第21話 接触 -Fate- 02

 カルティエ士爵領。先日、二度に渡って攻め入ったセレーネ公爵領のほど近くにある、小さな貴族領だ。

 それもそのはず、士爵、つまり、騎士に本来領地は与えられない。領地を持つ上級貴族が貴族騎士と呼ばれるのに対し、単に騎士と呼ばれる士爵位にある人々は貴族の中では最下級の存在として扱われる。

 しかし、カルティエ士爵家当主、ジェラルド・ド・シュバリエ・フォン・カルティエは違う。

 戦場において、他の騎士を圧倒し、それどころか、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズにすら伯仲してみせ、その腕一本のみで、本来騎士にはなれないはずの上級騎士に上り詰めた。

 そして、その褒美としてセレーネ公爵家から割譲されたのがこの領、カルティエ士爵領なのだ。それゆえに、セレーネ公爵領の直ぐそばにあるのである。

 ジンはそんなカルティエ領の街を一人歩いていた。どこに行っても活気があり、人々はそのほとんどが普通の日常を送っている。これも、カルティエ家の統治方針のおかげだ。

 ジェラルド・カルティエは、多くの貴族がするような支配と搾取を好まなかったのである。

 人混みを擦り抜けるようにして、領主の館に向かう彼を止めるものはいない。この領では、領主と民が顔を合わせるのは珍しいことではなく、同時に、領主を害そうとするような民は誰一人いなかった。

 だからこそ、すぐ隣の領で革命騒ぎがあったにも関わらず、こんなにも平穏な日常が続いているのであろうが。

 門の前に立つ衛兵はジンの姿を認めると、親しげな様子で彼に話しかけた。


「ジンか、久しぶりだな。元気でやってるか?」

「まあまあだな」

「ははっ、いつも同じ答えだなおめぇはよ」

「そうか?」

「まっ、ジェラルド様が首を長くして待ってっから早く行ってやれ」


 無言のままうなずき、門を潜り抜けるジンに衛兵は気を悪くした様子もなく笑っていた。

 かつて、両親を失って、路頭に迷い、野盗の真似事をしていたジンを助け、後ろ盾となってくれたのが、このカルティエ士爵家であり、ほんの2、3年前までは、彼はここで生活していた。

 だから、門番の衛兵とも知り合いであり、彼らにとっては、ジンのこういうすげない態度も慣れたものであるのだ。

 ジンは無言のまま、慣れた足取りで整えられた庭園を歩いていく。

 領主の館と言っても、カルティエ家のそれは、煌びやかなものではない。庭があって家があるただそれだけで、金持ちの商人の方がよほど大きな家を持っているであろうと思えるほどに、質素だ。

 もっとも、士爵本人は騎士であるため、この家を長期に渡って留守にすることも多いので、大きな問題ではないだろうが。

 ただし、この屋敷も騎士の家である。MCの訓練を積むための訓練施設や闘技場、整備施設はもちろん存在する。

 ジンは足早に屋敷の裏手にある、その闘技場に向かっていた。首を長くして待っている、という話だから、ジェラルドがどこにいるのかは容易に想像がついた。

 闘技場に入ったジンを迎えたのは、一機のMCだった。〈エクエス〉。つい先日、戦場で見たばかりの第二世代MCだ。ご丁寧に、膝をついた駐機姿勢をとり、コックピットは入り口に向けて開かれている。

 ジンは無言のまま、〈エクエス〉に乗り込むと、コックピットハッチを閉じた。


「システム起動」


 腰に装備された騎士剣ナイツ・ソードを抜き放つ。盾を構えて機体を振り向かせ、向かい合うようにして悠然と立っていた〈エクエス〉を見定める。

 ジンは大きく息を吸い込むと、メインスラスターに点火。加速に乗せて地面を滑るようにして、〈エクエス〉へと突っ込む。

 盾を前に押し出すようにして手元を隠し、一閃。しかし、騎士剣ナイツ・ソードは、相手の〈エクエス〉が横殴りに振るった騎士盾ナイツ・ガードによって弾かれる。


「ちっ……」


 舌打ちを漏らしつつも、ジンの手は速やかにレバーとスロットルを操り、振るわれた剣を盾で受け流しつつ、反撃の剣を繰り出す。

 しかし、どれほど鋭い剣戟であっても、目の前の〈エクエス〉には通用しない。捌き、いなし、時には、反撃の剣尖を突き込んでくる。

 強い。堅実にして揺らがぬその強さは先日戦った円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ、シェリンドン・ローゼンクロイツと比べても遜色ない。

 そんな攻防が五分ほど続いただろうか、相手の〈エクエス〉の動きが突然早くなる。高速の連撃。

 ジンは一つ一つを丁寧に捌いていくが徐々に追いつかなくなり、押されていく。


「くっ……」


 程なくして、剣の圧力に耐えきれなくなった、ジンの〈エクエス〉の手から、ほぼ同時に剣と盾が離れ、宙を舞った。

 相手の〈エクエス〉はそこで剣を下ろし、駐機姿勢を取ると、コックピットを開く。

 ジンもそれに倣い、コックピットを開いて闘技場の地面に降り立つ。

 向かい合うのは、四十路も近いと思われる男だ。しかし、年季を感じさせる渋い容貌と、引き締まった肉体は、その年を歴戦の勇士のそれへと醸成している。

 この男こそ、ジェラルド・カルティエ。士爵の地位にありながら、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズに並ぶとも言われる、最高レベルの騎士の一人である。

 男は、笑みを浮かべながら、ジンに話しかける。どことなく嬉しそうなのは気のせいではあるまい。


「腕を上げたな。ジン」

「……全然届いてませんがね」


 対するジンは、珍しく無表情の仮面を外し、不貞腐れたような口調で言葉を返した。

 それ以前に、彼を知るレジスタンスのメンバーは、彼が紛いなりにも敬語を使っていることに絶句するのではないだろうか。

 事実、足元にも及んでいない。最初からあの速度で来られたら、なにもできずに討たれていた。しかも、肩で息をするジンに対して、ジェラルドは、汗一つ垂らすことなく平然としている。

 まったく、底が見えない。そういう意味ではシェリンドン以上かもしれない。


「以前は反応すらできなかっただろう?」

「まあ、それはそうですけど」

「最近、MCに乗ったりしたのか? 久方ぶりに乗ったとは思えなかったが」

「いえ、別に……」


 最近乗ったもなにも、ここ最近は乗りっぱなしである。しかし、ジンは、ジェラルドに対しては、輸送会社で働いていることにしている。

 まさか、つい先日騒ぎを起こしたレジスタンスの実働部隊のメンバーで、MCを駆って騎士とやり合い、挙げ句の果てには円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズと大立ち回りを演じたなど言えまい。


「やはり惜しいな。今からでも遅くはない。騎士になる気はないか?」

「いえ、もう決めたことですから。それに、これ以上、ジェラルドさんに迷惑をかけるわけにはいかないので」


 これはジンの本心であった。両親を失ったジンが野たれ死ぬこともなく生きてこられたのも、騎士と伯仲するほどのMCの操縦技術を身につけることができたのも、ジェラルドのおかげだ。

 貴族であるとかそういう立場に関係なく、ジンにとってジェラルドは尊敬に値する人物であり、幼い頃から知る父親代わりのようなものだ。

 そんな人に、平民、それどころか、両親は逆賊として処刑されているという事実が、少し調べれば明るみに出てしまうような、ジンの将来の面倒まで見てもらうわけにはいかない。

 そう、たとえ、敵として戦場で相見えることになったとしても。


「そうか……仕方あるまい。まあ、せっかく来たんだゆっくりしていってくれ。娘も会いたがっている」

「…………」

「そう渋い顔をするな」


 心情が顔に出ていたらしく、苦笑とともにそんなことを言われる。しかしそう言われても、ジンは、ジェラルドの娘、クロエのことが苦手だった。まあ苦手というと少々語弊があるのだが──


「ジン」

「何ですか?」

「すまないが、ジン以外にも客が来る予定でな」

「隅に引っ込んでろ、ってことですか?」


 ジンのような平民が士爵とはいえ、貴族の屋敷をうろうろしていることを快く思わない貴族はごまんといるだろう。

 実際、この家に住んでいたころは、騎士が訓練に来ているだけなら混ざったりもしたが、位の高い貴族が訪ねてきた時は、決まって一番奥の部屋に隠れているように厳命されていた。

 もちろん保身もあるだろうが、何よりジンを思ってのことだったのだろう。正直、貴族の目に入れば、何の理由もなく斬られたりしてもおかしくないのだから。


「いや、そういう奴ではないんだがな……」

「……?」

「そいつは騎士でな。なかなか腕の良い騎士がたまたま来ていると言ったらずいぶん張り切ってしまってな……」

「…………」

「…………」


 気まずそうにするジェラルド。ジンはそっと、ため息を吐いた。めんどうなことになった。

 もちろん、並みの騎士に負ける気はさらさらないが、先ほどジンの腕前を見たジェラルドが気まずそうにしている時点で、相当な技量の持ち主であることは想像に難くない。ジェラルドと同格かそれ以上、ともすれば円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズクラスかもしれない。

 もう一つ、高位貴族であるから下手に負かすと厄介事が起きるという可能性も浮かんだが、ジェラルドともあろう男が、そんな人物にジンのことを漏らすはずがない。


「……いつですか?」

「明後日だ」

「……俺、帰ります」

「待て待て、自分の腕を試すいい機会じゃないか」

「もう使いませんし……」


 本音を言うと、いつ戦場で会うともしれない騎士と顔見知りになりたくないだけである。もし戦場であってしまえば、ジェラルドに確実に迷惑がかかる。それは避けたい。

 しかし、あまりに真剣な表情で頼むジェラルドを無碍にするには、借りは大き過ぎるものだと、ジンは認識していた。


「頼む」

「……一回だけなら」

「助かる。すまない」

「いえ……」


 久しぶりに面倒から解放されたと思ったのだが、そうもいかないらしい。ジンはやけに澄み渡った蒼い空に向かって諦観とともにため息を吐いた。

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