第40話 騎士 -oath of sword- 01

 オルレアン伯爵領の中心都市の真ん中に、巨大な闘技場があった。コロッセウム。そう呼ばれる、騎士の祭典の場だ。

 連日、MCを駆る騎士による闘技大会が行われており、今日行われているのは、中でも特に規模の大きなものであり、見事、優勝者ウィクトールとなったものには、オルレアン伯爵家が輩出した円卓の騎士、ザビーナ・マーシャル・ラ・オルレアンに挑戦する権利が与えられる。

 普段、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズを目にする機会など滅多にないため、多くの騎士達が興奮をもって迎えるのが常だった。

 そして同時に、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ、ザビーナ・オルレアンがその圧倒的強さで、挑戦者を撃破するというのも、この大会のお決まりとなっていた。

 とはいえ、それも当然と言える。円卓の騎士として専用機を駆るザビーナに対し、挑戦者は用意された機体か、自分で用意した機体で挑まなければならないのだ。まず間違いなく勝ち目はない。

 その上、使われるのは真剣。故意にコックピットを狙うのは禁じられているとはいえ、死の恐怖を間近で味わったことのない者には耐えかねる衝撃を伴っている。

 この大会には、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズが絶対の強者ちからであることを市政に示す目的もあるのだ。

 もちろん、勝ち上がった騎士には相応の報酬〈リワード》が与えられる。それ故に、挑戦する騎士は後を絶たない。


「ふふふ……はっはっはっはっ!」


 そんなコロッセウムの入り口で、金髪の青年──ダルタニアン・ルヴル・レーヴェルは高笑いしていた。壮大な騎士の戦場を直で目にして、溢れ出るパッションを抑えきれなかったのだ。

 見事なまでに優男台無しである。


「美しい! そして、なんとエレガントなことか!」


 形状こそ単純な円形闘技場アンフィテアトルムであるが、アーチを積み上げたような外壁と、各所に施された彫刻や、彫られた紋様。

 その全てが、主張し過ぎないようにまとめられ、調和のとれた美しさを魅せている。

 騎士の試合を見れずとも、この建物それ自体を見ることだけでも価値があると言われるのも納得の完成度だ。


「集うは、刃を研ぎ澄ました騎士! そして、この大観衆! 素晴らしい!」


 ダルタニアンは試合が始まる前から、ぶつかり合う刃の甲高い金属音や、舞い上がる砂塵の戦場の姿を幻視していた。

 もちろん、それに挑む自分の姿も。


「そうとも、僕の伝説は始まったばかりなのだ!」


 仰々しい仕草で、髪を払う。しかし、仕草そのものは、実にエレガントである。


「闇を打ち払い、悪を討ち滅ぼすは騎士の使命!」


 大袈裟な動作で腕を広げた。言うまでもないが、動作それ自体は、実にエレガントである。


「さあ、君達も祝福してくれたまえ! この僕、ダルタニアン・ルヴル・レーヴェルの門出を!」


 周囲に向かって声を張り上げる。しかし、多くの騎士は青年を無視して、門をくぐっていく。馬鹿に構う余裕はないということだろう。彼らも出世がかかっているのだから。

 下級貴族出身の騎士が大半であり、貴族ながらどこか粗野な雰囲気を醸し出している者が多い中で、純白に染め抜いた騎士服を纏い、黄金の髪をオールバックにまとめ、高貴な者の余裕を隠しもしないダルタニアンは、良くも悪くも浮いていた。

 そもそも、下級騎士からしてみれば、ダルタニアンは、お上の道楽でこの場にいるとしか理解できないだろう。下手に怪我をさせようものなら、その身にどのような罰が降りかかるかわからない。

 触らぬ神に祟りなしとばかりに、騎士達は、ダルタニアンからあからさまに距離を置いていた。

 だが、そんな中、声をかける剛の者がいた。おそらく、十代後半だと思われる少年だった。赤みがかった黒の髪に、人を殺せそうな鋭い目付きをしている。そして、その瞳は、鮮血を吸って染まった紅玉ルビーの如く、真紅の輝きを秘めていた。

 いや、良く見ると、広げた腕の片方を掴んでいる。どうやら、芝居がかった仕草の被害者のようだった。


「お遊びなら帰れ、耳障りだ」


 しかし、それはそれとして、口にした言葉は、到底、侯爵家の縁者に対するものではなかった。通りすがった騎士達の間に緊張が走る。一触触発の雰囲気の中で、ダルタニアンは口を開いた。


「なんと! やはり君もそう思うか! そうだろう、そうだろう! 今日こそが僕の門出に相応しい日であると!」

「…………」


 周りの騎士は脱力せざるを得ない。おそらく、あの目付きの悪い少年を含め、全員の思いは一致したことだろう。すなわち、こいつ人の話聞いてない、と。


「今日この日、新たな英雄の誕生に立ち会える栄誉を君達は得たのだ! 誇りに思いたまえ!」

「…………」

「ふっふっふっ、はっはっはっ!」


 目付きの悪い少年は、興味を完全に無くした様子で掴んでいた腕を払うと、門の向こう側に消えた。その思いは処置無しといったところか。

 その他の騎士もそれに続き、気が付けば、門の前に立つのは、ダルタニアンだけになった。


「ふっ……未来の英雄に恐れ慄いたか。これも英雄の業という奴かな」


 ダルタニアンは、前髪をさらりと払い、満足げに笑むと、自らも門をくぐる。


「それでは、個人戦の部の受け付けを終了します。もう参加希望者はいらっしゃいませんね」


 そのアナウンスを聞いたダルタニアンは先ほどまでの余裕はどこへやったのか、慌てて受け付けへと走る。


「待ってくれ! 僕も参加だ! この僕、ダルタニアン・ルヴル・レーヴェルも参加させてもらおう!」


 肩で息をしながら、受け付けを担当していた女性に掴みかかって懇願する様は、どう贔屓目に見ても、高貴な生まれの青年には見えない。むしろ、性犯罪者一歩手前である。


「え? あ、はい。わ、わかりました。すぐに手続きします!」

「そうしてくれたまえ」


 そして、余裕を取り戻したところで、自分のしていたことに気付いたダルタニアンは、額の汗をハンカチで拭い、乱れた髪を整え、その場にしゃがみ込んで騎士の礼をとると、急いで手続きを行っている女性の手を取る。先ほどまでの不審者ぶりは何処へやら、その仕草は、実にエレガントである。


「申し訳ない。レディに失礼な態度だった。以後、気をつけよう」

「え? あ、はい」


 そう答えながらも、受け付けの女性は微妙な表情をしていた。当然である。ただでさえ、受け付け終了直前の飛び入り参加で、時間が押しているというのに、手を掴まれては手続きができないのだから。


「おや、レディ? どうかなさいましたか?」

「……え? えーっと……」


 女性は別に貴族ではない。高位貴族の端くれであるダルタニアンを無碍に扱うわけにはいかないのだ。周囲にいる騎士も同様だった。事情は把握しているが、格上の貴族にどうしたものか、手をこまねいていたのだ。

 そんな中、どこからか戻ってきた赤みがかった黒髪の少年は、一目見て状況を把握し、無言のまま、ダルタニアンの脇腹を小突く。それに驚いたダルタニアンは、手を離して、少年の方を見た。


「なんだね? おや、君は……さっきの!」

「耳元で叫ぶな騒がしい」

「まさか、僕を祝福しに来てくれたのかい? ふっ……気が早いようだな、君は。しかし、これも高貴なる者の務め、どうしてもと言うのなら、気持ちだけは──ごふっ……」


 周囲の騎士達も、手が離れた隙に手続きを終わらせていた女性も、騒然とした。

 何せ、侯爵令息であるダルタニアンの腹に、少年が容赦なく拳を捻じ込んだのだ。驚かないわけがない。まして、少年は目付きの悪さといい、その冷たい表情といい、おおよそ、高位の貴族には見えないのだ。

 一撃でダルタニアンを沈めた少年は、そのまま、控え室の方に立ち去ろうとする。凄まじいまでに傲岸な態度だった。


「げほっ……げほっ! 待て、待ちたまえ! 少年!」

「断る」

「油断していたとはいえ、この僕に一撃を決めるなど、よほどの手練れに違いない! どうか、名を教えてはくれまいか!」


 少年の表情は変わらない。冷酷なまでの無表情のままだ。それどころか振り返りもしない。


「名乗れぬ事情があるのだな? ならば、レーヴェルの名に誓って、君を悪いようにはしないと誓おう」


 名を負う誓いは絶対に違えることは許されない。だと言うのに、ダルタニアンはそれをあっさりと使ってみせた。

 周囲の騎士達が驚きを見せる中、少年は全くもってくだらないという様子で、


「貴族の誓いも安くなったものだな」

「私は、ダルタニアン・ルヴル・レーヴェルとして、私に当ててみせた君に敬意を評している。なればこそ、貴族として、騎士として、名に誓うのは当然のこと」


 さっとダルタニアンの気配が変わった。それは確かに、高貴なる者だけが持ち得る、統治者の覇気。そして、ダルタニアンは手を胸の前に持ってくる騎士の礼を取った。姿勢、角度、そのどれもが完璧で、実にエレガントな礼である。

 少年は無表情ながらも、虚を突かれたように黙り込んだ。その真紅の瞳にはどこか呆れたような色が浮かんでいる。

 少年はため息を一つ吐くと、


「……俺と当たったら教えてやってもいい」

「本当か!?」

「ああ」

「いいだろう! これを僕は君の宣戦布告と受け取らせてもらう! その時を楽しみに……いや、首を洗って待っておきたまえ!」

「…………」


 少年は今度こそ歩き去っていく。無視される形になったダルタニアンだったが、彼は笑みを浮かべていた。

 あの自信。相当な腕の騎士に違いない。彼と戦い、勝利すれば、英雄にまた一歩近づくというものだ。


「ふっふっふっ……はっはっは! 楽しみにしているぞ、少年!」

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