第33話 接触 -Fate- 14
フライト開始から数時間。〈レギオニス〉が強襲する数十分前。ジンとカエデは、ロベスピエール伯爵領を縦断していた。
レジスタンスのヘリがこんなところを飛んでいたら撃ち落とされても文句は言えないのだが、輸送ヘリは偽装が施され、貴族認可の運び屋のものということになっているので、問題はない。
貴族認可の運び屋は、一定のルートから離れないのであれば、複数の貴族の領に跨って飛んでいても、問題とはならないのだ。
『まずいね……ルート被ったから仕方ないとはいえ、遅れが出てる』
「捻じ込まれたようだからな。無理にやれば目立つ」
想定ならば、今頃戦場に投下できていたはずなのだが、突然、三公の一角たる、エスメラルド公爵が、運び屋に依頼を入れ、貴族の優先権と、機密保護権を盾にごり押しで
『うーん、でもさすがにじり貧だと思うんだよね。大丈夫かな?』
「さあな。ただ、俺の知るあいつらは思いの外しぶとい」
『だよね。ってか、珍しいね。ジンが他人を評価するなんて』
「…………」
『あれ? 黙りこむ要素あった? おーい』
カエデはいつも通り、深刻さを感じさせない呑気な雰囲気だ。しかし、その一方で、ジンの揺らぎを確実に感じ取っていた。
気が抜けている。というよりは戻り切れていないのだろう。普段の自分に。これもシェリンドンが余計なことを言わせるからだ。などと、ジンがこっそり責任転嫁していると、カエデが不意に声を上げた。
『熱源多数。これは……』
「どうした?」
『青薔薇の盾の紋章を掲げる騎士団って……』
「……ロベスピエールだ」
『完全武装の騎士団が、ここにいるってことは……狙いは僕らか!』
「俺逹というよりは、あいつらだろう」
『まずいね……あっちの回収を急がないと』
焦りを見せるカエデに対し、ジンはあくまで冷静だった。ロベスピエール伯爵家から、コルベール男爵家に援護の騎士団を送ったということは、奇襲作戦に気が付かれていたということ。いや、それにしては少々、反応が遅い。
ふと脳裏に浮かんだのは、一人の男の言葉。
「私も騎士団に用があるものでな」
あの男──シェリンドンはそう言っていた。あの男はジンが革命団(ネフ・ヴィジオン)だと知っている。だとすれば──
「あいつ……ただでは見逃さないか」
『うん? ジン、それどういう意味なのかな?』
「いや……」
だが、シェリンドンは甘くないはずだ。ジンの〈ガウェイン〉が戦場に到達するだけで、確実に戦局は大きく傾く。それを理解しているあの男が、ロベスピエールを動かすだけなどあり得るだろうか?もちろん否だ。
「《グレイプニル》、コルベールの騎士団で動いてない連中はどれだけいる?」
『えーっと、ちょっと待ってね。……あったあった。情報が正しいなら、団長機と一個中隊が待機だね』
「……ちっ、《グレイプニル》ここで降ろせ」
『え? いや、早くあっちの援護に行かないと……』
「いや、無理だ。おそらく、あっちは団長機が動いている」
『え? ごめん、状況が理解できないんだけど……』
まあ、この推測が成り立つのは、シェリンドンと会っていたジンだけだ。理解が追いつかないのも当然と言える。しかし、ジンは外れているとは思わなかった。
「団長機一機ならば、ロベスピエールの奴らと、同時に動いても、先に着く。足止めには最適だ。俺が行ったところでそれは変わらない。その間にこいつらに追い付かれたら終わりだ。打つ手がない」
団長機は性能の底上げはもちろんのこと、登場する騎士の技量も
それは〈ガウェイン〉がいても同様だ。自分と技量が伯仲するであろう騎士と戦って、瞬時に勝敗が付くわけもない。
結局、ここでロベスピエール騎士団を止める以外に手はないのだ。ジンの技量と〈ガウェイン〉の性能があれば、それこそ
ならば、ここでジンが時間を稼ぐのが妥当だ。だが、その代わり、団長機という強敵をティナ逹、疲弊したMC部隊に任せることになる。
それはカエデも懸念しているのだろう。声音から察するに渋い表情をしているに違いない。
『でも、それじゃ、あっちの負担が大き過ぎるよ』
「否定はしない。だが、戦力が足りない」
『それはそうだね……』
「なら、少しでも早くおまえが辿り着いて団長機の動きを捉え、対応の時間を少しでもいいから稼ぐべきだ。それに、〈ガウェイン〉なら届く」
しばらく間が空いたが、それ以上の案をカエデは思いつかなかったのだろう。それに、団長機が来ない場合であっても、ロベスピエール側の騎士団の接近を伝える役は必要だ。つまりは、どちらにしてもジンがここで足止めをするのが、最良の選択肢なのだ。
そして、〈ガウェイン〉の機動性を持ってすれば、この程度の距離ならば、自分の足でも十分に辿り着ける。
『……オーケー、了解だ。僕は最高速であっちへ向かう。それで、可能なら撤退させる』
「俺はここでロベスピエールの騎士団を止める。時間を稼いだらあっちへ向かう。全機斬る気で行くが、確約はできない」
『わかった。回収ポイントは後で指定するよ』
「了解した」
『じゃあ、始めようか。降下可能高度に到達。偽装コンテナ解除、〈ガウェイン〉の投下タイミングを《フリズスヴェルク》に移譲する』
コンテナが収納され、宙ずりになった〈ガウェイン〉が露わになり、日の光を浴びて、その白銀の装甲を美しく煌めかせる。
ジンの視界もまた、明るさを取り戻し、その目に花弁を青く染め抜いた薔薇を描いた盾を
「《フリズスヴェルク》、〈ガウェイン〉。発進する」
機体側からの操作で、接続を解除すると、ブースターを蒸して落下速度を調整しつつ、ロベスピエール伯爵家旗下の騎士団の前に着地する。
突然の出来事に警戒し足を止めた騎士団の前で、ジンは悠然と両腰に佩いた
「《グレイプニル》、任せた」
『了解。《フリズスヴェルク》も死なないようにね』
短く挨拶を交わしたカエデは、重りから解放されて、重圧から切り離されたバネのように軽快に、今なお、戦っているであろうティナ逹の元へと飛び去った。
「《フリズスヴェルク》、目標を駆逐する」
地面を蹴った〈ガウェイン〉の姿がかき消える。瞬き一つほどの間に、一瞬で距離を詰めた〈ガウェイン〉に、先頭にいた〈ファルシオン〉は反応が遅れる。いや、反応さえできなかった。〈ファルシオン〉が、気付いた時には、ジンはもうガラティーンを振り抜いた後だった。
絶対切断の一撃は、全てを無視して〈ファルシオン〉の機体を両断した。
「一つ……」
瞬発力。それは機動力に特化した〈ガウェイン〉という機体の大きな強みだ。本来、機械であるMCは瞬発力とは無縁だ。出力を上げたいなら徐々に上げねばならないし、人間のように反射で物事を処理したりはできない。
だが、〈ガウェイン〉は違う。機体のフレームを限りなく人間の近付けることでその動きをより滑らかにし、さらに、搭乗者の脳波パターンから思考を読むことで、操縦に対する即応性を高めている。これこそが、機械にあるまじき瞬発力の所以である。
「この程度か」
拍子抜けしたような調子でジンはつぶやく。そんな彼は戦闘開始から数十秒の間に、すでに6機のMCを切り捨てていた。
今のジンには、騎士団のMCの動きが止まって見えた。振るう剣に鋭さがない。動揺からの回復が遅い。そして何より、反応が悪い。まるで、自分だけが加速しているようにさえ感じる。
だが、それは必然ともいえる事象だった。ジンはこの数日間で世界最高峰の騎士と二度に渡って対戦し、そんな二人が本気でぶつかり合う姿をその目に焼き付けている。最強を肌で感じた彼にとって、今目の前にいる騎士達の姿は、あまりに格が違いすぎた。
「読み誤ったな。足止めの価値もない」
もちろん、騎士団の騎士の技量が特別劣っているわけではない。練度でいえば、コルベール男爵家のそれより高いことだろう。だが、それでも、シェリンドンやジェラルドを前にすれば霞む程度でしかない。
本物を見たものの前では、少し優れている程度の騎士は凡夫と同じに見えてしまう。
しかし、それにしても弱過ぎる。その上、機体も大半が〈エクエス〉だ。ロベスピエール伯爵ともあろう人物が騎士団にこの程度の人員と予算しか投入していないなど、あり得るだろうか。
「まあいい──」
鈍い反応を示す〈エクエス〉に、〈ガウェイン〉が双刀を振るう。剣はX字に残像を残して装甲を引き裂き、〈エクエス〉の機体を四散させた。
繰り出された剣をしゃがみこみながら回避し、足払い。両脚を半ばから切断された機体は、何もできぬまま、仰向けに転がった。
「──想定とは違うが、好都合だ。あまりかまっている暇もない。殲滅する」
凍りついた表情のまま、死神のごとき冷たい声で、ジンは、そう宣言した。
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