第25話 接触 -Fate- 06

「良く来てくれたな」

「なに、私も退屈していたところなのでな」


 旧友に話しかけるような気安さで、ジェラルドが声をかけたのは一人の仕立てのいい服に身を包んだ男だった。

 ジェラルドより少し若いくらいだろうか。しかし、その精悍な顔立ちは、ジェラルド同様、歴戦の勇士のそれ。そして、それでいて、振る舞いの端々に高貴な上品さを感じさせ、自然と身に纏うのは、人を従わせることに慣れたものの覇気。

 ジンはその顔を知っていた。

 シェリンドン・ローゼンクロイツ。蒼玉サファイアの騎士、〈ガラハッド〉を駆る|円卓の騎士(ナイツ・オブ・ラウンズ)が一人にして、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ最強の男。

 そして何より、ジン・ルクスハイトと、生身でも、MC越しでも言葉を交わし、ジンがレジスタンスのメンバーだと認識している人間。

 ジンは速やかに逃走経路の構築にかかるが、それより先に、ジェラルドはシェリンドンにジンを紹介する。


「こいつはジン・ルクスハイト。今は出て行った拾い子なんだが、久しぶりに帰ってきていてな」

「とすると、彼が君の言っていた腕の立つ騎士か?」

「そうだ。なかなかのものだぞ?」


 ジェラルドの視線がジンに向かう。真紅の瞳に、驚きに軽く見開かれた灰色の瞳が映り、直後に、獲物を見つけた猫のように愉快げに口角が歪んだ。

 悟られたことを確信したジンは、シュミレーションした逃走経路の中から、最も安全なパターンを選び出し、いつでも走り出せるように準備する。

 しかし、その目を見て、考え方を変えた。目の前の男は、今の状況を楽しんでいる。以前と同じだ。楽しんでいる間はジンを告発する気はあるまい。もっとも、そのシェリンドンの余裕はすなわち、その気になればジンをいつでも殺せるという事実に基づいているのだろうが。


「久しいな。先日以来か?」

「……ああ」

「知り合いなのか?」

「ああ、仕事で少しな」

「……ええ、まあ」

「そうか。奇縁もあるものだな」


 ジェラルドは納得したが、ジンの仕事はこの場合、運び屋ではなく、革命団ネフ・ヴィジオンの騎士である。もちろん、シェリンドンはそのことをあえてぼかして発言したのだが。


「さて、積もる話もあるが、久々に手合わせしてもらいたいものだな。シェリンドン」

「構わんさ。久しく手傷を負わされたものでな。腕が鈍っているやもしれんと思っていたところだ」

「先日の反動勢力騒動か? おまえが傷を負わされるとはな」

「ふむ、私もそう思っていたのだがな。なかなかどうして、良い腕の騎士だった。なかなかどうして見込みのある若者もいるものだ。時に、君はどうかな?」


 ちらりと、シェリンドンがジンに視線を送る。その意味を理解しているジンは、舌打ちしたい気持ちを抑え、誤魔化しの意味を含めて丁寧な言葉遣いで答えた。


「ご期待に添えるよう努力させていただきますよ。シェリンドン卿」

「ふっ、なかなか楽しめそうだ」


 余裕で人を沈めておいて良く言う。残念ながら、こと騎士としての技量において、ジェラルドとシェリンドンの足元にも及ばぬのは、分かりきった事実だった。

 お互いが訓練用の〈エクエス〉に搭乗するとしても、いや、搭乗するからこそ、その技量の差は明確となるだろう。

 正直、シェリンドンの〈ガラハッド〉と勝負と言える形になったのは、〈ガウェイン〉を可能な限り傷付けず確保しようとしたシェリンドンの命令遵守と、騎士双剣ナイツソード・ツヴァイーー『ガラティーン』という絶対切断の剣によるプレッシャーがあってのことである。

 残念ながら、〈エクエス〉に乗ってシェリンドンに勝てると思うほど、ジンは自惚れていなかった。


「ジンも腕を上げたようだからな。おまえの目に叶うなら、親衛隊の騎士にでもどうだ?」

「考えておこう。先日の戦闘で、幾人かの欠員が出てしまったこともある」

「俺は騎士にはなりませんよ」


 三人そろって訓練場に向かう中、ジェラルドがそんなことを言うので、ジンは素早く口を挟んだ。

 誰が好き好んでこの男の下につくというのか。増して、欠員の内四人の原因そのものである自分が親衛隊に入るなど笑えない冗談にも程がある。


「騎士も悪くないと思うんだがな。特に親衛隊は徹底した実力主義だろう?」

「ふっ、私の親衛隊ぐらいなものさ」


 そんな会話をしている間に、訓練場に着き、ジンをおいて、二人の騎士が既に安置されていた〈エクエス〉へと向かう。

 直前までの朗らかな友人同士の雰囲気はすでになく、ピリピリと張り詰めた緊張感が伝わってくる。


「お兄ちゃーん、こっちこっち!」


 そんな空気をぶち壊すようなソプラノの声がした方を見ると、クロエが手を振っている。クロエは、闘技場(コロッセオ)のようになっている訓練場の観覧席にあたる場所に座っていた。ぱたぱたと手足を振ってジンを呼ぶその姿は、ジンの2歳下だとは思えないほどに幼い。

 呆れつつも、ジンも観覧席の方へ上がり、クロエの隣に腰を下ろす。


「もう少し落ち着け。一応、貴族令嬢だろ」

「ちゃんとするところではちゃんとしてるもん」


 そんなにぶすっとした顔で言われても全く説得力がないのだが。

 胡乱げな目を向けるジンに気が付いたのか、クロエは、にこーっと笑う。


「ほんとだよ!」

「…………──っ!」


 なんと言ってやろうかと思案を巡らせるジンは、背筋が凍るような感覚で、視線を訓練場の真ん中で向かい合う2機の〈エクエス〉へと戻した。

 ただの立会いとは思えないほどの、気配。先日経験したばかりの戦場や、かつてのここでの訓練が霞むほどに圧倒的なものだ。

 ジンは、肝が冷えるのを感じた。こんな化物を自分は敵に回していたのか、と。

 まだぶつかってすらいない、ただ向かい合っているだけで、この緊張感。

 これが最強クラスの騎士。

 まざまざと差を見せ付けられた気分だ。

 隣では、クロエが突然黙り込んだジンを不思議そうの見ているが、この状況で普通にしていられる天然さがある意味では羨ましさすら覚える。

 一筋の風が、2機の〈エクエス〉の間を吹き抜ける。その風の圧力に一瞬、ジンは目を閉じた。

 そして、再び目を開いたときには、吹き抜けた風が合図だったかのように、2機の〈エクエス〉はぶつかり合っていた。

 互いに最大出力で距離を縮め、交錯の瞬間、それぞれの騎士剣ナイツソード騎士盾ナイツガードに火花が弾ける。

 攻めに出たのはジェラルドの〈エクエス〉。ぶつかり合いの瞬間、ジンには、シェリンドンの〈エクエス〉がほんのわずかに圧されるのが見えていた。

 普段なら隙になるほどではない隙。しかし、彼らの戦いではその隙は確実に捉えられる蟻の一穴となる。

 しかし、シェリンドンもさるもの。ジンが捌き損ねた以上の速度で繰り出されるジェラルドの連撃を、シェリンドンは一つ一つ丁寧に捌いていく。だが、ついには捌ききれなくなり、シェリンドンの〈エクエス〉は大きく弾き飛ばされる。

 いや、わざと飛ばされて距離をとったのだ。だが、ジェラルドはその逃げを許さない。飛び退く〈エクエス〉にぴたりと追従し、最も無防備になる着地の瞬間、高速の突きを放つ。


「…………」

「すごいすごーい」


 攻防に圧倒され言葉を失うジンに対し、クロエは相変わらず呑気なことにキラキラと目を輝かせ、パチパチと手を叩いて楽しそうにしている。

 これで終わりかと思われたが、シェリンドンの〈エクエス〉は、あえて片方の脚を振って先に着地させ、踏み込む動作で、突きを迎え撃つ。

 ドガッと凄まじい轟音が鳴り響く。今度は押し返されたのはジェラルド機だ。

 たたらを踏むようになったところに、シェリンドンの剛剣が突き刺さる。受けた騎士盾ナイツガードが大きく吹き飛ばされる。

 しかし、ジェラルドの機体はそこにはない。いつの間にか盾を手放し、その影に隠れるようにして、横から切り込んだのだ。そして、盾を手放した左手には2本目の騎士剣ナイツソード

 シェリンドンが盾と剣の双方を駆使した、いかにも騎士らしい剛剣の使い手ならば、ジェラルドは真逆。速度と手数に特化し、実戦で鍛え上げられた神速の二刀こそが彼の本領なのだ。


『ようやく本気とはな!』

『この速さで抜かせられるのは、おまえくらいなものだ』


 回線をオープンにしたのか、そんな声が聞こえる。

 そんな会話の間にも、ジェラルドが乱舞を放ち、シェリンドンはそれを捌いていく。

 ぶつかり合う金属同士が、耳障りな硬質な音を響かせ、火花を散らす。

 一見、攻めるジェラルドが有利に見えるが、シェリンドンはまさに山の如き不動の守りで、その攻撃を防ぎ続けている。

 完全に防ぐことは不可能なようだが、当たりどころをずらし、装甲表面に掠らせるのとで、ダメージは最小限に抑えているのだ。

 そして、嵐の如き怒濤の連撃を放つ二刀流には一つ弱点がある。機体の隅から隅までを酷使し続け、常に極限の集中力と判断力を要求されるこの戦術は、パイロットも機体も疲労しやすく、継戦能力が高くはないのだ。

 それを知っているからこそ、シェリンドンは守勢に回る。あの男には、息切れやリズムの乱れ、そういった隙を捉える自身があるのだ。

 そして、その時が訪れる。右に続いて放たれるはずの左の剣が遅れたのだ。


『ふんっ!』


 その隙間にねじ込むように放たれる鋭い剣尖。

 しかし、ジェラルドはそれを越えていく。遅れていたはずの剣が加速する。チェンジオブペース。あえて、自らのリズムを崩すことで、シェリンドンの堅牢な防御を、自ら崩させたのだ。

 だが、それはシェリンドンの想定の範囲内だったらしい。突き腕を庇うように差し出された盾が、加速した剣を受け止めたのだ。

 ジェラルドは即座に反応し、半身になって突きを避ける。しかし、続くシールドバッシュは避けられない。

 直撃した。ジンはそう思った直後に、違和感を覚える。

 ジェラルドの〈エクエス〉の位置取りが妙に高いのだ。


「なっ……!?」


 驚愕がそのまま口から漏れた。

 ジェラルドは、剣を叩きつけた反動を使って機体を捻りながら浮かせ、次に繰り出されたシールドバッシュにブーストを合わせ、盾を踏み台にしたのだ。

 ふざけた機動だ。そして、なにより絶妙なのは、ブーストが間に合いながら、相手に跳躍を悟らせない高度だ。少しでも浮き過ぎればシェリンドンに悟られ、低過ぎれば、盾を踏み台にできない。

 シェリンドンの〈エクエス〉を飛び越えながら空中で回転し、二刀が両肩口へと走る。

 前傾した形になったシェリンドンの体勢では、避けきれない。

 双剣に弾かれたシェリンドン機が膝をつき、浮遊していたジェラルド機が、回転しながら着地する。

 真剣ならば、シェリンドン機の腕は宙を舞っている。決着が付いた瞬間だった。


「…………」


 もはや言葉もでなかった。何度でも絶対的な差を見せ付けられる。ジンなどでは足元にも及ばない。改めて生き残ったことが奇跡に思えた。


「あれれー? お兄ちゃん大丈夫? 寝てるのー?」


 立ち竦むジンの前で、クロエがふらふらと手を振る。相変わらず間の抜けた感じのする間延びした声で、なんとなく気が抜ける。

 ジンは、苦笑を浮かべて、クロエの光を受けてキラキラと金に輝くふわふわの髪をぽんぽんと撫でると、先ほどまで激闘が行われていた、階下へと降りていく。


「相変わらず凄まじいな、君は」

「おまえもな。さらに腕を上げたようだ」

「ふっ……君には及ばんさ」

「まだ勝ち越される気はないということだ。俺もな」

「私もまだ諦めるつもりはないさ」


 ジンが〈エクエス〉の前まで降りていくと、〈エクエス〉から降りた2人はどこか楽しげにそんな会話をしていた。旧い友人というのは本当らしく、柔らかな雰囲気が流れていた。

 そんな中、ジンに気が付いたジェラルドが話しかけてくる。


「ジン、おまえもシェリンドンと一戦どうだ?」

「……自信なくしましたよ」


 ジンが真顔で心の内を漏らすと、2人して笑われた。ジェラルドはともかく、あの・・シェリンドン・ローゼンクロイツがそんな反応をするとは思わなかったので、ジンは面食らう。


「それは当然だろう。私達と君では年季が違うさ」

「まだまだ若僧ってことだ、ジン」

「……それはそうですが」

「まあ、これも経験の内だ。ここは実戦じゃない。負けても大丈夫だ」

「…………」


 手も足も出ず、という情景が浮かぶのだが。ジェラルドにしても、シェリンドンにしても、今まで戦ったのは本気でもなんでもなかったのだ。手を抜いてもらっても及ばないのに、本気を出されたら言わずもがなである。

 その時、訓練場に一台の輸送車が入ってくる。同時に、聞き覚えのある老執事の声が聞こえた。


『旦那様。こちらの〈エクエス〉は整備の方へ運んでおきます。ジン様、シェリンドン様はこちらの機体をお使いください』


 輸送車に固定されているのは二機の〈エクエス〉。まるで、損傷することが分かっていたかのようだが、あの執事のことだ。実際に予測して準備していたのだろう。

 どうやら、戦うことはすでに決定しているらしい。いろいろな意味で気乗りしないが、シェリンドンもジェラルドの前でジンに手を出す蛮行は犯さないだろう。

 それならば、それは、最強の円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズから技を盗むチャンスではある。

 ジンは狩られる側だと自覚しながらも、あえて獰猛な笑みを浮かべ、強気に出た。


「……分かりました。全力でやらせてもらう」

「ふっ……楽しませてもらうさ。期待していいのだろう?」


 不敵に笑んでそういうシェリンドンに、ジンは似たような笑みを返した。

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