第41話 騎士 -oath of sword- 02

「ふむ……」


 そんな騎士の一人として、青年ーーダルタニアン・ルヴル・レーヴェルは、参加手続きを終え、控え室に座っていた。

 その視線の先には、刃をぶつけ合うMCの姿がある。片方は見慣れた〈エクエス〉だが、もう一方は見慣れない機体だ。おそらく、試作機の一つだろう。

 コロッセウムは、太古の昔にあったという剣闘士達の戦の場を再現したとされるもので、その構造は、中央にフィールドがあり、それを取り巻くように、円周上に観客席を配置した、スタジアム状をしている。

 この闘技大会自体は、市政にも公開されているが、そこにも当然、階級の差がある。高位貴族になればなるほど、その観戦席は高く、広くなっていく。

 平民の観戦席など、席と席との間など皆無に等しい。しかも、その上で、当日のチケットは毎度完売しているのだから、この催しがどれほど人気を集めているのかが推し量れるというものだ。

 もちろん、ダルタニアンほどの貴族となれば、その権力を以って、個室を借りるなど容易いことだ。しかし、彼はそれをしなかった。行われている試合を目の前にできる参加騎士用の観戦席にいた。

 戦闘の音も、MCが吹き散らした砂埃も全て被ることになるこの席は基本的に不評だ。もちろん、騎士を生業とするものの中には、若き騎士達の力を見極めようと、ここでの観戦を希望するものもいるが、まあ少数派である。

 ダルタニアンはその少数派だった。これから戦う相手の技量をその目でしかと見るチャンスをみすみす逃すなど、騎士の風上にも置けない行為だと彼は考えていた。

 それに何より、同じ騎士の高みを目指す者達の有り様をその目に焼き付けたいと思っていた。

 その時、〈エクエス〉が試作機のコックピットに刃を突き付け、決着が告げられた。


「なかなかに粒揃いじゃないか」


 どの騎士も闘技大会に参加するだけあって、相当な技量の持ち主だ。その戦技の冴えは確かなものである。

 しかし、差はすぐに見えてくるものだ。積み上げた訓練、剣を振った回数、MCに乗った時間。積み上げた研鑽は嘘をつかないのだ。


『第8試合を開始します。ヴィクトール伯爵家より、アルカンシェル卿。対するは──』


 対戦相手の説明は、ダルタニアンの耳には入らなかった。なぜなら、フィールド中央で、紹介に答えるように、騎士の礼を取る少年に見覚えがあったからだ。

 赤みがかった黒の髪に、鋭い目付きの真紅の瞳。間違いなくあの少年だった。


「あの少年……アルカンシェル卿と言うのか。いや──」


 本当にアルカンシェルという名であるならば、少年は名乗ることを厭わなかったはずである。どうせ気付かれるのだから。つまり、本名は別ということになる。

 とはいえ、身分や名を隠してコロッセウムに参加する貴族は少なくない。自らの騎士としての腕を試すためであったり、ただ単純に戦場のスリルを味わいたかったりと、理由は様々ではあるが、珍しい話ではない。

 かの三公の一人で、最近爵位を継いだばかりである、若き現エスメラルド公爵も、その身分を隠して、コロッセウムに参加し、その辣腕を振るい、優勝したという話だ。

 その噂に憧れた貴族子女がコロッセウムに参加したという話は、ダルタニアンも聞いたことがあった。

 というか、この観戦席にもいる、仮面を被った騎士などはまず間違いなくその類だ。


「ふむ……」


 ダルタニアンは少年を注視する。その一挙手一投足を見逃さぬ構えだ。少年はその視線に気付いたのか、ちらりとダルタニアンを一瞥し、そのまま興味無さげに目を逸らした。

 対戦相手の騎士と礼を交わした少年が、用意されたMC──〈エクエス〉へと歩き出す。

 この闘技大会では、個人所有であれば、MCを持ち込んで良いことになっているが、基本的には用意されたものの中から選んで使うのがルールだ。そして、その多くは名前も付けられていない試作機だ。

 数機のみ生産し、この闘技大会で様々な騎士にその機体を使わせることで、性能試験を行う目的もあるのだ。

 ただし、武器はあるものであれば、自分で選ぶことができる。剣を使うのも、槍を使うもの、戦鎚を使うのも、騎士の自由である。


「アルカンシェルだったか? あいつ終わったな」

「ああ、相手は優勝候補のミハエル卿だ。ヴィクトール伯のお抱えだかなんだが知らねぇが、ミハエル卿相手じゃ話にもならねぇだろう」

「一回戦から運のない奴だ」


 そんな騎士達の会話が聞こえる。少年は大穴扱いらしい。観戦席からもミハエル卿には声援が送られているものの、少年には何もない。

 しかし、少年に気負った様子はなかった。むしろ、煩わしげな表情をしているだけだ。

 その様子からは、試合への緊張や恐怖は感じられない。圧倒的なまでにアウェーな環境下であるはずなのに、少年は揺らがない。

 やはり、手練れ。修羅場を越えてきた強さを感じる。ダルタニアンは幾度か本物の実戦を経験したことのある騎士を見たことがある。少年の持つ気配はまさしくそれだった。それは、本気で命のやり取りをしたことのあるものだけが持ち得る本物の戦意だ。

 初出場ということで軽く見ているのか、喜色を隠しきれないミハエル卿とは格が違う。


「ところで、君達は、ミハエル卿が勝つと思っているのかい?」


 ダルタニアンは、周囲で少年を嗤う騎士達に話しかけた。


「ああ? なんだよ? 当然だろうが。あの新人とはキャリアが違うからな。って──っ!?」

「なに、そう驚くことはない。僕もまた、騎士の端くれ、騎士達の熱き戦いを真近に感じたいというのも当然だろう?」

「申し訳ありません、レーヴェル卿」


 騒いでいた騎士達は、慌てた様子で、高位貴族の子息であるダルタニアンに跪いて礼を取る。騎士として、貴族としては、当然の行為だが、ダルタニアンは尊大な調子で騎士達に言った。


「ふっ……気にすることはない。今の僕は一介の騎士、ダルタニアン・ルヴル・レーヴェル。身分など、互いに剣を交わす騎士の友誼に比べれば些細なもの。この場では僕をレーヴェルの者として扱う必要はない。面をあげて欲しい」


 ゆっくりと面をあげた騎士達に、ダルタニアンは満足げに笑むと、聞きたかったことを尋ねた。


「率直な意見を教えてもらいたい。どちらが勝つと思うかね?」

「そりゃあ……ミハエル卿じゃないですかね?」


 おまえらもそう思うだろ、とばかりに周囲の騎士をうかがいながら、一人の男が答えた。確かに下馬評通りならばそうなるに違いない。


「今も機体の起動にさえ手間取ってるじゃないっすか」


 言われてみればその通りだった。ミハエル卿の機体は既に立ち上がり、盾を前に出して構えを取っているのに対し、アルカンシェルを名乗る少年の〈エクエス〉は未だ、膝をついた駐機姿勢のままだ。


「ふむ……僕の目が間違っていたというのか? ふっ……まさかな。この僕が間違えるなどあり得ない」

『アルカンシェル卿、速やかに構えを取ってください。これ以上の遅延行為は失格と見なします』


 その言葉に応えるように、機体は素早く立ち上がり、手にしていた剣と盾を構えた。しかし、その構えは自然体。そのような構えなど、どの流派にも存在しない。


「ありゃ、素人だぜ。構えになってすらいねぇ」

「どっかのお坊ちゃんが記念に来てたんだろうよ」


 少年への失笑が飛ぶ。構えない少年に観客も野次を飛ばした。このままではまずいと思ったのか、試合開始を告げるアナウンスが響いた。


「第8試合、開始します!」


 しかし、試合開始が告げられたにも関わらず、両者共動かない。その時、会場のスピーカーから通信の音声が聞こえ出した。

 八百長などの不正を防ぐため、戦うMCの通信設定は常にオープンになっているのだ。


『先手は譲ってやろう』

『不必要だ。おまえ如きにわざわざ譲られるようなものじゃない』

『なんだと……!?』

『そういうのは強者のセリフだ。強者ぶっているだけのおまえには不釣り合いだ』

『貴様!』


 通信の内容を聞いた騎士の大半は眉を顰めていた。あまりにも少年の言い草は傲岸に過ぎる。しかし、観客達はそんな舌戦に興味はないのか、早くやれだのなんだのと野次を飛ばしている。


『後悔するなよ!』

『勝ってから言え』


 ミハエル卿のMCが吶喊する。素早い足捌きで距離を詰める。さすがは優勝候補。納得の技量だ。しかし、少年はその場を動かなかった。

 盾の影から高速で突きが放たれる。少年の目には突然剣が現れたように見えるはずだ。これは避けられない。

 しかし──


『遅い』


 次の瞬間には、決着がついていた。ミハエル卿の機体は大きく吹き飛ばされて仰向けに倒れ、少年の機体は、何事もなかったかのようにその場に立っている。


「おい、あいつ今、何しやがった!?」

「分からん、突きを弾いたとこまでは見えたが……」

「ふっふっふっ……」

「レーヴェル卿?」

「はっはっはっ!」

「お、おい、レーヴェルの旦那はどうしちまったんだ?」

「オレが知るわけねぇだろ」

「はっはっはっ! 僕の目に狂いはなかった! 少年! やはり君は手練の騎士だったのだな! ふははは!」


 見えなかった騎士もいるようだが、ダルタニアンは少年のしたことが見えていた。

 高速で放たれたはずの突きを少年は遅いと称した。まさにその通りだったのだろう。

 少年は、片手間な動作で突きを真下から剣で叩き、大きく打ち上げた後、釣られて体勢を崩したミハエルの機体に足払いをかけ、最後はシールドバッシュで浮いた機体を殴り飛ばしたのだ。

 淀みない連続攻撃。一瞬の遅滞もなく流れるような一動作のみで、少年は優勝候補と言われた騎士を撃破したのだ。

 これ程の騎士が、この闘技大会に参加しているとは思わなかった。しかも、まだ底が見えない。少年にとっては、あの程度、特別なことでもないのだろう。

 ダルタニアンは笑いが止まらなかった。期待以上、いや、想像以上だ。自分の直感は間違っていなかった。

 倒れたミハエル卿の機体は大の字のまま動かない。おそらく、衝撃で意識を失ったのだろう。


『……しょ、勝者、アルカンシェル卿』


 通信かなにかでミハエル卿の状態を確認したのだろうか。しばしの間の後、少年の勝利が告げられた。

 会場は静まり返っていた。闘技大会に幾度となく出場し、優勝経験もある常勝のミハエル卿が打ち合いにすらならなかった。その事実は、野次を飛ばしていた観客達を黙らせるには十分過ぎるほどの衝撃を与えていた。

 そんな中、少年はMCをその場に停止させ、コックピットから飛び降りると、一人控え室へと消えていく。その表情は酷薄なまでに冷たい、能面のごとき無表情。

 この程度当然と言わんばかりの態度に、再び野次が飛ぶが、少年は気にも留めない。


「はっはっはっ! 少年! 君との果し合い、楽しみにしているぞ!」


 そんなダルタニアンの様子に、電光掲示板に移されたトーナメント表を見ていた騎士がつぶやいた。


「レーヴェル卿って強いのか? アレとやろうと思ったら、決勝までいかないといけないんだぞ」

「「「…………」」」


 騎士達の微妙な視線が、ダルタニアンに突き刺さる。しかし、当の本人は満足げに高笑いするだけだった。


「「「…………」」」


 騎士達の思いは共通していた。あっ、これダメなやつだ、と。


「ああー、これは……終わったな」


 誰かがつぶやくと、皆がそろってうなずいた。

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