第22話 接触 -Fate- 03
腰まである銀髪を、ささやかな風にさらさらと揺らしながら少女──ティナは整備中の〈ガウェイン〉を眺めていた。休暇で手持ち無沙汰になった彼女は、暇つぶしに格納庫へ来たのだ。整備の邪魔をしないように二階にいるが、かえって作業が良く見えた。
休暇をもらったメンバーの内、ジンは理由は不明だが、カルティエ士爵領に行ってしまって消息不明だし、ファレルは正気を疑うくらい長時間に渡って、トレーニングルームにこもりっぱなしだし、カエデも〈ガウェイン〉に目を輝かせていたと思ったら、ヘリとMCのシュミレーターにこもり始めた。
みな、それぞれ思うところはあるということなのだろう。
もっと自分に力があれば。咄嗟のこととはいえ、もっと良い作戦はなかったのか。
そんなことを思うのはティナを含め、おそらく、四人に共通する感情なのだろう。
「うーん、変わるものだねー」
彼女の前にある〈ガウェイン〉は、施されていた紅玉(ルビー)色の装飾装甲を剥ぎ取られ、本来の装甲に用いられた金属の色である白銀の輝きを放っていた。
〈ガラハッド〉との戦いでボロボロになった装飾装甲は不必要だと判断されたのだろう。もっとも、元々装飾の名の通り、
取り除いても防御力の若干の低下と引き換えに、重量が軽くなる程度のことである。むしろ、ない方が目立たないので、
美しい白銀の装甲に、金色と
「ずいぶんといいご身分じゃな、お嬢さん」
突然後ろから話しかけられ、ビクッと身を震わせたティナは、もたれかかっていた手すりからずり落ちそうになり、慌てて手を突いた。
「そう慌てることはあるまいに」
「いや、びっくりしたから! めちゃくちゃびっくりしたから!」
「ほっほっほっ」
落ちないようにゆっくりと身を起こし、振り返ったティナの前にいたのは、もじゃもじゃの白髪に髭を蓄え、よれよれの白衣を着た見るからに胡散臭い老人だった。
《プリュヴィオーズ》。メンバーにはそう呼ばれている。革命暦の名を持つ『始まりの十二人』の一人で、その中でも一番年嵩な人物だ。MCの整備やその他の技術解析、開発に携わっているのだが、特徴を表すなら、さっきも言ったが、胡散臭いの一言に尽きる。その上、他のメンバーに比べて、表に出てくることもほぼ全くと言っていいほどない。
若いメンバーの間では、年がら年中なにか機械を弄くり回して喜んでいる偏屈ジジイ、という認識で一致している。
「もういいです! それで、何の用ですか?」
「なに、おまえさんが暇そうにしておったからの。〈ガウェイン〉の出来を見るついでにちょっとつついてやろうと思うただけじゃ」
「……ねえ、そんな理由で私は落とされかかったの? ねえ?」
「ほっほっほっ、落ちても問題あるまい? 今日も飛び降りておったではないか」
そういう問題ではない。だいたい、同じくらいの高さでも、心の準備をしてから飛び降りるのと、突然落とされるのでは、天と地ほども違う。ティナは猫ではないのだ。
煙に巻くように笑う《プリュヴィオーズ》に、ティナは低い声で聞いた。
「ねえ、一発ぶん殴ってもいい?」
「これこれ、老い先短い老人をあまりいじめるものではない」
どこが老い先短い、だ。見た目の割に、まだ30年くらい余裕で生きられそうに見えるくらい元気だというのに何を言うのか。
「それに、ワシは殺されるならグラマラス美女と決めておるんじゃ。貧相な小娘などお呼びでないわ」
その言葉に、顔をうつむかせたティナは怒りでぷるぷると小刻みに震えていた。ぶつぶつと貧相で悪かったな、貧相で、などと呪詛を漏らす彼女の姿からは、黒々とした負のオーラがだだ漏れである。
確かに、ティナはスレンダーな体型と言えば聞こえはいいが、有り体に言ってしまえば、まあ、貧相である。
「セクハラジジイを一発くらい殴るのは許されると思うんだけど! 思うんだけど!」
「はて、セクハラジジイとは誰のことじゃ?」
「ぶっ飛べ!」
ティナが情け容赦なく、全力で拳を振り抜く。しかし、《プリュヴィオーズ》がひょいと突き出した杖に躓き、彼女の身体はふわりと浮いた。
「ふぇっ? って、うわっ!?」
どさっという物音と共に、その場で盛大にこけたティナは、射殺さんばかりの目付きで《プリュヴィオーズ》を睨み付ける。
「足元がお留守じゃよ」
「……むぅ」
否定できない。今のは完全にひっかけられた。ティナのミスだ。というか、この人、見かけによらず強かったりするんじゃないだろうか。
ティナもこれでも一応、戦闘員である。前回の作戦のようにMCに乗らずに任務を遂行することもあるため、近接格闘術の心得はそれなりにあるつもりだ。それなのに簡単に足を取られるとは。
「勘違いしておるようじゃが、ワシなど大したものではないぞ? ただの年の功じゃよ、年の功」
絶対に嘘だ。ただでさえ胡散臭いのに、ティナの中でさらに胡散臭さが跳ね上がった瞬間だった。
じとーっとしたティナの視線を気にした風もなく、《プリュヴィオーズ》は〈ガウェイン〉に視線を向けた。
どこか恍惚としているようにも見えたが、その目には寂寥の念がこもっているように思われた。この男も始まりの十二人の一人。思うところはあるということか。
どこかしんみりとした雰囲気を振り払うように、ティナは口を開いた。
「ところで、あれでいいんですか? 結局目立つと思うんですけど」
「構わんよ。誤魔化す方策も幾つか考えておるし、何より、ワシらの
「
「そうではない。昔の言葉じゃよ。古い言葉で、『新たなる理想』を意味するんじゃ」
どうやら組織の名前ではなかったらしい。いや、組織の名の元となった言葉ということか。
「夢を見すぎじゃろう?」
そう言って、《プリュヴィオーズ》は苦笑を浮かべた。しかし、その妖怪めいた容貌には、はっきりと郷愁の念が見て取れた。
ティナはなんと言っていいかわからず、自分も、〈ガウェイン〉の方へと視線を移し替えた。
「この組織を立ち上げた時、ある男が決めた名じゃ。ずいぶんと大層なロマンチストじゃった」
「…………」
「希望だったのじゃ。奴を含め、革命を志したものたちにとっては。だからこそ、この名じゃった」
まるで諦めたような言い様だ。《テルミドール》や、《ヴァントーズ》から感じるような、革命への熱量は、《プリュヴィオーズ》からは感じられなかった。
MCを触ってばかりで、作戦に顔を出さないのも、こういう距離感の差からなのかもしれない。
だからこそ、多少、非難めいた口調で、ティナは聞いた。
「諦めてるんですか?」
「ほっほっほっ、それは難しい質問じゃな。諦めたつもりはないんじゃが……確かに、ワシはあの日、革命を志した熱をどこかにおいてきたのかもしれんのう」
「そっか……」
どうしてこんなことをティナに語るのだろうか。若いメンバーである彼女にあえて語るような内容ではないだろうに。むしろ、《テルミドール》が作り出した熱を覚まさせるような言い方だ。
疑問をそのまま口に出すと、《プリュヴィオーズ》は思いの外柔らかい表情で微笑んでみせた。
「おまえさんは、現実を
「ーーっ!?」
思わぬ言葉に息を詰まらせ、警戒心を露わにするティナに、《プリュヴィオーズ》はやはり微笑んだだけだった。
「なに、そう警戒せんでもいい。ワシ以外は知らんからのう。《テルミドール》辺りは勘付いとるかもしれんが」
「どうして……?」
「見ておっただけじゃ。昔、な」
「…………」
「《プレリアル》はおまえさん達に期待しとった。ワシも、あの日のおまえさん達にかけてみるつもりじゃ」
「全部知ってたってこと?」
「ほっほっ、なに、年の功じゃよ」
拗ねたように唇を尖らせるティナではあるが、その瞳は鋭く細められている。そして、その身に纏うは、他者を威圧する覇気。
普段の彼女を知るものならば、おそらく、別人と錯覚することだろう。それほどの差だった。
しかし、《プリュヴィオーズ》に動じた様子はない。むしろ、愉快げに笑っていた。
「ほう……血は争えんというわけじゃの。しかし、心配性じゃのう」
「うっさい」
「そう慌てんでも、ワシはなにも言わん。むしろ、味方じゃよ。中立じゃからな」
「…………」
しばらく無言になったティナは、一つうなずくと、そのまま、手摺りにくたーっともたれかかった。その雰囲気はいつも通りの腑抜けた様子で、先ほどまでの覇気は嘘のように消えている。
「あー、疲れちゃった」
「ほっほっ、ワシの管轄外じゃの、それは」
「むう……そういえば、〈エクエス〉は?」
「そっちも改修は終わっておる。面白い素材を貰うたのでな、新しい装備も作っておるところじゃ」
「ふーん」
前回の戦闘で奪った〈エクエス〉は二機。ジンは〈ガウェイン〉に乗ることが決定しているが、他のメンバーはどうするのだろうか。一人は確実に〈ヴェンジェンス〉に乗ることになってしまう。
〈ヴェンジェンス〉も悪い機体ではないが、いささか、性能に不足があるのは否めない。
「時に、〈エクエス〉
妙にキラキラした目でそんなことを言われて、ティナは完全に毒気を抜かれ、脱力した。どうやら、大層な名前をしていても、MCに関する根っこはカエデと同類らしい。言い返すティナの声音は自然と、呆れを隠さないものとなる。
「なんですかそれ……」
「願掛けじゃよ。大切じゃろう?」
「なら、
「つけたのはワシではないわい」
「ふーん」
ティナは興味なさげに答えた。
興味はない。興味はないのだけれど──
気が変わっても困るし、せっかくだから考えてみよう。
しばし考え込んだティナは、思いついた言葉を口にすることにした。
「じゃあ、こういうのどうですか?」
「ほう、なんじゃ?」
「──」
ティナが続けたその名に、《プリュヴィオーズ》は、少し驚いたように目を瞬かせた後、満足げに笑った。
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