第8話 蜂起 -rebellion- 07

 作戦開始から、110分。ジンはようやく、第3格納庫があるエリアの辿り着いていた。

 関係者でないことが露見するのを恐れ、人通りの少ない道を通った結果、想定以上の遠回りをしていた。

 予定時刻まですでに、一時間ほどまで迫っている。運び出される危険性が高まる以上、これ以上の時間のロスは許されない。戦闘員でない者を撃破するのは容易いが、騎士が相手となればそうもいかなくなるのだ。

 しかし、そんなジンの焦りを嘲笑うかのように、すぐそこの曲がり角から、人影が現れた。

 豪奢な装飾を施された騎士服の男と、それに付き従う、装飾のない一般的な騎士服を纏う少年。爵位はどうあれ、騎士服は彼らの立場を物語っている。貴族騎士だ。

 どちらにしても、避けるには遅い。ジンは相手に聞こえないように舌打ちを漏らした。

 相手が貴族ならば、話はことさら厄介になる。帽子で顔を隠すわけにはいかないし、ただ、すれ違うというわけにもいかない。

 ただ、一技術者の顔をいちいち覚える貴族騎士がいるとも思えないので、顔を隠す必要はない、というのは救いだろう。

 ジンは、速やかに帽子を取って頭を下げ、通路の脇に寄って道を開ける。

 しかし、貴族騎士、それも豪奢な服を着た男が口にしたのは想定外の言葉だった。


「ここでの滞在期間中は、私に気を遣う必要はない。そろそろ慣れてほしいものだ」

(何言っている……?)


 その口から出たおおよそ貴族とは思えない言葉に、ジンは驚愕する。

 平民に気を遣わなくていいという貴族など、ジンの知っている貴族にはただ一人しかいない。

 基本的には、平民を見下し、自分達が世界の支配者であるかのような態度の連中だと彼は思っているし、事実、その考えはほとんどの貴族に当てはまる。

 一方的なイメージを強く抱いていたからこそ、ジンはその言葉への反応が遅れたとも言える。


「ふむ……まだ慣れないか?」

「はい」


 声から動揺や焦燥に気付かれないために、抑えた声音で答える。これ以上不用意なことをして気付かれるわけにはいかなかった。

 しかし、ジンの心情を知って知らずか、騎士の男は、しばし考え込んだ後、少年に言う。


「……シェイド。先に行っておいてくれ。私は彼と少し話がしたい」

「しかし、時間が……」

「警戒任務だ。君達だけでも問題はないだろう。私もすぐに行く」

「……了解しました。それでは、先に失礼します」


 少年がジンが来た道とは反対側にかけ去っていく。足音だけがいやに通路に響いた。

 その場に残ったのは、壁にもたれかかるようにして立ち、顔を隠すように俯いたジンと、妙なことを言う貴族騎士のみだ。


「さて、少年。顔を上げても構わんよ」

「…………」

「やはりな。見たことがない顔だ」

「いえ、騎士様に覚えていただけるなど畏れ多いことです」


 ジンは一つ勘違いしていた。普通の貴族が相手なら、ジン・ルクスハイトという少年は、完璧に誤魔化して見せただろう。それだけの能力は彼も持ち合わせている。

 しかし、今、彼の目の前にいる貴族騎士──シェリンドン・ローゼンクロイツは違う。

 シェリンドンは、一流の人材を平民、貴族問わず正しく評価する、貴族騎士の中でも異端であり、この短い間に、〈ガウェイン〉に関わる多くはない人間の顔を全員覚えていた。

 ジンのミスは、彼の想定する貴族に当てはまらない、少数派の人間が彼の目の前に現れたことを瞬時に見抜けなかったことだろう。

 もっとも、もし、それほどの対応力を持っていたのなら、ジンは隠密部隊の一員として最初からここに紛れ込み、奪取作戦を一人で完遂し得ただろうが。


「では、一つ聞こう。私の名を君は知っているか?」

「……いえ」


 ジンは妙なことを聞くと、思いつつも、シェリンドンの質問に素直に答えた。とはいえ、違和感を覚えたとて、ジンは目の前にいる貴族騎士の名を知らないのだから、答えようもない。


「なるほど。すまないな。若いのにご苦労なことだ」

「いえ……」

「それにしても……歪んだ目をしているな、少年」

「──ッ!?」


 ジンの燃え盛る紅炎の如き真紅の瞳を覗き込みながら、シェリンドンはそう言った。そして、同時に、ジンの頭にはどこからともなく取り出された銃が突き付けられていた。

 見えなかった。反応できなかった。ジンの頬を冷たい汗が伝う。


「殺気は隠せても、その目だけは誤魔化せんぞ」

「……(まずい、殺られる)」


 感じるのは圧倒的なまでの殺意。それは、それなりの修羅場をくぐって来たはずのジンでさえも絡め取り、彼は蛇の睨まれたカエルも同然に、動けなくなっていた。

 すぐ近くにある、灰色の瞳から目を逸らすことさえもできない。それをすれば次の瞬間には、殺されている、そう彼の直感は囁いている。

 しかし、シェリンドンは満足気に笑うと、銃を戻した。


「君とは近いうちに会うことになりそうだ」


 そして、ジンの肩を励ますように叩くと、そう言い残してシェリンドンは歩き去っていく。

 ジンはヤケクソ気味に口許を歪め、その場に座り込んだ。膝が笑っている。これでは立てるはずもない。作戦云々や、正体を暴かれなかったことよりも、今この瞬間だけは、生きていることへの安堵がジンの中で勝っていた。


「ははは……化け物か、あいつは……」


 ほとんど気紛れだ。あの男の匙加減一つで、革命団ネフ・ヴィジオンの作戦は失敗し、ジンは、ザクロのように頭を弾けさせ、この場で屍になっていただろう。


「くそっ!」


 どれくらいそうしていただろうか、ジンは、気合いを入れて、震える膝を思いっきり殴りつけて、立ち上がる。まだ足元が覚束ない気もするが、動かないと時間が足りない。

 ジンの失敗は全員の死へと直結する。仲間だとかは別にどうでもいいが、利害関係を構築している以上、それだけの利益を上げて見せることは必要だ。


「残り時間は……40分を割ったか。ギリギリだが、なんとかするしかない」


 最早、騒ぎに頓着している余裕はなくなった。ジンは右手首に仕込んだナイフと、ポケットに隠した拳銃を取り出し、格納庫に向けて全速力で走り出す。途中、足がもつれそういなったが構ってはいられない。


「おい! 止まれ!」

「黙ってろ」


 入り口の護衛をしていた兵士が走ってくるジンを警戒したのか、そんなことを言う。しかし、ジンは立ち止まったりはしない。

 冷たく吐き捨て、拳銃の引き金を引いた。

 一発の銃声と共に、胸を貫かれた兵士が倒れる。


「なっ!? こちら、第3格納庫! 侵入者を発見した直ちに対応を──」


 護衛兵は、手にしたアサルトライフルを連射しながら、壁に取り付けられた有線通信を使って救援を呼ぼうとする。

 しかし、銃弾の雨を思いっきり前傾して走りながら擦り抜けたジンのナイフが閃き、兵士の手から、通信機とライフルが床に落ちた。


「くっ……」


 荒い息を吐くジンの頬には裂傷が走っている。銃弾が掠めたのだ。火傷と流血の痛みがじくじくと襲ってくるが、ジンはポケットから取り出した偽装IDを読み取り機にかけ、ゲートを解放する。


「よっしゃー! 乗ったな。次は固定作業に移るぞ」


 自動ドアが開くと同時に、そんな声が聞こえる。開けた視界には、輸送用のトレーラーに寝かされている、見たこともない真紅のMCの姿があった。

 おそらく、あれが〈ガウェイン〉だろう。その機体は、確かに、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズに相応しい力強さと壮麗さを同時に持ち合わせているのが見て取れた。

 言葉通り、まだ固定具で拘束はされていない。まだチャンスはある。躊躇なく引き金を引く。

 〈ガウェイン〉に気を取られていた技術者の一人が、頭を破裂させて倒れる。


「なんだ!?」

「遅い」


 異常に気が付いた一人が振り返った頃には、ジンはすでにナイフの間合いまで距離を詰めている。

 一閃。白刃が一人の技術者の首を刈り取る。


革命団ネフ・ヴィジオンか!? ちくしょう! おまえら、〈ガウェイン〉を守れ! こいつは円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズだ。奪われるわけにはいかねぇ!」

「主任! そんなこと言っても俺たち武器なんて──」


 文句を言うためか、主任とやらの方を振り返った男の頭を吹き飛ばす。殺す気でいる奴に背中を向けるなど、自殺志願も同義だ。そして、ジンに容赦をする余裕もなければ、理由もない。


「いいからとりあえず撃て! 数撃ちゃ当たる!」


 主任の言葉でようやく正気を取り戻した技術者達が、動き出すが、当然、手元に武器を置いているはずもない。

 武器を取りに行くところから始めなければならない時点で、その対応は、いささか遅きに失していた。

 牛の歩みで対応する技術者達を殺す必要もないと判断したジンは、一直線にコックピットへと向かい、その入り口を守っていた男の顔面に蹴りを入れて、叩き落す。グシャッと、嫌な音がした。もしかしたら顔の骨が折れたかもしれないが、ジンの知るところではない。

 そして、彼らが自らの作品に銃を向けることを躊躇っている隙に、ジンは〈ガウェイン〉のコックピットに乗り込み、ハッチを閉じていた。


「システムロックは……解除済みか。ある意味いいタイミングだったか? まあいい。機体ステータス、コックピット環境正常。バッテリー残量安全域。全システムオールグリーン。システム戦闘ステータスで起動、機体出力は戦闘モードで固定──」


 ジンの網膜に、〈ガウェイン〉のカメラが捉えた映像が投影される。

 コックピットに入り、機体の起動に成功した時点で、ようやく冷静さを取り戻したジンは、いつも通りの冷たい声で続けた。


「──《フリズスヴェルク》、〈ガウェイン〉、出る」

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