


レーヴェル卿・・・・・・、これはオフレコですが、我々が追っているのは、ヴィクトール伯爵です。アルカンシェル卿にはお気をつけください」

「なっ……待ちたまえ!」


 しかし、青年はもはや足を止めない。それ以上のことは言うことができないのだろう。だが、与えられたわずかな情報にダルタニアンは困惑した。

 ヴィクトール伯爵を追っている?

 だとすれば、ヴィクトール伯爵は何らかの目的を持ってこのコロッセウムに現れ、監視の目を潜って姿を消したことになる。

 そして、それは同時に、ヴィクトール伯爵御付きの騎士として参加したアルカンシェルもまた、何らかの目的を持ち、ヴィクトール伯爵に協力している可能性があるということだ。

 全くの想定外。横合いから不意に金槌で殴られたような気分だ。


「ふむ……どういうことだ?」


 いつの間にか、廊下に配置されているモニターには第2試合の様子が映し出され、アルカンシェルがまたしても、優勝候補という前評判の騎士を降す様子を見ることができた。

 主人が姿を消したというのに、アルカンシェルは、試合に出続けている。別命で動いているのだろうか。

 だが、昼に見たアルカンシェルの様子からは、ヴィクトール伯爵に協力しているようには見えなかった。相当な役者であるならともかく、腹に一物ある人間ではあっただろうが、何かを企んでいるようには見えなかった。

 だが、オルレアンは警戒している。だとすれば、やはり──


「……いや、僕らしくもない。アルカンシェル卿本人に聞けば済むこと」


 そのためには、まず、アルカンシェルの元に辿り着かねばならない。偶発的遭遇ならともかく、ダルタニアンが直接話を聞きにいっても避けられる可能性が高い。

 ならば、決勝まで辿り着き、避けられぬ場所で、その名と共に、ことの真実を聞かせてもらおう。


「ふっ……僕の勝たねばならぬ理由が増えたようだ……」


 ダルタニアンは薄っすらと笑みを浮かべると、モニターの前から歩き去った。

 3回戦の試合も半数が消化され、残る騎士は10名強。決着の時は着実に近付いていた。

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