第27話 接触 -Fate- 08

「システム、戦闘ステータスで起動。バッテリー残量安全域、ブースター出力正常。いけるな」


 機体の状況を確認し、起動シークエンスを終えたジンに、シェリンドンの〈エクエス〉から通信が入る。


『準備はいいようだな』

「ああ、いつでもいい」

『よろしい、来たまえ』

「言われなくとも!」


 自ら攻め手を譲ったシェリンドンに、ジンは突っ込む。もちろん、初めから二刀だ。残念ながら、ジェラルドのように一刀一盾のスタイルも使いこなせるなどということは、ジンにはない。そこそこではあるが、円卓の騎士に通じるレベルではないのだ。それに、初めから本気でいかなければ、シェリンドンの足元にも及ばないどころか、指先に掠ることもできまい。

 地面を蹴り加速。瞬時に距離を詰め、前傾した姿勢から加速に乗せた切り上げを放つ。

 金属同士がぶつかる甲高い音が響き、弾かれた剣が火花を散らす。

 この程度は想定済み。続けて中段に向けて右の剣を振り抜く。やはりこれも弾かれるが、ジンは止まらない。

 弾かれた剣を手首を捻り角度を変えつつ、再び叩き込む。しかし、次々に放たれる斬撃を受けるシェリンドンは盾しか使っていない。だというのに、むしろ押されているのはジンだった。それどころか、シェリンドンの〈エクエス〉は開始位置から微動だにしていない。


「ちっ……」


 舌打ちが漏れる。前回以上に遊ばれている。いや、この程度では受けるだけで十分ということか。

 苛立ちからくる焦り、それが剣を乱し、一瞬の隙が生まれる。ジンからすれば一瞬の隙。だが、シェリンドンという達人から見れば致命的な隙だ。

 初めてシェリンドンが自ら動いた。盾を押し込んで右の剣を弾き、鋭く抉るような突きを放つ。

 ジンは、手首を素早く返して左の剣で、その突きを滑らせて受け流す。

 しかし、シェリンドンは流されそうになった突きを押し留め、受けたジンの剣を押し込んでくる。


「くっ……」

『どうした? 〈ガウェイン〉がなければその程度か? ジン・ルクスハイト』


 接触回線が開かれる。ジェラルド達には聞こえていないが、ジンの焦りを誘発するには十分だった。


「うるさい」


 吐き捨てたジンは、ギリギリと押し込まれる剣を無視して、盾に向かって蹴りを入れる。

 もちろん受け止められ、威力を殺された上で、体勢を崩されるが、大した問題ではない。

 ブースター最大出力。横薙ぎの剣の押し込みにそのまま弾き飛ばされながら、手足のスラスターを噴射し、さながらスケートのスピンのように、シェリンドンの背後に回り込む。


『ほう』

「墜ちろ」


 繰り出すは最高速の突き。もちろん、シェリンドンは素早く機体を返して、盾で受け止めようとする。それは予想済みだ。

 ジンの突きが狙っているのは、自然と盾で守ろうとする胸部の機体中枢ではなかった。シェリンドンの反応が間に合うことを想定した上で、振り返り際、十分に相手が剣筋を見極められない瞬間、振り返る勢いを殺せない瞬間に狙いを定め、盾を掠めるような一撃を放つ。


『なんと……!?』


 ジンの狙い通り、盾をわずかに掠めるようにしてシェリンドンの〈エクエス〉へと突き刺さる。

 しかし──


『だが、甘い!』


 剣尖が機体に届く寸前、シェリンドンの剣は間に合った。盾と剣に挟まれる形で衝撃を受けたジンの騎士剣ナイツソードは耐え切れず、半ばから砕け散る。


「まだだ」


 続いて左の剣を繰り出す。今度は盾と剣がぶつかり合うその隙間を狙う。しかし、シェリンドンは素早く踏み込み、構えていた盾でそのまま殴りつけてくる。


(ここだ、この瞬間を待っていた!)


 瞬時に剣を止め、ブーストを噴射。シールドをその淵を足場に飛び越えようとする。

 衝撃。

 一瞬、ジンは何が起こったのかわからなかった。気が付いた時には、吹き飛ばされ、地面に叩きつけられていたのだ。


「くっ……なにが……?」


 衝撃でカメラがイカれたのか、視界の映像にはノイズが走っている。そこには、盾を繰り出した体勢で動きを止めたシェリンドンの〈エクエス〉の姿があった。

 盾を蹴った感触は確かにあった。だが、シェリンドンは、そのタイミングに合わせて、そのまま盾をかちあげることで、ジンの〈エクエス〉を弾き飛ばしたのだ。

 ゆっくりと近付いてきたシェリンドンの〈エクエス〉はコックピットに向けて剣を突き付ける。もはや動かぬ機体に乗るジンの負けだった。

 結局、不意を付けたのは一度きりで、それ以外は終始押されっぱなしだった。挙句の果てには、奇策まで打ち破られたとあっては、完敗を認めざるを得ない。

 これが、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ。改めて、その強さを認識させられた。


『やはり素晴らしいな。どんな状況にあっても思考を止めない想像力。相手の動きを見抜く洞察力。それを我が物とする吸収力。そして、それを実戦においても荒ずりながら実現してみせる再現力。重ねて言うが、どれも素晴らしい! だが、やはり未熟! それだけでは私やジェラルドには及ばん。君に必要なものが何か、今一度考えてみることだ』


 接触回線で言いたいことを言い切ったらしいシェリンドンは、停止させた〈エクエス〉のコックピットから飛び降りた。

 ジンもそれに倣ってコックピットから降りると、シェリンドンが話しかけてきた。


「ところで、君はジェラルドの弟子なのかね?」

「……似たようなものかもな」

「そうか……君と初めて戦った時からそうではないかと思っていた。この楽園エデンいや、どこを探しても、実戦レベルの双剣使いは君とジェラルドだけだろう。ならば、君がジェラルドとなんらかの関係があるとは思っていたのだ」

「そんなのでよく二刀の機体を作ろうと思ったな」


 二刀流を扱える騎士がいないのに、二刀流の機体──〈ガウェイン〉を開発した意味が全く分からない。

 〈ガウェイン〉のデータは見ているが、装甲を極限まで削ったことによる機動力と絶対切断能力を持つガラティーンの二刀の攻撃力に特化した機体だ。技量云々以前に、普通・・の騎士では到底、扱えないだろう。


「開発を決定したのは私ではないさ」

「だろうな」

「だが、ジェラルドを円卓の騎士にするつもりもなかったようだ」

「なんのために作った?」

「さて、な。私はただの騎士でしかないさ」

「……そうか。それでどうする気だ?」

「ふっ……私はなにも言わんさ。それに、私は先日の件で謹慎中なのでな、報告の義務はない」


 いたって真面目な顔で、シェリンドンはそう言った。

 どうやらジンのことを誰にも言うつもりはないらしいシェリンドンに、ジンは尋ねた。


「なぜ俺を見逃す? 今回で3度目だろう」

「ほう……気付いていたのか?」

「最後撃てただろ。どっちでも」


 そう、シェリンドンは撃てたはずなのだ。ジンが乗る〈ガウェイン〉も、ティナ達が乗っていたヘリも。しかし、撃たなかった。だからこそ、ジン達は逃げ果せたのであるが。


「私にも事情があるということさ。ただ、君のような優れた騎士と真剣勝負したいという思いがあるのだ。私も騎士なのでな」

「……後悔するなよ」

「君ではまだ、私を下せんよ」

「ちっ……」

「再び戦場で相見える日を楽しみにしている。では、いずれ会おう」


 歩き去るシェリンドンをジンは何も言わずに見送った。次は届いてみせるという、冷たく蒼い焔を燃やしながら。

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