第50話 騎士 -oath of sword- 11

「これで四人出揃ったか」


 コロッセウム最上階の一室で、ザビーナはつぶやいた。1日目の個人戦の部も準々決勝まで終え、大会は終盤に入っていた。

 ここまで勝ち残ったのは四人。

 ヴィクトール伯爵のお抱えという怪しい経歴と、実戦レベルの圧倒的技量を持つ、アルカンシェル。

 レーヴェル侯爵家という高位貴族でありながら試合中も騎士道を貫く男、ダルタニアン・ルヴル・レーヴェル。

 帝都防衛の中核たる近衛騎士団の団員であり、過去の大会でも団体戦で好成績を残している、サミュエル・シルペストル。

 四人の中で唯一の女性騎士であり、円卓の騎士を務めるザビーナの親衛隊の一人である、シャルロット・フランソワ。

 誰もが曲者揃いであるのは言うまでもない。だが、アルカンシェルとダルタニアンを除けば、ザビーナにとっては見慣れた騎士達である。

 だが、各ブロックを勝ち抜いた騎士達の内、二人は初出場だと言うのだから、観客の盛り上がりはいつにも増して熱気あるものになっていた。

 それ自体は良い傾向だが、その一方で気になることもある。結局、ヴィクトール伯爵は、付けていた監視を振り切って逃走。行方知れずとなった。しかし、仕えている騎士であるはずのアルカンシェル卿は、ヴィクトールが姿を消してからも試合に参加し続け、コロッセウムに参加する騎士とは文字通り格が違う強さを見せ付け、準決勝まで勝ち上がってきていた。

 この状況から見るに、おそらく、アルカンシェルは囮だろう。監視からも、特に怪しい動きをしているとの情報は入っていない。むしろ、監視に気付いて、監視に対して射殺そうとしているかのような鋭い視線を向けてきたとの話である。

 つまり、ヴィクトールの企みの詳細を知る術を、ザビーナは全面的に失ったことになる。

 現当主であるオルレアン伯爵は、護衛の騎士団と共に帝都にあり、今のオルレアン領の防衛戦力は自分を数に数えても、普段の三分の一ほどしかない。そのタイミングでヴィクトールに動かれれば被害が拡大することは必至。円卓の騎士として、留守を預かるオルレアン伯爵家の一員として、そのような失敗は許されない。


「ちっ……状況が掴めん」


 場合によっては、大会の参加者に協力を仰ぐべきかもしれない。しかし、参加者の中で腕に覚えのあるものの多くは、どこかの貴族や騎士団と関わりのある者達であり、手を借りれば、相応の代償を払わざるを得なくなる。

 そもそも、そういった腹芸は武人たるザビーナの得意とするところではない。故に付け込まれたとも言えるのだろうが。

 ザビーナは苛立たしげに、通信を手にすると、押し殺した声で、部下に尋ねた。


「ヴィクトールは見つかったか?」

『現在も捜索中ですが、おそらく……』

「おそらくなんだ? はっきりしろ!」

『は、はい、もうすでに我が領を出たものと思われます』

「なに……?」

『コロッセウムを出た後の足取りを追いましたが、どうやら、自領に向かったようです』

「馬鹿な……!? どういうつもりだ!」

『ひぃ……も、目下調査中です。領内に不審な動きがないか、今、探らせているところです』

「……何かあればすぐに報告しろ、いいな? ヴィクトールを逃したようなミスは許さんぞ」

『りょ、了解しました、ザビーナ様!』


 通信を終えたザビーナは、苛立ち紛れに、通信機を大理石の床に叩きつけた。プラスチックの本体は、耐えきれず砕け、大理石にわずかな傷を残して、その機能を失った。


「くそっ……どこまでも馬鹿にしてくれる……!」


 その時、ノックの音が部屋に響いた。


「なんだ!」

「まもなく、準決勝にございます。ザビーナ様には、開始前の激励を行っていただきたく」

「後にしろ」

「そうは行きません。大会の運営上必要なことにございます」


 壁越しの執事はいたって丁寧ではあるが、同時に、こちらの主張を聞き入れぬ頑迷さを持ち合わせていた。


「ちっ……状況は分かっているのか!」

「ええ。存じ上げております。だからといって、無様を晒すのは、ザビーナ様の恥となりましょう」

「ぐっ……いいだろう。私がいない間は貴様が指揮を取れ、いいな?」

「はっ、不肖このわたくしめが、ザビーナ様に代わって努めさせていただきます」


 ザビーナはもはや苛立ちを隠そうともせず、ソファーから立ち上がると、部屋を後にした。

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