第34話 接触 -Fate- 15
「くっ……」
『どうした! どうした! 先ほどまでの威勢の良さはどうしたのだ! それで吾輩に届くつもりか!』
「脳筋って嫌いなんだよねぇ。だからさ……黙れよ」
レナードが槍を振るう。だが、その一撃は、〈レギオニス〉の剛腕の前に弾かれる。お返しとばかりに叩きつけられた戦鎚をギリギリのところで回避し、今度は引き金を引く。しかし、至近距離ならば絶対の威力を誇る散弾でさえも、〈レギオニス〉の握る大盾は防いでみせた。むしろ、跳弾のせいでダメージを受けたのは、レナードの〈アンビシャス〉だった。
「ちっ……」
硬い。一番の問題はその硬さだった。純粋な技量だけ見れば、レナードがこの騎士団長──ダニエル・クレセント・ド・コルベールに劣っているわけではない。いや、むしろレナードの方が高いとも言える。だが現実は、レナードが追い込まれていた。
しかし、このダニエルという騎士団長は、団長機たる〈レギオニス〉という機体の特性をよく理解している。大型機故の、高出力と重装甲。そして高性能機故の追従性と加速力。その全てをフルに活用して戦っているのだ。
槍や盾といった一撃は、装甲を纏った剛腕で弾き返し、至近での散弾といった致命の一撃は、その追従性を活かして反応し、その大盾を以って、防ぐ。一方で、振るう戦鎚の一撃は力任せではあるが、それ故に、生半可な防御では防げず、隙を突こうにも、その装甲の守りは容易くは突き破れない。
つまり実戦的に見れば、レナードより勝っているといえた。純粋な技量では届かずとも、機体の特性を知り尽くした戦い方などを総合すれば、レナードを超えている。
とはいえ、単純な性能頼りではこうはならなかったはずだ。与えられた機体の性能に適する戦術を組み上げ、それを実践するのは紛れもなく、搭乗する騎士の力だった。
絶対切断の双剣──ガラティーンを持つ〈ガウェイン〉であれば、話は違ったのだろうが、ないものねだりというやつだ。その戦術は、レナードの明確な脅威となっている。
『沈むが良い!』
「誰が!」
戦鎚の重い一撃を盾で受ける。既に、幾度となく、剣戟を受けてきた
だがそれがなんだというのか。性能で負けている? 騎士としての力量に劣る? たとえそうだとしても、勝つ。そのためにここに立ったのだから。
軋みを上げていた盾に、ビキビキとヒビが入り、ついには砕け散る。しかし、レナードは既に盾を手放していた。抜き放つは二本目の刃。
ジンの真似事の二刀流。もちろん、自分に扱いきれるとは思えない。タイプが違う。だが、それでも十分だ。
地舗装された道路を粉々に砕き、深々と地面に突き立った戦鎚。それを握る腕に、両側から挟み込むようにして、剣と槍を叩きつける。
『ふん!』
〈レギオニス〉の剛腕は、それを物ともせず受け止め、逆に弾かれる形になった、〈アンビシャス〉に大盾を叩きつける。
避けられない──
だが、そんなことはわかっていた。だから、レナードは迷わずに正面から突っ込む。勢いが付くより先に、あえて、盾の軌道へと飛び込み、機体の重量を以って、盾の進行を止めたのだ。
目論見通り。レナードは、獲物をその目に捉えた肉食獣の笑みを浮かべた。今この瞬間、盾を、それを握る腕を〈アンビシャス〉が捕まえているこの時だけは、アレが通じる。そう、至近での散弾を盾では防げないのだ。
『なんと命知らずな……』
「ようやく捉えた……ボクは、この時を! この瞬間を待っていたんだ!」
戦鎚はまだ引き抜かれていない。圧し潰すつもりで放った一撃は、思いの外軽い手応えで、勢い付いたまま、地面へと刺さった。そう簡単には抜けまい。
弾数は残り2発。出し惜しみはしない。本来は連射は利かないが、安全装置は外した。
引き金を引く。連続して二回。
しかし、衝撃でよろけた〈レギオニス〉の被害は、右腕を失い、戦鎚を取り落としただけだ。咄嗟に戦鎚を手放してその腕を盾にし、散弾を腕のみを犠牲に防いだのだ。
『吾輩に傷をつけるなど……』
「悪いね。狩らせてもらおうか!」
それを確認すると同時に、レナードは、暴発し、使い物にならなくなった
取り回しの悪い大盾では、腕を失った右側をカバーできない。散弾に抉られた装甲を、
盾も槍も失い、もはや守りを捨てたレナードの猛攻を前に、〈レギオニス〉はたたらを踏む。
『吾輩を舐めるでないぞ!』
盾を投げ捨て振るうは拳。槍すら弾く剛腕から放たれるその一撃は、正面から激突した
『終わりだな。それでは戦えんであろう!』
「それはどうかな?」
レナードは不敵に笑む。武器は最早ない。拾って使おうにも、戦鎚は重すぎて使えず、撃墜したMCのものは、戦闘の余波でまともに使えるようなものは残っていない。しかし、それでもなお、レナードは嗤った。
銃がないなら槍を、槍がないなら剣を、剣がないなら盾を、盾がないなら拳を、MCは機動兵器だ。その全てが武器となり得る。なればこそ、携行兵器を失った程度は、勝利を諦める理由には決してならない。
レナードも〈アンビシャス〉の拳を握りしめて、突っ込む。振り下ろされる剛腕を紙一重で避け、連打。コックピットがあるであろう胸のあたりに打撃を叩き込む。
装甲は破れない。だが、衝撃は伝わる。MCという兵器で最も脆いのは、コックピットに座る搭乗者ーーすなわち、騎士である。騎士の意識を刈り取れば、MCなど糸の切れた操り人形と大差ない。いや、意識を失って閉じ込められた騎士にしてみれば、高価な金属と複合素材の棺桶に成り下がる。だからこそ、レナードはそこを狙ったのだ。
『ぐっ……貴様!』
「動きに荒さが見えるねぇ。どうしたんだい騎士団長様?」
剛腕の一撃は重い。しかし、大振りだ。装甲と大盾に任せた防御は、片腕を失ったことで、不可能になった。戦術の肝を崩されたのならば、後の決着を付けるのは、純粋な地力の差である。それだけならば、レナードに軍配が上がる。
ぶつかる度に、〈レギオニス〉は確実にダメージを受けていく。しかし、〈アンビシャス〉も無傷ではいられない。元より繊細な関節は、堅牢な装甲を殴りつける程に、負荷を蓄積させ、徐々に砕けていく。
『ぐうっ……だが、貴様こそ、その機体では持たんであろう!』
「さて、どうかな?」
もちろん、持つわけもない。しかし、余裕を失うわけにはいかなかった。付け込まれる隙は少ない方がいい。ただでさえ不利なのだ。
他のMCはティナと《フギン》、《ムニン》が必死に抑えているが、もう長くは持たないだろう。その上、負傷者を抱えた《ムニン》と《フギン》の動きは明らかに悪い。
ティナの〈アンビシャス〉は両手に剣を握った二刀を防御と攻撃で使い分けるという器用な技で、敵を翻弄しているが、それでも多勢に無勢。限界は見えていた。
死神の足音が聞こえる。いや、もはや、鎌を振り上げられているといっても過言ではないか。
事情は不明だが、ジンの〈ガウェイン〉はまだ来ていない。たとえ、〈レギオニス〉の撃墜に成功したとしても、敗北は時間の問題だった。
「──でも、せめて一矢くらいは報いさせてもらわないとね?」
小さくつぶやき、突っ込む。剛腕を避けて懐へ飛び込む。
『いつまでも同じ手が通用すると思うてか!』
放たれたのは膝蹴り。焦りとこれで決めたいという思い。心が前のめりになっていたレナードは反応が遅れた。
回避は無理だと判断。半身になりつつ、片足を軌道上に差し出す。轟音。凄まじい衝撃と共に、足が膝のあたりから引き千切れる。だが、機体は懐まで届かせた。
「チェックメイト」
左腕の拳を全力で叩きつける。いつの間にか握られていたのは、暴発し砕けた銃槍の穂先。鋭く尖ったそれは、わずかに装甲を穿った。しかし、そこで止まる。ダニエルの座るコックピットまでは届かない。
通信越しに、勝利を確信した様子で、勝ち誇った声でダニエルが笑う。すでに、その剛腕はいつでも振るえるように、引き戻されている。
『終わりだな、
「いや、僕の勝ちだね。勝利の幻想に飲まれて溺死しろ」
左手の拳に重ねるようにして、右の拳を叩き込む。損傷など気にしない。壊れるのを前提とした全力だ。
狙ったのは、わずかに装甲を穿つ槍。それは、堅牢な城塞を貫く杭となりて、打ち込まれた。
『がはっ……ば、バカ……な……』
槍の穂先は、コックピットまでも貫き、ダニエルの身体を引き裂いていた。ダニエルの口からは止めどなく粘性の液体が溢れ、纏っていた豪奢な騎士服はズタズタに引き裂かれている。
『なん……と……貴様……』
振り上げられた手が落ちた。担い手を失った〈レギオニス〉はゆっくりと膝をつく。
レナードは押し潰されないように、〈アンビシャス〉を飛び退かせ、片足を失ったせいで、バランスを崩して膝をつく。
『フハハ……吾輩が……敗れるとは……フハっ、ぐふっ……すまぬ……騎士よ……誇るがいい……吾輩の……まけ……だ……』
ダニエル・クレセント・ド・コルベールの意識はそこで途絶えた。同時に、〈レギオニス〉は、支えを突然失った甲冑人形のように崩れ落ち、穴だらけの街道に沈んだ。
「はは……」
レナードは放心したように笑った。もはやできることはない。両の拳は砕け、武器もなく、片足も失った。レナードの戦いはここで終わりだった。
「終わりかな……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます