第30話 接触 -Fate- 11
「すごい……」
思わず自分の口から漏れた言葉に気付いた黒髪の少女は、慌てて首を振って、その思いを振り切ろうとする。
作戦開始から5分と経っていないのに、すでに騎士団の内、二個小隊、8機のMCが撃墜されていた。それもわずか二人の
ディヴァイン──《スレイプニル》の指揮の下、4機の〈ヴェンジェンス〉が斜面を下り終えたころには、すでに東側の強襲部隊──《フェンリル》と《マーナガルム》二人の魔狼によって戦闘は開始されており、それどころか、敵機を撃墜していた。
凄まじいまでの戦闘力だ。ブリーフィングの時のちゃらんぽらんな姿からは想像もできない。
少女──《ムニン》は、自分の発言を恥じた。これでは戦力として数えられないのも当然だ。それほどまでに、東側の魔狼と彼女を含む三人の新人との差は大きい。
そんな風に、味方に気を取られてばかりいた《ムニン》は接近してくる〈エクエス〉にへの反応が遅れた。
「あっ……」
『気を抜くな! ここは既に戦場だ!』
素早く〈エクエス〉と《ムニン》の〈ヴェンジェンス〉との間に入り、〈エクエス〉の剣を受け止め、逆に押し返したのは部隊長であるディヴァインだ。
「は、はい!」
慌てて、両手の剣と盾を構え直す。東側の部隊が大半を釘付けにしているとはいえ、敵はまだ半数以上残っている。その上、こちらは4機ではあるものの、全機が〈ヴェンジェンス〉という旧型機だ。与し易いと思われるのも仕方がない。
『各機密集陣形を取れ! お互いをフォローしろ』
『『「了解!」』』
言われた通り、4機の〈ヴェンジェンス〉は、ディヴァインを矢面の立てる形で密集する。
そこに切り込んできた〈エクエス〉を、《ムニン》は盾を前にして受け止める。しかし、膂力の差か、容易く弾き飛ばされてしまう。
「くっ……」
体勢を崩した〈ヴェンジェンス〉に追撃を入れようとする〈エクエス〉だったが、すかさずフォローに入ったディヴァインが弾きかえす。
『受け止める余裕はない! 受け流せ!』
「そんなこと言われても……」
言い返すより早く、今度は《フギン》をフォローしている。押し返すと同時に、次は
まさに八面六臂。確かに攻め手はない。だが、破らせない。未熟な技量の三人の限界を見抜き、的確なタイミングで援護を差し込み、敵の戦線を上げさせない。
だが、その一方で、決して自分だけで戦線を維持しているわけではない。《ムニン》達の〈ヴェンジェンス〉にも、可能な範囲で守りを担当させることで、負担を分散し、実戦経験を積ませるという目的込みで、陣を固めている。
その視野の広さ、洞察力、部隊を適宜動かす運用力は驚くべきものだった。ジン、レナード、ティナの三人から揃って守りに関しては足元にも及ばないと評される所以はここにある。
個人戦力であること、すなわち、一騎当千であることに特化した彼らは、このような真似はできないのである。そして、同時に、それが、ディヴァインが部隊内で燻っていた原因でもある。彼らにはディヴァインのような部隊を運用するリーダーは必要ないのだ。
とはいえ、個人としても、ディヴァインの騎士としての技量は侮れるものではないのだが。
『倒すことは考えるな! 止めることだけを考えろ!』
「了解!」
〈エクエス〉が再び接近する。今度は《ムニン》も気を抜かない。振り下ろされた剣をしっかりと盾で受け止める。押し込まれるが、踏ん張って剣を振るう。
盾に阻まれてしまったが、そこに《フギン》の〈ヴェンジェンス〉がさらに剣をぶつけ、〈エクエス〉を下がらせる。
『大丈夫!?』
「余計な心配しないでよね!」
ついそんなことを言ってしまうが、双子の兄である《フギン》の援護に助けられたのは事実だった。
続けて、下がった〈エクエス〉に追撃をかけようとした《ムニン》をディヴァインは静止した。
『深追いはするな。そこから付け込まれるぞ』
『こちら、《フェンリル》。そっちは大丈夫ですか?』
『問題はない。だが、いつまでもは持たんぞ』
『分かってます。そのためのわたしたちですから』
《フェンリル》は確か、ティナと呼ばれていた、作戦の説明をしていた白銀の髪の少女だ。そして、《ムニン》が突っかかった相手でもある。
今となっては自分の侮りを恥じ入るばかりだが、《ムニン》は、自分と大して年の変わらない少女が、戦力として皆に認められているのが、気に入らなかったのだ。
『《マーナガルム》、そっちは?』
『うーん、ちょっと手が離せないかな?』
『じゃ、わたしが行くけどいいよね?』
『りょーかい』
『射線に入んないようにしてよねー』
『分かってるよ』
レナードの答えを聞いたティナの〈アンビシャス〉の動きが唐突に変わる。守りから攻めへ。
両腕の散銃を構え、射撃、それぞれ別方向から迫る二機の〈エクエス〉を足止め、続いて、正面に向けて、弾切れになった散銃を投げ捨てる。それは真っ直ぐ突っ込んできた〈ファルシオン〉にあっさりと回避される。
だが、ティナの動きは止まらない。さらに、地面に突き立てた散銃を引き抜きながら、正面に向けて射撃、〈ファルシオン〉を下がらせる。
その間に、二本目を引き抜き、射撃。右側の〈エクエス〉を散弾が叩く。
さらに、弾が残っている散銃を投擲し、前方の地面に突き立てると、機体のすぐ後ろに突き刺さったままだった残り二本を半回転しながら回収。
振り向きざまに左右の〈エクエス〉を射撃して弾き飛ばし、反動を使って正面に機体を向け直し、突っ込む。
『吹っ飛べ!』
ブースターを使った加速に乗せて、〈ファルシオン〉に接近。散銃を破壊しようとしていた〈ファルシオン〉に銃剣を叩きつける。硬質の盾とぶつかった刃は赤い火花を散らし、押し負けて砕ける。
だが、一連の動作で突き出されたマスケットは、盾の影から〈ファルシオン〉本体へと向けられている。
銃口が閃光を放つ。至近弾を浴びた〈ファルシオン〉は装甲をグズグズに融かされ、衝撃で吹き飛ばされる。
今度は手に持ったマスケットの片方を地面に突き立て、振り返りざまに先ほど投擲したものを引き抜き、背後から迫っていた〈エクエス〉を撃つ。
連続して散弾を受け続けた盾は、ついに耐えきれなくなり、衝撃で砕け散る。
『墜ちて?』
盾を失った〈エクエス〉は慌てて回避の移るが、遅い。衝撃と破片を浴びて体勢を崩したそこからでは回避は間に合わない。散弾をまともに浴びた〈エクエス〉は穴だらけになって崩れ落ちる。
『あなたもね?』
その射撃の隙をついて側面から斬りかかった〈エクエス〉が、脇下を通して突き出されたマスケットの銃剣に突き刺さる。ゼロ距離での接射。胸部から腹部にかけての装甲を、フレームごと抉り取り、〈エクエス〉を四散させる。
その機動はまるで華麗に舞う蝶のように美しく、蜂の針の如き鋭い射撃は致命の一撃をばら撒く。
強い。これが
『《スレイプニル》、この辺でいい?』
『いい位置取りだ。ただ、誤射はするなよ?』
『そっちには気をつけるって』
『よし、ローテーションで攻撃をかける。続け!』
ティナがあえて敵の渦中に飛び込んだのはこういうことだった。ディヴァイン一人ならともかく、今回は初陣の味方がいる。不用意に攻め入り、被害が出るのは避けたいが、いずれ覆せない性能差を前にジリ貧になる。
故に、ティナがレナードとディヴァインの双方に対して援護射撃を行える位置に移動し、いつでもフォローに入れるようにすることで、ディヴァイン達が攻め手に出るための保険をかけたのだ。
もちろん、その分、ティナにかかる負担は大きなものになる。だが、中央、左右のそれぞれからプレッシャーを与えられるならば、大きな問題にはならない。
『ふん!』
裂帛の気合いを込めたディヴァインの斬撃が、〈エクエス〉を弾く。押し込んだディヴァインが、あえて、追撃ではなく、自らの〈ヴェンジェンス〉を横に寄せ、《ムニン》が追撃に入る道を開ける。
自分はフォローに回れる位置を確保しつつ、仲間の道を開く。ディヴァインの部隊戦術の妙である。
「はあああ!」
一気に加速して、騎士剣(ナイツ・ソード)を振るう。体勢を崩したままだった〈エクエス〉は受け止めきれず、大きくよろける。
『喰らえぇええ!』
そこに切り込んだのは《フギン》の〈ヴェンジェンス〉だった。立て直しきれない〈エクエス〉を剣が貫き、動力系を断たれた機体はその場に沈み込む。
『はあはあ……やった』
『気を抜くな!』
その言葉と共に、《フギン》に襲いかかった〈ファルシオン〉の剣戟を、ディヴァインが受け止める。
『陣を立て直すんだ。気を緩めていたら死ぬぞ』
『す、すいません!』
『急げ』
『はい!』
慌てて陣を組み直す《フギン》と《ムニン》だが、ディヴァインが前に出ていることもあって、脇からの侵攻を許す形になる。流石に隊長機である〈ファルシオン〉を正面で受けながらでは、ディヴァインも満足に指示を出せないのだ。
『くそっ!』
切り込む〈エクエス〉を《ニーズヘッグ》が受け止めるが、そのフォローに回ろうとした《フギン》と《ムニン》もまた、〈エクエス〉にその進路を阻まれる。
「まずっ」
『ぼ、ぼくのせいで……』
「うるさい!」
その時、立ちはだかっていた〈エクエス〉が、突然前のめりに倒れる。機関部をやられたのか、〈エクエス〉は倒れたまま動かなくなる。
「えっ?」
『あれっ?』
『背中がお留守なんだけど?』
半身になりながら盾を構えた二機のMCの合間を縫って、〈エクエス〉に散弾をたたくつけたのは、ティナの〈アンビシャス〉だった。自分も囲まれながら、絶妙なタイミングで援護射撃を叩き込んだのだ。
それは、目の前の敵に囚われず、周囲を見ている証拠だった。
『《スレイプニル》、援護するからとっとと墜してください』
『やれやれ、貴様らはいつも難題を押し付ける』
『わたしたちの副隊長なら出来るって』
『仕方あるまい』
〈ファルシオン〉と剣をぶつけ合うディヴァインの〈ヴェンジェンス〉はそこで初めて守りを捨てた。
鍔迫り合いの状態から、〈ヴェンジェンス〉は盾を強く押し出す。シールドバッシュ。常に守るために使ってきた盾をここで攻め手に回したのだ。
自らの盾で受け止めた〈ファルシオン〉は揺らがない。不意を突かれた形にはなったものの、そこは性能の差がある。パワー負けしたシールドバッシュでは押し切れないのだ。
ギリギリと徐々にディヴァインの剣が押し込まれていく。単純な出力の差は覆し難いのだ。
『焦ったな』
しかし、追い込まれるディヴァインは笑った。性能差がありながら押し切れないことへの苛立ち、味方部隊がティナの援護と腕に劣る騎士達によって押さえ込まれているこちへの動揺。そこからくる焦燥が彼には見えていた。それは、騎士に単純な攻め手を選択させる結果になっていた。
聞こえたわけでもあるまいが、出力が上がり、押し込む力が強くなる。そして、ディヴァインは、そのタイミングで押し込まれる剣をあえて引いた。
必然、押さえつけるもののなくなった剣は込められた力を速度へと変えて、地面に叩きつけられる。しかし、ディヴァインの〈ヴェンジェンス〉は、滑るようにしてその横をすり抜ける。
体勢を保ったままの〈ヴェンジェンス〉に対し、不必要な力を込めて剣を地面に叩きつけた〈ファルシオン〉には、絶対的とも言える差が生じる。すなわち、即応性に差である。
『俺も
ひとりごつように言ったディヴァインが剣を振るう。その一閃はコックピットのみを的確に叩き潰し、〈ファルシオン〉を停止させる。
無駄のない動作で、無駄のない破壊を実現したディヴァインは、その戦果に拘泥せず、《ニーズヘッグ》の元へ向かい、〈エクエス〉を退かせる。
『態勢を立て直す。密集陣形だ』
『『「了解!」』』
《ムニン》達が指示に従って陣を組み直す中、槍の一突きで〈エクエス〉を沈めたレナードがのんきにつぶやく。
『流石だねぇ』
『ちょっと、抑えるの手伝ってよね!』
『ごめんねぇ? 忙しいんだ』
『嘘付くなっ!』
『貴様ら……戦闘中だ』
『『はーい』』
ディヴァインが取りなすと、ティナとレナードは黙った。しかし、話していても、黙っていても彼らの淀みない動きは変わらない。
大隊規模だった騎士団はすでに、半数程度まで数を減らしている。
勝てる。そんな興奮が《ムニン》の心を満たしていた。
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