第42話 騎士 -oath of sword- 03

「さて、僕もかせてもらおう」


 ダルタニアンは、ゆったりとした調子で、立ち上がり、控え室を後にした。

 一回戦最終試合。ようやく、ダルタニアンの出番であった。目の前で騎士の戦いが行われているというのに、自分は指を咥えて見ているだけ。何度、歯噛みしたことか。しかし、もう、そんな時間も終わりだ。

 闘技場にはすでに、先んじて依頼しておいたMC──〈ファルシオン〉が駐機姿勢で待機している。

 相手が使うMCは見たことがない。どうやら試作機のようだった。

 一先ず機体を置いて、闘技場の中心で、相手の騎士と向かい合う。


「私はダルタニアン・ルヴル・レーヴェル。騎士として正々堂々とした立ち会いを所望する」


 剣を胸の前で掲げるような動作で騎士の礼を取る。その高潔な意志を宿した翡翠ジェイドの輝きの瞳。実にエレガントである。

 相手の騎士は、舌打ちでもしそうな勢いで顔をしかめつつ、騎士の礼を返した。しかし、そのどこか気怠い仕草。実にエレガントさが足りない。


「カルロス・シャントゥールだ。お手柔らかにお願いしますよ。若様」

「ああ、よろしく頼む」


 互いの機体に向かって、ダルタニアンとカルロスは歩き出す。純白の騎士服を身に纏い、胸を張り、堂々たる姿で歩くダルタニアンに対し、カルロスはやはり不機嫌そうに見えた。

 ダルタニアンには素早く機体を立ち上げ、立ち上がらせた〈ファルシオン〉に騎士の礼を取らせて、待機する。

 すぐに、カルロスの試作機も立ち上がり、剣を前に、盾を横にした構えを取る。攻めを重視した構えだ。


「最終試合、ダルタニアン・レーヴェル卿対カルロス・シャントゥール卿、試合開始」


 しかし、カルロスは、攻め手に出ない。あえて攻め重視の型を取ったというのに、試合開始が告げられても、構えたまま動かない。


「カルロス卿! なぜ攻めてこない?」

『若様に怪我させるわけにはいかんでしょう?』


 おもねるような調子のカルロスの声で、ダルタニアンはようやく気が付いた。カルロスは最初から負ける気なのだ。レーヴェル侯爵家という権力を背後にしたダルタニアンと打ち合う気はないと、花を持たせる気なのだ。

 確かに、そこに貴族としての差はあろう。だが、そこに騎士としての差はないはずだ。

 MCを駆り、己が戦技を振るうことに、貴族位の高低など関係があろうか。

 騎士の誇りとは──

 騎士の誉れとは──

 ──そんなに安いものではない。

 ああ、なんと──


「……エレガントではない」

『はい?』

「エレガントではないと言ったのだ。カルロス卿!」

『はあ?』


 ダルタニアンは自分の心の奥から熱く燃え滾る怒りのパッションが溢れ出すのを感じていた。

 まったく、美しくない。

 まったく、エレガントではない。


「私も君も騎士だろう! なればこそ、そこに貴族も平民もない! ぶつけ合うのは磨き上げた己が戦技と、剣に誓った己が信念で十二分!」


 ダルタニアンはカルロスに、否、見るもの全てに聞かせるつもりで、言葉を続けた。


「それが、今の君はなんだ。私がレーヴェルであることに萎縮し、自らの騎士道を歪めんとしている! 実に……! 実に、エレガントではない!」


 そう、エレガントではない。

 そこには、騎士としての強さも、弱さも、誓いも、高潔も、信念も、忠節も、勇気も、正義も、礼儀も、崇高も、寛容も、何一つ感じられない。そして何より、エレガントではない。

 ダルタニアンは何よりもそのことに、煮え滾るような怒りを感じていた。

 騎士の掲げるべき騎士道とは、騎士としての強さを、弱さを、誓いを、高潔を、信念を、忠節を、勇気を、正義を、礼儀を、崇高を、寛容を、常に忘れず持ち続けることである。

 それこそが騎士が己に課すべき十戒。

 それを為してこそ、真にエレガントな騎士道を貫けるというもの。

 それを軽んずるは騎士の名折れ。あってはならないことだ。


「そのような、己が誓いに恥ずる行為を君は肯定してしまうのか? そのような、自らの身を下郎に身を落とすことを君は許容できるのか? そんなものが、誇り高き騎士の為すべきことか! そんなものが、忠節深い騎士の志しか! そんなものが……! そんなものが、君の騎士道か!」


 ダルタニアンは今が試合中だという事実さえも忘れていた。同じ騎士道を志す者として、自らその道を踏み外さんとする者を叱責せずしてなんとするか。

 それに、勝ちを譲られているような情けない身で、どうして、あの少年と同じ場所に立てようか。

 その程度でしかない騎士が、どうして、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズに足元にも及びようか。

 まして、ダルタニアンが見据えるのは円卓の騎士よりさらに先、すなわち、英雄である。

 ダルタニアンは、目指すべき場所への道程を、そのような『勝ち』で、穢したくはなかった。


「まだ、君が己が剣に誓いをかけた騎士であるのなら、剣をとりたまえ! 己が信念に、己が思いに殉ずる騎士であるのなら、正々堂々! 騎士として! 戦いたまえ! それが! それこそが! 騎士たる者の在り方だろう!」

「…………」


 言い切ったダルタニアンが口を閉じると、会場にしんっと沈黙が降りた。誰もが口をつぐむ中、ダルタニアンは見た。

 向かい側の観戦席で、アルカンシェルと名乗っている例の少年が愉快げに口元を歪めているのを。

 どれほど時間が経っただろうか。不意に、通信のノイズが聞こえた。


『若様、後悔はしないでくださいよ』

「ふっ……やっとその気になったか、カルロス卿。だが、これ以上の無礼は許さんぞ」

『では、本気で行かせてもらいましょう!』

「来たまえ! 君の侮り、私が覆してくれよう!」


 ダルタニアンも騎士の礼を解き、盾を斜め前に、剣を横にした構えを取る。攻防一体、変幻自在を旨とした構えだ。

 カルロス卿の試作機が、素早い踏み込みで、ダルタニアンの〈ファルシオン〉に斬りかかる。

 振り下ろされた騎士剣ナイツソードを、ダルタニアンの騎士盾ナイツガードが受け止める。しかし、それはただ受け止めただけではなかった。

 剣の接触と同時に盾を引き、滑らかに剣を受け止め、力を受け流したのだ。

 そして、奪った運動エネルギーを自らの力へと変え、加速を乗せた剣を振るう。

 その一撃、まさに剛剣の如し。

 踏み込みではなく、相手の力を利用した柔の剣技。見事なカウンターである。

 その流麗なること、まさに水流の如し。

 実にエレガント。そこに隙はなかった。


『くうっ……!?』


 しかし、カルロス卿もさるもの。咄嗟に掲げた盾で、その剣を受け止める。だが、踏み込んだ前のめりの体勢から受けた盾では、その力を殺し切れない。

 大きく弾き飛ばされ、ふらついたカルロス機に対し、ダルタニアンの〈ファルシオン〉はその場からまったく動いていなかった。

 その堂々たる立ち姿、まさに不動。


「カルロス卿! その程度ではなかろう!」

『そりゃあもちろん!』


 踏み込みと共によろけた機体を前傾させ、カルロスは、機体の跳ね上がりを利用した斬り上げを放つ。

 下から叩きつけられる剣は、縦方向に力が加わるために、受け流すのが難しい。

 ダルタニアンは即座に盾を引き、大上段からの唐竹割りで迎え撃つ。


「ふんっ!」

『せいっ!』


 模擬剣とはいえ、重量ある金属の塊が激突し、甲高い音を響かせる。

 加速を乗せた斬り上げと、高さを乗せた唐竹割りは、先手を打ったカルロスの剣戟に軍配が上がる。

 結果、今度はダルタニアンが押された形になり、小さくジャンプしながら、後方に飛び退く。

 そこに飛び込むようにして、剣閃が走る。カルロス機は、飛び退いたダルタニアンの〈ファルシオン〉を逃さぬつもりで、攻め寄ったのだ。

 一度崩れた相手に、体勢を立て直す時間は与えない。これこそ攻撃特化の真骨頂。

 放たれた鋭い突きを、ダルタニアンは盾を横から当てて逸らす。

 しかし、突きを逸らされる程度、想定済み。踏み込み過ぎないように放たれた突きは即座に別の剣戟へと姿を変える。続いて、放たれたのは、袈裟懸けの斬り下ろし。

 だが、ダルタニアンは読んでいる。そもそも、ダルタニアンは、変幻自在を旨とする構えを好むが、あらゆる剣術に精通している。攻撃特化の構えから放たれる剣術をダルタニアンは全て知っている。すでに学んでいる。故に、ダルタニアンは突然の変化にも揺らがない。

 迫る剣を、自らの剣で弾き、続いて、空いた脇腹に抉りこむようなシールドバッシュを叩き込む。こも近距離で回避は不可能。

 当然、カルロスはそのシールドバッシュを盾で受けようとする。そこがダルタニアンの狙いだった。

 そう、攻め手に出ているはずのカルロスが、受けに回る、その瞬間こそが。

 盾と盾がぶつかる瞬間、互いを叩く衝撃をダルタニアンは、再び自らの力へと変える。ぶつかった盾を滑らせ、半回転しながら、しなるように打ち出すは、横薙ぎの一撃。


『──っ!』


 カルロスは盾を手放して、機体を飛び退かせ、辛くもその斬撃を回避していた。

 互いに、一旦距離を取る。とはいえ、そこはすでに互いの間合いだ。どちらかが切り込めば、この小休止は崩れる。

 しかし、ダルタニアンはあえて動こうと思わなかった。

 彼が耳にしているのは、周囲の観衆の大歓声だった。静まり返っていたコロッセウムは、彼らの戦舞によって、熱狂の渦に飲み込まれていた。

 ダルタニアンはそれに目を閉じて聞き入る。素晴らしい。これが、これこそが、ダルタニアンの目指す英雄という到達点の一端。

 もちろん、英雄とは歓声を浴びるだけのものではない。それはダルタニアンも理解している。時には血をその身に浴びることも、血を流しもがく事もあろう。

 だが、ここはけっして、互いの命がかかった戦場などではない。

 そう、これは騎士の祭典。なればこそ、その戦いはエンターテイメントでなければならない。

 観客を魅せることができずして、なにが騎士か。

 確かに、それは戦場では無用のことであろう。だが、今この瞬間だけは、それこそが戦う意義でなければ。なんのための、試合であるというのか。


「ふっ……この歓声! これぞ騎士の試合! やはりこうでなくては!」

『……確かに悪くないもんですね』

「ふっ……そうだろう? さて、空気も温まったところだ。私の戦技、とくとご覧に入れよう!」

『おっと、負ける気はありませんよ!』


 再びぶつかる二人の騎士。いつしか、カルロスの心にも、この大観衆を背に勝ちたい、そういう思いが湧き上がっていた。彼の心に、もはや、試合開始前の鬱屈した思いはない。

 ただ純粋に、勝利を。己が戦技の冴えをこの場で証明することを。勝者としてこの歓声を一身に受けることを。ただそれだけを求めていた。

 ダルタニアンとカルロス、二人の剣が舞う。時にぶつかり合い、火花を散らす。互いに勝利への渇望を乗せた剣技は、まったくの互角。

 激しく打ち合えば打ち合うほどに、観客のボルテージは上がり、歓声は大きくなる。

 これはずっとダルタニアンが憧れていたことだった。貴族の嫡男としてでなく、身分も地位も権威もなく、ただ一人の騎士として歓声を浴びる。

 高貴なる者の責務ノブレス・オブリージュを負うダルタニアンには、貴族でない自分を認めて欲しいと思うことなど、本来許されないこと。だからかそ、彼はその贅沢に少しでも長く身を浸していたかった。


「ふっふっふっ……」

『……?』

「カルロス卿。私は楽しくて仕方ないのだ。心地よいこの歓声を聞き、君と騎士として剣を交わすこの瞬間が」

『俺もですよ。レーヴェル卿』


 そうだ。本当に楽しくて仕方ない。なんと、幸福な時間か。

 そして、ダルタニアンはその感傷を振り切るように叫んだ。


「だが、幕引きが必要なのもまた事実!」

『ええ』


 短く答えを返し、機体を後方に飛び退かせた、カルロスは騎士剣ナイツソードを両手持ちに変えた。盾を失い手数に劣るカルロスは、先ほどまで、剣に速度と手数を求めていた。だが、ここに来て持ち方を変えた。それはすなわち、この一撃に全てを込めるという意志表示。

 ならば、ダルタニアンもそれに、誇りを持って応えるべきであろう。

 ダルタニアンも同じように盾を捨て、剣を両の手で持ち、大上段に構えた。一撃の威力の特化した剛剣の構えだ。

 勝負は単純。お互いの全力を出し、打ち負けた方の負けだ。


「さて、そろそろ幕引きカーテンコールといこうか! カルロス卿!」

『決着を!』


 腰だめに剣を構えたカルロス機と、大上段に剣を構えたダルタニアンの〈ファルシオン〉。二機は、わずかに空いた距離を瞬時に縮め、互いの剣を振り抜く。

 一閃。

 互いの機体が剣を振り抜いた体勢ですれ違う。

 そして──


『…………』

「…………」


 会場に静寂が下りた。直後、宙をくるくると回った剣先が、コロッセウムの床に突き刺さった。

 刃のない模擬剣も、幾度となく繰り返された打ち合いと、剛剣のぶつかり合いの耐えきれず、半ばから砕け折れたのだ。

 果たして、剣が半ばから切断されているのは、カルロスのものだった。

 勝敗はここに決した。カルロス機にはもはや武器はない。いや、あったとしても、互いの全力を尽くした後だ。ここで負けを認めぬような愚行を今のカルロスはしなかっただろう。

 それほどに清々しい敗北であった。


『試合終了! 勝者、ダルタニアン・ルヴル・レーヴェル卿!』


 ワァーっと歓声が上がる。それは、勝者と敗者。その双方を讃えるものだった。

 二人の騎士は、会話などなくとも示し合わせたように、剣を胸の前に持っていき、MCに騎士の礼を取らせる。

 そして、互いに機体から飛び降りると、コロッセウムの真ん中でしかと手を握り合った。


「カルロス卿。素晴らしい試合だった」

「レーヴェル卿、ありがとうございます。騎士として大切なものを俺は見失ってたようです」

「なに、お安い御用だ。私も騎士として大切なものを教わった。君の潔き勝利への姿勢は見習わねば」

「はは、買い被りですよ……ですが、騎士として、あなたから受けた誉れだ。あえて否定はしません」

「ふっ……ぜひ、騎士としての僕からの礼と受け取ってくれ」

「ええ。レーヴェル卿、これからも健闘を祈ってますよ」

「ありがとうカルロス卿。ではまた、いずれ手合わせ願おう」


 二人は、互いに騎士として、互いの健闘を評して礼を取った。二人のその所作は実にエレガントで、見る者に激戦の余韻を、騎士の矜持と共に感じさせた。


『第1試合が全て終了しました。2時間の休憩の後、第2試合を開始します』


 その放送と共に、観衆を熱狂の渦に巻き込んだ、一回戦最終試合は終わりを告げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る