第39話 prologue-02

 薔薇が咲き乱れる庭園。そこに、青年はゆったりとした様子で座っていた。

 香りが抑えられているのだろうか。大輪の薔薇が、庭を埋め尽くすように咲いているのにも関わらず、その芳しい香りは、仄かに鼻をくすぐるだけで、嫌味さを感じさせない具合にまとまっていた。

 明るいブロンドの髪をオールバックにまとめ、純白の衣装に身を包んだ青年は、庭園の真ん中に設けられた席に足を組んで座り、一人、本を読みながら、紅茶を嗜んでいた。

 カップを口に運び、ソーサーに戻す一連の動作には淀みなく、小さな音さえも鳴らさない。実にエレガントである。

 その整った容姿も相まって、まさに貴公子然とした雰囲気を、青年は纏っていた。

 そして、その評価に誤りはなかった。青年の名は、ダルタニアン・ルヴル・レーヴェル。親しい者からは、ダレルと呼ばれる彼は、旧くからある貴族家、レーヴェル侯爵家の嫡子にして、高貴なる青き血サングレアズールを継ぐ、生粋の貴族である。

 しかし、その雰囲気に反するように、彼が手にしている本の題には、『騎士の心得』と記されている。

 そう、青年もまた、人型機動兵器、MC(Machinery Chevalier)を駆る、騎士の一人なのである。

 とはいえ、青年に限らず、MCを駆る騎士に憧れる貴族の男子は多い。事実として高位貴族の中にも、騎士として前線で戦うももは少なからずいる。

 例えば、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ筆頭、シェリンドン・レオナール・ラウンズ・ド・フォン・ローゼンクロイツは、侯爵家の党首としての顔も持っている。

 他にもつい最近、その辣腕と頭脳を評価され、24歳の若さでエスメラルド公爵の地位を引き継いだ、現エスメラルド公爵は、騎士としても一流であり、最前線で指揮を執り、自らも、その技量を余すことなく発揮したとされる。

 しかし、こういった好例は少ない。高位貴族で騎士の位にあるものの大半は、継ぐ領地のない、貴族子女であり、その多くは、近衛騎士団とは名ばかりの騎士団に属し、日々、生産性のないことを繰り返している。無論、MCに乗ることも、剣術の研鑽を積むことも、ほぼ全くと言っていいほどない。

 だが、ダルタニアン・ルヴル・レーヴェルは違う。彼は幼少期から騎士に憧れ、騎士となるための訓練を積み続けてきた。基礎体力を付けるためのランニングも、筋力を付けるためのトレーニングも、剣術の研鑽も怠った日はない。

 見る者が見れば、優雅な仕草の中に、鍛え上げられた体幹と、それが支える均整の取れた肉体に気が付くことだろう。


「ふっ……」


 ぱたりと本を閉じたダルタニアンは、爽やかな笑みを浮かべた。白いナプキンで口元を拭った後、組んでいた足を外し、さっと立ち上がる。その淀みない動作は実にエレガントである。

 夏の熱を持った風が、はらはらと純白の衣装を揺らす。翻った上着の裏側は、深きパッションを秘めた夕焼けの輝きの如き赤に染め抜かれていた。

 その時、立ち上がった彼の前に、薔薇園の影から燕尾服を着た、執事然とした男が声をかけた。


「若様、まもなくお時間にございます」

「では、僕も行くとしよう」

「……本当に行かれるのですか?」

「もう決めたことなのだ。私は、レーヴェルの名を背負って参加すると」

「これは、差し出がましいことを申しました。申し訳ありません」

「気にしないでくれたまえ。これは僕の我儘なのだから」


 ダルタニアンは、どこか羨望を宿した眼差しで、遠くを見るように目を細めた。

 その視線の先にあるのは、ただ蒼い空だけだ。しかし、その方角には、彼が目指すべき場所があった。

 そして、彼は不意に、大仰な仕草で腕を広げると、天に笑った。高笑い、そう形容されるであろう、高貴なる貴族に相応しくない動作だ。

 しかし、彼の精錬された動作は、それすらもエレガントに見せていた。


「騎士の祭典、コロッセウム……ふっふっふっ……はっはっはっ! そうとも、僕の伝説はあの場所から始まるのだ!」


 その決意を、天空に高笑いと共に誓ったダルタニアンは、執事を伴って、薔薇園を後にした。

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