第29話 接触 -Fate- 10
コルベール男爵領から、ロベスピエール伯爵領に繋がるアシル=クロード街道。その中途には、いくつか、細い谷となっている場所がある。
そもそも、コルベール男爵領は山が多く、それを生かした林業や果樹栽培、地熱を利用した温泉と観光業で栄える領だ。
しかし、その反面で、山に囲まれているという立地の悪さから、山を迂回するルートで出入りする必要があり、領内の食糧事情や、経済状況は良くなかった。
そこで、先先代のコルベール家当主は、一計を案じ、隣のロベスピエール伯爵と共同し、森を切り開き、山を削って二つの領地を結ぶ街道を作ったのだ。
これがこのアシル=クロード街道の始まりであり、コルベール家が栄える発端となった出来事である。
この功績を讃え、人々は、両家の当主の名前をとって、この街道をアシル=クロード街道と呼ぶようになったそうだ。それだけ民に慕われていた領主であったということなのだろうが、残念ながら、コルベール家現当主への領民からの評価は極めて厳しいものであると聞く。
そんな歴史ある街道の半ばあたり、数ある谷の一つに、レジスタンス、
どの機体も、羽織るように装備したマントに施した迷彩で欺瞞している。
そんな機体のすぐ側で、木に登ったティナは双眼鏡を覗き込んでいた。
「まだ来てないみたい」
「ふーん、予定より遅いね」
「うん、そうみたい」
「まあ、コルベール男爵はいい噂聞かないからねぇ。騎士団も道中ろくでもないことしてるんのかもしれないし」
そんなことを言うのは、今回の相方であるレナードだ。ジン不在のまま作戦が開始されたこともあるが、今回は新メンバーがMC部隊に追加されている関係上、味方をフォローするということが苦手なメンバーが集まることになったのである。
「ろくでもないことって?」
「さあ、小さな村を襲って略奪とかかな?」
「さすがにそんなことしてる余裕ないと思うんだけど……」
「どうだか。ところで気になってたんだけどさ」
「ん? なに?」
「それ、どういうつもりなのかな?」
レナードが指差したのは、斜面に駐機している〈エクエス〉改ーー〈アンビシャス〉だ。
確かに、ペイロードの全てを使って、剣山のごとく、
「知ってる?
「ごめん、まったく意味が分からないよ」
さも当然、という風なティナの態度にレナードを諦めたように小さく笑った。
レナードには自分の戦術が理解できないらしい。残念だ。
ティナはそれ以上伝える努力を放棄し、再び双眼鏡を覗き込みながら適当な言葉を返した。
「んー、じゃあ、始まったら分かるんじゃない? ただ、射線上には入らないでね? 当たるから」
「いや、そこは射線上に入れないようにすべきじゃ……」
「だってめんどくさいもん」
「……あれ? ティナちゃん? 常々語ってる仲間意識はどこいったのかな、ねぇ?」
「ふぇっ? だって、ジンもレナードも避けるでしょ?」
「え? なにこれ。信頼が重いよ!」
ギャーギャーとうるさいレナードを無視し、ティナは双眼鏡越しの視界をうろうろさせる。
人通りの多い街道だけあってきちんと舗装されており、MCが行軍しようとも砂煙一つたたない場所だ。下手に監視の手を緩めると、タイミングを逃すかもしれない。
とはいえ、MCが通れば目立つのは目立つのだが。
「くっ……僕の扱いがどんどんぞんざいに……」
「うっさい」
「ねぇ、僕、ティナちゃんに嫌われるようなことしたかな?」
「うっさい」
「ふっ……さすがの僕も心が折れそうだよ」
「うっさい」
残念ながら、索敵に集中しているティナはレナードの話をまったく聞いていない。とりあえず、声が聞こえたら、うっさいと言ってばっさり切り捨てる方針である。
冷たいとかいう反論は作戦中なので受け付けない。日常ならもう少し考えてもいいが、今は作戦中である。気を引き締めてもらいたものだ。ただ、日常的にテンションが腹立つのは否定しない。
「ティナちゃん、僕はもう少し──」
「うっさい。ん?」
レナードの言葉を遮って叩き斬ったところで、ティナの目はそれを捉えた。燃え盛る炎に絡みつくように描かれた2匹の蛇。掲げられた旗から読み取れるその紋章は、コルベール男爵家に与えられたものだ。
「どうかしたかい?」
「炎に絡みつく蛇……来た!」
「なるほどねぇ。じゃあ、始めようか」
ティナとレナードはお互いにうなずくと、それぞれの〈アンビシャス〉のコックピットに飛び込み、データリンク、僚機間通信をオンにする。
「こちら、《フェンリル》。目標を補足。推定20分で作戦開始ポイントに到達」
『《スレイプニル》、了解した。MC部隊各機へ。全機、システムを戦闘ステータスに固定。オペレーション・フォックスハウンドを開始する』
『『「了解!」』』
全員の声が重なる。ティナもシステムを戦闘ステータスに変更し、両腕に背部の兵装担架から引き抜いた
そんなティナの〈アンビシャス〉に、手を触れさせたレナード機から接触回線で通信が入る。
『二丁同時に使えるようなものじゃなかったと思うんだけど、僕だけかな?』
「んー、普通は無理だと思うけど?」
『……あっ、ごめん、忘れてた。この部隊普通なメンバーなんていなかったね』
「なんかそれはそれで失礼だと思うんだけど! 思うんだけど!」
ティナはこの中では普通な方である。むしろ、異常なのは、ジンとレナードだ。同列に見るのはやめてもらいたい。ティナは若干も憤慨しつつ思った。
『ごめんねー』
「あんたね……謝る気無いでしょ」
『うん』
にこやかにそう答えられては怒る気にもなれない。いや、怒りを通り越して呆れてしまった。なんでこの部隊のメンバーは、日常的に誰かに喧嘩を売るような連中ばかりなのか。いや、主にジンとレナードか。
『こちら、《スレイプニル》。目標が作戦領域に侵入。数36。情報通りだ』
「《マーナガルム》、見える?」
『うーん、残念ながら見えないねぇ』
《スレイプニル》──ディヴァインから通信が入り、敵部隊の到着を伝える。しかし、木々がうっそうと生い茂る中に隠れている彼らからは、〈アンビシャス〉に搭乗してしまえば、街道の様子は見えない。
『全機の戦闘領域への侵入を確認した。全機、
『『「了解!」』』
「じゃ、行こっか」
『慎ましく、ね』
「こんな時まで冗談はよして欲しいんだけど」
『ははっ! 心配しなくても獲物は残すさ』
「いやっ、そういう意味じゃないんだけど」
大型の
木々を盾と槍で容赦なく薙ぎ倒していく様は、まさに重装歩兵といった趣だ。
ティナもそれに続く形で木々をすり抜け、遅れながらも、街道へと走る。
人ならば登るにしても降りるにしても大変な丘だが、MCの速力を前にすれば一瞬だ。ほどなくして、隊列を組んで街道を行進する騎士団の姿を捉える。
『やあ、諸君。殺しにきたよ』
部隊の中腹あたりに食いつく形になったレナードの〈アンビシャス〉がいきなり一機の〈エクエス〉に飛びつく様に勢いを乗せて突きを放つ。
不意を突かれた〈エクエス〉に反応できるはずもなく、槍に胸を深々と貫かれ、エネルギー源たるバッテリーを破壊された機体は、機能を停止する。
その機体を踏みつける様に着地したレナードは獰猛な笑みを浮かべる。
『さて、死にたい順に来るといいよ』
「ほんと、派手好きなんだから」
ティナは小さく文句を言いながら、レナードの隣に滑り込み、右の
同時に、〈アンビシャス〉を襲う反動を、各部の関節を曲げて殺しきる。
直後、排出された薬莢がコトンと、舗装された街道に落ちた。
『いや、キミに言われたくないよ』
「うっさい!」
などと言い合いながらも、彼らは次の
ティナの〈アンビシャス〉は
今度は左の引き金を引く。当然、ティナの〈アンビシャス〉に向かう敵機は、
当然、それを知っているであろう〈ファルシオン〉は銃口を前にしても怯まない。
ドガッと轟音が鳴り響き、着弾を知らせるが、
「だよねー。でも、これはどうかな?」
ティナは反動を抑えつけながら、素早く右の銃を構え、射撃。足の止まった〈ファルシオン〉をさらなる散弾が叩く。
しかし、その間にも、他に2機の〈エクエス〉が迫っている。だが、危機的状況にあるはずのティナは笑みすら浮かべていた。
「うん、だいたい感覚は掴んだかな」
そう言ったティナは、構えを変える。片手ずつ向けていた銃口を両方前方に構えたのだ。
〈アンビシャス〉はぶっつけ本番での実戦投入だ。当然、慣熟する暇などなかった。通常機動は多少触ったが、射撃、それも片手撃ちなど試したことはない。だからこそ、この数発が必要だった。
「ファイア!」
右左右左、交互に射撃を行うことで、次弾装填の時間を稼ぎつつ、次々と弾丸を連射する。
絶え間ない散弾の猛威に、二機の〈エクエス〉と〈ファルシオン〉はその場に釘付けにされる。
しかし、敵機、特に〈ファルシオン〉に動じた様子はない。当然だ。
「心外なんだよねー」
両腕共に6発。弾切れになった直後、〈ファルシオン〉と〈エクエス〉は突っ込んでくる。しかし、ティナは紫水晶(アメシスト)の瞳を輝かせ、本当に困ったようにそう言った。
ティナは弾切れになった騎士散銃(ナイツ・マスケット)を前に向けて投擲する。生命線とも言える手持ちの武器を容赦なく投げ捨てるという行動に不意を突かれたのか、〈ファルシオン〉の反応が遅れる。
情報精査装置が集中する頭部を狙っていると気付いて咄嗟に庇ったのは、さすがの技量と言うべきかもしれないが、それもティナの思惑通りだった。
背後に突き刺した散銃を一本後ろでに引き抜くと、腕を伸ばすようにして低い位置から引き金を引く。
上段への攻撃を庇った直後だ。下段の攻撃へは反応が遅れる。脚部に散弾を受けた〈ファルシオン〉はつんのめるようにしてうつ伏せに倒れる。
2本目を引き抜いて射撃。咄嗟に隊長を庇おうとしたのか、一機の〈エクエス〉がそれを受け、もう一機が切り込んで来る。
「甘いよ?」
コックピットに座るティナが、くすりと蠱惑的に笑む。振り下ろされた剣を、銃剣で軽く弾きながら、自ら踏み込むことで回避。もう一方の散銃を突き刺し、ゼロ距離で引き金を引く。
爆音と共に、散弾を浴びた付近がフレームから吹き飛び、残骸となった〈エクエス〉は、隊長機の〈ファルシオン〉を庇うように立っていた〈エクエス〉とぶつかり、派手に金属音を響かせた。
〈エクエス〉がよろけたわずかな隙に、ティナは機体を側面に回りこませ、引き金を引く。衝撃で腕が千切れ飛んだ〈エクエス〉は、完全に体勢を崩す。
そのタイミングで、立ち上がった〈ファルシオン〉が〈アンビシャス〉に斬りかかるが、二つの銃口はすでにしっかりと獲物を捉えていた。
二丁同時射撃。わずかに跳躍しつつ放たれた散弾は、過たず〈エクエス〉と〈ファルシオン〉を破壊し、反動でティナの〈アンビシャス〉は、飛び退き、迫ってきていた敵部隊の囲みを抜け出す形になる。
「まずは4機」
騎士散銃《ナイツ・マスケット〉は本来使い勝手の良くない武器だ。威力や衝撃は高いものの、それ相応に反動が大きく、連射も利かない。
もちろん、革命団(ネフ・ヴィジオン)の〈ガベージ・タンク〉に採用されているような通常の銃火器も存在するし、生産されている。しかし、主なMCの運用者である貴族騎士達は、射撃戦を美しくないと評する。
つまるところ、貴族達からすれば、騎士同士の決闘という形がもっとも美しい戦いであり、銃弾をばら撒く射撃戦は無粋だと言うことである。
そういう見栄えに拘る運用思想の結果として、見た目に拘り、銃のアドバンテージである連射力を捨て、反動を無視した一発の派手な威力に特化した、
ティナはその扱い辛い武器である
もちろん、本来両腕で立ち止まって扱うことが前提であるこの武器を片腕で、しかも戦闘機動を行いながら運用するなどという正気を疑う運用を可能にするのは、彼女の高い技量が前提となっているのだが。
『いやー、えげつないねぇ』
「だから、あんたに言われたくないんだけど」
そんなことを言うレナードは、すでにティナと同じく一個小隊を壊滅させている。それはもう一方的に。
〈アンビシャス〉は、〈エクエス〉を元としているが、パーツの大半は〈ヴェンジェンス〉と共有しているため、本来の〈エクエス〉に比べれば若干性能が低い。それで一方的に撃破できるのだから、レナードも大概だろう。
「じゃ、全部ぶち抜いてあげる」
背中に背負った
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