第31話 接触 -Fate- 12

 戦闘開始の数時間前。ジン・ルクスハイトは、セレナから伝えられた合流ポイントに向かっていた。

 カルティエ家を出る時には、クロエに拗ねられたり、また今度来る約束をさせられたりと一悶着あったのだが、それは割愛する。

 ちなみに、セレナは一晩中正座で説教を受けたらしく、外に出たジンに、暗号文で作戦概要を記した紙を渡すと、寝るといってさっさとどこかに消えた。ちらりと話を聞いた限り、老執事が目を離した隙に幾度となく逃走を図ったらしいのだが、全て闇の中から伸びてきた白い手袋に阻まれたらしい。

 あの老執事の謎がまた一つ増えた瞬間だった。


「で、おまえがなんでここにいる? シェリンドン・ローゼンクロイツ」


 そこで、ジンは不機嫌さを隠さない声音で後ろを歩く男──シェリンドンに尋ねた。


「なに、私も騎士団に用があるものでな」

「…………」

「そう険しい顔をしないでもらおう。君の・・邪魔をするつもりはないさ」

「どういうつもりだ?」


 ジンは不思議で仕方がない。ここでジンを捕らえるなり殺すなりしておけば、それだけで利益になる。生け捕りにすれば、革命団ネフ・ヴィジオンの情報も得られるし、何より味方の被害を防げる。殺したところで、どうせジンは断頭台送りの重罪人であろうから、さして問題にもなるまい。

 そしてなにより、シェリンドンは、純粋な戦闘能力であれ、策謀を巡らす政治力であれ、それを容易くなすだけの力を持っている。

 だというのに、ジンを見逃し、あまつさえ、邪魔さえしないという。まったく目的が見えてこない。


「ふっ……それを教える気はないさ」

「何かあるってのは認めるのか?」

「否定はしない。ただ、私としては、昨日も言ったように、優れた騎士と死合たいのだよ。ここで君を潰すのは惜しい」

「その余裕が見下してるっていうんだが?」

「私が負けるのもそれはそれで一興というものだ」

「ちっ……」


 とはいえ、その余裕は本物だ。事実、ジンは二度も負けているのだから。前回は〈ガウェイン〉の性能と味方の援護に助けられただけで、自分だけの力では完敗だった。そんな風に現実的な差を開けられているジンとしては、舌打ちを漏らすしかない。


「ではな、ジン・ルクスハイト。その名、しかと私の胸に刻んでおこう」


 いつの間にかシェリンドンの目的地に着いていたらしく、立ち止まったシェリンドンが、ジンに貴族の礼を取る。それは、シェリンドン・ローゼンクロイツという男が、ジン・ルクスハイトというレジスタンスの少年を確かに好敵手として認めたということだった。

 向けられた側のジンは、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズの矜持を負って立つ男の礼に威圧を感じ、痺れたように立ち止まる。


「…………俺は──」


 本当は言いたくない。だが、シェリンドンは相応の礼を持ってジンを認めた。まだまだ未熟ながら、まだまだ伸び代のある、将来の好敵手として。それは貴族としてとか、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズとしてとか、そういうものではない。根底にあるのは、ただ純粋に、戦場に立ちMCを駆る騎士としての思いだ。

 ならば、同じ騎士として、この思いは伝えるべきだろう。おそらく、ジェラルドにも伝わるだろうからなおさら。でも、口に出すのは一度だけだ。自分でも絶対に認めたくない感情なのだから。


「俺は今から言う言葉を人生で一度しか言わない」

「ほう……なんだ?」

「俺は──おまえやジェラルドさんの強さに憧れた。認めたくないが、事実だ」


 そう、目の前で行われたあの激戦を見て、あの強さに憧憬を抱いた。敵であるはずのジェラルドとシェリンドンに、おそらく他の誰よりも、憧れた。羨ましく思った。尊敬の念さえ抱いた。

 だが、それ故にジンは口に出したくなかったのだ。それは自分のアイデンティティーを乱しかねない事実だから。あの日あの場所から始まった自分を打ち崩しかねない危険を孕んでいるから。

 そんなジンの思いを見透かしているのか、シェリンドンは驚いたように少し目を開いた後、清々しい笑みを浮かべた。ただ、ジンでは何を思ったかは、その表情からは窺い知れなかった。


「そうか……君の師にも伝えておこう」

「だから、俺は超える。おまえもジェラルドさんも、いつか絶対に」

「ふっ……君の思いは受け取った。楽しみにしておこう。では、次は戦場で会おう」

「ああ」


 ジンは、シェリンドンに背を向け、自らの目的地へと踏み出す。その姿は、自らが抱いた憧憬に背を向けるようでもあった。


「すまない、最後に一つだけいいかね?」

「なんだ?」


 ジンは振り返らない。今この瞬間から、ジン・ルクスハイトとシェリンドン・ローゼンクロイツは敵なのだから。いや、敵でなければならない。


「あの時の狙撃手に伝言を頼みたいのだが、構わないかね?」

「あいつに……?」


 脳裏に浮かぶのは、白銀の髪と紫水晶アメシストの瞳を輝かせる少女の姿。あの時の狙撃手といえば彼女だろう。そもそも、人員不足の革命団ネフ・ヴィジオンに彼女以上の狙撃手スナイパーはいない。


「私の名を言う必要はない。ただ、『お元気そうでなによりです』とでも伝えてくれればいい」

「知り合いか?」

「さて、な。そうかもしれんしそうでないかもしれん。伝えてもらえるか?」

「……いいだろう。借り2だ」

「ふっ……ジェラルドの影響か? 律儀なものだ」

「……さあな」

「では、さらばだ、少年」

「ああ」


 ジンとシェリンドンは今度こそ互いに背を向け、お互いの戦場へと歩みだす。もしかしたら交わったかもしれない二人の道は、ここで完全な平行線となった。互いを認め合いながらも殺しあう──そんな運命(さだめ)へと。


「遅かったじゃないか、ジン。フライトの時間は押してるんだよ?」

「野暮用だ」

「そうかい。じゃあ、行こうか?」

「ああ」

「いつになく……でもないか。けど、いつもより硬いね。どうかしたかい?」

「いや、何もない」


 ジンは、運び屋の詰めどころで待ち構えていたカエデに短く答える。あそこがどれほど居心地のいい場所であっても、憧れさえ抱く騎士のいる場所であっても、今のジン・ルクスハイトの居場所はそこではない。一時の夢は終わり、革命闘士、《フリズスヴェルク》としての、革命の戦場という現実が彼の元へと舞い戻る。


「まあ、教えてくれないよね」

「〈ガウェイン〉は?」

「いいの? 先に乗って? 乗り心地最悪だと思うよ?」

「不慮の事態に対応できない」

「まあね。あっ、ちなみに、その影ね」


 ジンは、カエデが指差したシートをめくり、その影にあるMCと向かい合う。

 真紅で装飾されていた装甲は、本来の白銀の輝きを取り戻し、金剛石ダイヤモンドのごとき輝きを放っている。機体各部の装飾は金と真紅の紅玉ルビー。そして、機体を覆うように、裏地を紅く染め抜いた白いマントを羽織っている。雄々しくも美しい『太陽の騎士』の姿がそこにはあった。


「搭乗者認識──クリア。コックピット環境及び機体ステータス正常。レバーフィードバック、正常作動を確認。バッテリー残量安全域、ジェネレーター出力安定。戦術データリンク、網膜投影アクティベート。システムオールグリーン、〈ガウェイン〉、通常モードでシステムを起動」

『いけるかい?』

「ああ、いつでもいい」

『位置座標固定、アーム展開。機体接続完了。そっちは?』

「機体接続を同期。固定を確認」

『よし、偽装コンテナ展開、《グレイプニル》、出撃するよ』

「《フリズスヴェルク》、了解」


 一瞬の浮遊感と共に、〈ガウェイン〉を積荷を隠すためのコンテナに隠した輸送ヘリが飛び立つ。目標地点はコルベール男爵家領、アシル=クロード街道。少年達は、自らの意思で戦場へと疾駆する。


「ジン・ルクスハイト。再び相見えるその日まで、君の成長に期待している」


 そのヘリを見送ったシェリンドンは、そう言って心底愉快げに笑んだ。

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