第35話 接触 -Fate- 16
『終わりかな……』
ふと、通信越しにそんな声が聞こえた。戦闘に集中し過ぎて、もはや耳に入ってすらいなかった通信から不意に聞こえたその言葉に、ティナは思わず叫んでいた。
なぜなら、それだけは認めない。いや、認められなかったからだ。
「まだ終わってない!」
『ティナちゃん……? 正気かい?』
「うっさい! わたしは諦めないから! 絶対に!」
気が付けば、戦っているのは一人だった。レナードの〈アンビシャス〉は団長機〈レギオニス〉を撃破した代わりに大破し、《ムニン》と《フギン》の〈ヴェンジェンス〉も、どちらも片方の腕を失い、ティナの〈アンビシャス〉に庇われる形のなっている。
その〈アンビシャス〉も、装甲は削られてフレームが露出し、到底、万全とは言えない。残る敵は、5機のみ。団長機が介入してきた時点では、残機7機だったので、ティナはこの状態で、2機も撃墜したらしい。
なんと恐るべき執念か。しかし、ティナにそんな自覚はない。ただ、必死なだけだった。
生き残る。そのために、死力を尽くす。その覚悟を持って、戦うと決めたのだ。
ジン、カエデ、ファレル。先日の〈ガウェイン〉奪取作戦で、一緒になった仲間達は、ティナにそのことを教えてくれた。自分はその覚悟が足りないのだと教えてくれた。
あの日は叶わなかった。しかし、《プレリアル》は死を賭して彼らを助けてくれた。その命を以って、ティナ達を救ったのだ。
だから、ティナは誓ったのだ。生き残ることを。諦めないことを。
故に、ティナは折れない。命の燃料の一雫が燃え尽きるその時まで。
「はぁああ!」
しかし、覚悟や思いはあっても現実は非情だ。5機を相手に一機で立ち回れるほど、体力も、機体のコンディションも、万全ではない。
振り下ろした剣は容易く受け止められる。側面に回り込んだ〈エクエス〉の斬撃を、ティナは、もう一本の剣で受け止める。しかし、幾度となくぶつけ合い、劣化した剣は、半ばからへし折れ、
「くぅ……」
『ティナちゃん!?』
「まだ……わたしは……きゃっ!」
〈エクエス〉のシールドバッシュが、〈アンビシャス〉を叩く。腕を斬られ、体勢を崩した状態では避けきれなかったのだ。
右手の剣が〈アンビシャス〉の手を離れ、衝撃に押された機体は、尻餅をつく。
「あっ……」
そんなティナの〈アンビシャス〉に、〈エクエス〉の
間に合わない──
ティナの喉が干上がる。迫り来る剣がスローモーションに見えた。目を閉じて現実から逃れたい。心底、そう思う。だが、せめてもの抵抗として、目を逸らすわけにはいかなかった。
しかし、その時、飛んできた何かが、まっすぐに〈エクエス〉のコックピットへと突き刺さった。
突然、パイロットを失った機体は、その場に転がるように、崩れ落ち、取り落とした剣は、〈アンビシャス〉のすぐ側に突き立った。
そして、直後にティナの〈アンビシャス〉と〈エクエス〉の間に立ち塞がるような形で、一機のMCが滑り込んでくる。
『間に合ったか』
その機体は、神々しいまでに美しい白銀をを纏っていた。その輝きはまさに
〈ガウェイン〉──
ジン・ルクスハイトが搭乗する
それは今、ティナを庇うように、残る4機の〈エクエス〉と向かい合っていた。
緊張の糸が切れたティナは、コックピットでぺたんとへたりこむ。そして、そこでようやく自分の頬を伝う涙に気付いた。ぽろぽろと止めどなく溢れてくる涙に戸惑いつつも、それを拭う。
ああ、安心したんだな、と思う。自分で思っていたより、離れて久しかった間近に感じる死の恐怖は、彼女の自分の心を乱していたらしい。そして、そんな心を押し隠して、数日振りに会った少年へと話しかける。
「……遅いんだから、ジンのバカ」
『悪いな。読みが甘かった……泣いてるのか?』
「うっさい、バカ」
まさか、朴念仁のジンに気が付かれるとは思わず、言葉尻に棘が出てしまった。本当は助けてもらって安心した癖に。いつまでたっても素直になれない自分が嫌になる。
『ヒーローは遅れてやってくるっていうけど、狙ったのかい?』
『……文句は帰ってから聞く』
『やれやれ……分かったよ』
『今はとりあえず、終わらせる』
「……うん」
〈ガウェイン〉が双剣を構え、〈エクエス〉に突っ込む。それは一瞬だった。警戒しているはずの〈エクエス〉が、反応もできず、容易く両断されていた。
おそらく、〈エクエス〉のパイロットからは、〈ガウェイン〉が消えたように見えたはずだ。斬られたことすら気付けなかっただろう。
他の〈エクエス〉が驚愕から覚め、態勢を立て直すより先に、決着はついていた。すれ違いざまに振るわれたガラティーンは無慈悲に残る三機の〈エクエス〉を沈黙させていた。
『……全機撃墜。任務完了』
「すごい……」
『これは……また差を開けられたってわけか』
驚きが小さく声となって漏れた。数日見なかっただけなのに、その技量は確実に向上していた。瞬く間に距離を詰める動作に淀みはなく、二刀を振るう速度はまさに神速。この数日の間に何かあったのだろうか。
『《グレイプニル》、作戦終了だ。準備できているな?』
『了解。ヒヤヒヤしたけど間に合ったみたいだね。準備は終わってるよ。速やかに撤退しよう』
『ああ』
カエデと何らかの話をつけていたらしく、〈エクエス〉を排除したジンは、いきなりカエデに無茶振りをしたと思ったら、カエデも普通に答えていた。なんとなく、人を蚊帳に外にして通じ合っている感じに腹が立つ。
「ジン」
『なんだ?』
「……ありがと」
『何か言ったか?』
「……ばか」
素直にお礼を言ったはずが、ジンは聞こえなかったらしい。
いや、恥ずかしさやら嬉しさやらで、か細い声で言ったのは認めるけど。理不尽だ。
ティナは、若干諦観気味のため息を吐く。お礼はいつでも言えるし、今は生き残ったことを喜ぼう。
そんな風に思ったせいか、今度こそ、糸が切れたティナに、どっと疲れが押し寄せてくる。しかし、不思議と心は凪いでいる。
──少しくらいいいよね?
ティナは、ゆりかごに抱かれているような心地よい安心感に身を任せ、そのまま目を閉じる。極限まで酷使したティナは、すぐに意識を闇へと飛ばした。
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