第26話 接触 -Fate- 07
「ってわけで、隊長不在だけど、作戦会議を始めまーす」
ティナがそう言うと、会議室に集まったメンバーは微妙な表情で彼女を見た。
「ティナちゃん……なんでキミが仕切ることになってるのかな?」
「ふぇっ……? いや、流れで?」
「……キミは本当に能天気でいいねえ」
「む。馬鹿にしてるでしょ」
「うん」
「あんたね……」
悪びれもせずに即答したレナードに、思わずティナはこめかみを抑えた。なぜだろう、頭痛がする。
会議室に集まっているメンバーは、ジンを除いたMC部隊、ティナ、レナード、ディヴァインの三人。そして、追加パイロットの三人だ。
彼らには、奪取した〈エクエス〉と〈ガウェイン〉によって余った〈ヴェンジェンス〉を担当してもらうことになっている。
今回の作戦から追加されたメンバーであり、練度に不安があることから、カルティエ領に消えたジンを除く、現メンバーの三人は比較的強行に反対したのだが、《テルミドール》の新たなパイロットの育成は急務である、という一言に反論できず、今回の作戦に参加する運びとなった。
ジンがいたら、凄い勢いで《テルミドール》に噛みつきそうだが、残念ながら、当人はいないので、滞りなく配属が決まってしまった。
「えー、じゃあ、レナードがうるさいので、ディヴァインさん、代わってください」
「自分で口火を切ったんだ。最後まで責任は取れ。それに、俺は作戦について詳しく聞いていないぞ」
「あれ? そうなんですか?」
「それは僕もだよ」
「じゃあ、口挟まないでくれない?」
「いや、なんかつい……ほら、理由もなくいらっとくる時ってあるじゃないか」
「…………」
じとーっとしたティナの視線がレナードに突き刺さるが、いつもの甘い笑みで軽く流される。
「ゴホンッ」
ディヴァインのわざとらしい咳払いで本来の役目を思い出したティナは誤魔化すように愛想笑いを浮かべ、作戦について話し始める。
「じゃあ、作戦の概要について説明するね。目標は、コルベール男爵家直轄騎士団の殲滅」
「一つ質問いいかい?」
「いいけど、なに?」
「コルベール男爵本人を狙うわけじゃないんだね?」
「そう聞いてるけど? 本人は帝都にいるらしいし」
「それ、わざわざ狙う意味あるのかなぁ?」
「さあ? わたし、理由までは聞いてないし」
「うーん……」
「レナード、気になるのは分かるが、疑義を差し挟むのは後にしておけ」
ディヴァインがレナードを嗜めると、ごめんねーなどと、いつも通りの軽い調子で受け流す。
「えーっと、話を戻すけど。今回の作戦は騎士団の撃破だから、当然、MC戦になるね。残念ながら、他の部隊の支援は期待できないって」
「つまり、男爵家の騎士団を、型落ちのMCと正規パイロット不在の〈ガウェイン〉だけで撃破しろってことかい?」
「うん、そういうことだと思うけど。あっ、でも、ジンは後で合流するって。〈ガウェイン〉は、カエデが運ぶことになってるみたい」
「ふーん」
「貴様ら、今回は俺たちだけじゃないんだぞ」
「あっ……ごめんなさい」
「いやー」
今までのMC部隊の作戦会議はこんな感じで適当だったし、全員がそれで概要を理解できていたからいいのだが、今回は新メンバーがいる。いつも通りでは意思疎通に難が出てくるのは当然だ。それをすっかり失念していたティナは少し決まりが悪い。
軽く頭を振って意識を切り替えると、手元の機材をいじくって、スクリーンにデータを表示させ、取り出した指示棒でスクリーンをつつきながら説明を再開する。
「えー、情報によると、騎士団は他領の騎士団との訓練のため、このアシル=クロード街道を通って移動するそうです。数は二個中隊36機。小隊長機9機が〈ファルシオン〉、残り27機は〈エクエス〉。こっちが初期段階で投入できる戦力は〈エクエス〉改が2機、〈ヴェンジェンス〉が4機。戦力比にして6:1ってとこかな」
「リーダーも無茶言うねぇ」
「いつものことでしょ。っと、作戦は単純です。アシル=クロード街道は、先々代のコルベール男爵が、お隣のロベスピエール伯爵領との交易路として整備した街道で、途中で、谷になってるところがあるんですが、私たちは先んじてここで待機して、騎士団の通過タイミングで奇襲をかけます」
谷を通る狭い街道では一個大隊という大部隊で移動する騎士団は対応し難い。対する
特にその傾向が強いレナードやジン、ティナにとっては、この作戦が一番やりやすいのだ。
「部隊配置は、東側から、〈エクエス〉改2機、《フェンリル》及び《マーナガルム》。西側からは、〈ヴェンジェンス〉4機、《スレイプニル》、《ニーズヘッグ》、《フギン》、《ムニン》。そしてーー〈ガウェイン〉、《フリズスヴェルク》」
「俺は援護というわけだな?」
「はい。ジンが来るまでの間、私たちは可能な限り暴れて相手の動きを止めます。ディヴァインさんは、新人のみなさんを守りつつ、実戦慣れさせてください。私たちにはちょっと……そういうのできないので」
新人のみなさんで一括りにされた三人のパイロットは不満そうではあるが、口を挟むことはなかった。とはいえ、まともに実戦でのMC戦を経験しているのはジン、レナード、ディヴァインくらいなもので、ティナも偉そうなことは言えない。
いずれにせよ、二刀使いのジンは論外だし、ティナやレナードも、何かを守りながら戦うなどということは苦手なのだ。その点、ディヴァインの技術の堅実さは守りという方向からみれば、部隊内の誰よりも評価が高い。
だからこそ、前回の戦闘でも、『迎撃』ではなく、『直掩』という役割が与えられたのだ。
「了解だ」
「こっちも了解だけど、ティナって前衛できたっけ?」
「大丈夫。こっちもいろいろ準備してるから」
「オーケー、じゃ、期待してるよ」
「うん。以上が作戦の概要です。作戦開始時刻は、明日の明朝6時。それと、また何機か奪う予定なので、傷は付けすぎないようにね。特にレナード」
「なんで僕だけなのかな?」
「ジンがいないから」
「……キミもじゃない?」
「………………わ、わたしもだけどいいの!」
残念ながら、やはり、レナードやジンに限らず、ティナも鹵獲を目標にするなどという繊細な戦いは苦手だった。
「コホン、何か質問ありますか?」
すると、新人三人の内の一人が手を挙げた。吊り上がった眉と鋭い眦が特徴的な気の強そうな少女だ。さらさらとした黒っぽい髪をショートヘアに切り揃えており、うっすらと小麦色に焼けた肌からは健康的な魅力が伝わってくる。確か、コードネームは《ムニン》だったはずだ。本名は残念ながら渡されたデータにはなかったので分からなかった。
「えーっと、《ムニン》、でよかった?」
「はい」
「じゃあ、遠慮なくどうぞ」
「先輩はあたしたちが戦力にならないって考えてるってことですか?」
ずいぶんと突っかかるような言い方だ。しかし、冷たさ全開のジンや、笑顔の仮面を被ったレナード、常に何を考えているか分からないカエデなどに比べれば分かりやすくて可愛げがある。
後ろの二人の新人が喧嘩腰の《ムニン》におろおろしているが、気にするほどでもないだろう。
「んー、どうだろ?」
「ティナちゃん……」
「ティナ、貴様というやつは……」
なにやら、呆れを隠しきれないといった様子の声が聞こえたが、おそらく気のせいだろう。
はぐらかすような言い方が気に食わなかったのか、少女の顔が怒りで赤くなる。
うん、わかりやすい。っていうか、かわいい。
「誤魔化さないでください!」
「うーん、本音を言うなら、戦力として期待してないわけじゃないけど、戦力としてカウントしてもない、ってとこかな?」
「はあ?」
すごく怪訝な顔をされてしまった。しかし、そうとしか言いようがない。先ほどは戦力比は6:1と口にしたが、はっきり言えば、そうとは思っていない。
ディヴァインに守りを任せ、ティナとレナード、そして後から来るジンでほぼ全てを撃墜するつもりだった。
もちろん、期待以上に活躍してくれる分には構わない。だが、そんな保証はないので、ティナは、というより、作戦を立てた《メスィドール》は、端から戦力外として扱っているのだ。
要するに、心情的には期待しているが、戦術的には期待していないということである。
「意味がわからないんですけど?」
「まあ、がんばってくれる分にはいいよ? けど、死なないでねってことかな?」
「ティナちゃん、言い方」
「うっさい」
「あれ? 僕の扱いぞんざいじゃないかな?」
「うっさい」
「うわーん、ディヴァイン、ティナちゃんが僕を虐めるよお」
「…………」
ティナがばっさり切り捨てると、レナードは、ディヴァインに泣きつく真似をして、当人にはすげなく無視されている。
相も変わらず、空気を読む気がない男である。というか、そういう行動は控えてほしいものだ。噛みつきやすそうな子がいるから。
「ふざけてるんですか!」
案の定というかなんというか、《ムニン》の怒声が会議室に響いた。ただ、怒鳴られている方の三人は、その程度で動じるような人間ではなかったが。
「ふざけてるのはレナードだけだけど……?」
「あたしが言いたいのはそういうことじゃありません!」
「すいません! こいつ本当にキレやすくって。ほら、おまえも謝れ」
「なにすんのよ!」
突然立ち上がり、少女の頭を押さえつけて下げさせ、自分も頭を下げたのは、少女と似た顔立ちの少年だった。ただ、垂れ目がちで、黒髪は癖っ毛と、細かいパーツは少女とは対照的だった。
《ムニン》が怒り出したあたりからそわそわしていたので何か言いたいことがあるのかと思っていたのだが、《ムニン》を止めたかったらしい。
「あっ、別に気にしてないからいいよ?」
「いや、ほんとすいません!」
「髪掴むな、バカ!」
鋭いストレートが少年の脇腹に突き刺さり、少年は床に沈んだ。少女は、叫び疲れたのか、肩を上下させている。
うん、仲が良いようでなにより。手元の資料によれば、二人は、
コードネームも、北欧神話の主神オーディンの両肩にある鴉──《ムニン》と《フギン》と、そのことを意識したものが与えられている。これは、《テルミドール》あたりの采配だろうか。相変わらず、いい歳して派手好きな趣味の男だ。いや、げん担ぎが好きなのだろうか。
ふと、レナードが真面目な表情で口を開いた。
「さて、僕はもう戻るけど、いいよね?」
「別にいいよ。もう話は終わったし」
作戦会議にしては乱雑だが、いつもこんなものだ。それに、現場での指示は《ヴァントーズ》の領分である。特に引き留める理由もない。
しかし、ティナは忘れていたことを一つ思い出して、部屋を出て行くレナードを引き留めた。
「あっ、最後に一つだけ」
「なんだい?」
「機体名決めたの忘れてた」
「機体名……? 〈エクエス〉のかい?」
「そうそうそれそれ」
「へー、ぜひ聞かせてもらいたいな」
「〈エクエス〉革命団(ネフ・ヴィジオン)仕様、〈アンビシャス〉。それが機体名だから、覚えといてよ?」
「ふーん、抱くは『大望』ってわけだ」
「そういうこと」
不敵な笑みを浮かべるレナードに、ティナも似たような笑みで答え、会議と言えるのか怪しい会の終わりを宣言した。
「じゃあ、会議は終了。解散!」
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